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国守山山中にあるさざなみ女子寮の管理人である槙原耕介は、突然現れた珍客に目を丸くした。 身長百九十を超える大男である。だがその実、家事全般が得意な手先の器用な青年は、今日も今日とて寮の仕事に忙しく働き、一息つきがてら寮最年少の陣内美緒が破いたズボンを、愛用の裁縫セットで繕っているところだった。 そこに突然訪れてきたのは、腰まで伸びた黒髪が綺麗な妙齢の美女である。一応面識のある程度の知人であるその女性は、涙を流したらしく目を赤く腫らして、まだ多少べそをかきながらさざなみの玄関をくぐった。 「お願いがあるの……」 そうして居間に通して、お茶を運んだと同時に、彼女はくぐもった声で言ったのだ。 「わたしと友達になって」 「は?」 思わず素で返答してしまう。話に何の脈絡もなく、時々鼻水をすすりながらそう言った彼女に対して、耕介ができる反応といえばその程度でしかなかった。普段なら平常に対応することもできただろうが、やってきた相手が半べそをかいていれば困るのも無理はない。 「えっと……エリザさん?」 「なに?」 「話がさっぱり見えないんですけど」 「どうして?」 「いや、どうしてって。それ聞きたいのはこっちです。何かあったんですか? 貴女が泣く……あ、いえ、落ち込むほどのことが」 「うん」 なんだか見ていて気の毒になるくらい素直なエリザに微妙にやる気を抜かれながら、耕介は辛抱強く聞き返した。 「何があったか聞いてもいいですか?」 「わたしね、実はね……友達がいないの」 「…………」 あー、やっぱりな──と思ったことはもちろん秘密だった。 「……今、やっぱりとか思わなかった?」 「いいえ! とんでもない!」 慌てて首を振る。エリザは軽く「そう……」とだけうなずいて、ぼやくように説明を始めた。 その話を要約するとこういうことらしい。つまりは姉に友達がいないことを指摘されて、喧嘩腰で挑発に乗り、結果的にはその姉に友達を紹介することになってしまったということだ。別段問題など何もないように思ったが、期日は明日までということを聞いたとき、耕介は思わず心中で突っ込んでいた。 (いくらなんでもそれはちょっとなぁ……) 友人関係というのは一日やそこらで培われるものではない。少なくとも耕介はそう思っている。だからこそエリザの行動は無茶を通り越して無謀でもあったし、それ以前に、彼女の友人に対する価値観を疑いたくなるようなものだった。 「で、友達になってほしいということで俺のところに来たと」 「うん」 「またどうして?」 「祖国で身近な人にも頼んでみたけど……」 「ことごとく断られたんですか?」 コクンと頷く様は、とても二十代半ば大人には見えなかった。 「ちなみに……双真のところには?」 友人の名前を挙げたとたん、エリザの顔がさらに沈んだ。 「行ったわ」 「それで?」 「一蹴された」 まぁそんなところだろうなとは思ったが、それも口には出さないでおく。 「エリザさんは、友達ってどういうものだと思います?」 「…………」 力なく、エリザは首を横に振った。わからないという意味と受け取って、とりあえず耕介自身もどうしたものかとうなだれた。もちろん、表情には出さずに。 「まぁ貴女の価値観は甚だ疑問ですが、それはともかくどうしたいんですか? 結局」 「友達になって」 「それだけ?」 そう聞いたのは、何故かそれだけで終わらないような気がしたからである。 「姉に紹介するわ」 『…………』 ちょっとした沈黙が降りた。寮内は休日ということもあって皆が出かけている。今いるのは二階で昼寝中の漫画家くらいなものだろう。この静けさはさざなみにしてみれば珍しいが、逆に運がよかったのかもしれない。普段の賑やかさの最中にエリザがやってきて、なおかつ理由もわからずに泣かれた日には、自分がどんな目にあうかなど恐ろしくて想像もしたくなかった。 