イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。


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2003年10月某日〜12月31日

12/31
 朝から小品制作。ノッテきてます。基本的に制作するのは好きなのだ。きっとアセチルコリンとかドーパミンとか分泌されているのだろう。横尾忠則が神様とお友達なのも、神経伝達物質が過剰に分泌されて、ありえないものを見てしまっているのではないか。わたしは神を見たことがないので、きっとまだまだ分泌量が少ないんだろう。が、制作し続けることの快楽というのは、ある種、薬物依存に似ているように思える。ただ制作をすることによって分泌される化合物が、自分の体内で作られているから無害だということで。
 正面のお蕎麦屋さんは朝から年越し蕎麦を店頭で売っている。そういえば年越し蕎麦なんてしばらく食べていない。その昔、久しぶりに年末年始に帰省したときにも、実家では年越す前に早めに食べたっけ。一家で胃腸が丈夫ではないので、寝る前に何か食べるとみんなお腹をこわすということで。
 吉祥寺MANDALA-2でHARPYが参加するライブがあるので行った。しかしライブハウスに入ったところでびっくり。わたしが精神的にその人ごみを拒否しているのだ。会話もどうも勘弁してもらいたいという感じだった。
 最初のバンドはなんというかまあ上手でした。正統派のポップスとロックでしょうか。それはわたしにはたまらなく辛いものだった。好きな人にはたまらなくいいんでしょうが。なんとか我慢してHARPYを聞いた。スカスカしてて変拍子で、妙に救われた気分だった。ちょっと危なっかしくてハラハラしたところもあったけれど、でも来てよかった。そこは満足した。
 でもHARPYが終わったところで、これ以上そこにいることは耐えられなくなって、早々に帰ってしまった。何も挨拶せずに帰ってしまって、おのさん、市川さんすみません。そう頻繁にはないんですが、ときどきどうしてもひとりにならないといけないときがあるもんですから。
 駅から自宅までの道の半ば以降、雲の間から姿を現している、街燈にかき消されていない星々を見上げながら歩いた。その光が発せられてから、ここに届くまでの時間を考えてみた。その間に生まれて死んでいった生命たちの営みを思った。
 帰宅後はOVALのprocessを聞いた。そうするうちに年が明けた。ああ、なんだろ、ひとりでいるときのこの安心感。

  12/30
 昨日の「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス」があまりにもよかったので、続けざまに「10ミニッツ・オールダー イデアの森」を見ることにした。こちらはベルナルド・ベルトルッチ、マイク・フィギス、イジー・メンツェル、イシュトヴァン・サボー、クレール・ドゥニ、フォルカー・シュレンドルフ、マイケル・ラドフォード、ジャン=リュック・ゴダールの8人だ。フィギス、ラドフォードについては今まで見たことがなかった。やはりこちらもかなりクオリティーは高かった。そして「人生のメビウス」に比較してこちらはより「知」に重きを置いたような映像だった。それぞれ10分という制約があったからこそ冗漫にならずに、高密度の映像を撮れたのかもしれない。ね、ベルトルッチさん。
 こちらの方で特に面白かったのはマイク・フィギスだ。ひとつの家の中の四部屋を10分ワンカットで撮り、画面を四分割して映している。それらのカットは主人公の回想の現場であり、主人公がそれぞれのカット(あるいは回想)にはいりこんでいくというもの。その構成がなかなか斬新で面白かった。
 ゴダールは「映画史」をさらに短く編集しましたという感じではあったけれど、まあ彼の映画そのものという感じだった、ということはゴダール独自の世界だということだ。それにしてもゴダールがいまだに「『勝手にしやがれ』のゴダール」と紹介されているのは、どうかと思うのだが。
 映画が終わってから三信ビル内部を見て回る。シャンテシネに来るときは、必ずここに立ち寄る。特に一階と二階の吹き抜けはただ通り抜けるだけでもなかなか楽しい。今日は8階まで階段を上がるのを楽しませてもらった。さすがに屋上に出るのは遠慮した。
 最近NHKで「映像の世紀」の再放送をしている。「平成7年に放送」とスーパーが出て驚く。あれから8年経過しているのだ。今となってはベトナム戦争さえ牧歌的に見えてしまう。それほど数段暴力的になった上にそれが隠蔽されている。死の、暴力のポルノグラフィー化ってところか。
 昨日買った本の最初の三冊を読み終えた。「間取りの手帖」、「廃車幻想」は図版や写真が多いので読書体験にはカウントしませんでしたが、結構面白かったです。「消えてゆく同潤会アパートメント」は写真も多いですが、字数も多かったのでカウントしました。それぞれお勧めです。

12/29
 恵比寿ガーデンシネマで「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス」を見る。「人生のメビウス」の方はアキ・カウリスマキ、ビクトル・エリセ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダース、スパイク・リー、チェン・カイコーが撮っている。朝日新聞の映画評ではカウリスマキ、エリセ、リーあたりが高く評価され、それ以外は少し低く評されていた。しかしわたしにはそれぞれがかなり高レベルに思えた。最近では新作が封切られても見に行こうともしないヴェンダースやチェン・カイコーも、それなりに楽しめた。しかしこの7人の中で一番だと思ったのは、やはりビクトル・エリセだった。スペインの農村のけだるい午後のひと時、時間が澱んだように流れる中にひっそりと不穏な予兆が現れる。静かで美しい映像にも不安な将来が垣間見られてじっと見入ってしまった。鎌で草を刈る。ミシンで刺繍をする。パンをこねる。ブランコが揺れるという反復される行為に、細分化していっても決して0にはならない時間を意識させた。ビクトル・エリセ先生。10年に1本しか撮らないからといって、この短編で2000年代はおしまいだと言わず、ぜひ近いうちに長編を撮ってください。
 帰りに池袋リブロに立ち寄る。年末年始に自宅にいて簡単に読める本を買うことにした。以下の本を買った。
・間取りの手帖
・廃車幻想
・消えてゆく同潤会アパートメント
・クイア・スタディーズ
・身体/生命
・魔女の息子
 たぶんこの順に読んでいくだろう。最初の3冊は図版や写真付きなので、楽チンなのさ。今は「現代思想 臨時増刊 エドワード・サイード」を読んでいるのだが、もっと読むのが楽な本を求めてしまった。
 ジャームッシュが映画の中で使っていたグールドのゴールドベルクを聴く。

12/28
 朝からヴェーベルンを聴く。それからコダーイ。次にヌスラット・ファティ・アリ・ハーン。それぞれ今世紀に入ってから聴くのは初めてじゃないか?
 今日も実は外出するつもりだったのが、小品を作り始めたらノッテきてしまったので、自宅から一歩も外に出ず(ベランダに洗濯物を出したりしたか)、黙々と制作して一日が終わった。
 

12/27
 昨夜、東京都心部にも雪が降ったようだ。練馬でも駐車してあった車の屋根にはまだ雪が残っていた。
 今日は映画でも見に行こうかと思っていたが、あまりにも天気がいいので布団を干すことにして、なんとなくそのままのんびりする。本を読もうと思って多分1ページも読まないうちにうたた寝をしてしまったようだった。それにしてもまったく何もせずにボーっとすることができない。かならず本を読むなり、テレビをザッピングするなり、雑誌を読むなり、ネットサーフするなり、なにがしか視覚からの刺激を必要とするようだ。そうでなければ寝ているか。
 昨日のMERZBOW、コーランに続き、今日はバルトークのピアノ曲、ショスタコービッチの弦楽四重奏曲を聴いている。
 ところでここ2、3年、バグダッドではポケモンがはやっているとのことだ。バグダッドの家庭のクリスマスツリーにポケモンが飾られている光景を想像してみる。

12/26
 朝起きてもまだわずかながら耳鳴りが残っていた。
 職場は今日が仕事納め。「よいお年を。」と退社しても今年はどうもピンと来ない。なぜなのかと考えてみたら、ここ数年は年が明けて1月や2月に個展があり、それの追い込みに年末年始休暇を使おうとして、例年だと「さあ仕事が終わった!」と制作に専念できるという喜びと焦りのマーブルな気分で盛り上がっていたからだ。今のところ予定はまだまだ先で、そんな気分にまったくならないからだろう。なんだか来年のカレンダーも用意する気持ちにならない。OPAでもらった山口マオさんの一枚ペラのカレンダーでいいや。と、思っていたところ、帰宅したら母が自作の絵手紙カレンダーを送ってきていた。コーヒーフィルターを切って扇子のような形に広げ、そこに描いたものをカラーコピーで複写したものだ。まあ親孝行だと思って飾ることにする。ロシアのセクシーカレンダーはまあ控えていていただこう。
 昨夜のノイズの高揚感が残っていて、最近は聞かなくなっていたMERZBOWを久しぶりに聞いた。いやいやいいっすねえ、ハードコアノイズも。でもその次はコーラン、ナイジェリアの打楽器へ。
 夜になってから雨が降り出したようだ。静かな夜の雨。その静寂をじっくり感じることができなくて残念。

12/25
 東高円寺のライブハウスUFOクラブに行く。職場の打ち合わせだの何だのがあって、少し遅刻気味に到着した。ほとんど時間きっかりにおのさんのソロが始まると聞いていたので、始まっているかと思ったら、ぎりぎりセーフだったみたい。おのさんはすでにステージでサンプラーの調整をしています。ほとんど次の瞬間には始まりました。おお、いきなりのノイズですねえ。いい感じです。いつものノイズ・アンビエントがノイズ色が強くなったという感じでしょうか。ハモンドオルガンの音をサンプリングしてエフェクトをかけてノイズを出していました。最後はトイピアノでちょっとエフェクトもかけて。いいノイズを聞かせていただきました。おのさんはスタジオ練習に直行したので、話をすることはおろか、挨拶もできずじまいだった。
 次は知人からCDを貸してもらったこともあるThe Rest of Life。歌ものでなかなかいい感じだったので、期待していた。が。何せ音が大きすぎて割れてしまってボーカルのメロディーとか全然わからない。それぞれ力のある演奏を聞かせてくれているように思えるけれども、大きな音の塊の中から少し透けて見える程度にしか判別つかない。とにかく曖昧な音の塊が漂っていたという感じだった。非常にがっかり。
 こんなんじゃ帰れないだろうと思って、ちょっと怖いからその前に帰ろうかと思っていたANPを聞くことにした。ANPはKK.NULLがZENI GEVAで活動する前に不失者の初代ドラマーだった村上政二朗と結成したもので、去年15年ぶりに復活したとのこと。わたしもKK.NULLは5年以上前に見たことがある程度だった。ステージに出てきたNULLさん、いきなり「皆さんこんばんは。Absolute Null Punktです。」なんて挨拶し始めました。レコ発記念ライブのはずが遅れてて出てませんとか謝ってます。「では、始めます。」
 で、ドカーンと鋭い大音響が!それまで座っていたソファから身を乗り出し、ついには立ち上がってステージの近くまで行ってしまいました。NULLさんは「カオスパッド」という機材を使って、時々自分の叫び声もサンプリングしてノイズを発生させています。この「カオスパッド」はタッチパネルを指でなぞり、指の触れる位置に応じてエフェクトのパラメーターが変わってカオスな音響が作れるというものらしい(おのさんにメールで教えてもらった)。大股開きで踏ん張って「カオスパッド」を指で弾いたりなぞったりしてます。村上さんはタイトにドラムを叩きまくっています。ふたりともエクスタシーなど無関係に、極めて真剣、極めて冷静にカオスサウンドを生み出しているという感じ。いやあ素晴らしかった。残ってANPを聞いてよかった!これで満足して帰れると、ここで帰りました。
 帰り道はノイズにやられてずっと耳鳴りがしたまま。帰宅しても耳鳴りが続く。布団に入ってもまだ耳鳴り。
 ノイズなクリスマス。

