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 鉄筋コンクリートの三階建てアパートが崩れた現場は、悲惨を通り越して惨劇だった。ここには双真以外、誰も住んでいないことが幸いしたらしい。何故か死人はいない。とことん疑問ではあったが、誰も死んでない。

 アパートが崩れたことについても、まぁ理解できないこともない。納得は行かなかったが。

 神楽双真の特殊能力──存在の力を奪い取るその力によって、アパートが形を保っていられなくなったのだろう。ただでさえ老朽化が進んでいた建物である。小さな歪を与えるだけで、崩壊を引き起こすきっかけとしては十分だったはずだ。

 だとしても、自分たちが無事である理由にはならないのだが。

 ちなみに言えば、負傷者はたった二名──耕介と真由である。何故か全く無傷で、服さえ汚れていない瞳には疑問を禁じえなかったが、とりあえずそれは無視して、耕介は瓦礫を見つめた。

 コンクリートの瓦礫の山。まさしく、言葉どおりの状態だった。テレビで見たことのある外国の震災クラスの現状が目の前にある。

 身体の力を抜いて、耕介は考えてみた。生きている事実。無事でいる現状。多分、安堵するべきなのだろうが、結局それさえも、今の耕介にはどうでもいいことではあった。

 むくりと、その瓦礫とは随分離れた場所で、双真が身体を起こす。

 ゆっくりと耕介はそちらを向いた。

「…………」

 しばらく見詰め合って、

「どうかしたか? 耕介」

 何もなかったかのように呟く双真の態度に、耕介の中で何かが切れた。

「あぁぁぁっ! やっぱり覚えてないぃぃぃっ!」

「死ななかっただけましよね。ホント」

 どこか達観したように呟く真由は無視して、耕介は叫んだ。

「何で覚えてない? 何で瞳だけ無傷なんだ? っていうか、宿題どうするんだよ! 全部埋もれたじゃないか! 明日は学校だぞ? もう夕方だぞ?」

「災害保険とか効かないかしら?」

「学校の宿題にそんなもん出るかぁぁぁぁっ!」

 悲痛な叫びが響く。響いて──だが響いただけで終わる。と、双真と瞳が他人事のように会話するのが聞こえた。

「で、結局俺は何かしたのか?」

「耕ちゃんとお姉ちゃんに、不測の事態に対する対処法を教えたみたいだよ」

「? よくわからんが……」

「不測の事態が起こる可能性を予期して、事前の対策を練ることの大事さも教えたみたいだね」

「そうなのか?」

「双真くんって、意外と教師とか向いてるかも」

「そうか?」

「そうだよ」

「そんなものか」

「そんなものだよ」

「ふぅむ……」

 問答のように繰り返して、双真は呻き、瞳は一人納得したようにうなずいた。

 それはともかく──

「だぁぁぁっ!」

 気が抜けたように呆けている真由を尻目に、耕介は独り、ただひたすら瓦礫を漁り続ける。鉄の塊は重かった。手が痛い。身体が痛い。筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。

 だが心はもっと痛い。

「くそぉぉぉっ! 諦めるかぁぁぁっ!」

「手遅れだってば。見つかっても、今からじゃ絶対に間に合わないわよ」

「そんなことはない! 今から担任のところへ行って抹殺を敢行すれば……」

「それは殺人だぞ?」

「お前が言うなぁぁっ!」

 呆れるほど端的に突っ込んでくる双真に叫び返す。

「諦めてたまるか。そう、何事も諦めちゃ駄目なんだ! 真由も呆けている場合じゃないだろう? 手伝え! とりあえず、学年主任の住所を確認して……」

「いや、だからそれは……」

「抹殺ができなければ家族を誘拐だ。クロロホルムはどこだ? フフフ。とりあえず明日の朝、主任の子供の通学路を待ち伏せして──」

「やめなさいってば!」

 ゴンッという衝撃を後頭部に受けて、耕介はそのままうつ伏せに沈没した。頭が痛い。額から顔に向けて、温かな液体が流れている気がする。

 それが血だということに気づく前に、耕介はゆっくりと意識を閉ざした。

 

 宿題が間に合わなかった二人の身に何が起こったのか。

 それを知る者はいない。

 いないものはいない。

 後に彼らが、やたらと口封じに動き回っていたような事実もないままに、この話は終わる。

  

  進路の薦め     完

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