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翌週の日曜。
結果から言えば、喜和子の特攻隊加入に関してはテストするという形でおさまった。唯一のレディースである『蓮華』に、『HELL&HEAVEN』頭首、名鳥十四郎の課した課題にクリアすれば晴れて入隊ということになったのである。
テスト内容は極秘。十四郎からその審査員を任された耕介でさえ知らないことだった。封筒の中に厳重に封印された密書を胸ポケットに入れ、テストを受ける当人、並びに見学者の登場を駅前の改札口で待つ。
「それで……」
その審査員の一人、特攻隊長補佐の神楽双真が、どこか不機嫌そうな声を上げた。逆三角の双眸。長く伸びた前髪。黒いワイシャツ一枚に、黒いメンズパンツ。はだけた襟元から覗く胸筋。それを飾る銀色のネックレス。細身ではあるが、引き締まって見える彼の容貌は、彼の持って生まれた雰囲気との自乗効果で問答無用で怖かった。
(確かに俺たちは不良だけど。これじゃあ、まるでやくざだよ)
いや、見る者によっては、それすら通り越しているのではないだろうか。
心中で愚痴りながら、双真の声に耳を貸す。
「何故俺がこんなイベントに参加しなければならんのだ」
「いいじゃないか。俺たちの部下になる人を選別するための試験なんだから。それに、することなくて暇だろ?」
「暇といえば、暇だが。そうでないといえばそうでない」
「……何で?」
「今日は●越デパートの地下でケーキの食い放題がある」
「あっそ……」
嘆息して、耕介は双真から視線をはずした。駅の改札口。待ち合わせ時間まではまだあるものの、喜和子の姿も、真由の姿も見えない。再び耕介は双真に視線を戻した。
「一人いくら?」
「大人で千八百円。子供は確か千二百円だったか」
「食い放題にしては高い気がするけど……。んで、肝心の味は?」
「有名どころの店の改装セールらしいから、期待していいんじゃないか?」
なるほど、とうなずき返して、耕介はまた改札口に視線を向けた。
今日来る予定は、テスト受験者の月野喜和子と、その審査員である特攻隊長である耕介、その補佐である神楽双真、並びに野次馬根性の千堂真由である。
「きーちゃんは電車だからともかく。真由は何してるんだ?」
幼馴染の少女は耕介の家のすぐ傍に住んでいる。なら一緒に来てもよかったのだが、今回は双真の確保を優先したために、結局彼女の家には寄らなかった。
(裏目に出たか)
気の乗らないことにはとことん無頓着な真由である。部活のない日曜の朝。果たしてきちんと起きるだろうか。
「気になるなら、電話かけたらどうだ?」
「ま、それもそうだな」
双真の進言に従って、公衆電話のあるところまで歩く。穴のいくつか開いたテレホンカードをスロットに入れ、ボタンを押したところで、双真が後ろから突付いてきた。
「おい、あの子じゃないのか? 黄色のワンピースの……」
「ん? あ、ホントだ。きーちゃん、こっちこっち!」
受話器の向こうの呼び出し音を耳にしながら、耕介は改札口から出てきた喜和子に向かって手を振った。彼女もこちらに気づいたのだろう。手を振りながら駆けてくる。
「お待たせしてすみません」
息を切らせながら頭を下げる喜和子に微笑んで見せる。と、
『はい、千堂です』
受話器をとる音と共に、一見真由そっくりな声が電話に出た。数瞬で把握する。相変らず似ているなぁと感心しながら、耕介はそのどこか舌足らずな声の持ち主に問いかけた。
「おはよう、瞳」
『耕ちゃん?』
千堂家だけでなく、世間を含めても耕介のことを『耕ちゃん』と呼ぶのは彼女しかいない。どこか記憶の断片に引っかかるものもあるが、耕介が覚えている限り、一人しかいない。
真由の妹・瞳である。
『どうしたの?』
「ああ。今日真由と約束があったんだけど、あいつ起きてる?」
『お姉ちゃん? ううん。寝てる。見事に。ぐっすり』
「やっぱりか……」
苛立ちを抑えながら、耕介は耳を受話器に押し付けた。瞳に当たっても仕方がないと自身に言い聞かせながら、震える声を抑える。
「起こしてきてくれる?」
『うん。ちょっと待ってて』
ほどなくして。姉妹の怒鳴りあう声が受話器から聞こえてきた。
『起きてよ。約束してたんでしょ?』
『ああもうっ! してたといえばしてたけど。それ以上に眠いのよ! どっちが大切かって聞かれたら、答える前に眠っちゃうくらい眠いのよ!』
『だから早く寝たほうがいいって、昨夜あれほど言ったのに!』
『いいじゃない。キムタクのドラマをまとめて観てたんだから。あんただって見たいでしょ?』
『それとこれとは話が違うじゃない! ああ、もういいから。とにかく電話に出て耕ちゃんに謝りなさい!』
『ったく……はい。こちらは千堂真由です!』
どうやら口論は終わったらしかった。
