◇

 

「人工……魔属?」

 ポツリと呟いた言葉は、ひどくやつれていた。大きさも、質も、最初に自己紹介されたときのハキハキとした歌手らしい響きは、そこには微塵も感じられなかった。

 一体彼女が何を思っているのか。三影には図りかねたが、少なからずショックを受けていることだけは確かだった。

「わたし……たちは……」

 苦痛に歪んだ声を紡ぎながら、だが彼女は必死にそれに抵抗しているようだった。声に出すことで認めてしまうことを恐れているのだろう。襲い掛かってきた不可解な事実に、彼女の顔からは血の気が引いていた。

「わたしたちは……人間じゃ……ない?」

(…………ん?)

 ポツリと呟いたその悲嘆に暮れた声に、三影は怪訝な顔した。

「いや? そんなことは一言も言ってない。クリステラ女史は確かに人間だ」

 さすがに誤認していることに気づいて、三影は表情には出さず、だが内心では少々慌てながら、出来る限り温厚に聞こえるように言った。

 案の定、フィアッセの顔が「え?」としたものになる。

「ああ、女史がショックを受けたのはそのことかな。なら、断言するが、HGS()人間だ。紛れもなく、混じりけなしの純度百パーセントの人間だ」

 その表現はどうかと思ったが、ことのほかフィアッセには慰めにはなったらしい。少なくとも落ち込んだ表情から幾分か回復した彼女に対して、三影は内心ほっとしていた。

「えっと……」

 それでも言葉が出てこないのか、それとも単にパニックになっているだけなのか、フィアッセの表情が面白いくらいにころころと変わる。

「ふむ。納得いかないようだからもう少し詳細を話そう。そもそも魔属というのは定義からして曖昧だ。異次元生命体。その一言に尽きるが、問題はそれが相互間で作用するということにある。正確に言えば、異次元生命体に対しては一方通行であることを明確にされてないのだ」

「…………?」

「……最初から整理して話そう」

 コホンと、一つ咳払いをしてから、三影は続けた。

「魔属とは『異次元生命体』の総称だ。それらはおよそほとんどの生命体が単体個々で存在する。群集意識などなく、生命活動に必要なエネルギーは全て自らの『意思』によってまかなうことが出来るそれらにとって、世界とは独立であり、孤独こそが世界の真理だ。だが魔属の定義はいささか小難しいことになる。魔属が異次元生命体であるのは先も言ったが、それは文字通り、異次元の生命体はすべからく魔属であるといっていい。そしてその関係は、相互的に作用する」

 ここからが本題だといわんばかりの口調に惹かれて、フィアッセの目が真剣になった。

「つまり、人間側から見た魔属から見た人間(・・・・・・・・・・・・・・・)もまた、魔属となる。女史からすれば私は魔属だが、私から見た女史もまた魔属なのだ。そうした場合、『魔属』とは何も力のある化け物だけを指すわけではなくなる。他次元生命体にとってみれば人類も確かに魔属であり、この関係は覆ることはない」

「…………あれ?」

 フィアッセが突然首をかしげた。だがそれは予測していた反応だった。

「不思議に思うだろう? 魔属は独立した生命体で、種族ではない。食物連鎖に一切関与していない生命体だ。そして女史にとって私という存在は確かにそういう(・・・・)魔属だ。が、先に述べた相互の関係が成り立つなら、人間もまた独立した生命体でなくてはならない。独立した生命維持機関を持ち、独立したエネルギー生成法を兼ね備えていなくてはならない。だが人間は不完全だ。群体としては生態系最強だが、固体としては脆弱だ。なら、一体どこでこの話は矛盾が起きたのかということになる」

「…………定義ですか?」

 その頃には、フィアッセはだいぶ持ち直したようだった。

「半分正解だな。定義は間違っていないのだ。つまり、魔属が異次元生命体であるということは覆らず、それが相関であることも間違ってはいない。だが完全ではない」

「…………?」

 いっそう疑問が深くなったフィアッセに、三影は微笑んで見せた。

「魔属の定義には付け加えなければならないことがある。すなわち、『異次元に干渉出来得る能力を保持した異次元生命体』。それが魔属の本当の定義だ。独立した存在であるかないかというのは、付属的な傾向に過ぎない」

