イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。
当然真実のみが書かれているわけではありません。

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2005年4月1日〜6月30日


6/30
 帰りに世界堂に寄って上質紙のロールを買う。まあロール紙で一番軽く一番安いものだが、これで切り取るパターンの下書きを作っていくわけだ。
 いよいよこの週末から本格的に制作を開始させようということだ。ガツガツやっていかないと。

6/28
 最高気温36℃?東京は熱帯か?
 あまりの暑さにここ何日か眠りが浅く、朝から外を歩くのにいつもより体力を消耗する。おかげで電車で座れるとすっかり居眠りをしてしまい、読書が進まない。
 いよいよ材料を決めて発注をした。7月はじめからガツガツ制作をし始めないといけない。

6/27
 ネリア、君の描いた絵が届いたよ。これはどこを描いたのだろう。二階建ての家にベッドがふたつ。椅子はキャスターが付いているみたいだ。そして君が大好きなネットボールで使っているものなのかボールが一個。それから長いスカートをはいたカーリーヘアーの女の子。これは君自身なのかな?友だちなのかな?
 以前届いた君の写真で、君がまぶしそうに、はにかみながらの笑みを浮かべているのを見たとき、君の受ける風の熱気と日差しの鋭さが、一瞬僕の肌はその日差しと風を感じたような気がした。視界に君の周りの広く乾いた土地を浮かんできた。
 僕の住む街は不思議だ。本屋に君の国の地図があるなんて。その名前すら知らない人のほうが多いはずなのに、世界のどこのことも知ることができるなんて。
 僕はこの地図を持って君に会いに行くんだろうか。いやたぶん行かないだろう。君には生涯会わないだろう。でも君はずっと僕の中で生き生きと輝いているだろう。僕のジンバブエに住む娘、ネリア・ンコモ。

6/26
 朝結構早く起きてしまい、すっかり汗でびっしょりになった布団を干した。かなり湿っぽくて気持ち悪いくらいだった。どうやら熱も36℃まで下がったので、これでOKとすることにした。おかげさまでくしゃみは出なくなった。
 が、やっぱり快復するために体力を使ったからか、少々お疲れ気味で、新聞を読むのも努力が必要だった。そんなわけで9時過ぎに少し横になることにした。はっとして起き上がったとき1時過ぎだと思って驚いたが、11時過ぎだった。2時間得した気になった(本当はそんなことないのに)。で、少し快復した。
 今となってはこれといって何をしたのか憶えていない程度のことをして夕方となり、渋谷に映画を見に行った。「バス174」というブラジルのドキュメンタリーだ。2000年6月にリオデジャネイロで実際に起きたバスジャック事件に関するものだ。当時、事件発生直後、現場の立ち入り規制が行われなかったため、TVクルーが至近距離まで近づき、現場が全国的に生中継されたらしい。そのニュース映像と犯人の関係者や当時の人質などへのインタビューで構成されている。
 犯人のサンドロは当時20歳。生まれたとき父親はすでに行方不明で6歳の時に目の前で母親が惨殺され、ストリート・チルドレンになり、地元警察が関与したという疑われているストリート・チルドレン虐殺事件の生き残りであり、その後窃盗により少年院に収監されるが、そこは矯正というよりも虐待で有名な施設らしい。そこでは改心はおろか、すっかり社会に対して憎悪と復讐心を培えてしまうのだ。
 サンドロは当初バス強盗を企てたが、失敗したため拳銃を手にバスに立てこもることになり、事件が始まることになる。
 ブラジルではストリートチルドレンは警察からは追われ、市民や観光客からは忌み嫌われ、虐殺事件にも一部では支持もされたらし。そんなすっかり存在を抹殺されたように関心を引かれることもなかったサンドロは、テレビで生中継されていることを知り、生涯で初めて自分がスポットライトを浴びたことに気がつき、凶暴なバスジャック犯人像へと自分を仕立て上げていく。口では凶暴なことを言っていながら決して銃で人を撃つこともできず、人質を撃った演技をし、人質たちにももっと怖がっているように大声で叫べと「演技指導」する。交渉している警察側も人質は実際には撃たれておらず、バスの中はそれほどの恐怖に支配されてはいないと判断している。そんな静かな状況が変わったのはサンドロが人質の女性を連れてバスから出て、人質を盾に交渉をしようとしたときだ。そして結末はなんとも皮肉なものになってしまう。
 サンドロが背を向けた側の狙撃官が至近距離まで突進し、彼の頭部めがけて発砲した。が、その瞬間サンドロが顔を動かしたために弾はあたらず、狙撃は失敗。さらに悪いことにサンドロは狙撃官に対してではなく人質の女性に発砲する。人質の女性は狙撃官の銃弾を顔に一発。サンドロの三発を背中に受けて死亡。その際、まわりを取り囲んでいた観衆がサンドロをリンチしようと乱入し、現場は大混乱になる。警察はサンドロの身柄を確保し、車に乗せる。そして車の中で暴れて警官の腕を噛んだり、ガラスを脚で割ろうするなどして暴れるサンドロを気絶させるためという理由らしいが、その車内でサンドロは警官に絞殺されてしまう。この皮肉な結末はフィクションではなく、実際に起こったことなのだ。サンドロは最後まで金銭など具体的な要求をしなかった。彼がそこで最終的に選択したものはそのまま衆目を浴び続けることだったのではないか。
 これは何もブラジル固有の事件というわけでもないだろう。治安強化、危機管理というキーワードは日本で頻繁に聞かれるようになった。何か事件が起こるとその事実関係や経緯についてはさほど考慮もなく、加害者に対する厳罰化が叫ばれる。少年犯罪が起きた際に常にその家族(ことに母親)が執拗に攻撃されるのは、そうして自分とは無関係な「特異的な家庭環境」に育った人間の起こした事件であると確認して安心しようとしているのではないか。報道の加熱ぶりとそこに登場するシチュエーションの劇場化。犯人にリンチを加えようと殺到する群衆は、弱者を一気に叩こうとするバッシングぶりとクロスする。
 人質となった女性が当時を振り返り、最後にサンドロが人質の女性を撃ってしまったことについては絶対に許せないが、バスの中でしたことについては理解できる。そして20歳そこそこでなぜああいった事件を起こしてしまったのか、彼の心情を考えていきたいと語っていた。そこらへんは少し救いでもある。
 ところでこんなハードな内容のドキュメンタリー映画を見に来ていたカップルとか女の子同士のグループって見終わった後どうするんだろう。この映画や社会問題を議論しあって盛り上がりそうな雰囲気でもなかったけれど。渋谷シネマライズだからって油断して入ったんじゃないだろうな。 

6/25
 え?もう夏なんですか?というくらいの暑さの中、昼過ぎにギャラリー巡りを始めた。天気予報で「熱中症にならないように『喉が渇いた』と思う前に水分補給してください」と言っていたのに気をつけながら。
 アートギャラリー環での工藤春香さん。彼女の作品は青山のエスで初めて見てからずっと追っている。「少女性の中の情念」みたいな。わたしが今まで見てきたのは、少女が臥せっている絵が中心だったが、今年に入ってからか、少女はほとんどいなくなり、情念や感情の塊のようなものを描いているように思える。これは今回の展示のテーマが「子ども」であり、仕事で日々子どもと関わっているという彼女の日常が反映されているのかもしれない。会場に後からご本人が来られたが、例によって挨拶をしただけでギャラリーを出た。
 その後、新川に行き、JIN、SHUGOARTS、タカ・イシイギャラリーに寄った。それから近くのコンビニでアイスクリームとお茶を買って、墨田川河畔に座って水面を眺めた。心地よい風に吹かれて、しばらくその場にいた。ふと目が行った、自分のひざを抱えている腕が、滑稽なまでに白いのに気がついた。
 帰りに吉祥寺駅前の井の頭通りのまん真ん中で倒れている気を失っている女の子がいた。交通事故ということでもないらしい。どうやら熱中症みたいだった。水分補給に気をつけましょう。
   今日はえ?まだ花粉症?というくらいにくしゃみ鼻水が出た。常時持ち歩いているポケットティッシュ5つ程度を使い果たし、コンビニで改めて買ったくらいだった。夜中に体温を測ったら37℃くらいあった。平熱35.5℃〜35.8℃のわたしにしては、これは結構体温が高いということになる。風邪でもひいたらしい。夜は布団にくるまってひたすら寝て汗をかいた。元々暑いので汗をかいてもかいても熱はあまり下がらなかった。くしゃみも止まらない。それにあまりよく眠れなかった。ビデオでも見ようと思ったが、こういうときに字幕スーパーものはきついことがわかった。テレビ放映された吹き替えものの「マトリックス」を録画しておいたものを見て、それからウィンブルドンをちらちら眺め、「千と千尋の神隠し」を途中まで見て、空がなんとなく明るくなり始めたところで就寝。 

