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◇
さざなみを出た後、闇が堕ちるのは早かった。時刻は七時を回った頃である。 国守山の森の中──木々に遮られた闇から染み出るように現れたのは、青い髪の男だった。白い装束は神道系に近い和服で、音のしない足元は草履を履いている。中肉中背、見た目は華奢な少年のようだった。 想像していた敵の姿とかけ離れていたせいで、美沙斗は一瞬、それが敵であることを判別し損ねた。真雪が、木刀片手に口火を切る。 「誰だ、あんた?」 「……名は土愚羅。御神美沙斗、並びに仁村真雪とお見受けする」 小さく、男が答えてきた。ゆっくりと歩いてくるその動作を押しとどめるように、美沙斗は一歩前に出た。 「無駄だとは思うが、一応言っておこう。ここは私有地だ。許可なく立ち入らないほうがいい」 男は立ち止まると、軽く肩をすくめて見せた。 「……では、無駄だとは思うが俺も言おう。退け。無益な殺生はしたくない」 「目的は……フィアッセか」 「そうだ。彼女の命をもらいにきた。彼女は全ての根源。悪の根幹。彼女を殺すことは災厄を防ぐための唯一の手段だ」 「……災厄?」 まるで自分たちのほうに正当性があるような物言いに、美沙斗はもちろん、真雪も眉をひそめた。 「その様子だとお前たちは何も知らないだろう? 椿三影が何を考えているかなど……そして、フィアッセ・クリステラの周囲で何が起こっているのかも……」 「…………」 黙りこむ。その通りだけに、その点については反論しようがなかった。 「解らないからといって、ここを通すわけには行かない」 「そうだな。ではどうする? 互いに初対面。信用に値する材料も信頼出来るだけの情報もない。だが道は譲れない」 「そちら次第だ」 低く、底冷えするような声で告げる──が、土愚羅と名乗った男は取り合わなかった。 「そうか。では無理にでも通るとしよう。こちらも時間がない。女神が覚醒することだけは防がないとならないのでな」 小さく息を吐く。その秘めた決意をあらわにするように、男は真一文字に結んだ口から宣言した。 「世界をあるべき姿へ還元するために」 瞬きする間もなかった。 男の姿が、肌で感じる気配もろとも掻き消える。音もなく、予備動作さえなく。 (後ろ!?) そう思ったのは全くの勘だった。うなじの辺りが痙攣したというただその事実だけを頼りにその場を離れる。感覚だけで真雪を追うと、彼女もまた同じような体勢で逆方向に跳躍していた。 そしてその通り、男がさきほどまで二人がいた場所の、ほんの少し後ろ側に立っていた。少なからず驚いた表情でこちらを見ながら、 「俺の動きが見えたのか? いや、そんなはずはないか。危険を察知する能力が優れているのかな」 「…………」 二人とも答えなかった。それ以前に言葉を失っていた。 (視えなかった?) 御神流を習い始めてこれまで、力において圧倒的に男に劣る女だからこそ、美沙斗は速度上昇に関しては気を配ってきた。御神が誇る歩行術『神速』──その必殺の技術を使いこなした彼女に、速度で勝負できる戦士は世界にもそうはいない。 だが現実はどうだ。実戦経験の差か。それとも才能の差か。どちらにしろ、世界の広さを重みが彼女の肩にのしかかった。そして何より、剣士として自分が完成しているという事実が、焦りとなって美沙斗の心中に小さなわだかまりを生んだ。 一方の真雪は、じっと土愚羅を睨んでいた。 「あんた、今、何をした?」 「答えるほど間抜けではないつもりだがね。だが……なるほど。人間にしては戦闘力が高いようだ。なら、こちらもそれ相応の対応をしなくてはならないか」 男が一歩、踏み出した。構えることもなく、ただ無造作に。まるでいつでも自分たちを殺せるとでも言わんばかりに余裕の表情で。 男を挟んで向こう側にいる真雪と眼が合ったその一瞬、彼女が地を蹴った。今はただ、神咲薫よりも強いという真雪の実力を信じて、美沙斗も前進する。 ほんのコンマ数秒の差を空けて、美沙斗もまた駆け出した。先に動いたからだろう、男が真雪のほうを向く。 