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「で、これからどうする? 変態レズ倶楽部会長」

「勝手に妙な団体名に改名しないでください!」

 びしょ濡れになった髪もそのままに、女が叫ぶ。

 雨上がりの商店街。夕立といっても通り雨だったからだろう。雨の気配を色濃く残しながらも、商店街はいつものように賑わっていた。学校帰りの生徒も含め、通りを歩く人は数多い。

「深夜の裏界で不意に襲ってきて、なおかつ人を誘拐したんだ。立派な犯罪だぜ? 無事に帰れると思うなよ」

 睨み返すと、彼女はよよよと、しなを作った。

「あああぁ。なんてこと。このような不良が真由様の傍にいるなんて」

「いや。別に普通のことだと思うぞ。このまま警察に行ってみろ。弁解できないのはそっちだろうが」

「そうやって脅すのですね。脅して、服を引ん剥いて、この滑らかな柔肌を蹂躙するのですわ。そのごつごつした手が私の身体を這い回り、貴方の唾液で私の身体はくまなく汚され最後には……あああぁ、なんて破廉恥な」

「そんなのは死んでもごめんだ。不衛生な」

「不衛生って……」

 肩を抱き、クネクネと身をよじる隊長──そういえば名前を聞いてなかったが、いまさらどうでもよかった──を冷たくあしらう耕介の横で、喜和子が一筋の汗をたらして呟いた。

「そういえば、他の隊員はどうしたんだ? 残り六十数人いるんだろ?」

「さぁ。私は新入りですから。隊長と副隊長。それに書記の二人にしか会ったことがないので」

「ふーん」

 何気なく頷いてみせると、息を切らせて、後ろから隊長がやってきた。

「残りは待機していますわ。ま、私と副隊長、そして書記がいれば問題など万事解決ですから」

「……普段、どんな活動してるわけ? ストーカー以外に」

「ですから! ストーカーなどしていないと言っているでしょう!」

 彼女の抗議は無視した。

「……にしてもなぁ。よく集めたよな。考えてみれば六十人って、すごい数だぞ?」

「それだけ真由様が素晴らしいのですわ」

 隣で、喜和子もまた深くうなずいている。が、一方の耕介は未だ釈然としなかった。

「そうかぁ? ま、いいけどさ。んじゃ質問変えるけど、どうやって収集したんだ? しかも何故か隊員番号が全部偶数だし」

「奇数は不吉と申しますでしょ? それに、隊員集めも別段難しいことはありません。皆さん真由様の魅力に引かれて自ら加盟されたのですから」

 半眼になって、耕介は呻いた。

「……マジで?」

「本当ですわ。真由様のことを紹介する際に、ちょっとばかり今人気のグラビアアイドルの写真とデモ映像を使わせていただきましたけども。最近は合成処理ができますから便利ですわ」

 別の意味で、半眼になる。

「……詐欺じゃねぇか」

「何をおっしゃいます。合成したのは背景だけです。長崎の街並みを使っただけですわ。例え二次元の世界でも真由様の身体をいじったりなどできはしません」

「ん? ってことは──」

 にっこりと、隊長は続けてきた。

「百パーセントアイドルの写真を使わせていただきました」

「……で、それを真由だと偽って、会費や活動費、その他グッズなどの作成費を徴収してるわけか?」

「あら。よくお分かりですわね」

「ああっ、もう! ちょっとアンタ、詐欺の定義を言ってみろ!」

「何をいきなり」

「頼むから質問に答えてくれ!」

 無視して叫ぶと、隊長はしぶしぶ指先をあごに当てた。思い出すように、言葉を紡ぐ。

「……えーと。詐欺とは、真実を偽って他人をだまし、錯誤におとしいれ、それを利用して金銭や価値のある財物を奪うこと。また、それにより財産上不法の利益を得ること、だったかしら」

「よーし、その通りだ。何でそこまで細かく言えるのかはさておいて。今の言葉を踏まえ上で、今までの自分の行為を振り返ってみろ」

「過去に囚われるのはよくありませんわよ?」

「もう何でもいいから、とにかく振り返れ!」

 言われて、再び考えるポーズをとる。数秒もしないうちに、彼女は告げてきた。

「……どう見ても品行方正きわまりないですわ。パーフェクトです」

「なんでだぁぁぁっ!」

 ぐっと親指を立ててくる隊長に、頭を抱えて叫ぶ。

 と──

「何を往来で叫んでいるのよ。みっともない」

 後ろから呼びかけられて、耕介は力なくうなだれたままそちらを向いた。と同時に、悲鳴じみた嗚咽のような声が隣で上がる。見やると、隊長と喜和子が、似たような格好で硬直していた。