12/24
 今日はちょっと買いたいものがあって、東急ハンズに寄ったわけですよ。渋谷店はあのスクランブル交差点とか通らなけりゃならないでしょ。それに池袋店はサンシャイン通りを歩かなきゃならないじゃないですか。それに比べたら、新宿店は職場からだと代々木駅で降りてちょっと歩けば、他の二店に比べて気分よく到着できるんですよ。それに帰りは新南口から埼京線に乗って池袋は一駅だし。なのでハンズは新宿店によく行くわけです。
 でも今夜は例の日ですよね。日本が国を挙げてキリスト教を冒涜する日ですわ。サザンテラスってんですか?あそこはもうカップルばかりでしたね。なんかちょっとした屋根付の小屋があって、そこに小さな鐘があって紐を引っ張って鳴らすようになってるんですが、カップルが並んで鳴らす順番を待ってるんですよ。なんかご利益あるんですかねえ。それにしてもすれ違うのはほとんどカップル。きっと至るところに出没しているんじゃないでしょうか。今年は六本木なんか高濃度でしょうねえ。こんなの見たらほとんど強迫観念に駆られる人もいるでしょうね。なんか「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」なんて10年以上前のフェミニズムのボキャブラリーが出てきてしまいました。そのサザンテラスでしたっけ?あそこのイルミネーションも木々が不眠症になっちゃうくらいにゴッテリあるじゃないですか。線路を渡る陸橋も照明で埋め尽くされてるし。ハンズの前も人だかり。ハンズの中もカップルだらけ。まあどうでもいいんですけど。
 で、買い物が終わって、よせばいいのにわざわざタイムズスクエアの「イルミネーション・サーカス」ですか?あそこを人ごみをかき分けながら歩いたわけです。なんというかあたり一帯が異様な風景です。みんな写メールでイルミネーション撮ってます。携帯をみんな高く上げている図ってのもちょっと不思議です。そのイルミネーションですがねえ、きれいかって聞かれれば、う〜ん。下品?イルミネーションよりは見物客の方を見てしまいましたね、わたしは。みんな楽しそうです。まあ、どうであれ、人々の幸せそうな笑顔はいいもんですな。きっとイルミネーションよりはそっちの方がわたしには魅力的に見えたんでしょうね。
 アルンダティ・ロイ「帝国を壊すために」読了。「小さきものたちの神」でブッカー賞を取っただけあり、鋭い批判の中にもちょっとしたユーモアを交え、美しく流麗な文章となっている。きっと英語の原文で読んだらもっと面白いかもしれない。彼女の「小さきものたちの神」は、直線とも螺旋とも違う形容しがたいインドの高温多湿な時間の流れを感じながら読んだ。水面は漆黒の静けさなのに、その下は圧倒的なエネルギーを秘めているというような、そんな流れを。
 彼女はインド国内の台頭するナショナリズムと民族問題、そして最近のアメリカ問題(イラク問題やアフガニスタン問題と言うよりは)を勇気を持って告発する。「テロとの戦争」になだれ込んでいった時期に、欧米の知識人たちがはっきりとものを言えなくなり、彼女の発言がよく引用されたらしい。そうやって自身の主張を間接的に表現したらしい。「欧米男性の知識人」が「アジア人女性」の発言を利用する。なんか嫌な印象を覚える前に、社会問題に取り組むあまり小説を書く時間が取れないという彼女の次回作がいつか上梓されることを祈って、今日のところはおしまい。
С Рождеством!

12/23
 よもやグレート・ジャーニーだの長征だの言いますまい。でもまあ言わせていただければ、今日は吉祥寺−代々木−広尾−亀有と回ってきたのでした。
 成増−吉祥寺間のバスは本数は少ないし休日はかなり混む。しかし石神井公園から吉祥寺まで直接行くのはそのバスに乗るしかない。それ以外だと荻窪までバスに乗って、それからJRで吉祥寺に行くかだ。で、成増−吉祥寺間のバスは、石神井公園から乗る時点ですでに座席はすべて埋まっているときもよくある。しかし今日はなぜか前の方の席に座れてしまった。その後さほど乗客が乗らないまま走っていった。そして上石神井あたりからかなり混んできた。そのときにすばやく席を譲ればよかったのだ。どうも今日はなんだかタイミングをはずしてしまってばかりで、ついに席を譲ることができなかった。譲られてしかるべき方たちが何人も乗ってきたというのに。最後はかなりの満員となり、席を譲るために体を移動させるほどのスペースが作れないくらいの混み具合になってしまった。こうしてここに書き込んでいるのは、反省していると言うよりは、やましい気持ちでいることをなんとか和らげたいからだろう。軽い頭痛があったからだろうか、確かにどこかでずっと座っていたい気持ちもあった。不思議なもので電車ではよほど空いているか、遠距離を乗るかしない限りは座らないが、バスはなぜか座ってしまう。座ったほうが風景が見られるからかもしれない。
 Jin Winter Session 2003を見た後、今度は代々木のギャラリー千空間へ届け物に立ち寄る。そこで草野さんに今後の面白そうな企画物の予定などお聞きする。わたし自身考えつかなかったような形の可能性もありそうで楽しみだ。そんな話を聞いたりして1時間以上はお邪魔していただろうか。お声をかけていただけるのは光栄だし、自分の作品について新たな視点をもたらしてくれるのはうれしいことだ。まあその成果は一年後くらいに出るだろう。<ヒント>草野さんは結構裕福な知り合いのご夫妻がエルメスのスカーフやヴィトンのバッグなどを買うのに「美術品」を買わないのは、「アートは身につけられないから」だと言われて、カチンときたことがあったのだそうだ。
 電車を乗り継いで広尾に到着。工房"親"のグループ展を見る。案内をいただいた押鐘まどかさんのバッグとカイメンをかたどったマフラーは可愛かった。そのほかにもエッチングや細密画の方の力のある作品もあって、なかなか充実したグループ展だった。
 さて、また地下鉄を乗り継いで亀有へ。霞ヶ関で日比谷線から千代田線に乗り換えてから、先が長いしとても空いていたので座席に座らせてもらいました。Gallery Barcoのグループ展は榊原さんの奥さんの企画だということらしく、奥さんと奥さんのご両親がてきぱき接客をされていた。榊原さんは子守とのこと。こちらはタイトルどおり雑貨中心。結構盛況のように見えたが、作家+榊原夫妻の友人+ご近所ということらしい。いや、それが盛況ということでしょう。亀有という土地柄を活かしたギャラリー展開ができるように思える。期待してます。
 夜にはおのてつさんに差し上げるものを、わざわざおのさんに取りに来てもらった。彼も忙しい中、時間を割いて寄ってくれたのだ。しばらくいろいろと話をして、ふとしたきっかけで池田亮司のコンサートのDVDを見せることになった。おのさん結構真剣に見始めてしまった。あまり時間がないと言っていたのに1時間くらいは過ぎてしまったので、一応気を利かせたつもりでまだまだこれから用事があったということを思い出してもらい、DVDを貸して続きは自宅で見てもらうことにした。そんなところで今日の活動は終了。

12/21
 府中市美術館の「ZONE 不穏な時代の透視者たち」に行った。加藤泉、神谷徹、登山博文、長谷川繁、東恩名裕一、渡辺紅月という実力者揃いでとても見ごたえがあった。それぞれが見つめれば見つめるほど絵画の中から新たな何かの気配が導き出されてくるような、そんな力によって絵画の前に留められたような感じだった。中でも神谷徹氏の、具象よりは緩やかなグラデーションのかかった抽象が、わたしには興味のあるものだった。その気配や奥行きが、今度制作していくであろう作品のヒントになりそうに思えたのだ。何度も何度もそれらの作品の前で立ち止まり、しばらく見入ることになった。いい展覧会だった。
 公開制作室では沖啓介さんの作品が展示されていた。部屋の前に置いてある資料を見ていたら、いきなり作品の説明をしてくる男性がいた。沖さんご本人だった。作品の説明をしながら部屋の中に入っていく沖さんの後について部屋の中に入る。部屋の中にはCTスキャンしたご本人の脳から作ったという、無数の脳のオブジェがあり、それらの間に密かに設置されているいくつもの小さなカメラによってモニターに画像が切り替わりながら映る。カメラによって動く物体を感知すると、ピアノの音を発するようなプログラムが組まれている。目の前を動くものを感知するというのは爬虫類の脳と同じレベルだとのこと。大きく早く動くとそれだけ音がたくさん発せられるようになっていた。
 参加型の作品で時々起こるのは、鑑賞者が装置の外側で様子を伺っていて、その作品が本来意図する事態を発生できないことだ。なので、沖さんがわたしにその白羽の矢を立てたからには、ちきんとその役割を果たそうと、しっかりその作品を楽しんだ。美術館には2時間以上いたと思うが、なかなか充実した時間だったと思う。
 そのご代々木のギャラリー千空間へ。草野さんにお会いするのは南村さんの壮行会以来だ。千空間は二階が長居をさせてしまう空間なので、ここでも草野さんといろいろと歓談させてもらった。堀由樹子さんは最近の形が出てきた絵が一層いいものになっていると思う。一階の大きな作品もよかったが、二回の小品もなかなか味わい深い作品だった。
 今日はかなり満足いく絵画体験を味わわせてもらった。