素人だと侮っているのか、男の真雪に対する反応はあまりにずさんだった。その油断を逆手にとって、彼女のとんでもなく鋭く、そして巧みな剣戟が繰り出される。フェイントを織り交ぜ、一撃必殺ではなく手数で気をそらし、間隙を縫って防御を貫く。素人離れした真雪の剣閃に男が舌打ちした瞬間、美沙斗は神速を発動させた。 彼女が誇る、そして必殺とする御神の奥義『射抜』が、男の喉元に当たろうかというその時── またしても男が消えた。 「!!」 砂埃を上げて美沙斗は着地した。加速による一点の突き。単純であるが故に絶大な破壊力を生み出すその技は、しかしその威力を発揮することなく空振りに終わる。 「あのタイミングで躱された?」 思わず呻いたのは、今見た事実が信じられなかったからだった。 無理だ。絶対に。瞬間移動でもしない限り、あんな芸当出来やしない。初期動作なく、あれほどの速度で動くなんてことが出来るなら、それこそ人間ではない。 「驚いた」 驚きに言葉を失っている自分たちのさらに後方から、土愚羅が言った。 「お前たちは稀少だな。俺が今まであった中でも一等に強い」 「皮肉か?」 悔しげに、真雪が呻いた。体力がないといっていた通り、小さく肩が上がっている。 「誇れ。褒めているのだ。今のはさすがに、『速死』がなければ死んでいた」 「そくし?」 聞き返す。真雪が少し怒ったような表情でこちらに視線をくれたが、土愚羅が隙を見せなかったので、結局攻めようとはしなかった。 「速さが死ぬと書いて『速死』だ。別にばれてもかまわんから種明かしすると、この能力は文字通り、相手の速度を殺す効果を持つ」 「それじゃあ……」 土愚羅は頷いた。 「そうだ。俺の速度が速いのではなく、君らの速度が死んでいるのだ。動きだけでなく、感覚もな。だから俺の姿を追えない。そういうわけだから気にすることはない。修行不足ではないのだから」 愉快そうに土愚羅は笑ったが、二人はにこりとも出来なかった。 額に汗が浮かび、剣を持つ手が震えた。土愚羅の言うことが事実なら、それこそいつだって彼はこちらを殺せる。こちらの攻撃は当たらない。しかし彼はいつでも攻撃できる。 いかな威力でもって攻撃しても当たらなければ意味がない。 「さて」 土愚羅が笑顔を消した。 「そろそろ終えよう。それなりに驚かせてもらった感謝も込めて、全力でお前たちを殲滅する。これは俺なりの礼儀のつもりだ。恨むなよ」 男の姿が消えたとき、美沙斗の視界は反転した。
◇
センサーに反応。 距離20、方向設定、風速計算、カートリッジ×1。 カキンと、腕の中で金属が鳴った。 「ファイエル!」 音声データを認識した腕が飛ぶ。忍によって改造されたロケットパンチが、弾丸となって空気を切る。それが草陰に姿を消したその瞬間、腕を躱すように身をねじりながら、黒い何かが飛び出てきた。派手な爆音とともに地面に突き刺さった腕をワイヤーで引き戻して、ノエル・K・エーアリヒカイトはその影を視線で追った。 「おっかねぇなぁ……」 暗闇の向こうで、飛び出してきた何かが四つん這いで着地した体勢のまま舌なめずりをした。 「おっかねぇよ。何だ。その武器は。腕が飛び出すなんてはじめて見たぜ」 下品な笑いを浮かべる男を睨み付ける様にして、しかしノエルは淡々と事実を告げた。 「ここは私有地です。許可なく立ち入ることは禁止されています。早々に立ち去りなさい」 「ノエル」 後ろから、啓吾が注意した。そんなことをしても無駄だといわんばかりに。しかしそれでも、ノエルは言った。 「最終勧告です。直ちに撤退しなさい。それが受け入れられない場合……」 「受け入れなかったら、なんだってんだ?」 男は楽しそうに笑った。これから起こることが嬉しくてたまらないといった風に、揺らめきながら身体を起こす。 「強制排除に移行します」 「いいねぇ、そういうの。任務に忠実って感じでさ。戦士はそうでなくっちゃいけねぇや。人間なんて、もろくて儚くて、すぅぐ壊れちまうもんなぁ」 男が笑う。こちらにゆっくりと滲み寄りながら。勧告を受け入れる姿勢の全くない男に、ノエルは冷淡に告げた。 