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一つ一つ確認していく。 「困っている人がいた。それはいい」 よくない気もするが、まぁ困っている人間なんてどこにだっている。存在自体を否定するわけには行かないのだからと、耕介はそうやって自分を納得させることにした。 「随分困っているようだから声をかけてみた。これもいい」 頷く。少し前のことで、それも自分のとった行動である。忘れようがなかった。 「人を探しているというので、街を案内がてら付き合うことになった。これもまぁいいか。今日は暇だし」 と、ようやくそこで隣を歩く男性のほうを向いた。 東洋系の顔立ちをした、中肉中背の男である。セミロングの黒髪を後ろで束ね、シャツもズボンもみな黒で統一している彼は、その金色に輝く瞳も手伝ってかなり目立つ容姿のはずなのに、気をつけないとあっさりと忘れてしまうほど存在感が希薄だった。 その彼に向かって、聞こえるようにぼやく。 「そしたらなんだか変なことになった」 「一体君は何をしているんだ?」 しかし当の本人は、全くといっていいほどこちらの苦情に気づいていないらしかった。 「何って、別に。ただの現状確認」 「そうか。で、確認できたのか?」 「ああ、できたよ。物凄く妙なことに首突っ込んじゃったなぁって言うことがね」 「ふむ。それは難儀だな。心情を察する」 「どうしてこう……」 やはり力なく、耕介は呻いた。 「どうしてこう俺の周りには、自分のしていることが周囲に迷惑かけてるってことを自覚してない奴が多いんだろう……陸王といい真由といい……」 「類は友を──」 「アンタは断じて『友』じゃない! っていうか、その場合俺が『類』か?」 さすがにその言葉だけは言われたくなくて叫び返すと、しかしその椿三影と名乗った男は何の感慨も持たないように淡白に言った。 「ま、そのあたりはおいおい結論を出せばいい。急いだところでどうにもならないと思うが?」 「出来れば一生考えたくない議題だけどね」 引きつる口元を押さえることができたかどうか、耕介には自身がなかった。 しかしどれほど文句を言おうと、一度声をかけ、話を聞いた以上はこの男に付き合う必要があった。それは何も見捨てるのが後味悪いからということではなく、単に耕介の仁義の問題である。彼が困っていることには違いないのだから、耕介にとって彼を助けるのはこの場合当然の行為だった。 「ああ、そういえば聞き忘れてたけど、誰を探してるんだ?」 「娘だ」 「へぇ、娘さん、いるんだ」 そういう年には見えないだけに、耕介は素直に驚いた。 「どんな子? どの辺ではぐれたの?」 「いや、はぐれたのではない。容姿の事を聞くのなら、少し答えづらい」 先ほどまでの会話と異なり幾分か歯切れの悪くなった返答に、耕介は何か聞いてはいけないことを口にしてしまったのかと思った。 「ああ、そっか。うん、まぁその辺の事情は別にいいや。言いたくなければ」 「そうか。それは助かる」 二人そろってほっと一息つく。 「でもどんな子なのかわからないと探せないな。年いくつ?」 「こちらの年齢に換算すると二百歳ほどだ」 「…………」 ぴたりと、耕介は足を止めた。それに連動して三影も止まる。 「どうかしたか?」 「いや、どうかしたかも何も……ちょっと聞くけど、ひょっとして俺、迷惑かな」 さすがに気になって、耕介は聞いてみた。おせっかいだということは自覚している。しかしそういうことは直に言われないと気づかないあたり、確かに自分は『類』なのかもしれないと思った。 しかし三影は首を横に振ると、 「いや、この街は不慣れだし案内は非常に助かる。娘を探すことに関しても、君の協力を仰げるのなら心強い」 「ああ、ならいいんだけど」 だったら、さっきのはどういう類の冗談だったのだろう──と、そういう疑問が顔に出ていたのだろう。三影はしばしこちらを見つめた後、なにやら一人納得したように頷いて、吟味するように続けた。 「君は変わり者だ」 「まだ言うか!」 叫び返すと、三影は再度否定するかのように首を振った。 「いや、違う。誤解しないでもらいたい。私は君のことを変わり者だと思った。しかし好感を抱いたのも確かなのだ。そしてこれは、どうしても君に話さなくてはならない話ではない。なぜなら話して困ることはあっても、話さなくて困ることはないからだ。