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10
闇を駆け抜けながら、士郎は思っていた。 何がこの戦いを引き起こしたのか。あるいは誰が。 考える。 俺が戦うべき敵は──誰だ?
空を跳躍しながら、設楽は考えていた。 ようやく叶う時が来た……
少年の傷口に自らの血を流し入れながら無月は思索する。 彼は、その目的のためには決して止まらないだろう。だが、私と『あの男』がここにいることは、一体誰の意志による、どのような思惑なのだ?
無月に手当てをしてもらいながら、恭也は思っていた。 俺は、いつ父さんに追いつくだろう。 追いついて、追い越せるだろうか。
そんな兄に寄り添いながら美由希は言った。 おにーちゃんだいじょうぶ?
洞窟の外へ向かいながら陸王は考察する。 さて、一体あいつは何がしたいんだろうな……。ま、俺は『契約』どおり動くだけだが。
美由希を除く、この戦いに関わった者全てが考えた。 勝者は誰だ。
誰のために。
何のために。
始まった戦いなのだろうと……
無限に続く問いを考察する。
だが──
「それはもちろん──」 その答えを唯一知る彼が応える。
「死宝剣全てを断絶するためです」
◇
「やっぱり来てたんですね」 唐突にやってきたその声に、無月は思わず身震いした。聞き覚えのある、何の変哲もない声。街中で知人を見かけたときのように気軽に話しかけてくるその言葉には何の含みもなく、ただ親しみだけが込められている。 だというのに、無月はこれ以上ないほどの恐怖を感じた。 目線を後ろに向ける。手当てをしている恭也が訝しげに眉をひそめていたが、説明してやる程の余裕は彼女にはなかった。 「皇設楽」 「あれ、どうしたんです? そんな顔して。まるで幽霊にでも会ったみたいですよ? それとも──」 一泊置いて、真正暗殺者は不気味なほど無邪気な笑みで続けた。 「殺されるとでも思いましたか?」 「……ああ、そうだな。確かにそう思った」 その言い草に感情が逆立つが、無月は素直に認めることにした。心を否定することはいくらでも出来たが、それでは精神が異常を来たす。冷静になれ。自分は医者なのだ。 「何故です?」 「それはお前が一番よく知っていることではないのか? お前が私に依頼した理由。姫月陸王を敵に送り込んでいた理由。ずっと納得がいかなかったが、理解はしていた。私自身、心情的に否定したかったらしい。それも全部無駄だったようだが」 「…………」 「お前がここに来たことで、私が私の考えを否定する要素がなくなった」 「……」 会話の最中も彼は止まらなかった。ゆっくりと歩み寄ってくるその動作に淀みはなく、違和感もない。散歩といわれたら信じてしまうくらい、彼から感じる雰囲気はこの場に似つかわしくなかった。 「止まれ」 無月は敢えてその言葉を口にした。設楽は止まらなかった。無月は焦燥を隠すことなく続けた。 「止まれと言ったんだ! それとも返事も出来ないくらい、すぐにでも殺したいのか? この子を!」 「……」 そこではじめて、設楽がその動きを止めた。見つめあうこと数十秒。実時間よりは数倍の時間を肌に感じながら、無月はそっと少年暗殺者の反応を待った。 「…………いつから気がついてました?」 「はじめからだ。いや、はじめというのは、お前の事情を知ってからという意味だがな。火凪蘇芳と、彼が作り出した死宝剣、その驚異的能力の特性と弱点。そして火凪夏織と皇設楽──お前の誕生の経緯とその行動目的を知っていれば、おのずと結論は見えてくる」 「……なるほど……ね。僕は少し貴女を見くびっていたかもしれません。頭の切れはさすがというべきですね。で、それが判ったのなら、貴方は何故僕の前に立ち塞がるんですか?」 「それがお前の望みだからだろう?」 自身が吐き出したにしては辛辣な声質だったが、無月にはそれが精一杯だった。その言葉に自信はひとかけらもなかった。推論でもなければ、考察した上での予測でもない。ただ、感じるままに言った言葉。死を司る少年を目の前にしてそれがどれほどの恐怖をもたらすのか、彼女は言ってから実感した。 「僕の?」 「そうだ」 だが言葉だけは──態度だけはいつものままに、無月は続ける。