6/24
 朝、市ヶ谷駅前で昨日のおじさんに声をかけ、持ってきてくれたTHE BIG ISSUEのバックナンバーを四冊買った。
 「ホームレスの人々の支援のための雑誌だという意義はわかる。だがはたして買うだけの中身のある雑誌なのか?中身でその雑誌を買う人はいるのか?」などと言う人がいる。
 もちろん雑誌は記事の中身がつまらなければ買う気にもならない。が、THE BIG ISSUEはホームレスの人々に収入を得る機会を提供する事業として始められた雑誌だ。まずはこの雑誌を購入するのはその意義に賛同するためであろう。それに今のTHE BIG ISSUEの記事がつまらないわけないではないか。確かにわたしはこの雑誌のトップ記事であるハリウッドスターの動向には興味がないので、そこはまったく読みはしない。が、THE BIG ISSUEの特集記事の環境問題や、若年層の失業や精神障害、アジアアフリカの貧困層と戦争、生命倫理や平和運動など、これを面白いと言わないで何を面白いというのか。こうしてみると地球的な規模でそういった貧困から戦争、環境問題まで、いろいろとリンクしているような感覚にとらわれる。ホームレスの人々の手からそういった問題をおぼろ気に立ち上がらせようとしている雑誌を購入するという意義は、案外考えていた以上に深いものかもしれない。そんなわけでわたしはこれからもTHE BIG ISSUEを買い続けますよ、おじさん。
 仕事帰りに寄った個展で多和英子さんの作品は出色の作品。鉄を床から湾曲させて立ち上がらせている。鉄とは思えないほどの軽さと焼き海苔のような表面の光沢。来場者の質問に答えている和多さんの言葉からすると、鉄製の棒(鉄筋コンクリートの建物の中に使うような細い棒)を熱して貼り合わせた(別の言葉を使われていたが忘れた)作品となっているのは、「女性で力がないので制作上軽いものを用いて作り上げている。」からだそうだ。正確ではなく、だいたいの所で長さを決めて制作をされているようだが、その「だいたい」さが作品を有機的なものに感じさせる。ときどき受ける制約の中で工夫することで、とてもとても面白い物が出来上がってくる。本来硬い重いという印象のある素材でその反対の感覚を呼び起こす作風は、とても太刀打ちできない。
 またしてもCDを購入。フランスポップス界に詳しい人なら、最近、バンジャマン・ビオレーという名前を聞いたことがあるだろう。「21世紀のセルジュ・ゲンスブール」と呼ばれているらしい。彼は自らもアーティストとして活躍する一方、たくさんの女性アーティスト(特にささやき系)をプロデュースしている。彼自身も歌声がときには低音のささやき系であったりだみ声っぽくなったりしていて、メロディーもとってもポップ。そんなあたりがゲンスブールを想起させるのかもしれない。今はキアヌ・マストロヤンニ(マルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーブの娘で女優)と公私にわたるカップルで(「セレブ・カップル」と呼ばれているらしい)、キアヌ・マストロヤンニにウィスパリング・ボイスで歌わせている。しかしその前はカレン・アンと公私にわたるカップルだったらしい(確かに初期の彼女の楽曲はビオレーとの合作である)。そしてビオレーはコラリー・クレモンのおにいさんらしい。フランスってなんだかこういう人間関係が多いような気がする(のは偏見?)。
 もう一枚はNIYAZというバンドのCD。これは在米イラン人を中心にしたバンドで、ボーカルのAZAM ALI(アザム・アリ)がイラン出身でインドで育ったという出自も関連して、そんな印象を持たせる音に乗せてペルシャ語とウルドゥー語で歌われている。曰く「内省的で濃密な伝統音楽とエッジの立った電子音とプログラミング・ビートが見事に共存している」。彼女のボーカルスタイルにデッド・カン・ダンス(というかリサ・ガーランド)のフレーバーも感じさせる(というより、リサ・ガーランドが東欧や中東の声楽を取り入れたのだろうが)。AZAM ALIは初のソロアルバム「Portals of Grace」でヒルデガルト・フォン・ビンゲンの詩を中世古楽と東欧〜中東音楽のミクスチャーで表現したらしい。彼女がもと所属していたバンドVASの試聴サンプルなどを聞いても「ワールドミュージックに本気を出したデッド・カン・ダンス」という印象だ。そんなわけでオンラインショッピングで、AZAM ALI、VASを購入してしまいました。こんな感じに不思議な出会いというものがあるんですよね。  

6/23
 退社後の市ヶ谷駅近辺でTHE BIG ISSUEを売っているおじさんを見つけて、バックナンバーがあるか尋ねた。ほしかった号のうち一号があったので、それを買ったら、残りは明日持ってくるとおじさんは言ってくれた。おじさんの話だとすでにSOLD OUTになっている最初の数号はプレミア付きで一万五千円くらいで取引されているらしい。でもそれはTHE BIG ISSUE本来の意義から大きくはずれてしまう。わたしはコレクターではないのでそこまでして買おうとは思わない。
 

6/21
 今日は夏至。
 仕事帰りに代々木公園で開催されているGESHI Fes 2005ってのに寄ってみた。到着するのが遅かったのか、野外ステージではポエトリー・リーディングなのかラップなのかわからないようなものがあり、その次にラップミュージックがあり、で、イベントが終了した。ステージ上はライトではなくろうそくが使われ、客席にも無数のろうそくが灯されていた。きれいかと言われればいやそうでもなかったと言えるし、行ってよかったかと言われれば、行かなくてもよかっただろうと答えるだろう。主催者側の閉会の辞では「夏至の日に、あなたの恋人、友だち、家族は何を思うだろう。今夜は明かりを消して少しでも環境の問題、戦争、平和について電気を消して考えてみよう。」というようなことが言われていた。夏至と冬至に行われるキャンドルナイトは何かをするイベントではなく、何かをしないでいるイベントとなるべきなのだろう。
 夏至、げし、ゲシ、ゲシヒテ、Geschichite−歴史。と夏至から歴史まで連想してしまったからには、最後の30分くらいイベントに参加したくらいで環境や戦争と平和のことなど考えられるわけがない。帰宅してから2時間くらいキャンドルナイトを延長した。まあ、ろうそくの明かりでしばらく過ごした、ただそれだけのことだが。
 riverbentのブログBaghdad Burningの中にこんな話が出てくる。停電が頻繁に起こるバグダッドでいとこが連れてきた小さな娘が欧米のテレビドラマのワンシーンを見てriverbendに向かって尋ねたという話だ。ドラマではテーブルの上のロウソクの明かりでディナーを食べているシーンが映し出されている。「ねえ、この人たちのところもやっぱり停電なの?」riverbendはまさか「この人たちはろうそくの明かりの元での食事をとるのがムードがあると思っているのよ。」とも言えなかったと。
 しかしそういうこともしっかりと考慮しつつ、ときどきなにも電気を使わない夜を過ごしてもいいだろう。 

6/19
 どうにも眠い。
 本来なら制作などしたいところだが、今は素材選びで注文を出したメーカーさんの対応を待っているところだ。
 そんなわけでパソコンに向かって今度の個展のタイトルなりコメントなりを書きながら考え(というかキーを打ちつつ考え)、眠くなってちょっと横になって、ってなことをしているうちに風がすっかり夕方のような気配を漂わせてきた。
 そんなわけで少し散歩に出かけて、古書店「上々堂」で単行本上下二冊で680円というのを見つけて買ってしまい、それから少し歩いてから食料品を買って帰った。
 昨日、三鷹JA前の露天で買った長ネギをガスコンロであぶって食べた。甘くておいしかった。なので、わたしは「食」に興味がないわけじゃありませんのでよろしく。おいしいものを食べることは好きですので。
 ありゃ?今日はそんなところで終わっちゃった。

6/18
 お昼ごろ外出してギャラリー巡りをして日本橋−京橋−銀座と歩いた。結構暑い。
 ギャラリー砂翁の糸数都さんはたぶん22年ぶりの個展を開かれた際に拝見したのだと思うが、色彩の持つ密やかな気配のような力を表現されていて、惹かれるものがある。かねこあーとギャラリーの小原義也さんも同様に色彩の構成から豊かな世界を感じられた。ギャラリー覚の坂田峰夫さんは写真なのだが、透過光フォトグラムが絵画的でなかなかよかった。コバヤシ画廊の木俣創志さんは写真から起こしてエアブラシなどで描かれたものだが、木洩れ日が美しく描かれていた。(以上、備忘録的に)
 山本佳子さんはアートフォーラム谷中で知り合ったガラスの作家さんだが、本当にきっちりと「いい仕事」をされる方だ。今回はガラスの照明の作品と、ミイラの棺のようなあるいはエイリアンかダーズベーダーかという立体作品を展示。それぞれ葉脈や木の枝の重なりをモチーフにしている。その作成方法などをお聞きするのもまた楽しかった。
 山本さんのお友達など何人かいらっしゃって、そこでご紹介いただいたりしているうちに、art-Link上野-谷中のマップをデザインされている方にお会いした。昨年はカプセル作品で参加させていただいたという話をして作品を説明したら、その方のお友達がわたしの作品を当てたらしい。で、結構喜ばれたとか。ああ、よかった。「ちっ!」とか舌打ちされたらどうしようかと思ったもの。
 三鷹市内の農家の方がやっている、三鷹JAの前の露天で買ったきゅうりが、スーパーなどで買うものと比べてシャリシャリしててとてもおいしかった。少し甘味さえ感じた。露地栽培?おじさん何かそんなようなこと言っていた。よく聞き取れなかった。
「○×栽培だからおいしいよ。そのまま味噌をつけてかじってもおいしいし。」とかって。だから言っているように、わたしは「食」に興味がないわけじゃありませんのでよろしく。おいしいものを食べることは好きですので。

6/17
 お昼は職場の近くの讃岐うどん屋さんで、半熟たまごやら大根おろしやら乗っている「ぶっかけ半玉の冷」を食べる。麺にコシがあってとてもおいしい。一緒に注文したかぼちゃのてんぷらもまたいける。食の幸せ。
 「ベルリン、僕らの革命」を見にル・シネマへ。同じ監督の「グッバイ、レーニン!」は見逃してしまった。
 ややもするとこの手の映画は「若者の理想と挫折」を描くのだが、この映画は「理想こそすべて」と実にポジティブに完結させている。しかもそれは理想と現実、精神と物質といろいろな問題を提示しつつもすがすがしい。
 それからこの映画に出てくる若手女優ジュリア・ジェンチは「ゾフィー・ショル−最期の日々(仮題)」であの「ミュンヘンの白バラ」のゾフィー・ショルを演じているらしい。ああ、ゾフィー・ショル!
 Bunkamuraザ・ミュージアムで今日から始まった展覧会のオープニングパーティーが開かれていた。映画が始まる時間まで時間つぶしをしようと行ったアートショップの手前のスペースでパーティーが行われていた。アート関係者で誰か顔を知っている人でもいるかとチラッと見たが、まあ見つかりはしなかった。ああいうところに行く人ってどんな人なんだろう。