12/20
 朝、まだ布団の中に入っているときから、排気量が小さいバイクをふかしているような音がずっと聞こえていた。きっと道路工事か家でも建てているのだろうと思っていた。が、外出する段になって驚いた。マンションの裏の家にあった立派な桜の木が切られていたのだ。あれはチェーンソーの音だったのだ。見たところ一抱え以上の太さの幹だったから、樹齢もそれなりにいっているはずだ。理由は何なのか知らないが、まったく残念だ。その季節には毎朝淡い色を見られたというのに。
 島田雅彦編「無敵の一般教養」読了。雑誌recorecoの連載「島田雅彦の過剰対談」がベースになった本らしい。その内容とは島田雅彦が以下の名物教授から一般教養講座を受けるという趣旨のものなので、島田雅彦が嫌いな人にもお勧め。その講師陣は松井孝典(惑星物理学)、森浩一(考古学)、足立恒雄(数学)、茂木健一郎(脳科学)、関野吉晴(文化人類学)、田中克彦(言語学)、加藤陽子(近現代史)、筑波常治(農学)。巻末にはそれぞれの分野の「必読書」が紹介されているので、ごくごく入門書として手をつけるのにもいいだろう。わたしは田中克彦氏、筑波常治氏の話が特に面白かった。言語学はウンチク系として興味もあり、田中克彦氏の著作も新書で何冊か読んでいるが、この本の中で特に面白かったのは、「日本語は表意文字としての漢字と表音文字としてのかな(カナ)という二大文字文明の衝突の現場なのだ」というくだりだ。うん確かに。言われてみればそうだ。しかしそれを意識できている日本語ユーザはあまりいないだろう。ところでわたしのアーティスト名がなぜカタカナなのかということにはいろいろと説があるが、真意は文字通り表意文字が持つ「意」を消して、即物的な記号として名前を扱いたかったからだ。
 それからチョムスキーに関して。わたしは実は社会運動家よりも言語学者としてのチョムスキーの方を最初に知った。彼の「生成文法」の解説本みたいなもんだったが、たとえ何語であろうと、その基礎には共通の普遍的文法が存在するのだという説にはどうも納得できなかった。田中克彦氏はチョムスキーの言語理論はある種のグローバリズムだと言う。それはまた面白い。チョムスキーは昨今のいわゆるグローバリズムには反対しているとされているから。
 そして筑波常治氏。農業は謎だらけだという。大きな謎のひとつ。日本でなぜこれだけ米(コメ)に対する思い入れが強いのか。元々コメは熱帯の作物であり、温帯の日本は本当は最適地ではなく、他にもっと容易に作れる作物があったのに、努力してコメを作った。それがなぜなのか明確にはなっていないとのこと。ふたつめ。現在栽培、飼育されているものは自然界の生物としては奇形であるということ。栽培植物などは人間の立場から見て利用目的に沿った部分だけが大きくなるように植物をつくり替え、一部分がとにかく大きな恐ろしくアンバランスな体型になってしまった。が、古いもので紀元前7千年、新しくて紀元前2〜3千年あたりには現在の作物のもとが出来上がっているのだそうだ。しかし実はそのつくり替えた具体的な方法がわからないのだそうだ。現在の技術をしても、実験室の中でピンセットで人工授粉させることで、野生種をいくつかかけ合せて栽培用の小麦が作れたという程度らしい。ちなみに紀元前7千年は鉄器時代にも入っていないので、ピンセットで人工授粉させるなんて無理な話だ。なのにそのころには現在栽培されている作物がほとんど出来上がっていたのだ。こういうのってなんかすごい興味惹かれません?
 Oギャラリーの安藤智さんと高塚由美さん、なかなか面白かった。それから高久千奈さん。トイレの内部がカラフルな渦巻きで覆われている。私の持っている作品は卵が渦巻きに覆われている。ここで赤瀬川原平のカニ缶を思い出す。トイレの中に入ってみると、高久さんがまるで世界をカラフルな渦巻きで覆ってしまったということになる。
 またCD購入。SUB ROSA(ベルギーのインディーズレーベル)のコンピレーションアルバムだ。an anthology of noise & electronic music / first a-chronology 1921-2001。1921年の作品からジョン・ケージ、ナム・ジュン・パイク、ノイバウテン、ソニック・ユース、DJスプーキー、池田亮司まで入っている。ノイズ/エレクトロニック・ミュージックファン、必聴盤です。
 どうやらわたしには音楽の趣向に波があるようで、ときどきポップスが必要になるときがあり、その期間はしばらく情緒的なものをやたらに聴きまくる。しかしその期間が終わるとそういうポップスをほとんど聞かなくなり、いつもの音響系、ノイズ・アンビエントの音に帰っていくのだ。一回息継ぎしてしばらくは深海に潜っているマッコウクジラみたいなもんか?

 「うわー、それってうれしいかもー。」なんて言われると、おじちゃん、「うわー、それってうれしいかもー(しれないし、うれしくないかもしれないー)。」って言われているように思ってしまうんです。密かに顔引きつっちゃいます。

12/18
 (続)そんな早々に楽しくってウキウキしちゃうようなことなんかあるわけないじゃないですか!
 riverbendのbookmarkが11月分に対してなされていたようで、12月分は新しいページになっていた。彼女の日常生活の不安が伝わってくる。しかし停電で不便な生活ではあっても、夕暮れにいとこなどと屋上に上がって夕日が沈むところを眺めていたりする。PCを使い英文も書けるということは、きっと貧しくはなく、知識層とも言える家庭に生まれ育ったではあろうが、とても詩情豊かな文章を書く女性だと思う(わたしの拙い読解力からしても)。
 今朝の通勤電車では左隣にギターのリフが聞こえ、右隣からはテクノ系のリズムが聞こえてきた。耳は聴覚や平衡感覚以外に、案外他者との距離感や触感に近いものも感じるているのではないかと思う。それは音が波形であり時間に基づいていることから、脳の中で差異の比較をすることで生まれる認識なのかもしれない(まったくの推測です)。わたしは自転車に乗っているときも歩いているときも周囲の音を聞いている。聴覚によって周囲の気配を捉えるからだ。一般的にはそういった感覚を他器官で補う術を元々持っていないため、大音響でウォークマンを聞く人は、混んだ電車の中で他者に対する感覚が鈍っているように見受けられる。ってまあ要は「もう少し静かに聞いてください」、人にぶつかったらぶつかったって感じてくださいってことだけです。ウォークマン聞いてノリノリでいる人を見たら、正面に立って一緒にノッて上げようかとか、ギターのリフに合わせて口を開けて首でも揺らしてあげようかとか思ったりしますが、実際には当然そんなことしません。それから大音響でクラシックだったり声明だったり民族音楽だったり聞く人がほとんどいないのはなぜなんだろう。

12/17
 そんな早々に楽しくってウキウキしちゃうようなことなんかあるわけないじゃないですか!
 寺島実郎著「脅威のアメリカ 希望のアメリカ」読了。政治的スタンスからすれば、彼はいわば宏池会系ってところか。

12/16
 極めて身近なところでこんな文章を目にしてしまった。
 「とかくこの国の人々は権利ばかり主張して、義務は最後の最後まで目をくれません。大赤字を出すのを許しながら、消費税の値上げには反対します。自由と民主主義を謳歌しながら他国の独裁体制には無関心です。」
 気分が悪くなった。こんな言説はよく見かけるのではあるが。一介のサラリーマンが経営を語り、政治や経済を評論家気取りで解説しようとする。日本ほどサラリーマンというかいわゆるemployeeの比率の大きい国はないとどこかで読んだことがある。みんな雇われてるだけなんだぜ。まああたしも一介のサラリーマンのくせに世界情勢について書き並べてますけどねー。
 ちょっと嫌な気分になってきたので、GLENN BRANCAのTHE ASCENSIONを聞くことにする。
 それにしてもわたしの日誌にはまったく華というものがないなー。明日からもっと楽しくってウキウキしちゃうようなことします・・・・。まじっすか。

12/15
 ワールド・ピース・ナウが今日午後5時半から国会議事堂前で集会を開くという。職場から一駅なので、行こうと思った。仕事が一段落した(というか一段落つけた)のが6時半すぎ。永田町の駅に着いた時にはすでに7時10分前だった。議事堂の裏側を歩いていくと歌声が聞こえてきた。国会記者会館の方の角から首相官邸に向けて「ギブ・ピース・ア・チャーンス」と繰り返している。なぜその歌なの?その疑問が大きくなってしまって集団の中には入れない。そのまま議事堂の横を通り六本木通りに出て、それからまた議事堂に戻ってきた。ちょうど集会は終了というときだった。なぜジョン・レノンなのか。なぜイマジンなのか。それらは雰囲気作りのためなのか?
 たぶん「非戦」という戦略は対処療法ではなく、戦争をしない世界を作るための日常的な活動であり、意識の改革なのだろう。そこが「反戦」と違うのかもしれない。しかし、そして、だからこそ、「非戦」とはこの世界情勢に疑問を持つ人々のための、ただの癒しのサークルではないのだということも明確にしておきたい。
 Salam Paxriverbendも最近更新がされていない。Salam Paxはときどき変なページに置き換わる。riverbendは一旦12月分の更新がされたが、わたしがまだ中身を読まないうちにまた元に戻ってしまった。彼らも情勢を見極めようとしているのかもしれない。
 あーあっ。中身がないというのは彼自身のことだったのか。ニュースで見た限りだが、国会審議でのこの国の宰相の言葉はあまりにも寒々しい。あれじゃあ質問に対する回答と言うよりは揚げ足取りでしかないじゃないの。
 そんなお方に「想像してごらん。」と歌って語りかけるのは、はたしてどれだけ有効なのか。

12/14
 そろそろ制作をいよいよ始めようと思い、午前中部屋の整理。結構ごみが出て、制作をするにはいいスペースができた。一段落ついたところで自転車に乗って遊工房へ行く。木版の大作が3作。レクイエムという島野芳子さんの展覧会だ。レクイエムは「死者にささげられる祈りであり、同時に愛と平和を願い求める静かな安息の祈りである」という。作品の中から静かなささやきが聞こえるようで、じっと耳を傾けるように作品に時間をかけて対峙したくなった。描かれているのはアジサイだ。まるで薄暮の小雨の中で満開のアジサイを見つめているような作品だ。アジサイを介して死者がほとんど聞き取れないほどのささやきを発しているようにも思える。
 島野さんはニュー・メキシコのアルバカーキー在住で、今は遊工房にレジデンシーで滞在しているとのこと。砂漠の中に住んでいながらこんな湿潤な作品を作れるのはなかなか面白い。と、質問すればよかったけれど、お茶をゆっくりいただいて、じっくり静かに拝見させていただいた。次にギャラリーブリキ星に移動。ここでもまた島野芳子さんの作品をゆっくりと拝見させていただく。制作を再開するにあたって、静かにモチベーションをかき立ててもらえたような気がした。今度の週末あたりからいよいよキックオフだ。
 さて、サダム・フセイン拘束。もちろんそれは歓迎しよう。しかしこれがあの大統領の支持率を上げるだけだったり、この首相が安心して自衛隊を派遣できるようになるだけだったとしたら。サダム・フセイン拘束が劇的に状況を変化させるとは考えられない。今までと全く変わらずに、無関係な一般市民がテロの犠牲になり、米軍の無差別攻撃の犠牲になっていくのではないかと不安だ。サダム・フセインをせっかく生かしたまま拘束したのだから、イラク人自身によって彼を法廷で裁き、彼にあらゆることを語らせるべきだ。
 この件について、Salam Paxriverbendがどんな発言をするだろうか。イラク人たちの編集されていない生の声が聞きたい。
 
