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 学校の帰り道。と言っても、まだ一日の授業が終わったわけではなかった。途中でふけた──もとい、一身上の都合により早退して、千堂真由は歩きなれた道を駆け足で進んでいた。

 その途中で──

 普段なら目もくれないような商店街の広場は、何故か人だかりが出来ていた。何人かは彼女の姿に目を留め、だがすぐに興味を失って向こうを向く。

 学校の制服は取り合えず目立つ、からだろう。だがそれを気にしていられるほどの余裕は真由にはなかった。

 なかったはずなのだが……

 不意に目に飛び込んできたものに、真由は思わず目を奪われた。

 それは惨劇だった。血の雨がステージを真っ赤に染めていく。それを繰り広げている人間のうち、二人には見覚えがあった。そこから少しはなれたところにも一人、見知った人がいる。

「何やってんの? 耕の奴」

 そのうちの一人──主に狂拳を振るっている幼馴染の少年を視認して、真由は呟いた。その声が聞こえたと言うわけでもないのだろうが、

「あれ、真由ちゃん?」

 ステージから少し離れたところに設営されているテントから、黒髪の少年が真由に気づいて近づいてきた。

 仕事でめったに長崎にいないはずの、皇設楽である。

「学校は……まだ終わってないですよね。サボリですか?」

「早退したの。今日はちょっと用事があったから。で、しーくん。あれは一体何をやってるわけ?」

「え? ああ、あれですか? どこまで人はボケとツッコミを極められるかを実験しているところです」

「はぁ?」

 話が全く見えなかった。

「でも、あのボコボコにされてるの、りっくんだよね」

「ええ、陸王です」

「…………血まみれだよ?」

「そうですね。ま、仮にも『不死人』の異名を持つ男ですから。死にはしませんよ。他の四人は知りませんが」

 微妙に冷たいことを言う設楽の説明に、やはり真由は事態をつかめないでいた。とりあえず、その疑問は捨て置くことにして、

「……まぁいいけど。それにしても耕は何でこんなところにいるの? 今日は学校休んでまでおばさんの手伝いする予定って言ってたのに」

「手伝いって?」

「え? 聞いてないの? 今日はサフランの月に一度の全メニュー半額デーでしょ? 大学生とかOLとかを対象にした。多分一番お客さんが来る日だから、仕込とか、接客とか、忙しいからあたしも耕もその日はいつも学校抜けてまで早くから手伝ってるの」

「…………初耳です」

 言葉だけは冷静だったが、設楽の額から汗が流れるのを真由は見逃さなかった。

「こんなとこで油打ってていいのかな?」

「よくないでしょうね」

「……だよね」

 互いに同意して、真由はもう一度耕介の方を見た。拳と蹴りを満遍なく、全員に繰り出しながら、何故かやられ続けている五人はしかえそうとはせずにひたすら笑いを浮かべている。

 見ようによっては異様な光景だった。ボケとツッコミ。見る限りでは耕介がツッコミらしい。時折、なにやら訳のわからないやりとりが聞こえてくる。

『すさまじい。そして素晴らしい。これこそ究極のツッコミぎゃ!』

『我らはこのツッコミにこたえねばならぬごぉぉぉっ!』

『だが一つだけ難点を言えばげぼぁっ!』

『せめてボケるまでツッコミは待って欲しかったりするぶごぉっ!』

『って言うかしゃべらせてぐげっ!』

「五月蝿い! 黙れ! この世には馬鹿はどんなツッコミを入れられても文句は言えないって法則があるのを知らねぇのか!」

『いや、さすがに文句くらいは言わせぐぎぁっっ!』

「いいから聞け! 俺が出来るお前らへの対処法が一つだけある」

 それらを無視して、耕介が出来る限り低い声で呟いた。

『言って見るが良かぶごぁっ!』

 と、これは陸王の絶叫。最後まで言い切る前に耕介に殴られて地面に伏す。それでもすぐに起き上がるのはさすがなのか何なのか。彼が起き上がるたびに歓声が沸くのは一応すごいことなのかもしれないが、頭と顔面と、ついでに言えば体のあちこちを赤く染めて、それでも平然と立っている様子は不気味以外の何者でもなかった。