6/15
 わたしがオーデコロン、あるいはオードトワレットをつけているのは、さしずめ肌の上に薄い皮膜を作ったような安心感を得たいためなのだ。はるか昔の対人的な不安をどこかでまだまだ引きずっているらしい。実はファッションについても同じような意味がある。
 で、デパートに、あるメーカーのオートトワレットを買いに行った。そのとき販売員のおねえさんに「お肌のつやがよろしいですね。何かお手入れされてらっしゃるんですか?」と聞かれ、「いいえ。」と答えると、さかんにアフターシェーブローションやらスキンケアクリームを勧められる。「最近の男性はお肌のお手入れもされていますから。」とか、最後は「お肌につやのある男性の方がモテますよ。」と来た。じゃあ最初の「お肌のつやがよろしいですね。」のフリはなんだったわけ?
 わたしがオーデコロン、あるいはオードトワレットをつけているのは、さしずめ肌の上に薄い皮膜を作ったような安心感を得たいためなのだ。モテたいからじゃございません。

6/14
 わたしは職場で華道のサークルに入っているのだが、先生をしていただいているのは、昔国立国会図書館に勤めていた、現在は90歳近いおばあさまだ。今のところ男性部員はわたしひとりしかいないし、個展には毎回ご招待しているためか、とても可愛がっていただいている。その先生が5月末、転倒して大腿骨(?)を骨折して入院された。そんなわけで、今日は、墨田区の病院にお見舞いに行った。正直言って90歳くらいの老人が転倒して骨を折ると、その後寝たきりになっていくというケースはよく見聞きする。腰もシャンと伸びてとても丈夫な女性ではあったが、やはり骨折である。とても心配であった。
 病院に入って3人部屋の病室の先生のベッドがカーテンで閉じられている。少々不安になって、カーテンが閉まったままでお声をかけた。お返事があったので、カーテンを開けたら、なんと、先生はベッドの縁にチョコンと座っていられたのだ。一緒に見舞いに行った人たちの話では、先々週の週末には顔色はいいもののまだベッドに寝たままの状態だったらしい。その回復力たるや!
 いろいろとお話をして、そろそろ失礼させていただきますという段では、歩行補助器(キャスターが着いた半円形の柵みたいなやつ)を使って病室の入口までお見送りいただいた。もしかしたら今度またお見舞いに行ったら、すっかり入院生活に飽きてしまった先生にお会いできるかもしれない。お見舞いに行ったのに、お見舞いした方がむしろ元気をもらってきてしまったような感じだった。
 生粋の浅草っ子で、関東大震災にも東京大空襲にも遭われている。小さなころからお転婆で、女学生時代は短距離の選手だったそうで、あの「日本人女性初のメダリスト」人見絹江さんをグラウンドで見たことがあるらしい。戦前からの「職業婦人」で「キャリア・ウーマン」のさきがけみたいな人生を過ごし、今も一人暮らしをしているという先生は、とてもかっこよくてかわいいおばあちゃまだ。

6/12
 テーブルの上や下がmessな状態だったので、片づけをして午前中が終わってしまった。
 3時過ぎに三鷹駅付近から玉川上水沿いに井の頭公園まで出て、そこから神田川沿いに久我山まで行き、帰りは玉川上水沿いに戻った。たぶん合計2時間ほどの散策だっただろう。
 10月の個展はart-Link 上野-谷中2005に参加するのだが、普通の個展よりもプレスリリースの締め切りが早い。コンセプトとかタイトルとか、そろそろ決め始めなければ。
 材料を決定できればいよいよ制作開始となる。

6/11
 10月個展開催予定のギャラリーKINGYOに久しぶりに顔を出す。扇谷さんとしばし歓談。ちょうどデジカメを持っていたので、3月の矢切の展示風景を見ていただく。
 それからギャラリー内をうろうろして、設置方法を考え、展示イメージを確認した。

6/10
 どうやら梅雨入りしたらしい。
 こんな天候だからきっと空いているだろうと思って、森美術館に行った。やっぱり今までで一番空いていた。そして今までで一番いい展覧会を見ることができた。
 「秘すれば花」は東アジアの現代美術で、「山水」と「風水」の二部構成になっている。どれも素晴らしい作品ばかり。敢えて「傑出しているものは」と選び出すならば、小林俊哉の森の影の写真。ソン・ヒョンスクの一気に描いた幅広の線(と言うより面)のとても緊張感のある絵画。リン・シュウミンの家具が天井にさかさまに取り付けてある空間(たぶんアルヴォ・ペルトの曲がリバースで流されている)。リュウ・ジャンファのぬいぐるみ、帽子、かばんなどを白磁で鋳造したインスタレーション。ハム・ジンの虫眼鏡で見る小さな作品。それから伊庭靖子の布団を描いた絵画。伊庭の以前のフルーツなどの作品よりも最近のクッションやら布団の作品の方が好きだ。色は白のみなのに、そのカバーの糊の効いた表面やクッションの柔らかさといった感触まで描いているからだ。
 「ストーリーテラーズ」は物語性に着目した展覧会。写真やビデオが多い。この中ではなんと言ってもイケムラレイコが素晴らしかった。彼女の作品を東京都現代美術館の「愛と孤独、そして笑い」に続けて年に二度もまとめて見られることの喜びと言ったら!
 今回はビデオ作品が多かったからか、最後までたどり着いたら、閉館時間(22:00)が迫っているとのアナウンスが。たぶん19:00ごろ入館したので、3時間くらいは鑑賞しているようだった。
 それから展望台へ行った。外はすっかり真っ白。低い雲か霧か霞に覆われているようだ。いつもはほとんどびっしりと窓から下を覗く家族やカップルがいるのに、今日はほとんど人影がない。さすがにこれでは展望台に来た意味がないのだろう。一回りしているうちに、下の方に明かりが見えるところがあった。そこにある椅子に座り、足元を眺めた。強い風で低い雲か霧か霞が吹かれて、さぁーっと視界が晴れたのだ。足元にネオンやら車のライトやらが鮮明に見える。そしてまた風に乗った低い雲か霧か霞によって視界が真っ白に覆われる。そのめくるめく変化にすっかり魅了され、しばし窓の下を眺めていた。
 あのね、展望台に細長い部屋のようなところがあるの。夜も外の明かりが見えるように、お部屋の中はそんなに明るくないの。いつもは近くのカフェから飲み物を持ってきてそこに座って、外の風景を眺めているところなのね。でもね、今日はね、そこでおにいさんとおねえさんがぴったり寄り添ってすわって、「せっぷん」をしていたの。とってもじょーねつてきに。あのおにいさんとおねえさん、会社帰りなのかなあ。展覧会を見たのかなあ。それとも展望台だけに来たのかなあ。ぼくはおにいさんとおねえさんがそんなふうにじょーねつてきに「せっぷん」をするのはテレビや映画でしか見たことがなかったので、とっても驚いて、じっと見てしまいました。でもおにいさんとおねえさんのお邪魔をしちゃいけないから、そのままそっと通り過ぎました。

6/9
 コニー・ウィリスの「ドゥームズデイ・ブック」読了。
 21世紀初頭、タイムトラベルが実現化され、歴史研究は当地に赴きフィールドワークをするような研究方法に変わり、女子学生が中世に向かったのだが、何らかのトラブルに巻き込まれ、たどり着いた先は当初予定されていた年代から大幅にずれ、ペストが蔓延する時代の地だった。ってのが大体のプロット。ストーリーは女子学生を送り出した近未来の時間と女子学生が向かった中世を行き来する至ってシンプルな作りで、難しい時間理論みたいなものも出てこないが、魅力的な登場人物たちや舞台設定、スリリングなストーリー展開で、読者をぐいぐい惹き寄せていく。
 こうして再読すると、コニー・ウィルスの人物描写がいかに秀でたものかを再認識させられる。本当にかわいらしい中世の少女から鬼瓦(原文の単語は何なんだろう)と言われるような強烈に押しの強いママやら。市井の人々が生き生きと小説の中で生きてそして死んでいく。中世が舞台の最初の方で中期英語が出てくる。もし英語でも読書できるレベルの人ならば、ぜひ原文(ペーパーバックあり)でここらへんのニュアンスやらずれを楽しんでいただきたい。
 そしてさらに、これの姉妹編だと言われている「犬は勘定に入れません」がなぜああも明るくコミカルだったのかもわかるような気がする。「ドゥームズデイ・ブック」は本当に多くの人々がばたばたと死んでいく。「犬は勘定に入れません」は一人として死ぬ人はいない。コニー・ウィリスは誰一人として死なない小説を書きたかったのかもしれない。

