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──試験その三『思考力』
「意図がまったく理解できん」
二つ目の課題の入った封筒。それを開いた双真の感想に、耕介もまた首を立てに振った。中身の便箋には、前回と同じように試験科目と、その場所であろう住所が書かれている。
が、その内容に不意に気づいて、耕介は素っ頓狂な声を上げた。
「これって、俺の家じゃないか」
書かれてある住所は、耕介の家のものだった。要は家に帰れ、ということだろうか。そこで何かしら次の用意があるのだろうか。
疑問に首をかしげていると、ふと便箋に二枚目があることに耕介は気づいた。
ワープロでタイプされたそれを、声に出して読み上げる。
「『ビデオショップから買っておいたビデオが届いているはずだから、それを鑑賞し、四百字詰めの原稿用紙十枚にその感想文を書いて提出せよ。なお、これが最後の試験である。審査員ともどもがんばって』だってさ」
「…………変わった課題ですね」
彼女の疑問ももっともだろう。双真などは、はっきりと機嫌を損ねていた。
「ひょっとして俺たちは、今日という一日を無駄にしてないか?」
「否定できないね」
本気でどうでも良くなってきて、耕介もまたうなだれた。うなだれるしかなかった。もう投げ出してもいいような気がする。どちらにせよ、喜和子を合格させるかどうかは耕介の意思一つで決まるのだ。いや、名目上は双真と相談してということになってはいるが、隣にいる相棒が、喜和子の入団に関して何かしらの意思表示をするとは思えない。興味ないのだ、基本的に。
だからこそ、このお題が、十四郎の冗談かもしれない可能性は多分にあった。
いや。だとしても、耕介はこれがまったくの無意味だとは思っていなかった。少なくとも、喜和子がどんな人物なのか、昨日までに比べれば遥かに知ることが出来たのだ。ひょっとしたら身近に置くかもしれない人間のことは知っておいて損はない。
だがしかし、真由の友達をこんな世界──暴走族という肩書きを持つ自分たちのような人間とは関わらせたくないとう気持ちもあるだけに、単純なようで複雑な想いが胸中にあるのも確かだった。
(あー、でももう遅いかも……)
その引き金となった少女──千堂真由自身に耕介たちとの付き合いがある限り、喜和子もまた諦めはしないだろうから。
(さて、どうしたものかなぁ……)
やはり、そこに行き着いてしまう。
「ま、まぁ、とりあえず行って見ましょう」
完全に機嫌を損ねた双真を必死でをなだめすかしている喜和子を横目で見ながら、耕介はぼんやりとそんなことを考えていた。
…
時刻は午後五時。
夕食ラッシュを迎えていた洋食屋『サフラン』の喧騒と、母・彰子の『このくそ忙しいときに手伝いもせず、何やってんだ! この馬鹿息子』的な視線と罵声をどうにか潜り抜けて、耕介は自室にたどり着いた。双真と喜和子に適当に座布団を勧めて、郵便受けにあったビデオサイズの自分宛の包みを開ける。
そして出てきたのは、真っ黒の、中身が見えないタイプの袋だった。中には、確かにビデオが入っている感触がある。
さらに開ける。
が、出てきたそれを見て、三人は完全に沈黙した。
『…………』
ビデオのタイトルを、喜和子が上から読み上げる。
「ロリロリ専攻会プレゼンツ『姉妹いじり・禁断の関係へ3!〜調教編〜』」
『…………』
再び訪れた沈黙を破ったのは双真だった。
「アダルトビデオだな」
「……ですねぇ」
意外と物怖じせず、喜和子が同意した。タイトルの下にある紹介文を続けて読み上げる。
「近所の年下の幼馴染とその妹を調教する主人公・隆弘。今まで閉ざされていたオトナへの扉がついに開く。淫らに変貌を遂げる妹たち。『私たち、お兄ちゃんが喜ぶのならなんでもするよ』──隆弘の大きな分身が妹たちを蹂躙する。ますますヒートアップする調教。奴隷化する妹たち。姉妹いじりの最新シリーズがついに登場!」
しっかりと感情を込めた物言いに、耕介は思わずビデオを落としそうになった。
「調教モノですねぇ……」
「しかもロリロリ専攻会と来たな」
その言葉で、耕介の何かが切れたような音がした。プツンと。子気味よく。
「来たがどうしたぁっ!」
