前編
昔あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
いつものようにおじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にでかけました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこ、と流れてきました。
大きな桃です。大きさはおばあさんの約三倍。
重さは想定百キログラムといったところですか。
おばあさんは、これは珍しいと思い、ひとまず桃を止めようとその身を躍らせました。
ザバアン!
川は思ったよりも深く、おばあさんは水の流れに足を取られてしまいました。
おばあさん(小鳥)「あやややや!」
しかし、そんなおばあさんの事情も関係なく、桃は流れてきます。
ドゴオッ!
思いっきり桃の直撃を受けて、おばあさんはそこで意識を失いました。
桃は無常にも、どんぶらこ、と流れていきます。
そして桃が見えなくなった頃、おばあさんが静かにプカーと浮いてきました。
ちゃんちゃん♪
…
「……てな具合でどうだ?」
パンと手を鳴らして、相川真一郎は仲間の方に向き直った。
得意げに鼻を鳴らす。
だが次の瞬間飛んできたのは野次だった。
「なんでそこでおばあさんが死んじゃうんだよ、それじゃあ桃太郎出てこないじゃないか」
そう先陣を切ったのは御剣いずみだった。相変わらずの上下ジーンズスタイルは、彼女を女性と思わせないほどりりしく見せている。
「そうだよ、真くん。それじゃあ『桃太郎』のお話になってないよ」
彼の昔からの幼馴染みの一人、野々村小鳥も参戦する。
この日、その小鳥の家に集まった人数は、全部で九人。真一郎に彼の悪友である端島大輔の男性陣二名。対して、女性陣。小鳥と同じく真一郎の幼馴染みの鷹城唯子。彼女が所属する護身道部の主将、千堂瞳に後輩の井上ななか。彼女の同学年の綺堂さくらに、小鳥の親友、兎弓華と岡本みなみ。いずみと小鳥を合わせて、計七人。
そもそもなんでこのメンバーが集結したのかといえば、全国に名を響かせる風芽丘の中でも一、二を争うほどの強豪護身道部が、とあるボランティアとして幼稚園で劇をすることになった。
ところが、主将の瞳と次期エースの唯子、そしてななかを含めた数人しか参加できない(部には二十名以上の部員がいる)ことになり、急遽彼女らの機転で真一郎たちが呼び出されたのだ。
別段これといってやることもなかったので、皆快く受け入れたのだが、肝心の演目がまだ決まっていなかった。
そこで、部の主要メンバーと助っ人六人が集まり、小鳥の家での会議となったのである。
話し合いの結果、演目は桃太郎に決まった。
が、最近の子供たちの趣向はさすがの唯子にもわからない(それを真一郎が言ったら、案の定彼女は怒ったが)ので、今風の桃太郎を演じようということになり、その脚本を真一郎が担当することになった。
で、その出足が先程の冒頭。
そりゃ、文句の一つも言うわな。
勢いづいてやってくる文句に、真一郎はしかし冷静に対処する。
「わかった。わかりました。それじゃあ、おばあさんが桃を持って帰るシーンからもう一度やりますよ。これならいいでしょ?」
頷く一同。
「それでは……」
…
おばあさんはどうやって桃を運び出そうか迷いました。
そうだ、洗濯物を入れてきたリヤカーがあるじゃないですか。
…
と、そこで口を挟んできたのはななかだった。
「確か桃太郎の設定って、室町時代じゃなかったですか?」
「そう言われて見ると、そんな時代にリヤカーなんてあるわけ無いですよね」
瞳が賛同する。が、それを真一郎が一括した。
「そこ、そんな細かい設定を覚えている園児なんてそうはいないんだから、ここはご都合主義でいいの」
「いいのかなあ……」
ポツリと呟くさくらの意見は、あっさりと無視された。
…
リヤカーを使ってなんとか桃を川から出すことに成功したおばあさんは、息も絶え絶えに桃を家まで運びました。
その日の昼過ぎ。
薪を拾って帰ってきたおじいさんはその桃に大層驚きました。
なんといっても大きいのです。
驚かないはずはありません。
おじいさんが帰ってくるのを今か今かと待っていたおばあさんは、いそいそと台所から包丁を持ってきました。
おばあさん(小鳥)「今包丁を砥ぎますね。なんといっても大きいですから」
そう言って、おばあさんは包丁を砥ぎ始めました。
シャッ!シャッ!シャッ!
砥ぎ石が擦れる音が響きます。
おばあさん(小鳥)「イーヒッヒッヒッヒ。さぞうまかろうねぇ」
にたぁっと笑うおばあさんが舌なめずりをしました。
…
「ちょっと待て相川。そのおばあさんの反応は変だろ」
話の腰を折った(真一郎にはそう思えた)いずみが、言った。
「えー。でも桃がおいしいからじゃないのー」
舌足らずな口調で能天気に反論したのは唯子だった。が、それもあえなく小鳥に一蹴される。
「唯子は黙ってて」
「うー」
「ともかく、その展開は変だ。そう思うだろ?弓華」
そう言って、弓華に意見を促すいずみだったが、
「ワタシ、日本の昔話詳しくわからないデス」
あっけなくそう言われ、肩を落とす。その様子を見て、みなみが助け舟を出した。
「まあまあ。ともかく相川君。さっきのはなしってことで、ね?」
「まあ岡本がそう言うなら……」
「扱いに差別があるのは私の気のせいか?」
いずみの呟きは、だが誰も相手にしなかった。