3

 

 耕介に言わせるなら、この結果は予想通りだったらしい。

 作り物のお化けを見て金切り声を上げていた月野喜和子という少女は、アトラクション途中であっさりと失神した。

 気を失った喜和子をベンチに寝かせた後、ジュースを買ってくると言った耕介はまだ帰ってこない。

 絶え間ないアナウンス。迷子のご案内。それをかき消すような黄色い声。騒然とした世界の中で、双真は独り──ではないが、一人でしんみりとその様子を見つめていた。

 別段、何か意味があるというわけでもなかった。

 かつては自分も子供で、ゲームやアトラクション、玩具などで喜んでいた時代があったのだ。記憶は定かではなかったが。

(ま、それも反力に目覚めた七歳までだったけどな……)

 そのせいで、小学校をはじめとする学校という教育の場にはついぞ縁はなかった。それ自体、後悔も、他者をうらやむ気持ちもない。

 代わりに、自分は他の誰にもまねの出来ない人生を歩んでいる。それは小さくではあったが、双真にとっては確かな自慢であり、自信だった。

 と──

「う……え……えーと」

 どうやら気がついたらしい喜和子がうめき声を上げて、ほどなくして身体を起こした。

「もういいのか?」

「は、はい。えーと。すみませんでした。ご迷惑をおかけして」

「いや。問題ない」

「でも、これ、試験ですから」

 そういえばそうだったな……と、双真は今更思い出していた。別段興味のないことでもある。今隣にいる少女が、特攻隊に入隊しようと、しなかろうと、実質自分には関係のない話だというのが彼の認識だった。

 この初対面の少女に対しても、さほど興味はない。一見普通。そしておそらく中身も普通だろう。

 そして普通ということは、つまり一般大衆ということだ。

 だが不意に、双真は疑念を抱いた。この少女がわざわざ『HELL&HEAVEN』に入りたがる理由を、そういえば聞いていない。

「何故だ?」

「え?」

 唐突過ぎたのがいけなかったのか、それとも話しかけられると思っていなかったのか、喜和子が素っ頓狂な声を上げた。

「何故、入隊しようなどと思った」

「……えーと、神楽さん──でいいですか? は、どうして入隊したんです?」

 質問したのはこっちだったのだが、と思いつつも、双真は苦笑した。

「俺の場合は、強制だったな」

「……え?」

 言っている意味がわからなかったらしい。が、かまわず双真は続けた。

「勝者と敗者。およそどんな分野でも、人類は勝者と敗者に分かれる。その差は絶対だ。どうあがこうが、覆すことは出来ない。それが俺たちの住む世界では特に顕著だ。勝者は生き延び、敗者は死ぬ。俺は負けて、生殺与奪の権利をとある奴に握られた。それだけのことだ」

「……誰に、ですか?」

「そこは問題じゃない。いや、問題なのか。それがあいつだったから、俺はそれを奪い返すこともなく、いまこうしてここにいる。暇つぶし。余興。怠惰。それとも、俺自身が望んだのか。何にせよ、それなりに楽しめているのだから、まぁ問題はないよな」

 最後の方は、喜和子に向けていった言葉ではなかった。きょとんとする少女のほうなど見向きもせず、双真は話を切り替えた。

「で、お前は?」

「……私が小さい頃、お母さんは亡くなりました」

 何の脈略もなく始まった身の上話に、さすがの双真も仰天した。

「うちの家系って、何故か女性はみんな短命なんです。理由はわかりません。呪いとか、そういった伝承も聞きませんし。体質も、別段病弱というわけでもないです。が、何故かたいていが三十台半ばに亡くなってます」

 話を聞きながら、双真は感嘆した。彼女にではなく、自分に、である。

(俺も辛抱強くなったよな、実に)

 彼女は続けた。

「私も多分、長生きは出来ないと思うんです。だから生前、お母さんは私にいろんなことを教えてくれました。ケシの花の育て方から、サブマシンガンの解体の仕方、砒素の検出のために、日頃から銀の食器を使うように勧めてくれたり」

 純粋に、彼女の母親について興味がわいた。この少女が耕介と同年代とするなら、そしてその母親が、少女のさらに小さい頃に亡くなったというのなら、一体いくつの子供にそんな物騒なことを教えたというのだろうか。

「最初は当然意味がわかりませんでした。ケシの花からヘロインが取れるとか。何で家の中で砒素検出用の食器を使う必要があるのだとか。でも気づいたんです。この世は殺られる前に殺らなければ、自分が死ぬのだと。母はそれを私に教えたかったのです」

 随分、その方向性が間違っている気がするのは気のせいだろうか。

「死ぬ間際に母は言いました。どうせ長生きできないのだから、他人を巻き込んで迷惑をかけながら死になさいと。そういった母は、結婚詐欺で数人の男から騙し取ったお金を私への遺産として残してくれました。立派な人だったのです」

(そうか?)