6/8
 今日はMさんと安曇野散策をしました。
 朝7:00新宿発の高速バスに乗り、10:10松本に到着。そこでほぼ一年ぶりに会うMさんと待ち合わせ。松本から大糸線で穂高まで各駅に乗る。田園風景が美しいが、それよりもMさんとの会話で盛り上がって、30分強があっという間に過ぎてしまう。穂高駅で降りて、観光案内所でいろいろとめぼしいスポットを教えてもらい、駅前で呼び込みをしていたレンタサイクル屋にやや引きずり込まれるようにして電動自転車を借り、いよいよ安曇野のサイクリングへ出発。快晴ではないけれど、雨は降りそうもない、まあまあな曇り空。
 緩やかな登りでやや湿度もあるけれど、水田や麦畑の田園風景が広がる中を自転車をとばしてなかなか爽快。途中で立ち寄った食事も美術館もいまいちだったけど、やっぱりMさんとの会話が楽しかった。会話の中身はホリエモンから英語学習から「わたしの母は」までさまざまだったけれど。
 自転車で移動中、帰宅途中の中学生にいきなり「こんにちは。」と挨拶された。驚いてMさんに尋ねると、地域社会と一体となった子どもに対する犯罪防止のための一環として、「挨拶運動」みたいなものがあるのだそうだ。「きちんと挨拶返した?してないの。じゃあ次はちゃんとしてね。」とMさんに言われて、次に挨拶されたときにはややぎこちなく挨拶を返したが、例によって声が小さくて聞こえなかったかもしれない。
 最初に予約しておいたバスの時間が迫った。このまま松本に戻ってすぐにバスに乗って帰るのはたまらなくつまらなかった。なので、バスの時間を遅らせて、その後はMさんに案内してもらって松本市街の散策に行った。松本城まで行き、帰りには蔵造りが並ぶ通りを歩いた。デパートやら駅ビルなんかは全国的に規格化された都市のようで、宇都宮や広島なんかを思い浮かべてしまったが、川沿いの道や蔵造りの通り、古い町並みが残る通りなんかは、なかなか松本ならではの個性的な景観だった。それに松本には毎夏サイトウキネンがあるし、最近はとても素晴らしい劇場ができた。文化度も高いし暮らしやすい街だと思った。
 結局ほとんど最終のバスに乗って帰った。
 Mさんは「『もう少しいたかった。もうちょっと話をしたかった。』と、少し心残りがあるくらいが一番いいんだよ。『残りの時間、どう時間をつぶそうかー。』って思案するよりは。」と言っていた。でもそれじゃあ本当に頻繁に会いに行ってしまいそうです。Mさん、長い時間お付き合いいただいて本当にありがとうございました。これからもよろしく。
 曇り空ながら、それなりに日焼けをしたかもしれない。鼻のてっぺんが赤くなったような気がする。

6/6
 会社員なので、生命保険に入っています(会社員だから入っているって訳でもないか)。いわゆる「保険のおばちゃん(最近はおねえさんの方が多いかも)」からもらった資料の中に「年齢階級別死因順位」というのがあって、20〜24歳、25〜29歳、30〜34歳、35〜39歳の死因の一位は、なんと!「自殺」。40〜44歳の一位は「がん」なのだが、二位に「自殺」がはいっている。この社会は自らを死に追いやる、そんな社会なのだ。

6/5
 アートスペース遊工房への道はどうやら片道徒歩1時間の行程らしかった。
 しかし自転車の速度では見落としてしまうものが、徒歩ではじっくりと拾ってゆける。玉川上水沿いの道を歩き、名前を知らない野の花がこれから咲きつつあるのだということに気がついた。たくさんの白い蕾がいろいろな種類の木々の枝先で開花を待っていた。
 遊工房ではレジデンシーで2月から滞在している二人のアメリカの映像作家の展覧会だった。う〜ん。まあまあかな。その後途中の善福寺公園をのんびり一周して水面や野の花たちを眺めた。こんなに野の花に目が行くようになったのも、三鷹に引っ越してからだろう。できればそれぞれの名前を知りたいところで、師匠に随伴でもすればいいのだろうが、そんな奇特な人もいないし。しかしこうして散歩をしながら緑を楽しむというこの行為が、今後、わたしの作風に何か影響を与えるかもしれない。
 今日ふと立ち寄ったギャラリー(どことは書きません)で、入口からなにかギャラリーとは思えないにおいがしていた。中に入ったら作家と友人たちが飲み会を開いているのだ。今日はオープニングパーティーじゃないはずなのに。決して広くないスペースでは、6人ほどテーブルを囲んで座ると、もう観賞用スペースがあまり取れなくなってしまう。それにアルコールとおつまみのにおいで、作品をきちんと見ることも妨げられてしまう。昔から付き合いのある人たちがたくさん集まったから、親睦を深めたいというのはわかるが、自分の作品をどうやって見せたいのか、もう少し考えてもらいたいとも思った。作家からもギャラリーからも一杯いかがかと誘われたが、丁寧に断った。まあアルコールは摂取しませんし、作品を鑑賞に来ているので、それができないなら来た意味ないですから。でももう一度行きます。ご近所なので。
 広島市現代美術館では三年に一度「ヒロシマ賞」を授与している。「世界の平和と人類の繁栄を願うヒロシマの心を伝える」作家に対してだ(でも1回目は広島市出身の三宅一生だったんだけどね)。今回第6回の受賞作家は1999年ヴェネチア・ビエンナーレや2000年光州ビエンナーレで一躍有名になったイラン出身の映像作家シリン・ネシャットだ。「ヒロシマ」が今、彼女を選ぶ。その意味は決して軽くはないだろう。きっと見に行きます。
 ところで去年から今年にかけての雪景色を写真に撮った方いらっしゃいませんか?ジンバブエにいる13歳の娘に見せたいんですよ。ご連絡乞う。

6/4
 昨日買った麻のジャケットを着て、京橋−銀座−表参道−渋谷とギャラリー巡りをした。着心地がとてもいい。
 個展の方はそれぞれ力作揃いで、とても充実した一日だった。
 では備忘録と言うことで、気になった展覧会の感想を書きます。
 松浦延年さんは、なんだかキャンバスにゼリーを乗せたような印象。そう、筆跡が消えているのだ。行為の痕跡が消え、別のなにかが堆積しているような絵画はとても不思議な印象を受けた。
 平木照美さんは身近にある湯飲みやらちゃぶ台やら岩波新書(赤い表紙)なんかを描いている。熊谷守一のようなシンプルな素朴さと親近感を感じさせる。
 池上純子さんははるさめを編んで円を作って床に置き、それに合わせるように天井から吊り下げたシートに鉛筆で円を描いている。シートの前にもはるさめの円を吊り下げ、その影がシートに描かれた円と呼応している。作品の設置位置など参考にさせていただいた。来場者の質問に答えて「わたしはあまり色を使いたくないので。」などとおっしゃっていた。もしかしたら考え方は近いのかもしれない。
 永原トミヒロさんはギャラリィKで作品を拝見させていただいてから、気になっている作家さんだ。具象の作家さんと捉えていたのだが、今回は輪郭やフォルムがにじんできている。が、しかし具象と言っても面の中の色彩はややもすれば抽象的ではあった。それはエドワード・ホッパーが具象を描いていても色使いなどは同時代の抽象表現主義絵画と同じようなものであったのと同様で、はたして具象だの抽象だのと区別するのがよろしくないのかもしれない。などど、ご本人がいらっしゃるので、お聞きすればよかったのだが。相変わらずグレーの色が硬質だが不思議な明度で強い印象を受ける。もしかしたら、NAGAHARA GRAYとかって呼んでもいいのかも。
 吉住暁さんは思いがけず(失礼)、好印象を受けた。草原に風がふっと吹いたような、そんな清々しい感じの絵画だった。
 神保千絵さんは日本画なのだが、オーディオセットとかメトロノームとかを描いたものから、たぶん室内の風景をデフォルメしたような抽象的なものまであり、なかなか面白かった。作家さんのお友達なのか、かなりの数の女の子が会場にいて、おじさんはその子らに妙な緊張感を与えてしまったかもしれない。
 豊田美讃子さんは油彩で水面の輝きのような作風。水面がいろいろな色を見せるように、微妙な色彩で光の漂いを描いている。そのあたり結構近いものを感じたが、お知り合いがすでにいらっしゃって、ファイルもご覧になっていたので、特にお話しすることもできませんでした。でも次回が楽しみ。
 OPAに立ち寄り、藤波さんから神奈川県立近代美術館葉山館の近くにある、それはそれはコロッケのおいしい肉屋さんの場所を教えてもらい、それから渋谷に出た。ダンスとのコラボレーションでの展示をしている、以前からの知り合いの作家、高久千奈さんの展覧会があるのだ。ちょうどパフォーマンスの時間に間に合うように行った。壁が黒い会場を全体に渡ってミシン用ゴムの線が水平方向に張り巡らされている。その水平の実際の線を光で断ち切るように、垂直の映像の線が投影されている。映像の線が実際のゴムの線にところどころ光を与え、硬質な金属線を想像させる。パフォーマンスはその線と映像に見事にコラボレーとしていて、空間に人が入ることで作品が完成するということがわかる。パフォーマーはゴムの線を避けたり、引っかかったりして空間を泳ぎ、映像の線を体に投影させる。パフォーマンス終了後、高久さんとしばらく作品制作の苦労話やら意図やらコラボレーションのことやら今後の予定などを話した。わたしの作品もたぶんパフォーマンスとの親和性が高いと思う。次回の個展で何かイベントなどできればいいと思うのだが。たっぷり1時間以上お話をしていたのに気がつき、失礼させてもらった。
 表参道から渋谷に向かう途中、青山通りのデモが通っていった。耳慣れない鳴り物入りだった。歩道で少年が配っていたチラシをもらった。そうだ、今日は天安門事件から16年経っていたのだ。


6/3
 帰りに表参道で寄り道をしようと思ったら、至る所でギャラリーがオープニングパーティーをしていた。そういうところをはしごする人もいるだろうが、わたしはことごとくきびすを返した。だって作品をじっくり見れないじゃん。
 それから西里兄弟の店に立ち寄った。店でかけているCDの中にマリアンヌ・フェイスフルを見つけたので、「シブいですね。」と言ったら、マリアンヌ・フェイスフルではなくて、そのバックにドクター・ジョンがいたかららしい。そういえば、リトル・フィートとかロバート・パーマーもある。おにいちゃん、選曲がシブい!西里兄弟と音楽やらアートやら街やらで談義した。それからジャケットやらシャツやらを試着して遊ばせてもらった。赤いシャツなんてきっとこんな機会でなければ着ないだろう。結構気にいった麻のジャケットがあったので購入した。色は当然、黒です。
 ある方のサイトでお勧め展覧会を見て、それが開催される美術館やギャラリーに飛んで、その作家さんの作品に興味を持ち、さらにその作家さんのお名前でネット検索してみたら、何件目かに「日誌」というページがあり、それを開いたら、ここにたどり着いてしまった。その作家さんのお名前を忘れてしまうわたしもなさけないのだが、なんでこのページがヒットするんだろう。もしかしたら結構な数の方たちにご覧いただいているってことなのか?もしそうやって検索した際のその作家さんの参考になるのであれば、これからはもっときちんと感想など書いておくべきかもしれない。っていうか自分自身のための備忘録という意味もあるから。