12/13
 今日もまた、まずはユーロスペースに行ってカール・ドライヤーの「ゲアトルーズ」の整理番号を取る。21番。渋谷駅の前には救世軍の鍋とトランペットの調べ。その横では年末ジャンボを買いましょうの拡声器で促す声。つまり年末も押し迫っているということの証左か?
 渋谷から銀座線に乗る。赤坂見附あたりで眠ってしまった。気がついたら新橋だ。急いでホームに下りた。が、元々京橋に出ようと思っていたことを思い出し、もう一度電車に乗りなおす。その一連の動作の間、脳の中で情報の連結が細い回路でなんとかやっているような、不思議な感覚だった。視界は鮮明だった。しかしそれの意味するところを把握し、当初の行程表と比較し、その後の対応方法を選択するという一連の流れがそれとわかるくらいの速度で行われたのだ。ブロードバンドで見慣れた画面をアナログ回線で呼び出したとでも言ったらその雰囲気は伝わるか。
 今日気持ちよかったのは藍画廊の石塚雅子さん、かねこあーとギャラリーの井崎聖子さん、大山美信さん、ギャラリー覚、Oギャラリーの吉見律子さんといったところかな。ギャラリー覚の久保理恵子さんの小品はずっと手元で見ていたい作品だと思ったけれど、すでに赤い丸がついていました。残念。
 それから再び渋谷に戻り、カール・ドライヤーの「ゲアトルーズ」。抑制された演技による室内劇といったところ。部屋の照明をいろいろと変えて、それが人物の陰影に反映して心理描写がなされたりして、なかなか面白かった。とりあえずこれにてカール・ドライヤー終了。
 最近NHKはどうしたのだろう。先週の新日曜美術館はオットー・ディックスの特集だった。二度の大戦に従軍したディックスが描く戦争の惨状は生々しく、嗅覚さえも刺激する。そして今日は「最期の言葉 作家・重松清が見つめた戦争 アメリカに保管されていた日本軍将兵の日記や遺書」だ。この番組は夏にハイビジョンで放映したものだが、この時期に地上波で土曜夜9時からの放映だ。この番組で明らかになるのは兵士ひとりひとりの思いだ。大義などを信じるわけでもなく、自分の命がいかに大切なものであるかを語り、家族や恋人への思いを綴り続けるひとりひとりの溶解せずに残り続ける比重の重い言葉だ。この時期にわざわざこういった番組をぶつけたのだろうか。よくNHKがやるのは、ニュースでは極めて体制側の情報を流し、ドキュメンタリー番組でややリベラルな視点を見せたりする。
 まあ最終的に要求されるのは、情報を受け取る側の許容量と冷静な判断力だ。

12/12
 今回の歯医者通いは2回目の今日でおしまい。年2回は定期検査をしましょうと行きつけの歯医者に言われていて、それでほぼその周期で診てもらっている。今まで検査のたびに、毎回結構直すところがあった。しかし今回は欠けてしまったところをちょっと削って詰めた程度だ。職場の近くにある歯科医で、お昼休みに行っている。制作が立て込んで睡眠不足になっている時に通院が重なると、虫歯を削っているときでさえも容赦なく眠くなってしまい、口を閉じそうになって「もう少しだからがんばって」とかってよく言われた。だいたい顔を覗き込まれている時に目を開けて相手を見るわけにも行かず、目を閉じているからだ。
 わたしの前歯の内側はかなり磨耗してしまっているらしい。何年か前にそこに行き始めた時に言われた。本人にはまったく自覚がないが、歯ぎしりをかなりしているとしか思えないとのことだ。そういうわけでわたしは毎晩マウスピースをつけて寝ている。やはり歯は大切ですから。
 ニール・スティーヴンスン「ダイアモンド・エイジ」読了。上下二段組で500ページを越える大著。最初の状況説明が少しきつかったけど、その後は割と面白くストーリーが進んだ。でも最後の最後がわたしにはちょっと・・・。この本も出版された直後に買っておいてほぼ2年後にようやく読み終えたというところだ。SF強化期間はこれにて終了。次は寺島実郎氏の「脅威のアメリカ 希望のアメリカ」(岩波書店)。

12/11
 先生。よくわからないんですが、武器は輸送しないけれど、武装した兵士は輸送するって、どういうことでしょうか。戦車だけだと輸送しないけれど、人が乗った戦車は輸送できちゃったりするんですか?
 
12/10
 さて、中身がないという日から、内閣府だろうか職員がたぶん休日返上でカンテツして文章を作ったのだろうか(あるいはもともと雛形があったのか)、自衛隊派遣の基本計画が9日発表された。第9条を反故にするために前文の都合のいいごくごく一部をを持ち出す。「可能性を言えばきりがない」と質問を突き放す。「今後定める」、「その時点で判断する」といつもように先送りをする。イラク復興支援と言いつつ表敬訪問したイラク民主化のリーダーが「軍隊ではなく非武装で」と要請しても、検討の余地もないようだ。すべては最初からご神託をいただいたように、と言ったところなのか。かの国の一部国民が思っている以上に、この国の政治家は「世界=アメリカ」と信じているようだ。だから国際貢献を対米協調と並べても、それはただのトートロジーにしかならない。
 それにしても何を急いでいるのか。愚かなくせに地球上最強の権力を持ってしまった男にしても、その男の農場に一泊させてもらって感涙にむせぶ形容詞絶叫男にしても、みんなじっくり考えることなく、最初から答えが決まっていて、それに突き進んでいくだけみたいだ。
 そして、あるいはしかし、わたしたちは低能だとか中身がないとか言って揶揄している間に、彼らがどんどん突き進み、そして以前では考えられなかったようなところまで到達してしまっているのを許している。しかもそんな失敗をわたしたちはここ数年間何度も何度も犯してしまっている。
 以前「日本も血を流さなければならない」と言った政治家がいた。当たり前のことだが、「日本」は決して血を流さない。血を流すのは日本人というか、具体的なひとりの人間なのだ。衝撃を受ければ内臓や脳が飛び散る、弱々しい一個の具体的な生命なのだ。

12/9
 仕事帰りにZa Gallery文京の杉山啓子展に立ち寄る。会場には暖かいクリスマスソングが流れている。まあ杉山さんの作品を壊すものではないからいいとしよう。むしろ杉本さんの植物の美しい流れを一層とっつきやすく感じさせているのかもしれない。白い壁に大きく展示された作品と、夜の闇を背景に窓ガラスに映って浮かび上がる作品とに包まれるようにして鑑賞する。
 Za Galleryのある文京グリ−ンコートの正面の公園は動物をかたどったいくつもの電飾があった。遠巻きに眺めながら立ち去る。それにしてもこの季節、世の中に電飾が多すぎる。最近では一般家庭でもマンションでも飾っているところがある。その電飾にしてもクリスマスツリーにしても、なんだかわたしには異国の風習のようにしか思えなくなってきている。もちろん幼少のころは両親がクリスマスツリーを飾ってくれた。しかし今ではクリスマスの風景には懐かしいような感覚も湧かない。それだから時間がフラットに感じられるのか。
 おかげさまで今シーズンも忘年会一切なしで済みそうです。安堵。

12/8
 ネズミとアヒルとイヌが毎日愉快に暮らしているという浦安にある夢の国のスポンサーでもある某生命保険会社からカレンダーをもらった。「こういうのを飾るとお部屋が明るくなりますよね。」なんて。ネズミとアヒルとイヌが極上の笑みをみせているぞ。いやぁ、こういう明るさはわたしには必要ないんでぇ・・・。誰かにあげようかなー。
 てなことがあって帰宅したら、大きな封筒が。ロシアの友人Владимир;ヴラディミール(日本語風発音ウラジミール、通称Валодия;ヴァロージャ)からの郵便だ。封筒を開くとカレンダーだった。しかもネズミとアヒルとイヌの国ではしっかり隠蔽されている領域の。アンナだのパメラだのアンジェラだのが、一応隠すところは隠してますという程度の衣装で横たわっている。MAXIMという成人男性雑誌のカレンダーだ。「ご贈呈に!」なんて書いてあるぞ(ロシア語で。あ、辞書引きました)え・・・っと。成人男性用のロシア語の教材と思えばいいのか?と、月も曜日も単語を忘れてしまっているのに気がつく。最後の見開きにあるそれぞれの女性についての説明のロシア語にいたっては、greek to meだ。う〜ん。確かにわたしもきれいなおねえさんは好きですが、こういう明るさが私のお部屋には必要なんでしょうかねえー。
 とりあえずメールでお礼は言っておくけれど、でもなんでこれなの?わたしは毎年葛飾北斎なんかの浮世絵のカレンダーつきのカードを送っているんだけど、それじゃ物足りないってことなのかしら。
 一応、彼のために説明をすれば、彼は日本で言えば東工大みたいなところを出て県庁の課長みたいな役職についているエリートなんです。ロシアでは暮らしは結構いい方でしょう。ときどき延々とバスに揺られてではあるけれど海外旅行もするし、持ち家だし車もあるし、いわゆるダーチャ(別荘)もある。
 あ、思い出した!10年前に彼の家に遊びに行った時(ロシアですよ)、彼が今まで撮った写真をスライドにして見せてくれてたときのこと。奥さんも娘もその部屋からいなくなったとき、「トオスィオ」(とロシアでは呼ばれていた)と小声になって、彼が旅行で行ったユーゴスラビア(当時)の海水浴場で撮ったトップレスの女性たちの写真を見せてくれたっけ。でもそのときの彼の表情はいやらしいところもなく、いたって普通だったんだよなー。
 ロシア語で月や曜日がなんだったか確認するために、昔使ったテキストを出してみた。テキストには一人の女性の手によるメモがあった。その甘く高い声を思い出した。もうずっと思い出すこともなかった声だった。その声の主はロシア語を習っていたことを思い出さないだろう。そしてそこで出会った男のことなど。

12/7
 最近なんとなく北の方にいってみたくなっている。北海道ではない。そこまでは行かない北。しかも日本海側。津軽半島あたりだ。太宰治にちなんでではない。そこの海の色や風の鋭さを求めているような気がする。
 さて、聞くところによると、今度亡くなられた書記官はイラク戦争が始まる前から「これは絶対にやってはいけない戦争だ」と、取材したジャーナリストに語っていたらしい。たぶん家族にもそういう話をしていたのではないだろうか。それこそ無念だったにちがいない。外務省の合同葬では同僚に送られるのはいいとしても、しかし「遺志を継いで」などと外相や首相に勝手に自分の死を利用されるのには、それができるのであれば憤慨しているかもしれない。が、わたしは、人間は死んだらそこでおしまいで死後の世界などないし、自分の葬式を俯瞰することなどない。と、思っている。「死」の意味とは残った方が勝手に解釈して、利用するものなのかもしれない。わたしがこんなところでこうやって書いているのも含めて。

12/6
 昨日に引き続き、まずはユーロスペースで整理番号取得。今度はいろいろと迷ったが「吸血鬼」にした。「裁かるるジャンヌ」とはまた違った、白昼夢のような映像を見ようと思ったのだ。カール・ドライヤーの3回券を買っているのだ。あともう一本は「ゲアトルーズ」に決めている。
 それから竹橋の国立近代美術館へ。「旅−「ここではないどこか」を生きるための10のレッスン」だ。入場券が搭乗券みたいだし、鑑賞ガイドがパスポートみたいで、入国管理のスタンプみたいなのを押してくれる。蔵屋美香さん、がんばったね!(知り合いでもなんでもないけど)。わたしは10人の中ではビル・ヴィオラの「十字架の聖ヨハネの部屋」が気に入った。立つこともままならない部屋に幽閉された「十字架の聖ヨハネ」がその中で着想を得たという詩の囁くような朗読が流れ、その内的風景とも言える荒々しい山の映像が激しく揺れて映し出される。その映像と囁きに、しばし会場に立ちつくした。その後4階に上がって近代美術館の常設展。現在は藤田嗣治の特集をしている。リニューアル時に見て以来久しぶりに「アッツ島の玉砕」を見れた。彼も含めた画壇の戦争画への取り組みについては今後もっと明らかにされて行くべきだと思う。その画風からは想像もできない画家が、戦地に赴き、戦意を鼓舞するような絵を描いている。戦後、そういった画家は口を閉ざし、周りもその事実自体を封印した。画壇だけではなく文壇も「ペン部隊」なるものを編成して、意気揚々と戦地へ出かけていったらしい。そこらへんは辺見庸も折に触れて記述している。こちらもそのことはまるでて忘れ去ろうとしているようだ。そして今ここに来て再び「マスラオ」の時代だ。
 それから「イサム・ノグチが作った光の彫刻」という展示もあった。わたしの紙を使った作品で、いつか照明を作れと友人から宿題が出ているので、少し研究心からも鑑賞した。 思ったよりじっくりと近代美術館を鑑賞したため、その後の京橋−銀座のギャラリー巡りはかなり飛ばしてみることになってしまった。今日見たいと思っていたのはOギャラリーupsの斉藤 亜耶子さんだ。DMを見たときはイケムラレイコ−太田綾乃(さん)の系譜を感じたが、実際の作品はもう少し柴田有子(さん)さえも感じさせた(以上の系譜はいろいろな可能性について言及しただけです)。なので、アーティストファイルを見ようと思ったら、持ってこなかったとのこと。あ、金沢の人なんだ。今度個展をするときにはぜひご連絡ください。そのときにはファイルをぜひ拝見させてくださいね。今日は忙しくギャラリー巡りをした割にはみんないい作品揃いだった。うれしかったし、もっとじっくり見たくて残念だった。
 で、いよいよカール・ドライヤーの「吸血鬼」。「裁かるるジャンヌ」に比べると正直いささか見劣りがした。が、これからいったいどうなるんだという漠然とした不安や、これは白昼夢なのか実際の光景なのかという不思議な感覚を抱くことはできた。
 この年末年始は映画漬けっぽくなりそうだ。たぶん後5本は見るだろう。

