存在意義

 

 

それから、時間が流れるのが、ものすごく早く感じた。。

普通こんなときは長く感じるものだが、これから起こすことはボクにとってはあまり望むべきことでなはい。

こんなふうになる前に、やっておくべきだったのかもしれないのにな。

いや、今日という日を除いてこの作戦を成功できる日は無いはずだ。

御神…そして不破の人間が全て集まるといわれている、今日。

ボクと琴絵の契りを交わす日…。

いつから、ボクは琴絵に惹かれていたのだろうか?

あったその日…所謂、お見合いと呼ばれるイベント。

恐らくボクは人として最低な心持でいたと思う。

表情は、笑顔のまま固まっていて、見る人から見れば、まるで仮面のようだっただろう。

だが、そんな顔を見て、琴絵は微笑んだ。

ボクの目を見て、まるで全てを見透かすかのように、澄んだ瞳でボクを見て微笑んだ。

正直不覚にも、心臓が跳ね上がった気がした。

ばれたのかもしれないという気持ちと、彼女のその儚いまでの美しさに心が一瞬理性をなくした。

思えば始めからボクは心を奪われていたのかもしれないな。

それから、琴絵と親しくなるのは難しいことではなかった。

お互い惹かれていた、と言えば少々驕りかもしれないが、お互いを嫌いではなかったからだろう。

彼女はボクの心の闇の部分を、どんどん癒していってくれた。

それが、とても心地よく思えて…。

だけど、同時に怖く思えて…一度だけ、琴絵を拒絶した。

近づくな、と一言…そういった時。

琴絵は泣いていた。

その時、ボクは後悔した。

何故彼女を泣かせてしまったのだろうかと。

そして同時に、見るもの全てを魅了するかのごとき美しさに眼を奪われた。

気が付いたとき、ボクは彼女を抱き寄せて、泣いていた。

そこで初めて気が付いた…。

ああ…ボクは琴絵を愛してしまっていた…と。

それが、適わないものだと分かっていても、止められるものじゃなかった。

「後悔はしない…後悔なんてない……でも…」

でも、やはり悔やんでいるのかもしれない。

何故、こんな出会い方しかできなかったのだろうか?

何故、敵同士になってしまったのだろうか?

何故、彼女でなくてはダメだったのか?