 それを無視して、声のほうに向き直る。見知った少女の姿に安堵しながら、耕介は軽く手を上げて応えた。

「学校は終わったのか、真由」

「うん。今日は部活もなかったしね。にしても、耕はまたサボったでしょう? 一緒に帰ろうと思ったら、いないんだもん。最近、耕と学校で会ってない気がするんだけど」

「その他の日常で会いすぎているからな。充電期間だとでも思えばいいだろ」

「ま、それもそうなんだけど……んで、何してたの?」

「ああ。どうやれば自覚のない馬鹿連中に罪の意識を生ませられるかを思索していたところだ」

「?」

 こちらの意図が通じなかったのか、真由が首をかしげた。

 なるほど、こうしていると確かに彼女は美少女の部類に入るだろう。

 短い深緑の髪。癖っ毛だが、それが逆に特徴的だった。そして大き目の双眸は女の子らしさを強めている。肌は運動している者特有の焼け方をしており、実に健康的だった。14歳ということを考慮すれば、スタイルも決して悪くない。アイドルの写真で合成する必要すらないのではないだろうか。言ってしまえばスレンダーだろうが、バランスは悪くないように思える。

(けどなぁ。付き合い古いから、もう恋人とかそういう関係超えてるというか。真っ先に家族みたいになっちまったからなぁ)

 いまさら彼女を一人の女性としてみるのは、それはそれで難しいのではないかと思えてくる。

「何? 私のことじっと見つめて。顔に何かついてる?」

「いや、別に」

 慌てて視線をそらすと、その目線の動きに沿うようにして、耕介の隣にいる二人に気づいたらしい。真由が小さく声を上げた。

「あれ? もしかして、月野さん?」

「……え? 私の名前、ご存知なんですか?」

 驚いて詰め寄る喜和子に気押されながら、真由は答えた。

「え、ええ。うちの部の子でしょ? 確か」

「はい。そうです!」

「知り合いなのか?」

「知り合いって言うほどものじゃないけど。私って硬式テニス部でしょ? 後輩の名前と顔くらいは覚えてるわよ。しかも彼女、新入りだし」

「ああ。真由様に名前を知っていただけているなんて。嬉しい!」

 まだ湿っているアスファルトの上に、気にすることなく喜和子が泣き崩れる。それを押し退けて、隊長が真由に詰め寄った。

「あ、あの!」

「え?」

「それじゃあ、もしかして私のこともご存知ですか?」

「ううん。知らない」

 …………

 硬直した。それはもう、傍目から見ても惨めな程に。さすがに憐れになって、耕介は後ろから助け舟を出した。

「あー、まぁなんというかな。彼女、真由親衛隊っていう奇特な団体の隊長さんらしいんだ。詐欺師で妄想家でストーカーだけど」

「誰がですか! 私たちはただ、真由様のことを歴史に残したい。それを目標に精進してきたのですわ。道具を揃え、真由様の日常を記録しようと、日々奮闘する毎日。なんて素晴らしい!」

「記録?」

 と、呟いたのは真由である。

「はい。盗聴器にCCDカメラから赤外線カメラ、そして超小型マイクまで。ありとあらゆる探偵道具をそろえましたの」

「なるほど、最近誰かに見られている気がしていたのはあんたのせいなのね」

「……なんでこいつ、自分が犯罪者になっていることに気づいてないんだ?」

「彼女、お嬢様なんですよ。ああ見えて」

 半眼で呻く耕介と真由の間を割って入るような形で、にょきっと喜和子が割り込んできた。

「お嬢様?」

「はい。向こうの商店街一帯の土地を所有している地主の、しかも市会議員の娘さんです。というわけで、なんかとことん世間知らずみたいで。ちなみに、彼女も私や真由様と同じ学校で同じテニス部員です。幽霊部員らしいですけどね」

