◇

 

──静寂に痛みを感じたのは何故だろう。

 

 地に伏した禍斗から生気は感じられず、だが勝ったという実感は意外なほど沸いてこなかった。リスティがギブアップと言った風に地面に座り込み、美由希もまた肩で息を切らせながら、随分と火傷だらけの身体を引きずって縁側へと歩いていく。

 たった十数分。だがその間に、どれだけの戦いが繰り広げられたのかは、この庭の惨状が物語っていた。

(修理大変そうだ。保険はおりないだろうしなぁ……)

 倒れて動かなくなった敵からは、焼け焦げた部分から煙が立ち上っていた。確かに強かったが、途中参戦したせいだろう、とりあえず耕介のほうに疲労はなかった。

「大丈夫? みんな」

 外が落ち着いたので出てきたのだろう。慌てたように救急箱を抱え、フィアッセやフィリスが外に出てくる。それにつられるようにして、愛や美緒といった面々も顔を出した。

「美由希さん、傷を見せてください」

「あ、えっと、大丈夫ですから」

「診てもらったらいいじゃないか、美由希ちゃん」

 そう笑いかけて、だが不意に耕介は顔を凍張らせた。

「…………耕介?」

 こちらの異変に気づいたのだろう、リスティが怪訝な顔をしたが、耕介は無視した。

 倒れて動かなくなった禍斗の身体が、赤い光に包まれていた。それはやがて、はっきりと目に見えるほど強くなり、その頃には──その場にいた全員が彼を凝視していた。

「まさか……」

 リスティが呻いた。もう力を使い果たしてしまった彼女にとって、それは確かに信じられない事実だったかもしれない。その言葉に反応するかのように、ゆっくりと禍斗が顔を上げた。その目に真っ赤な憎悪を込めて。身体中の傷跡が瞬く間に修復され、やがて彼は、戦う前の汚れ一片ない姿で起き上がった。

「……図に乗るな」

 怒張の利いた声。全身から迸る赤いオーラはさざなみの屋根より高く燃え上がる。その殺気と圧迫感に気圧されながら、耕介は言葉を飲み込んだ。

(これが魔属……)

 手が震える。自分の感じているものが恐怖なのかさえわからなかった。ただ漠然と、この先にある死をイメージする。逃れられない絶対的な力による命の搾取。

(恐れるな! 三影はやりようによっては魔属にだって勝てると言った。だったら闘えるはずだ。少なくとも、一度は出し抜けたんだから!)

 何よりも、『魔属』である彼が言ったのだ。耕介は信じた。三影を信じる自分も信じた。その瞬間、震えが止まる。迷う必要はないと、戸惑う思考に活を入れる。

「負けるわけにはいかない。貴様ら人間全てを薙ぎ払ってでも、我は我のために──我が主命のために負けるわけにはいかんのだ!」

 気迫の声を全身で受け止める。だが耕介の行動は止まらなかった。連中が何のために戦っているかは知らない。だが譲れないものならこちらにもある。退くわけには行かないはこちらも同じだった。

「はぁぁっ!」

──洸桜刃!

 曲線を描いて、周囲の空気を焼きながら光熱波が伸び行く。耕介が打ち出した霊波が男に命中するのと、禍斗が頭上に手を掲げ、家屋大の火炎球を作り出したのはほぼ同時だった。

 爆音が上がる。その間にとにかくフィアッセと、もうエネルギー切れのリスティを逃がそうとして、しかし耕介は硬直した。

「なっ!」

 禍斗は健在だった。攻撃と防御は同時には出来ないはずだと、疑問が口から出る前にすぐに理解する。攻撃は確かに効いていた。それによるダメージを、男が即座に回復させているに過ぎない。

(効いていないわけじゃない!)

 その回復速度を見ながら、耕介は考察した。敵の回復力は明らかに落ちている。

(こちらの攻撃手段が尽きるか。あっちの回復力が尽きるか。試してもいいだろうけど、とりあえずは……)

 絶望的な思いで頭上を見上げる。次に放たれるだろう、その特大の炎を防ぐ手段を講じなければならなかった。この辺一体が瞬時に荒野になるのではないかと思えるほど巨大なエネルギーが頭上で渦巻いている。だから逃げても無駄かもしれない。国守山に住む野良猫たちの住処がなくなるな、などと場違いなことが脳裏に浮かんだ。