12/5
 お昼休み、大急ぎでユーロスペースに行って、カール・ドライヤーの「裁かるるジャンヌ」の整理番号をもらった。実は昨日開演30分前に映画館に到着したら、既に満席ですごすごと帰ったからだ。職場から半蔵門の駅まで10分。走りましたよ。自分でも苦笑するくらいの熱情だった。
 で、退社するのも思ったより時間が遅れてしまい、それでまた駅まで走った(!)。
 開場5分前に着いたら、ユーロスペースは「裁かるるジャンヌ」を待つ人々でごった返していた。ものすごい人気だ。立ち見もあるらしい。9時過ぎにも上映することになったようで、7:20の回は諦めてその9時過ぎの回の整理券を改めて求める人もいた。わたしの整理番号は29番。入場してさっと最前列を確保した。
 きちんとした評をするのは、グリフィス、ラング、エイゼンシュテインあたりをしっかり見た上でのことだとは思うが、しかし「裁かるるジャンヌ」には圧倒された。そのアングルの大胆さと白(あるいはコントラスト)の強さだ。ローアングルから塔や人物の表情を撮る構図については「建築学的」と言われているようだが、本当に息をのんで目を見開いて見ていたように思う。それから余白というよりもその存在自体が強烈な印象を与える白。ドライヤーは室内や塔の壁にモノクロで暴力的なまでにこの白を出すため、壁をピンクに塗ったらしい。アップで撮られた顔の表情は圧倒的で、特に下司な奴を演じる俳優がとてもいい顔をしていた。それにしてもジャンヌ役のルネ・ファルコネッティさん、そんなに目をひんむかなくてもいいのに。ちょっと怖かったっす。青山真二は笑っちゃったらしいけど。
 がんばって整理券を取った甲斐があったと、つくづく感じた。大きな充実感を持って帰宅した。

12/4
 こんな話はアネクドートでしかないと思っていた。
 その昔こんなのがあった。
「まったく。ブレジネフの低能め。」
「シーッ。それは国家機密だ。ばれたらラーゲリ行きだぞ。」
天安門事件直後の中国バージョンでは「李鵬は馬鹿だ。」が国家機密だった。
 そしてこの国では首相が自衛隊派遣についての協議で秘密保持を徹底するよう指示し、
「秘密にしなきゃならない情報もある。」
記者会見で官房長官が
「説明しろと言ったって中身がなくては説明ができないじゃないですか。」
機密情報とは「中身がない」ということか!
ブラボー!素晴らしすぎるぞコイズミ!

12/3
 また本を買ってしまった。寺島実郎氏の「脅威のアメリカ 希望のアメリカ」(岩波書店)。寺島氏は長い間かの国と関わりを持ってきた人物だけあって、ニュース番組でのコメントも頷けるものだ。わたし自身、題名の後半部分を信じたいところがあるのかもしれない。もちろん当然のことだが、かの国とそこに住む人々を同一視してはいけない。

12/2
 カオリさんとボブさんと赤坂のおそば屋さんで夕食。
 ボブさんは今はサンフランシスコ郊外に住んでいるが、10年くらい前に日本に編集の仕事に来ていて、そこでカオリさんと知り合いになったということだ。
 カオリさんとは2ヶ月ぶり、ボブさんとは去年の10月以来だ。ボブさんと会ったときはちょうどアートリンクをやっている時期で、朝倉彫塑館を紹介し、それから谷中の辻を連れ回した。ボブさんはそれまで皇居とか明治神宮といった広い場所は行ったけれども、東京のneighborhoodを見られるのはとても面白いと言っていた。  あれはちょうどWTC事件から一年経ったくらいのころで、それに絡んだ話もした。ボブさんはノーム・チョムスキーに興味があるというリベラルな人だ。彼曰く、「チョムスキーは現代のカッサンドラだと言える。」カッサンドラはアポロンに愛されて予言の力を与えられたが、求愛を拒絶したため、仕返しに誰もその予言を信じないようにされたという女性だ。冷静に考えて真実を見ようとする人にとっては、あの国の当時の異様な熱情はとても居心地が悪いだろうなと思った。
 今回、カオリさんとボブさんは伊豆大島と伊勢−高山に旅行したようだ。高山の白川郷にあった郷土博物館(みたいなところ)に興味を引かれたらしい。昔使っていた木製の道具やら食器類などが展示されていたとのこと。当時の人々はそれをただの道具としてしか思っていなかったものを、100年後とかの人々がその造形やら時間の蓄積に美を見出して博物館に展示するという、そういったことがとても面白いと言っていた。
 そんな博物館の話の流れで、カオリさんがワシントンDCにあるようなアジア、アフリカなどに関連する博物館に行って思うのは、それらがアメリカ人の征服の歴史を表しているということだと言い出した。中南米やアジア、アフリカ、そしてイラク(!)に対する征服の歴史だと。全くだとボブさんは頷いた。そして大英博物館がパルテノン神殿の大理石のレリーフをギリシア政府から返却するように訴えられているという話をする。これは小説の中のことだがと、ナバホ族の人物が、博物館に展示されている数百年前の自分の祖先のナバホ族の人骨の返却を要求するというシーンを話してくれた。科学的見地からとか人類学的にとかと理由を述べ立てて返却を拒否する博物館側に対して、このナバホ族の人物は「あなたのおじいさんの骨がこうやってケースの中に入れられて人々の視線を浴びていると考えてみなさい。あなたはそれに耐えられますか?」と抗議するというのだ。そんな話をしてくれるのは、他国に対して侵略を繰り返したばかりではなく、現在国土としている土地に対しても、征服した結果であるということを、しっかりと認識していることを示しているように思える。ボブさんのアメリカでの位置というのはどんなあたりなんだろう。
 伊勢神宮から宗教の話まで及んだ。アメリカというとどうしても現在の政権を支えている、いわゆる宗教右派という勢力を考えてしまう。アメリカ自体宗教の力が強い土地と考えてしまう。しかしボブさんはニュートラルな立場だと言っていた。神の存在を肯定もしないし否定もしないと。ボブさんはジーザスもモハメッドもブッダも人生のティーチャーという立場ではとてもいいティーチャーだと言っていた。
 日本では宗教の話をそうめったにはしないものだ。確かに10年くらいのつきあいのカオリさんでも、今までわたしの宗教上のスタンスについて聞いたことがないと言う。わたしの宗教的なスタンスをどう話そうか。日本語でも難しい問題だ。と、考えているうちに、実家は仏教だという程度の話でなんとなく終わってしまった。
 一通り食事が終わったところで、ボブさんのリクエストで持っていったファイルなどで過去の作品の写真を見せた。ボブさんとても気に入ってくれ、このイマジネーションの広がりはとても面白いと言ってくれた。あんまり誉めてくれたので、とても気恥ずかしかった。
 前回会ったときに話をしたのだが、ボブさんとわたしはふたりとも地図を見るのが好きで、見るだけではなく架空の土地の地図の絵を描いて遊んでいたという共通点がある(カオリさん「変なやつら〜。」)ため、そんなあたりでも話が弾んだ。
 食事もおいしかったし、満足してお別れした。ボブさん、食事をおごってくれてありがとう。そのうちメールを送ります。会話より書く方がまだまだ英語ができそうだから。
 と、いうことで英話がまったくしゃべれなくなってしまっている。自分で怖じ気づいて言葉が出なくなってしまうくらいにだ。聞き取るのはまあ何とかいけるが、しゃべるとなると心許ない。話を聞くのも「アァハァ」程度しか出てこず、適度に相手の言ったキーワードを引き受けて復唱し、話をうまく転がすような術もできなくなってしまっている。最近英語を使う機会がなくなっているからだ。
 5月にアメリカ出張したときも、口に出る文章が恐ろしいくらい短くなってしまっていた。いくつになっても日々勉強やな。反省しきり

12/1
 この際だから、不謹慎なことを書かせてもらいます。
 あなた、本当はまずはアメリカ支援で、それで得意満面になれて、それでもってついでにイラク人からも歓迎されたら儲けもんだとかって考えていませんでした?
 「これで派遣しないなんて言ったら、世界から笑いものにされる。」って、ほら、あなたイラク人のことなんか考えていないじゃない。自分のことしか考えていないじゃない。
 命を落とされたお二人の最期の時を思ってみる。完全な脳死までの数分間、彼らの中ではどんな風景が浮かんでいたのかと。「痛恨の極み」と政治家が言った瞬間からその言葉が軽いもののように感じる。
 日本政府が真っ先にアメリカのイラク侵攻に対して支持を表明したとき、わたしたちはそれを翻すことはできなかった。そして次に軍隊を派遣しようと表明し、それも止められなかった。そればかりかそう表明した政権を選挙によって支持したのだ。その国民として標的になることは覚悟しておかなければならないのだ。
 12/2付け朝日新聞朝刊に載った森達也の発言は、わたしが言いたい事のいくつかを表している。
 それにしても「攻撃されたら戦ってそいつらを殲滅すればいい。日本軍は強いんだから。」などとのたまった極右知事、テロリストが泣いて喜びそうです。そういう彼も圧倒的な得票数で再任されましたよね。