どれだけ考えても晴れることのない、疑問と言う名の靄。

もはや、その靄を消し去ることは出来ないだろう。

時間をかければ解決できるであろうことも、もう手遅れだ。

ボクが事の引き金を引き絞れば、全て終わるのだから。

「ここが、琴絵の支度室か…」

いつの間にか目の前にまで来た、大きな扉。

正確には襖なのだが、とにかくその目の前にまで来ていた。

中では、これから行われる婚儀のための支度が行われているはずだ。

気配を探ると、数人のものが感じられた。

「琴絵…ボクだけど、入っていいかい?」

「あ、進さん。 どうぞ」

いつもより、落ち着いた声が襖のおくから響いた。

少し驚いた。

まさか、琴絵からあんな静かな声を聞くことになるとはね。

正直驚きの反面、感動だ。

好きな人の声はいつ聞いても癒される。

ただし…この先に何もなければ…だけど。

すすっと言う音を上げながら、襖を開けて中に入る。

中に入ると、再び驚いた。

いつもは、その美しい顔に満面の笑顔を浮かべて、笑いかけてくる彼女は、今は白い着物に身を纏い、化粧した顔でも
分かるほど頬を紅潮させながら微笑んできていた。

「…………………」

「…あ、あの…進さん?」

「綺麗…だ…」

「え?」

「綺麗だ…」

思わず、口に出した言葉は何と陳腐なものだっただろう。

だが、それ以外思いつかないほど…いや、それ以外のものが当てはまらないほど、着物に身を包んだ琴絵は美しかった。

目を奪われるとはこんなことを言うのだろう。

「そうですよね。 ここまでお似合いですと、着付けのし甲斐があります」

世話役と思われる女性も、どうやら軽く魅入っているようだ。

「そ、そんな…こんな格好をすれば、誰だって…」

「いや…ボクは君だからこそ、綺麗だと思える。 …これは、お世辞でもなんでもないよ」

「………進さん…」

「あ、それじゃあ私は席をはずしますね? 何かあったらおよびください…」

そう言って、世話役の女性は出て行ってしまった。

中にはボクと琴絵の二人きり。

これが、後に起きるであろう事がなければどれだけ幸せに感じられることか…。

今更ながらだが、やはり後悔しているのかもしれない。

しかし、琴絵を手に入れるためにはこうするしかないんだ。

「? どうか…したんですか?」

「……いや…………琴絵…」

「はい?」

「君は…ボクが付いてきてほしいと言ったら、どこへでも付いてきてくれるかい?」

「もちろんです。 私は…あなたに、一生付いていきます。 先になにがあろうとも…です」

「それがたとえ、御神を敵にしてしまうとしてもかな?」

「後悔はしません…」

「そうか……」

短く、そう言いボクは琴絵に抱きついた。

「あ…進さん……」

「愛してるよ、琴絵………この世界で誰よりも、何よりも愛してる…絶対に離さない…」

「はい…私も……愛しています…絶対に離れません」

「ありがとう……だけど、少しの間のお別れだ」

「え? かっ………」

琴絵から、短く息が吐き出された瞬間、琴絵の体か一気に力が抜けた。

呼吸はしなくなり、血液の流動はもちろん心音も消えた。

彼女から感じられるのは、ほんの少し前にあった確かな温もりだけだ。

「ゴメンよ…ボクも…離れたくないんだ。 だから、こうするしかないんだ」

手から、細く長い針を床に捨てて、琴絵を抱き上げた。

そう…たった今、琴絵は死んだ。

死んだのだ。

琴絵には、少しの痛みも味わってほしくなかったから…。

だからこうした。

ボクは組織に、御神を滅ぼすと宣言したことによって入ることが出来た。

組織にとってはいい、鉄砲玉が手にはいるのを拒む理由はなかっただろう。

組織にとって、鉄砲玉が勝手に無力化するのはいい。

だが、鉄砲玉が、妙な行動を起こすのは見過ごせない。

例えば、裏切りとか…。

組織を裏切って生きるのはとてもじゃないがボクには無理だ。

いや…ボク一人なら、どうとでもできる。

だが、琴絵たちまで付いた場合、安息はなくなるだろう。

永遠に琴絵を手に入れる方法…。

これしかなかったのだ…。

そう…これしか………。

もうすぐ…ボクの全てが成就する。

「少しだけ、待っていて…ボクも…すぐに行く…」

力なく横たわる琴絵を抱き上げて、ボクは進む。

復讐と言う名に彩られてしまった、血に染まるであろう道を…。

 

 

 

少し歩くと、ふすまがあった。

その向こう側からは、これから起こるはずのめでたい席に心を躍らせているものたちの声が響き渡る。

だが、そんなことは起こりもしないとは誰が思うだろう。

誰も思わないだろうな。

状況を確かめるために、琴絵を用意してあった椅子に座らせる。

違和感が無いように、きちんと座らせる。

なんだか妙な表現だが今は関係ない。

さて…どう調べようか…。

そんな時、都合よく人が現れた。

恐らくは、準備の人だろう。

「すみません…もう、式は始めても問題ないでしょうか?」

「え? あ、新郎さんですか。 ちょっと待ってください……………はい、大丈夫です。 皆さんにはそう声をかけておきます」

「よろしくお願いします」

準備はすでに整っている。

全ては完璧に進んでいる。

もうここまで来たら失敗はありえない。

後は実行するだけなのだから…

 

 

「それでは、新郎新婦の入場です」

声に導かれて、ボクと琴絵はふすまをくぐった。

もちろん琴絵はボクに抱かれている。

もう一生離すことは無い。

「ん? 琴絵さんは…どうなされたのですか?」

「フッ…」

答える代わりに眼を閉じて、笑った。

もう…引き返すことは無い。

引き返すことなどできはしないのだ。

「聞け! 御神!!! ボクは奏摩 進! お前たち御神に滅ぼされた一族の生き残りだ!!!」

ボクの言葉に、一瞬の静寂が訪れる。

だが、それはすぐに騒然とした場へと変貌する。

「お前たちは、ボクの家族を斬った。 大切な大切な…ボクの宝物を…だからボクは復讐すると誓った」

「まさか…進さん…そのために琴絵ねーさんに近づいたのか…?」

小太刀を持ち、騒ぎの中、一人静かにボクに話しかけてくる男、御神 静馬。

彼の向けてくる、怒りとも驚きとも取れる気は、ふれていて気分のいいものじゃない。

「その通りだ」

「貴様…そのために、琴絵ねーさんを誑かしたのか!!!」

「…君には分かるだろう? 一人の女性を愛したことのあるお前なら、ボクと琴絵が愛し合っていたことぐらい」

「……………それでも…お前は琴絵ねーさんを裏切った!」

「その通りだよ。 それは事実だ。 どんなに愛していようと、ボクは琴絵を裏切ったことには変わりは無い。
だが、それすらも、甘んじて罪として受け入れる!!」

ボクの気配が変わったことに気が付いたのか、静馬君は小太刀に手をかけた。

このまま、手を出させれば、一瞬で事は終わるだろう。

だが、やらせない…ここまで来て、終わらせられるものか!

「この人数の御神流の使い手から逃げられると思っているのか?」

「思ってなどいるものか。 だが…終わらせることは出来る」

「これ以上…罪を重ねないでくれ……ねーさんを返して、自首してくれ」

「琴絵は誰にも渡しはしない!! そして、罪などすでに犯している! ここに立っていると言うことだけでな!!
そして、御神! お前たちもすでに罪を背負っているんだ!!」

「そんなことは理解している! だからこそだ!!」

「理解するだけじゃあ、足りないんだよ…。 優しかった父さん、母さん…幼かった妹など原型すら分からないほど無残に殺
されていたんだ…。 だからもうだめなんだよ。 御神が何故そんなことをしたのかは分からないけど…
斬ったという事実があれば、もうそれでいいんだ」

胸元に隠しておいた、拳銃を取り出して、静馬君に向ける。

これ事態に何か意味があるかと問われれば、ただの牽制に過ぎない。

だが、こんなものでは、牽制にならないのは重々承知だ。

御神流をある程度納めているものには、拳銃などただの玩具に過ぎないから…。

これは、ただボクの覚悟と言ったところだろうか?

もう自分でも理解していない。

理解することを放棄している。

「進さん!!」

「さようなら…静馬君…」

パンと言う軽い音が響いた。

そい思った瞬間、ボクの身体は熱を帯びていた。

「ぐ…がっ…」

「…っ!」

肩から腰にかけて、熱いものが流れていく。

これを待っていた…こうすることで、終わらせることが出来る。

せめて、ボクだけでも痛い目を見ておかなければいけないと思っていたから…。

だがこれで…。

「おわ…り…だ……よ………」

「え?」

もはや眼は見えない。

熱が頭にのぼり、手も足も動かすことは出来ない。

だけど…体の中できちんと動いていることは理解できた。

全ての忌まわしきものを吹き飛ばすことの出来る代物の鼓動を…。

瞬間。

視界は全て白に染まった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴絵…。

もう…。

離さない…。

ずっと…ずっと…。

ずっと、一緒だよ…?

愛してる。

愛してる…………。

 

 

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