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耕介が燃え尽きたのとほぼ同じ頃──
少し温めの、だが湯気が出るほどには温かいお湯を身体に浴びながら、リオ・カリスマンはその赤い髪をかきあげた。濡れて重くなった髪を手で梳いて、シャワーで直接顔を洗う。 多少なりともメリハリの利いた身体、というのは、年頃の少女にしては鍛えられているという意味でのことだった。バランス的には悪くないという自負もある。が、どうしたって胸の大きい女性には少なからず劣等感があるし、筋肉でやわらかさの少ない肌は自慢であると同時に悩みの種でもあった。 要するに、ないものねだりである。 「はぁ……」 小さくため息を吐くと、すぐ傍で湯船に浸かっていた男が、面倒くさそうに口を開いた。 「風呂の中まで辛気臭そうな顔をするな。こちらまで気が滅入る」 「あ、ごめんなさい」 反射的に誤って、リオはもう一度髪を湯で流してから蛇口を閉じた。身体が冷えないうちに湯気立つ湯船に足を入れる。彼女の体積の分だけ、お湯が勢いよく流れ出ていく。二人がゆったりと入るほど広くない浴槽の中で、彼女はゆっくりと身体を彼に預けた。 「ねぇ双真さん? 私の身体、変じゃないですか?」 歪曲した聞き方だったが、リオとしてはこれが精一杯である。率直に問いただすのには勇気が要った。が、 「ああ」 彼はそれだけしか答えなかった。彼はただ、リオを見るでもなく、どこを向いているかも解らない瞳で虚空を見上げている。視線を追っても、あるのは水滴のついた天井だけだった。 意を決して、リオは詰め寄った。彼の裸身に身を寄せて、下から見上げる形で口を利く。 「……胸、大きいほうが好きですか? それとも小さいほうが好きですか?」 「ああ」 返答は同じだった。答えになっていない答えに気を取り直して質問を続ける。 「私、筋肉質だから、触っても気持ちよくないでしょう?」 「ああ」 やはり返答は変わらない。思い切って、リオは最後の質問を投げかけた。 「私の身体で満足いただけていますか?」 「ああ」 そして最後まで、彼の応答は変わらなかった。 「私の話、聞いてます? 聞いてませんね? どうでも良いとか思ってるでしょう?」 「ああ」 「ムッ」 結局変わることのない彼の反応に、リオは我慢できずに手を動かした。湯船の中で、すぐ傍にあった『それ』を握る。最初は緩やかに包み込み、そして一気に力を込めて。 「おい」 さすがに痛そうに顔をしかめながら、彼がこちらを向いた。 「痛い。やめろ」 「お願いを聞いてくだされば、すぐにでもやめます」 「お願い?」 彼の表情は、見た目だけは変化がなかった。ちょっぴり悔しくて、握っている力を少しだけ上げる。手の内で、柔らかい球体が歯ごたえのよさそうな感触で転がった。 眉が少しだけ歪む。 「聞いていただけます?」 「……考慮する」 クスッと笑って、リオはその手を放した。変わりに慈しむように優しく愛撫する。彼の顔に──息がかかるすぐ傍まで顔を近づけ、その頬にキスしながらリオは囁いた。 「今日の午後、私にお付き合いくださいな」 「……どこに?」 「さぁ?」 リオは笑った。 「それはこれから考えます。ショッピングして、レストランでディナー。夜はホテルでも取りましょう。二人きりでワインでも……と、双真さんはお酒駄目ですから、ノンアルコールのシャンパンにしましょうか」 建設的で、かつ大変魅力的な意見だと思ったが、彼からの反応はなかった。 「不服ですか?」 「面倒くさい」 「でしょうね」 それはある意味すごく彼らしい答えだった。笑いが止まりそうになかった。自然と漏れ出るリオの含み笑いに、彼の顔がさらに憮然となる。 「でも、そうでないとお仕置になりませんから」 「……何故、俺がお仕置きされないとならないんだ?」 納得しかねたのだろう。リオの身体を少し引き離してから、彼は言った。 「私の話を聞いてくれませんでした」 「それだけか?」 