「起きたか?」
苦笑しながら言ってやる。文句はいろいろあったが。まぁいい。起きたのだ。こちらが迎えに行く頃には、出かける準備ができるだろう。
まぁいいか、的な心境で、耕介は尋ねた。が、帰ってきたのは予想しない答えだった。
『……お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません』
「は?」
何を言ってるんだ? と聞く前に、声は続く。
『番号をお確かめになって、もう一度おかけ直しください』
ガチャン! ツー……ツー……
「…………」
…………
「…………あ」
電話は無機質だった。それはもう、とことん無機質で無情だった。射出されるテレホンカードが、否応なくそれを示してくる。
無常観というのは、こういうものを言うのかもしれない。ほどなくして、それはあっさりと怒りに変わった。
「あ・い・つ・はぁ〜〜〜っ!」
受話器は答えない。当たり前だが。
「ドタキャンか」
「そのようですね」
どこか第三者的な後ろの二人の声に嘆きながら、耕介は思いっきり受話器をたたきつけた。
──試験その一『度胸』
耕介の怒りが収まるのを待って、十四郎から預かっていた封筒の中身に従ってやってきた一同は、耕介の実家の最寄駅から二つほど電車に乗ったところにある●越デパートに来ていた。
課題に書かれていることは、ただ一言『度胸』と、そして試験場所である。
「なるほど、度胸ね……」
端的な内容に疑念は尽きなかったが、いざ現地についてみると、思わず納得して、耕介は目の前のそれを見つめた。
日曜ということも重なってだろう、デパートは混雑極まりなかった。とはいえ、子供向けのアトラクションコーナーの方はさほどでもなく、子供の無邪気さに一番相性が悪そうな双真も今のところ機嫌を損ねた感じではない。というよりも、子供の方から双真を避けているようである。
子供の直感に感心しながら、耕介は目線を上に上げた。
『お化け屋敷』
これ以上ないくらいわかりやすい題名である。店員に聞いたところ、現在デパートの最新アトラクションは、紛れもなくこれだということだった。
「度胸を試せるものなのか? これは」
「いや。うーん。どうなんだろう。微妙だなぁ」
思わず首をひねる。度胸といえば、度胸だろう。間違いなく。ただそれが、『HELL&HEAVEN』に関係する度胸と同じかどうかは甚だ疑問だったが。
「それじゃ、入ってみますか」
視線を看板から、喜和子に向ける。が、
「きーちゃん?」
硬直したまま動かない喜和子を見て、耕介はピーンと来た。
「もしかして、こういうの苦手だったりする?」
「い、いいええ。そんな滅相もない」
「……顔が青いぞ」
双真の突込みにも、首を振る。カクカクと。
「怖いの?」
「まさか!」
金切り声を上げて否定する。
「ご存知でしたか? こういうものは、怖くないって思い込めば怖くなくなるんですよ? 怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない……」
要は怖いんじゃないか……とは言わないでおく。
「はい。もうこれで怖くありません。ええ、そうです。怖がってはいけないのです。怖がったりしたら、お化け屋敷にも、それを作ったスタッフの皆様にも失礼です! まずは近寄ってみることから親睦は生まれるのです」
「いや。むしろ怖がってやれ。盛大に」
思わず突っ込みを入れるが、彼女は聞いていないようだった。勢いよくしゃべりすぎたせいだろう。息を切らせ、肩を上下させる。
「大丈夫?」
喜和子が落ち着いたのを見計らって、耕介は尋ねた。まだ心持ち、緊張は解けていないようだったが。
「はい、大丈夫です。これはテストなのですから。弱音は吐いていられません。さぁお二人とも。参りましょう」
表向きは意気揚々と、だがどこかに影を落としながら、喜和子は受付に向かった。その後姿を見送りながら、双真を手招きする。
「審査の方法だけどさ……」
「審査?」
首をかしげる双真に、耕介は嘆息して見せた。
「お前、このデパートに何しに来たんだ?」
「ケーキを食いに」
肩を落とす。が、すぐに気を取り直して、耕介は言葉を強めた。
「審査だ。し・ん・さ! きーちゃんが入隊できるかどうかのテストを実施して、それを審査するのが仕事。十四郎に頼まれただろう?」
「そうだったか?」
「そうだよ。んで、それを五段階で点数つける。三点以下は不合格。OK?」
「了解した」
本当に? とは聞かないで置いた。十四郎の作製した採点用紙を渡し、喜和子の後を追う。
「ところで耕介……」
お化け屋敷に入る寸前、不意に双真が口を開いた。
「何?」
「聞き忘れていたことがある」
「だから何?」
「……お化け屋敷って何だ?」
さも当たり前のことのように言ってくる双真の横で、耕介は思わず地面に突っ伏した。