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皇設楽。 日本最大最強を誇る不良グループ、HELL&HEAVEN副長補佐。とは言え、見た目にも少年の姿をしたまだ十六歳の彼が、チームが本拠とする長崎県長崎市に姿を見せることは少なかった。 ナイフ・ザッパー。真正暗殺者と分類される生粋の人殺しである彼には、副長と言う役職についていながらも仕事は全くといってなかった。公然の秘密となっている彼の本職を省みても、無論のこと実力がないわけではない。否、逆に戦闘力で言うならチームナンバー2を誇る実力者である。だが、彼にはチームにおける役割がない。 役職はある。副長補佐という役職。だが決してそこに役割はない。立場もない。 強いて言うなら、役割がないことが役割か。 その一方で、彼ら幹部を知る誰もが設楽を恐れている。それは決して暗殺者だからではなく、一つの認識がそうさせていた。
皇設楽。 誰もが知るHELL&HEAVENの最期の切り札的存在として、彼は久方ぶりの長崎市にいた。
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黒髪黒目。日本人なら当然の様相も、最近は大分様変わりしたものだと設楽は雑誌を読みながら思っていた。手にとったのは月刊のファッション誌である。別段興味はなかったが、暇つぶしには丁度良かった。 設楽が知る限り、こういう主に女性向けの雑誌を買ってまで読むチームメイトはいなかった。おそらくここHELL&HEAVENの拠点地区に、それも幹部のみが出入りできるこの場所に唯一出入りしている少女たちが置き忘れたものだろう。 何か見所があるわけでもない。男性向けのページもあるにはあったが、そのファッションをまさか自分がする気にもなれず、雑誌をおもむろにテーブルに置こうとしたそのときだった。 バタンッ! 「大変だ!」 と勢い良くドアが開かれ、逆光と共に一人の少年がそこに立っていた。ドアを乱暴に開け放ち、そこに立ちつくしたまま室内を見渡して、その視線が設楽のところでピタリと止まる。 「…………って、あれ?」 こちらに対しての第一声はそれだった。 「うわぁ、設楽がいるよ。珍しいこともあったもんだ」 思い切り驚いた様子で、彼は言った。 「仕事が思ったより早く終わったんですよ。それよりも久しぶりですね、耕介。大体、二週間ぶりですか?」 「そんなもんかな」 そう言って、少年──槙原耕介はうなずいた。十四歳。つまり設楽よりも二つ年下であるはずの彼は、だが設楽よりも十センチ以上身長が高い。中学生という立場に見合っているのはその顔だけで、体躯はかなり良かった。 「で、設楽は独りで何してんのさ。溜まり場で」 溜まり場──二人がいるのは、主にHELL&HEAVEN幹部が使用している広さ三十畳ほどの一軒家だった。二階は寝室で、これも一流ホテル並に豪華なものが揃っている。およそ生活するだけなら十分なほどの設備の全てが、チームの頭首である名鳥十四郎によって用意されたものである。ここでは喧嘩、争いはご法度というルールはあるものの、仲間と楽しく過ごすだけなら快適な空間だった。 逆に独りで過ごすには少々広すぎるその室内で、設楽はまだ手に持っていた雑誌をテーブルに置いた。 「いえ。特に何も? 暇していたから、誰か来ないかなぁとは思ってましたけど」 「こっち帰ってきてたなら、サフランによってくれれば良いのに」 「今夜にでもお邪魔しようとは思ってましたよ」 「なら、後でおふくろに連絡しとく。飯、食ってくだろ?」 「ご迷惑でないなら」 にっこりと微笑むと、耕介は「迷惑なわけないだろ」と言い捨ててから、設楽の向かいの椅子に座った。先ほど慌てていたことは放って置いてもいいのかと聞こうとした矢先に、だが耕介が何かに思い当たったように首をかしげる。口を開いたのは彼が先だった。 「……そう言えば前から思ってたんだけど。何で設楽ってうちにいるの?」 「はい?」 「いや、だから。何で暗殺者なんてやってる設楽が、俺たちみたいな不良チームにいるんだろうなぁって」 「いてはいけませんか?」 「いや、そうじゃなくて!」 どことなく含み笑いを押さえきれずに、設楽は言った。慌てて否定する彼の行動を楽しみながら、さらにこみ上げてくる笑いをこら切れずに軽く噴出す。 「そうじゃなくてさ、前から思ってたんだ。いきなりじゃなくて。俺たちの身内って、みんな少々突飛過ぎやしないかってことだよ。いい機会だから、その辺も聞いておこうと思って。今は二人だけだし」 「……ま、僕を含めてまともな人間はあまりいませんからね」 「そういう意味でもないんだけど……」 「?」 「ああ、なんて言えば良いかな。設楽は暗殺者じゃないか。それも──俺は良くわかんないけど──世界でもトップクラスって言われてるほどの」 「どうでしょうね」 謙遜でもなんでもなく、正直な気持ちで設楽は言った。さり気に否定したつもりだったが、耕介は聞き流したようだった。 「その暗殺者が、わざわざ俺たちみたいな不良連中とつるむ理由がわかんないんだけど」 「……まぁ、確かにあまり例はないかもしれませんが」 「っていうか、確実にないと思う」 妙に確信を持ってうなずく耕介に、目線だけで「そうですか?」と問いかけて、設楽は答えるべき言葉を捜した。といっても、あまり深く考えたわけでも、もとよりそこまで深い理由があったわけでもない。 「きっかけは誘われたからなんですよね。