11/30
 雨の中、早起きして、「デブラ・ウィンガーを探して」を見に行ってしまいました。いや、結構面白かったですよ。だいたいハリウッド映画をほとんど見ないから、出てくる女優さんたちの中で実際に映画館で見たことがあるのは、あんまりいませんでしたけど、彼女らの発言はとても興味あるものでした。でも知らなかった。メグ・ライアンと同じ誕生日だったんだ、わたしは(年齢は違うけど)。
 有楽町マリオンを数寄屋橋方面へ出たところで、長蛇の列。年末ジャンボの売り場に並んでいるのだ。この熱気はすごい。でもわたしはその横を通り過ぎるだけだ。
 雨上がりに表参道から渋谷まで歩く。雨が止んだばかりの雲間からの陽光が、なぜか朝11時ごろのような錯覚を覚えさせる。実際は午後2時過ぎ。帰りの電車の中で進行方向に秩父の山が見えた。ではあちらは?と反対の窓を見る。見えました富士山。さすが富士見台。「地名は土地の履歴書」ですね。雪がかかっていました。
 NADIFFでまたCDを購入。Laurent Levesque の piano & piano と MIKA VAINIO のソロ。なかなかいいです。これで POLARIS と SPANGLE CALL LILLI LINE の「キラー・チューン」の呪縛から逃れられる。
 南村さんの壮行会の準備を除けば、もう2ヶ月半は制作から遠ざかっている。そろそろ何かを作りたくなってきている。まずは部屋の片づけをしなければ。
 今日の外出でポケットティッシュ5つゲット。感謝。

11/29
 銀座のギャラリー巡りをしようと思って地下鉄の駅から地上に出て少し歩いたら、体調が悪く足が重いのがすぐにわかった。でも注目しているものはすべて今日が最終日のものばかりだと、そのまま進む。きっと体調がよければもっと楽しめただろうにと、最初の二つぐらいは申し訳ないような気持ちでギャラリーを出る。作品と自分の間に見えない壁があって、それで作品の持つ「気配」をつかめないかのようだった。
 Oギャラリーで田中宏美さんの白と黄色を基調とした広がっていく絵画と、upsの瀬尾理恵さんの黒を基調とした、まるで閉じていた目を開けようとしたその直前に映った像のような絵画。不活性化されていたシナプスが刺激を受けて徐々に発火していくのがわかる。ビルを出て一旦道を渡ったのに、田中宏美さんの作品をもう一度見たくなってギャラリーに戻った。また部屋に入ってきたことに対して何と言い訳をしようかなどと階段を上がりながら考える。そうだ「ファイルを拝見したくなって。」と言おう。そうしてゆっくりファイルを見せてもらい、大野さんからお茶をいただく。それから再度ゆっくり作品を見ることができた。DMを見たときから気になっていた作品だ。がんばって来た甲斐があった。
 それからマキイマサルファインアーツの三宅光春さん。実は先週の木曜日にも来たのだが、その時三宅さんは作品のデキにいまいち満足していないのか、いろいろと手を加えようとしていたので、最終的にどうなったのかを見るために再度足を運んだのだ。あんまり変わっていないとのこと。でもこれが三宅さんの表現したかったことなのだと納得できた。3Fでは天井から滴る水が伝わっていく波紋。2Fではガラスの上に張った水に浮かぶ波形とそれの壁への映りこみ。そのささやかな揺らぎをじっくりと眺めるために長居したくなる作品だ。それから特に壁に映る波形は、今後のわたし自身の制作にかなり参考になると思って、しばらく波紋の映り込みを眺めていた。三宅さんにはお疲れ様と言うのとともに感謝を表したいところだ。それにしても三宅さん、モノクロ時代の黒澤映画に出演してませんでした?百姓3とか野武士5とかって配役で。
 ずいぶん体調が回復したので、帰りに練馬区立美術館の「秦テルヲの軌跡」に寄った。ごく初期の「煙突」と「夜勤明け」とかデカダン時代の「血の池」や「絶望」など、本当に力強く感じるものがあった。が、正直な感想としては、子どもができて宗教がかったあたりから、どうもピンと来なくなってしまった。なんなんでしょう。まるで横山操の初期の「塔」や「ウォール街」が圧倒的だったのに、後期赤富士で名前が知られるようになってまったくつまらなくなってしまったのと同じことか。

11/28
 映画「ポロック」。
 何かを感じたときにはそれを整えるために少し歩きたくなる。特に夜の外気は思考に親和性があるように思える。でも基本的に早く家に帰りたいわたしは駅までの道を遠回りする程度で我慢しておく。自室にいるのが一番好きなのはどうしたものか。

11/27
 まだ痰が絡んだり、咳してます。長いです。風邪引いてからもう4週目に入ってます。本人はいつもどおりのつもりでいたら、なんか顔色が悪く見えたみたい。ちなみにわたしは体調が悪かったり寝不足だったりすると、灰緑色(本当に緑がかった色なんですよ!)になります。まあ顔色のいい日はほとんどありませんけどね。バイオリズムの波があるような、そういう感じではなく、ずっとずっと低空飛行を続けているような低体温系の毎日です。
 でもサラリーマンですから木曜日が終わると、あと一日だと思ってホッとしますね。今年からわたしの職場では、いまさらながらのカジュアル・フライデー(もう死語も同然だとは思いますが)を導入しました。これによってわたしは一層木曜日の夜にホッとするようになりました。わたしと言えどもやはりスーツとネクタイという服装で、窮屈な社会的アイデンティティーをまとわなければならないのが苦痛なのでしょう。そういえば以前、銀行や証券会社のトップが不正取引などで次々に逮捕されるということがありました。彼らが連行される際、ネクタイをはずさせられたスーツ姿でテレビカメラなどの前を横切り、衆目を浴びなければならないことに、権威の象徴を取り外された屈辱を味わうのだということを知りました。そのときネクタイってファロスなんだなと思い、これはジェンダー・ポリティックスだと感じました。そんなこんなで時々信条(心情?)的にネクタイをつけずにいるときもありました。
 でもこの「制服」ってのも楽なときもありますね。それによって帰属する場所を示していたり、さも社会性があるように見えたりするので。
 そういうわけで今夜は少しリラックスした夜です。

11/25
 本屋とCDショップに行くのが好きだ。どちらかというと本屋の方が好きだ。今日も帰りに池袋リブロに寄った。立ち寄るコースはだいたい決まっている。B1の文芸書のエリアをざっと見て、それから2Fの美術関連のところに行き、次に3Fの思想関連のところにたどり着く。今日の目当ては「現代思想臨時増刊サイード」購入だ。彼の主著である「オリエンタリズム」は、8年前に途中まで読んで、そのままほったらかしだった。そのうち必ず読みますので。合掌。
 本の背表紙を見ているだけでもなかなか楽しい。なになに?「フーコーの穴」?まさか「マルコビッチの穴」とかけてるわけないだろうなあ。ジョン・マルコビッチとミシェル・フーコーの共通点ってどうしたって頭部に目が行っちゃうじゃないかって最初のほうを読んだら、もろかけてました。小穴から入り込んだら、そこはマルコビッチの意識の中で、マルコビッチの視点を通して外界を見たという映画のように、ここではある価値基準、文法で世界を読み解くと言うことで、簡単に言えばミシェル・フーコーの理論によって現代社会を読み解くと言うことだ(まあ珍しいことではないが)。サブタイトルには「統計学と統治の現在」とある。ぱらぱらページを繰るとなかなか面白そうだ。気鋭の研究者の著作のようだ。
 書評とか実際に本屋で中身を読んでみて、内容にとても興味を持ったからといって手を出しても、わたしの理解力の遥か上をいっているものもある。一ヶ月以上読み続け、最後まで行ったのに結局何もわからなかったという情けない経験もたくさんある。新刊ばかりではない。もっと若いころ読むべきだった本もまだまだたくさん残っている。昔はもっと本を読んでいたのに、ここ何年かはどんなにがんばっても年間50冊を超えることはなくなってしまった。でもたぶん年間それ以上の本を買っているのではないかと思う。読みたくて買ったのに、まだ読んでいない本がかなりある。そうしてどんどん本が増えていき、今では本棚にどんどん押し込んで、さしずめレンガの壁のようになってしまっている。
 ここ何年か読みたくても手が出ないのは小熊英二。なにせ彼の著作は大著揃いだから、なかなか思い切れない。あと、「スマートモブズ 」も興味ありますね。でもこれってたぶんCD屋で売り上げベスト10みたいなのを見て買っているのと同じなんでしょうね。
 今日は結局「現代思想臨時増刊サイード」だけにしておきました。でも読むのは今読んでいる本の後。今はニール・スティーヴンスンの「ダイアモンド・エイジ」。今月はSF強化月間か?

11/24
 ギャラリーKの宇留野隆雄さんの写真によるインスタレーション。隅田川の写真とたぶん宇留野さんの 自室の写真。写真の中の本棚が気になったりする。美術手帖と社会学の本と「エロティシズム」。バタイユねー。「エロティシズム」は図書館で借りて前半部分を読んで時間切れで返してしまったっけ。テーブルの上には「資本論」。その上に「ドルジェル伯の舞踏会」。この組み合わせは意識してなのかしら。最近なぜかレイモン・ラディゲのことをふと考えたりしていたわたしとしては、ちと気になってしまった。帰り道では夭逝について考えようとしたが、その前に駅についてしまい、その電車内は読書タイムになり、結局はラディゲについては何も考えなかった。

11/23
 コニー・ウィリス「航海」読了。上下巻二段組でそれぞれ400ページを越える大著だ。しかし最後まで ぐいぐい読ませる好作と言えるだろう。コニー・ウィリスは小谷真理の「女性状無意識」で「わが愛しき 娘たちよ」が紹介されていて、それから興味を持った。「ドゥームズデイ・ブック」はかなりいい作品だ ったがこちらも大著だったので、さすがに人に勧めてもみんな二の足を踏んでいた。今回の「航海」もこ の好印象を誰かと分かち合いたいと思ってもあまり期待はできないだろう。
 午後、千葉さん宅に自転車で遊びに行く。ようやく猫ちゃんたちとも出会えた。千葉さんと一緒に出迎 えてくれたのは、その名前の由来にもなった、凛としている凛ちゃん(♀)、おしゃべりでかまってもら いたがり屋の権ちゃん(♂)だ。それからしばらくして棚の後ろからそぉっと出てきたのは怖がり屋さん の紋ちゃん(♂)。凛ちゃんは高いところでお座りをして背筋を伸ばした美しい猫の姿勢でこちらを眺め る。その醒めた目はまるで「あなたってちっぽけな男よね。」と見透かしているみたい。女王様 の威厳。権ちゃんはとにかく鳴いたり体にまとわりついたりして、他のことをしている千葉さんの気をひ こうとする。紋ちゃんは警戒心一杯。喉をかいてあげても目を細めることもなく、 こちらを見据えている。三匹三様。もう少し遊んで仲良しになりたかったな。
 千葉宅から自転車でギャラリー巡り。ブリキ星−惺−人。ブリキ星で後から入ってきた男性に「おおっ。」 と驚いた。この顔は画集で見たことがあるぞ。小林孝亘さんじゃないか!「あのぉ〜。小林孝亘さんで すよね。わたし大ファンなんですぅ。」などとわたしが言えるわけがない。直島でどう見たってジェームズ ・タレルにしか見えない男性を見たときも、何も言えずにいたではないか。
 ギャラリー巡りをするのは勉強のためなのではない。好きだからだ。映画でも音楽でも本でも感動するものを見たり聞いたりしたい。それと同じで、次々に感動なり刺激なりを受けたいという欲求からなのだ。

某日
 朝、メールチェックすると未読一通。開けてみると

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 Dear TOSHIO IGUCHIさん

           お誕生日おめでとうございます
          

                       From アット・ニフティ
                            スタッフ一同

.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:

 おお、そうじゃった。忘れておった。
 年中行事も忘れるし、誕生日さえも忘れる。毎日が同じ重みで流れていくような気持ちになる。
 ランドスケープだけでなく、時間の流れさえもフラットになっていくように感じる。ひとりで淡々と過ごすことが時間の流れに起伏を生じさせなくしたためなのか。もしかしたらやたらと記念日を作ったり、馴染みのなかった行事をこの社会に潜り込ませようとしているのも、フラットになっていく時間の流れになんとか堰を作ろうとしているためなのか。しかし次から次にイベントが流れてくるために、反対にそれで一層フラットになっているようにも見える。でもこの推論も世の中が自分と同じように感じていることを前提としている。それは不遜だ。世間一般には豊穣な時間が流れているかもしれないではないか。あ、ちょっと嫌味ですかね。

11/22
 横浜方面の美術館巡り。
 まずはヨコハマポートサイドギャラリーの鈴木昭男展。でも会場の方の話だと朝夕30分ほど空調の音が大きくなり、作品の音響の効果が望めなくなる、その音が今大きくなり始めたばかりだから、もうしばらく経ってから来た方がいいとのこと。
 それで県民ホールギャラリーの倉重光則展へ行く。青いネオンの静寂さにしばらく包まれる。そして思った。わたしが表現したいのはこのネオン管によって照らされている壁の、うっすらとした明るさの領域なのではないかと。境界線のない、曖昧な「間(あいだ)」の領域、ではないかと。ギャラリーを出た後、しばらく休憩がてら椅子に座ってそのあたりをボーっと考えた。
 その後、せっかくなので山下公園をしばらく歩いた。好天で適度な気温。散策を楽しむ人々で公園はにぎわっていた。カップルや子供連れの家族。それからたぶん母親に快晴の浜風を楽しんでもらおうと車椅子に乗せて連れ出したのであろう中年男性もいた。それぞれのささやかではあるがのどかで柔らかなひとときだ。まるでそれのおすそ分けを眼前に差し出され、手に取ろうかどうかと躊躇しているような気分だ。別にそれを拒否するつもりでもないが、そこに長居するつもりもなく、水面をしばらく眺めてから次のスケジュールへ移行。
 港の遠い景色を眺めながら遊歩道を進む。赤レンガ倉庫にたどり着き、小洒落たレストランやらカフェの並びを横目で眺めながら素通りして、横浜美術館の中平卓馬展へ。途中のクイーンズ・スクエアでエネルギー切れとなり、ベンチで一時休憩。わたしが座った少し先に電飾を施されている大きなクリスマスツリーが。それを人々が囲んで、みんな写メールやらデジカメを掲げている。みんなそうして風景を切り取ってそれからどうするんだろう。まあこのクリスマスツリー自体もただの記号でしかないし、写真を撮るという行為に意味があるだけなのだろう。「2003年横浜クイーンズ・スクエアでも確かにクリスマスツリーが設置されていました」という証明写真。
 まあこれは予断だが、「しぐさの文化史」みたいなものがあるだろうが、20世紀末から21世紀初頭において最も顕著に見られたしぐさは、手のひらに収まるほどの小さな金属の箱を片頬に押し付け、それに向かってほくそ笑みながら呪詛をかける。といったことになるだろう(すみません。いまだ携帯を持っていない人間の発言です)。
 歩く速度は物事を考えるのにちょうどいい速度だと思う。わたしの場合、考え事は頭の中では口述するように進む。かつて日記をつけていたことがあったが、そのころは日記との対話のようにして考えを巡らしていた。そのとき日記をつけるのをやめてしまったのは、いつの間にかずっと日記との対話に明け暮れ、日記に書きとどめるために生活しているような、そんな倒錯した感覚を抱き始めてしまったからだ。そして今、すでにこのページとの対話としていろいろと考えを進めている。
 えぇーっと。せっかく横浜に来たのにこんなこと考えてるなんてなー。
 と、いうことで最後に再びヨコハマポートサイドギャラリーへ。今度はどうやらOKらしい。コの字型の鉄板をピラミッド型に四段積み上げ、その一番上に丸い不安定な石を置く。下の方の鉄板を揺らすと、その揺れが上に乗せた石を揺らしてゴロゴロ鳴る。鉄板のピラミッド型自体の美しさとそれがふらふら揺れる形の妙。それに不思議な音。なかなか面白かった。サウンドアートのさきがけのような人だが、アナログな手作り感覚のところがまた面白かった。うだうだ考えていたこともすっかり忘れて楽しんだ。

11/21
 ギャラリー巡りをしているうちに知り合いの女性に会う。
「結構たくさん回っていらっしゃるんですね。」と言われた自分自身の答えに、一瞬不思議な違和感。
「ええ、まあ勉強ということで。」
いくつか事前に用意されていた言葉とその他自覚していない言葉の集合の中から、どうしてわたしはこ のフレーズを選んだのだろう。そのとき、わたしの脳の中、言語中枢や記憶野でどんな動きがあったのだろう。などと思い始める。が、幸いなことにその女性がすぐにいろいろと尋ねてくれたので、その自問は一瞬にして終わった。
 ときどき何かを尋ねられたときに、自分の中に思い浮かんだひとつの言葉からいろいろなものが連想されていき、それが時としてとんでもない方向に行ったりして、ひとり笑ってしまうときがある。しかもそれが一瞬にして行われる。だから尋ねた方はわたしが妙な笑みを浮かべているのを見ることになる。それが異様であることは指摘されるまで気がつかなかった。時々自問自答で、会話が自分の中で完結してしまうときがある。
 えぇーっと。何の話でしたっけ?

11/15
 おのさんとミハルちゃんとミハルちゃんのママの4人で青山の「こどもの城」。 ここにはもう二度と足を踏み入れないだろうなー、きっと。
 ミハルちゃんに会うのは8ヶ月振り。あのころはまだまだ赤ちゃんに近かったけれど、 8ヶ月でもうお子ちゃまだ。歩くしおしゃべりもする。人見知りしておじさんたちに背を向けてママ に抱きついたまま、大人たちの会話が終わるのをじっとママの腕の中で我慢する。
 ミハルちゃんのママの提案でプレイルームに行ってみる。工作をする部屋に入って、 ほんの小さなアンパンマンの絵を目ざとく見つけて、ママにうれしそうに指し示す。 次は子どもたちの歓声が響く大きな部屋に行ってみる。お人形さんを寝かせてトントン と撫でる。それから近くにあった積み木を積み上げる。積み木ではない小さな板切れをどうしてもその上に乗 せたがる。それの繰り返し。少し打ち解けておじさんたちにも笑 顔を振りまく。おのさん、子どもと遊ぶのうまいな〜。わたしはじっくり観察することにした。
 帰りは青山から渋谷まで歩く。ミハルちゃんは最近歩くのが好きらしい。ママと 手をつないで、最初はちょこちょこ歩いて、次はぴょんぴょんはねてママに向かって 満面の笑みを浮かべる。それを何度も繰り返す。わたしもしゃがんでミハルちゃんの目線と同じに なって飛び跳ねてみた。ミハルちゃん、笑ってくれた。
 階段はもっと好き。「抱っこしようか」とのママの提案にも首を振る。ママと一緒に「ヨイショ。 ヨイショ。」と言いながら一段ずつ降りて、ここでも至福の笑み。 歩いたり体を動かすことで自分の身体感覚を楽しんでいるのだろうか。
 階段で大人たちがミハルちゃんの横を駆け下りるので、ちょっとガードしようと思って手を差し出した。その人差し指をミハルちゃんは握ってくれた。これから楽しいことも辛いこともいっぱいつかんでいくであろう、暖かで小さな手のひらだった。
 今度会ったときにはもう少しおじさんたちとも打ち解けて遊んでね。と、地下鉄のホームでお別れ。
 こどもの城の遊び場に満ちていた子どもの笑顔と喧騒。歓声と泣きじゃくる悲鳴。子育てにはそれらと 常に向き合っていく強さがなければならない。わたしはときどき会って遊んでくれるおじさんに過ぎない。無責任で済ませられる立場であることは十分に自覚したい。

 渋谷までの帰りの道で、こちらに手を振って近づく女性が。一瞬わからなかった。草蛯ウんだ。 そういえば菊池君と草蛯ウんにはちょうど一年前の大谷石採石場での丑久保さんのお別れの会以来 会ってなかった。またどこかで会ってふたりと話をしたいものだ。
 それにしてもここ1〜2年くらいでよく声をかけられるようになった。作品発表を するようになって顔が広くなったということだろうけれど、とても不思議な感覚だ。もちろん 友人、知人の絶対数が限りなく0に近かったため、ばったり出会うことなど以前はあり得なかった。それに・・・。
 10代から20代にかけてのころは視点だけの存在になりたかった。すべてを見渡せるが、わたしのことは誰も知らないという、匿名の存在でありたかった。世界に起こる事象を観察し記録するだけのような。 だから「ベルリン 天使の詩」を見たときはとても他人事には思えなかった。天使から人間になって一つ一つ感覚を確かめていくブルーノ・ガンツに少し思い入れしてしまったこともあった。
 今でも若干その残滓は残っているが、しかし人間は変わるものだ。 今はもう人と会って話をすることに、それほどの苦痛を感じることはなくなった。

11/14
 ギャラリー人で倉本麻弓展。制作の源になるのは彼女の場合「夢」。眠ることも 製作過程の一部というわけで、夢を見るための環境作りをしているという。 夢で時々行き来するまちに起こる事件を作品化していて、そのまちの地図さえあ る。夢分析というよりも、なにか認知心理学の臨床実験のようにも感じる。と、コニ ー・ウィリスの「航海」の上巻を、吉祥寺までの電車の中でちょうど読み終えた ところだからそう思ったのかもしれない。
 それにしても凄惨な夢だ。銃が乱射されてたくさんの人が死に、女性が突然爆発して 肉片が飛び散る(会場にはその肉片のぬいぐるみが設置されている)。 でもそのざらついた感触が創造力をかき立てるのも理解できる。
 しかしそんな夢も製作過程の一環だから創造に結び付けられる。普通に暮らし ていてこんな夢ばかり見ていたら、それはそれは厳しい人生だ。

11/12
 青山のギャラリー楓で長井均さんの漆器を見る。 漆の深い黒。そして豊かな朱。ずっと手元に置いてみて いたくなる。今回は両親のために箸を買った。

11/9
 11時半ごろ投票所になっている近所の小学校体育館に行く。すると長蛇の列。今回は投 票率が高くなるのか?それとも単にいつもと違って混んでいる時間帯に来てしまったとい うことか。列に並んでいる最中、「しまこうさく」の漫画家を見かけた。そういえばわた しの住むマンションの真ん前にあるおそば屋さん(加賀屋)には、彼の色紙があったっけ。 ご近所なのかしら。
 午後は千葉祥子さんと多摩川沿いのギャラリー巡り。痰が絡んで咳払いしているうちに野太 い良く通る声に変わってしまった。自分の声じゃないみたいだ。声を発するたびに笑っ てしまって話が続けられない。こういう野太い良く通る声のおじさんが電車で近くで喋っ てたりすると、読んでいる本が頭の中に入らなかったりするんだよな。
 art & river bankの冨井大裕さん。相変わらず思いがけない(でも日常的によく見かける)素材、 ちょっとしたユーモア、そして絶妙な配置。いつも参考にしたいものを見つけられる。
 その後、ガレリア・キマイラへ。寒い中、比較的長い距離を歩いて風邪をこじらせてし まったのか、ギャラリーにたどり着いたときにはかなりやばそうだったが、いただいた コーヒーで生き返る。キマイラは今回のグループ展を持ってしばらく休廊とのこと。 でも大岩さんはさばさばしていて、明るく今後の予定をお話しくださった。 今日もいつものように元気をいただいたみたいだ。
 そういえばタイトルの「破壊しに−」はマルグリット・デュラスの「破壊しに、と彼女 は言う」からの引用なのか聞こうと思っていて忘れてしまった。多分違いますよね。
 で、結局投票率は戦後2番目に低いんですか。辺見庸称するところの「鵺のような全体主義」って やつですね。