力いっぱい叫びながら、これまた渾身の力で耕介はビデオを叩きつけた。壁に跳ね返ってベッドに落ちるそれを、喜和子が心配そうに見つめる。それは無視して、彼は壊れたかもしれない黒い物体を、忌み嫌うかのように睨み付けた。
「なんだあれは!」
「アダルトビデオだ」
きっぱりと、双真は断言した。
「いや、それはそうなんだけど。ってそうじゃなくて、あれは何なんだよ」
「だからアダルトビデオだろう?」
「だーかーらぁ、そういう意味じゃなくて。ああ、意味か。そう! あれは一体どういう意味なんだ?」
「ロリコン専用という意味じゃないのか?」
「だぁぁぁっ! ビデオの中身から離れてくれ。いいか? 今ここに、十四郎から送られてきたあのビデオがあった。これがどういう意味か、双真にはわからないのか?」
「これを見て感想文を書けということだろうな」
実にあっさりと結論を言い切られて、耕介は思わず脱力した。
「分かってるなら、俺の言いたいことも少しは汲み取ってくれ」
「……フム。大丈夫だ。心配するな」
耕介はほっと胸をなでおろした。
「言いたいことは分かっている。要は見るなら一人で見たいのだな?」
「ちがぁぁーーうっ!」
思わず叫び返すが、双真と喜和子は聞いてはいなかった。
「以前から耕介にロリコンの可能性があるようなことは聞いていた。心配ない。きっと誰も何も言うまい、表立っては」
「裏では言うのか!」
「仕方ないだろう。たとえ俺たちが口をつぐんでいたとしても、こいつが入隊したならば、その経緯等は公開されるだろうからな」
「一体誰が!」
「真由さんが」
と、これはもう確信だとでも言うように喜和子がうなずいて見せた。耕介も何故かそれには反論できなかった。なんでもなかったかのように、双真がビデオを摘み上げた。幸いというか不幸というか、それは壊れていなかった。傷一つない。
双真の頭越しに見やると、ビデオパッケージの裏側に「耐ショック仕様」と書いてあった。一体何のショックだろう、とは考えないで置く。
「当面の問題は、これはアダルトビデオであるということ。そして、課題の対象物でもあることだ。今ここで、我々が取るべき選択肢は三つ」
と、こちらの様子などまったくお構いなしに、双真が三本の指を立てた。
「一つ目。十四郎の課題に従い、このビデオを見て感想文を書く」
言って、指を一本折り曲げる。
「二つ目。ビデオは破棄し、入団テストに関しては、以前の二つで判定する」
そして最後の一本が残る。
「三つ目。何かもを忘れて、十四郎を殴りにいく」
「それだ!」
即断即決する。だがいきり立つ耕介を、なだめるように止めたのは双真だった。
「ああ、そう言うだろうと思っていた。だが耕介、十四郎のところへ行くにはどうする気だ? あいつの実家は北九州市だぞ?」
言ってから、耕介の部屋に張ってある日本地図を指差す。さすがに縮小されすぎていて距離感はつかめなかったが、長崎―北九州間がどれだけ遠いかは考えなくとも理解できた。
「ならどうしろと? 何を殴れというんだ!」
両手をわななかせながら、双真に詰め寄る。涼しい顔で、彼は続けた。
「まぁ、十四郎に関しては今度会ったときに殴ってやればいい。とりあえずそこから思考を離せ。今決めることは、ビデオを見るか見ないか。それだけだ」
「見ない」
「見たくないんですか?」
と、妙にそわそわした様子の喜和子が言った。
「そーいう問題じゃなくて」
「ならどういう問題です?」
即座に切り返されて、耕介は押し黙った。
見るのか見ないのか。
テストのためには、見なければならない。だがこのテスト自体が、そもそもどこかおかしいのだ。耕介が最終決定件を持っているなら、今すぐここで、彼女の入団について決めてしまっても問題はない。
ないはずだ。
故に、ビデオを見るか見ないかは、完全に耕介の意思に委ねられる。
すなわち、見たいか、見たくないか。
例え、これはテストのためだ、とか取り繕っても、そんな言い訳にだまされてくれるほど、この二人はあまくないだろう。真由に至ってはなおさらだ。
本音を言えば見たくないわけではない。決してない。自分だって思春期真只中の少年だ。男だ。アダルトビデオ、略してAV。しかもパッケージを見ると、どうも裏モノらしい。ということは無修正だ。ぱっちりだ。
(何がだ!)
