4

 

 自分は殺人鬼だ。

 そう自覚しなければいけない。

 これは自分の義務だと、十四郎は思った。

 

      ◇

 

 いつの間にか、日が落ちていた。

「七年前の事件、覚えているか?」

「え?」

 あれからどれくらい経っただろうか。死体を結成されたばかりの親衛隊に任せ、二人は裏界のさらに奥地にいた。ここまでくると、もう人気さえない。廃ビルと工事途中で放棄された建物で密集した一帯は、ほのかに血と汗と、肉の臭いがした。

 ここに来るまでに、十四郎はもう覚悟を決めていた。これ以上、被害者を出すわけには行かなかった。

「七年前、今回と同じように殺人事件が起こった。報道されただけでも七件。実際はそれ以上。被害者は全て裏界の人間。犯人は……犯人は、およそ裏界にいるだろう全ての人間が曰くつきの存在であることを利用したんだ。ここの人間が死んでも誰も困らないことを知っていて犯行に及んだ。そして事実、捜査は打ち切られている。公表はしてないがな」

「十四郎?」

「その事件で、数十人──犯人さえ覚えていない数の人間が死んだ」

 と、耕介がこちらを回りこんで前をふさいだ。自然と、足が止まる。彼はまっすぐにこちらを見ていた。

「ちょっと待った! 一体何の話だよ、それは」

「殺人事件の話さ」

 そう応えると、耕介はなんともいえないような複雑な顔をした。泣きたいのを我慢しているようにも見えた。十四郎はいたたまれなくなって視線を上に向けた。

 彼の目を見て、話す事が出来そうになかった。

「耕介……今から話すことは、警察でさえ、そのごく一部の上層部だけが知っていることだ。だから──」

「誰にも言うな、ってことだろ? わかってるよ」

「……そうか」

「その代わり──」

「ん?」

「十四郎、ちゃんと俺の目を見て話せ」

 その時、十四郎は後頭部を何か鈍重なもので殴られたような衝撃を受けた。クラリと眩暈がして、だが何とか踏みとどまる。何もない。殴られてなどいない。ただ、彼の──槙原耕介と言う少年のまっすぐすぎる視線に耐え切れなかっただけだ。

 ゆっくりと、十四郎は視線を耕介のほうに向けた。たったそれだけの動作が、とてつもなく重かった。

「七年前、殺人事件がおきた。覚えてるか?」

「……うん。少しだけど……」

「犯人は、死有現象依存障害者。言ってみれば、人が死ぬ瞬間の様子に興奮を覚える異常者だ。彼は『銀の剣(シルバー・ブレード)』という特殊な武器を持っていた。それが凶器だ」

「シルバー・ブレード?」

「そうだ。正式な名前はもっと長い。俗称だよ。詳細は省くが、剣は吸血鬼を退治するために造られたらしい。だが、それ以外に使った場合、その斬り口からでた血が銀に変化するんだ」

 吸血鬼と言う言葉を聞いた瞬間、耕介が嫌そうな顔をしたのを、十四郎は見逃さなかった。彼はそういう異質な者に対して耐性はあるものの、否、耐性があるからこそ、それについて理解できないことに悩んでいた。言い換えれば、彼はそういった者たちを理解したいと考えているということである。

 そういうことの照れ隠しに、彼いつも「オカルトは苦手だ」などと口にしている。

 いくばくか逡巡したらしい耕介の疑問は、だがその部分にではなかった。

「銀って、あの金、銀、銅の『銀』?」

「そう。その銀だ」

 十四郎はうなずいた。

「犯人は、その『銀の剣』を使って犯行を重ねた。そうすることで、己の中にある凶器を押さえ込んだ。いや、押さえ込めなかったから、殺人に及んだ」

「…………」

「後悔はしていない。反省も、していない。自分が自分であるために、それが必要だったからだ。現実と夢の間で、そして、敵と味方の境界線上で生き残るために……。いや、それも今からすればただの言い訳だな。自分の中にある欲求に負けたんだ」

「…………」

「…………」

 沈黙が流れた。明確に「俺は人を殺しました」と言ったわけではなかったが、それを汲み取れないほど彼は鈍感ではないだろうと、十四郎は思った。

 後悔はしていない。

 先程の言葉をもう一度心中で繰り返す。

 本当にそうか? ようやく得た親友に自分の過去を告白した今、自分は後悔していないといえるのか? 彼が受け入れてくれるかどうかもわからないのに。

 否、受け入れてくれる可能性のほうが低いのだ。

 許してくれないかもしれない。例え見知らぬ誰かに対してでも、怒り、泣くことができるのが槙原耕介という人間の長所なのだ。彼は許さないかもしれない。いや、許さないだろうという予感も有る。

