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第七章 風に舞う暗殺者
「生体熱量変換?」 いくつもの資料を見比べながら、ヴァイミリア・L・ホーンは新たな情報を飲み込んだ。 「それも『自分』のだ。あれではまるで自殺するためにあるような力だね。見ていて痛々しかった」 答えたのは、白衣を着た男である。長髪長身、東洋生まれの彼は、だが男であるヴァイミリアから見ても美形だった。欧州でもきっと女性に受けるだろう顔立ちは、この場の雰囲気にはそぐわないようにも思える。 「その情報を何故、今? 何故私に?」 「必要だと思ったからだよ、エル」 「生体熱量変換。決して珍しい力というわけではないだろう? ……ふむ。この少女はHGSなのか」 新たに手渡された資料に目を通していく。さほど気にかけるべきことはなさそうだったが、医師として優秀な男が持ってきた情報を無碍にするのは気がとがめた。 「外部からの補給ではなく自分の生体エネルギーを使用。自殺願望でもあるのかな、この少女は? 確かに稀有な存在ではあるが……この黒いフィン名称──ルシファーというのは誰のネーミング・センスだ?」 「カインゼル・ハイマン」 「あの皮肉屋か。確かに気の毒だ。あの男に診られたのでは、家族も安心して治療に専念できないだろうに」 「同感だが、問題はそこじゃない」 話題を切り替えるように頭を振って、男は自分の心臓を指差した。 「俺が言いたいのは、その少女の生体エネルギーの流れに、一部穴がある。ホースから水が漏れ出るような、本当にわずかなものに過ぎないが。その流出が、おそらく少女の生体活動に支障をきたしている」 それ自体も、さして珍しいものではない。この世界には、欠陥のある生き物などはいて 捨てるほど存在する。 「結論からすれば、穴をふさぐことは出来ない。流出したエネルギーは、彼女の心臓部に小さな腫瘍を作り始めた」 なら取り除けば良いのでは? とは、ヴァイミリアは言わなかった。その腫瘍が何なのか。人間でない自分はよく知っている。誰よりもよく。 「心臓部にエネルギーが集中し始めている。非物質の──人に有らざるものだ。言わんとすることはわかるだろう?」 「魔属の核か」 「まだ片鱗だ。彼女が魔属となりうるかどうかはわからない」 だが可能性はある。ヴァイミリアは知らず、資料を握る手に力を込めた。 「あくまで予備軍だよ。少女が異次元への切符を手に入れるかどうか。このまま不発で終わるかどうかは、これからの彼女の成長次第だろうな」 「心優しき女神になることを祈るよ」 皮肉でもなんでもなく感想を漏らすと、男はそれで満足したようにきびすを返した。その背中に向かって語りかける。 「名鳥。この情報、他の主砲にも渡してもらえると助かるんだが……」 「どういうつもりだ?」 「別にどうということはないさ」 頭を振る。訝しげに眉間にしわを寄せる男に、ヴァイミリアは小さく笑い返した。 「ただね、その情報を私が伝えるように言ったと伝えてくれればいい」 「所有権について俺は関与する気はない。その少女が欲しければお前が動け」 もっともな反論を口にして、男は退室した。ため息混じりに肩をすくめて、背中を椅子に預ける。身体の力が抜けたのは、少し疲労を感じたからだった。 「数年先の未来か……」 想像のつかない世界。だが予測することは出来る。世界自体をその予測に近づけるだけの力もある。故にヴァイミリアは、己の中で意識を切り替えた。 「新たな可能性のために、今を捨てるか」 手元のマイクにスイッチを入れる。 「特例対応技能班の和泉十鬼捜査官をここに呼んでくれ」 程なくノックがなる。入室してきたその女性に向かって、ヴァイミリアは笑みを向けた。 この取捨選択を生かすも殺すも自分次第なのだという自覚が、彼に小さな愉悦をもたらす。気取られぬように能面をかぶりながら、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
