◇

 

 その会議は酷いものだった。緊急会議とは言え、直接の出席率はたった四割。その他の面々は、遠方からの衛星通信による擬似的参加をしていたからだ。

 香港警防隊の中枢たる執行部。その役員は、司令、副司令を合わせても十三名ほどしかいない。その半数も顔を出さなかったことに、啓吾は疑念を抱かずにはいられなかった。

 会議室は暗く、出席した幹部たちが座る円卓の上に設置されたデスク・ディスプレイに、いくつかの報告書がマルチ・ウインドウで表示されていた。そのどれもが、三日前の調査隊の全滅の件と、研究所の爆発に関するものだった。

 啓吾も一応は目を通したが、到底読めたものではなかった。

 これなら学生のレポートのほうが幾分かましに違いないと思えてくるほど、粗末で稚拙な文章である。予想しかできないていないのだ。原因追求に何の役にも立たない。

「で、結局、どうなのかね? 原因はわかったのか?」

 口を開いたのは香港警防隊の司令官、ディザ・ライザ・ハーケーンだった。警防隊に所属する現在三百五名のトップに立つ女性である。六十代前半の高齢の彼女は、男物のスーツ姿で専用席にいた。背筋を伸ばし、会議室を見渡す動作に惑いはなく、毅然とした態度が室内に緊張を走らせる。

 その彼女もまた、ふざけたような報告書に静かな怒りを感じているらしかった。

≪なんともし難いですな≫

 そのことを自覚しているのか、憮然とした声で、『SOUND ONLY』と表示された解像度の低い画面から音声が流れる。

 警防隊の情報源の一手を担う、情報部長、アリ・ムハド・ザハールの声だった。どこか機械じみたその声は通信状態が悪いのではなく、盗聴を阻止するために特殊な回線と暗号方式を使っているからだったが、どこか鼻に掛けた彼の口調に、何人かが気分を害したように眉をひそめた。

「情報部長が、そんなことでは困りますな」

 と、これは警備部長の言だった。とたんに、会議に出席していたものたちから同意の声が上がった。情報部長ほどの人物が、映像も見せずに『音声のみ』にしていることへの憤りが、そこにあった。

 そんなこちらの雰囲気などどこ吹く風で、画面の向こうからアリは続けた。

≪爆発後の研究施設跡周辺に、濃度は低いが広範囲にわたって中性子が検出されている。それは報告書にして、すでに各員の手元にあるはずだ。どれだけ重厚な防護服を着用すれば、たった三日で調査が完了できると言うのだ?≫

 その皮肉気な言葉に、室内が静まり返った。しかしながら、彼の言うことはもっともである。中性子とは、いわゆる核の一種のことだ。いくらなんでも、被爆してまで調査を推し進めろとは言えない。

 警防隊の捜査体系の前線に位置する作戦部と、作戦部が捜査活動する際の情報を収集・管理し、彼らのサポートをする情報部。それが香港警防隊を代表する二大部署だった。その他にも、警備部、医療部、公安部、開発部などがあるが、警防隊員の中でも特別視されているのがこの二つである。

 その作戦部長が啓吾。一方で情報部長がアリで、三日前、調査隊全滅の事実を啓吾に教えたのも彼だった。今、彼がこの場にいないのは、ひとえに事件の原因追求のために現地に飛んでいるからなのだろう。情報部長が現地に飛ぶなどという事実に、啓吾はさらに不安をかきたてられた。自分を置き去りにして、何か重大なことが起こっている気がした。

 そのアリに向かって、ディザは言った。身体の底から凍えるような、低く冷たい口調だった。

「そうか、ではアリ情報部長。調査は中止だ。連絡員だけを残して、貴様は帰還しろ」

「中止?」

 ここ数日で、一体何度我が耳を疑っただろうと、啓吾は半ば呆れながら呻いた。他、会議に出席していた全員が同じだった。アリでさえ動揺を隠せなかったのか、画面越しに苦渋の吐息が漏れていた。

「正気ですか、司令!」

 机を叩きつけながら、啓吾は立ち上がった。何人かが同意的にこちらを見るが、誰も賛同はしなかった。

「仲間が死んだのですよ? 六名も! 十鬼(シーカイ)も御神も、私の部下です。彼らもまた、常に死を覚悟して任務に臨んでいます。ですが! 殉職した捜査官の墓に向かって、お前が死んだ理由は分からずじまいだとでもおっしゃるつもりですか!」