ポーカーフェイスの得意な自分を、彼女はこのときだけは心の底から自賛した。 「お前は自分の意志に従って生きている。故に、お前がここにいることはお前の意思であり、その決意の全てだ。死宝剣を断絶せんとする皇設楽の決断なのだろう。だが少なくとも、『人』としてのお前はその考えを否定している」 「…………」 「お前の言葉を借りるなら、私こそお前を見くびっていた。自身を完全に理解し、知覚し、明確な意志をもつが故に真正暗殺者足りえるお前のことを勘違いしていたと言い直しても良い。私はお前を『人』だと思っていた」 「人間ですよ、僕は」 「だが今は人ではない。少なくとも、ここにいるお前は『人』の姿をした紛れもない『人外』だ」 小さく、設楽がため息を吐いた。一度顔を伏せ、肩の力を抜いてから、楽な体勢で顔を上げる。無月が感じた恐怖感をさっぱり洗い落とす形で、設楽が言った。 「……結局、何が言いたいんですか?」 「私は死宝剣に関する情報は断片的にしか知らない。従って、お前が何者なのかも知らない。知るつもりもない。だが何をもって行動しているのかは知っている。お前は死宝剣を封印、破壊するために戦っている。火凪蘇芳の残したモノを断絶するために生きている。そのことを理解さえしていれば、お前が何故不破士郎に近づいたのか、何故チェン・ユィスィの依頼を受けたのか、何故こんな手の込んだことをしたのかもおおよそは予測できる」 「予測……ですか?」 「いわなくても、お前は自覚しているはずだ」 そう言うと、設楽は大仰に肩をすくめて見せた。相変らず何を考えているか全く読めない表情のまま、その目線に先を促されて、無月は少なからず苛立ちながら続けた。 「お前の目的は三つあった。一つは不破士郎の持つ『八景』とチェン・ユィスィが所有していた死宝剣──」 「『鬼王』っていいます」 「その二本の回収。二つ目は死宝剣に関わる不破士郎とチェン・ユィスィの抹消。三つ目は──これがお前の本当の目的だったに違いないだろうが、火凪夏織と不破士郎との間に出来た子供──」 と、目線だけを兄妹のほうへやって、 「不破恭也なのだろう? お前がこの戦いで本当に壊したいと思っているのは」 瞬間── ニヤリと微笑んだ真正暗殺者の姿がぶれた。ぶれたと視認した一瞬後には、彼の姿ははっきりと自分の懐、その真下から刃を突きつけてくる。 躱せない。動くことも、瞬きする暇もなく、その切っ先を見つめて── だからか、無月は設楽が吹き飛ばされる様子も、ただ他人事のように見つめるしか出来なかった。 「おいおい。素人相手にいきなり本気になる奴があるか?」 軽く十メートルは吹き飛んだ真正暗殺者に向かって、黒いレザーコートを着た金髪の男は言った。 「姫月か?」 確認するまでもなかった。姫月陸王。暗殺者ギルド、リバース・Dの頭領。アサッシン。そして── (私と同じ、設楽に雇われた男……) それはつまり、無月と立場は同じということを意味する。 何のためかはいわれずとも理解していたし、彼に助けられたことには違いなかったが、無月はどこか釈然としない視線を陸王に投げかけた。 が、もとより無月にとっても知人である彼は、こちらの心情などお構いなしに「よっ!」と片手を上げてきた。自分に、というよりはむしろ後ろにいる恭也と美由希に向かって、 「また会ったな、恭也」 「あなたは……」 「まぁ、詳しい話は追々するとして、今は時間稼がないとな……」 「時間? 稼ぐ?」 「親父さんはどこに行った?」 少年の問いかけをあっさりと無視した質問に、だが無月は恭也が答えるよりも早く口にした。 「『彼』を追いかけて洞窟に入った。時期に出てくるだろうが」 「まいったな。行かせたのか?」 「そうだ」 即答すると案の定、陸王は渋い顔をした。 「理解してなかったわけでも、予測できなかったわけでもないんだろ? くそっ。設楽のことだ。無月がそう思うことさえ計画の範疇なんだろうな」 「悔しいが、事は全てあいつの思惑通りに動いている。私では奴を止める術はない」 「そりゃそうだが──」 「あのっ!」 思わぬ叫び声に、無月は──陸王もそうだが──声のした方を向いた。 「恭也君?」 こちらの会話を遮ったことに引け目を感じているのか、幾分か逡巡してから、恭也は言った。 