心の中で突っ込み返して、耕介は今の思考を取り払った。
考えて見よう。これを見たとして、誰かが責めるだろうか。責めはしないだろう。だが間違いなく、自分にはロリコンのレッテルが貼られる。
唯でさえ、そういう噂があるのに、わざわざ自分からそれを認めるような行動を取る馬鹿がどこにいるというのだ。
ジー、カシャ。
大体、このビデオそのものが胡散臭い。姉妹いじり? 幼馴染の少女と、その妹を調教? 設定年齢を見たら、主人公は二十二歳。この幼馴染の少女・早苗は十四歳で、妹・知恵が十三歳。年子の姉妹だ。なるほど、これは確かにロリコンだ。
だがここで忘れてはならない。自分はまだ十四歳。ここにこのビデオの主人公や、そのほかロリコンといわれる大人たちとの差が存在する。つまり、耕介もまた子供であるのだ。
子供が子供に欲情する。別段何の違和感もない。年相応だ。
そう。決して変なことはない。断じてない。ぐっとこぶしを握り締めて、耕介は断言した。今ここで、宣言するのだ。はっきりと。
「結果から言えば、俺はロリコンじゃない」
「誰も聞いてないぞ、そんなこと」
双真が冷たくあしらってくる。が、耕介はかまわずに続けた。
「好きな子はいる。確かにその子は年下だが、考えてみてくれ。俺の身長にだまされちゃ駄目だ。俺はまだ十四歳。中学生だ」
双真が小さく首を縦に振った。
「確かに、事情を知る人間は、からかうことはあってもそうは思わないだろうな。相手は小学校五年生か。三つ違いだ。何も変じゃないし、おかしくもない」
「そうだろ? そう思ってくれるよな? いやぁ、さすが双真。持つべきものは親友だ」
「──だが傍目から見れば、お前は高校生、下手すれば大学生にも見える。顔は年相応で童顔だが、身長が身長だからな。お前を知らない他人が見れば、あの娘を連れて歩いているお前はただの幼児愛好者だ」
「いわゆるロリコンって奴ですね……」
しみじみと、喜和子がうなずく。
ピッ……キュルキュルキュル……ジー……
「って、双真。その話、一体誰を想定して言ってる?」
「瞳だろう?」
「…………」
言葉が出なかった。
「まさかばれていないとか思っていたのか?」
「いや。結構みんな知っているとは思うけど。隠してないし。でもまさか、双真がそういうことに感づくなんて意外だった。だって興味なさそうだし」
「確かに興味ない」
本気でつまらなさそうに、双真はため息をついた。
「が、情報として知っておいて問題はないだろう? いざとなれば、敵が彼女を人質にお前をゆする可能性だってあるのだ。お前の考え一つで、とるべき手段が変わる」
「……なんか、いきなり話が深刻になりましたね」
部屋の空気が重くなる。と、視界の端、テレビの前に座っていた喜和子の行動に、ふとした疑問を抱いて、耕介は彼女のほうを見た。
「……ちょっと気になったんだけど。きーちゃん、何してんの?」
「え? ビデオをセットしているんですけど? あ、始まった」
タイトルロゴが表示され、バックミュージックも飾りつけもない『18歳未満の視聴を禁ず』という注意書きが出てくる。
慌てて耕介はリモコンを探して、だがすぐに断念した。喜和子がしっかりと握っていたからだ。
「いや、だから俺は──!」
「ロリコンじゃないんでしょ?」
「う、うん。まぁ、そうなんだけど」
何故か後ろめたい気分になりながら、耕介は喜和子の理解に同意した。