それはさておき、耕介はなんとなく、本当にただちょっとだけ、冗談のことのように思ってみたことを口にした。 「ところで、友人一人紹介するのとお姉さんからいくらくらいもらえるんですか? 百ドルくらい?」 「まさか。ドイツはEUの中核国よ。通貨単位はユーロ。今だと一ユーロで百三十円くらいかしら」 「……で?」 「わたしが一人友人を作るごとに一万ユーロもらえるから……大体、十三万円くらいかな。日本とドイツは物価がほとんど同じだしね」 「へぇ……」 「あ……」 「………………………………」 容赦ない沈黙が降りた。同情していた感情がきれいさっぱりなくなり、代わりに呆れと怒りが沸き起こってくる。それは自然と視線に現れ出ていたようで、エリザはしきりに目線を泳がせていた。 「友達いない理由と出来ない理由がわかってよかったですねー」 「哀れんだように言わないでよぉっ!」 立ち上がって抗議するエリザに、しかし耕介は冷ややかな視線をくれた。 「きっぱりと自業自得でしょうが」 「それは……ちょっとしたお茶目じゃない。見逃してくれたって良いでしょ?」 「そりゃあ、友達ならね」 「……ど、どういうこと?」 まるでわかっていないらしいエリザに、耕介は今度こそ本気でため息を吐いた。 「友達ならある程度のいたずらとかは大目に見ますけどね。エリザさんの場合、友達をつくりたいんでしょ? っていうことは、基本はお互いにまだ見知らぬ他人ですよね。その他人に、あずかり知らぬところで賭けの対象にされちゃあ、誰も信用なんてしませんて」 「うぅ……」 まったくもって正論を言う耕介に、エリザが力なく撃沈した。 「友達って一日やそこらで培われるものじゃないでしょ? ましてや、お金で買えるようなものは友情じゃないですよ。そこのところをわかってないと、誰も付き合ってくれません」 「…………」 「友達って言うものの形はいくつもあるとは思いますけどね。少なくとも俺は、軽く扱って良いものじゃないと思いますよ。一緒にいて楽しいと感じるだけでもいいと思いますけどね。迷惑かけられても、頼りにされることがうれしいと感じるくらいになったら、本当の友達じゃないんですか?」 「…………わたしは……」 「友達を便利な道具とか、都合のいい人間関係とか思ってるなら、その人には友達を作る資格はないですよ」 少々言い過ぎかなとは思ったが、耕介はあえて言い切った。言葉を選ぶことは出来るが、それで彼女のためになるとは思えない。さざなみに住む多くの女性が特殊な生い立ちを持っていることも手伝って、エリザが今まで友人がいなかったことを理解できないではなかった。しかしだからといって、それを容認するわけには行かない。 「そうね。わたしには友達を作る資格はないのかもしれないわね」 うっすらとすすこけた笑いを浮かべながら、エリザは立ち上がった。そのまま庭のほうへ行き、ガラス窓を開ける。太陽が随分傾いた空を見上げる彼女の背中は、思ったよりも華奢で細く、寂しげに見えた。 「……別にそう卑下することはないでしょう? 要は、他人を思いやる気持ちがあればいいんですよ。そうしたら、いつの間にか友達なんてできちゃいますって」 「そうかしら」 「そうですよ」 「でも……だったらやっぱり、わたしには資格がないのね」 「は?」 そういって、彼女は裸足のまま庭に降り、どこに仕舞っていたのか、懐から一本のロープを取り出した。庭の向こうに生えている背の高い木を選ぶと、その中でもエリザが届きそうにない高さの枝を選び、そこに輪ができるように結びつけた。 こちらの反応を待つまでもなく、木の枝の上でエリザが悲壮に暮れた表情で言った。逆に慌てたのは耕介である。 「ちょ、ちょっと! いきなり何やってんですか! アンタは!」 「もう生きていけないわ」 「話に脈絡がなさ過ぎますって! しかもなんだか用意周到っぽいし! いや、そうじゃなくて、なんで友達作れないくらいで死なないとダメなんですか?」 「だって、友達できないと死んじゃうの。わたしの姉はそういう人なの。絶対勝てないの。