 拒絶される可能性もあった。いい人間の振りをして騙していたことに怒り、呆れ、裏切りに絶望を抱いた彼は、きっと自分を見放すだろう。

 沈黙の間も、十四郎は耕介を見つめ続けた。友人に、自分は殺人鬼ですと告白された少年の気持ちを理解することなど決して出来ないことはわかっていたが、それでも十四郎は視線をはずすことだけはしたくなかった。もしかしたら、これが最後の彼との約束になるかもしれないからだ。

 と、こちらが何も言わないことに訝しげに思ったのか、耕介の眉が八の字に変わった

「……で?」

「……『で』とは?」

「いや、もう終わりなのかなって」

「……話していいのか?」

「聞くために、俺はここにいるんだぜ?」

 と言われても、十四郎は実はここから先の話をどのように話そうか考えてなかった。話すことはまだある。だというのに言葉が思い浮かばない。

 そしてそれ以上に、十四郎は槙原耕介と言う少年が、意外なほど冷静でいることに驚いていた。

「えーと、耕介。もしかしてあまり驚いてない?」

「いや、かなり驚いてる。しかも結構ショックも受けてるよ」

 当然だろ? 親友が、自分が殺人者だってこと告白してきたんだから、と耕介は言った。微塵もその様子を見せることなく、彼は続ける。

「けど──うん。落ち着いてはいるんだ。ショック受けてるように見えないのは多分、話してくれたのが十四郎だったからかな。他の誰かから聞いてたなら、俺はきっと信じていなかった。信じてなかっただろうけど、疑いは持ってしまっていただろうから、それが真実だと知った時は、多分もっとショックを受けただろうと思う」

「…………」

「んで、これは予想だけど、俺は十四郎を許せてなかったんじゃないかな。きっと永久に。今も俺、実はかなり怒ってるよ? なんでそんなことしたんだ、って怒鳴り倒してやりたい。なんで黙ってたんだよって気持ちもある」

「耕介……」

「でもさ、十四郎本人からその話を聞いたとき、なんだか胸のうちがすーっとして、冷静になったんだ。で、疑問に思った。結局、十四郎はどうしたいんだろう、って」

「俺が?」

「そう。『実は俺は人殺しです』って告白した十四郎は、一体何がしたいんだろう。俺に何をして欲しいんだろうって……」

「……俺は……」

 言葉につまる十四郎とは逆に、耕介は静かな口調で続けた。

「さっき言ったよな。十四郎は後悔していないって」

「ああ」

「今もそれは変わらない?」

「……変わっていない」

「俺に告白することになった今でも? 俺に軽蔑されるかもしれないのに?」

「……あ、ああ。後悔してない。自分で決めて、自分でしたことだ」

 いくらか戸惑いながらも、十四郎は断言した。正直な気持ちだった。

「反省もしてないって言った」

「言った」

 今度はつまづかなかった。

「それって要するにさ、罪を償う気はないってことだよな。勿論、それは警察に行くって意味だけど。だから十四郎は、俺に許して欲しいわけじゃないんだって思った。十四郎は許されたくて、今告白してるわけじゃないんだって、そう思ったんだ」

 その言葉に、十四郎は新たに衝撃を受けていた。だが先程と違って、鈍重さも気持ち悪さもなかった。ざわついていた心がゆっくりと静まっていく。

「ということを踏まえて聞くけど。十四郎はこれからどうしたいんだ?」

 言うべきことはわかりきっていた。

「犯人を捕まえる。これ以上、犠牲が出る前に」

「……そっか」

 耕介は嬉しそうに笑った。

「んじゃ、犯人探しと行きましょうか。話しの続き、あるんだろ?」

「ああ。犯人の手がかりになるはずだ」

「言っておくけど、俺は怒ってるんだからな」

「わかってる」

「……本当に?」

「本当だ」

「許してないんだぞ?」

「知っているよ」

「わかってるんならいい」

「……ん」

 沈黙は一瞬。

「後、十四郎が『死有現象依存障害』──だっけ? それにかかった理由も教えてくれよな」

「ああ」

「それから、もう人殺しはしてないんだよな?」

「してない」

「誓える?」

「誓う」

「何に?」

「……そうだな。彰子さんの作ったお仕置き弁当に……かな?」

「あ、なら信じる」

「おいおい……」

「あれは人間の食べ物じゃないから」

 小さく、乾いた声で彼は笑う。かすれた声で彼は呼ぶ。

「十四郎……」

「ん?」

「俺たち親友だよな?」

「ああ、もちろんだ」

 涙が出そうになって、十四郎はようやく、耕介から視線をはずして上を見た。

「絶交なんぞしてやらん」

 太陽が落ちて、月と星の輝いている夜空を、だが十四郎は見ることは出来なかった。

 

【3】へ     【5】へ

Top