「リスティ」

「わかってるけどね。正直、きつい」

 普段泣き言を言わない彼女だけに、その言葉はより重い事実だった。思い浮かんだ案は一つしかなかった。

「俺が全力で頭上に霊気で障壁を張る。結界を張ってる余裕もない。時間稼ぐ間にみんなは逃げろ。フィリス、みんなの周囲にフィールドを張って後退してくれ。瞬間移動でも何でもいい」

「やだよ」

 リスティが地面に尻餅ついたまま言った。それに同意する形で美由希とフィリスが頷く。

「わたしはまだ戦えます」

「耕介さん一人には出来ません」

「それに、すこしはわたしだって手伝えるかも」

 そう言ったのはフィアッセだったが、それには全員が驚いた。すぐ傍まで来ていた那美や愛をはじめとして、皆がいつの間にか外に出てきている。その姿を見て、耕介は言いたいことがすぐに浮かんでこなかった。

 彼女の言葉を誰よりも理解したらしい美由希が、慌てて言った。

「いや、でもフィアッセの力は……」

「もう逃げるのは嫌だから。出来ることはしたいの。みんなを見捨ててわたしだけ助かるのも嫌だから」

 かつてフィアッセに言った言葉。助かりたいなら、誰かを犠牲にしてでも逃げること。それが、その事実に対して出した彼女の答えなのかと、目で訴えかける。

 呼応するようにフィアッセは力なく笑った。まだ揺らぎのある瞳で。それでも、諦めていない、意思を込めた視線で。

「どうせなら……ね? 駄目元でやってみたい」

 黙りこむ。その間に禍斗の回復は終わった。自身の力を使い、かつあれほどのエネルギーを頭上に集めているのだ。回復も即座には行かなかったのだろうが、耕介としては願ってもない時間だった。剣を構える。狐姿から少女の姿になった久遠が、そっと耕介の傍に近寄ってきた。

「久遠?」

「久遠も戦える」

 小声で呟く少女の瞳はけなげだった。

 妖狐──人間と共存するようになった狐の妖怪の少女は、内に秘められた人を呪う力を解き放って以来、随分力としては脆弱になっていた。彼女自身、自分の力があの敵に通用するかしないか位は本能で察しているはずだ。

 だからこそ今、有効な戦闘が出来る唯一の存在として、耕介は言った。

「駄目だ」

「耕介! お願い!」

「駄目元なんて、そんな気でいるならやらないほうがいい。どうせやるなら勝つ気でやらないとな」

 にっこりと笑う。きょとんとした表情でこちらを見ていた女性陣が、一斉に噴出した。

「うん♪」

「わたしに出来ること、あったらすぐに言ってください」

「ったく、人使い荒いね、うちの管理人は」

「リスティ、フィールドは私がメインで張ります。補佐してね」

「妹は姉使いが荒いし……」

「アハハハ」

「耕介さんらしいですけどね」

「久遠、がんばる」

 小さくガッツポーズを構える久遠に向かって、なのはがエールを送る。

「くーちゃん! ファイト!」

「うぅ……こんなとき、戦闘向けの術が使えない自分が情けない……」

「まぁまぁ。那美ちゃんもそんな気を落とさんでも。そんなこと言うたら、うちなんか何もできひんし……せいぜいボケとツッコミくらいやね」

「両刀ですか?」

「奈緒ちゃん、その表現はちょっとエッチっぽいよ」

「俺たちだって応援しか出来ませんしね」

「がんばれ、美由希ちゃん!」

「あたしらって、もしかして役立たず?」

「それをいっちゃーお終いだよ、美緒」

 そんな賑やかな家族に呆れながらも、やれやれとリスティが起き上がる。美由希に肩を貸してもらう形で立ち上がって、彼女は背中に六枚の羽──HGSの証であるフィンを展開させた。フィアッセの背中にも、こちらは漆黒の翼が広がる。

 火炎が増大する。爆発的なエネルギーの渦に引きずられて、地面が揺れた。

「……別れの挨拶は済んだか」

「そっちも準備万端のようで……」

 禍斗の頭上に、死の炎が明滅する。朱く、時折黒く。見ているだけで瞳が焼け切れそうな光量を浴びながら、耕介は静かに息を吐いた。何故彼がこちらの準備が整うのを待っていたのか、その理由はわからなかった。しかし理解は出来た。