地の果てまで追いかけられ、地獄の果てまで追い詰められ、苛め抜かれたあげくにわたしは昇天するのよ、きっと」 「…………ひょっとしてひょっとしなくても、エリザさんのお姉さんも友達いないでしょ」 「いないわ。でもなんだか、それを全く気にしてないの。絵に描いたようにわが道をまっしぐらな人なの。自分の進む道にあるものをすべてなぎ払いながら走行する装甲武装列車なのよ」 「…………」 何故だかどっと疲労感が沸き起こる。似た物姉妹だと心の中で突っ込みながら、耕介はとにかく彼女を落ち着かせようと自分も庭に下りようとした。が── 「近づかないで。近づいたら死ぬわ」 「どないせーっちゅうねん」 思わず関西弁で呻くとほぼ同時に人の気配を感じる。 「何やってるんだ、あの馬鹿は」 ガレージのほうから聞こえてきた、その心底呆れたような呟きには聞き覚えがあった。 「双真?」 それはまさしく、神楽双真その人だった。勝手に敷地内に入ってきたことに対して悪びれる様子もなく、彼は枝の上にいるエリザを見つけるなりその逆三角の目をさらに険しくする。その表情を崩すことなくこちらを向いて、話題に上げるのも嫌そうに口を開いた。 「で、あれは何をしてるんだ?」 「えーと……」 どう話したものか迷ったが、とりあえず見たままを説明することにした。 「友達を作れないとお姉さんにいじり殺されるらしくて……見たとおり自殺しかけてるんだけど……」 「……かまわんから、引きずりおろせば良いだろう?」 「近づいたら死ぬって言うんだよ」 「ふん。そうやって人の心を試すようなことするから友人が出来んのだ」 「全く持ってその通りだけど、それを面と向かって言うとちょっとかわいそうでさ。なんだか見ていて哀れだし、それにかまってる自分もなんだか虚しいし……」 やれやれ、と二人そろって肩をすくめる。その会話を始終聞いていたらしいエリザが、木の上で泣き叫んだ。 「何よ! よってたかってわたしをいじめて。いいわよ、死んでやるわよ。死ねばいいんでしょ? わたしなんか、生きてたっていいことないもの!」 「ま、そんなことはどうでもいいが」 「ど!?」 驚きのあまり枝から落ちそうになって慌てて体勢を整えているエリザをいともあっさりと無視して、双真は再度こちらに向いて言った。 「それで、双真は何の用?」 「頼まれていたものが出来たので届けに来た」 まさかエリザのためにここまで来たとは到底思えなかったので聞くと、彼が内ポケットから出したのは手の内に納まるほどの小箱だった。 「あ、出来たんだ?」 「ああ。耕介がデザインしたとおりに出来上がっているはずだが、確認しておいてくれ」 言われた通り中を見ると、そこには銀色に光るペアの指輪が入っていた。表のデザインは同じで羽をモチーフにした飾りがついており、サイズだけが少し違っていた。 「ん。サンキュ」 「誕生日プレゼントだったか?」 「うん。姉妹そろって同じ誕生日のね」 「明日までという注文だったからな。間に合ってよかった」 「悪いな、いきなり頼んじゃって。知り合いで彫金の上手い人って他にいないから」 「気にするな。それに俺自身もちょうど時期が重なって造るものがあったからな」 「そうなのか? ああ、でも本当なら俺が取りに行かないといけないのに……」 「それも気にするな。他にも用はあった。どうも無駄に終わりそうだが」 そうしてようやく、思い出したように彼は渦中の中心人物のほうを向く。 「うぅ……お願いだから相手して……」 なにやら涙目で訴えてきている魔女に向かって、しかし彼はうんざりした口調で告げた。 「で、お前はいつまでそうしているんだ?」 「いつまでって……わたしの問題はこれっぽっちも解決してないのよ!」 「問題?」 その問いかけは、しかしどちらかというと自問といった感じだった。しばし首をかしげ、一泊置いてから今度は目を瞑る。軽く数十秒──もしかしたら数分間、彼は考え込んで、しかしやはり訝しげな口調で言った。 「…………何のことだ?」 ぷつんと何かが切れた音が、木の上からここまで聞こえてきたような気がした。 