6/1
 最近になって再びコニー・ウィリスの「ドゥームズデイ・ブック」を読み始めた。ウィリスは人物描写に優れていて、容易にその人物を想像することができる。そういったところが登場人物たちに親近感を抱かせるのだろう。

5/30
 新しい素材はかなりうまくいきそうな予感。

5/29
 今日も朝からパイロット版第2弾のもう一枚のシートの制作。このシートだとビニールシートよりさらに物質感が薄れ、線やフォルムが強調できると思う。
 3時過ぎに外出。御茶ノ水で下車。ここに来たらやはり聖橋の上から中央線、総武線、丸の内線が行き交うのを眺めなくては。それにしても列車が緩やかなカーブを曲がっていくときの曲線はなんてセクシーなんでしょう。
 御茶ノ水から歩いて神保町の言水制作室で開催されている加藤陽子展へ向かう。加藤さんの作品も面白かったが、なんといっても言水制作室の内部に興味津々。言水さんが日ごろどんな環境でetc.を作っているのかを観察できた。
 一旦銀座に出たのだが、ふと何人かの知人が「iPodを買おうか。」と口にしているのを聞くにつけ、ユリイカ3月号「特集ポスト・ノイズ 越境するサウンド」の中の鼎談で、大友良英が「みんなあの音で満足なの?俺はあの汚い音に耐えられないよ。」と言っているのを読むにつけ、実際に自分で聞いてみないことには何とも言えんなあと思い、アップルストア銀座に入って、試聴させてもらうことにした。まずは「ウヘ〜。」という感じだった。何と言ったらいいのだろう、トゲトゲしくてスカスカって感じ?ときどきiPodは音が悪いという話は耳にしていたが、わたしでさえそれをはっきり感じることができる。音響の専門家ではないのでどこがどう悪いのかとはっきりと説明はできないが、わたしにはこの音は必要ないし、こうまでして鼓膜を刺激させたくないという感じだ。曲によって違うのかもしれないと、曲を飛ばし飛ばし20曲以上聞いたが、どんな曲も同じような不快感に耐えながら聞き続けたという感じだった。本当に気持ち悪くなってしまった。
 アナログのレコードに慣れた耳に、最初CDもヘッドフォンで聞くと少し違和感があったことはあったが、ここまでひどくはなかった。同じ鼎談の中で菊池成孔が「あれで満足どころか、新しい満足を生む帯域としてあるんだよ。」と言っていた。正直、この程度の音だったら、街の雑音を耳にしていた方が、わたしの耳にははるかに健全だと思った。ああ、わたしの口から「健全」なんて言葉が出てくるなんて。

5/28
 朝からパイロット版第2弾の制作。午後に完成し、貼り合わせて様子を見る。たぶん接着面の大きさとか接着剤の量とかを調整すれば、それほど目立つ接着面にはならないだろう。少し安心する。
 夕方になって吉祥寺から西荻へとギャラリー巡りをする。西荻では加藤休ミさんのいろはかるたのクレヨン画だ。「犬も歩けば棒にあたる」って、犬が地面に落ちている小枝をくわえようとしている絵だったりする。身をよじらせるほどではない、クスッと笑わせる、しかしツボにはまるとなかなか癖になる作品たちに、にやにや顔が元に戻りません。これじゃニヤニヤしながら歩いている不審者に思われてしまう。加藤さんと少しお話をして、10月の個展のことなどで少し顔を引き締めてからお別れをさせてもらった。
 西荻駅前が何か騒々しい。なんだろうと思っていると、「西荻駅前を馬が通ります。」なんていうアナウンスが聞こえる。どうやらお祭りらしいのだが、災害時なんたら協定を杉並区と結んだ福島県原町市から相馬の馬追いの馬を連れてきたらしい。こんなところで本物の馬が見られるのかと、わたしにしては予想外の反応のよさで、馬の姿が見られる方へ進んでいった。馬は白毛と栗毛の二頭だ。それぞれ甲冑を着けた武士姿の騎手が乗っている。どうやらサラブレッドらしいが、近くで見るとそれなりに迫力がある。ほとんど手が届きそうな近さで(というか横にいた人は子どもに触らせていた)、馬の姿をじっくりと観察できた。それに横目でにらんだときの白目と黒目の割合が、よく絵巻物で見る馬の目とそっくりなのだ。わたしにしては結構興奮気味で馬の後を追って歩道を歩いていき、駅前ロータリーを周回する馬をずっと眺めていた。それから鞍をおろしてトラックに乗り込むところまで見届けてから、駅前をうろうろした。お神輿は子どもが上に乗って笛(っていかホイッスルね)で音頭をとるのに合わせて練り歩いていた。いやはや偶然に西荻で馬が見られるなんてラッキーと言うか何と言うかと思って駅の時計を見て、愕然。今日は高円寺でオノテツさんのライブがあったのだが、教えてもらった登場する時間を過ぎてしまっていたのだ。そんなわけで行くのを断念しました。申し訳ありません、オノテツさん。

5/27
 NADIFFで大橋仁の「いま」という写真集をふと手にしてみた。出産の瞬間を捉えた写真だ。頭部が見え、顔が出てきてそして全身が抜け出る。そして母になったばかりの女性の胸元で肌と肌で触れ合う。まだ初めての外界に驚いたままのような表情だ。写真集をじっと見入ってしまった。多分みんながそうなるであろうが、しばらく母のことを思った。
 その後、ケン・ローチの「やさしくキスをして」へ。グラスゴーのカトリック系の学校で音楽教師をしているアイルランド系の女性(カトリック教徒)とパキスタン移民二世の男性(イスラム教徒)のラブストーリーだ。民族、宗教、家族と個人という諸問題がふたりの関係に絡むわけだが、ある映画評ではそういった波乱が突然のハッピーエンドで終わってしまうのが不快だと書かれていた。わたしにはむしろ「いろいろな困難を乗り越えて二人は結ばれましたとさ」というハッピーエンドとはまったく感じられなかった。アイルランド系女性にはパキスタン系男性の持つ民族的な系譜や育ったコミュニティーや家族のルールはまったく理解できないし理解しようとしない。パキスタン系男性にはそれらを完全に捨てることはできず、自分たちが受けてきた偏見や屈辱に女性を激しく糾弾する。それに対して女性は「それはわたしがしたことではない」と言い放つ。最初のラブシーンでは主導権争いで戦いと休戦とが繰り返されるようにさえ見える。
 「一緒にいることの心地よさ」を選択する二人だが、しかしケン・ローチはそこに冷静な問いかけをしている。「彼と一緒にいたいの。」と言う女性に、男性の姉が尋ねる。「それはいつまで?明日まで?それとも何年?」それに対して女性はいとも簡単に答えるのだ。「それはわからないわ。」と。
 男性の妹は親元を離れて大学で学ぶと宣言したりして、パキスタン系家族はこれから大きく変わっていかざるを得ないことがはっきり見える。しかし女性の方はあくまでも自分のアパートから出ることもせず、チェーンロックをかけて男性を追い出したり、居留守を使ったりしているだけで、変わっていこうとはしない。留守電のままにしておいた電話に男性が詫びの言葉を吹き込んでいるのを、満足げに聞いている女性の表情には、常に支配する側に立って男性の側の譲歩を引き出しているようにも思える。たとえ男性と生活を共にすることで社会的地位を失って、不安な状態の自分をひとり残して仕事に行ってしまった男性に対する仕返しだとしても。
 そんなわけでエンドロールが出たときわたしには、とりあえずこの瞬間はふたりはハッピーなのかもしれないが、単なるハッピーエンドではなく、多くの困難を眼前に広げられて、それらがすべて宙吊りにされたままというように感じられた。その後登場人物たちがどうなっていくのか考えさせるというのが、ケン・ローチの作った仕掛けだろう。なのでケン・ローチ特有の苦さや辛さはあったように思う。どことなく居心地の悪くなる、「さすがケン・ローチ」という感じの映画だった。あるいはそれはわたしが彼らと同じ「有色人種」だから、そう感じたのかもしれないが。それともわたしがそもそも「結婚」というものを全然理解できていないからか。あるいは普通のカップルでも生じる些事も、こと人種、民族、宗教が絡むシチュエーションで見せると、大きな事件になりうるという、逆の意味での偏見を提示しているのかもしれない。そして見事にわたしはそれにはまってしまったということか。
 きっとケン・ローチを知らずに「珠玉のラブストーリー」だの「ふたりのたどったあまりにも切なく美しい愛の奇蹟」だのという歌い文句に釣られて見に来た客には、あまりカタルシスも得られない中途半端な映画だっただろう。
 ケン・ローチの映画は相変わらず英語が聞き取りにくい。今回はパキスタン・アクセントのグラスゴー訛りみたいな英語らしいし。でもそれが生きている言語なのだろう。