「……異次元に干渉……」

 まるでテープレコーダーのようにオウム返しに呟いたフィアッセに、少なからず不安を感じながら、しかし三影は、あえて話を先に進めた。

次元干渉能力を持つ異次元生命体(オルト・フィアラ)が魔属だ。それは念動だとか、精神感応だとか、俗に超能力と云われるものとは一線を画している」

 三影から言わせれば、オルト・フィアラこそが超能力だと思うのだが、その辺は見解の相違であるため、口には出さないでおいた。

「なんだか、イメージしにくいですけど……」

「まぁそうだろうな。ではちょっとした質問だが、女史はこの三次元の中に、低次元がいくつあると思う?」

「…………?」

「つまり、三次元の中に二次元や一次元、零次元がいくつあるのかな?」

「……無限……ですか?」

 疑問を疑問で返すのはどうかと思ったが、理解が早いのは歓迎すべきことだった。

「正解だ。では女史は、例えば無限にある平面を取り出すことは可能だろうか」

「……え? 紙じゃ駄目なんですか?」

「駄目だな。あれは立派に三次元の代物だ」

「…………えっと」

 きょろきょろと室内を見渡すが、代用の利きそうなものにはどこにもない。三影は変わらず女史のほうを見ていたが、付き合って見渡さなくともわかっていた。何故なら、

「答えは不可能だ。ここは三次元で、二次元ではない。逆に言えば、三次元には三次元のものしか存在しない。『無限』にあるからこそ、その中の『一』を取り出すことは不可能なのだ。これをもっと突き詰めると、次元の異なるものには決して干渉できない、干渉されないことにつながる。魔属とはそれを覆すことが出来る存在だ。それも己が単独の力で可能とする。私がいい例だ。生態としての存在力──それは寿命であったり、内包する力であったり、知識であったり──そういったものが強大であるため、その法則を覆すことが出来る。そしてだからこそ、次元干渉能力(オルト・フィアラ)を持つ異次元に存在している魔属(・・・・・・・・・・・・)には勝てないということになり、結果、私たちは化け物として扱われる。人類が私たちを脅威と見ても不思議ではない。生物としての全てが、人間の尺度を遥かに上回っているのだから」

「…………」

 話が元に戻り始めたことに気づいたのだろう、フィアッセの顔が神妙になった。

「だからこそ、オルト・フィアラを保有する生命体となるはずだった(・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)HGSは、決して治る事のない症例として認知された。放置せざるを得なかった。その根本的な理由は、私たちの存在にある」

「椿さん……たち(・・)?」

 言葉尻を捕まえたといえばその通りだが、フィアッセは三影が思った以上に冷静で、予想外に頭の回転が速い女性だった。

「そうだ。条件さえ整えば、単体で世界を滅ぼせる力を持った魔属(オルト・フィアラ)が、遺伝子障害病の発見当時は十人もいたのだ。これ以上、増えられるわけには行かないだろう?」

 一時きょとんとした後、フィアッセはなにやらとぼけた声を上げた。

「世界を……って、え? 滅ぼせ……るんですか? えっと、椿さんも?」

「条件が整えば可能だ。私に関して言えば、時間すら必要としない。一瞬で世界を終わりに出来る。確かに最強の力だが、使いどころが決定的なまでに限定されるが故に最弱でもあるな」

「………………」

 その顔は、もはや落ち込んだものではなく、呆気にとられたそれだった。その彼女に対して、もう一度咳払いする。

「ま、私のことはいい。さて、ではそろそろ本題に入りたいのだが……」

「本題?」

「……すっかり忘れてくれているようだから言うが、私はそもそも、あなたをある人物を会わせたいがためにここにいる。その理由を最初から話していただけだ」

「…………あ」

 本気で忘れていたらしいフィアッセに、三影は気づかれないように嘆息した。

「まぁいいか。魔属がどういった存在であるかは先刻話した通り。HGSは人類が意図的に生み出そうとした魔属──その失敗例だ。その理由はこの際、置いておこう。今は重要ではない」

「…………」

 やはりその一点だけは納得いかないのか、フィアッセの目がまた曇った。

「私の考えが正しければ、女史は次元干渉能力(オルト・フィアラ)を扱えるはずなのだ。『はず』とは言ったが、これはもう確信に近い。女史に直接会って、さらにそれは強くなった」

