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 その日の夕方、自宅の門前で、綺堂さくらは呆然と立ちつくしていた。家の中からなにやら変な歌が流れている。何故? と思ったのは、それがとてもBGMにして誰かが好んで聞くような音楽ではなかったからだ。

 

 一年生になったら、一年生になったら、友達百人できるかな♪

 

 決して歌が下手なのではない。日本の──おそらく児童民謡かなにかだろう。ああ、それともよくテレビで流れている「みんなのうた」なのかもしれない。どちらにせよ子供向けの歌だ。歌詞の内容やテンポなどでさくらはそう判断した。百人で富士山に行ってお弁当を食べたいという歌詞もどうかとは思ったが。

 ようやく理解して家に入ろうとした矢先、

「おい」

 唐突に後ろからかけられた声に、さくらは思わず身体を硬直させた。驚いたことを悟られないように後ろを向くと、夕日の逆行を浴びるようにしてそこいたのは、目つきが鋭く、とてもではないが友好的とはいえない空気を纏っている男だった。だがそれよりも目を惹いたのは、彼が持っている『もの』のほうである。

「あの……」

「綺堂さくらだな」

「あ、はい」

 有無を言わせぬ問いかけに応じた瞬間、さくらは男の顔を以前どこかで見たことがあるような気がした。が、それを思い出す前に男のほうが話を切り替える。

「君宛に届け物だ」

「は?」

 こちらの反応など全く気に留めず、男は地面に引きずっていた麻袋を指し示した。

「これが、ですか?」

 思わず聞き返す。男が宅配業者に見えないこともさながら、麻袋──しかもでかい。何かが大きなものが入っているのは間違いない──がどうして綺堂家に、しかも自分宛に届けられねばならないのかも理解できなかった。ひょっとすると質の悪いいたずらかなと思ったとき、男が懐から一枚の紙を取り出した。

「ここに受領印を」

「え?」

「はんこだ。なければサインでもいい」

「……はぁ……」

 男の強引さに押されて、さくらはそのまま差し出された伝票──まさしくそれは、宅配業者が使う伝票に違いなかった──にサインをした。ペンは持ち合わせがなかったので、男のものを借りた。

「ふむ。確かに。では送料八百七十円だ」

「え? お金取るんですか?」

「当然だ、着払いだからな」

 男の自信満々の笑みに気押される形で、さくらは渋々財布を開いた。千円札を渡してきっかり百三十円が帰ってくる。それを受け取りながらも、彼女はしきりに首をかしげた。何かがどこかでおかしいような気がする。が、具体的に何がおかしいのか、言葉に出せるほどそれは確かなものでもなかった。

「ふむ。では確かに届けたからな。ああ、それと……」

「はぁ」

 なんだか先ほどからこんな返事ばっかりだなとは思ったが、事態の展開についていけてないのだから仕方ない。男も気にした風でもなく領収書を受け取り、内ポケットに入れると、代わりに手のひら代の何かを取り出した。

「これをリオに渡しておいてくれ。いるのだろう?」

「え……ええ。彼女なら今、家の中にいると思いますけど」

「ならいい。頼む」

 それは小さな箱だった。包装も何もない、ただの木製の小箱である。それを受け取ると、それだけで男は満足したようにきびすを返した。立ち去る瞬間、確かに麻袋の上を踏みつけてから。

「なんだったんだろう」

 すでに見えなくなった男の背に向かって問いかけるが、答えがあるわけでもない。とりあえずチャイムを鳴らして麻袋を運ぶための人を呼んだ後、さくらはそこに貼り付けられている伝票を見た。届け先がここ。送り主は、何故かあの「さざなみ寮」になっている。

 そうして中身の分類は、漢字で『生物』と書かれていた。

 

      ◇

 