「知らないわね」

 にべもなく、真由。

「──にしても程があると思うが。しかも、なんか君に世間知らずだなんて絶対に言われたくないと思うし」

「私はただとろいだけですよーだ」

 胸を張って喜和子が言う。と、それは無視して、耕介は気になったことを真由に問いただした。

「そういえばさっき、見られてるような気がしたのは最近だって言ってたよな」

「うん」

「最近って、いつ頃だ?」

「ほんの一週間くらい前よ」

「それはそうですわ」

 こちらも何故か自慢げに、隊長が告げてきた。

「何故なら、親衛隊を結成したのは一週間前ですもの」

「……そうなのか?」

「そうらしいです」

 うなずく喜和子の反応に心底疲れを覚えながら、耕介は隊長を見定めた。

 セミロングの髪。少し染めているのか、それとも地毛なのか。判断できかねる程度の茶色の髪。黙っていれば、良家のお嬢様というのも納得がいく。つまりは、それなりに上品っぽい感じがするということだ。

 そのあたりの感覚は、スーパーに売られている値段の高い物が、なんとなく高級に感じるのと同じようなものだろうと判断する。

「挨拶が遅れて申し訳ありません、真由様。私は親衛隊・隊長を務めさせていただいている高見歌子と申します。今まで非公式で運営しておりましたが。このたび、こうしてお目にかかれたからには、真由様直々に認めていただき、晴れて公認団体として活動を開始したいと思っているのですわ」

「お前……」

 その横で、耕介は驚きの声を上げた。

「名前なんてあったのか!」

「当たり前でしょう! 一体私を何だと思ってるの!」

「ストーカーだろ?」

「加えて変態詐欺師ですよね」

「うっわ。最低ね、それ」

 口々に即答されて、さすがに一瞬面食らったようではあったが、すぐに立ち直って彼女──高見歌子は喜和子を指差した。

「そもそも、何で貴女が裏切っているんですか!」

「ああ、いえ。なんとなくですが」

「まぁまぁ。んで、気になったんだけど、高見さん。結局その活動内容ってどんなの?」

 助け舟を出すかのように真由が愛想笑いを浮かべて歌子に先を促した。

「そうでしょう。気になるのも当然ですわね」

 何故か胸を張りながら歌子は続けた。

「主な内容といたしましては、ステッカーやカレンダー、ぬいぐるみ、その他キャラクターグッズの作成から、真由様の日常を記録した映像などの上映を予定しております。自室でのお着替えやお風呂に入る姿などは、私たちにとっての宝物となるでしょう。たまーに御本人から、使用済みのまだ洗濯していない下着などプレゼントしていただければよろしいですわ。脱ぎたてホカホカならばモア・ベターです」

「本気で変態だよ、こいつ……」

 もはや本人に突っ込む気力さえなくなって、耕介は呻いた。と、横で同じように半眼になっている真由が、歌子を指差して聞いてくる。

「ねぇ、この子を警察に突き出したら私、いくらくらい貰えると思う?」

「警察は公共機関だから、賞状は出ても賞金はもらえんのじゃないか? よくは知らんけど」

「なら、この子を野放しにして、売り上げ全部没収するとか」

「それよりこいつの犯罪の証拠を掴んで、親父さんをゆすったほうが儲かるんじゃないか?」

「どちらも犯罪ですけど……」

 一筋の汗をたらしながら、喜和子が呟く。それらを無視して、隊長は真由の前にひざまずいた。

「さぁ真由様。私に全てをお任せ下さい。貴女様を世界史に残る偉大な人物にして見せます。そうしてその功績が称えられて、私は貴女とくんずほぐれつ……あああぁっ!」

「はいはい。いい子だから。一緒に警察に行きましょうね」

「ああ、そんな。真由様が直に私に触れてくれるなんて。嬉しいっ! 嬉しくて失禁しちゃいそう……」

「したら殺すわよ」

 冷たく言ってのけた真由の言葉に、だが歌子は歓喜の声を上げた。

「あぁぁっ! 真由様になら殺されてもいい。 お願いします。私を殺してぇ

「……ねぇ、耕。この子殺したら執行猶予ってつくかな?」

「裁判官も許してくれると俺は思うぞ」

「だから犯罪ですってば」

 独り後ずさりながら、喜和子。

「ま、こんなやつのせいで犯罪者になるのはやめとけ。思いっきり不名誉だから」

「それもそうね」

 顔を紅葉させて恥らう歌子と、腫れ物を触るように彼女を引っ張る真由の後方で、喜和子がポツリと呟くのが聞こえた。

「人間として、ああはなりたくないですね」

「いや。君がそれを言うな」

 冷たい風が吹いた。

 

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