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「あとからもう一人参加するの」
そう有希さんが言ったのは、発進してから数分後のことだった。薄雲の向こうの日もかなり傾いてきている。
「槙原さん……は、どこの生まれの人?」
と、運転をしているためチラッと視線だけをよこして、加奈子さんがボクに聞いた。
「生まれはフィンランド。でも、今は帰化してるんで日本人です」
「もう長いの?」
「七年くらいですね」
「ああ、それでそんなに日本語が上手なんだ」
「西洋美人よね。その銀髪なんかすごい綺麗」
この人たちに美人と言われてもあまり嬉しくは無かったけど(なにせレベルが高いから)、髪のことを褒められるのは悪い気はしない。
「確かに、今日子も美人で髪質も綺麗だけれど、貴方の髪も綺麗よね」
と、加奈子さんも相槌を打つ。
どうやら、後で合流する今日子さんという人もかなりの美人らしい。この二人が言うくらいだから本当だろうと思う。って言うか、この二人のレベルは、きっと比較的美少女の多いさざなみや高町さん家でも敵わないだろう。
上には上がいるもんだ。
無粋かとも思ったけど、ボクは疑問に思ったことを率直に聞いてみた。
「それで、皆さんは職場の仲間ですか?」
「そう。美容学校時代からの仲間で、今は市内で美容院を共同経営してるの」
「同級生なのよ、私たち。お互いにお金を出し合って。もう三年前になるかしら」
と、加奈子さんの言葉を有希さんが受け継いで説明する。
「美容院って、開くのにかなり資金がいるんじゃないですか」
「そうね。私はいくつもの銀行からローンで借金したわ。なんとか返し終わったけれど」
そう言って、その頃の大変さでも思い出したのか、有希さんは苦虫をかみ殺したような顔をした。
「私も似たような感じかな?でも今日子はそのお金を親に出してもらったんですって。結構恵まれているのよ、彼女。あっ、こっちの道よね?」
「ええ。お願いします」
分岐点にきたらしい加奈子さんはそう言って、ボクが来た方の道をそのまま走った。もう一方の道を行けば、彼女たちが目的としている川があるようだ。
歩けば一時間弱の距離は、車なら十数分。もうそろそろ喜多さんのいるところに到着しそうな雰囲気だ。
と、思っているうちに到着してしまった。向こうもこちらに気付いたようだ。しきりに両手を振って、止まってほしいというサインを出している。
「あの車ね」
その喜多さんの行動に少し笑いながら、加奈子さんは車を止めた。
「すみません。それじゃあ、少し待っててもらえますか?」
そう言って、ボクは車を降りる。
「お、リスティじゃないか。君が呼んできてくれたのか?」
「うん。なんとかお願いして乗せてもらえたよ。あ、それでさ。彼女たちの都合もあるんで、海鳴に帰るのは明日になるけど、いい?」
「明日?また何で?」
「幽霊見に行くんだって」
「幽霊?」
ボクの時と同じような反応をして、喜多さんは驚いた。
「この道の向こうにさ、分岐があって、そっちに行くと幽霊の出る川原があるんだって。そこで彼女たち一泊するらしいよ。テントを張って」
「へえ。面白そうだな」
どうやら彼は幽霊関係は大丈夫らしい。
というようなことを考えて、ふとボクは思い直した。そういう超常現象に弱い人が、ボクや薫、那美といった特殊な分類に属する人間と付き合えるわけが無い。
薫や那美もさざなみの住人で、薫の方は仕事で全国行脚中だ。ふたりとも退魔士を本職とする本物の幽霊退治屋だから、警察等から除霊の以来が来ることも少なくない。今さざなみにいる那美だけでなく、その薫のほうともそういう関係で付き合いがあったらしいので、彼がそっち関連に強いのもある意味頷ける。
「でも一応署と家には連絡入れておきたいな」
「そうだね。ボクも寮に連絡入れたいし。電話借りようと思ってるけど」
「ああ。そうだね」
そう言って、彼は車の方に近づいた。窓を開けてこちらをのぞいている有希さんに話しかける。
「すみません。なんだかお手数をおかけして」
「いえ。こちらも付き合っていただくわけですから、大丈夫ですよ」
「そうですか。それで、すみませんが携帯電話をお持ちならお貸し願いたいんですけど。家に連絡を取りたいもので」
「ええ。いいですよ」
喜多さんが随分と年上なので、さっきまで軽そうなノリを見せていた有希さんの口調が丁寧語になっていた。そんなことはもちろん喜多さんは知らないので、ありがとうと携帯を受け取って、彼の職場と家に電話をかける。その後ボクもさざなみ寮に電話して、耕介と愛(管理人とオーナー)に外泊の許可をもらってからボクらは車に乗り込んだ。
…
「で、結局車はどうだった?」
「いや、もう駄目だな。素人の手じゃお手上げだ」
言って、喜多さんは自分の両手を軽く上に上げた。
「あとで取りに来てもらったらいいじゃないですか」
と言ったのは有希さんだった。加奈子さんもそれに続く。
「そうね。ところで喜多さん。すこし汚れていらっしゃいますけど、大丈夫ですか?」
「ホント。なんだか焦げたみたい」
「え?」
思わぬところをつかれて、一瞬ボクはどう答えようかと迷った。と、
「いや、車の修理していたら、回路系に触ってしまってね。電流が流れて痺れてしまったんだ」
喜多さんは何食わぬ顔で言ってのけた。さすが刑事。
その返答に二人とも声を上げて笑い、車内の空気からぎこちなさが消えた。それを見計らって、喜多さんがさりげなく話題を変える。
「ところで、テントはちゃんと張れるのかい?」
「もちろん。道具も工具もちゃんとそろっているわ。スコップでしょう?ゲンノウ、ドライバー、ラジオペンチ。大型クリッパーもあるし、なにがあっても大丈夫よ」
「アウトドア志向なんだな。今の若い子にしては珍しい」
そう言って、彼はボクの方を見た。悪かったね、インドア志向で。
「結構流行っているんですよ、私たちの間では。今美容師の間ではキャンプって人気なんです」
「初耳だな」
「ボクも……」
「看護婦さんの間でスキューバーダイビングが流行っていた時期があったでしょう?それと同じ」
「なるほどね」
何がなるほどなのかボクにはわからなかったけど、喜多さんはしきりに納得顔で頷いた。
それから、あれこれ話しているうちに車はだいぶ山の中に入ってきていた。谷が深くなり、両側から木々が迫ってくる。斜面には杉の林が連なり、切り出した木材をつるして搬出するロープがところどころで頭上を横切っている。どうやら林業が行われているらしい。
今は季節ではないのか、木材を運ぶ現場は見えなかった。
「随分奥にきたね」
周りを見ながら、喜多さんがポツリと呟いた。
「でも車で川原に降りられるところが何箇所かあるの。このあたりには何度も来てるから、心配しなくても大丈夫よ」
「そうかい?」
どうやら幽霊より人身的な事故の方を心配しているらしい。
ま、いざとなったらサイコバリヤ張るから大丈夫なわけだけど、喜多さんもそのことは知っているはずなのに、それでも心配するのは刑事の性なのだろうか。
「しっかし……」
ふと思ったことを、ボクは口にした。
「こんな人のいないところで化けて出て何が面白いんだろうな」