「啓吾様」 「ああ」 頷きあう。彼が椿三影の言っていた敵なら、こちらの言うことなど聞くはずがない。説得できるに越したことはないが、男の様子からして無理だろうことは予想に難くなかった。 「いきます」 腕に装備したブレードを構え、ノエルは地を蹴った。ゆらりと、何故か揺れながら歩いてくる男は、避ける気配さえなくノエルの行動を眼で追い、ブレードをその身に浴びる。 その瞬間、ノエルの視界が回転した。 何が起こったのか。理解する前にセンサーが稼動し自動防衛体勢に入った。地面に激突する前にバランサーを戻し、どうにかダメージがない程度に地面をすべる。砂煙の向うで、男が笑っている姿が印象的だった。 (啓吾様は?) 彼は自分が攻撃を開始した直後に動いていたはずだった。いないはずがない。そうして探してみるとすぐに彼は見つかった。自分のすぐ傍にいたからだ。 「……何が起こった」 聞きたかった疑問を彼は自問していた。 「……ノエル?」 「わかりません。不可解です。攻撃は確かに届きました。しかし、敵はノーダメージ。私たちはこのようなところまで吹き飛ばされています」 最初にいた地点から、軽く二十メートルは吹き飛ばされた計算になる。 「へっへ。わかるかなぁ? 俺の能力? わかる? わかんないかなぁ? なんだろうねぇ?」 明らかにふざけていた。こちらをからかっているとしか思えない態度に、啓吾の視線が自ずと細くなる。 「何らかの能力者だろうが、それが何かわからないと、今の二の舞か」 悔しそうに呻く啓吾の傍らで、ノエルはそっと体内の稼動電圧を変更した。敵は武器も何も持っていない。しかし、攻撃を防ぎ、かつ自分たちをここまで弾き飛ばすほどの何かを持っている。それは道具であるかもしれないし、能力であるかもしれない。 何はともあれ、それをまず確認すべきだと思った。 照準セット、風向き再計算、カートリッジ×3。 距離25…… 「ファイエル!」 腕を構えてから発射するまでの時間はおよそコンマ数秒の差。時速数十キロで飛ぶ弾丸を、しかし男は避けようともしなかった。そうして腕が接触する。ノエルはもとより、啓吾もまた発揮されるだろうその威力を期待した。だが、次の瞬間、爆音を上げて吹き飛んだのはノエルの腕の方だった。 ワイヤーを引っ張りながら明後日の方向に落ちていく腕を、ノエルは無言で引き戻した。予想通り、男にダメージはない。へらへらした嘲笑も変わりない。 しかし…… 「何だ? 今のは……」 「はい」 頷き返して、ノエルは男を見た。 それは確かに見えた。男に腕が触れるか触れないかの刹那──いや、それは確かにあった瞬間だった──、攻撃の当たったその部分だけを銀色の、鏡のようなものが覆っていた。それによって攻撃は防がれ、かつ吹き飛ばされたのだ。それこそ攻撃したそのままの威力でもって。 「攻撃を反射する能力……?」 「違う」 不意に男の表情が一変した。これまでふざけていた下卑た笑いはどこにもなく、真面目だが無愛想に真一文字に口を結び、敵であるこちらを睨み付けてくるその表情は、ともすれば他人のような印象さえ受けるほど違っていた。 「正確には、『攻撃力を反射する能力』だ。細かいようだが、これは大きな違いだ」 「……貴方は誰ですか?」 ノエルは男から視線をはずすことなく聞いた。 「涅槃という。一晩限りの付き合いだが、よろしくお相手願おう、人間の戦士よ……いや、君は機械か。このような辺境の土地に、まさか失われた技術がいるとは思わなんだ」 「……貴方は誰ですか?」 涅槃と名乗った男の言葉には一切反応せず、ノエルはもう一度男に聞いた。男の視線が強まる。口調も厳しく、男は言った。 「私が誰だか気になるか? ま、確かに兄者は少々情緒不安定な部分があるのでな。故に言動に失礼があったかもしれない。その点については謝罪しよう」 (二重人格?) その疑問を確かめるわけにも行かない。二人の困惑を楽しむような笑みを浮かべて、ゆっくりと、大仰に男が近づいてくる。 「…………」 それに対応すべく啓吾が再び構えを取った。両手に装備した棍を斜に構え、半歩身体を引く。