「口が過ぎるぞ、陣内啓吾!」

 叱責する副司令官を抑えるように、ディザが手を上げた。

「陣内。貴様が怒る理由もわかる。確かに、死んだ特捜隊副隊長である十鬼(シーカイ)は、執行部員でもあるのだ。君の隣に座っているはずの彼女の席が空白なのを見て、何も感じないほど私は冷たい人間ではないつもりだ」

 言われて、啓吾は自覚していたことに追い討ちをかけられた。自分が少なからず気が動揺しているのは、今自分の隣にいるはずの人物がいないことが大きな原因だった。誰に言われるまでもなく、自分が一番承知していたことだった。

 香港警防隊は、その活動を国際的にも認められた組織である。国境を越え、国家間の枠を超えた捜査が可能なほどの特権を持ち、治外法権も認められた超法規的組織──それが啓吾の属する機関だった。刑事特権を与えられた軍隊と言えなくもない。

 その表立った活動を担っているのが、啓吾が部長を勤める作戦部である。作戦部所属の隊員は、厳しい選抜試験をクリアした後、それぞれの能力、個性や特性を考慮した三つの『隊』に分けられるというのが現在のシステムになっている。そのため、作戦部は警防隊の中でもエリート部署といっても過言ではなかった。

 作戦部が警防隊の中の花道であり、また特権が認められている部署であることは、部長、部長補佐以外では三つの『隊』──特別捜査隊、強襲陸戦隊、特殊機動攻撃隊の隊長、副隊長だけが、警防隊の主要事項を決める執行部参加を許されていることからも理解できようというものだ。つまり、意見を言う権利を有しているのである。

 ここで、役職についていくつかややこしい事情が存在する。

 啓吾の役職は作戦部長であり、その下には作戦部長補佐がいる。作戦部長は、作戦部内にある三つの隊のうち、作戦部最大の規模を誇る『特別捜査隊(略称・特捜隊)』という、事件を最前線で捜査、解決に従事する隊の隊長も兼任しており、さらにその下には、彼を補佐する副隊長が存在している。作戦部長を『大隊長』と呼称する慣習はここからきている。

 作戦部長の下にいるこの二つの役職で、立場的に上なのは作戦部長補佐であり、特捜隊副隊長はその下に位置する。しかしながら、特捜隊に属する七つの部隊長の誰かが、この二つの役職を兼任することも少なくない。

 そのような体制が取られている理由は、ひとえに人材不足が原因だった。警防隊が目指す理想の高さに沿った作戦部。そのハードルが高すぎるために起こる弊害である。

 今度の事件で亡くなったと推測されている十鬼(シーカイ)は、そのハードルを越えた者たちの中でもひときわ注目株の人物だった。特捜隊に所属し、その中の第一部隊を任されていた彼女は、同時に特捜隊の副隊長でもあり、実質作戦部のナンバースリーの位置にいた。

 だが有望視されていたのは彼女だけではない。御神美沙斗もまた、今度の人事異動で特捜隊・部隊長昇進の話が持ち上がっていた。その他メンバーも含め、年齢的にも社会的にもこれからの者たちだったのだ。

 それは言い換えれば、警防隊にとっても大きな損失であるということになる。

 それだけに啓吾は憤りを感じずにはいられなかった。何故、調査をやめるなどというのだろうか。死んだ者は還らない。だが、死者は、死者にしか語れない真実を持っている。それさえも失ってしまえば、彼らの死はそれこそ無駄になるのではないのか。

「司令。どういうことなのかお聞かせください」

「ストップが入った」

≪どこからですか?≫

 彼女の言った言葉を理解するのに遅れた啓吾は、その問いかけをしたのがアリだということに気づかなかった。

「周りの国全部だ」

 幾分か口調を軽くして、ディザは言った。

「は?」

「中国政府をはじめとして、朝鮮、韓国、その他アジア諸国。大体そのあたりだな。政府の高官が私のところやってきての直々の申し出だ。『奴ら』を刺激しないでくれ、とのことだ」

「奴ら?」

 その問いに、ディザはしばし逡巡する振りを見せた。答えるかどうか、というよりも、どういう風に説明すべきか迷っているらしかった。が、何を思ったのか、彼女は視線だけを一つのスクリーンのほうに向けた。