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妙な人間だと、少年は思った。ファクターとしては弱いが、ノイズとして無視できるほどでもない。体力は確実に人間以上のそれを持っているらしいその女性に、疑問に思いながらも彼は問いかけた。 「お姉ちゃんは誰?」 出来るだけ子供っぽく聞こえるように話しかける。が、応えはなかった。答える気がないのか。答えを持っていないのか。どちらにしろ、それが少年の興味を引いた。 (妙だね。海鳴とその隣接した矢後や隆宮はすでに外界と隔離してあるはず。これほど自由度の高い侵入者がいれば僕でなくとも誰か気づくはずだけど) 少なくとも、自分たちの存在とその行為を疑問に思う人間はいないはずだった。そういう風に細工したのだから、そうなっていないのは逆におかしいのである。つまり、あの女教師を殺そうとしたところを見ても、死んだ姿を見ても、決して不思議なことだと思わないような結界がこの海鳴を中心に張り巡らされているのだ。ただの通行人が助けに入ることなどありえなかった。 フィアッセ・クリステラの関係者なら、もしかしたらその例外を起こせるかもしれなかったが、さざなみ寮から来た敵は三人と聞いている。そのうち二人がここにいて、その一人がのんきな女教師風ジャージ姿の女性というのは些か腑に落ちない。 先の動きで判ったが、彼女は戦闘能力者ではない。あの赤毛の──さくらと呼ばれたほうならいざ知らず。 (でもどうにも素人っぽいんだよなぁ……) 戦闘力はあるように見える。が、戦いを知っている風にはとても見えない。それは彼自身の、幾多の実戦を経験した上の判断だった。間違っている可能性は低い。 要するに── (どっちも素人?) 疑問は尽きない。とはいえ、どの点を省みても味方の落ち度とも思えなかった。むしろ味方の包囲網を突破してきたその女性が特別なのだと考えて、そちらに意識を向ける。 考えても答えの出せない状態を切り捨てて、少年はそこで思考を止めた。フィアッセ・クリステラ以外の敵対者には殺傷命令が下りている。どちらにしても殺すなら、その正体も結局はどうでもいいことだという結論が生まれたからだ。 けれど…… (解らないなら聞けばいいか。どうもそのまま逃しちゃいけない気がするし……) 声を伝える。教師らしいジャージ姿の女性のほうが、ビクリと身体を痙攣させた。 「教えてもらうよ。お姉ちゃんたちが何者なのか。その命でね」 戦いにおける『勘』を、彼は決してないがしろにはしなかった。
◇
風があたりを包み込む。外の景色さえ歪むほどの圧迫感に、さくらは自然と眉間にしわが走るのを感じた。 「風を操る能力者みたいですね」 「さくらちゃん……」 どこからともなく聞こえてくる少年の言葉。その指し示す意味を考察したとたん、唯子は小さく怯え出した。殺してあげると言われて心中穏やかでいられるほど、彼女はこのような状況に慣れてもいなければ、強くもない。 さくらとてそれは同じである。高校時代の先輩後輩という関係で、今でも友人づきあいのある唯子の危機を護れたのはいいが、正直、事態はさっぱり理解できていない。そもそも何故街から人が消えたのかもわからないのだ。疑念が続く状態で未知の敵と戦うのは条件が厳しすぎた。 が、もし予想通り閉じ込められたのだとしたら、向かう先は一つしかない。それを判断できるくらいには、さくらは冷静だった。 「この声の持ち主は、どんな容姿でした?」 「こ、子供だったよ。見た目は」 唯子の声は普段の面影もないほどに弱く震えていた。怯える彼女の背中をさすりながら、さくらは再び校舎に入った。待っていても敵が出てくるとは限らないし、隠れられる場所がない校庭は闘いにも向いてない。 「学校の人たちは? 生徒はどこです?」 「わ、わかんないの。気がついたらみんないなくなってたから」 と── 「ほら、逃げなくていいの?」 不意に投げかけられた声。目を射抜くような気流を認識して、さくらは唯子を抱えてその場を跳躍した。風の刃はそのままロビーの下駄箱に突き刺さり、轟音を上げて周囲を瓦礫と化す。 再び校庭に出た直後、さくらは即座にきびすを返して走り出した。空気の流れ。刃が放たれた方角を決して見逃さなかった。 「……さくらちゃん?」 「黙っていて下さい! 舌噛みますよ!」 その言葉を吐き捨てると同時に地を蹴る。一階から一気に四階建ての建物を飛び越えた先──屋上に向けて。 「ひぇぇぇぇぇっ!」 言うなればバンジージャンプの逆バージョンである。