「わたしが……ですか?」

 身に覚えのないことだといわんばかりの表情に、三影もそうだろうなと頷き返す。

「わからなくて当然だろうな。異次元干渉がどのようなものなのか、イメージさえ出来ないのだから。いや、女史の場合は、次元干渉能力(オルト・フィアラ)をイメージすることを防がれている気配がある。薬品か何か。その原因ははっきりとわからないが、私と接触してもなんら女史に変化がないのがその証拠だろう。女史は私をはじめてみたときどう思った?」

 問うと、フィアッセはなにやら言いにくそうに、目線をそらしながら言った。

「いえ、その……普通の人じゃないかもとは……失礼でしたけど思いましたが、それだけです」

 しかし三影は、密かに感心を抱いていた。魔属であって人間でないのだから、普通の人でないのも当然だ。怒る道理はどこにもない。

「いや、その感性は大事だ」

「……? あの、でも、わたしがその力を使えるかもしれないとして、テテニスさんに会うとどうなるんです?」

「力が使えるようになる」

「……ならないと駄目なんですか?」

 まったくもって当然の疑問である。

「確かにそう思うだろう。そしてそれは正しい。だが問題は女史がオルト・フィアラを使えるかどうかではなく、使える可能性があるということだ。それだけで人類が動くには十分な理由となる」

「え?」

 表情が硬直したのは一瞬だった。こちらが言うことを前にして身構えたのだろうが、だからと言ってフィアッセが、全てを受け止めるほどの覚悟が出来たとも思えない。それは、彼女なりの精一杯の虚勢かもしれなかった。

 だから三影もあえてそれを崩そうとは思わなかったが、それでも次に発すべき言葉がフィアッセを容赦なく打ち砕くだろうことは、はじめからわかっていた。

「オルト・フィアラを持つ存在が、強大な力を発揮することは先も言ったとおりだ。だからこそ、人はそれを欲した。なればこそ、人類の総力を上げて奪いに来るぞ。世界中の人間が、女史の敵となる」

 その時である。

 バタンと──勢いよく、ノックもなしにドアを開けて入ってきたのは、確かイリア・ライソンという名の、ここの副校長を勤める女だった。

「イリア? どうしたの?」

「大変です! 校長! 実は──」

 息を切らせていた彼女は、そのまま喉を詰まらせて咳き込んだ。落ち着くのさえ待っていられないように二三度深呼吸したかと思うと、こちらのことなど全く無視して、甲高い声で突拍子もないことを言ったのだ。

「校長が逮捕されました!」

 

       ◇

 

 騒ぎの発端は、TV局の深夜放送だった。

 深夜一時を回ったあたりで、予定していた大人向けの深夜番組やら夜更かし組みへのテレビショッピング等を一切排除して、大々的に取り上げたのが始まりである。

 深夜だというのに、その情報を知った民衆は多かった。誰もが絶句して、食い入るようにして番組が報じる内容を聞き取ろうとしたところまでが英国全土で共通だった。それほどにその内容が突拍子もなく、受け容れがたい内容だったのだ。

 クリステラソングスクールに通い始めてまだ一ヶ月にもなっていない少女もそれを見ていた。少女のルームメイト他、幾人かが見たかもしれない。少なくとも、そのとき彼女は信じられない思いだった。

 スクールの生徒は常に十数名で、生徒は全寮制である。寮には全員が、とまではいかなくとも、数人が一度に入浴できるほどの大きな浴槽があった。

 ちょっとした補習のせいで夕食が遅かったその少女は、当然のごとく入浴時間がずれた。確か十時前だったか。たまたま居合わせた校長と一緒に入った。もちろん初めてのことである。光の歌姫の名を冠する彼女から『歌』を教わるだけでも凄いことだというのに、一緒に入浴するなどというイベントを体験するにいたっては、少女は危うく風呂場でのぼせてしまうところだった。そういう上がり症が少女にとっての欠点だったが、これはこの際問題ではない。

 それから風呂上りにジュースをおごってもらい、「お休み」と言って別れたところまで少女は鮮明に思い出すことが出来た。時間にして、ほんの数十分前のことである。

 だから余計に信じられなかった。どちらが真実かわからないほど、その内容は真実味を帯びていた。これがドッキリなら、今すぐテレビ局に押しかけてプロデューサーを殴っているだろう。