話せば必ず問題が起こる。しかし、君は私を助けようとしてくれた。何の関係もない、ただ見かけただけの私をだ。これに対して私は感謝の念と、何より君に対する信頼を示さねばなるまい。だからこそ話そうと思う」 なにやらもったいぶった言い方だったが、彼がなにやら重要なことを告白しようとしていることだけは汲み取って、耕介もまた真顔で聞いた。 「何を? 娘さんのこと?」 「それもあるが、何より私のことだ」 「……アンタの?」 無言で、三影は頷き返した。 「そうだ。冷静に聞いてもらいたい。何よりこれは冗談ではない。君の理解を請う」 「まぁ保証は出来ないけど、言ってみて」 「了解した。なるほど、そのほうが正直だな。では言おう。まず、私は人間ではない」 『…………』 ぷっつりと会話が途切れた。しかし三影のほうもこの一言で耕介が硬直することは予想していたらしく、しばしの間口をつぐんでいた。理解できるまで待つつもりらしかったが、逆に耕介のほうが痺れを切らして聞く形になった。 「人間じゃない?」 「違う」 「……どっからどう見ても人間にしか見えないだけど」 「それは私がそう見えるように姿を象っているからだ」 「ってことは何? あんたってホントはアメーバみたいな姿してるわけ?」 「それはさすがに違う」 いくらなんでもたとえが悪すぎたのか、三影は慌てたように否定した。 「そうではなくて、私にはもともと三次元生命体が視認できる姿形というものがないのだ」 「えっと……」 「つまりだ」 こちらの理解が追いつく前に、彼は説明を始めた。 「私は高次元生命体、この世界では俗に『魔属』と称される存在だ。故に、ここにある私は本体ではなく、むしろ私の分身──私という存在の力を引き伸ばした端子に過ぎない。本体はここよりさらに高位の次元にある。それ故、こちらの次元で私が活動するには、より効率的な身体を模写しなくてはならない。それが今の姿だ」 「ええっと……」 「催眠状態の人間に、箸を火箸だというと火傷するのを見たことがないか? あれは脳が『箸』を『火箸』だと誤認したために、肉体そのものが『火箸』であると認識したためだ。そこに『火』は必要ない。何故なら物理現象とは物質だけでなく、精神としても存在するからだ。物理は情報であり、それらはすべからく相関にある。それと同様だ。私は君らの脳に直接、私という存在がいるという情報を送り込んでいる。それをやめれば、君は私が見えなくなるどころか、存在したことさえ覚えてはいまい。私はそういう存在なのだ」 「…………」 「そこまでして私がこの次元にいる理由はただ一つ。この世界の安定を脅かす存在を排除するためだ。この世には、確率的に数十億分の一レベルで、世界を侵食するウイルスが発生する。それは魂が──そして命が生まれ死す『カヴェラ』と称するシステムにおける防ぎようがない障害、いわゆる残滓だ。しかし、それを排除するには私はこちらの次元に来るしかなく、そうした場合かなりの力を制限されてしまうのだが……と、聞いているか? 槙原殿」 「……ん〜? ハッ! あ、ああ。聞いてる聞いてる! めちゃくちゃ聞いてる」 「…………」 さすがに半眼になって見つめてくる三影の視線がちくちくと痛くて、耕介は慌てて弁解した。 「いや、悪い。俺の頭じゃ、理解は無理」 自分で自分を馬鹿だと断言しているようで悲しくはあったが、しかし耕介はきっぱりと言い切った。 「むぅ。そうか。あー、まぁ要するにだ」 三影は出来る限り言葉を選びながら、 「私は例えるなら高性能な立体映像で、会話や物に触ること──つまり干渉することが出来る。私本人は別の場所にいて、この私の姿と、私が見聞きした情報を全て処理している……と」 「あ、それはわかりやすい。さっきと比べてだけど」 素直に告げると、三影はだいぶ安心したようだった。 「何故私がこういうことをしているのかといえば、それが世界の存在確立を脅かすものを排除するためなのだが……」 「もっとわかりやすく言ってくれると助かるんだけど?」 「あー……要は、世界の平和を脅かす悪を倒さんとしているわけだ」 「おおおおっ!」 驚いたのは素直な反応だったが、三影は随分疲れたように肩を落とした。 「わかってもらえただろうか」 「ああ、まぁなんとなく。で、それが娘さんとどう関わってくるわけ?」 