唯子の叫びはこの際無視して、フェンスを飛び越え着地すると、案の定、屋上の給水タンクの傍に黒髪の少年が足を投げ出して座っていた。気づかれたことさえ気にすることなく、ただ遊びの延長線上のように今の状況を楽しんでいる。 「鷹城先輩、下がっていてください」 唯子を後ろに下がらせて、さくらはゆっくりと少年に近づいた。 「貴方は何者なの?」 「それはこっちが聞きたいくらいだよ」 「え?」 「お姉ちゃんたちは何者?」 「さぁ? 当ててごらんなさい」 肩をすくめて挑発してみる。が、少年は笑顔を崩さなかった。自分が上位にあると信じて疑っていない表情。明らかにこちらを嘲笑ったその態度に内心怒りを充填しながら、さくらはそっと息を吐いた。 「ここの生徒たちはどこに言ったの? 街の人たちは? 知っているんでしょう?」 「フェアじゃないね。質問に答えて欲しいなら、そっちも答えるのが筋でしょ?」 この状況下で筋も何もないと思ったが、さくらは口にはしなかった。一足で飛びかかれる距離まで歩んでから、歩を止める。 少年の唇が小さく開いた。 「もう一度聞くけど、お姉ちゃんたちは何者? フィアッセ・クリステラの関係者……じゃないよね?」 「……フィアッセさん?」 「うん。やっぱり違うか」 質問を質問で返したことが答えになっていたらしい。少年は自分の考えを確かめるように頷いて、それからゆっくりと腰を上げた。 「それじゃ、質問を変えるよ。お姉ちゃんはどうやってここまで来たの?」 「どうやってって、車で……」 「車?」 思わず正直に答えてからさくらはハッとなった。失態を自覚して歯噛みする。が、 「本当に? いや、勘違いしないで、お姉ちゃんのことを疑ってるんじゃないんだ」 頭を抱えながらこちらに断りを入れる彼に、さくらは逆に呆気に取られた。 (どういうこと?) 「ああっもうっ! 車なんかで移動してる一般人を感知できないなんて、職務怠慢も良いところだ! ニューマンやヴォミーサの奴は何してんの! っていうか、そもそもそっちのジャージのお姉ちゃんは何で無事だったの!」 地団太踏んで苦悩する様は、確かに少年のようにしか見えなかったが、その質問に唯子が反応するのを、さくらは止められなかった。 「え? 唯子はただ図書室の二階でお昼寝を……」 『図書室?』 少年とさくら、二人の声が重なる。それぞれ意味は違っていたが。 さくらはこの学校の膨大な蔵書を誇る図書室を思い出した。かつては自分も愛用していた図書室の二階── 「あそこの二階は確か、音を遮断する結界が張ってたはずだけど……」 「なんでそんなとこにそんなものが……って、まぁともかく判ったよ。それが原因か。結界の相性が良かったのか悪かったのか。どっちにしても相反してお姉ちゃんはエネルギーにならずに済んだと」 その言葉に意識を集中する。聞き逃してはならないと思った。 「エネルギーってどういうこと? そもそも貴方は何者なの? ここで何をしていて、街の人たちがどうなったのか、知ってるんでしょう?」 確信に近い形で詰問する。街の人間が消失した原因の一端がこの少年にあることを、もはやさくらは一遍も疑ってなかった。 自分の失言に気づいたのか、少年はしばし黙した後、小さくため息をついてから、 「ま、いいか。どうせ結果は同じだし。街の人たちはね、みんなエネルギーに変えちゃったんだ」 「エネルギー?」 「そう。生体エネルギーって、どんなものよりも純度の高いエネルギーだからね。生きたまま捕獲してエネルギーへと融解させた。この結界──海鳴市を包んでいる方の結界だけどね──燃費が悪くて維持が大変なんだ。燃料不足のための対処だよ」 「……燃料不足? エネルギーに変えたって! それじゃ、もう──!?」 「うん。死んだのと同義かな。生体エネルギーには個体差があるから、たくさん集めないといけないんだ。その点からすると、お姉ちゃんは結構すごそうだよね。普通の人間の軽く数倍はあるみたいだし」 「そんなことのために殺したの?」 「一時的だよ。どうせ生き返る」 「?」 少年は頭を振った。さくらにではなく、自分自身に諦めたように息をついたその表情に、少しだけ疲れの色が滲んで見えた。 「解れとは言わない。一度死ぬことには違いないんだし。結界は後もう少し──少なくとも椿に踏破されるまでは維持しないといけないからね。