―5―
チャンスはいつ来るか分からない。 だからその兆しが見えたときに必ず手放してはいけないのだ。
それが人として間違っていたとしても、人が見て汚いと思ったことでもだ。
気がついたときには、肉体は死滅していた。 どうして肉体がなくなったかは覚えていないが、それでも手にしようと…求めていたものは覚えていた。
胸の奥にしまっておいて、しまったままになってしまったが、それでも死んでも消えることのなかったこの気持ち。
彼を見ていた、ずっとずっと。
初めて会ったときは、胸が跳ね上がったことを覚えている。
その時からだろう。 始まった。 動き出した。
替わるとはこういうことを言うのだと、初めて理解できた。
でも、それだけで彼女の生命は終わった。
だが、どうでもよいのだ、そんなことは。 そう、今となっては彼女にとって些細なことだ。
永遠とも思われるほどの時を漂い続けるだけの存在の彼女にやってきたチャンスは思わぬ形で転がってきたのだから。
棚から牡丹餅とは、古人は上手いことを言ったものだと感心する。
ずっと見ていた。 死んでからもずっとずっとずっと。
望んでいた。 彼の人と話せることを、触れれることを。 そして………
手に入れることを…。
だが、周りには邪魔者がいた。 それもたくさん。
だから、消してしまおうと思った。 邪魔者は所詮邪魔にしかならない。
利用価値?
そんなものは始めから存在しない。
奴らにあるのは、消滅する選択肢だけだ。 それしかない。 いや、与えない。
今日は一人落としてやった。 死んだかの確認はしてないが、あそこから落ちて死んでいなかったら人間ではなくなる。
よってあいつは死んだことにした。 本来なら確実さを求めるべきことも目の前のことに比べれば、小さなことだ。 気にすることはないと、決めつけた。
それでいい。 次にもやることはあるのだから。
「高町美由希…次はお前だから…待っていなさい……」
日はとうの昔に落ちている。 周りは既に寝静まるほどの時間帯だ。
その中を白と赤の巫女服と言われている服で歩くのはとても際立ったが、時間と闇が味方をしていた。
一歩一歩踏み出すごとに、気分が高揚していくのが彼女には感じられた。
「夜分遅くにどこに行くのかしら…?」
「!!!!!!!」
昔読んだ漫画にも似たようなシーンがあったような気がする。
どこかへ向かう誰かが、不意に道中でたずねられるのだ。 『どこへ行く気なんだ?』 と。
驚いて、見開いた眼で凝視してみると、さらに驚きが現れた。
「日下部…初夏………」
名前を呼ぶと、初夏の口元がものすごく妖艶に、そして恐ろしく歪んだかのような錯覚にとらわれた。
しっかり見てみれば、ただ口元を少しゆがめただけだというのに、何を見たのだろうか。
いや、そんなことは問題じゃない。 問題なのは、あそこから落ちて何故生きているか…。 いや、これも違う。
「どうしたの…? まるで死人でも見るような瞳をして…」
死んだと思った人間が目の前に立っていた場合、どのように対処すればいいのか知っている人間が世の中にいるだろうか?