「わたしにはまだ友達がいないのよ! 何で忘れてるの! ついさっきのことなのに!」 「ああ、そういえばそんなこともあったな。なんだ、まだ引きずってたのか、その話題。ネタに新鮮さがないのは致命的だぞ、エリザ」 「何の話よ! そもそも冷たい奴だとは思ってたけど、少しは気にかけてくれてもいいじゃない!? この冷血漢! 不干渉! 社会不適合人物!」 (あんたが言うのか、その台詞を) 胸中で突っ込みを入れたのは、云われた当の本人が全く気にしていないようだったからだが…… 「……ふむ。では聞くが、友達がいないことと、お前がそこでそうして自殺しようとしていることの関連性は何だ?」 「友達出来ないとわたしの人生が終わるのよ!」 「そうか終わったのか」 「だからなんでそうあっさりと切り捨てるのよぉぉぉっ!」 再度泣き喚く彼女を面倒くさそうに見捨てて、双真はこちらに視線だけを向けた。 「面倒だな。耕介、霊波攻撃は霊剣がなくても打てるか?」 「打てる……けど?」 「打て。どうせなら死体が残らないくらいとどめをさしてやらんと不憫だ」 いくばくか逡巡して、しかし耕介は少し見当違いのことを考えていた。胸中に飛来した懐かしい感覚。思い出したのは昔の自分と、周囲を取り巻く環境だった。とどのつまり、昔はこういう『ノリ』で日々を送っていたということだ。 (ってことは何か? 俺は昔は、他人から見るとああいう風に見えてたって事か) なんだか新しいことを発見したような気分で耕介はエリザのほうを見た。ああ、確かにあれは恥ずかしい。少なくともいい大人がすることではない。 それが直接の原因というわけでもないが、 「………………そだな」 わりと簡単に双真の案に賛同すると、エリザの反論の声がさらにけたたましくなった。 「したって無駄よ! わたしは魔術師だもの。防御するわ」 「死にたくないのか?」 「死ぬわよ。死ぬに決まってるじゃない!」 「ならさっさと死ね」 「何よ! なんでそうやってわたしをいじめるのよ、神楽君のばかぁぁぁっ」 緊迫感があるのかないのか。自殺をしようとしている人間に向かって言う会話でない気もしたが、とりあえず耕介は事の成り行きを見守ることにした。危険なのは、情緒不安定で自殺しかけているエリザではなく、むしろその彼女を殺しかねない双真のほうである。 (ま、何かしら理由があるからここに来て、彼女の相手をしてるんだろうけど) 神楽双真はそういう人間だ。行動目的に沿って生き、それに邪魔になるようであるなら自分でさえ切捨てる。その彼が、自分の意思で時間を割いてまで会話をしようとする人間は極めて数が少ない。心を許せる人間となればさらに指折り数えられる程度である。 しかしそれを鑑みても、彼もまた変わったように見えた。世界が広がったというよりは、世界を受け入れ始めたというべきか。拒絶し、否定し、孤立することで戦ってきた彼が、少しだけその境界線を緩めたのかもしれない。何にせよ、それはとてもいいことだと耕介は思った。 とまれ全く無関心の相手に、わざわざ自宅からここまで来て、会話をするわけがないのだ。それが友情であれ、敵意であれ、その他どんな理由であれ。 (会話が成立している時点で、まぁ他の人より興味をもたれていることは間違いないんだけどなぁ……) 双真にとってエリザがどういう位置にいるのかはわからなかったが、このままほうっておくと最低限の感情が敵意へ、さらに殺意に変わりそうな勢いではある。 そろそろやばいかなというときに、玄関のほうでなにやら音がした。 (誰か帰ってきた?) 「あれ、耕介君、お客さん?」 それその通り、鼻歌交じりに居間に入ってきたのは、音大生の椎名ゆうひだった。さざなみ寮のボケツッコミ役をまとめて担っている彼女の言動は、関西出身のせいというよりは多分に彼女の性格に起因する。彼女が帰ってきたことで、耕介はようやく日が暮れ始めていることに気づいた。 