お姉ちゃんたちも礎になってもらうよ」 「椿……って、椿三影?」 両者同時に身を固める。さくらは失言に対して。少年はその言葉に核心を得た笑みで。 背筋に悪寒が走った。本能が危険信号を鳴らす。周囲を包み込んだ殺気の嵐に、唯子が小さく悲鳴を上げた。 「なるほどね。そっちの関係者か。となると、槙原耕介とも知り合いかな?」 「…………」 さくらは答えなかった。どう反応しようとも、それが肯定の意味にとられることがわかったからだ。ごまかしが効くほど、少年がのんきとも思えなかった。 静かに腰を落とす。それを戦闘態勢と見て取ったのか、少年の周囲に視認出来るほどの気流が渦巻いた。 「話が変わった。お姉ちゃんたちもエネルギーになってもらう気でいたけど、その必要もないみたいだね。何故ここにいるのか、力ずくで教えてもらうよ!」 風が起こる。目もくらむような突風に、さくらはしかし立ち向かうことなく流された。そのまま、後方にいた唯子の身体を抱えて屋上から飛び降りる。 「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「逃すか!」 そう言われても逃げるしかない。唯子を護らなくてはならないという枷もあったが、何よりさくらは、自分がつくづく戦闘向きではないことを自覚していた。飛び降りる際の先輩の叫びはやはり無視して、地面に着くなりその場から横へ飛ぶ。 間髪いれず、その地面を刃が凪いだ。砂と土、その下の粘土までも抉り取る鋭い斬撃が余波となってさくらの服を切り裂く。 「!」 下着が見えそうになるのを思わず手で隠す。襲い掛かった風の刃を間一髪よけることが出来たのは、ひとえにさくらの反射神経のおかげだった。その分だけ服が破けたのはこの際諦めるしかない。 「逃げられる、なんて楽観はやめた方がいい。お姉ちゃんが只者じゃないのは理解した。椿三影の関係者である以上、手加減はしない」 「殺したら、わたしが何故ここにいるのか、知ることは出来ないわよ」 「別に、生きてなくても情報を聞き出す方法はある。非人道的ではあるけど、それを気にするほど僕がお人好しに見える?」 「見えないわ」 「そりゃ何より」 クスクスと笑う少年の笑みは、子供らしさなど微塵もなかった。子供のフリをした大人の目。いや、人間のフリをした人外の瞳。人を殺すことをなんとも思っていない存在の現出に、さくらは意識を深く沈めていった。 「逃げてちゃ活路は見出せないよ」 ゆっくりと息を吐く。身体全体に酸素がいきわたるようにもう一度息を吸う。唯子に目配せすると、彼女は察して後ろに下がってくれた。確かに逃げられないのなら、戦うしかない。 目の奥が熱くなる。 決意の吐息、それに促されるようにして、踏み込みは一瞬で済んだ。 「そうね」 だから笑った。出来るだけ妖艶に。 「なら、そうさせてもらうわ」 「!」 少年の目が見開かれたのはその一瞬後だった。その彼の側頭部に膝蹴りを容赦なく叩き込む。人間でないことはわかっていたから、攻撃にためらいは必要なかった。 吹き飛ばされた少年が、そのまま宙を舞って地面に崩れ堕ちて── 「え?」 行かなかった。 蹴り飛ばされた体勢のまま宙に浮く。まるでそこに地面があるかのような動きで空中を転がって、少年はそのまま天高く舞い上がった。 「驚いた。ハイヒールでそんな動きが出来るなんてね。お姉ちゃんも人間じゃないね」 「空を飛んでいる貴方に言われたくないんだけど」 「そりゃそうだ」 異質な笑い声を上げる少年の目が光る。 「一撃のお礼だ。吹き飛べ!」 それはもはや風と呼べる代物ではなかった。突風でもない。台風を連想させる質量の風が少年の周囲に形成される。放たれるのは一瞬だった。選択肢はない。常人に向かい打つことは出来ず、逃げる場所もない。逃げることも許されない。後ろには唯子がいる。 だというのに、さくらは異様なまでに冷静な表情で、数歩後退した。即座に足に力を込める。服のことを考えるのはやめた。 赤く熱い血が体内を駆ける。それを躍動に変えて、さくらは一気に地を蹴った。渦の中心──つまり『台風の目』を狙って、迷うことなく身体を風塊の中へ投じる。 (くっ!) 外に比べて幾分か──本当にわずかに力の流れが弱い渦の中心を、少年の方に向かって突き進んでいく。