『HELL&HEAVEN』

 

  H&H最強伝説!

 

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 こんな質問をしてみる。

──お金で買えるものの中で、今一番欲しいものは何ですか?

 

 槙原耕介は答えた。

「バイク……かなぁ」

「……アンタ無免でしょ……っていうか、まだ十四歳のくせになんで家の庭に改造バイクがおいてあるわけ。それも二台も」

「あははは……」

 

 電話先の姫月陸王より。

「欲しいもの? お金で買える範囲で? うーん。この前イタリアの方でオークションにかけられてた銀燭かな。一本、五百万の。別に手が出ない額ってわけじゃないんだけどさ。時機逃して落とせなかったんだよなー」

「……そんなもの何に使うの?」

「ローソクプレイ」

「…………」

 

 店先で名取十四郎と。

「お金で買えるもの……? 今一番欲しいものって言えば、やっぱり株ですかね」

「……なんだ、株やってんの?」

「ええ。趣味で。結構儲けてるんですよ、これが」

「そりゃあ、自分のところの株買ってりゃあ安全だろうからね。世界有数の財力を誇る名取財閥なんだし」

「ああ、それはルール違反なので駄目なんです。あくまで自分とこの系列会社以外の株で勝負なので。それで、ある期間内に一定額を儲けられなかったら罰ゲームってな具合で……」

「……誰とゲームしてんの?」

「知り合いの財閥の方や企業の御曹司やらですけど? 特に外資系が多いかな?」

「…………金持ちの道楽ね」

 

 買い物帰りに会った皇設楽の回答。

「買える範囲で欲しいものですか? ……迷いますね。火薬か毒薬か……拳銃はあまり好きじゃないし……化学兵器は闇ルートだとかなりするしなぁ。貴女ならどれがいいと思います?」

「っていうか、人道的にどれも駄目でしょ」

 

 神楽双真は言う。

「特に何も」

「ま、わかってはいたけどさ……」

 

 営業が終わったあと、バイトしていた千堂真由は答えた。

「腕時計かな」

「時計?」

「うん。この前専門店で可愛いの見つけたの」

「……アンタのその反応のほうが可愛いわ。っていうか、こっちのほうが普通なのよねー。他の面子にだまされがちだけど」

「?」

 

 ついでに店に来ていた月野喜和子にも聞いてみた。

「マッサージ器ですね」

「またおばさんくさいとこついてくるわね」

「私胸ないんですよ」

「ああ、胸部専用の? あれっていんちき臭くない?」

「そうかも知れませんけど……お金が出来たらぜひ欲しいです」

「同じ女としては、まぁわからなくもないけどね。けどあんたまだ中一でしょ? 気にすることないのに……これから成長するんだから」

「うぅ……でも本気で真っ平らなんですよ?」

「あ、ホントだ」

 

 …………

 こうしてみると随分個人の趣向がわかるものだなと、槙原彰子はリサーチした手帳を見ながらしみじみとうなずいた。年は四十前──だがそのわりに、化粧気がないせいで随分と若々しく見える彼女は、スッピンでも美人だと近所でも評判だった。化粧品をめったに使わない分だけ肌荒れが全くないのは、考えてみれば当然の結果である。職業柄というのもあるかもしれない。今日も今日で軽く化粧水をつけたくらいで済ませて、気取らない格好で彼女は駅前の喫茶店にいた。

 確か『シャイン』と言ったか。飲食ともに、ランクは中堅の喫茶店である。自分で入れたほうがうまいと思わせるコーヒーに口をつけながら、それでも彼女にはわざわざ自宅から離れた店にいなければならない理由があった。

 洋食屋『サフラン』。夫とともに長崎にて店を出し始めて早10年以上になる。営業も軌道に乗り、常連も増え、手頃な価格に客層も幅広くなってきたここ最近。忙しい日々が続く中で、たまに何かピリリとした辛味が欲しいときがある。だがサフランの開店記念日は当分先だし、新たに店内をリフォームするだけのお金もない。かといって、最近サフランのある千間坂通りの目と鼻の先に出来たデパートのおかげで、客足が減ったことは見逃せない事実なのだ。何か手を打たねばならない。

 そのための企画といっては何だったが、彰子は近所の(そのデパートの被害を最も被っている)商店街にて店を構える人たちを呼び寄せ、全体で何かビッグイベントを起こそうと決議したのが二ヶ月前。内容としては、

一、千間坂通り限定の買い物券を作る。券は千円から、二千円、五千円、一万円で、消費税分が割引される。

一、くじ引き。買い物のレシートを一定金額以上ためた人にくじ引き券を進呈。特賞は一週間のイタリア旅行。

一、千間坂通りの企画参加店ならどこでも使えるポイントカードを作成。二十円で一ポイント。基本は一ポイント一円で還元可能なのは五百単位。ポイントは加算性で上限なし。初回特典で五百ポイント進呈。

一、商店街全体企画のチラシを作成。同一商品の価格を同一化。

一、買い物袋持参の方に、五十ポイント進呈。

「でもなんか決め手にかけるわよねー」

 唇を湿らせる程度にコーヒーに口をつけて、彰子はぼやいた。

「もっとこう、燃えるようなイベントになる要素はないものかしら。骨肉の争いを恐れない、血湧き肉踊るような壮絶なバトル。人々は叫び、歌い、踊り、這いつくばり、何もかもを忘れて己の身体を傷つけあう。血で血を洗う販売競争。それはそれで素敵よね」