「……あ、あの、一体、何が起こってるんですか? 父さんは? それに、俺が狙われてるみたいなこと、さっき言ってませんでした?」 「……あー、そうだな。理解してないだろうから簡易明瞭に説明しようと思う」 コホンと咳払いをして、陸王が言った。 「アレが──」 と、すでに起き上がって、こちらの様子を伺っていた設楽を指差して、 「今回の事件の大ボスだ。以上」 「短かすぎだ」 「誰が大ボスですか!」 無月だけでなく、設楽からも苦情の声が上がる。 「いや、事実だろ。何もかも全部お前が仕組んだんじゃねーか」 「それは認めますけど、だからってその説明の仕方はないんじゃないですか?」 「そうか?」 「もうちょっとひねりを加えてください。せめてラスボスとか」 「何か違うのか?」 「大違いです。ラスボスのほうが強そうで格好良いでしょう!」 「……そうか。それもそうだな」 と、何故か納得した形で、陸王が恭也の方を向いた。 「わかったか、恭也。アレがラスボスだ」 「いえ、あの……言い直されても困るんですけど」 「…………」 相変らず緊張感の欠片もない陸王を無視して、無月はとりあえず無言で少年暗殺者のほうを見ていた。彼はこちらには──少なくとも無月と不破兄妹には関心が行っていなかった。彼が今見ているのは、 「姫月」 「わかってるさ。ここには俺しかあいつと戦りあえるのがいないってんだろ? そのつもりで俺もここに来たわけだし」 「勝てるか?」 「無理だな」 あっさりと、陸王は敗北を宣言した。その割りに、彼は笑顔を浮かばせて続けた。 「勝てるかどうかで言えば、俺はあいつには勝てない。殺せるかどうかで言えば、五分五分ってところだな。それが俺とあいつの実力差だ。忘れているかもしれないから言うが、あいつは暗殺技術だけなら世界最高と謳われる『暗殺者』だ。だから期待するなよ」 「了解だ」 無月は端的にそれだけを言うと、恭也と美由希をつれてその場から退いた。いつの間にか──音もなく気配もなく、たとえ凝視していても捉えきれないほど迅速に、自然に、さり気なく──皇設楽が陸王の前に立っていた。 「意見はまとまったみたいですね」 「おう。お前がラスボスって所なら、さしずめ俺は敵から寝返って、主人公を助けつつも馴れ合いを拒む黒騎士様って所か」 「随分な過大評価ですね。でも、貴方では僕を止められません。判ってるんでしょう? 陸王」 「関係ねぇよ。俺は契約の通り動くだけだ。例外はない。それが例え契約者であるお前でもな」 不意に景色が揺らぐ。 暗殺者同士の、今度こそ掛け値なしの殺し合いなのだと。 無月は逆立つ肌の感触から、間近に迫る彼の死を予感していた。
◇
彼は決意していた。 火凪蘇芳の遺したモノを断絶するために戦うことを。 彼は自覚していた。 自分が暗殺者であり、それ以外の生き方を決して出来ないことを。 彼は理解していた。 それが、本当は自分が望む人生の形ではないのだということを。 彼は欲していた。 自分が生まれたその意味を。 だから彼は戦うことをやめなかった。 止まってしまえば、きっと自分が生まれた理由がなくなるだろうから。最後の死宝剣として、その能力を振るうことも出来なくなるだろうから。 彼は知っていた。 火凪蘇芳が死宝剣を操るために夏織を生み、だが欠陥であった彼女の代わりに生まれたのが自分であることを。 死宝剣を受け継ぐ者。最後の死宝剣。 それこそが『黒の刃』たる自分であるのだということを──
彼は知っていた。
◇
それは── 見ただけでは決して理解の出来ない光景だった。男が二人、山の中の少しだけ広々とした空間の中心に佇んでいる。正確に言うなら、そのうちの一人は地面に倒れていた。 黒いレザーコートを着た金髪の男である。顔に見覚えはなかったが、士郎は直感で、その男が洞窟内で戦った例の男なのだと思った。地面に血の海を作って倒れたまま、ピクリとも動こうとしない。気配も感じられない。心臓部に刺さった日本刀──それは冬鉄ではなく、見覚えのない剣だった。血で真っ赤に染まった金の髪。肌の色は白く、そこから活力は見出せず、それはどうみても── (死んでいる) そう判断するしかなかった。そしてそれは、その傍で立っている少年によって行われたことなのだ。