耕介が知っている通り」 「うん」 「僕を誘ったのは、HELL&HEAVENのトップ二名、名鳥十四郎と姫月陸王です。裏社会でも名の知れた、『銀の悪魔』と『不死人』の異名をもつ二人が、とある少年と三人でチームを結成したって情報は以前から知っていました。興味はあったんですよ。何せ公的に確定しているだけで七件の殺人を犯している殺人鬼と、日本暗殺者ギルドのトップに位置する実力派のアサッシンですよ? 二人が認めた少年がどんな人物なのかくらいは、たぶん日本の裏社会に生きる者なら誰でも考えたと思います」 「……それってもしかして……」 恐る恐る自分を指差す耕介に、設楽は思い切りうなずいて見せた。 「ええ。耕介のことです」 「あああああああっ」 何故かうなだれる少年に笑いかけながら、設楽はさらに続けた。 「で、まぁ、仕事のつながりで、陸王が話を持ちかけてきたのが始まりです。後は、多分耕介も知ってるんじゃないですか?」 「何が?」 「だから、僕がチームに参加した理由」 「知ってたら聞いてないと思うけど?」 「本当に知りません?」 「知らない」 「心当たりは?」 「あったら聞かないってば」 それもそうだ。そう納得したが、同時に設楽は、やはりこの少年が気づいていないらしいことを察して胸中で苦笑した。その態度が気に入らなかったのだろう。耕介の唇が眼に見えて尖っていく。拗ねているのだ。わかりやすい彼の態度に、設楽は笑いをこらえるのが難しかった。 「なんだよー!」 「いえ、何でもありませんよ」 「ウソだね。その顔は俺が気づいていないのを心の中で笑ってる顔だ」 「よくわかりましたね」 「誰でもわかるさ。顔が緩んでるじゃないか。ほんにゃふーに」 言って、耕介がふにーっと自分の頬を両側に引っ張ったところで、設楽は今度こそ我慢ならずに噴出した。 「プッ! アハハハハハハハ!」 「ほれみろ。笑ってるじゃん」 「そ、そんな顔をするからですよ。第一──」 僕の顔が緩んでいるなんて、そんな変化を見分けられる人そのものが少ないんですから。 そう言おうとして、だが設楽は不意に言葉を止めた。自分でも驚くほど無自覚に気分が落ち着き、緊張を解いてしまっているこの状況を自覚して、今度は顔に出さないように苦笑する。まじまじとその原因である少年を見ると、彼はこちらの言葉の続きを待っているようだった。 「……第一、なんだよ」 「いえ。こっちの話です。それより、耕介は良いんですか?」 「何が?」 きょとんとして瞬いて見せた彼は、もう完全に忘れ去っているようだった。 「いえ。最初、何か慌てていたようですから。何かあったのかと思ったんですけど……」 「って、あぁぁぁぁっ! そうだ。忘れてた!」 それほどまでに自分がここにいたことが驚きだったのだろうか。そう思いながらも、設楽は彼の言葉を待った。 「大変なんだ! 何が大変かと言うと、なんか一大事っぽいんだよ」 「……微妙な表現ですね」 「来ればはっきりする。っていうか、来てくれないと困る。あいつの行動を止めるのは俺一人じゃ無理だから!」 「あいつ?」 聞き返しながらも、設楽は一体誰のことなのか。おおよそは理解しかけいていた。
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姫月陸王。 HELL&HEAVEN副長。チームを創設した三人のうちの一人で、このチームが裏社会にて認識されたのは彼の業績が大きかった。 日本に唯一存在する暗殺者ギルドの代表者。とどのつまり、設楽同様に彼もまた暗殺者である。種類で言えば、アサッシン──職業的暗殺者といったところか。その目的と業種がなんであるにしろ、日本の、俗に言うプロの暗殺者を一手に率いる彼の行動は、チーム結成後も大きく波紋を呼ぶことになる。 そもそもチームが設立された理由が犯罪抑止のためであることは、賢明な人間なら誰でもわかることだった。支配下に置いた西日本における不良の犯罪行動を抑止する。絵空事のような行為も、結果からすれば実行に移されている。それも全て、姫月陸王の存在が大きいことは隠せない事実である。 ルールを守らずに好き勝手に暴れるチーム、もしくは敵対するチームを殲滅し、再起不能にするのが特攻隊以下、傘下のチーム。長崎市内の秩序と治安を保持するのが親衛隊。と言うことを鑑みれば、副長たる彼の役割は、その拠点たる裏界と呼ばれる長崎市の一地区を管理することにあった。 この区域でのみ、犯罪に属する行為が許されている。一般の部外者を巻き込むことを絶対の禁忌とする以外は、好き放題が出来る──最低限のルールは存在するが──地区。裏界とはそういう場所だった。
姫月陸王。 裏界の管理者たる彼は今、『世界なんでもナンバー1大会』という幕の下、無駄に派手なお立ち台の上にいた。
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日本最大最強の暴走族チームとも言われるHELLL&HEAEVN。と言っても、そう言われている理由は単に配下のチームの行動によるもので、最強の名を冠する幹部七人が夜な夜な騒音と共に街中を走り回るようなことは決してない。 そんな彼ら幹部を知る姉妹は言う。 彼らが暴走に明け暮れたりしないのは、要するに他のストレス発散方法があるからだと。
見ようによっては暇人の彼らは今、長崎市の商店街にいた。
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