ノエルもまたブレードを構えたが、その実どう攻めればいいかの再計算は終了していなかった。 「先ほどの攻撃でわかっただろう? 君らの攻撃は無意味だ。出来ればここで撤退してもらえると手間が省けて助かるのだが」 「…………」 ノエルは無言で男を見つめた。啓吾も何も言わない。語らずとも、結論など最初から決まりきっている。その無言の抗議に、男は立ち止まって肩をすくめて見せた。至極残念だといわんばかりに、眉をひそめて、 「そうか。では仕方ない。さて、諦めの悪い君らに対して、私がしてやれることは一つだ。なぁ、兄者」 そして。 「苦しまず──」 不意に、声は後ろから聞こえてきた。 (センサーに反応なし!?) 「一思いに──」 だが変わらず、前にも存在したままで。そうして二つの声が前後で重なる。 『殺してやる』 慌てて振り向いた先──暗闇の中にある二つの点。それが光を放ったその瞬間、ノエルはセンサーの故障を知った。エラーが鳴る。警告メッセージ。 うるさく鳴り続けるその音が次第に遠くなっていく中で、ノエルは他人事のように、身体の内で回路が焼け切れる音を聞いた。
◇
──同時刻、さざなみ寮──
「え?」 今見た光景が信じられなくて、リスティは軽く喉を引きつらせた。放った電撃が、禍斗と名乗ったその男の掌に吸い込まれて跡形もなく消える。誰よりも驚いたのは電撃を発したリスティ本人で、その様子は少なからず周囲にも影響を与えた。 「無駄だ」 憮然とした表情で男が言う。男がその場に現れてから何分経ったか。戦い始めてからどれほど時間が経過したか。リスティにはわからなかったが、彼がその場から一歩も動いていないことだけは確かだった。 「リスティさん」 美由希が小声で言った。 「もう一度お願いします。出来るだけ派手な奴を」 「……OK」 頷く。彼女の意図していることを汲み取って、リスティは背中の羽を全開にした。手が放電を始める。それはやがて収束し、小さな球体を生み出した。 男が嘆息を漏らす。 「諦めが悪いな」 「それが取り柄でね!」 反論とともに解き放つ。 ──サンダーボルト! 周囲の空気を巻き込みながら、光の渦が禍斗に向かって奔った。 「無駄だと言ったろう? HGS」 光に巻き込まれた禍斗は、しかしその膨大な電撃の中でも平気な顔でこちらを見ていた。予想通り、光が彼の体内に吸い込まれるように消えていく。しかし二人にとってみれば、まさにその瞬間こそが狙いだった。 小さく、風を切る音が聞こえた。目にも映らないほどの速さで駆け抜ける美由希の剣閃が禍斗の身体に食い込む。リスティに見えたのは男が吹き飛ぶ姿だった。物置に激突して粉塵を上げる様を見て、彼女は砂埃を上げて着地した美由希のほうを向いた。 「ナイス!」 親指を立てると、美由希もまたにっこりと微笑み返してきた。 「倒せたかな?」 「多分。急所を狙いましたから、死んでなくとももう動けないとは……」 瞬間──美由希の顔が凍った。慌ててその視線を追う。 「!」 驚きは、意外と一瞬で済んだ。 敵がいた。半壊した物置の上に、何事もなかったかのように、無傷で立っていた。 (あの攻撃で無傷? ありえない!) だが現実に、禍斗は全く健全だった。服さえ汚れていない。 「非礼をわびよう。そして認めよう、君らは戦士だ。故に、手加減はしない。彼女をあるべき姿へ還元するためにも。汝らを障害として認識しよう」 「くそっ!」 間髪いれず、リスティはもう一度電撃を放った。禍斗ではなく、物置を狙って。エネルギーが吸収されるなら、直接ではなく間接的威力で攻撃すればいい。物理的攻撃なら美由希がいる。 だがそれさえも、光の帯は意図せぬ方向へ──正確には禍斗の掌に吸い込まれていく。 「……無意味だな。君はわかっているか? そういった攻撃をすればするほど、私にエネルギーを与えているということが。そこの剣士の攻撃はすばらしかったが、反応速度は把握した。もう二度と当たる気はない。すなわち、君らの攻撃手段は全て封じられたのだ。これでもまだ抵抗するか?」 リスティは肩をすくめて見せた。こんなときではないことは承知していたが、内ポケットからタバコを取り出し、念動で火をつける。