それが本題であることを思い出したのか、三影もまたハッとなったように顔を上げた。 「娘もまた私と同じような──世界を守るという立場にいるのだが、彼女の場合は立体映像を作り出すだけの技術がないのだ」 「ああ、そうなの?」 いまひとつピンとこなかったが、耕介は頷いた。 「うむ。彼女が世界に干渉するためには、自分と波長のあった人間に精神を流し込むことが必要となる。私がこの街に来たのは、要するにその適任者を探すためだ」 「…………それって、言い換えると乗り移るってこと?」 なんとか言葉尻を捕まえて聞くと、三影はうれしそうに頷いた。 「表現は乱暴だが、感覚的には近いものと思ってくれていい。以前、彼女が覚醒したときはむしろ一つの肉体を二人が共有するような形だった」 「え?」 その言葉があまりに意外だったので、耕介は思わず聞き返した。 「何だ、もう乗り移っちゃったの?」 「一度だけな」 「その、乗り移られちゃった人は?」 「…………」 聞くと、彼の表情が途端に苦渋に満ちたものなった。 「生きてはいる。だが彼女は二度と娘を召還できない。その理由は……すまない。私の口からは語れないのだ」 なにやら根深い何かがあるらしいことを察して、耕介は軽く首を振った。 「っていうことは結局、今現在、娘さんをこっちの世界に呼べる人がいないってことだろ? で、また別の適任者を探しにあんたは長崎に来た……と」 「そういうことだ」 ようやく納得が言って、耕介は独り、しきりに頷いた。 「でもそうか。娘さん、正義の味方なのに変身できないのか……」 そう言うと、三影はなにやら複雑な顔をした。 「そういう認識の仕方は微妙に──というか、確実に間違っている気がするが、確かに現在、彼女はこちらの世界に来ることができない状態にある」 「…………」 頭の中で整理する。わかったことは一つだった。 (わけがわからんってことだけはよぉくわかった) そんなこちらの胸中に気づくはずもなく、三影は己の意思を明示するがごとく何かしらの決意を秘めた瞳をこちらに向けた。 「しかし適任者がこの街にいるかもしれないという啓示を受けた」 「信頼できるの?」 「もちろんだ」 言い切る彼の表情は自信に満ちていた。 「ふーん。で、啓示ってどんな?」 「今朝のニュースの星座占いだ。黄色の卵が割れれば大吉」 「信憑性がどこにある!?」 思わず叫び返す。が、三影は至ってまじめな顔で答えてきた。 「そんなことはない。あの番組は確か、有名な占術師に占ってもらっているはずだ」 「いや、まぁ信じてるならそれでもいいけど」 疲れたように呻く。彼がこの街を探そうとしているなら、目的の人物がいるかいないかはこの際問題ではないことに気づいて、耕介は話を切り替えた。 「どうやって接触する気? 言っておくけど、無理やりするつもりなら、逆に邪魔するよ、俺」 「そんなことはしない」 やんわりと否定すると、不意に三影は意を決したように前を向いた。誰とも知らぬ、どこにいるかもわからぬ適任者とやらに向かって、 「要はテテニスさえこちらに来られればいいのだ。精神の流入がいやなら、私の子供を生んでもらうでもかまわない。そうすれば、わざわざ一つの肉体を二人で共有する必要もなく、彼女も肉体を持つ生命体として存在できるからな」 「子供って……」 テテニス。それがどうやら彼の娘の名前らしい。何故三影が日本名なのに、娘の名前は横文字なのだろうと思ったが、今の状況で聞くのは憚られた。 「適任者との間に出来た子供は間違いなくテテニスの精神を許容できる器となる。もとより『テテニス』として生まれてくるのだから、それなら人道的な心配は何もあるまい」 「あー、そうかもね……」 力なく同意するが、実のところ耕介が心配しているのはそういうことではなかった(いや、もちろんそれもあったのだが)。それはどちらかというと男と女の問題であり、一朝一夕でどうにかなるものではない。この二百年間、まったく気づかなかったらしい三影には非常に言いづらかったが、何とか声を絞り出して告げた。 「……っていうか、初対面の女性に向かって子供生んでくださいって言うつもり?」 「………………」 沈黙。 ややして、「それは無理そうだな」と一人納得する三影に、耕介は心底脱力したのだった。
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