PreludeW 〜名鳥の選択〜

 

 

 

 魔属。

 異次元生命体。

 存在する個としては最強の存在であり、世界で唯一の存在。

「矛盾している。ならば何故貴様らは十体もこの世界に存在しているのだ」

 疑問に答えるべき男は、無言で彼を見ていた。その反応に左右されることなく、名鳥十四郎は先を続ける。話を持ちかけたのは世界四大財閥と称される名鳥家──その後継者として、表舞台にたつ前日のことだった。

 対面にたたずむ男はやはり無言のままだった。それでも十四郎は語る。己の推論を聞かせるだけでも意味はあった。少なくとも、この時間を無駄でなくさなければならない。

「魔属の定義、その一。世界が生み出した高次元生命体。つまりお前だ」

 返答はなく、反応もない。

「次元干渉能力を有し、世界で唯一の修繕者。故に最強にして最弱。世界を滅ぼし再生させるためのスイッチ・ギア」

 一端言葉を切る。相手に変わらず反応がないことを確かめてから続ける。

「その二、異世界の生命体。異界から来た生命体もまた魔属として称する。次元干渉能力を有してはいるが、唯一ではなく、また単一でもない。生命体として種族であったとしても問題はない」

 三本目の指を立てる。

「その三、『次元間』で生息する生命体。次元干渉能力を有しておらず、また単一であり、種族足りえることはない。生体として半永久機関を持つが故に協力無比な存在力を誇るが、彼らが自身の意思で他次元に干渉することは出来ない」

 さて──と、一度息を整えてから、十四郎はさらに言葉を紡いだ。

「およそ、人類が過去、幾度とない召還儀式での利用を目論んだ悪魔と称されるのは第三定義にあたる魔属のことだ。悪魔を召還し、契約する文献は数多くあるが、そのどれもが異次元生命体の現界を意味する。便宜上、その定義に当てはまる魔属を『悪魔』と呼ぶとして、この世界には現在悪魔は存在しない。何故ならお前がいるからだ」

「…………」

 初めて、彼が頷いた。

「次、第二定義に当てはまる異世界の生命体だが、ファンタジー小説などでよく見る異世界へ人間が行き来するのは、まさしく典型的なパターンだな。現在、煌美星の手足となっているのはこの連中だ。便宜上、これを『擬似魔属』と呼ぶことにするとして、彼らを倒すことはさほど難しくない。生体としては強力だが、物理の矛盾を無視できるほど強大な者はいない。対処さえ講じれば攻略は比較的容易だ」

 反応を待たずして先に進む。

「そして第一定義。これが本当の意味での『魔属』だと俺は解釈している。世界の綻びを修繕するために世界自身によって生み出され、それを実行する力を与えられるが故に最強を誇る。が、それ以外の状況下においては最弱。この世で唯一の存在であり、完全なる不老不死者。だがここで疑問が生じる。世界に唯一の存在であるはずの『魔属』が十体も存在しているのは明らかに異常だ」

 一気に語り続けたので息が切れていた。一端呼吸を整えてから、十四郎は彼に目線で問いかける。彼は無言で十四郎を見ていた。変わらない態度で。変わらない表情で。返答は必要なかった。肯定する必要がないからこそ彼は返事をしない。ならば──

「この世界で生まれた次元干渉能力者は、定義からすれば『擬似魔属』が最も近い。テテニス・クラーケン然り、次元干渉能力発動を目的に生み出され、だが失敗作とされたHGS然り。だが何故、それほどまでに『次元干渉能力』にこだわる?」

 その一点だけが、納得がいかない。疑問はさらに膨らむ。

「あの力は強大だ。だが同時に、能力者の許容量(キャパシティ)を大きく占領してしまうという欠点がある。強力であるが故に応用性がない。確かに『悪魔』は強大だし、『擬似魔属』とてそれに及ばないまでも、人間より遥かに強力な生体だ。だがその能力者を人工的に作り出さなければ成らないほど──つまりは、人工的な遺伝子改造に踏み込むほど執着する代物ではない」

 故に、疑問は唯一つ。

 それだけは、別れる前(・・・・)に聞いておかなくてはならない疑問だった。

 個として自由を失う前に。やがて訪れるだろう、戦争のために。

「何故、HGSは生まれた?」

 

      ◇

 

 …………

 十年以上前の会話を思い出しながら、ディスプレイのスイッチを入れる。程なく通じた向こう側──金髪の男に向かって、名鳥十四郎は軽く会釈した。

煌美星(ファン・メイシン)が動いたぞ」

 その言葉は、他人のために呟いた言葉ではなかった。噛み締めるようにして吐き出された声が、空気を伝わって耳を伝わり、脳内で反芻される。意識を高揚するにはそれで十分だった。

 画面の向こうで、男がため息を吐いた。

「ま、そろそろだとは思っていたが」

 口調によどみはなく、伝えられた事実を男はそのまま飲み込んだようだった。驚いた様でも、逆に落胆したわけでもない。

(ま、こいつはそういう奴だった)

 胸中で嘆息して、十四郎は画面に向き直った。

「では、そちらへの対処はすでに講じていると考えていいんだな?」

「いや、全く」

 が、男はさらりと首を横に振った。

「なんだそれは」

「現在、私が率いている、世界各国の軍隊を結集させた部隊──人類統合軍は衛星軌道上にいるギルバート・ハウンゼンと戦闘状態にある。地上でも奴の駒が起動し始めた。攻略するために人類が保有する軍事力──兵器全てを投入しているのだ。最低でも、あと一日はこちらも手が開かない」