あるいは、同じ存在であるのなら知っている可能性はある…。 いや、それすらも死んだ者同士。 結局知っているものなどいないのだろう。
考えを改めるために、彼女はまずしっかりと初夏を視界に捕らえた。 怪我がないわけではない。 右腕に巻かれた包帯と、それをかばうように覆っているギブス。 間違いなく重症であることは明白だ。
それ以外にも損傷箇所があるかもしれないが、今は初夏が人間だということが分かれば彼女にとっては事足りた。
「死人……別に間違いではないでしょう? あなたは死んだ…私が殺したのよ」
自らに言い聞かせるように。 言った本人ですらそう聞こえて、少し癪に障った。
それを分かっているのか、初夏の口元は再び妖艶に歪められた。
「死人? 殺した? フフ…呆れるわね……」
「何!?」
「殺したというのは、とどめを刺して初めて使える言葉よ。 あなたのやったことは、死への扉にノックを行っただけ…。 鍵をもっていたのにも関わらず、ノックをしてそのまま帰っていった、臆病者よ」
「なっ…!!!!!」
初夏の言葉に、怒りを表して激昂しようとした瞬間、突きつけられた指先に一瞬で止められた。
「今ここで、カミサマに誓ってあげる………」
言葉が終わると同時に、突きつけていた腕を、逆手にする。 その瞬間、周りの空気、圧力すべての重みが初夏に集中していくことを感じる。
今は時間的に言えば、深夜と呼ばれる時間帯。 地を照らす明かりは月のないこの日は星明りと、点々と尽いている、離れた街の光だけ。
そう、その光だけだったはずだった。
「お前を…殺すことを……」
郊外の一画で、まぶしいまでの、神々しいまでの紅い紅い炎が初夏の腕から表れた。
自ら出した炎をゆっくり見たのはいつ以来だろうか。 すでにそんなことは覚えていない。 思い出す気も無い。 ただいつ見ても、腕に絡みつくように動く炎は吸い込まれるように紅かった。
「私を…殺す…? フフ…アハハ…!!!」
感慨に浸っているところで、那美が突然笑い出した。 正確には那美の中身だが、細かいことは初夏にとってどうでもいい。 問題はそんな小さなことではないからだ。
「私を殺すことは、霊能力者でなければ無理ということは分かっているはず。 それはあなたに知識を与えた那美が言っている。 つまり私を殺すということは、全てを消す以外ないということです」
「…………言いたいことはそれだけ? そんなこと私にとって関係ない。 ただお前は取り返しのつかないことをしたということを理解すればいい」
「取り返しのつかないこと……ですって…」
「私のモノに手を出したこと…それは私のモノよ。 後から出てきたくせにさも当然といわんばかりに使わないでほしいわ」
「……たわごとを……これ以上聞いていられません!!!」
痺れを切らしたかのように、那美は腰を低く落として、地をその細い足で蹴り飛ばした。 その動きは、いつもののんびりと…どちらかといえばとろい動きとはまったく正反対の動きだった。
初夏と那美の距離はおよそ常人の六、七歩程度。 その距離を一気に思いも寄らぬ速さで駆け抜ける。 同時に懐に手を入れて、黒い棒状のものを手にした。
「っ!!!!」
逆手に輝く刃を持ち、闇に映える炎に刀身を光らせながら、虚空に剣閃を閃かせる。
間一髪で身体を投げ出して、死線から身体を回避させた。 地面についたあと、追い討ちがかからないように身体を数回回転させて距離を取って起き上がる。
「いい反応ですね…その怪我で私の攻撃を回避するなんて」
振り返りながら、手にしている短刀をクルリと逆手から持ち替えた。
その手の中で弄ばれている短刀…間違いなく見覚えがある。
那美は言っていた。 初めてそれを見せてもらったとき、まだ2人しか知らないと。 手違いでたくさんの人に見せてしまったりもしたが、細かいこと、深いことは初夏を含めて3人しか知らないと言っていた。
「…………雪月…」
那美が霊障と呼ばれる事件の時には必ず持ち歩いたという護身刀のようなものだ。 大切なもの…とは聞いていなかったが、扱いを見ればそれは一目瞭然というもの。
「この短刀はよい刃ですね。 見るものを魅了することのできる刃は素晴らしいものですから!」
言葉を放ちながら、那美は再び地面を力強く踏み切った。 早いなんて陳腐な言葉でしか表せないほど、那美の動きは速かった。 風を切って走るとはこういうことを言うのだと、熱くなっていく身体と反対に冷たく冷静を保っている頭は理解していた。
それでも、見えないわけでも、反応できないわけでもない。 距離が多少離れているということもあるだろうが、今の初夏に見えないほどの動きではない。
来るであろう攻撃の線を確実に理解し、先読みして、その線を回避するための行動に移る。
(左薙ぎ…)
予想通り、首の…突き詰めればかなり鋭く人体の急所を狙った一撃が初夏の頭上を迷いなく白刃を煌かせた。
動きを止めた攻撃する焦点は全て点…と初夏は理解している。 つまり、始点と終点が攻撃には必ず存在して、その点を相手より早く結ぶことが出来れば回避することが可能という理屈だ。
口で言うのは簡単だが、実際に実行するのは天と地というくらいに差が離れている。 先読みは確かに出来ればこれほど有利なものもないが、これほど危険なものもない。
先読みすれば回避する確率はこの上ないほど向上するが、外れたときのリスクは回避できなかったときの比ではない。 予想外のことに人間はとことん弱い。 どれくらい弱いかというと、それが原因で勝敗が決するほどだ。
予想外の事態になると反応は遅れる。 反応の遅れは生死を分かつときにはまさに命取りとなる。
(右薙ぎ…)
那美では考えられないほどの、鋭すぎる剣閃。 命を確実に奪おうとする凶刃を軽くバックステップすることで回避する。
(掌底…後ろ回し蹴り…)
まったく無駄に力が流れない動きで攻撃してくる那美の攻撃を捌くのはそれほど難しいことではなかった。 自ずと力のベクトルは決まってくるのだからこちらもあわせて動けば言いだけの話。
(ここだ…!!)