「アリ。貴様はもうおおよそ理解しているのだろう? なら後は任せる」

≪私の考えている通りのことだとするなら、あの情報は『最重要機密事項』レベルSに指定されています≫

「今を持って解除だ」

 その言葉を皮切りに、デスク・ディスプレイ上に一枚の用紙が表示される。

『重要機密事項閲覧契約書』

 題名にはそう書かれてあった。機密事項を閲覧する上での原則、罰則などを記した契約書である。それを理解した瞬間、啓吾の中でスイッチが入った。ほぼ同時に、会議室全体に緊張が走る。これはどうやら自分が思っている以上の内情があるらしいことに、会議に出席した全員が気づいたのだ。その様子を確認したうえで、ディザは切り出した。

「各員、それにサインしろ。拒否は認めん。内容はもうすでに知っているはずだな? 機密事項の閲覧許可に関する契約要項の確認を今更する気はない。隊員ナンバーとパーソナルコード、パスワードを入力した後、私の元へ転送。一分待つ」

了解(イエス・サー)

 瞬間、会議室が静謐に包まれた。一斉にディスプレイをタッチする音が響き、きっかり一分後、さらに転送された契約書の名前をディザが確認するのに一分──計二分後に、話は再開された。

「アリ。説明を」

≪了解しました≫

 画面がぶれ、『SOUND ONLY』の文字が消えて、立体スクリーンに年かさの紳士が現れた。オールバックにした白髪、白いあごひげを生やし、ダークブラウンのスーツを着たその様は、恰幅のよさよりも頑固そうな印象のほうが強かった。

≪執行部員の方々にお願いする。承知しているとは思うが、今から述べることはトップシークレットに値する。契約書の通り、このことは他警防隊員のみならず、執行部員同士においても許可なく口にすることを禁ずるものとする。了解したな。では話す。実は八年前のLCプロジェクト阻止において、いくつか執行部員にさえ明かしていなかった情報がある。これは司令と副司令、そして私の三人で決めたことだ。情報部本体でさえ感知していない。そしてまず、これら情報隠匿は悪意でないことを了解して欲しい≫

 啓吾はうなずくだけにとどめた。無駄な反論も、過剰な同意も、時間の駄々と感じたからだ。それは他の面子も同じだった。

≪高機能性遺伝障害病患者──HGSを兵器利用しようとしたLCプロジェクト。八年前にそれを実行していたのが、劉王臣(リュウ・ワンチェン)という男であることは諸君らも承知だと思う。彼は元テロリストであり、科学者でもあった。故に、我ら情報部もその線で調査を進め、そのことを作戦部に報告した。八年前──当時はまだ作戦部・特捜隊の副隊長だった君にだ、陣内作戦部長≫

 ちらりと、アリが啓吾を一瞥した。

≪結果的に彼は逮捕され、彼が有していた組織も殲滅できた。だがその後の事後調査で、彼が元いた研究機関の名が判明した≫

 たった数秒間だが、沈黙が降りた。その名を出すことをためらっているように息を吐き、それから意を決したのか、あくまで低く機械化された声が無機質に響いた。

≪その組織の名は、『第十天主砲機関(The Tenth Canon Pieces)』という≫

 

 

The Tenth Canon Pieces(ザ・テンス・キャノン・ピース)?」

 初耳だった。他執行部員も、聞いたことのない名前に揃って眉をひそめ、ささやきあう。だが、啓吾はすぐに思考を切り替えた。知らなくて当然だと思ったからである。

 重要機密事項レベルSということを考えれば、それも仕方ないことだった。認定レベル『S』は、重要事項に分類される情報の中でも一番重いレベルであり、それに当てはまる情報は一個人で所有できる代物ではないからだ。

「どんな組織だ?」

≪詳細データはない。故に、今知り得ている情報だけを伝える。第十天主砲機関(奴らは)は、『ルギルキア・ソリュード』という存在を頂点として、十人の幹部と、数十人の科学者で構成された研究機関(・・・・)だ。LCプロジェクトも、元は彼らが発案、計画していたものだった≫

「だった?」

 言葉尻を捕まえて、啓吾は眉間にしわを寄せた。

 確かに、劉がその第十天主砲機関とやらを抜け出した上で、LCプロジェクトを実行したと言うのならそれは盗作したということになるのだろう。“だった”という言葉は至極当然のものだ。が、それを発したときのアリの口調に奇妙な違和感を覚えて、啓吾は聞き返した。

