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 日本についてからの行動は早かった。シイラ・ドラドの行動は常にトレースしているから居場所はわかっている。後は戦力を整え、殲滅用に考案された作戦を実行するだけでいい。

 すでに擬態し終えている以上、神楽双真本人は殺されていると言っていいだろう。危険視すべきはその戦闘力であり、だからこそエリザに応援要請がきたのである。

 専用航空機で東京から京都へ。そこで一度休憩を取る。シイラは島根県の出雲にいるらしかった。理由はわからない。ただ彼女がそこから移動していないという報告だけがエリザの元にある。

「…………出雲ね。日本における神話の発祥。神有りし土地。そういえば、神楽双真って奈良の生まれだっけ?」

 隣にたたずむコキュトスが頷く。この男の同行は正直気が滅入るだけだったが、仕事と割り切ってからの転換は早かった。

「奈良県、橿原市です。天の香具山の山頂付近に居を構えていた巫女の一族と報告されてますが……」

「巫女?」

「神道における修道女のようなものですね。神に仕えて神事を行い、神意をうかがって神託を告げる者。現役の巫女は未婚の女性が多いようですが」

 知ってることを口にするコキュトスの説明を受け流して、エリザは口を尖らせた。

「神楽は女系一族ってことかしら?」

「違います。いえ、その通りなのですが、少し意味が違ってきます。極論を言えば、女性だけの一族だったようです。男性は全て外様。男は子を成すために迎え入れるだけの形式上の戸籍です。至っては精子を外部発注までしていた記録がありました。一族の本家筋──権威者はもちろんですが、一族と名乗れる者は全員が女性だったそうです」

「そんなことって……」

「はい。ありえません。しかし生まれてくる子供でさえも『女性体』しかいなかったようです。何らかの術によって操作した可能性があるというのが有力な見識です。科学のない時代からそうでしたから、その線は強いでしょう」

「なら、神楽双真は本家とは関係ないのね?」

「いえ。彼は本家の人間です」

「は?」

 資料には書かれていなかったことだった。新しい情報の収集を開始したのが、イレイザー部隊が全滅してからということだから仕方ないかもしれない。

 よく解らないことを言うコキュトスの口調にさらなる違和感を覚えて、エリザは首をかしげた。

「ねぇ、さっきから過去形で話してるけど……もしかして?」

「それもお察しの通りです。神楽家は、神楽双真を残して滅亡しています。他ならぬ本人の手によって」

 資料に目を通しながらの報告である。コキュトスもまた理解に苦しんでいるようだった。

「ここからは私の個人的意見になりますが、要するに彼は異端児だったのでしょう。女性しか存在を許さないはずの神楽家に男子が生まれた。当然、本家は彼を抹消しようとしたでしょうね。それが何故か生かされ、育ち、今から七年前に神楽の人間全てを惨殺しています。死体すら遺さないほど徹底的に」

「……壮絶ね」

 それ以外表現のしようがなかった。

「はい。それだけ敵は未知数だということでもあります。シイラ・ドラドがその『彼』と同一化した以上、こちらも万全を期す必要があるでしょう。イレイザー部隊の精鋭を配置し、日本の一族三家にも協力を要請しました。少数精鋭で決着をつけるつもりです。エリザベート様には──」

「後方からの魔術による遠距離砲撃……ね」

「はい。正直、銃や火薬による撃墜が可能とは思えません。情報を集めれば集めるほど勝てる気がしなくなってきたと、諜報部の者が呟いてました」

 さもありなん。エリザ自身もまた戦うのが億劫に成ってきたところだった。

「注意事項は?」

「彼が所有する『反力』──ただそれだけでしょう。戦闘力は確かに高いでしょうが、それでも体力的な限界は存在します。必ず追い詰められます」

 後の説明は機械的だった。

 反力。アンチ・ディナミス。系統としては特質無効系(キャリバー・キャンセラー)に分類される、自身に対して敵意のある者の力を奪う能力というのが調査の結果から解っている。

 といってもそれは表面上の、副作用にも似た微かな効果に過ぎない。反力の基本は意味消滅。敵も味方も関係なく、ただ存在を消滅するためにある能力である。だがその消滅対象に術者本人も含まれるあたり、確かにコキュトスが言うように自爆能力だった。効果範囲は不明。効果時間も不明。これだけ解っているのに防御方法さえ講じることが出来ない。

(要するに特殊能力を無効化する系統に分類されるのは、付属的なことなのね)

 自らを消滅させないための制御法。そこから漏れ出た力の効果が、そういった類のものであっただけに過ぎないのだと、エリザは断片的に理解した。

 となると厄介だ。生まれが神道系ならば体質的なものも大きく影響しているだろう。下手すれば魔術への抵抗力もあるかもしれない。神道系は神秘としては全く別物だが、それでも物理法則から逸脱した魔術をエリザが使えない以上、あまり効果を期待しない方がよさそうだった。

