プロローグ

 

 

太陽が地平線の向こうへと沈み、月と星が変わりに地を照らす時間になってから、早7時間。

時間に表すのなら、真夜中の1時。 そんな時間になれば外に出歩く人もほとんど見受けることは出来なくなる。

その静寂と暗闇の中を、二つの影は対峙していた。

影の正体は人。 どこにでも見られるであろう男と女だ。

ただ、違うのは居る場所と、放っている雰囲気だった。 

二人の立っている場所は、森と証するになんら支障の無い空間。 そして対峙していると表現したとおり、男も女もお互いを鋭い瞳から外そうとはしない。 静かに、それでいて激しくお互いを捕らえていた。

「………っ!」

不意に女の影が揺らいだ。

一瞬にして、およそ男の間合いでもあるその距離を詰め、右腕を振りかぶる。 

だが、男は特に動揺するそぶりも見せず、その攻撃であるだろう右腕の軌道の先に自分の左手を少し上げた。

ガキャっ―――という硬質な音が闇の中に木魂した。

女の手には剣が握られていた。 それは男も同じで、お互い両の手に剣を携えている。

男―――高町恭也はそれで剣閃を防いだのだ。

「っ………はぁっ!!」

だが、止まることなく、女こと、高町美由希は足を振り上げた。 威力、速さの申し分のない鋭さを重ね添えた蹴りであるが、それも顔を少し横に動かすだけの動作で難なくかわされた。

そして、恭也はかわすと同時にその足を取り、軸になっている足を蹴り飛ばす。

「わわっ!!?」

慌てて抵抗するも、軸を折られ、支えをなくして何か出来ることなど無く、そのまましりもちをつく形で美由希は倒れた。

だが、倒れることを覚悟していたためか、対処は思いのほか早くすることが出来る……はずだった。

「終わりだ…」

美由希が動作を行うほんの一瞬の間に、恭也は美由希の首筋に剣を添えていた。 言うところ、勝負あったといったところだろう。

それを承知しているのか、美由希のほうも特に抵抗を使しようとはせず、おとなしくしている。 ただ表情だけは幾分かの抵抗と、負けたことへの悔しさで覆われていたが。

「奇抜な攻撃ではあったが、それだけだ。 連携に繋げるのなら、細かい攻撃をもう少し多用した後にするのなら少しは効果が見られるだろうが…最後の攻撃はあまりほめられるものではないな」

「あうぅ…分かってはいるんだけどな〜…」

「分かっているなら、行動に移せるよう努力しろ」

「はぁ〜い…」

対峙していたときとはまったくの逆になるであろう、美由希の雰囲気。 彼女はこの鍛錬意外では、四六時中こんな雰囲気だ。

ただ、恭也のほうは特にいつ変わるということは無い。 弟子である美由希に対しては特別厳しいわけでも優しいわけでもなく、無愛想といわれる表情で首筋に当てていた剣を納めた。

「よし、今日はここまでだ…片付けは俺がやっておくから、お前はクールダウンをしておけ」

「うん、分かった」

そう言い、恭也は再び闇夜の林の中へと消えて行った。

目的は美由希の無造作に放った飛針の回収。

少し前に皆伝を果たし、そのまま留まらずにめきめきと力をつけてきている弟子だが、まだまだ荒削りなところを否めない。 よくこうして物を無意味に放ってしまい、捜索しなければならなくなる。

だが、恭也は特に迷うことも無く、美由希が放った飛針を1つ2つと回収していく。

飛んでいった飛針の数は3本。 数自体は少なく思えるが、これだけ無駄な行為があるということになる。 本人は牽制のつもりか当てるつもりで投げたかは聞いて見なければ恭也には知る由も無いが、それでも余りにも拙すぎた。

(効率的かつ効果的な方法を理解させるほうがいいか…?)

などと考えながら、最後の飛針を発見。 回収しようと飛針に近づいた。

「…!?」

そのとき、不意に自分に向けられる気を感じた。 殺気というにはそれほど強くは無く、だからといって無視できるほどの弱さではない闘気をひしひしと肌に感じている。

「誰だ………」

叫びはしない。 だがそれでも相手を警戒するような構えた声をその気配に向けた。

「っ!!」

気配が一瞬大きく動いた。

(来るか?)

何が来ても対処できるように、四肢に力を入れる。 同時に丹田に気をためて、眼の前に集中する。

だが、予想外にその気配の主は音を立ててその場を去った。

追おうともせず、恭也はその去っていった気配の主の方向を見ていた。

恐らく素人では無いだろう。 あんな気を叩きつけられるものがそんな素人ではないはず。

だからといって、自分を狙ってきたかと考えれば、どうにも納得が出来ない。

ならばなんだったのかと問われて答える自信は彼には無いのだが。

(あそこにいたとなると、鍛錬を見られた可能性があるわけだが…まあ、そんなことは問題じゃない。 こんな時間にこんなところに何をしにきたんだ…? 俺に向けていた気配から考えると、戦うことが目的にも考えられる…)

「恭ちゃ〜ん」

「むっ…」

考えても、理解できるとは思えない。 美由希の声がしたので、とりあえずそう結論付けて、恭也は美由希の下へと向かった。

 

 

「高町…恭也……」

一つだけ、月明かりも届かない暗い空間に音が響いた。

 

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