「それはわかりましたから、ビデオを見ましょう。それとも、本当に見たくないんですか?」
「いや、見たい」
と、覆る。陥落は実にあっけなかった。
「人間、素直が一番です。それに私、一回こういうビデオ、見たかったんですよ」
場面は前回からの続きなのか、あらすじ紹介のようなものが流れていた。どうやらこのビデオはシリーズ物らしい。そういえば、タイトルに『3』と『調教編』の文字があったのを耕介は思い出した。
前回、幼馴染の少女──姉の方が、主人公・隆弘に告白し、その流れで主人公は少女を抱く。その後密かに付き合い始める(妹もまた主人公のことが好きだと、姉は知っていたので)のだが、結果的に妹も告白し、隆弘は妹のほう(十三歳、中学一年生)とも関係を持ってしまう。その後、ふたまたが続くのだが、すぐに三人の関係は露見してしまった。
後は、もうなし崩し的に、姉妹がそろって分かれるのを拒んだため、同時に付き合いだすことになったのが、前回の『純愛編』までのあらすじだったらしい。
「なんか、ひどく凝ってますね、ストーリー」
「……あらすじだけで五分か。確かに長いな」
そして始まる『調教編』。いきなりのベッドシーン。
知恵の陰部に指を挿入し、愛液でぬれたそこを容赦なくかき混ぜる隆弘。両腕をタオルで縛られ、ベッドで四つん這いになったまま、入れて欲しいとおねだりをする少女に『待て』と命令を下して、隆弘はおもむろに小型のピンクローターを取り出した。
それを少女のまだ向け切っていない陰核にあてがう。
≪あはぁ……お兄ちゃん。すごい、すごいよぉ……≫
知恵がそろそろ絶頂を迎えようかという様子になったころ、彼女の姉・早苗が学校から帰ってくる。一直線に部屋にやってきた彼女は、部屋に入るなりドアにもたれかかり、息を切らせていた。隆弘がゆっくりとそちらを向き、笑いながら命令を下す。
≪言いつけは守れたかい?≫
≪はい。ちゃんと……≫
≪そうか。では証拠を見せてごらん≫
言われて、早苗がゆっくりと征服のスカートを捲し上げた。そこには、あるべきものがなく、逆にあってはならないものが存在した。
薄く生えた陰毛が、スカートの下から覗いていた。早苗はノーパンだった。そしてさらに、その陰毛の下に見えている割目から細いビニールの線が二本、彼女の太ももに向かって延びている。
≪お兄ちゃんの言いつけどおり、今日、ずっとローターを入れてたよ≫
≪二個も入れたのは今日が初めてだったね。それで、何回イッた?≫
≪…………八回も≫
≪いい子だ≫
満足げに早苗を手招きし、隆弘は知恵の陰核をいじりながら、早苗が一体、どういう場所で、どんな状況で絶頂を迎えたのかを事細かに説明させた。
最初はホームルーム。休み時間に一回ずつ。授業中にも一回。そして最後が、帰宅途中のバスの中だ。
≪楽しかっただろう? いつばれるか分からないスリルは最高だったろう? だけど良くがんばったね。さぁ、いい子の早苗にはご褒美だ≫
言って、隆弘はもったいぶるように自分の男性器を取り出した。それに早苗が嬉しそうに舌を這わせ、その様子を知恵がうらやましそうに見つめる。
…………
そんな様子で、ビデオは進んだ。喜和子も耕介もその雰囲気に飲み込まれてしまったせいだろう。それとも、部屋に充満するあえぎ声にかき消されたからだろうか。ビデオが始まって間もなく、パタンと小さく響いたドアの音に、二人は気づかなかった。