11/8
 風邪はまだまだ良くもならず悪くもならず。
 フタバ画廊で栗本佳典さんの版画のインスタレーションを見る。 技術も構成力もあって、うらやましい限り。栗本さん本人もいい味だ。 しばし会場を歩きまわり、椅子に座って堪能する。
 OPAでLET IT COME DOWNの秋冬物を見る。今回はコート7着。すべて試 着させてもらう。肩も袖もサイズはピッタリでわたしのための作られたコー トみたいだ。南村さんが壮行会のダンスで着たワンピースも彼女にぴったりで、しかも踊りやすかっ たそうだと、報告がてら南村さんのダンスの写真をお見せ しながら、しばし西里さんと藤波さんと三人でのんびりお茶を飲む。まったり。
 帰りは渋谷駅まで歩く。宮益坂で前を歩く大学生風の男性ふたり。
A:選挙権はどっちにあんの?
B:あっちなんだよ。
A:そうかあ。あっちかあ。それじゃあ・・・。
このA君の発言は明らかに「投票に行こうよ」の口調に思えた。

11/7
 出勤はしているがまだ熱っぽい。会話が数分続くと、ちょっとめまいのような模様 が視界に浮かぶような気がする。
 某ギャラリーに寄ったら、なんだか異様な緊張感がした。作品はとてもい いけれど、緊張感をあおるような作風ではない。画廊にジェントルメン( おふたり)がいらっしゃる。どうやら彼らが緊張感の発信源のようだ。好 きなタイプの絵なので、もう少しじっくりと見たかったが、雰囲気に負け て出てしまった。そのジェントルメンは作家の所属する会の幹部/重鎮と見た。 いつもは笑顔で迎えていただくオーナーも、今日は廊下に出てしまっている。こういう 世界の実情は知らない。
 夜の銀座を駅まで歩くが、やはり体が重く、いつもよりゆっくりと歩いている。

11/5
 風邪は思ったほど完治せず、二日続けて休暇を取った。本を読める程度にはなったが、 完治せぬまま。熱を計るのはやめて、治ったことにする。

11/3
 風邪を引いたようだ。体が重い。
 夜、熱を計ったら38℃あった。喉は痛いし頭は痛いしで寝込んだ。しば らくしたら腰も痛くなり、仰向けに寝られなくなってしまい、胎児のよう な格好で寝ていた。
 ところで年を取ると風邪をひいたとき、味覚異常になるときがあるのだそうだ。

11/2
 休日出勤。
 いつも食べているハイパーミントキャンディーがまったく違う味がした。 とてもとても不思議な感覚だった。
 その後喉がとても痛くなった。

11/1
あ、今日は映画の日か。前売鑑賞券使っちゃった。

10/25
日比谷スカラ座で「アララトの聖母」の開場を待つ。わたしの後ろにカップルが 来て列に加わった。
「ねえ、これ待つぅ?」
「ってゆーか、オレ飲んだり食ったりしてーよ。」
「えぇー?ねぇ、どっち見んのぉ?」
日比谷スカラ座1は「リーグ・オブ・レジェンド」、日比谷スカラ座2は「アララトの聖母」 (この組み合わせ自体がそもそも奇跡だ)。君たちはどの映画を見るかも決めないでとりあえず 映画館に来たのか(しかも映画を見なくて飲み食いする方を選択することもありうるのか)。
「なんか○×(友人の名前)が言ってたけど、リーグ・オブ・レジェンドってちょーつまんねーって。」
「アララトってなに?聖母ってマリア様のことでしょ?」
えー、ではおじさんが説明してあげよう。20世紀初頭、オスマントルコ領内に定住していたアルメニア人をトルコ軍が大量虐殺したんだが、この映画はその事実をアルメニア系カナダ人であるアトム・エゴヤンが題材として・・・なんて私が説明するわけがない。
 結局開場になった映画館に、このカップルはわたしの後ろについて入ってきた。「リーグ・オブ・レ ジェンド」の開場はまだまだ後だったから、「アララトの聖母」を選んだのだろう。はたして彼らは最 後まで見たのだろうか。もし万が一最後まで見たのだとしたら、この映画はいったいどんな印象を残した だろう。白と黒の間にある遥かな距離の中にたたずんだままのような結末もあるのだと、理解してもらえるだろうか。
 帰宅後、抽象表現主義の展覧会の図録で、アーシル・ゴーキーの作品を見直した。私がその展覧 会で見た彼の作品は、まさに抽象絵画。この映画に出てくる「芸術家と母親」とはまったく違った作 風だった。展覧会で見た作品は抽象表現主義絵画の一作品といった程度の印象しか残していなかった。 「芸術家と母親」はやはりアーシル・ゴーキーによるひとつだけのものだろう。
 映画の後、茅場町に行った。今の今まで茅場町と佐賀町の位置関係をまったく把握していなかった。 何度も佐賀町には足を運んでいたのに。近いついでに旧食糧ビル跡地がどうなったか見に行った。分譲マンション建設中だった。 

某日
 立ち話をしていた女性の、臥せた瞼に細いクリムゾンカラーの血 管が見えた。じっとそれを見つめてしまった。

10/17
 すみだトリフォニーホールでフィリップ・グラスの「コヤニスカッティ」 を最後列で。 ステージに現れた人々の中から朧気に見える顔の構造から、たぶんあれが グラスだろうとわかる(わたしは目がいい)。 映像が、音楽が始まる。そして終わる。う〜ん。なんだかなぁー。なんだ かよぉー。 照明をすっかり消した部屋の中で、PCでDVDを見ているような印象。 きっとユーロスペースあたりで映画として見たら、もっといい印象をもっ たのかもなぁ。一般的な評判はどうだったんだろう。

10/13
 artLINK上野−谷中の最終日にようやく回れた。K's Greenで丑久保健一さんの ボールを手にとって鑑賞し、映像を拝見できた。お嬢さんともお話しできた。 これだけでもここにやってきた目的は果たせた。と、思っていたら、豪雨になった。 その豪雨の中、ギャラリーkingyoへ。不忍通りまで石坂孝雄さんの車に同乗させていただき、 そこから傘を差して。短い距離でもすっかりずぶ濡れになってしまった。 kingyoで雨宿りがてら蓑輪弘さんの作品をじっくり鑑賞。雨が小降りになってから退席させ ていただく。なにも豪雨の中、ずぶ濡れになってまでとは思ったが、田畑義継さんとお会 いできてよかったとしよう。

10/12
 千空間で南村千里さんの渡英の壮行会。企画から司会まで今までしたことのない慣れないこと だったため、あまりいい仕切ができなかった(参加したみなさんに手助けしてもら ったようなものだった)。しかしそんなことはどうでもいいくらい、南村さんのパフォーマ ンスはとても印象に残るものだった。来ていただいた方々もみんな満足いただいたと思う。 彼女のパフォーマンスが終わったとき、なんとなく観客が一斉にため息をついたような間を感じた。
 LET IT COME DOWNの黒のワンピースは彼女にピッタリで、みんなこの会のために しつらえたものだと勘違いしたくらいだった。彼女も踊りやすかったとのことだった。
 パフォーマンス後のパーティーでの南村さんの話もとても感動的だった。千空間に展示し たわたしの作品とのコラボレーションで、彼女に踊ってもらったのは 去年の3月。それ以降、彼女はワークショップをやって振り付けをしてはいたけれど、 自分が踊ることはなく、自分でももう踊ることもないのではないかと思っていたのだそうだ。 そうした矢先、イギリスのダンスカンパニーからの照会があり、彼女は千空間でのその パフォーマンスを撮ったビデオを送ってところ、それでカンパニーに招聘されることになっ たのだそうだ。今回壮行会ということで、1年半ぶりに再び同じ千空間で踊る。 彼女 の話だと、踊っているとき空間が途中から変わったように感じられたのだそうだ。 一年半振りに踊って、その途中から身体感覚がよみがえったように空間を把握できるように なったとか。またわたしの作品とのコラボレーションをしてもらえて、わたしもとてもうれ しかった。そもそも去年、最終日にやってきた南村さんに会場で踊ってほしいと依頼した のは千空間の草野さんだった。草野さんにも本当に感謝したい。
 この壮行会を終えてすぐに渡英した南村さん。忙しいところ、スケジュールを何とか空けて 踊ってくれたことは本当にうれしかった。
 慣れない土地だけれどもがんばって活躍してほしいものだ。できればカンパニーの一員とし て踊る彼女の姿を見るために、どこへでも出かけて行きたい。

10/10
 LET IT COME DOWNの黒のワンピースはきっと南村さんに似合うだろうと思った。もしよかったら 立ち寄って見てほしいと、メールでOPAを紹介した。それで彼女は立ち寄って試着してみ たようだ。そうしたらサイズがぴったりだったとのこと。それでこの日わたしも協力して 購入することにした。OPAで南村さんと待ち合わせをして、さっそく試着してもらった。
 試着室から出てきたときの南村さんを見た瞬間、まるで恋に落ちたかのような高まりがわたしの胸に 灯った。本当にそのワンピースが彼女に似合っていていたのだ。彼女にも喜んで もらるのであれば協力のしがいがある。彼女がこのワンピースを着て踊るを見るのが楽し みだ。

10/5
 ブタクサの花粉症か?朝からくしゃみ鼻水が止まらない。本来であれば、こうした日にはおとなしく 室内にいるべきであろうが、どうしても買い物をしなければならない。 しかも人混みの中だらだら歩かなければならないであろう日曜日の表参道だ(まあ渋谷よりはマシか)。 念のためにマスクを持って外出する。店内でくしゃみをして商品を汚さ ないためだ。マスクをしたからといってくしゃみを止められるわけではない。店に入るときマ スクをしたのは正解だった。繰り返されるくしゃみと止まらない鼻水でマスクの中は大変な状態。 今回の外出に際して、バッグに入れてきたポケットティッシュをいくつも使い切り、最後はコン ビニで買い足した。
 アレルギー性鼻炎でどうも一年中鼻をかんでいるような印象を持たれている。鼻炎になったとき は確かに不愉快さもあることはあるが、なぜかいつも興味を持ってこの症状を体験している。もはや 痛みさえも奪われてしまった身体には、この不愉快さは残されたわずかな存在証明でもあるように思 える。鼻炎の季節は免疫系により自己と他者との境界が改めて示され、その境界により、自身の身体 性を確認する時でもある。なーんて。
 多田富雄先生。最近ご本を読んではおりません。

某日
 勤め先の同じ学校出身の女性たち(10以上は年下ですが)と会食。その会話の中での一言。
「わたしたちと同じキノコだから」・・・キノコぉ??
<正解>同じ期の子(同期入社の人)

タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ) の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。