「………………………」

目の前の状況には果たしてどんな言葉が適切に当てはまるだろうか。

無理、無茶、無謀、無駄…どれもこれも当てはまるようでなんとなくイントネーションが違う。

「あれね…失敗は塵屑の山の出来上がりってことね…」

「あうう…」

ため息をついて、周りを見渡してみる。

改めて浮かぶその言葉は『悲惨』 だった。

おかしい…すさまじく、果てしなくおかしい。

初夏はいたって普通に料理法を教えたはずだった。 なのに出来上がるのは黒い墨の塊ばかり。 教え方が拙かったか? と自問自答してもそれはないはず。 何故ならカレーだから。 カレーだから間違えるはずも、失敗するように教えることもない。

筈なのにこれは一体どういうことだろう。

(そういえばあの時、一時だけ席をはずした時があったっけ…その時か…)

思い当たるふしはそこしかない。 と言うかそれ以外があったら初夏は今回のコーチを謹んで断るだろう。

「さぁ美由希…私が席をはずしたほんのひと時、あなたは何をやったのかしら? そして何が起こったのかしら?」

「え…えと…」

「………………」

口ごもる美由希に有無を言わさぬ無言の威圧感をぶつける。 傍から見ても恐いそれは、当然の如く美由希には絶大な効果を表した。

「味見して甘かったから…コショウでもと思ったら…」

「思ったら?」

「ふ、蓋が外れてどばーっと…それで小規模な爆発がぼぼぼぼんって…」

「………………………………美由希…」

ボソリと、かつ響く低くどすの利いた声で初夏は静に言葉を発しはじめた。

「私は始める前になんと言ったかしら?」

「あ、あの…その………」

「なんと言ったかしら?」

蛇に睨まれた蛙。 キョンシーに噛まれまいとする息を止めた人。

要するに恐い。 気が小さい人では初夏の前に立っただけで射殺されるのでは、と言うくらいの眼光。 いつものやる気のない眼の所為か余計に釣りあがった眼は恐ろしく見える。