 だがテレビには確かに映っていた。

 逮捕され、報道陣を掻き分けながら連邦警察本部に引かれていく、フィアッセ・クリステラの姿が、克明に報じられていたのである。

 

      ◇

 

 奇妙な沈黙が流れた。

 やがてイリアの意図を理解したフィアッセが、おずおずと自分を指差して、

「わたし、ここにいるけど?」

 もっともなことを言った。

「……ですが逮捕されたと、今しがたテレビで。連邦警察の本部に入っていく校長の姿がはっきりと映っていました。生徒たちも何人か見たらしくて、少し騒ぎになってます。」

「……でも、わたし、さっきからずっとこの部屋にいたよ」

 同意を求めてきたフィアッセに対して、三影はゆっくりと頷き返した。

「その通りだ。とりえあえず、落ち着いたらどうかな、イリア殿。テレビで、とおっしゃられたが、結局、どう報じられていたのだ?」

 なにはともあれ、イリアは少しずつだが冷静さを取り戻したようだった。現に目の前に校長本人がいるのである。幾度か深呼吸した後、彼女はフィアッセではなく、三影のほうを向いて言った。

「とにかくフィアッセ・クリステラの緊急逮捕と。詳細はまだ明かされていませんが、どうも……その……」

 言い淀んだ彼女の態度から、三影は大方の事態を理解する。言いにくそうにしている彼女に代わって、確信に近い予測を口にした。

「罪状は殺人か。手っ取り早く罪を作り上げるなら、それが適切だろうな」

 沈黙は肯定の意だった。

「……イリア、どういうこと? わたしが……何?」

「クリステラ女史が、殺人罪で逮捕されたとテレビで放送されたらしい。おそらくこのニュースは世界中に流れているだろうな」

「……わたしが?」

 驚くでもなく、かといって話を理解していないわけでもない。フィアッセの反応は、どう反応すればいいかを困っているように見えた。

「いいえ。もちろん、校長がそんなことをするなんて思っていません。けれど、実際にテレビに校長の姿が映っていたことも事実なんです」

「…………」

 どう対処していいか。どうしてこのような状況になったのか。説明を求めるように三影のほうを向いたフィアッセに対して、彼はあっさりと頷いて見せた。

「事件に関しては完全なでっち上げだろう。ここにいる『本物』がそんなことをする人物かどうかは、私などよりイリア殿のほうがよくご存知のはずだ。しかし殺人は、誰もが憎む最悪の犯罪だ。そういう方向性へもって行きたいのだろうが、女史の世界への貢献を考えれば、それでもやや弱いくらいだ」

「でも……なぜです?」

 聞いたのはフィアッセではなく、イリアだった。

「女史を世間的に孤立させたいらしい。逃げ場所を奪うためだろう。理由は先ほど話したとおりだ」

 イリアは話が見えずにきょとんとしたが、逆にフィアッセは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「で、一体誰を殺したことになってるんだ?」

「……それが……その……」

 三影とフィアッセ。二人の視線を受けて、イリアは息を呑んだ。よほど言いにくいのか。その態度だけでも、内容が辛辣なことだと想像できた。彼女が言葉を発する前に、想定できる容易で悪辣な事件内容を口にする。

「可能性として、最も簡単なのは(・・・・・・・)、『クリステラソングスクールの人間の皆殺し』かな」

 ハッと身を硬くしたイリアの態度こそが、予想が正しいことを意味した。

「……わたしはそんなことは──っ!」

「わかっている。女史はそんなことはしていない。間違いなく事件はでっち上げだ。現実にはスクールの生徒たちはまだ(・・)生きているのだろう?」

 コクリと頷いたイリアとは対照的に、フィアッセは三影の言葉の含みに意図されたことを見抜いたらしい。蒼白な顔なっていた。

「そ……そんな……まさか……」

「フィアッセ・クリステラは逮捕された。その現実が事実だ。優先されるべきは『フィアッセ・クリステラが殺人を犯した』ということ。しかし事件はでっち上げ。嘘がばれるのも時間の問題だ。ならば当然、それを本当にする必要があるな」