大振りの後ろ回し蹴り、大技となれば威力は大きいが隙が大きいというのは常識だ。
初夏の死角である、右腕部分を狙ってくる右足に、逆に狙いを定める。
できる限り熱量を抑えて、那美の右足と自分の間とに衝撃だけの爆発を起こした。 今の初夏に、まともに防御して耐えられるだけの防御力はない。 刃物での攻撃なら、何とか出血だけですむだろうが、折れている骨はそうも言っていられない。
強烈な一撃を受け止めるだけで、脆くも崩れるほどに後がない。
だからこそ、一撃。 一撃でしとめなければならないのだ。
「きゃっ…!?」
自分の中で可能な限りの踏み込みで、一気に体勢の崩れた那美との間合いを詰める。
(熱いかもしれないけど…我慢しなさいよ…!)
左腕に炎を集束させて、目の前のモノを貫くイメージを浮かべる。 炎を扱えるようになったのは偶然でも、炎を形成していることは偶然ではない。 何かを具現させる能力というのは、それを強く心の中や頭の中で形作らなければ生まれない。 生まれたとしても存在の薄いただの物体になってしまい意味がなくなってしまうのだ。
だからこの手の能力は膨大な精神力を必要とする。 短期決戦に持ち込まざるを得ず、そのうえ今は手負いと来ている。 例え那美の身体に一生モノの火傷が残ったとしても、今の初夏にそこまで手加減する余裕は微塵もない。
「はっ…ああああああ!!!!」
「な〜んて…きゃなんて久しぶりに使っちゃった♪」
「!!!!!??」
一瞬何が起きたのか分からなかった。 分かっていることはといえば、辺りを焦げたような匂いと、鉄の匂いが一気に充満したということだけだ。
焦げた匂いは、数本那美の髪の毛を炎がかすめ、一瞬で燃やし尽くした匂いだ。 たんぱく質が焦げた匂いが鼻につく。
「ちっ………」
炎を纏っていた腕は、だらりと力なく垂れていた。 指先からは、暗くても映える紅の血が滴っている。 さらに上に行くと、服はもちろんのこと、白であろう肌を血で埋もれさせていた。 どれだけ深く切れたか分からないが、出血の多さがその深さをものがっ立っていた。
「日下部初夏…あなたの強さはその先読みの速さと、モノの気配を感じ取れること…。 でも素人ということが足を引っ張っているのねぇ…」
くすくすと笑うその姿は心のそこから楽しそうで、もはや那美のそれではなかった。 どうやら、時間が経てば経つほど身体を深くのっとっていっているようだ。
(急がないと………左腕は……)
焦ろうとする心を無理やり押さえつけて、異常個所を確認していく。
(ダメ…か…神経までやられたかどうか分からないけど、もう使い物にはならないみたいね……)
ピクリとも動こうとしない左腕を千切ろうかとも考えたが、そもそもそんな力も道具も腕もない。 仕方無しに諦めた問うことだけを悟られぬように那美を睨んだ。
「フフフ…もう勝ち目が無いと悟っているはずなのに、どうしてそんな瞳ができるか…大変興味があるわ…でもダメ。 あなたに割いている時間はこれっぽっちもないの。 私の求めているものまでもう少し…もう少しで届くの…。 それを邪魔して…まったく図々しいにもほどがあるわ。 傷つき血に染まっていくあなたはとても美しいわぁ…。 だからもっとも〜〜〜っと染めてあげる。 それは死の色。 あなたも味わってみるといいわ」
(これは………?)