 命を懸けるだけの『何か』を持っているのだ。彼もまた──

 その覚悟と、自信と、力に満ちた瞳を見て、耕介は己の中に微かにわだかまっていた溜飲が下った。『無』が心を染めていく。

 御架月に光が灯る。同時に、彼らは詠唱を開始した。

「神我封滅──」

「禍斗の名において主命を下す──」

 両者の紡がれる術の構成が、意思の下に輝きを増す。

「無尽流、雷千華(らいせんか)ぁぁっ!」

「緋の天浄(てんじょう)、汝を絶命する!」

 美しき(うた)。全てを飲み込む炎の化身が、躊躇なく死を宣言する。敵の炎。自らが放つ赤き霊波。それらの紅蓮の輝きが全身を照らした、まさにそのとき──

 

「まてぇぇぇぇいっ!」

 

『へ?』

 誰もが呆気に取られた。

 奇妙な掛け声。黒い影が躍り出た次の瞬間には禍斗の身体が吹き飛んでいた。耕介が放った霊術と、禍斗自身の膨大な熱エネルギーが暴走し、やがて分離した火炎球は光の粒子となって禍斗自身に降り注ぐ。

 爆音と爆炎。視界いっぱいを白く染めたそれは、朱色の獣となって辺りを燃消させた。

『…………えーと』

 その光景を見た全員が間の抜けた声を上げた。あらゆる意味で、目の前で起こったことが信じられなかった。その困惑など意に介さず、突然現れた影はやがて地面に着地すると、大仰な動作で黒いマントを脱ぎ捨てた。とたん、ファンファーレがどこからか鳴り響く。禍斗が吹き飛んだ辺りをびしっと指差し、影は高らかに叫んだ。

「己が欲望にまみれた亡者よ! 他人を省みぬその身勝手な振る舞い──お天道様が許してもこの俺様が許さん。この姫月陸王がいる限り、貴様らに未来はないと思え!」

 

 

『……………………………………………………………………………………………………』

 

 

 無言のまま。声を発するどころか呼吸さえ止めたまま。

 耕介は空を見上げた。

 暗い。夜だから当たり前だが。先ほどの光を浴びたせいで視界が微妙に白けていたが、月の場所を確認できるくらいには正常に戻りつつあった。

 その輪郭をはっきりと見れるくらいになってから、もう一度、前方を見やる。

 男がいた。

 染めたらしい金髪をオールバックにして、生意気にもゴーグルをかけている。その服装は動きやすいように身体にフィットするタイプのもので、鍛えてあるらしい肢体が強調されていた。

 何にせよ、そのよく見知った相手(・・・・・・・・)に、耕介はこめかみの辺りに痛みを感じながらも声をかけた。声帯が酷く痛い。喉に言葉が詰まるのは純粋な怒りによるものだと、彼ははっきりと自覚していた。

「…………な、何を……やってるんだ、お前?」

 すると彼はこちらを認め、軽々しく手を上げると、

「よう! 久しぶりだな(・・・・・・)、耕介。 いや、ちょっと待ってくれ。俺がここにいることを話す前に……」

 なにやら思索顔で周囲を見渡し、何かを「見つけた」と呟いてから、彼──姫月陸王と名乗った男は、さざなみの二階のベランダまでよじ登って深呼吸をした。

「……??」

 全員が、固唾を呑んで見守る。と──

「とうっ!」

 再び両手を上に広げ、足をぴたっとそろえて、彼は地を蹴った。ちょうど特撮ヒーローが飛行するようなポーズで。空中で身体を折り、回転を加えてから着地すると、すぐさま右腕を腰に回し左腕全体を使って、禍斗のいたほうを指差す。

 ちょっとした沈黙の後、やがて彼は怪訝な顔で首をひねった。

「……むぅ。いまいちだな。なぁ耕介、さっきと今、どっちのポーズが格好よかった?」

「いいからお前は何しに来たぁぁぁぁぁっ!」

 力の限り絶叫する。頭が痛い。何かが間違っている。神様、これはいったい何のための試練ですか?