もちろん、そんなことはない。リオは挑戦するような笑みを浮かべて、彼を見返した。 「昨晩……」 「?」 怪訝な顔をして、彼が首をかしげる。本気で解っていない彼の表情にちょっとした落胆を感じながら、リオは不満をぶつけた。 「さっさと寝ちゃいましたよね」 「眠たかったからな」 「私がいたのに?」 彼は答えなかった。本当に何が悪かったのかわかっていないらしい。 「寂しかったんですよ?」 「俺が寝た後、勝手に布団にもぐりこんできたのは誰だ?」 「かまってもらえなかったんですから、当然でしょう? そのつもりで泊まりに来てるのに、女を放って寝てしまうような薄情な男にはお仕置きが必要です」 「…………」 小さく唸り声を上げて、彼は顔をしかめた。心の底では全然これっぽっちも納得いってないのは明白だった。彼にとって、理不尽なのはリオの態度の方なのだ。だからこそお仕置が必要だとリオは思った。 「女心、少しは理解してくださいな」 その一言で、彼は諦めたようにため息をついた。一方、リオはそれで勝利を確信した。 「それじゃ、さっそく。これ……」 と、さきほどまで握っていたそれを握りなおす。今度は優しく、丁寧に。彼が少しでも気持ちよくなるように、ゆっくりと。そして時には速く。 ゆっくりと膨張していくそれをもてあそびながら、しかしその持ち主よりも早く、リオは自分の鼓動が早くなっていることに気づいた。熱くなった吐息が無意識に漏れ出る。 「……はぁ……ほら、もうこんなになってる……」 「おい。付き合うのは午後からだろう。まだ……むっ」 「んふ……あむ……ふぁ……」 さすがにストップをかけてきた彼の唇をふさぐ。慣れ親しんだ彼の舌を軽く吸ってから、リオは浴室にかかっている防水時計に目線をやった。 「今、ちょうど十二時になりましたよ?」 彼の視線が時計に向く。その色がやがて呆れから諦めに。そして拗ねたような笑みに転じるのはすぐだった。 「ま、いいか」 「クスッ……」 その仕草が可愛くて、リオは笑った。彼のその表情も反応も、世界で自分だけが知っていることなのだという独占欲が、リオの胸中を幸福感で満たしていく。 うっとりと目を細めながら、リオはささやいた。 「いっぱい可愛がってください♥」 彼の手がゆっくりとリオの身体を這っていく。心地いい充足感、それ以上の高揚感に身をゆだねて、彼女はそっと目を閉じた。 浴室に小さな啼泣が響く。
◇
休日だからといえばその通りなのだが、街は賑わっていた。人が行き交い、車が走る。だが街の彩が鮮やかになればなるほど、人通りが多くなればなるほど、神楽双真の機嫌は反比例して損なわれていく。 人間嫌い──なのではなく、例外を除いた自分以外の『存在』はどうでもいいと考えている彼にとって、自分の行く先を防いでいる他の人間は障害物以外の何者でもなかった。下手すれば抹消対象にすらなりかねないのだが、だからといって本当に薙ぎ倒していくわけにも行かず(その程度の社会適応能力はあるようで)、結果的に、人ごみの中で彼の機嫌は最悪になる。そしてそうなったら、回復させるのは至難の業だった。 「なので、今日はこんなところを選んでみました」 テレビリポーターのようなコメントをしながら、リオは双真の腕を引いた。 「博物館……か」 「そうです」 頷き返して、海鳴市が経営する市立博物館の入り口に立つ。建てたばかりの建物は当然真新しく、床も新品同様だった。本来なら、色々な催しで休日は人でいっぱいになる場所なのだが── 今週に限って言えば、人があまりいないことをリオは知っていた。 「『男と女の神秘』という題材らしいですね。絵画や彫刻で表現される男女の秘匿をモチーフにした展覧会だそうですが」 「十八禁じゃないのか? それは」 入り口の看板を見ながら、双真がぼやく。 「身分証明が必要みたいです。直情的に『セックス』を題材にしてるから、批判を受けて逆に人気ないらしいんですよ」 「……くだらないが、暇つぶしにはなるか」 「『夜』までの?」 