「そういえば、貴女、もうすぐ誕生日なんだって?」

 客人の問いかけに、リオは素直に頷いた。うそをついても仕方がないし、つく必要性も感じられなかったからだが。

「はい。明後日がそうです」

「ふーん」

 それだけで興味を失ったらしい客人は、沈みかけている夕日のほうをじっと見ていた。話しかける際も一切こちらのほうを見ようともしない。

 フリーデルト・オリジン。

 エリザベートの姉──であることが本当なのかと疑いたくなるほどの容姿をした彼女は、ここ綺堂家に到着するなり目的の相手──もちろんエリザのことだ──がいないことを知って、本気でつまらなさそうな顔をした。

 金色の、切れ長の大き目の瞳にすらっとした鼻立ち。アッシュブルーのふわりとした綿菓子のように流れるロングヘア。美人というよりは美少女というべきだろうか。そう見えるのはフリルのついた可愛らしい服のせいかもしれない。どちらにしろ、西洋人形のような端整で可愛らしい顔立ちをした彼女は、総じて見るならエリザとはまるで似ていない。なにより背が小さいのだ。リオよりも小さいその体型は、どれだけ贔屓目に見ても十にも満たない子供でしかない。

「退屈よね」

「…………はぁ」

 それは目に見えて理解できていたが、だからといって何かが出来るわけでもない。しかしエリザが帰ってくるまでは彼女の相手を仰せつかっているのだから、それを投げ出すわけにも行かない。仕方なく話題を探すと、程なくしてリオは聞き忘れていたことを思い出した。

「あの、フリーデルト様」

「なに?」

「先ほどから屋敷全体に流しているこの音楽は何ですか?」

 ちょうど一曲終えたらしい歌が、リピートされて最初から流れはじめる。歌の内容は変わらない。友達百人出来るかな♪

「日本の民謡だけど? 知らないの?」

「いえ。知っています。そうではなく、何でこの歌を流していらっしゃるのですか?」

「……わからない?」

 いや。本当はわかっていた。友達百人できるかな♪ などと言うのは、もはやエリザに対する皮肉以外の何者でもない。

「わかりますけど、本音はわかりたくないというか……」

「なにそれ? まぁどっちでもいいけど、とめちゃダメよ。エリザが帰ってきたときの顔をみたくてかけてるんだから」

「楽しいんですか?」

 鼻息荒く興奮して見せるフリーデルトから微妙に離れながら、リオは思い切って核心を突いてみた。が──

「それはもう物凄く」

 そうきっぱりと言い返されてはどうしようもなかった。問題は、苛められる側にもそれなりに原因があるということか。同情はするが、自業自得のような気もする。それでも秘書として一応の弁解をしておくべきだと判断して、リオは重い口を開いた。

「あの、エリザ様には……その……」

「友達がいないんでしょ?」

 何もかもわかっているような口調で、フリーデルトが言う。

「わかってるわよ、それくらい。どうせ今頃友達つくりに奔走してるんじゃない? あの子、あれでいて自分の事に関してはものすごく不器用だからね。本音と建前を使い分けるのも下手だし。仕事は出来るくせにプライベートとなると途端に交渉が下手になるのは昔からよ」

 それその通りなので反論のしようがない。

「だけどものすごく負けず嫌いだから、自分から負けを認めるのは嫌なのよ。でも昔から私には勝てた試しがないから、精一杯悔しそうな顔でこっちを睨むの。目に涙をためて、口をへの字にして、泣きそうになるのをこらえてるの。ああ、もうっ! 思い出しただけでたまらない。想像するだけでもうゾクゾクしちゃうわ」

 そうして自分の両肩を抱いて身悶えるフリーデルトは、もはやこちらを見ていなかった。

「この歌を聴いたエリザはどんな顔してくれるかしら。鼻で笑ってやったらきっと悔しがるでしょうね。いいえ、それ以前にあの子がどんな姿で帰ってくるか(・・・・・・・・・・・)も楽しみね。コンクリ詰めだったりしたら、写真にとって額縁に飾って親戚中に送って上げないと」