 思わず首をひねる。常識という点については数多く耕介や他の仲間から非難されることの多い双真だったが、この少女の家庭内事情が普通でないことくらい、彼にも理解できた。

「そのお金は、後に警察に突き止められて押収されました。その後、犯罪者の娘ということで、私はいじめにあってきました。実の娘に対してさえ迷惑をかける徹底振り。私は母に尊敬の念を抱きました」

 彼女は本気のようだった。

「それで考えたのです。他人に迷惑をかけながら、なおかつ自分の可能性を試すこの出来るところ。あ、可能性っていうのは、自分がどれだけ他人にとって迷惑になれるか、ですよ? そして結論に至りました。耕介さんたち『HELL&HEAVEN』の存在と、その活動内容を知り、これ以外にないと」

 喜んでいいのかどうか、複雑な気分になる。

「…………」

「そして私は、大往生を果たすのです。ひたすら他人に嫌がられながら」

「それは……すごいのか、すごくないのか。もはや区別できんな」

「というよりも、逆走しながらわざと他人の車を巻き込んで大事故を起こす感じですね」

 何故か胸を張って、喜和子は言った。

 そうこうするうちに、人ごみを掻き分けて耕介が帰ってきた。

「お待たせ。自販機が込んでて……って、きーちゃん、起きて大丈夫?」

「はい。ご心配をおかけしました」

「よかった。ま、気を落とさずにね」

 という耕介の言葉を受けて、喜和子は少なからず落胆したようだった。確かに、お化け屋敷でも失態を考えれば、評価が低いのは当然だろう。ジュースを彼女に渡す耕介の横に立って、双真は小さく耳打ちした。

「お前、彼女に何点つけた?」

「ん? 二点だけど。双真は?」

「五点」

「……また、どうして?」

 純粋に驚いているらしい耕介の肩を、ポンと叩いてやる。

「誤解だった。こいつは度胸がある。なんというか、そのベクトルが180度逆を向いているだけだ。どういうことかというと、放っておいたら地下世界に秘密結社とか作ってそうな度胸だな」

「何のことだよ?」

 わかっていないらしい彼に対して、双真もまた自分で何を言っているかわかっていなかった。

「とにかく、人類のためにもこいつを野放しにしない方がいい。俺が言うのもどうかとは思うが。社会不適合人物というものは、客観的に見ると物凄いな」

「自覚して言ってる? それ」

「無論だ。しかし今、問題なのは俺のことじゃない。上には上がいる。いや、この場合下には下か? 世界は広いようで狭いということだ。いや、でもやっぱり広い。ああ、そうだ。どうせならどっか遠くの野に放って、一切の接触を断ったほうがいいのかもしれない。 困った。わけがわからん」

「わけがわからんのはこっちだ! 何言ってんだ、さっきから」

「ふむ。何にせよ、度胸はある。保障する。したくもないが。ま、忘れよう。その方が身のためだ」

「?」

 分かっていない耕介を後にして、双真は先頭に立って階段を下り始めた。

 彼女の迷惑さが、こちらに向かないことを祈りながら。

 

 結果的に、二点と五点で、計七点。平均して三点以上ということで、一応の合格ということで落ち着いたのである。

 

      ◇

 

──試験その二『適性』

 チョコレートケーキを満足げに食べている双真を尻目に、耕介は二枚目の封筒の封を切った。一枚目とは打って変わってずらっと書かれてある文章の冒頭を読み上げる。

「『H&H』適性診断テスト?」

「何だ? それは」

「適性を診断するテストのことです」

「…………くだらん」

「ため息ついて呆れる前に、口についたチョコをどうにかしろ」

 どうにもいたたまれない気持ちになりながら、耕介は双真におしぼりを渡した。

 それと同時に、背中に走るむずがゆさに思わず身をのけぞって、耕介はあたりを見渡した。落ち着かない。そわそわする。周りが女性ばかりということを考えて見れば、彼女らの視線がこちらに向けられるのは仕方ないことなのかもしれないが。喜和子がいなければそれこそ店内で浮いていただろう事に気づいて、耕介はため息をついた。

「点数方式だね。常識的なら一点。そうでないなら0点。総合得点で、性格適性を判断すると。回答は即決で。直感を頼りに答えてください」

「それは、何かしらの意味があるのか?」

「それを言ったら、今日の行動全てがふいになるから、やめてくれ」

 目頭が熱い。ああ、自分は女性だらけのケーキバイキングで、何故に適性診断テストなんぞをしなくてはならないのだろうか。

「何事も諦めが肝心です」

「だから、当事者のきーちゃんがそれを言うなって」

 それでもなんとか気を取り直して、耕介は文面に目を走らせた。いたたまれない今の心情を無理やり落ち着かせようと、深呼吸する。テーブルの傍を横切る女性客が、双真の前に山積みされたケーキ皿に驚いて立ち止まり、決まって双真と耕介を見比べて、失笑しながら去っていく。

 そんな周りの態度を気にするでもなく、双真が言った。

「俺もやっていいか?」

「……好きにして」

 もうどうにでもなれ、というのは、こういうことなのかもしれない。耕介はあきらめることにした。

 

 第一問。

『とあるお店で、陳列している商品が目の前に落ちてきました。貴方はどうする?』

「破壊する」

 何故?