5/26
 今週はどうもずっと体がだるい。
 デイヴィッド・ベズモーズギス「ナターシャ」読了。旧ソ連ラトビア共和国リガ生まれで6歳の時にカナダに移住。そんな彼の自伝的短編集だ。カナダに移住して言葉もままならないロシア系ユダヤ人一家の悲哀や労苦、ささやかな幸せを静かに淡々と、しかし愛しむように描いている。「チェーホフの再来」と言われているらしい。静かな笑みを浮かべてしばらく空を見上げていたときに、瞬きとともに視野がぼやけるのに気づき、顎を引いたら思いがけないほどの涙があふれていたことを頬に感じた、と、いうようなそんな印象の短編集だった。新潮クレスト・ブックスは良質な海外文学を提供してくれる。

5/23
 野の花愛好家に、玉川上水沿いの木は「ウツギ(別名卯の花)」ではないかと教えてもらった。どうやらそうらしい。
 帰りの雨の中、かなり多くの花が散っていた。
 母と電話で話をした。ようやく今咲いているのがウツギだと伝えることができた。

5/22
 今日はパイロット版の第2弾作成に入った。ビニールシートに代わる素材として、ゴールデンウィークごろ注目していた何種類かのシートだ。それを貼り重ねて一枚の大きなシートにするとどうなるかを、これから何日かかけて調べることにする。
 午後4時過ぎに散歩がてら買い物に出かけることにした。玉川上水沿いの道の反対側の歩道を歩いたら、街路樹に白い四片の花が咲いているのに気がついた。ヤマボウシという木らしい。玉川上水川には細い幹のわりに背が高く、小さな白い5片の花びらが下に向かってたくさん咲いている。どなたかこちらの方の木の名前を教えていただけないでしょうか。
 カンヌのパルムドールをダルデンヌ兄弟が受賞したとのこと。またあのざらついた映像を見られるのが楽しみだ。ニュースで紹介されたときに説明されていた簡単なあらすじのようには、すっきりとした結末とはないだろう(きっと彼らのことだから)。

5/21
 朝からずっと制作。
 午後3時過ぎについに100cm×180cmのビニールシートのパイロット版が完成。空中に吊り下げるには、シートの持つ物理的な特性が作品の印象に影響を与えてしまいそうだ。少々手こずりそうな予感。が、壁に設置するのは問題なさそう。
 夕方外出してアンゲロプロスの「エレニの旅」へ。相変わらずのアンゲロプロスの映像文脈というか、様式というか。立ち尽くす群集とひそやかに伝播していく動作。川辺に一列に並ぶ人々を徐々に映していく長回し。相変わらず寒々しいギリシアの風景。洪水で水没する街の色のなさ。風にたなびく干された何枚もの白いシーツ。それだけでもこの映画を見る価値があるだろう。
 アンゲロプロスは20世紀とともに生まれて死んだ自分の母に捧げるための映画、ひいては20世紀に捧げるための映画として三部作の一作目として、この「エレニの旅」を撮ったらしい。エレニが夫にも二人の息子にも戦争や内戦で死なれて気を失い、うなされるようにつぶやくシーンがある。「私は難民です。いつどこに行っても難民です。」そして死んだ子どもの横に身を横たえて泣き叫ぶ。「もう誰もいない。思う相手がいない。愛する相手が誰も。」これらの言葉が20世紀を表しているのかもしれない。20世紀は「戦争の世紀」と言われた。21世紀は「もっと戦争の世紀」と言われかねない。
 2時間50分という大作であるにもかかわらず、ワンシーン、ワンシーンがあまりにも美しすぎて長さを感じさせなかった。ちなみにわたしはこの映画で泣きませんでした。
 帰りの電車の中でパール系のオレンジのワンピースと同一色の靴を履いた女性がブーケを持っていた。ああ、それって、投げ上げられたのをみんなで奪い合って、それであなたが次の番ってことなのね。

5/20
 退社後に銀座のギャラリー巡り。DMを見てとても気になり、足を運んでみて自分の想像以上にいい作品を見られたときの喜び。今日はOギャラリーでの美しい藍色の山下浩子さんの版画といろいろな可能性を感じさせる面白さの岩谷由愛さんのアクリル画がそれだった。こうして満たされる気持ちをして、はたしてわたしは幸せではないと言うのか。いやいやこれほど幸せなひと時を持てることなどないではないか。
 作品を制作するという「業」を持っていられることの幸福。その「業」のために不安にさいなまれ、もがき苦しめることの幸福(実は結構気楽にやってますけど)。自分の作品が鑑賞者に何かを残せられる可能性を持てる幸福。こんなにも幸福ばかりでいいのか。ただある種の人間関係による幸福がないだけだが。
 リービ英雄「千々にくだけて」読了。リービ英雄は2001年9月11日に偶然郷里に帰ろうと飛行機に乗り、バンクーバーで乗換えをする予定だった。テロ事件の影響を受けてそこで足留めを食らい、しばらくバンクーバーに滞在後、結局日本に戻ることになる。その間のことを小説化したものだ。足留めにあった当地の空気と主人公との間の距離感。テロの犠牲となった地とかの国の大統領の言質の違和。メディアに踊る扇情的な言葉たち。そういったものを極めて冷徹に内面を覗かせないまま描写している。「千々にくだけて」は松尾芭蕉の句、「島々や、千々にくだけて、夏の海」から引用している。松島とは大洋の対岸にあるバンクーバーの海岸線にその句を思い出し、またWTCが崩壊していく様が「千々にくだけて」を想起させている。
All those islands!
Broken into thousands of pieces,
The summer sea.

5/19
 五月病治療のために休暇を取った(半分冗談。ってことは半分は本当ってことか?)。
 国立西洋美術館の「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」に行った。中世音楽をやっている友人がこの画家をいつだか紹介してくれた。貸してもらったクープランのCDのジャケットにはラ・トゥールの「灯火の前のマグダラのマリア」が使われていた。そういったことがなかったらたぶんこの展覧会には行かなかっただろう。
 例によって会場は混んでいる(でもゴッホ展よりはマシらしい)。その中をかき分けて近くに行ったり、遠くから人並みの隙間越しに見たり。
 わたしにとってラ・トゥールとは、小さな灯火の中のささやくような祈りだ。それが構図の中にありながら光源を持たない明かりとその先の深い闇に表現されている。会場の最後まで行き、また戻ってその祈りの声を聞こうとした。人々の波の中に、微かなささやきのような祈りはなかなか届いてはくれなかった。
 ラ・トゥール展を出て常設展のモネの部屋に直行した。まだ体力が残っていたので、「黄色いアイリス」と「睡蓮」に圧倒されるだけの余裕があった。西洋美術館を後にして、ついでだから動物園にでも行ってみようかと思って、入口まで行ったのだが、小学生から中学生からかなりの人出のようなので、銀座のギャラリー巡りへと向かった。収穫はギャラリー21+葉の池内晶子さんか。糸を編んだインスタレーションで、繊細で緊張感があった。そこら辺はとても参考になった。塩田千春とネガポジの関係にも見えた。
 で、帰りは吉祥寺で降りて、井の頭自然文化園に寄った。ここはライオンもゴリラもいないし、ニワトリやモルモットさえもいる小さいけれど親しみやすい動物園だ。ようやくゾウのはな子さんに会えた。今は御年57歳。人間で言えば80歳を優に越えているらしい。歯も一本しか残っていないようだが、カクシャクたるおばあちゃんって感じで、延々と草を食んでいた。はな子さんのファンなのか、ずっとその仕草を見ている女の子が一人いた。
 ラ・トゥールの絵画に登場する人物たちにはモデルがいただろう。その人々のそれまでの、そしてその後の人生を思ってしまう。そういった人々がわたしの中には何人か住みついているようだ。たとえばメレディス・モンクのBOOK OF DAYSに登場する未来までも透視してしまう、美しいスキャットで歌うエヴァという少女。コニー・ウィリスの「ドゥームズデイ・ブック」に登場する、最後はペストで死んでしまうアグネスという少女。ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」で自分の婚約者に初めて会うときにその靴にそっと自分の足を入れてみるアシマ。たとえそれがフィクションであっても、そういった人々のエッセンスのようなものが住みついているのだろう。
 年老いて絵手紙を習ってから、自然の移り変わりや季節を示すささやかな兆しなど、今までさして気に留めなかったものがとても目に付くようになったと、遠い地に住む息子に電話でその喜びを伝える老女の話。久しぶりに一家で時間を過ごした日に、自分が父親となったのと同じ年齢になった自分の娘を眺めるうちに、まだ若々しく頬を赤らめた自分の妻と、その腕に抱かれて周囲を観察するように見開いた目で眺める生まれたばかりのその娘の表情を思い出し、突然「おまえの原風景は何だ?」と娘に尋ねた父親の話。祖母と手をつないでの買い物の帰りに、目の前を自分の幼稚園の先生の赤いミニバンが横切った、その偶然性を愛しむ言葉を発したという四歳の男の子の話。小学校への通学路で見かけた石材店に興味を持ち、何度も何度も学校の帰りにそこに通いつめていくうちにそこの親方が大好きになり、その後をついて回るうちに、石がどのようにして生まれ、人がどのようにして石の力を借りて生きているか、それから最後に石がどのようにして元の自然に戻っていくかと、石によって世界のすべてを語る親方から、森羅万象の生々流転を学んだという少女の好奇心に輝く瞳と親方の笑みと深い眼差し。そんな話を聞くとその登場人物が発する声質や息遣いや眼差しなどが想像されてしまうのだ。そういった人々の「思い」がひとつひとつ襞のようになってわたしの中に住まう。わたしは現在も過去も実在もフィクションも越えて、人々の思いを綴り続けていきたいと思う。ってこれ何かに似ているな。ああ、「ベルリン天使の歌」の天使ね。またそこに行っちゃうのか。
 今日はシャツにジャケット(当然黒)を着て外出した。上野公園などTシャツ一枚の人などもいた。どうやら今日は気温が上がるようだとは知っていたが、結構暑くなったんだなーと思い、銀座で時々額をハンカチで押さえたりもした。気温は7月ごろの暑さだったようだ。どうもわたしは厚着の傾向があるらしい。
 ところでスギ花粉症の季節も終わり、飲み薬も点鼻薬も打ち止めにした途端、急にくしゃみをするようになり、鼻がむずむずするようになった。これはヒノキあたりの花粉症なのか、それともハウスダスト等、他のアレルゲンによるものなのか。結局アレルギー性鼻炎ってのは完治しないものなのね。まあアレルギーだから当たり前か。