スーッと、肺に染み込む煙が心地よかった。 白煙を吐き出しながら、わざと大仰に聞こえるように彼女は言った。 「こっちも言ったろ? 諦めの悪さが取り柄だってね」 「……ならば死すがいい」 苦渋に満ちた表情で断言する禍斗が手を頭上に掲げた。その天を指す指先に、小さな光球が灯る。それはやがて次第に数を増やし、無数の灯りとなってさざなみの庭を照らし出した。その灯りの下、男が笑う。 「出来るだけ防ぐことを勧める。一つでもこの光弾を見逃せば、瞬時に山火事になるからな」 脅しだった。男が言外に語る。避けるなと。 「禍斗の名に於いて主命を下す。紅の断傷、汝を裂壊する」 その腕が振り下ろされる。光の雨──それが頭上から降り注がんとする様を見て、リスティは場違いに綺麗だと思った。まるで花火のようだ。が、火薬がなくなれば消え去るおもちゃのように、華々しく散るつもりはなかった。 近くにいた美由希の身体が、炎に巻かれながら弾き飛ばされていく。が、助けようと思う暇さえなかった。フィールドを展開する。自身の持つ念動力、その全てを持ってリスティは力を解放した。自分の身体を護るためではなく、逆に全ての光球を包み込むように。一つたりとも逃がすことは出来ない。この場所を、炎で焼かせるわけには行かない。 「くぅぅぅっ!」 その結界の中で、光の弾が暴れんばかりにこちらに圧力をかけてきた。両腕を上げてそれを支える。重みで腕がへし折れてしまいそうだったが、それでもくわえタバコをしたまま、皮肉気に毒つくことだけは忘れない。それはリスティに出来る精一杯の見栄だった。 「ボクがか弱い少女だってこと、忘れてんじゃないの? お箸より重いもの、持ったことないのにさ!」 「リスティさん!」 美由希が叫ぶが、リスティは答えなかった。現状では、言っては悪いが美由希は役に立たない。とりあえず無事でよかったと安堵しながら、リスティは両足に力を入れなおした。 だがそのうち、限界が近づいてくる。頭が痛い。頭痛に打ち抜かれて、リスティは思わず失神しそうになった。まぶたが自然と落ちて、だが瞬時にハッと目を開ける。思い出したのは家族の顔だった。 長引かせるわけには行かない。 「サンダーブレイク!」 フィールドの中で、最も得意とする電撃を撃ち放つ。狙い通り、結界中の光弾に接触して爆発する。連鎖的に起こった全てのエネルギーの解放にさすがに耐え切れず、リスティは軽々と吹き飛ばされた。 視界が回転している──というのは、ただの想像だった。吐きそうになるほど頭をシェイクされたことだけは確かで、自分が多分空を飛んでいるんだろうなということくらいは自己分析できた。ということは何らかの対処をしないと、すべからく地面に激突するということだ。そうは言っても身体が動いてくれない。あ、これは死んだかなって思ったとき、 「…………ん?」 やってきた衝撃が随分やわらかいことに気づいて、リスティは鳴り続ける頭の鐘を無視して目を開けた。まぶたを上げるだけでも苦痛だったが、自分がどうなったのかという結果を知りたい好奇心のほうが勝っていた。 「ふぅ。危ない。間一髪だった」 その声は下から聞こえてきた。具体的に言うなら、自分の尻の下から。 「リスティさん! 無事ですか? えっと……耕介さんも……」 「ん? 耕介?」 慌てて顔を向けると、確かに下敷きになるように寝そべっていたのは、さざなみの管理人である槙原耕介だった。その様があまりに無様だったので、リスティは自分が助けられたのだと言う事実をうっかり忘れてしまった。 「何……やってんの?」 聞くと、口に含んだらしい土を吐き出しながら、彼は言った。 「いや、リスティが地面に激突しかけていたから助けようと追ったんだけど……」 「けど?」 と、これは美由希。 「間に合いそうになかったので滑ってみた。美由希ちゃんはさっきまで身動き取れそうになかったしね」 「……あ、ああ。サンクス。とりあえず助かったよ」 なにはともあれ痛む身体に鞭を打って、かつ美由希の肩を借りながら立ち上がる。服の前を砂だらけにして起き上がる耕介に感謝しながら、リスティは禍斗のほうへ視線をやった。