「中身だけ取り出して、ネコババします」

 …………

 両者0点。

 

 第二問。

『横断歩道を渡ろうとしている老人がいます。大きな荷物を持って、今にも倒れそうです。貴方はどうする?』

「止めを刺す」

 殺してどうする。

「降伏を勧告します」

 その前に助けてやれ。0点。

 

 第三問。

『宝くじで一億円あたりました。貴方はどうする?』

「興味ない」

 彼らしいといえば、らしい答えである。

「真由先輩と二人きりで旅行に行きます」

 一応、喜和子一点獲得。双真は言わずもがな。

 

 第四問。

『同性から告白されました。貴方はどうする?』

「殺す」

 さもありなん。

「いつでも準備OKです」

 何の? とは聞けなかった。0点。

 

 第五問。

『槙原耕介の母・彰子が、頼みがあると言ってきました。貴方はどうする?』

『逃げる』

 声をそろえて断言する二人に、耕介は心底共感した。両者0点。

 

 第六問。

『路上に車が止めてあります。駐車違反のその車をみて、貴方はどうする?』

「分解する」

 できるのか?

「十円傷をありったけつけてやります」

 ……それはちょっと陰湿な気が……

 というわけで、やはり0点。

 

 第七問。

『横断歩道を渡ろうとしたら、暴走車が突っ込んできました。貴方はどうする?』

「よけずに慰謝料請求」

「よけてから慰謝料請求」

 どっちもどっちだ。0点。

 

 第八問。

『女子寮の管理人になって、寮生の女性と恋愛する十八禁ゲームを手に入れました。貴方はどんなタイプの女性を攻略する?』

「管理人になるのを断ってゲームオーバー」

「八方美人でゲームオーバー」

 何故かズキリと、胸が痛んだ。0点。

 

 第九問。

『ラスト問題です。これだけが点数が違います。常識どおりなら五点。そうでないなら0点です。では問題。仲間が二人、人質に取られました。どちらも貴方にとってかけがえのない親友、もしくは家族ですが、どちらか一人しか助けられません。さて、貴方なら右と、左、どちらを助ける?』

「どっちも見捨てる」

「こちらも人質をとった上で、徹底抗戦します」

 即答してきた二人は、別段何の迷いもないようだった。そしてある意味、こういった問題には常識とかそういうものは存在しない。両方とも助けるというのは、理想論であって常識でもなんでもないからだ。

 それが分かっているのかどうかはさておき。

(ま、常識にとらわれていないという点で、両者0点かな。双真は予想通りの答えだけど……)

 納得しながら、続きを読みあげる。

『さて、これで二次試験は終了です。これまでの獲得した点数を合計してください。点数が少ないほど、『HELL&HEAVEN』に適性があると考えられます。

 結果。十三点中、

 喜和子、一点。

 双真、0点。

 両者合格。というより、

「むしろ少なすぎないか、お前ら。双真にいたっては0点だぞ?」

「いや。こんなものだろう。何せ、社会不適合人物だからな。二人とも」

「そうですねー」

「いや、今のはほのぼのと肯定するところじゃないぞ、きーちゃん」

「そうですか? でも合格なんだから、とりあえず喜びたいんですけど……」

「ま、それはそうかもしれないけど……」

 困窮していると、双真ががたんと席を立った。

「どうした?」

「どうしたって、バイキングは制限時間つきだろう。もうじき一時間が経つ。それまでに食い倒すんだ」

 言われて時計を見やると、なるほど、後五分もせずに時間が来る。店に入ってから一時間も経っているとは驚きだった。

 それはさておき、耕介は主のいない双真の席を見やった。喜和子もまた、そちらを向く。

「ケーキの皿が、ひー、ふー、みー、…………え?」

 目をぱちくりと瞬かせる喜和子が言いたいことはものすごく伝わってきた。ざっと目算して七十以上ある皿を見る。

「…………いつの間に食べたんだ、あいつは」

「…………」

 喜和子の言わんとしていることを察して、耕介は胸を押さえた。

 この気分は何だろう。どう表現していいかわからない。見ると喜和子も同じ感覚に襲われているらしい。ここのケーキ屋はデパ地下でも有名な店だから、味そのものはかなり美味しい。だがしかし、それでも何か、身体全体が違和感を覚えている。

 と、カチャカチャと皿を鳴らして、双真が帰ってきた。お盆に山盛り載った数十種類のケーキ。甘そうなケーキだ。きっと多分、いや、確実に甘いのだろう。どれだけ甘いかは食べてみないと分からないが、とてもそんな勇気は持てそうにない。

 違和感の正体に気づいた喜和子がだるそうに耕介に告げた。

「耕介さん。これってもしかして……」

「ああ、ケーキ酔いって奴かもね。っていうか、見てるだけで胸焼けしてきた」

「同感です」

 気を抜くと胃の中身が逆流してきそうな嘔吐感に襲われながら、目の前で山盛りケーキをほおばる双真を尻目に、二人はおぼつかない足取りで店内を後にした。

 

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