お楽しみは日が暮れてから、というニュアンスで聞くと、彼は憮然と悪態をついた。 「お前まだ十七だろう?」 「もちろん、身分証は偽造です」 しれっと言ってのけると、双真は先ほどよりも更に怪訝な目つきをした。 「そういうところばかりエリザの影響を受けているのも、微妙な気がするな」 「気にしたら負けですよ♪」 カラカラと笑いながら、彼の腕を引いてリオは中に入った。受付嬢に偽造身分証を提示して館内に足を入れる。予想通り人はまばらで、見た感じ暇をもてあました中年男性ばかりだった。当然というか、女性は一人もいなかった。 人気がないのはもちろん選考基準としては重要だが、ただ人がいない=退屈ではない、という方程式が成り立たないのが難点といえばその通りである。 が、コースに従って歩き進んだスタート直後の絵画で、二人は呆然と立ち止まった。 「いきなりだな」 「いきなりですね」 そこに描かれていたのは裸の男女だった。直情的という宣伝文句どおり、思い切り描写された情事が生々しく飾られている。 「モザイクなしですね」 「ああ」 「ここまで堂々と描かれると、もう突っ込めませんねー」 当然といえば当然である。双真もまた同意見のようだった。 「やっているところを描くというのは、芸術として悪趣味のような気もするが」 歩いて回ると、ポーズこそ違えど似たような作品が多かった。よく見ると作者は皆同じである。その最後の絵でリオは不意に足を止めた。 「…………」 じぃっと見つめる。絵は女性が男性の『モノ』に口付けているポーズだった。女性の舌と唾液の流れる様まで写実的に描かれたそれを、想像で実物大に変換してみる。 「ちょっと小さいかな……」 「誰の何と比較している!」 軽く飛んできた拳骨に身を縮めて、リオは後ろで憮然としている双真に向き直った。軽く笑いながら、視線を下に向ける。目的のところで止まって、彼女は言った。 「それです」 「答えんでいい! というか見るな指差すな舌舐めずりするな!」 「ケチ」 唇を尖らせながらも、リオは彼の腕に手を絡ませた。コースはまだ続く。次は彫刻コーナーらしい。だが案の定── 「表現方法が変わっただけで、中身一緒ですね」 「ああ」 これでは退屈するなというほうが無理である。思春期真っ只中の中学生なら興奮したりもするだろうが、あいにくここは十八歳未満入場禁止だった。周りにいる数少ない客も皆年配である。 そうした中、またもや不意に足を止めて、リオはある彫刻に目をやった。 「今度は何だ?」 疑問の視線をくれる双真は少し脇に置いて、リオはその彫刻を凝視した。微妙な違和感を抱いたのは気のせいではなく、その原因は程なく知れる。名案を思いついたとでも言わんばかりに双真に向き直ると、少なからず警戒しながら彼は目線を険しくした。 「……双真さん」 「ん?」 「今度、後ろの穴、試して見ましょうか」 「…………は?」 返事には間があった。彼が純粋に驚いているところを見るのは久しぶりである。 「だから、『後ろ』ですって。この彫刻、なんか入っているところが微妙にずれてるなぁって思ってたら、どうも違う穴でやっちゃってるみたいですね」 あっけにとられたまま、双真がその彫刻に視線をくれる。いくばくかしてから向き直った彼の目つきは、どこか疲れた色を宿していた。 「お前は一体ここに何しに来てるんだ?」 「エッチのお勉強です」 小さく、彼がため息を吐く。想像していた通りの反応に、リオは胸中で笑いをこぼした。 「気になってはいたんだがな……」 「?」 「お前は一体、何を慌てているんだ?」 ビクリと、リオは硬直した。完全な不意打ちに足が止まる。動揺を隠そうとしたが、上手く出来たかどうかわからなかった。どちらにしろ、そんなものが双真に通用したかどうかもわからない。震える声を精一杯隠して、リオは笑った。 「な、なんのことですか?」 