第十天主砲機関(ザ・テンス・キャノン・ピース)はすでに崩壊している。少なくとも、二十年以上も前に。情報がないのもそのためだ≫

「……どういうことだ?」

 疑問はやがて大きなうねりとなって会議室に充満した。彼らがLCプロジェクトの計画原案者だとしても、そのプロジェクト自体が劉によって実行に移されたのは十年前ことだからだ。計算が合わないことに、少なからず疑問が沸き起こった。

 落ち着いているのは、事情を知っているだろうと思われる司令と副司令だけだった。

≪機関の創設者であるルギルキア・ソリュードが、十人の『主砲(キャノン)』と呼ばれていた幹部たちによって殺された。その後、彼らは組織そのものを自らの手で消滅させている。情報の入手元は明かせないが、確信を得るに足る証拠がある。LCプロジェクト責任者である劉王臣も第十天主砲機関に所属していた証言も得ている。奴は機関を抜けた後はテロ組織に所属していたが、そこも数年後には脱退。さらに数年後、存在そのものが抹消されていたはずのLCプロジェクトを単独で立ち上げ、自分が元いたテロ組織に売り込んだという具合だ≫

 おかしな話だった。それが本当なら、ルギルキア・ソリュードという男(名前から勝手に判断した)は、自分の部下によって殺されたことになる。

 アリの話は続いた。

≪今回、作戦部・特捜隊所属の十鬼(シーカイ)第一部隊長が指揮を取って調査にあたっていた研究施設は、劉がLCプロジェクトにおいて使っていたものではなく、『第十天主砲機関』が健在時に要していた施設である可能性が高い。その施設がLCプロジェクトに何かしらの関係があったにせよ、彼女ら調査隊が全滅したことは、施設の機密保持のためと予測される核爆発から推測されたものだ。おそらく、先日司令に捜査停止要請をしてきた国々も、施設跡周辺の大気から中性子反応の情報は得ているだろう。もう分かるな。例え、消滅した組織とは言え、民間レベルで核を要していた連中とやりあうことは、国家としてもかなりのリスクを要するということだ≫

 ようやく、啓吾たちは各国が、その組織を刺激することを嫌う意味を理解した。だがしかし──

「しかし……組織は消滅したのだろう? 核の売買をカモフラージュするのは大変な大仕事だ。組織力のない者たちでどうにかなる代物じゃない。まして、どんな間抜けな国だって、その存在が持ち込まれれば気づかないわけがないと思うが……」

 作戦部の強襲陸戦隊長が、進言する。その答えについては、啓吾はうすうす感づいていた。

「『主砲(キャノン)』と呼ばれた十人の存在か……」

 画面の向こうで、アリがうなずいた。

≪そうだ。確かに機関は崩壊し、科学者たちの大半は死去した。ところが、その原因となった十人の『主砲(キャノン)』に関しては、その情報はおろか、現在の居場所さえ──否、存在の確認さえ取れていないのが現状なのだ≫

「これに関しては、国際刑事警察機構(ICPO)と我ら情報部・諜報分析局の連携でことを進めている。FBIやCIAは協力的でないのでな」

 というディザ司令の付け足しに、何人かが呻いた。国際組織間の捜査権限的勢力争いは、警防隊もまた例外ではないからだ。それに直面するのは、大抵は前線に出て捜査活動する作戦部の人間である。

≪だが前年、ようやくそのうちの一人が判明した≫

 会議室が再びざわついた。幾人かはアリに対して賞賛の声をかけ、幾人かは情報部の手柄に渋い顔をする。

 だがアリは、それらにまったく取り合わず、端的に苦々しく説明を続けた。

≪昨年二月、アメリカ・アラスカ州にある第二十七駐屯基地にて起こった襲撃事件については覚えていような。その犯人像を追っていったところ、その目標を辛くも確定することができた。全員、手元のディスプレイを見てほしい≫

 その言葉に従い、啓吾たちは自分のデスク・ディスプレイを見た。つかの間の静寂が訪れる。だがそれもデータ転送が終わり、画面に新たなウインドウが表示された時点で終わりを告げた。

「こいつは!」

 誰かが悲鳴を上げた。会議室がざわつく中で、啓吾も思わず血の気が引いた。

≪知っていると思うが、念のために言う。『椿(つばき)三影(みつかげ)』だ。もしくは、『ザ・シャドウ』のコードネームのほうが分かりやすいかもしれん。歴史上、公的に確認された唯一の戦争執行人(アレオリック・エクスキューショナー)。国際指名手配犯にして、ナンバー『009』の永久犯罪指定──エンドレスギルト・コードをもつ、現存する最悪の犯罪者の一人だ≫