 その頃には、イリアもまたこちらが言わんとすることを理解したらしい。その二人に対して、三影は気遣うことをしなかった。そんな余計な気を回している余裕はないというのが本音である。

 予測していたことが実行に移された。ただそれだけだ。後、五秒。

 カウントが終わる前に、三影は二人に告げた。

「ここは襲撃されるぞ」

 その瞬間、三人のいる客間が爆ぜた。

 

      ◇

 

 最初の報告は、作戦開始から十分後だった。

≪宿舎の制圧、完了しました。生徒並びに教職員、他数名、建物内の人間全て、残念ながら(・・・・・)、生存者はいません≫

「目標は?」

≪発見されず。第三部隊が、隠れた逃げ道がないかを散策中です≫

「すでに手遅れだったか」

 無線の向うにいる部下に聞こえないようにそっと息を吐く。

「逃げられたと見ていいのでしょうか?」

「だろうな」

 すぐ傍に控えていた副官の問いに答えると、彼はなにやら満足したようだった。

「では、作戦は成功ですね(・・・・・・・・)

 副官の態度が──いや、そもそもこの作戦そのものに対して抱く彼の心境は複雑だったが、次の瞬間には思考を切り替えていた。

「後十分捜索する。生存者がいないことが確認されたそのとき、本部に連絡を取れ」

「了解しました」

 副官が後ろへ下がるをみて、彼は傍に会った隊長用の無線機を手に取った。

「校舎内の第一、第二部隊へ。後続隊を向かわせ死体の人物照会を行う。第二部隊は建物周辺の調査をしている第四部隊と合流。生き延びた(・・・・・)者がいれば速やかに確保(・・)しろ」

了解(イエス・サー)

 無線を切って、彼は爆炎立ち昇るソングスクールの建物を見上げた。

「さて、逃がしたとあれば、もう我らの出る幕ではないな。後はサードの連中に任せるだけだ」

 正直ほっとしていた。フィアッセ・クリステラといえば、チャリティーコンサートなどで莫大な資金を貧民に寄付している、世界的にも有名な歌手である。彼に与えられた任務はその彼女の捕獲と、先に起こった『事件』の既成にあった。

 しかしここに通う純真無垢な少女たちは、事実上『無実』なのだ。たった一つの目的のために、罪のない民間人を抹消する。それに罪悪感がないわけではない。だがそれに流されるほど、彼は人情家ではなかったし、また任務に不誠実でもなかった。

 どちらにしろ、もはや手遅れである。

「しばらく肉は食えんな」

 窓ガラスに飛び散った、誰のものともわからぬ断片(・・)を見つけて、彼は無表情にそう言った。

 

      ◇

 

「……どうして……みんなは関係ない……のに……」

 ただ目に見たことが信じられない。

 何故、あんなことが出来るのだろうか。

 自分のせいで、みんなが……。

 泣き叫んだ彼女の想念をその身に受けながら、三影は無感情のままに地を駆けていた。『力』を使って『空間』を渡ることも可能だったが、そうなることを敵が想定していないわけがない。この場で見つかるより、空間転移を先読みされ、転移した先で待ち伏せされた場合のほうが厄介だった。

 両脇に、茫然自失になったイリアと強制的に眠らせたフィアッセを抱え、三影はとにもかくにもあの場所から離れんがために走っていた。逃げる効率は悪いが、原始的であるが故に見つかりにくいのである。

 どちらにしても、これからが問題だった。

「見つかるのは時間の問題か。無関係な人間を巻き込まない程度に戦いに向いていて、かつ時間稼ぎの出来る場所……」

 思い浮かばない。いや、いくつかあったが、それは『彼』だけならの話である。フィアッセ・クリステラを連れて行くのに適しているとは思えなかった。

 敵は追ってくる。探るようにして散らばる武装した兵士の数は減っていない。だが、一直線に駆ける三影と違い、探し物のある彼らの速度は速くなかった。

 追いつかれることはない。とりあえずは。

 追っ手の心配がなくなり、どこに向かうかを考え始めたそのとき──

「ピッピロピロリン〜♪」

 果てしなく場違いな携帯電話の着信音が、胸ポケットの内側で鳴った。

 

 

 

<<BACK    【4】へ

Top