(こ、この人、本物のサディストだっ)

 うっとりと天井を眺めているフリーデルトの視線に心底恐怖を感じて、リオは数歩後退りした。その心の声を聞いたわけではないのだろうが、フリーデルトがようやくこちらを向く。まるで人形のように白くて小さな指を髪に絡ませながら、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。幼さが前面に出ているだけに、異様に怖い。

「あ、心配しないで。私が苛めるのはエリザだけよ。他にも可愛い反応してくれる人はいるんだけど、あの子には勝てないわね。ああ、早く帰ってこないかなぁ。早くいじくり回したいっ!」

 そうして再び窓の外へ視線を向けるフリーデルトの背後で、リオは彼女がどういう性格なのかをようやくわかりかけていた。とりあえず、出た結論は一つである。

 彼女に気に入られたら最期、一生苛め抜かれるということだ。

 ちょうどその時、部屋の外がざわつき始めた。なにやら荷物が届いたとか、その中身がナマモノ(・・・・)だとか、届けてきた人物がなにやらものすごく怪しかったとか、くぐもった声でところどころしか理解できなかったが、メイドたちが騒ぐ声は収まるどころかさらにひどくなっているようだった。しかし、

「来たわ!」

 果たしてそれが合図だった。まるで猫のように耳を立たせ目を光らせ、フリーデルトはその幼い容姿に似合わない俊敏な動きで颯爽と部屋を出て行く。「ウフフフ」と隠微に笑う彼女の顔は恐ろしいことこの上なかったが、リオはあえて黙殺することにした。わざわざこちらに火の粉を呼ぶこともない。フリーデルトと入れ違いに、さくらが入ってきたことも理由の一つではあったが。

「お帰りなさいませ。さくらお嬢様」

「ただいま。あ、ねぇリオ。これ、貴女にって」

「私に……ですか? さくらお嬢様から?」

「ううん。知らない人。なんかものすごく目つきと雰囲気が悪い人」

 さくら自身もよくわかってないようで、彼女はしきりに首をひねっていた。しかしそれなら、当事者と会っていないリオにわかるはずもない。小箱は手のひらに乗るサイズで、重さもたいしたことはなかった。中に何かがある風ではあったが、振ってみても音はしない。訝しげに開けた小箱の中から出てきた銀色のペンダント──その先についている小さな十字架を見て、不意にリオの脳裏に浮かんだ人物がいた。

「…………その人、首元にロザリオみたいなペンダントかけてませんでした?」

「あー、うん。かけてたと思う……けど」

 目つきの悪い、首にロザリオをかけた人物。それだけではおよそ特定など出来なかったが、小箱の中から出てきた十字架のデザインでリオはほとんど確信していた。記憶にあるそれよりも少し小さめのペンダントを首にかけ、夕日に反射して綺麗に輝いている十字架を手にとって眺める。

 それはまさしく、彼のもの(・・・・)と同じデザインだった。

「リオの知り合いなの?」

「……はい」

「誕生日プレゼントかな」

「……あの人らしくないですけど」

「そうなの?」

「はい。らしくないですね。他人にプレゼントを贈るなんて……とても、らしくないです」

「でも、その割にはリオ、うれしそうだね」

「…………はい」

 胸を締め付けるような痛みを伴って昇ってくる、しかしどこか心地よい熱を感じながら、リオは笑った。驚いたさくらの表情が次第に笑みに変わろうとしたその時──

「アハハハハハハハッ! エリザ、何その格好! 麻袋にいれられて宅配便? 簀巻きにされて額に『馬鹿』の張り紙が張られてるなんて、どこかの漫画じゃあるまいし! アハハハハハハッ! ねぇカメラどこ? ビデオも用意して。気を失ってる間に撮影しなきゃ!」

 ほのぼのとした空気を、妹を苛めることを至上の喜びとしている少女の笑い声があっけなくかき消し去ったのだった。

 

 

    我が友情よ、永遠に   完

 

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