「世のため人のため、二度と復活出来ないようにここで殺してやることだ!」

『ああああ、ツッコミで犯罪者に成り果てる君の姿にくらくらだ』

「それは単に出血のしすぎだからだろうが!」

 結局のところ。

 耕介たちが何をやっているかなど真由にわかるわけもなく……なんとなく興味をそがれた形で、真由は、

「あー、何がなんだかよくわかんないけど、こっちも命危ないから、そろそろあたし行くね。耕にも出来るだけ早く店に戻るように伝えてね」

 設楽に伝言を頼んでその場を去ろうとした時だった。

 ズシン……

 という音は、ステージのものではなかった。通りの向こうの車道から聞こえてくる音でもない。

 ズシン……

 もう一度鳴り響く。鳴動は確実に近づいてきていた。音も振動も一回目よりも大きく、一回目よりもさらに不気味に響いてくる。

 ズシン。ズシン。ズシン。ズシン。

 それが連続し始めたところで、真由は考えるのを諦めた。音の発信源は、自分の進行方向──つまり目的地の方角から聞こえてくる。誰の発したものかは、もう考えなくてもわかっていた。

 やがて、それがはっきりとした声に変わる。

「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉすぅぅぅぅぅぅぅぅけぇぇぇぇぇぇ〜〜〜…………」

 不気味な声だった。もう何を放ってでも逃げ出したくなるほど殺気に満ちた声だった。といっても武術を習っているわけでもない真由に、それが殺気だとわかるはずもなかったが、どこか生命の危険にさらされる気配だということだけは明確に察知した。

 恐る恐る、商店街の方へ目を向ける。

「あ、やっぱり……」

 耕介の母親、槙原彰子がそこにいた。

「お、お袋?」

 ステージ上にいた彼もまた、母親の存在には気づいたようだった。気づかないほうがおかしいが。

「ア・ン・タも! つくづくいい度胸してるわね! こんなところで何やってんのか知らないけど、未来を断絶されたくなかったら……わかってるわよね?」

「……は……い……」

 …………

 事態の収拾は一瞬でついた。

 詰まった声で返事して、彰子が耕介を引きずる形で退場していく。その途中で不意に足を止めて、彼女はゆっくりとステージの方を向いた。

「今日の売り上げが先月より下がったら、陸王君にも責任とって貰うわよ」

『…………えーと、何か手伝えることは?』

「血まみれで接客なんかされたら迷惑だわ。死んで詫びなさい」

『…………』

 その反応に満足したのか、少しだけ晴れた表情で、黙り込んだ陸王から今度はこちらへ視線を向けて彰子は言った。

「さ、行くわよ。真由ちゃん」

 ああ、よかった。とりあえず自分は処刑対象外らしい。

「はい! 今行きます!」

 学校のかばんを肩に掛けなおして、真由は襟首を占められて泡を噴いている耕介の隣まで走った。

 その後ろから、マイクを使ったアナウンスのような声が聞こえてくる。

『なんということでしょう。突然の乱入者によって大会は終わりを告げられてしまいました。仕方がないので鑑定団の皆様と不肖司会者の私が検討しましたところ、世界一の馬鹿選手権の優勝者は、満場一致で──』

 と、一泊置いてから、先程よりも声量を上げて、

『死ぬことが判っていながら、母親の恐怖を綺麗さっぱり忘れていた槙原耕介君に決定致しましたぁっ! 皆さん盛大な拍手で祝ってあげてください!』

『うぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 観客が立ち上がる。すさまじい拍手がわき起こった。

 確かステージには世界なんでもナンバー1大会と銘打っていたはずだが、いつのまに名前が変わったのだろうか。そんな疑問を抱いているのもまた、どうやら自分だけらしい。

『景品として、馬鹿世界一の称号と私の手作り紙粘土製バッジが送られます。もう間に合わないかもしれませんが、槙原君、意識がまだありましたら優勝の喜びを一言……』

「……そ、そんなもの……誰がいるぐがっ!」

 最後まで言い終える前に、今度こそ首を絞められて昏倒した耕介を、その母親が引きずっていく。

『はい! ありがとうございました。あれだけものすごいツッコミを繰り出しておきながら、最後は自分が突っ込まれて終わる。さすが究極のお馬鹿さんです。では皆さん。第二回でお会いしましょう。さようならー!』

 盛大な握手を背に受けて去っていく親子の数歩後ろを歩きながら、真由は、ひたすら彰子の攻撃方向がこちらにこないことだけを祈っていた。

 

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