「余計なことはしないで…私の言ったとおりにやれ…です…」

「従わなかった場合は?」

「仏の顔は3度と言うけど私は1度たりとも許しはしない…言うことが聞けないのならそこで終わり…です…」

そこまで覚えていてどうして美由希はできないのだろうか。 原因はここにあるからこそ敢えて厳しく言っているというのにこれでは意味がない。

だからと言って覚える気がないわけではないのだ。

美由希の料理を教えてもらう態度は真剣そのもの。 今までのぼへ〜っとした雰囲気とはまた一線違った雰囲気なのだ。

なのだが…

「さて…あなたは料理というものをどのように教えられてきたのかしら?」

「え?」

「まさかとは思うけど…料理は『愛情』 なんていいだすことはないでしょうね?」

「あう…」

やはり、と言うかなんと言うか…その通りだったようだ。 

なるほどと納得する。 

恐らく美由希は、『愛情』 の部分を先にもって来過ぎていまくるのだろう。 

美味しく出来たけど、もっと美味しく食べてもらうにはどうすればいいのだろうかと考えて、それが大切な存在なら、大好きな存在なら尚更それを強く思い、そして………

出来てはいけない料理…もとい、物体が出来上がる。

確かに大切な人に出すものは、今以上に、もっともっと美味しくしてあげたいに決まっている。

そして美味しいと言ってもらえたら…それはどんなに幸せなことだろうか。

が、それはやはり実力がともなってこその業なのだ。 未熟者が愛情だけでどうこうできることなどない。

出来上がるものを見れば一目瞭然。

と言うわけで、初夏は言い放った。

右手を高々と上げて、そのまま一気に振り下ろし美由希の目の前でびしぃ! と静止させ…

「雑魚は雑魚なりに努力をしなさい。 お前のやった行為は努力ではなく無駄な行動なのよ。 そういうわけだからさっさとこの台所を片付けなさい」

と、言い放った。

「えと……」

しかし美由希は初夏の指を指した方向を見たまま言いよどんだ。 そして右足は行こうとして、やっぱりやめて…しかし行かなければ、と言う葛藤を繰り広げている。

「何をしているの? 早くかたしなさい」

「いえ…その………」

「何が言いたいの? 言いたいことがあるのならはっきりとすっぱりと言い切りなさい。 私はそう言うまどろっこしいのが嫌いといまだに気がつかないほどお前は愚かなのかしら? いや、ここでこの状況を、私の忠告、警告を無視してこの惨状を作り出す辺りで愚かなどと言うことはすでに周知の事実だけれども。 まぁそれは置いておくとして一体何が言いたいのかしら?」

言いたいことをまくし立てると、打ちひしがれている美由希が目に入った。 が初夏にとってそれは何も意味はない。

それを理解しているのかしていないのかは別として、打ちひしがれながらも何とか震える足腰を立ち直らせて美由希は開口した。

「こ、この状況なんですけど…」

「この状況がどうかして?」

「えっと…片付けられるんでしょうか………?」

言われてもう一度、そして冷静になってその状況とやらを眼に入れる。

「………ふっ……」

「く、日下部さん! 気を確かにぃぃぃぃ!!」

清清しいまでの表情をしながら卒倒しそうになる初夏を美由希が慌てて支える。

初夏が卒倒しそうになるほど、目の前の状況は悲惨なものだった。しっかり見れば見るほどにそれはもう口にはとても出せないほどだ。

とりあえず、普通に料理していてこの状況になることはまずありえないだろう。

(一体どれだけ同じことを言えばいいのかしら…)

いい加減にうんざりして来た。 その上頭痛もしてきた。 

あれだけ脅しておいたにも関わらず、美由希はこのように暴走を起こしてしまった。

恐らくは、すがる思いで初夏のところに修行に来たのだろう。 だがしかし、それでも意味を、成果を表してない。

これはやはり、心のどこかに甘えと言うものが存在するからなのだろうか。

(それでも、あの無駄の少ない足運びはそう簡単に見に付けられるものじゃないし…)

教わること、そしてそれを実行すること自体に問題があるようには思えない。

確かに、器用とはお世辞にもいえないが、それでも着実に一つ一つをこなしていくのを見れば、頭から不器用とは言いがたかった。

素質がないわけではないのだ。 ただ何かが足りない…。

(一体何が………ん……)

その時ふっと、台所を片付けている美由希が眼に入った。

一生懸命片づけをしている。 元通りに戻るか危ういその台所だった場所を、丁寧に丁寧に元に戻していく。

(あぁ、なるほど…)

「美由希」

「は、はい?」

「危機感が足らないわ」

「……へ?」

「危機感が足らないと言ったのよ。 お前は料理は愛情だと言ったけれど、まぁそれはあながち間違いではない。 しかし、愛情の部分をとったらどうなるか、台所は生死を賭けた戦場へと変わるの。 戦。 そう戦なのよ! お前は戦で負けたとき、どうなるか分かってるの?」

「えっと……捕虜…ですか?」

自信のない声と表情でその言葉を美由希は紡ぎだした。

だがその言葉を聞いて明らかに初夏は落胆を表した。

「そんな甘い時代はとうに過ぎ去っているのよ。 まぁ捕虜となれば確かに生き延びることはできるだろうけど、女性の場合は死ぬより辛い恥辱の毎日が用意されてるでしょうね」

「うぁ…」

「さっきも言ったとおり、料理とは戦。 調理場とは戦場なのよ。 そこで負けることは、すなわち死を意味する。 お前は、負けても次があると思って安易な行動に走っているはず。 だけどその行動で地雷を踏んで吹き飛んでいれば世話ないわ」