「何しにって……」

 何故かパサッと髪をかきあげるような仕草をして、陸王は笑った。

「もちろん、格好付けにきたに決まってるじゃないか」

「楓陣刃」

 ためらいはなかった。躊躇せず、日本でも屈指の退魔の一派・神咲一灯流が誇る霊剣、御架月を振り下ろす。

 膨大な熱量があっさりと陸王を飲み込んで爆発するが、ほどなく煙が晴れたその向こうで、彼は全くの無傷で起き上がった。

「久しぶりに会った友人に向かって酷いじゃないか!」

「やっかましい! わざとらしいタイミングでわざとらしく登場しやがって。お前、今の今まで俺たちの様子伺ってただろ!」

 一喝する耕介の怒張もどこ吹く風である。

「もちろんだ! ヒーローに要求されるべきは、友情や努力や愛ではない! ただタイミング、この一言に尽きる! 勝利など二の次なのさ!」

「…………」

 言葉通り満足げに微笑む陸王に軽いめまいを覚えて、耕介は頭を抱えながら俯いた。と、ようやく事態の展開に追いついたのか、後ろの女性陣がざわつき始める。

「……ねぇ、耕介……その人、知り合い?」

 遠慮しているのか、ただ単に得体の知れない人物の登場に不信を抱いているのか、リスティの質問もどこかぎこちなかった。久遠などはかわいそうに──なのはにしがみついて震えていた。そんなに怖いか? と訊きたくなったがやめた。得体が知れないという点では確かに怖い男であることは、耕介自身よく解っていたからだ。

 展開についていけてない顔でこちらを見上げる彼女らに向かって、耕介は心底嫌そうに頭を振った。

「……認めたくはないけどな。姫月陸王って言って、俺がガキの頃の古い友人。今になって思えば、なんで友達やってたかひたすら疑問だよ、ホント。若い頃の過ちって奴だから、できれば忘れてくれるとうれしいな」

「えーと……よくわかんないんだけど……」

「おいおい。親友に向かってそれはないだろ」

 さすがに陸王が文句の声を上げる。が、それはむしろ耕介が言いたい言葉だった。

「他人のピンチを待ってたような奴は、親友でもなんでもない!」

「ハッハッハ。何を今更。他人を省みない身勝手な振る舞いは俺の十八番だろ?」

「数秒前に言ってたことは何なんだぁぁっ!」

 膨れ上がった霊気が御架月から解き放たれる。地面に突き刺さって爆炎が立ち昇る中で、やはり不自然な笑顔で陸王が復活した。

「い、いや。ちょっと待て、耕介。さっきからちょっとツッコミが激しすぎないか? いくら俺でもかなり痛いんだけど……」

 直撃させていないのだから無傷で当然だったが、さすがにかなりの衝撃が彼を襲っていたらしい。全身に砂埃を浴びながら、陸王がケホッと咳き込んだ。

「自業自得だ! 大体、本気でお前は何しに来たんだ? 俺たちを助けに来たんじゃないんだろ?」

「お仕事」

 ただそれだけを、陸王は端的に告げた。彼の顔は笑っていたが、目の色だけが瞬時に変わる。数年来会っていない友人の仕草は、腹立たしいくらいに変わっていなかった。

「仕事……?」

「そりゃもちろん、リバース・Dの本業さ。ま、本当の本当を言うとだ……」

 しかし一転して真面目に話し始めた陸王をさえぎるようにして、

「あぁ……」

 手をポンと打ち鳴らして、いきなり納得した声を上げたのはなんと愛だった。

「愛……さん?」

 全員が固唾を呑んで彼女を見守る。陸王までが会話を止めた。何がどうしたのか、耕介にもさっぱりわからなかった。

「あ、えっと、なんでもないんですけど……」

 自分が視線を集めていることを知って、愛は真っ赤になった首を振った。

「いや、でも。何か気になることでも……?」

「そういうわけでもないんですけど。えっと、もしかしてそちらの方、以前耕介さんに見せてもらったアルバムに写ってた?」

「ああ」

 愛の言わんとしていることがわかって、耕介は頷き返した。確かに以前、実家にいた頃の写真を愛に見せたことがあった。姫月陸王とはその頃知り合った仲でもある。

「やっぱり! あの写真で女装してた人ですよね?」

 

 ……………………

 

 奇妙な沈黙が場を支配する。

 なんと言っていいものか。愛の話の展開に、脳の処理能力が追いつかなかった。脱力のあまりその場に屈してしまいそうになりながらも、耕介はどうにか膝に力を入れて踏みとどまった。浮かべた笑顔が引きつっていることを自覚しながら、愛を諭す。