「俺のところに泊まりに来るようになってそれなりに経つが、何故そこまで執拗に身体を求める必要がある? それもお前のそれは、何かに駆り立てられているように見える。追い詰められているようにも」 「…………」 リオは答えなかった。双真は淡々と事実を述べていく。周囲に人がいないのがせめてもの救いだった。 「悩みや不安がある可能性も考慮したが、それなら話は違ってくる。お前は少なくとも、その場しのぎで俺のところに逃げてくるような女じゃないしな」 「!」 それは、きっと彼にとっては最大級の賛辞だということを、リオは誰よりもよく知っていた。 強烈な充足感が身体を駆け抜ける。彼は認めてくれている。自分という一個の人間を。護るべき存在でも、護られるべき存在でもなく、肩を並べて歩いてもいいのだと、傍に近寄ってもいいのだと教えてくれている。 それはリオの心を容赦なく、余すことなく焼き尽くした。満たされるなどという甘いものでもなく、幸福感などという不安定なものでもない。ただ一色。神楽双真に支配される感覚に酔いしれる。それは麻薬のように魅力的で刺激的だった。 が、同時にそれは彼女の心を黒く覆い隠す。 彼が誤解しているという後ろめたさが、リオの胸中を湿らせた。 「わ、私は……」 声を絞り出す。言わなくてはならない。ここで後ろに下がったら、二度と彼と向かい合えない気がした。 「私はそんなに強い女じゃないです。双真さんみたいに、独りでも大丈夫なほど、強くないです…………」 そして最後、消え入るような声で、リオは言った。 「……独りは……寂しいです……」 「お前が弱い?」 頷くと、双真は妙に愉快そうな笑みを浮かべた。 「本当にそうか?」 軽く──肯定とも否定ともとれるようにあっさりと言い切る。 「え?」 「気づいていないというのも問題だな」 軽く嘆息して見せる双真はどこまでも彼らしかった。勝手に自己完結してコースを進み始める。リオはあわてて彼の後を追った。彼が何を言いたいのかわからなかった。 「何が、ですか?」 「ま、いいさ」 よくはない。が、彼は取り合おうとしなかった。 「ところで聞き忘れていたが、リオは将来、何がしたいんだ?」 これまた唐突な質問だった。え? と喉を詰まらせる。質問を理解するのに数秒。それから答えを導き出すのに数秒。応える勇気を搾り出すのには、もっと時間が必要だった。 「何がしたいんだ? 在るんだろう? エリザベートの秘書でいつづけることはこの際脇においておくとして、何か他のことが」 リオは迷った。答えは持っている。後はそれを口に出すだけだ。 「……したいことがあるっていうより、なりたいっていうか……もっと正確に言うと、ほしいっていうか……」 「ふむ……」 頷く。先を促してくる双真に、リオはおずおずと聞いた。 「言ってもいいですか?」 「俺から聞いたんだ。かまわんから言え」 「……えっと……」 息を呑む。手が、声が、身体全体が震え始めた。歩くことさえつらくなって歩みを止める。自然と潤み出てきた涙さえ、もう我慢できそうになかった。何故って、それを言ってしまえば、今の関係さえ壊れる可能性があるということを、神楽双真という人間を知っているリオには良くわかっていたからだ。 彼との出会いを考えれば当然だった。自分がこうして傍にいるのは、神楽双真という存在と同質で同種だからである。 独りで世界に立ち、独りで戦い続ける強さを持つ。孤高であることこそが彼の存在意義ならば、それを否定してしまえば、今の関係さえ成り立たないのだ。 そしてその気になれば、彼はいつだって独りで歩いていける。そうしないのは、待ってくれているのだと解っていた。リオが独りで歩けるようになるまで、その歩幅をあわせてくれていることも。それが唯一、彼なりの優しさだということも、誰に言われずとも感じられた。 けれど言った。聞かれた以上、それを偽ることは、彼を失うこと以上に怖かった。 「双真さんの……」 「俺の?」 「……こ、子供が……ほしいです」 しばし、二人の間に気まずい沈黙が流れた、と思ったのはリオだけだった。