5/18
 アートは人を幸せで美しくさせることができるのか?
 一人の人間を幸せにすることなど、アートにそんな力はない。できたとしてもせいぜい作者本人が制作によって癒される程度だ。少なくともわたしの作品に関しては。
 いつのことだったか、まだまだ若者だったころ、自身にひとつの選択を課したことがあった。安らぎを選ぶか自由を選ぶか。わたしは躊躇なく自由を選び、安らぎを捨てた。なんだ。着実に選んだものに沿って歩んでるじゃん。わりに計画的。と、いうのは最近身近で人が幸せで美しくなるような華やいだ情報が飛び交っているのを聞き、翻ってわたし自身はどうなのだろうと思ったときに出てきた自問自答だ(答えにはなっていないし、問いですらないが)
 リービ英雄「我的中国」読了。アメリカ国籍のリービ英雄が、生活している日本から中国に渡り、現地の人々と北京語で語り合い、戻ってから日本語で中国のことを書く「私小説的中国紀行」。
 北京の胡同で、奥地の小都市の郊外で、国籍や人種に関係なくリービ英雄はただひとり彷徨う。ある駅の待合室には約千人分のベンチがあり、列車の発着時間になってそこから人々がいっせいに改札に殺到する様は、騒音がうるさいと言うよりはまぶしく感じられるらしい。13億〜14億という想像もつかない人々の数。その中にマイノリティーとして10万人のロシアの白人がいるらしい。1000年前に地中海からシルクロードを通って宋の都に移り住み、李や趙と改名したユダヤ人たち。その圧倒的な広がりと流れの前にわたしはただちっぽけに立ち尽くすだけだ。

5/17
 gloomから突然のeuphoria。
 それはgloomとなっている原因を自嘲気味に滑稽に描写している自身に気がついてからだった。わたしはまた元に戻るのだろうか。当事者になろうと思っていたのを捨て去って、再び観察者(窃視者)に戻ろうとしているのだろうか。

5/15
 朝起きて、まず「川城さんの作品を見なくては。」と思って床から出た。朝のうちは曇り空で明るい日差しの下で見られないのがまた残念ではあるが、しかし照明などないところでの赤の表情はややひそやかでベルベットのような艶がある。ああ、いい作品を購入したなー。
 雨が上がった午後4時半ごろ外出し、ギャラリーブリキ星の久野隆史展へ。4年前、新川にある(あった?)ギャラリー防空壕で初めて拝見した。日本画の技法でシンプルでポップな形状が描かれていて、結構面白かった。今回はまた違った形状が現れてきて、それもまた面白かった。
 ブリキ星の近くで篠原有司男の展覧会をしているギャラリーがあったので入ってみた。展示作品はボクシングペインティングとオートバイ彫刻。まさに十八番(おはこ)芸だ。相変わらず元気なオヤジだ。
 帰り道は雨が降ったり止んだり。雨に濡れた草木が生々しい匂いを発するのを感じたくて井の頭公園に少し足を踏み入れてみる。なかなかその匂いが感じられず、ベンチで吸われているタバコのにおいが漂ってきたりした。しばらく林の中を歩き、玉川上水に面しているところで少しそれらしき匂いに出会えた。
 帰りの玉川上水沿いの道を歩きながらふと思いついた。わたしが死んだら、葬式とか戒名とか何もいらない。できるなら吉祥寺から三鷹まで玉川上水沿いの道を歩いてほしい。わたしが毎晩その日のいろいろな感情を何かの形にしようとこねくり回したり、指の間から漏れていってしまったり、逆に押し潰されそうになったり、そんなことをしながら歩いていた道だから。偲ぶにはいい場所だろう。しかし道には痕跡のようなものは何も落ちてはいないし、何の残滓もないだろうけれど。と、こんなところに遺言を書いてしまった。

5/14
 午後、ギャラリー砂翁に川城夏未さんの作品を受け取りに行く。銀座線の三越前駅で降りて地上に出るとなんだか騒々しい。お神輿が練り歩いている。この週末は神田祭なのだそうだ。ギャラリーの帰りにお神輿の一団とすれ違う(ようにしてわざわざ道を選んだ)。ひしめき合い一定のリズムでじりじりと歩を進めながらお神輿を上下に揺らす。その反復が高揚感につながっていくのだろうか。神輿担ぎが大好きな人々の心情がわかったようなわからないような(きっとわからないのだろう)。
 京橋で地下鉄を降りて、そこから歩行者天国の中央通りを歩いて、Oギャラリーなどに向かう。歩きたかったのだ。大野さんに「お久しぶり。」と言われてしまった。考えてみれば4月は一度もお伺いしていなかったようだ。
 それから川城夏未さんの作品が展示されているという、汐留の駅ビルの中の夢民(むーみん)というカレー屋さんに行った。長方形の白い壁の店の奥の面に展示されている。着いたのは7時前ごろだったが、お客さんは誰もいないので、絵を鑑賞するのに一番いい席に座らせてもらう。白い壁と白いテーブル。赤い椅子と正面に見える150号の赤の作品。現代美術の大作をほとんど店の「売り」として展示する店側の意志がうれしい。おしゃれなスポットでのカレーとBGMのダブサウンドと現代美術。ギャラリーとはまた違った趣ではある。カレーの方は川城さんからお聞きしたようにご飯にすっと染み込むタイプのもので、春キャベツとほうれんそうがしゃきしゃきしていてとてもおいしかった。食べ過ぎてお腹がこなれないので、汐留から新橋-銀座-京橋経由で東京駅まで歩くことにした。今は独白のように取りとめもなく考え事を迷わせながら歩きたかったのだ。
 帰宅して早速川城さんの作品を飾ってみた。ギャラリーの照明で見たときとやっぱり赤の表情が違って見える。日の光の下で見るとまた違って見えるかもしれない。明日が楽しみ。

5/13
 帰りにうわさのジュンク堂新宿店に寄った。確かに池袋店よりは敷地面積は狭いが、それでもどかーんと広く本棚がいくつも続くさまはとても壮観で気持ちいい。さらに紀伊国屋新宿南口店よりも居心地がいい。たぶんきちんとわかっている人が本を並べているからだろう。しばらく書籍に囲まれて至福のときを楽しむ。そんなわけで今日は単行本、文庫本合わせて5冊買ってしまいました。全部小説。
 しかし、こうした大型店がいたるところに乱立することで、街の気のきいた本屋がなくなっていってしまうのも事実。

5/11
 急な冷え込みで体調を崩したのか、それとも精神的な落ち込みなのか、どうも出勤するが辛かった。なんとか職場までたどり着いたものの、午前中で体調不良ということで早退させてもらった。
 帰宅してすぐに布団の中に入りしばらく本を読んでいたが、それから寝入ってしまった。しばらくして寝覚めたが、どうにも起き上がれず、また眠りに就いた。結局布団から出たのは暗くなってからだった。
 精神的なものの原因。それはわたしがずっと怠ってきたこと。常に自分の領域から出て行こうとせず、一方的に終始してしまっていたこと。深みがなく希薄な作風はこんなところから来ているのかもしれない。これを全うしろってことなのだろうか?それもいいかもしれないが。
 森巣博の「蜂起」読了。森巣博はまあまあ噂は入っていたが、活字としては姜尚中との共著で初めて接して、結構その異色ながらまっとうなものの考え方に納得していた。彼の小説としてはこれが初めて。日本社会が一線を越えないで辛うじて留まっている、その一線が越えられたときの黙示録的な結末が面白い。連載された雑誌では悪趣味な記述だと不評を買ったらしいが、むしろ悪趣味なのは描写した社会そのものが悪趣味だからだろう。「新しいタイプのピカレスクロマン」という書評を目にしたこともあったが、それもちょっと違う気がする。ある種デストピア小説とも言えるが、実はこれが現実社会を描写したに過ぎないことに震撼する。ってところか。

5/9
 JR西日本の脱線事故について、一番最初には運転手の資質みたいなことが報道され、次には安全性よりも利益重視という会社の体質や過失に対する懲罰など過度の監視体制について報道され、次には当日夜のボーリング大会(宴会には民主党員が出席したというから「連合」、労働者側の催しだろう)について報道されている。これらのやりとりは穿った見方かもしれないが、JR西日本の体制側と労働者側のリーク合戦のように見える。もしそれが正しければ、管理体制や経営方針を批判された体制側が巻き返しを狙ってボーリング大会というワイドショーレベルで飛びつきやすい(ひいては低俗な正義感に訴えるような)ネタを提供して、注視を逸らそうという意図を持て画策したということになる。
 わたしはやはり一労働者でもあるので、過度にストレスがかからない働きやすい職場であることを望む。