「核兵器は?」

「すでに準備は完了したよ。ああ、ちょうど発射する瞬間だが、カウントダウンを聞かせようか?」

「遠慮する」

 男はどこか浮かれているように見えた。いや、正確に言うなら気分が高揚していると言うべきか。表情は変わらず、口調に色があるわけでもない。彼はもとより、冗談を言わないような堅物ではなく、性格だけを切り取るなら社交的な人物だ。一見して可笑しな様子はない──様に思える。

「エル」

 名を呼ぶと、不意に男が口をつぐんだ。そうして記憶と対比してみるなら、彼──ヴァイミリア・L・ホーンは確かに意識が戦闘状態へとあるのだろうことは理解できる。

 後方で指揮している身ながら、彼の精神は間違いなく前線で戦っているのだ。

 後少しで彼の作戦も『第三段階』を向かえる。それは理解していたので、十四郎は話を先に進めることにした。

「美星の方はいいのか? 現状、あちら側に奴に敵う生命体はいないぞ?」

「私が動かなくても、椿がいる」

「三影か」

 かつての友人の名を、顔とともに記憶から浮上させる。

「蚊帳の中にいるあいつでは行動が制限されすぎている。このままでは間違いなくフィアッセ・クリステラは殺されるぞ。わかっているのか?」

「だろうな」

 あまりにもあっけなく、ヴァイミリアが肯定した。

「だが美星が彼女を手に入れることは出来ない。三影もその点は解っているだろうさ。対処を講じていないと言ったが、講じる必要がないのだよ。そのための保険は、君がフィアッセ・クリステラの情報をくれた際にすでに打っておいた」

「…………十年前か?」

 記憶を呼び起こすのには時間が要った。

「そうだ。アレを手札として捨てるのはもったいなかったが……」

 アレ。その表現を解して、十四郎は脳内でその手札の中身を推測した。あくまで表情には出さずに失笑する。該当をつけることなど造作もなかった。

 考えるまでもない。この騒動はたった一人の女の死から始まったのだ。

 十四郎の思考を先読みしたのか、ヴァイミリアの目線が強まった。

「余計なことはするな、名鳥。どこか偏った陣営に就くようなら、エッシェンシュタイン家やシェン家の二の舞になるぞ」

滅ぼされたくないなら(・・・・・・・・・・)、今のまま道化を演じろと?)

 十四郎は鼻で笑った。

「余計な脅しは不要だ。俺は元からどこにも味方する気はない。魔属にも、人間にも。中立であり続けたからこそ名鳥の繁栄はあった。俺の代で絶やすわけにはいかないのでな」

 名鳥家の当主に自我は必要ないとされる。邪推するなら、当主という立場は名鳥を存続させるためだけの生贄だった。自由はなく、自己も必要ない。権力はただの飾りでしかなく、しかし同時に世界唯一にして最高の飾りでもある。

 世界に等しく争いと救済をもたらし、仲裁によって利益を得る。名鳥の当主として求められるのは、それを機械的に実行できる能力だけである。

「名鳥の意思は変わらない。これまでも、これからも、どこの味方をする気もない。お前に対しても情報を与えるし、美星に対しても協力は惜しまない。そして同時に、どちらに対しても現状以上のバックアップをする気はない」

「……まぁその通りではあるな」

 互いに、そのあたりの事情は語らずとも解っていた。逆に言えば、ヴァイミリアの脅しに屈する必要さえないのだ。彼が切ったとされるカードに対してアクションを起こすことに、十四郎が行動制限を受ける必需性は全くない。

 とはいえ、動くということはそれだけで命がけであるのも確かだったが。

「どちらにしても、ほぼ計画通りに事は動いている。リバース・Dも向かわせた。ある程度のジャミングにはなるだろう。現時点では問題ない」

「そうか。では通信は終了だ。送った資料はそちらで適当に処理しろ」

「情報、感謝するよ」

 画面が消える。ディスプレイの後ろにある通信コードをぶち抜いて、十四郎はため息とともに椅子にもたれかかった。

「優先すべきは立場か、感情か、それとも人情か──」

 名鳥にとって最も利益となるのは無論『立場』としての十四郎だった。感情で動けば命が危うい。人情は最も愚かな行為だった。何のためにもならないからだ。

「リバース・Dは貴様が思っているほど大人しい部隊じゃないぞ、エル」

 語りかける相手はすでにいない。それでも十四郎はやめなかった。こうして社会の裏に通じ、それを牛耳る側になって数年。独り言が多くなっているのは悪い癖だと自嘲する。それがそのまま笑い声になって口からもれ出た。

「せいぜい飼い犬に手をかまれぬことだ。アレの活動目的が魔属の消去ならば、貴様もまた例外ではないのだから」

 結論を出すのに時間は要らなかった。いざという時の切り札ならこちらにもある。

「何にしても俺に自由はないか。なら、せいぜい派手に道化を演じさせてもらうさ」

 否、それはむしろワイルド・カードというべきかも知れない。未知であるが故に、切った後に何が起こるかわからない代物だ。容易に出すわけには行かない。

 だがどちらにしても──

 その切り札を切ることが出来るのが、しかし自分ではないことに気づいて、十四郎は思い切り笑い声を上げた。

 

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