「そ、そんな知識どこから入れてきたんですか…?」

「問題はそう言うことではないのよ。 料理を『戦』 と表すと、さしずめ調理する私たちは 『指揮官』そして食材は 『兵士』 となる。 そう言う風に例えれば、分かると思うけど、完成された料理にならなかった場合、食材…つまり兵士は死ぬのよ。 死んだ兵士がもう一度戦いに出られるかと言えば、そんなことあるはずもない。 いい? 元に戻すことはできないと言うことは、チャンスは一度。 一度しかない。 それをお前は自分の軽率な指揮によって兵士どころか自分の国までも破滅させ、更に助けを求めそれを受け入れてくれた中立国すらも破滅させたのよ」

「えと…その……」

「命のやり取りの中で、もう一度と言うチャンスなどないのよ高町美由希」

「………」

言われて見てその通りだと美由希は思った。

確かに、料理で失敗した食材を再利用に使うことなど敵わない。 もしかしたらできるかもしれないが、美由希にとってそれは不可能だ。

ではなんだろう。 自分は今までどれだけの命を無駄に散らせてきてしまったのだろうか。

「…………」

考えれば考えるだけ、美由希はあからさまに凹んでいった。

それはもう見るからに黒いオーラが立ち上るほど、分かりやすい。

「しかし……」

「………?」

十分に反省したと、解釈して初夏はぽつぽつと話し出した。

「どのような場合においても、失敗しないことは確かに必要よ。 でも、人なのだからどうしても失敗はつき物…。 ならばどうするのか。 失敗を反省して、どうして失敗したのか、失敗しないためにはどうするかということを考えて実行すればいいだけの話。 お前のその無駄のない体捌きはそうやって見につけたのではなくて?」

「ぁ……」

それは美由希が見た中で恐らく一番優しい表情だったと思う。

やる気のない眼から少し怒り気味の眼に移行したための錯覚かもしれないが、明らかにその表情は優しかった。

それでいて、初夏は理解している。

何かを成し遂げると言うことの過酷さを、どれだけ時間がいるかということを。

そして、初夏は美由希を見て理解した。

いや、どちらかと言えば気付かされたというべきか。

いつごろだっただろうか、自分もこういう風に料理を誰かに習ったのは。

その時もやはり、先ほど起こった出来事のように失敗し…いや、流石にあそこまでは失敗はないが、初夏も失敗を繰り返し、少なくとも食べるのには困らない味のする料理というものを作れるようになった。

(なんだか…懐かしいわね…)

ふと頭の中にいろいろと記憶が蘇ってくる。

あのころは、初夏も誰かのために作るという行為をしていたと思う。

その時にめげずに、料理を作れるようになったのは、やはりその存在と、その存在が初夏に向かってかけてくれた言葉だった。

「美由希…。 何故失敗という言葉があるか理解しなさい。 先に言ったように、原因さえ考えればさほど難しい問題ではないわ。 だから、考えて、理解しなさい。 それが『強くなる』 って言うことなのだから」

「強く…なる…」

意味を分かったのか、分からないのか。

しかし美由希は、しっかりと自分の手を見て、そして恐らくは理解しているのだろう。 全てでなくても、強くなると言うことを。

「理解したようね…」

「まだ…全部じゃないですけど…でも…!」

「そう…」

美由希の肩にそっと手を置いて、初夏は今までにないほど、かつてないほど優しい笑顔を美由希に向けた。

「それじゃあ美由希」

「はい!」

これから料理の修業の続きをやると思ったのか、美由希の声はとても覇気に満ちていた。

そして初夏もその覇気に負けないような笑顔を向けて…

「さっさと調理場を片付けなさい」

それはもう、とんでもないほど欲情のない声で言い放った。

 

 

 

結局。

その日一日を使い切って、なんとか使える状態にまで回復させることが出来たのは奇跡だと…

とある親友は答えた。

 

期日まであと6日の出来事だった。

 

 

 

  

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