考えるまでもなかった。 「殺したのか?」 敵──であるなら、『彼』と戦ってもおかしくはない。殺す結果となってもおかしくはない。だがどこか、二人の様子──正確には立ち呆けている設楽の様子に、士郎は違和感を覚えた。 「誰も……」 「設楽?」 「……僕を止められない。僕は止まらない。止めて欲しい自分と、止めて欲しくない自分。止まりたくない。止まるわけには行かない。止まるときは死ぬ時だから。でも止まらなければ『僕』は生まれない。『黒の刃』は不破恭也を殺さなければならない。夏織が遺した真の後継者たる彼を──」 その死体を見つめながら、設楽が呟いた。 「おい。何を言って──」 不意に、その目線がこちらを向いた。以前戦った時のような影のような希薄さも、普段の飄々とした、何を考えているかわからない様相も。士郎が抱いていた皇設楽の印象全てがそこにはなかった。 絶大な存在感。影ではなく、闇。 違和感がある。その感覚を、士郎はすぐさま撤回した。 違う。 勘違いをしていた。 これが。 これこそが。 (本来の設楽。真正暗殺者か──) 身震いする。『アレ』を相手に戦うということを想像したくない。胸の内をつく感情が確かな恐怖なのだと、士郎は嫌々ながらに自覚していた。 「役者は揃いました。話すのも面倒ですから、感じてください。エッジ・オブ・ザ・ネザーフィールド。僕の能力。僕という、最後の死宝剣の真髄を」 軽く、だが目まぐるしく視界が反転する。 唐突に。 何の予備動作も予感もなく、それは始まった。
空白。
感じたのは、ここが現実でないということだった。白く濁った空間の中をふわふわと漂う。イメージか、もしくは幻覚か。確かに自身の身体が宙に浮いている感覚はあった。そして── そう感じた一瞬後、士郎は落下していた。もがく。空を切る。何故か焦燥感だけが彼を支配した。ここを落ちてはいけない。落ちた先に救いはない。下は見えなかったし、もとより見る気も起きなかった。無限に落下し続けることの恐怖を味わいながら、ただ苦しみもがき、それが呼吸できないせいだと気づくのにはひたすら労力が要った。酸素がこない。それは過程なのか結果なのか。胸のうちをついたのは苦しみよりも先に、尋常でない嘔吐感だった。 吐き出すことが出来ないせいで肺にかかる圧迫感はさらに酷いものになった。重い何かが圧し掛かってくる。押しのけようと胸をかく。爪が肌を切り裂き、肉をえぐり、血をにじませた。 痛み。苦しみ。嘆き。渇き。どれが原因かはわからない。ひょっとしたら全てかもしれなかったが、士郎は自身の目に涙が浮かんでいるような気がした。 息が出来ない。目がかすむ。指が痙攣を起こし、胸をかくその手もやがて動かすことも出来なくなった。 自分を締める何か。重圧をかけてくる何か。 気絶する。もう絶えられないと、残っていたかすかな理性でそう思った直後──
何もかもを失いながら、士郎は再び意識を取り戻した。
◇
「あー、死ぬかと思った」 ムクリといえるほど万全ではなかったが、陸王は仕事終了の至福の一息のように爽快にその身を起こした。心臓が再びゆっくりと動き出したことを耳の奥で感じながら、自らの身体を見下ろす。 「とりあえず生きてるな」 「よく言うよ」 呆れたようなその声に、陸王はそちらを向いた。左腕を止血している無月の様子に微笑み返すと、彼女はさらに苦々しく言った。 「私が心臓を修正したとしても、生き返る可能性は五分五分だ。すでに失われた血までは補給出来ないし、細胞が死んでしまえば修正もなにもない。大体、心臓が串刺しにされて、かつ停止しても意識を失っていない奴はお前くらいなものだぞ。本当に人間か? 姫月」 「失礼だな。心臓は血を送り出すだけのただのポンプだ。心臓が止まれば死ぬなんて常識は俺には通じない。俺も伊達に『不死人』とは呼ばれてねぇよ」 「いや、死ぬだろう。普通は。思いは肉体を変調させるが、思い込みだけでそこまで昇華させられるのも凄いな」 「……まぁ俺のことはどうでも良いさ。で、どうなってる?」 「見れば分かる」 その通り、陸王は視線を彼女の顔の動きに従って動かした。その先に、硬直して動かない設楽と士郎がいる。 「エッジ・オブ・ザ・ネザーフィールド……か? だとしても何してんだ?」 