「あの、愛さん。それはもう綺麗さっぱり忘れてくれていいから」

「え? そうなんですか?」

「そうです」

「はぁ……あ、でも……」

「はい?」

「いえ、私、てっきりそっち方面の方(・・・・・・・)とばかり思ってたものですから」

 軽く音を立てて、陸王が地面に突っ伏す。一斉に女性陣が後退りするのを見送りながらも、耕介はなんとも言えずに呻くことしかできなかった。

「…………えーと」

 奇妙な疑惑が漂う中で、やがて陸王がゆっくりと起き上がった。

「むぅ。さすがの俺も天然には勝てんか……無念だ」

「何の勝負だ、一体」

 思わず突っ込みをしてしまう自分に悲しさを感じながら、耕介は改めて息を吐いた。出来る限り深く、静かに、自身を落ち着かせるために。悟られないように無表情を装いながら、かつての友人に向き直る。

「……まぁとりあえず、助けてくれたことには感謝するよ。で、結局、本当のところお前は何しに来たんだ?」

「だから仕事だって言ったろ?」

 彼はまた笑って見せた。そこに付け入る。歯に衣を着せた質問では駄目だと判断して、耕介は直接問いかけた。

「じゃ、聞きなおす。一体、誰を殺しに来た(・・・・・・・)?」

 彼が職業的暗殺者──アサシンであることは耕介も知っていた。暗殺訓練を受けた、組織に属する暗殺者の総称。実力も一級、知名度も一級。友人だからといって油断するのはまだ早いと、脳裏で危険信号が灯る。

「うん。まぁぶっちゃけると、さっきの男──禍斗って言うんだが、そいつらの親玉がこっちに来てるんでね。それを潰しに」

 にこやかな笑顔で近づく陸王に、耕介は嘆息で返した。

「それを信じろと?」

「そんな! 俺が嘘ついているように見えるか! 信じてくれないなんて、りっくん悲しい!」

「どうでもいいことだけど……」

 チャキッと刀の鍔が不穏当な音を奏でる。

「三十過ぎの男にそういう言動されると、ひたすらむかつくよなぁ……」

 ドスの利いた声に、陸王は降参とばかりに両手を上に上げた。

「いや、ごめん。冗談」

「当たり前だ」

 今度こそ本気でため息が出てくる。どこかふざけたような、それでも目の奥にある色だけは真面目なままに、姫月陸王は自分の事情をはぐらかしていく。それに気づけないほど、二人の付き合いは浅くなかった。

 数年以来の再会。変わっていない友人に対しての呆れと、それ以上の懐かしさ。その裏に、耕介はふと、例えようのない違和感を抱いた。

 自分は何故ここに来たのか。

 どうして、ここで何かがあると感じたのか。

 いや、実際に禍斗という名の敵が襲撃してきた。間に合ったのだ。それに関してはもう終わったはずだ。しかし今、胸中に沸き起こる焦燥は何だろうと自問して、耕介はそこで始めて自分が何かに追い立てられていることに気づいた。

「…………」

 知らず、御架月を握る手に力を込める。刀を通して『彼』の意思が、疑問とともに流れ込んできた。

(耕介様?)

 その問いかけに対する答えは持っていない。応答することも出来ないままに、陸王とともに皆のところに歩み寄る。一歩、また一歩。妙な誤解をしている彼女たちに事情を説明しながら、戦いが終わったことを笑顔で語る。そしてふと、いつまで刀を抜き身にしておく気なのか──しかしその本質を悟った瞬間、耕介は行動に移っていた。

 不自然な体勢から剣を薙ぐ。そのままであったなら間違いなく陸王の首を撥ねていただろう剣閃は、しかし容易く彼の手の甲で受け止められていた。金属か何か仕込んであるらしいその抵抗力をばねに、二人は無言で間合いをあける。

「こ、耕介さん?」

 いきなりの行動に戸惑う彼女らを無視して、耕介は閑談なく体勢を移動させた。腰を落とし、剣を袈裟に構え、自分の周囲数メートルに及ぶ範囲に気配を張り詰める。

 陸王は無言だった。耕介の不意の一撃を躱し、手甲を逆の手で触ってその感触を確かめてから、小さく、微かに笑みを浮かべる。

 今までとは全く違う笑み。戦慄を覚えるほどの、闘気に満ちた視線。

「……何故、わかった?」

「なんとなく」

 質問は端的で、応えもまた一言。だがそれだけで、二人には十分だった。互いの立場、するべきこと、しなくてはならないこと──状況全てを瞬時に理解したうえで向き合う。何故? とは考えなかった。無駄だし、無意味だ。

「さて──」

 陸王が口火を切った。

「第二ラウンド、開始だ」

 満ち足りた殺気に、彼の笑みが呼応した。

 

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