ふと、違和感を感じた。 いつもの感覚といえばそれで終わりなのだが、やはり違和感はぬぐいきれない。 何かが変。 いや違う。 何かが変なのではなく何かが違うのだ。
「私は高町恭也のことを見ていた。 ずっと見ていた。 たった一度の偶然から始まった私の恋は始まった。 けど終わりは唐突で、簡単だった…。 良く分からないうちに私の肉体は失われて…だけどこの気持ちは…高町恭也への気持ちは消えなかった! そう、だから私は消えないの。 だから私は負けないの!! あは…あははははははははは!!!!!」
ああなるほど。
理解できた。
簡単なことだった。
馬鹿みたいに簡単なことだった。 何かが違う? 当たり前だ。 それは始めから違っていたのだから。
死してなお、真直ぐな感情はとても危険で、とても美しく見える。 だが、それはやはり危険だった。 だからこうなったのだ。
『人』ならば、相手を傷つけることにためらいを覚える。 『人』ならば、相手の気持ちを考えることもできる。
そう、すでに目の前の相手は、人ではなくなっていたのだ。 歪んだ方程式を正常と考えられる頭を自ら作り出し、他の正しい道をすべて排除して、最短距離で物事を正当化してしまう。
彼女の求めているものは、ただの人だ。 だがそれでも彼女にとってどれだけ大きいかなどココロが残されているだけで理解できる。 だが、彼女にとって…肉体を失ってしまった彼女にとってそれは多すぎた。 器を失って抑えられるだけの量ではなかったのだ。
「ふぅ…」
理解したらなんだか、馬鹿らしくなった。 何を気遣っていたのだろう、馬鹿らしい。
「ため息…ため息をつけるほどお前は余裕だというの!? 高町恭也を手に入れられると、あなたは…アナタハ!!!」
「死人がいつまでもピーピーうるさいのよ…」
私は誰だ? 死人を気遣うような人間だったか?
「何ですってぇ!!!?」
「自分の求めるものに、押しつぶされて暴走してることにも気が付けず、人の所為にして高町恭也との距離を逆恨み…はっ」
違うでしょう。 私は私のことしか考えない。 だから私のモノに手を出したこいつは容赦しない。
「小物が…」
「!!!!!!!!!!!!! 貴様ぁああああああああ!!!!」
今度は見えなかった。 どれほどの速さで那美が踏み込んできたか分からなかった。 出血で頭がふらつくのを抜きにして、素人の初夏にそれを見極められるだけの力量なければ、当然避けられる力量もなかった。
何の抵抗も感じられずに、雪月は初夏の左肩へと吸い込まれていった。
血を舞い上がらせるほど未熟な突きではない。 そのものの生命を断たんとする殺しの技をまともに受けた初夏の肩は一瞬の痙攣と同時にまったく動かなくなった。
「次は足をいただく!!」
「残念ね。 次はないわ」
「何をっ!!!!!!」
那美が行動を起こそうという瞬間、腹部から炎が遡った。 ただひたすら紅い炎が一瞬だけだが、力強く燃え上がった。
腹部に沈む腕は、初夏の包帯に巻かれた右腕だった。 いまだ、紅い炎を灯しているが服が燃える気配はない。
「ば…かな………右腕は…使えないはずじゃぁ………」
「別に…使えないなんて言っていないわよ。 ただ動かさなかっただけよ」
ここに来る前に打った麻酔が身体の痛覚を奪っていたおかげだった。 それがなければ恐らくその前に痛みで頭がどうにかなっていたかもしれない。
「うぁぁ…あ………」
言葉を発するのも辛いのか、彼女は本当に苦しそうな声を上げた。 その身体には火傷を始めとした怪我など一つもないというのに、致命傷を負ったものの声しか出せていなかった。
そんな彼女の気配を感じ取っているのか知っているのか、それでも一欠けらの情けも見せようとせず、冷たい視線をむけた。