 高エネルギーによる攻撃を仕掛けるよりも、避けようのないほど巨大な岩で殴り倒す方が効果的な気がするのは気のせいだろうか。

「とは言っても、一族に牙を向けられる前に倒さないとね、シイラは」

 当時、シイラ・ドラドを逮捕したのはイレイザー部隊でも最強を誇っていた綺堂祐一という人物だった。だからこそ彼女は日本に来たのだろう。復讐のためというのが、全会一致の意見である。

「明朝、午前四時をもって作戦開始となります。エリザ様はお休みください」

 コキュトスが退室するのを図ってから、エリザは肩の力を抜いた。

 疑問があった。

 何故彼女は出雲に赴いたのだろうか。神楽双真がいたから? それはもう四日も前である。綺堂家があるのは関東だというのに。

 目的が違うのだろうか。

 復讐でないとしたら、何をする気で、何のために出雲に滞在しているのか。居場所が割れてないと高をくくっているとも思えない。

 まだ他に何かがある。それは確信に変わっていた。それでもなお、エリザは改めてコキュトスを呼び出す気は起きなかった。全ては明日わかること。

 そう思い、目を瞑る。

 眠気は程なくやってきた。

 

      ◇

 

「──で、疑問なんだけど」

 部下に配置を指示するコキュトスの背中に、エリザは話しかけた。もっと早く聞くべきだったと後悔しながら。

「何で、ここまで敵の特殊能力が調査できてるの?」

「…………」

 コキュトスは応えず、ただ掌でのみこちらに合図してきた。少し待って欲しいらしい。仕事を終わるのを待つこと数分後、彼は赤い眼だけをこちらに向けた。

「反力という能力そのものには、前例がありました。同一ではありませんが、極めて酷似した能力を保有するものがいたので」

「……ふーん」

 誰? とは聞かなかった。勝手に話を続けるものと判断して、先を促す。

「彼はその力を『消去砲(ディスフィックス)』と呼んでいました。その真髄はまさに存在の消滅。反力のように敵の力を奪うことも出来ましたが、それは児戯に過ぎません。イレイザーとして彼が成した所業は、我々にとっては生きた伝説です」

「そして同時に、最大の畏怖でもあると」

 頷く彼の眼に、だが恐れは見えなかった。

「彼──綺堂裕一の力と酷似する反力に対して、我らは恐れてはいません。問題なのは、神楽双真という人間が持つ戦闘力がその反力に依存していないことにあります」

「……つまり?」

 答えはわかっていたが、エリザは自身で導き出すのを拒否した。

「特殊能力を所有云々以前に、化け物じみた奴の戦闘力をどうにか攻略しない限り、この作戦に勝機はありません。エリザ様も、どうかそのあたりはご注意ください。作戦上、負ける要素はありませんが、油断は出来ません。そういうことです」

「後方に徹するわよ」

 本音で語る。こと接近戦において言えば、自身がコキュトスにも勝てないことは百も承知だった。そんなことよりも、エリザは己の中でやはり疑念が残ったままでいることに内心首をかしげていた。しこりともいうべきそれは、コキュトスの会話の中で生まれたのではなく、出雲についてからずっと付きまとっているものである。

(何かな? これって。嫌な予感、とかそういうのじゃなくて。どうも根本的に何か見落としてる気が……)

 こちらの思惑など歯牙にもかけず、コキュトスは腕時計を覗いた。

「時間です」

 日が昇る。

 シイラ・ドラド抹殺作戦開始の合図だった。

 

      ◇

 

 ここからでは小さくなった背中しか見えない男の姿を見下ろしながら、エリザは小さく、誰にも気づかれないよう独白した。

(神楽双真。一月一日生まれ、十九歳)

 写真で見た限り、とんでもなく目つきが悪いというのが第一印象だった。写真という二次元平面からでさえ他者を寄せ付けない雰囲気をかもし出す、一匹狼を絵に描いたような男である。

(シイラが彼を殺して擬態したのは……いえ、順番が逆かしら。復讐のために、綺堂裕一が擁していた『消去砲』と同質の『反力』に目をつけ、最初から擬態するつもりで接触し、成功して擬態した)

 それは同時に、神楽双真本人はすでに死んでいるということである。視界に写っている男からは、同族にしかわからないかすかな吸血鬼の匂いがした。かなり距離が離れているエリザでさえそうなのだ。現在交戦中のイレイザーたちの感じている悪臭を思うと、背筋に悪寒が走った。

(目的のために手段を選ばない。手段のために目的も選ばない。本能に殉じ、欲を抑えることの出来なくなった吸血種を、わたしたちは侮蔑も込めて『鬼』と呼ぶ。だから彼女は『吸血鬼』シイラ・ドラド)

 もう一度、脳内で敵のプロフィールを認識する。そうでもしていないと今すぐにでも飛び出して行きたい気分に駆られるからだ。

(今はまだ……)

 エリザの出番ではない。味方がやられようとも、ここから動いてはならない。一時の感情に支配されることがいかに愚かなことかはわかっている。だがそうは言っても……

(いくらなんでもあっさりやられすぎじゃないの!)