 ふと、店員がこちらを見つめていることに気づいて、彰子はコホンと咳払いをひとつしてから声を潜めた。

「まぁちょっと趣旨変わってるけど、そこはそれ、その場のノリで何とかなるでしょ」

 だが肝心の決め手が見つからない。やはりかねてからの計画を実行するしかないと、彼女はもう一度手帳を見た。

 と、その時──

「彰子さん?」

「…………あら、十鬼ちゃんじゃない。随分久しぶりね」

 現れたのは見知った女性だった。

 和泉(いずみ)十鬼(とき)。息子の耕介たちとつるんでいる不良グループ(いまどき不良という表現もどうかとは思うが、やってることは彰子から見れば大差ない)の一員である。彰子から見ても個性派ぞろいの幹部の中で、かなりまともな職業についている人間。それが彼女だった。

 セミロングの茶髪は地毛らしく、その瞳の色素もふくめてかなり薄い。美人というよりは可愛いという印象が強く、その通り彼女は年齢のわりにはかなりの甘えたがりで通っている。他人とスキンシップすることが至上の喜びらしく、時折耕介たちに一日中身体をくっついているのを見たことがあった。肌と肌の触れ合い(もちろん、親しい人に対してだけだが)がなによりも好きという、一風変わった女性である。

 とはいえ、彼女が信用の置ける人物であることは確かだった。彼女はもう二十歳で成人しているし、何より(というか、実はこれが一番不思議なのだが)仕事が国際警察官で、その身分も信用が堅いからだ。

 国際刑事警察機構。テレビでしか見たことのない、俗に言うICPO(インターポール)の人間である。耕介に紹介されたときは、何でまたそんな人が耕介たちのような連中とつるむのか極めて不思議だったが(さらには警察の人間が不良連中と一緒にいていいのかどうかも疑問だったが)、彼女の性格が個性的であることを鑑みれば、まぁ仕方がない気がしないでもない。

 ICPOの中でも特殊な存在と自ら豪語しているだけあって、彼女が不良チームに所属していることを不思議がる人間はあまりいない。朱に交われば赤くなる……というよりは類は友を呼ぶ、といったところか。この場合『類』とは自分の息子なので、彰子としては微妙に複雑な心境である。

 ちなみに彼女、そのチームの親衛隊長とか言う役職にあるらしいが、実際に彼女が何か特別なことをしているところを彰子は見たことはなかった。まぁ、その辺はどうでもいいことでもある。

 何はともあれ、十鬼は普段は後ろで縛っている髪をおろしているせいか、いつもと雰囲気が違ってみえた。

「今日は髪おろしてるのね。そっちも可愛いじゃない」

「ええ、寒いですからねー」

「なんだ、ファッションじゃないんだ」

「防寒です♪」

 舌先を唇から覗かせて笑うと、十鬼は店員にコーヒーを注文した。目線で断ってから、彰子の対面に座る。

「仕事のほうは順調? なにか大きな事件でイギリスまで行かされたって聞いたけど」

「そうなんですよー。イギリスのとある銀行に押し入った強盗が捕まっちゃって。それが実は以前追っていたテロリストの一味だったものですから。犯行当時の捜査履歴やら何やらを引っ張り出して、以前の関係者と連絡とって、国をいくつか行き来して……で、もうてんてこ舞いでした」

「ふーん。相変らず大変そうね。……ああ、そうだ。十鬼ちゃんにも聞いておこうかな」

「何をですか?」

「ぶしつけなことだとはおもうけど、十鬼ちゃんの今一番欲しいものって何? お金で買えるもの限定で」

「……え? 何ですかそれ」

「いいから。答えて」

「…………うーん。今欲しいとなると、やっぱり抱き枕かなぁ?」

「また随分と安上がりね」

 呆れた口調になったのを見咎めたのか、十鬼が少し怒った口ぶりで言った。

「そんなことないですよー。特注品だから、十万くらいはします。わたしが一番心地よく眠れるように計算されつくした、わたしだけの枕なんですから」

「……へぇ。そりゃ凄いわね」

 エヘンと、胸を張って十鬼は言った。

「その枕がないと眠れないんですよ」

「……まぁね。そういう人も中にはいるわよね」

「ははは。でもそれがどうかしたんですか?」

「え? ああ、ううん。こっちの話。あ、それでね。来週の日曜、時間ある?」

「来週……ですか? 今のところ予定はないですよ。わたしが所属している部署は任務が入るまでは待機が原則ですから」

 その独特の甘ったるい声を聞くと、たまに彼女が国際刑事などと信じられなくなるのだが……まぁそれは彰子の心の問題なのでさておいて。

「それなら丁度良かった。来週の日曜午前七時。朝早くて悪いけど、サフランまで来てくれない?」

「? 何かあるんですか?」

 聞かれて、彰子は意味ありげにニィッと唇を歪ませた。店のカウンターの中で店員が怯えたよう縮こまっている。十鬼でさえ少なからず引いた表情を浮かべたが、彰子はそんなことには一切かまわず、

「お祭りよ」

 心の底から楽しそうに、世界を支配する魔女のような淫靡な笑いを浮かべてそう言ったのだった。

 

 

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