何にせよ、場の空気にそぐわない雰囲気で登場した彼女は、涙で目を腫らし今にも自殺しかけているエリザと、それに罵声を浴びせている双真、そして困ったような表情を浮かべていた耕介を見比べるなり、驚いたように後ずさった。 「こ、耕介君が女の子泣かしとる!?」 「お約束のボケはいらん!」 勢いよくツッコミ返して、しかし同時に愛想よく「冗談や」と笑うゆうひを耕介は呼び寄せることにした。女性の悩みには女性が一番理解できると踏んだからである。察しの良い彼女は、それだけで耕介の意図を察してくれたらしい。部屋に戻ろうとしていたのをやめて、耕介の隣にやってきた。 「で? 何かお困りのようやけど、どないしたん? っていうか、こちらはどちらさん? 耕介君のお友達? あっちで木の枝に登ってる人は?」 「古くからの友人。あ、こっちがね。で、あそこで木の枝に登ってる人は……えーと……」 説明しようとして、耕介はふと思考を停止させた。自分とエリザの関係は、説明が正直面倒くさいのである。 「彼女は……ほら、綺堂さくらちゃん──風芽丘で薫やみなみちゃんの後輩の──彼女の叔母さんで、エリザベートさん」 「ああ、さくらちゃんの……って、なんであの子の親戚さんがさざなみ寮に来て、しかも木の上におるん?」 「いや、まぁ、さくらちゃんとは別口で以前からのちょっとした知り合いでね。まぁその辺はさておいて、とりあえずこの状況何とかしたいんだけど……」 「ん? この状況って?」 「いや、見てわかんない? 彼女自殺しかけてるんだけど……」 「ええぇーーーーっ!」 さすがに驚いたらしい。双真のすぐ傍で奇声を上げるその勇気を称えながら、耕介は詳しく事情を説明した。 「ほんまに耕介君が泣かしたんとちゃうねんね?」 「断じて違う」 それだけはきっぱりと告げる。 「わかっとるって。耕介君にそんな甲斐性があるはずないやん」 ツッコミどころ満載のコメントを残して、しかしゆうひは耕介の反論を待たずにエリザに向き直った。 「はじめまして、音大生やってる椎名ゆうひ言います。エリザベートさん? とりあえず自殺なんて馬鹿な真似はやめて、うちでよかったら悩み事とか聞きますけど……」 そうして、エリザの口からもう一度同じ内容の会話がなされる。が、それを聞き終わったときの対応は、耕介とは随分違ったものだった。 「それでしたら、話は簡単やね。うちが立候補させていただきます」 「は?」 「え?」 エリザだけでなく、耕介も思わず素っ頓狂な声を上げた。見ると、双真までもが怪訝な表情でゆうひを見ている。 「友達がほしいんでしょ? 女の子同士やし、遠慮することあらへんやん」 あっけらかんと言うゆうひの笑顔に嘘はなく、耕介はあっけに取られながらも双真と顔を見合わせた。 「いいの?」 遠くから、恐る恐る聞き返したのは無論話題の張本人である。今度は呆れたような表情でゆうひが言った。 「なんで? 友達になるきっかけなんていろいろやん。仲良くなれるンやったら問題あらへんし……」 「いい人だぁ……」 エリザがさめざめと泣いた。それを傍で見ながら、耕介はもう一度聞いてみる。 「本当に良いのか? だってエリザさんだぞ? 迷惑暴走回路装備している点ではあの真雪さんでさえしのぐと俺が思ってるような人だぞ?」 「……耕介君、それ言い過ぎ」 「あ、ごめん。まぁだけどなぁ、友達は選んだほうが良いというか、エリザさん自身は悪い人じゃないんだけど……双真の言い分じゃないけど、付き合うのは面倒なタイプの人だよ」 「悪い人ちゃうんやったら問題あらへんやん? 耕介君らしくあらへんよ。いつもやったらもっとでーんと構えて、女の子一人支えるくらいしてるやろ?」 「さも簡単そうに言うなよ」 「ともかく、これで万事解決。エリザさんも、早うそないなとこ降りて、こっちきておしゃべりしましょ」 「あ、うん」 毒気を抜かれたようにうなずいて、エリザがおずおずと木から降りてくる。その途中で、安堵したように彼女は言った。 「ありがとう。ゆうひさん。あなたに会えてよかった。もしわたしが死んじゃったら、大変なことになってたし」 「大変なこと?」 