「気配が感じられない。二人とも、まるで催眠にかかったようになっている」 無月の言葉に、陸王は素直に耳を澄ましてみた。呼吸は微音で、かすかに空気が抜ける音がする。 「……設楽の本当の狙いは、不破恭也を殺すことにある。理由は、恭也が死宝剣の力を受け継いでいる可能性が高いためだ」 と、無月が事態を理解していない恭也を一瞥して、 「新たな死宝剣となりうるこの子を殺すことが本来の目的だと……しかし本心では止めてくれる者を望んでいるのだと──私はそう思っていた。だが……」 「違うかもしれない……と?」 「断定出来ない。不和恭也を殺す意志があるという要素は揃っている。否定する見解が無いのも事実だ。だが一体、あいつはなにがしたい? ここであの能力を使用する意図は何だ?」 「エッジ・オブ・ザ・ネザーフィールドは……」 その問いには答えず、陸王は静かに継げた。 「『死宝剣』の能力制御機構とリンクして、剣の能力を自在に引き出す能力だ。そしてもう一つ、他者の精神に侵犯して、肉体に及ぶ全てを支配する効果を合わせ持つ。効果範囲は設楽を中心とした半径五キロ以内。使用条件、制限共になし。弱点らしい弱点は、あれは精神汚染とほぼ同一だから、精神制御の訓練を受けている者には効果が薄いのと、あと能力稼動中はあいつの運動神経が常人以下に落ちるということくらいか」 「あの状況はどう説明する?」 「他者の精神に侵食して支配する。なら当然、自分の記憶や感情その他あらゆる情報を相手へ送る事だって出来るだろうな。何故そんなことをするのかについては──俺にもわかんねぇよ」 「その最凶とも云える能力で持って、何がしたいのか、何を求めているのか……」 言葉を切った無月の表情は痛々しかったが、陸王は何も言わなかった。血だらけの表情を歪ませながら頭を振る。無月がため息を吐いたのを見て、彼はさらに続けた。 「ブレーキの壊れた車を止めるためにはどうすれば良いか。方法は二種類だ。壁にぶつかるか、ガソリンが切れるまで走り続けるか。設楽は壊れた車そのもの。いや、少し例えが悪いな。あいつは壊れていない。壊れているのではなく、もとよりブレーキという機能を持たないで走り出した車なんだ。一度止まれば二度と走ることが出来なくなる。しかも、人を轢き続けなければ止まってしまう車だ。だから奴を止めても『修理』は出来ない。ブレーキをつけることは出来ない」 「…………」 「だから、たとえ自分が走りたくないと望んでも奴は止まれない。死宝剣としての制約か。もしくは誓約か」 「今なら殺せるのではないのか?」 「それこそ意味がねぇよ」 言ってから、かすかに陸王は笑った。意味が無い。本当にその通りだ。死宝剣を断絶するための戦い。それを始めたのが設楽であるなら、終わらせるのもまた設楽でなければならない。だが彼はおそらく、不破士郎にその終わりを委ねてようとしている。 陸王が出来たのはせいぜい不破士郎がここに来るまでの時間稼ぎぐらいだったし、彼自身もそれ以外をする気はなかった。逆にそれに関しては依頼の範疇外のことだ。手を出す気も全くない。 この闘いは私闘だった。陸王は関与してはならない。それは誰よりも彼自身が自覚していた。 そしてふと、陸王は恭也を見つめた。彼は父と設楽を見比べ、近寄りたい気持ちをこらえている。話しかけると、一度ビクリと怯えたように身体を跳ねさせて、彼はゆっくりとこちらを向いた。 「恭也。一つ、約束しろ」 「え?」 「どんなことがあっても逃げるな。いいな」 「……父さんは……一体……?」 「全て終わったら教えてもらえ。だから今は、お前は全て見届けろ。ここで起こる全て。お前にはその義務がある」 「あ……はい……」 何か言いたそうだったが、恭也は言葉を飲み込んだ。目を瞑り、何度か深呼吸した後、意を決して二人の戦士のほうへ向き直る。彼の決意に満足しながら、陸王は誰にも聞こえないように小声で呟いた。 「ま、見せてもらうとしますか。どっちにしろ、奴らが正気を取り戻すまでに俺の方は回復しそうにないし……」 そしてふっと、苦笑いを浮かべる。 「あるいはあいつは、もう止まれる方法を見つけたのかもな」
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