 会議室が震撼した。啓吾も例外ではなかった。国際的に指名手配される者たちの中でも、さらに危険度が高いと認定された凶悪犯罪者のみに与えられる永久犯罪指定(エンドレスギルト・コード)を耳にすれば、それも致し方ない反応だった。

 それだけ、このナンバーには重要な意味があった。何故なら、世界共通で認定されるこのナンバーを持つ者は、その名の通り死ぬまで──否、死んでからも法的機関に追いかけられる運命にあるからである。

 現在の国連の定めた法案においては、彼らへの刑罰は、一貫して『世界からの消去』ということが国連全参加国一致で可決されている。消去後のナンバー所持者に関わる全ての情報の抹消──唯一、ナンバーリストにのみその名を記録することを許され、他に生きた証を残すことを許されない存在、それが彼ら永久犯罪者(エンドレス・プリゾナー)である。

 その一桁(ダブル・オー)ナンバーは、その中でもトップクラスであることを意味する。ディスプレイに表示されている男は、世界史上九番目に危険な犯罪者。そう言い換えても過言ではないのだ。

≪彼の犯行と予測される、昨年に起こった駐屯基地襲撃における死者は三十八名。これは基地に配備されていた兵士全員だ。施設だけの被害額だけでも約五百二十万ドル。戦車等の軍備に、死亡した兵士への慰霊金を含めれば、さらに数倍に膨れ上がる≫

 啓吾もまた、去年起きたアメリカ軍基地の襲撃事件は覚えていた。

 アメリカ政府は否定しているが、その基地ではアラスカの先住民族の一つ、アイストンナッシュと呼ばれる者たちの監禁が行われていたのである。その後、監禁は駐屯基地の兵士たちによる独断の犯行だったという結論が出されているが、基地に配備されていた兵士が全員死んだ以上、真相は闇の中、と言ったほうが正しかった。

 そのアメリカ兵が全滅した背景に、『強力な何か』がいたのは必至だったが、それがどうやら永久犯罪者・椿三影だったらしい。

 三十八名もの死者が出たこの事件は、しかしながら、実際の捜査は体裁を整えただけにとどまっていた。アメリカ側との連携の悪さも手伝っているのだろうが、結果から言えば、警防隊は捜査応援要請が来たにも関わらず、事件に対して何もできずに(・・・・・・)撤収している。

 それがアメリカでの警防隊の実情だった。時効を待つまでもなく、この事件はすでに終わっているのだ。

 椿三影がアイストンナッシュ開放を目的に襲撃を行ったこともその要因の一つかもしれないが、それを確かめる術はない。

(もしかしたら、アメリカ軍とFBI(あちらさん)は『椿三影』が犯人だって気づいていたのかもな)

 憶測でしかないが、啓吾はそう思った。

 無論、これらもメディアには公開されていない情報だ。

≪襲撃があったと友軍基地に入電されてから一時間後、基地は完全に消滅した(・・・・)。跡形もなく。死体すら残さず。加えて、極寒の地でありながら、完全武装のアメリカ兵の抵抗を押し切ってアイストンナッシュ族の者たちを完全に逃しきるようなことを、たった一時間でやってのける。それがナンバー『009』を持つ椿三影の実力だ≫

「各員。もう分かったな」

 ディザ司令官が重々しく後を継いだ。

「彼のような犯罪者が『主砲(キャノン)』として存在している以上、第十天主砲機関に関わるのは得策ではない。彼らと正面から相対すれば、人命、経済面、全てにおいて莫大な損害は免れないだろう。これが、今後の調査隊全滅の調査(・・・・・・・・)を許可しない最大の理由だ。LCプロジェクトの事後調査も打ち切る。当然、第十天主砲機関の調査も厳禁する。これは厳命だ。破った者は厳罰。懲戒免職程度ではすまないことを了解したうえで、会議は終了する。なお、本会議における全ての会話データ、情報記録を消去。保持を許可しない。以上、解散」

 その言葉が、その会議の全てだった。直接出席したものは席を立ち、衛星通信で擬似的参加をしていた者は通信を切り、立体スクリーンが次々と消えていく。

 その中で、最後に一瞬だけ啓吾を見たアリの表情に気づくことなく、会議室を出ようとする執行部の面々を横切って、啓吾はディザ・ライザ・ハーケーンの元へ詰め寄った。その彼の視線に答えたのは、しかしディザの隣にいた副司令官だった。