聞いたのはゆうひだったが、その内容に敏感になったのは耕介と双真だった。そんな二人の様子に気づくこともなく、エリザがあっけらかんと続ける。 「ほら、何事にも保険って必要でしょ? 友達ができなかったときのことを考えて、槙原君と神楽君に『呪い』をかけておいたの」 「おまじない?」 「そう。貧乏と疫病の呪い。この二つがそろえば誰もが避けたくなるような最強コンビよ。正確には、そういう『境遇』が好む匂いのする薬品を作って吹きかけたの。さっすが魔術師って感じでしょ? わたし一人だけ友達がいないなんていやだったから、どうせなら道ずれにしようかと思ってたんだけど……よかったね、二人とも」 満面の笑顔でこちらに向き直ったエリザを無視して、耕介は双真に顔を向けた。普段と変わらない無愛想で無表情な双真がゆっくりとうなずくのを見て、耕介は裸足であるのも構わずに庭に下りると、物置から出来るだけ長いロープを取り出した。それを双真に向かって投げつける。 それはまさしく友情パワーのなせる業だった。何の打ち合わせもなく、ロープを受け取った双真が問答無用でエリザをぐるぐるに巻く。 「え? ちょ、ちょっと! なに? このロープ!?」 状況を理解していないエリザは、すぐに簀巻き状態になった。地面に転がる彼女を上から見下ろしながら、双真が呻く。 「準備完了だ。さてエリザ。何か言い遺すことはないか? 遺言なら聞いてやるぞ」 「え?」 「そうだね。ま、貧乏と疫病がそろってやってくるのは嫌だけど、エリザさんに生きていられるよりはいくらかかましかな」 「えっと……槙原君?」 エリザの呟きを完全に無視する形で、双真がこちらを向いた。 「耕介。確かあっちのほうに、崖がなかったか?」 「あるよ。多分、落ちたら軽く死ねるくらいの角度の崖が」 「よし。決まりだ」 「って、何が? ねぇ、ちょっと。さすがにそれは洒落にならないわよ」 「当たり前だ。こちらはいたって本気だからな」 「何が本気なのよ! ねぇ、危ないからやめよ? ちょっとした冗談だってば。それにまだ効果は発揮してないわよ」 「まだ?」 思わず聞き返す。 「多分、もう少ししないと馴染まないから。香水みたいなものだし」 「ほほう。で、解毒方法は?」 「ないわ。解毒剤、作ってないもの」 自信満々に鼻息を荒くするエリザに向かって、耕介はさらに冷ややかな視線をくれた。 「ま、冗談か本気かはもうこの際どうでも良いかな」 何故もっと早くからこうしなかったのだろうと、耕介は今更ながらに後悔していた。さざなみ来てからはこういう『ノリ』は滅多になかっただけに、逆に乗り損ねたのかもしれない。かつての自分なら、容赦なく突っ込んでいただろうに。後悔は後にならないとやってこないのは本当だった。 「誰にも知られずに始末しよう」 「うちは?」 さっきから会話に置いていかれていたゆうひがさりげなく突っ込んでくる。それに対しては、双真が答えた。 「見て見ぬ振りしろ。黙っておくことが今後の人生ためだ」 「…………椎名さぁん」 助けてほしい視線をエリザが送っていたが、それも双真の殺気にかき消される。しばらく悩んだ後、顔を引きつらせながらゆうひは、 「うん。うちはなにもみなかった」 「懸命だな」 「ちょ、ちょっと待ってよ! 見捨てないでぇぇ!」 「自業自得だろう」 喚く簀巻きエリザを双真が蹴り転がす。見事なくらいころころと転がるそれを、耕介が足で受け止めた。 「何で? 私が何したの?」 「自覚がないのか、アンタは!」 「ねぇ待って。お互い歩み寄る努力をしましょう。弁護士を呼んで! 裁判を要求するわ」 「そんなことをしてやる義理も義務も感情もない」 「そんな冷たいこと言わないでよ。友達でしょ?」 瞬間、 「誰が貴様の──」 「誰がアンタの──」 見事にハモった叫びが響き渡る。 『友達になんぞなるか──っ!』 容赦なく繰り出した攻撃が、問答無用にエリザを昏倒させた。
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