 毒つく心の激情を止めることは出来そうになかった。

 それは、あまりにも一方的な戦局だった。

 夜の一族は人間ではない。人間種族というカテゴリーからは一線を画している吸血種族である。寿命、身体能力、知力。戦闘力を含めたそれらは、およそ人とは比べられないほど優れている。弱点といえばただ数が少ないというそれだけしかなく、だが決定的なものであったからこそ今の世界が存在する。つまり共存の道をたどらねば、滅ぼされていたのは間違いなく自分たちなのだ。それほどまでに、群集としての人間は強い。

 当然といえば当然だった。戦争は物量で決まるのだから。だがそれはあくまで全体の話である。よほど鍛錬を積んだ人間でない限り、一族の人間が、それも戦闘の専門であるイレイザー部隊が一個の人間に遅れをとることなどありえない──というのが、常識といえば常識である。

(夢見てるみたい)

 呆れ半分にその光景を見やる。残り半分の怒りの感情が次第にエリザの視界に充満していく。だが一方で、疑念を抱くほど冷静にシイラの戦闘を分析する自分がいることに、エリザは内心で自己嫌悪していた。

 その対多数戦闘を繰り広げる神楽双真──もとい、シイラ・ドラドの戦いぶりは『凄まじい』の一言に尽きた。美しさはない。武術にあるような洗練された動きでもない。あえて言うなら、本能に基づいた直感に依る動き。なればこそ、誰もシイラの動きについていけない。『型』という基本がないから、対処を講じるのに時間をロスしてしまう。

 そしてコンマ数秒の判断ミスが、決定的な勝敗として現実化する。やり直しの効かない絶対の事実が、イレイザーたちの身を襲撃していく。

≪こらえてください≫

 襟元につけた無線機から、コキュトスの声が聞こえた。エリザ自身、そのときになってようやく自分が持ち場を離れようと立ち上がっていたことに気づいた。

≪仲間がやられていることに憤慨する気持ちはわかります。が、作戦成功を最優先に。どうかお気持ちをお静めください。何でしたら、私の顔を思い出してください≫

 言われたとおりに思い浮かべる。

「思い出したわ」

≪どうです?≫

「余計に気分が悪くなった」

≪そうですか≫

「とりあえず、想像の中でアンタをぶん殴って気分転換としたから、大丈夫よ」

 無線の向こうで、小さな沈黙が聞こえた気がした。気のせいだろうが。

≪……それは何より。では、手筈どおりお願いします≫

 頷き返して、しかしエリザはそれが意味のないことに気づいた。ようやく肩の力を抜いて息を吐く。笑みを浮かべるくらいには余裕を取り戻して、無線に語りかけた。

「あと一時間もこの光景を見るのは地獄ね。手加減できそうにないけど?」

≪かまいません。極大のものをお願いします。此度の作戦は抹殺が目的ですから。遠慮は要りません≫

「オッケー。聞いたわよ。後で撤回は認めないわ。イレイザーだろうが何だろうが、身内やられて心中穏やかでいられるほど、わたしは人間出来てないのよ」

≪結構なことです≫

 無線を強制的に切って、エリザは目の前をにらみつけた。短気は起こさない。今起こっていることを眼に焼き付けるために。

 作戦成功のために味方を犠牲にする。ならばこうして彼らを見捨てている自分もまた、目的のために手段を選ばない鬼でしかない。

 自覚していたことだった。生きている限り罪は犯し続ける。一方的な倫理観で規定した善悪など真実であるはずがないことくらい。

 それでもこの悲しみは本物だった。怒りを全て攻撃に変える。彼らの死を全て背負うために、エリザは瞬き一つすることなく、その戦闘を見つめ続けた。

 

      ◇

 

 彼の本質は矛盾している。

 己を否定する者。否定するという生き方でさえも、否定する者。

 

 全てを否定し続ける。

 全てを拒絶し続ける。

 全てに否定され続ける。

 全てに拒絶され続ける。

 

 彼はただ、絶対否定者であり続ける──

 

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