5
鉄筋コンクリートの三階建てアパートが崩れた現場は、悲惨を通り越して惨劇だった。ここには双真以外、誰も住んでいないことが幸いしたらしい。何故か死人はいない。とことん疑問ではあったが、誰も死んでない。
アパートが崩れたことについても、まぁ理解できないこともない。納得は行かなかったが。
神楽双真の特殊能力──存在の力を奪い取るその力によって、アパートが形を保っていられなくなったのだろう。ただでさえ老朽化が進んでいた建物である。小さな歪を与えるだけで、崩壊を引き起こすきっかけとしては十分だったはずだ。
だとしても、自分たちが無事である理由にはならないのだが。
ちなみに言えば、負傷者はたった二名──耕介と真由である。何故か全く無傷で、服さえ汚れていない瞳には疑問を禁じえなかったが、とりあえずそれは無視して、耕介は瓦礫を見つめた。
コンクリートの瓦礫の山。まさしく、言葉どおりの状態だった。テレビで見たことのある外国の震災クラスの現状が目の前にある。
身体の力を抜いて、耕介は考えてみた。生きている事実。無事でいる現状。多分、安堵するべきなのだろうが、結局それさえも、今の耕介にはどうでもいいことではあった。
むくりと、その瓦礫とは随分離れた場所で、双真が身体を起こす。
ゆっくりと耕介はそちらを向いた。
「…………」
しばらく見詰め合って、
「どうかしたか? 耕介」
何もなかったかのように呟く双真の態度に、耕介の中で何かが切れた。
「あぁぁぁっ! やっぱり覚えてないぃぃぃっ!」
「死ななかっただけましよね。ホント」
どこか達観したように呟く真由は無視して、耕介は叫んだ。
「何で覚えてない? 何で瞳だけ無傷なんだ? っていうか、宿題どうするんだよ! 全部埋もれたじゃないか! 明日は学校だぞ? もう夕方だぞ?」
「災害保険とか効かないかしら?」
「学校の宿題にそんなもん出るかぁぁぁぁっ!」
悲痛な叫びが響く。響いて──だが響いただけで終わる。と、双真と瞳が他人事のように会話するのが聞こえた。
「で、結局俺は何かしたのか?」
「耕ちゃんとお姉ちゃんに、不測の事態に対する対処法を教えたみたいだよ」
「? よくわからんが……」
「不測の事態が起こる可能性を予期して、事前の対策を練ることの大事さも教えたみたいだね」
「そうなのか?」
「双真くんって、意外と教師とか向いてるかも」
「そうか?」
「そうだよ」
「そんなものか」
「そんなものだよ」
「ふぅむ……」
問答のように繰り返して、双真は呻き、瞳は一人納得したようにうなずいた。
それはともかく──
「だぁぁぁっ!」
気が抜けたように呆けている真由を尻目に、耕介は独り、ただひたすら瓦礫を漁り続ける。鉄の塊は重かった。手が痛い。身体が痛い。筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。
だが心はもっと痛い。
「くそぉぉぉっ! 諦めるかぁぁぁっ!」
「手遅れだってば。見つかっても、今からじゃ絶対に間に合わないわよ」
「そんなことはない! 今から担任のところへ行って抹殺を敢行すれば……」
「それは殺人だぞ?」
「お前が言うなぁぁっ!」
呆れるほど端的に突っ込んでくる双真に叫び返す。
「諦めてたまるか。そう、何事も諦めちゃ駄目なんだ! 真由も呆けている場合じゃないだろう? 手伝え! とりあえず、学年主任の住所を確認して……」
「いや、だからそれは……」
「抹殺ができなければ家族を誘拐だ。クロロホルムはどこだ? フフフ。とりあえず明日の朝、主任の子供の通学路を待ち伏せして──」
「やめなさいってば!」
ゴンッという衝撃を後頭部に受けて、耕介はそのままうつ伏せに沈没した。頭が痛い。額から顔に向けて、温かな液体が流れている気がする。
それが血だということに気づく前に、耕介はゆっくりと意識を閉ざした。
宿題が間に合わなかった二人の身に何が起こったのか。
それを知る者はいない。
いないものはいない。
後に彼らが、やたらと口封じに動き回っていたような事実もないままに、この話は終わる。
進路の薦め 完