彼はこちらを見ていた。が、攻撃を仕掛けてこない。いくらでも隙はあったはずなのに。 「……余裕のつもりかい?」 「…………いや」 禍斗はやんわりと否定すると、視線を耕介へと向けた。 「君は何者だ?」 「俺? ここの管理人」 「管理……いや、まさか。しかし、管理者がここにいるはずがない」 「なんだかもの凄まじく巨大な誤解されてるような気がするんだけど……」 苦笑をもらしながらも、耕介はそっと身体を半歩引き、脇に構えていた剣の柄に手を添えた。カチャリと鍔が鳴る。 「退く気は?」 「君が私の立場ならどうする?」 「ごもっとも」 たったそれだけでやり取りを終えて、耕介は地を爆ぜた。美由希のような神業的な速度ではない。霞んで見えた背中に向かって、リスティは慌てて叫んだ。 「耕介!」 禍斗の手前で、耕介の愛刀──霊剣・御架月の、光り輝く剣閃がほとばしる。が、そのエネルギーも案の定男の身体に吸い込まれて消えた。驚いたらしい耕介が、慌ててその場を飛び退る。 「そいつ、エネルギーを吸収するよ……って言いたかったんだけど……」 フェイドアウト気味になる言葉尻に耕介が過敏に反応した。 「そういうことは早く言おうよ!」 「あ、えっと……ソーリー……」 さすがに気まずくなって、リスティは謝った。確かにこちらの忠告が遅かったのがいけない。と── 「ふん。緊張感のない奴らだ」 禍斗が、初めてその場から自主的に動いた。 「美由希ちゃん!」 その叫びより早く、美由希は動いていた。微かな残像を残してその場から消える。だが結局は、美由希の剣先はやはり見えない壁に阻まれてそこで止まっていた。金属を削るような嫌な音が耳に響く。やがて弾き飛ばされた美由希に向かって、禍斗が光熱波を放った。 「!」 それを念動で捻じ曲げて空へと打ち上げると、リスティは同じく念動で半壊した物置を操作して敵にぶつけた。間髪いれずに、耕介が剣を繰り出す。無事に着地した美由希もまた駆けていた。 「ふん!」 三者三方向からの攻撃は──だがそれも全て赤い透明の障壁に遮られる。その壁は破れる気配なく輝きを増し、最初に物置を、ほぼ同時に剣士二人を弾き飛ばした。そうして再び光の弾が宙に具象化する。だがそれを打たせる気はなかった。出来るたびに念動で誘爆させていく。 「くっ!」 その爆圧で禍斗がのけぞったとき、その場にいた三人が同時に悟った。光明を見た思いで二人に呼びかける。 「耕介! 美由希!」 「了解──弾けろ! 弧鵬!」 「サンダーブレイク!」 リスティの電撃と、耕介が放った霊波攻撃が同時に突き刺さる。 「くっ!」 それは予想通り、禍斗に吸収されなかった。 「あの防御壁は攻撃と同時には展開できないみたいだね」 赤い障壁ではなく、その両手で二つのエネルギー波を防ぐ男に向かって、リスティは笑いかけた。痛みと疲労で、気を抜くとあっさり眠ってしまいそうなほど力を消費していたが、それでも余裕の笑みを浮かべることは忘れない。どうせならタバコでも咥えておくんだったと後悔した。さっき吸った奴だって、結局少ししか味わえなかったから。 「んでもって、二種類のエネルギーを同時に吸収することも出来ない」 「……フン。私の弱点を見破ったのは褒めよう。それでどうする。君らの攻撃では私を押し切れまい。防御しきれないなら、攻撃で弾き飛ばすまで」 その言葉通り、禍斗の掌から漏れ出した炎が、渦となって二人の攻撃を押し戻し始めていた。 「そうだね。ボクらの攻撃では無理だ。ってなわけで、後よろしく、美由希」 「なっ!?」 その気配は禍斗を挟んで向こう側からやってきた。微かに空気を切る音を立てて、その一瞬で姿を消す。まるで神風だなとリスティが思った一瞬後には、美由希がこちら側に姿を現していた。 「ぐっ──」 禍斗の腕が吹き飛んだ。同時に、禍斗が放っていた熱波も消える。 「おおおおおおおおおおおおおっ!!」 身体中から血を噴出して苦悶する強敵に、リスティと耕介の攻撃が容赦なく突き刺さった。
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