「何だ?」

「無理を承知でお願いします」

「なら言うな」

 だが啓吾は引き下がらなかった。

「重要機密事項・閲覧契約要項のことを自覚した上でお願いします。今度の調査隊の遺族に、せめて亡くなった理由を話す許可をください」

「許可できるわけがないだろう! 陣内作戦部長、何を言っているんだ、君は!」

 気でも狂ったのかとこちらを見やる副司令官を無視して、啓吾はディザを睨み続けた。ディザが口を開くまでの数秒間が、まるで永遠のように感じられた。

「許可は出来ない」

「司令!」

「いいか、陣内。契約要項にもある通り、あのレベルに指定されている情報を一般人に知らせるわけにはいかない。何せ、その中には国家が傾くほどの情報もあるのだ。例外を作るわけにはいかん。どこから情報が漏れ、どこから世界に広まるか分からない時代だ。情報規制は徹底的に行う必要がある」

「しかし──!」

「陣内。お前は、自分の同僚に、仲間を逮捕すると言う最低なことをさせたいのか?」

 その言葉が止めだった。

 契約要項第七項──契約違反時における罰則。

 重要機密事項に関して、機密の漏洩その他、諸処の違反を犯した場合、その情報の重要度に応じた罰則が課せられる。レベルSにおいては、最低でも犯罪者指定となっていた。つまり、許可なく誰かに伝えた時点で犯罪になる。それも重犯罪扱いだ。その情報が古くなり、効力を失うまで刑務所入りを余儀なくされるか、ひどい場合なら、即時極刑である。

 そしてそれを犯した誰かは間違いなく身内であり、それを逮捕するのも仲間の捜査官なのだ。

 さすがに、啓吾は反論できなかった。

「了解したな。他に何か言うことはあるか?」

「…………いえ」

 苦々しく、啓吾はそれだけを何とか口に出した。怒りとやるせなさ、情けなさで、どうにかなってしまいそうだった。

 と──

 ふいに、司令室へ歩き出していたディザが立ち止まり、こちらに向いた。視線を感じて顔を上げると、その雰囲気が引き締まった『司令』のものから、年相応の女性のものへと変わる。その変化に戸惑っている啓吾の様子を可笑しげに眺め、親子ほどに年の離れた啓吾に向けて、彼女はにやりと笑った。

「そういえば陣内作戦部長。貴様は有給休暇、何日残っている?」

「は? ……あぁ、えーと、かれこれ五年分くらいは」

「なら、急な仕事がなければ休め。休養も時には必要だ」

「司令?」

「命令だ。娘にでも会って、心機一転して来い」

「は……はぁ」

 何を言うべきか迷っていると、だが警防隊トップの二人は、啓吾の返事を待たずに歩き出していた。その背中が消えるのを待ってから、啓吾はきびすを返した。早足で廊下を通り抜け、自室へと向かう。

 有給はゆうに五年分はある。全部一度に使えば二ヶ月は休めるだろう。

 家族に会いに行くのも悪くはなかった。

(結局、俺も組織の駒か……)

 いつか誰かが言っていたことを思い出す。公的な権力と法の前に、自分もまた何も出来ない一個の人間でしかないのだ。それは自覚していたし、自らそうなる行動もしてきた。

 個人を捨てようと、平和を脅かすものを駆逐することができるならばそれでもいいと思ったからだ。その決意に準じて命を懸けてきた。これはおそらく、警防隊に属する誰もが持っている覚悟だろう。

 しかしながら、国家レベルの内情が複雑に作用するような事件の場合、警防隊と言う組織はその覚悟を容易に裏切ることさえある。悪意ではなく、そうせざるを得ないのだ。

 今回も、その部類だった。

 そのような時、啓吾は自分が権力の犬で、組織の兵隊でしかないことを否応なく自覚させられる。自分が死んでも代わりはいる。なら、自分がここにいる理由とは何なのだろうと。

(休め……か)

 その言葉の意味。言外に示されること。

 ならば──

 脳裏に浮かんだ少しばかりの希望に微笑みながら、啓吾は自室へ足早に向かった。司令の言葉を反芻する。ディザの好意だと、彼は勝手に解釈した。

 彼女の言葉に甘えることにして、啓吾は残った書類の整理に取り掛かった。

 

 御神美沙斗が海鳴で発見、保護されたという報告が入ったのは、その翌日のことだった。

 

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