「それから、間違いを冥土の土産に教えてあげる。 お前みたいな存在でも、強くイメージすれば滅ぼすことが出きるということを、私はこの18年の間に理解していたから。 それから、私のものって言ったけど間違いじゃないわ。 お前が使ってるその身体…私のモノだから。 お前なんかが簡単に触れていいものじゃない」
「私は……私は…ただ…一つだけ…求めただけなのに…………なんで………」
「1つ。 お前は死んでいて、私は生きている。 そして1つは、単純に求めているものが私の方が多いからよ」
言っていて何と子供じみた理由だと思う。 でもそれだけだ。 本当にそれだけが揺ぎ無い事実で初夏の中の全てなのだ。
「そ、そんな…そんな理由で私は勝てなかった……」
「そうよ。 私は勝った。 お前は負けた。 ……それだけね。 理由なんて上げたところで、最後には関係ないものなのだから…」
「きえ…る………私が消えていく………」
「同情はしないわ…。 あなたのやってしまったこと、あの世とやらがあるのなら、そこで後悔しなさい。 『藤林巴』 」
「………………くっ……ははは…あはははははははは……っ!!」
最後の力といわんばかりに、彼女は笑った。 そして事切れた。
あっけない終わりといえばそうかもしれないが、そんなことはどうでもいいことなのだ。 初夏は自分のモノを取り返したかっただけなのだから。 ただそれだけのために戦っただけだ。 別に那美のことが心配だからと言うわけではない。
日下部初夏という人間は自らのためにしか動くことはないのだ。
(終わった…か……。 まあ何にせよ………ね……)
完全に全てをのっとられていた那美は、その大元がなくなっても意識は取り戻さなかった。 今まで抵抗してきたものとの疲労が原因だと思うが、放っておけばいつかは目を覚ますだろうとして、ゆっくりと硬いアスファルトに寝かせた。
呑気なもので、その寝顔はとても安らかなものに見える。 今まで初夏が死闘を行っていたことは恐らく分からないだろうが、それにしてもなんだかむしゃくしゃする感覚を初夏は感じていた。
「お勤めごくろ〜さん」
突然背後から声がかけられて、初夏の身体は面白いようにびくりと反応した。 普段の何もなく万全な状態ならこんなことにはならないのだが、いかんせん今は能力の行使と出血の多さで、満身創痍という四字熟語が見事に当てはまってしまう状態だ。
だが、背後に立っている人物を知人と感じると無性に腹が立ってきた。 だから少しだけ今できる精一杯の反撃を初夏は試みた。
「…………覗き見なんて趣味悪いわよ…」
初夏の悪態に気分を損ねることなく、大口を開けて笑い出した人物。 リスティ・槙原。
「あははは。 まあそんなことはおいておいて、今は手当をしないとね」
言うが早いか、動くが早いか、リスティの手並みは見事といわざるを得ないほどの手つきで初夏の出血部分を覆っていく。 それでも、やはり傷口が大きい所為で、出血は止まらずに、すぐに白い包帯が紅く染まってしまう。
「それにしても、君の能力はすごいね。 発火能力かと思ったけど…どうやらもっと深そうだ」
「この能力をもっている人間がどれだけいるかは知らないけど…私は、『野蛮な殺戮炎』と呼んでいるわ」
「…またけったいな名前だね」
そんなことは言われなくても、理解している。 理解しているからこそ、初夏はあえてこの名前をつけたのだ。
にやりと、割と悪そうな笑みを顔中に作りながら、初夏はそのまま気絶した。 あとは任せたといわんばかりに、リスティに身体を預けながら意識を飛ばしていた。
「やれやれ…やっかいなのに関わっちゃったかな…」
愚痴りながら、胸ポケットに入っている箱からタバコを一本取り出して、口元にもっていった。 そして火をつけようとして…やめた。
「『野蛮な殺戮炎』 …か…どんな気持ちでそんな名前をつけたことやら…」
誰に言うわけでもなく、リスティはポツリと言うと、その場から掻き消えた。 おまけとして二人も連れて。
後に残っていたのは暗闇という名の静寂だった。