一方の双真は至極あっさりと頷き、 「……ふむ。ならつくるか」 言った。 ……………… 「え?」 驚いたのはリオである。 「だから、子供を作るかと言ったんだ。ほしいんだろう?」 「……え……えっと、その……え? 本当に? いいんですか?」 そう聞く以外できなかった。夢? ドッキリ? 双真は寝言を言うタイプではないので、今はしっかりと起きているはずだ。 「いいのかもなにも、いいからそう言っている。ほしいんだろう? 何故お前が驚く」 「だって……だって……だって!」 何が言いたいかなど、リオが聞きたかった。驚きも過ぎると心臓に悪い。激しく高鳴る鼓動を感じながら、彼女はゆっくりと、双真の言ったことを飲み込んだ。 フッと目の前の景色が変わった。腰が抜けたらしいことがわかった瞬間、一気に涙が溢れてくる。 「だってぇぇっ!」 嬉しさと困惑。もう全てがごっちゃ混ぜになって、リオはただ泣き叫んだ。子供の頃のようにわき目も振らず一心に。不安を吹き飛ばすがごとく豪快に。 「……世話を焼かせる」 その呆れたような双真の口調さえ愛おしく感じながら、彼女は泣き続けた。
博物館からの帰り間際。気まずく視線をそらす受付嬢の態度などまったく気にすることなく、双真は言った。 「腹が減ったな」 「食事しましょうか」 「この体裁でか?」 「…………」 リオは無言で双真を見上げた。腰に全く力が入らないので、完全に彼に寄り添う形で外に出る。博物館に入ったのはまだ日中だったが、落ち着くのに随分時間がかかってしったらしい。空はもう日が落ち始めていた。 「なら、家に帰りますか?」 「そうだな。かえって子作りでもするか」 「……ぁ」 きょとんと。 これまでの世界がひっくり返ったかのような表情でリオは双真を見た。その言葉が身体の芯を駆け抜けた瞬間、また涙があふれ出てきた。 「これが答えだ。満足か?」 「はいっ!」 泣きながら返事する。元気に、とは言えなかったが、心の底から笑うことが出来た。 「では帰るぞ。レストランもホテルもキャンセルだ。家に帰って飯食って寝る」 「はいっ!」 「……即答か?」 「もうどこでもいいです。貴方と一緒なら」 満面の笑顔でリオは言った。が、双真は逆に面倒くさそうに眉をひそめる。ロマンも何もあったものではない。彼にそれを求めるほうが間違いだということくらい、リオは当然心得ていた。 「そう思うなら、自分で立って歩け」 と言われても、腰が抜けて立つことなど出来そうもない。歩くことなど到底無理だ。だからリオは、勇気を出して秘めていた希望を口にした。 「抱っこしてください」 「………………なんだって?」 「抱っこ♪」 「…………」 しばし見詰め合う。睨み合うと言ったほうが正しいのかもしれないが、どっちでもよかった。何でもいい。彼とのやりとり全てが楽しくて仕方がない。 「開き直りやがったな」 「はい。開き直りました。立てませんから、抱っこしてください♪」 「……ふぅ」 置いていかれるかもしれないという不安は何故か思い浮かばなかった。事実、彼はひたすら面倒な顔をしながらも、左手を足に、右手を背中に回し、リオの小柄な身体を抱え上げる。自由の利く上半身で彼の身体につかまりながら、彼女は笑った。 「アハ♪ お姫様抱っこだ♥」 「……後で運賃払え」 「私の身体でよければいくらでも」 「結局、そこか……」 行き着くところは変わらない。全てではないが、彼を感じられる最も効率的な手段の一つだから。それに、今日は新たな一歩をお尻から踏み出す日なのだ。 「だって双真さんが言ったんじゃないですか?」 「何をだ?」 わかっていない双真の耳元で、リオはささやく。 「子作りしようって♥」 苦々しく表情を崩す双真の横顔を眺めながら、リオはその胸に顔をうずめた。幸せでも涙が出るのだと、彼女は初めて知った。
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