幾度となく風の刃がさくらの身体を切り刻んだが、もとより人間以上の体質を持つ彼女の身体は、それを自動的に修復していった。 「赤い瞳に、超回復──夜の一族だって!?」 驚きを見せる少年が生んだその隙を見逃す気はなかった。少年の急所目掛けて、力を込めた手刀がめり込む。が── (手ごたえが……) あっけなく吹き飛ぶ少年の身体。霧散する嵐。狙い通りの結果となったはずだが、さくらは納得できずに攻撃した手を見下ろした。攻撃は確かに届いた。が、まるで手ごたえがなかったのだ。 それを裏付けるかのように、土埃を払いながら少年が立ち上がる。 「ケホ──っ! い、今のは危なかった。瞬時に風で防御しなかったら死んでたかもね」 それでも全ての衝撃を逃しきれなかったのか、少年は多少咳き込みながら続けた。 「夜の一族の一角がこの周辺に住居を構えてるのは知ってたけど、そっちは抑えたつもりだった。お姉ちゃんはどうして無事だったのかな?」 「やっぱり、わたしの家の人たちがみんないなくなってたのも──っ!」 「当然、僕たちの仕業」 それが挑発であることくらいはわかっていた。が、さくらは怒りを抑え切れそうになかった。 「敵討ち、何て考えない方がいい。冷静さを失うと死を早めるよ」 妙なアドバイスをくれる口調さえ皮肉を感じる。 「その耳と尻尾があるってことは、なるほどね。お姉ちゃんは綺堂の血縁者かな? だとすればその戦闘力も納得がいく」 人狼の超回復と吸血種の力。夜の一族の中でも、屈指の戦闘力を誇る綺堂の血族。その結論に至った少年は、さくらの返答を待つことなく続けた。 「だからこそ、エネルギーに変えるときは気づかれないように念入りに事を運んだつもりなんだけど……」 下着姿で、隠してあった狼の耳と尻尾を露出させながらも、さくらは気にすることなく少年を睨み付けた。 夜の一族という吸血種。さくらはその中でも、さらに人狼種族との混血児だった。故にその身体は吸血を臨み、狼の治癒力を備え、両種族の知能と戦闘センスを同時に引き継いでいる。 だがそんなことは関係なかった。今は些細なことである。どのような理由であったとしても、少年は仲間や家族を殺したのだ。 「何でおねえちゃんが無事だったのか、そろそろ教えてもらえるとうれしいね」 「教えたら見逃してくれるの?」 「まさか。どっちにしても、あなたを生かして帰すわけには行かないんだ」 最初からその気などなかったのだろうが、少年は至極真面目に語ってきた。 「こっちにも予定があるんだ。お姉ちゃんには悪いけど、倒させてもらう」 「わたしも逃げるわけには行かなくなったわ。是が非でもその予定とやら、聞かせてもらいます」 「いいの? そんなこと言って。もう解ってるとは思うけど、僕は『風』を操る能力を持ってる。遠距離戦は臨むところだし、それに──僕は人質とるのに躊躇する性格じゃないよ?」 風が起こる。その動きを予測してさくらはあわててそちらに意識を向けた。唯子のことを忘れていたわけではない。怒りで余裕がなくなっていただけだ。が、 「嘘だけどね♪」 少年の軽い口調とともに、風の奔流がさくらの方へ矛先を変えた。 「しまっ──!」 「遅い!」 身体が捻じ曲がり、軽々と反転する。その流れに逆らうことなく宙を舞って、だが地面が見えた瞬間、骨がきしむ痛みを我慢して、さくらは力ずくで風の檻から抜け出した。 「あまり派手に動くと、今度はスッポンポンになるよ?」 「子供に見られても恥ずかしくはないわ」 「これでも十八歳なんだけど……」 とてもそうは見えない口調の少年に詰め寄る。速度、瞬発力、腕力はこちらが上という自負はあった。が、風を操るというただ一点。それが少年から死角という急所をなくしている。決定打が打てない攻防は、数秒で幕切れになった。 「くっ!」 「言ったろ? 十八歳だって。伊達に地獄を潜り抜けてないよ」 絶対的な経験値の差が、少年に優位をもたらしている。どれだけ才能があっても、戦闘訓練を受けたわけでもないさくらの手が防がれるのは当然だった。 「終わりだよ!」 幾度目かの接近戦で、読み損ねた攻撃が眼前に突出した。身を固める。風に強化された拳がさくらの心臓を穿つ瞬間── 彼女の髪を凪ぐように吹いた一陣の風が、少年の背後を強襲した。
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