5/8
 新日曜美術館終了後くらいからしばらくビニールシートの小さなテスト版を作成した。三枚重ねで設置してみたら結構気持ち悪い、いい感じに見える。これならまあまあのものができそうだ。次は設置方法についてしばらく悩もう。
 午後2時過ぎに外出し、新川に移転したギャラリー人へ向かった。オープニングのグループ展で、いろいろな人の作品が見られたのだが、入口付近に貼られていた今後のスケジュールのところに目をやって、少々驚く。「正木隆遺作展」とあるではないか。あの正木さんのことか?と信じられずに、作品リストを見ると「正木隆1971-2004」とある。受付のようにしていらっしゃった一杉さんに「正木隆さんって亡くなられたんですか?」と尋ねてしまった。どうやら去年の秋に亡くなられたらしい。正木さんとは会釈をした程度でお話をしたことはなかったが、新宿区立旧牛込原小学校で行われたアートイング東京で初めて拝見し、その後ギャラリー人の個展も拝見した。漆黒の中に浮かび上がる白い形状がなかなかいいと思った。あの漆黒がなぜあんなにも光沢を帯びているのか、そんなあたりをお聞きしたくもあった。あの世界、あの宇宙がこの先永久に展開されず、作品数もこれ以上は増えないのだ。と思って、本当に愕然としてしまった。ご冥福をお祈り申し上げます。
 そこから隅田川沿いに水面を眺めながら川べりを歩いて清澄に出たのだが、その間中ずっと正木さんの死、ひいては人の死を考えていた。人の死とはその人の持っていたひとつの世界が永遠に失われてしまうことだ。それ以上に、それ以降のあらゆる可能性がすべて消失してしまうことだ。なんとも重い意味に沈みこみそうな気持ちになった。
 深川では例のちゃっちいちょんまげのかつらをかぶったおじさんの店で、実家に送るためにアサリとシジミの佃煮を買った。ついでに自分の分のアサリの佃煮も買った。
 玉川上水沿いの道にサクランボの木が一本見える。いい季節です。

5/7
 ウルグアイの映画「ウィスキー」へ。ウルグアイのまだ30そこそこの二人の監督によって撮られた映画なのだが、ジャームッシュ、カウリスマキあたりのテイストがたっぷり。まるでそこはウルグアイのモンテビデオではなくてフィンランドのヘルシンキのように見える。主な登場人物三人のうち、ふたりがほとんど無表情に独特のペースで動くあたりもカウリスマキっぽい。フフンと笑わせてじわーっと引きずり込ませるなかなかいい映画でした。
 最近気になっていた素材PETシートとサンロイドペットエース(あるいはポリセーム)は最大のサイズが67cm×146cmであることが判明。それ以上の特注はできないらしい。さてさて困りました。元々考えていたサイズを一枚の素材で表現するためには、それらの素材では実現できないことになりそうだ。こうなったらビニールシートあたりを使うしかないらしい。ビニールシートにはいくつかメーカーがあり、若干材質的に異なる。この間の矢切の時に使用したメーカーのものは柔らかすぎて、切り抜くのに粘っこい感じで苦労したし、出来上がったものも形状がシワシワになってしまった。もうひとつのメーカーのものは比較的固くて切り抜きやすく、さほどシワシワになりそうにない。なのでもうひとつのメーカーのものを使えばいいとは思う。しかしPETシートなどに比較にしてビニールシートはあまり地球にやさしくはない。

5/5
 午前中はなんと9時ごろから小品を作った。で、午前中に一品完成。
 午後は歩いて調布との境のあたりにあるホームセンターに行った。途中市役所の広場では「こどもまつり」というイベントが開催されていて、こどもたちが板でなにか(お風呂の椅子みたいなやつ?)を作っていた。金づちを打つ音で騒然としていた。そうか、今日は「こどもの日」だった。どうりでこいのぼりがいたるところで見られたわけだ。
 ホームセンターではプラスチック製のシートでどんなものが売られているか偵察。が、これといって触手を伸ばしたくなるようなものはなし。結局往復8km強の散歩を楽しむことが主目的になってしまった。三鷹の郊外は「生産緑地指定区域」みたいな地域があり、畑があったりしてとてものどかだ。あるところに雑木林のような一角があり、入口に見事なまでに満開のツツジが数え切れないほど植わっているところがあり、お寺かと思ったら普通の民家だったりして、いやいや侮れませんわ。
 夜は一時帰国している南村千里さんを囲んで、西荻の焼き鳥屋さんで会食。料理もおいしいし、会話も弾むし、なんとも楽しいひととき。こんなに笑ったことって最近なかったなーっていうくらいに笑った。ぜひ今度は南村さんに会いにロンドンに行こう。

5/4
 ジャームッシュの「コ−ヒー&シガレッツ」の朝10:00の回に行く。シネセゾン渋谷の入っているビルの1階の入口が大混乱になっている。一体何が起こったんだ!って、どうやらパチンコ屋が入店の整理券を出して、番号をひとつずつ呼び上げて入店させているらしい。ああ、ここにもわたしの未知の世界が・・・。
 映画自体はどうやら本日10時の回、先着何名様かにコーヒーが差し上げられるらしく、すでに結構人が入っているようだ。と、思ったら、それよりもなによりも「本日入場券1000円になっております。」というアナウンスが。特別鑑賞券1500円を買って当日券1800円より300円お得だと思っていたら、実は500円損したってことじゃないですか!がっが〜んっ!映画の内容はですね、まあジャームッシュらしいちょっとしたひねりが随所に見られるオムニバス形式で、まあまあ面白かったですな。コーヒーとタバコをはさんで会話がどんどんずれていくという妙。ロベルト・ベニーニやスティーヴ・ブシェミやトム・ウェイツといった常連が相変わらずの絶妙な雰囲気を醸し出す。
 その後銀座に出てギャラリー巡りをした。昭和通りを越えたあたりでお祭りをやっていて、お神輿がいくつも出ていた。でも中央通りの歩行者天国の買い物客&観光客とはまったく別世界。つなげればもっとにぎやかになるはずなのに。
 「トムは真夜中の庭で」読了。ちょっぴりミステリーでちょっぴり懐かしい感じで心温まる。人によってはちょっぴりせつない。わたしは「せつない」に弱い。ってことは「人によってはちょっぴりせつない」の「人」ってつまりはわたしのことなんだな。  

5/3
 昨日帰りにハンズに寄って買ってきたポリエステル樹脂シート「サンロイドペットエース」が、カッティングしやすく、つや消し度と透明度のバランスがとてもいいのだ。いいものを見つけた〜。でもサイズが特注になりそうだし、そういう注文に答えてくれるのかなー。PETシートもカットしやすい。こちらの方もサイズの注文に応じてさえくれたら、これらで材料は決まりなのだが。
 今日は一日室内で材料の検討とHPの書き換えなんぞをしました。

5/1
 朝10時前の新宿にはいたるところに列ができていた。いたるところと言うかパチンコ屋なのだが。
 初めて新宿のK's cinemaという映画館に入って「リトル・バーズ」という映画を見た。
 ニュース・ステーションやニュース23でバグダッドからレポートを配信していたアジアプレスの綿井健陽が1年半イラクに滞在して記録した123時間以上の映像から102分の映画を作ったものだ。
 多くの市民の遺体と家族を亡くしてしまった悲しみに、胸元を掴まれて体を揺らされているような気持ちになった。バグダッドに侵攻してきたアメリカ兵に向かって、綿井健陽が「無垢な子どもや市民をこれ以上殺さないでくれ!」と激しく迫るシーンがある。多くの市民の遺体を指差して「これが大量破壊兵器か?これが生物化学兵器か?」とビデオカメラに向かって叫ぶ病院職員がいる。「大量破壊兵器や生物化学兵器は見つかったのか?」と綿井に問われて「それについてはノーコメントだ。一体なぜオレに向かってそんな質問をするんだ。」と当惑と憤慨の表情を見せるアメリカ兵がいる。バグダッド陥落の翌日の空爆で、4人の幼子のうちの3人を失った若い父親。クラスター爆弾の破片が今も右目眼球の奥に残っていて夜痛くて寝られないという少女がいる。果たしてあの戦争は一体なんだったのだろうか。
 上映終了後、館を出ようとすると、椅子に座って塞ぎこんでしまった女の子と、その子に向かって愛想笑いのような笑みを浮かべている男の子がいた。こんなドキュメンタリー映画の観客席よりも、渋谷の道路に座っている方が似合っているような感じだった。「リトル・バーズ」というタイトルと笑みを浮かべた少女の横顔のポスターに惹かれて間違えて入ってしまったのだろうか。それとも十分理解して入ったのだろうか(最後まで見たのだから後者の方だろうが)。その後このカップルは残りの半日をどう過ごすんだろう。などということは特に興味もなく、世界堂に行って川城夏未さんのドローイングを入れる額を買い、それから東急ハンズで材料を買った。
 途中の道路ではメーデーのデモが歩いていた。そう、今日5月1日は「映画の日」ではなく、元々メーデーなのだよ。共産党系ということもあってか、デモ隊は年齢層が高かった。
 夜は先週深川で買ったアサリの佃煮と深川のりをいただきました。おいしかったー。

4/30
 新しい素材としてPETシートを試している。見た目は塩化ビニール板とさほどの違いはないが、加工時のカッターの感触は塩化ビニール板よりはるかにスムーズだ。しかもPETということで環境にやさしい素材だし。パイロット版を作ってみて、うまくいきそうだったら、次回の個展に使ってみようと思う。と、いうようなことをこの連休ではやっているのです。
 結構いい天気なのに一回も外出しないのはもったいないかなと思い、午後5時前にとりあえず散歩に出かける。井の頭公園まで行き、そこから玉川上水沿いにずっと歩いてみる。そろそろ薄暗くなってきて、杉並区との境界にたどり着き、時間を確認したら6時半ごろだった。そこからまた玉川上水沿いに戻ってきた。歩いたところは住宅街の裏側みたいで結構いい環境だった。たぶん往復で5qくらいはあるかもしれない。
 そんなわけで連休二日目は終了。

4/29
 今日は中央線も山手線も座れた。連休初日ということだろうか。
 池袋の新文芸座で山田洋次監督の「隠し剣 鬼の爪」と「たそがれ清兵衛」の二本立てを見る。年齢層がかなり高い。というか、ほとんどシニア層だ。
 「たそがれ清兵衛」はテレビで終わりの方を見たことがあり、田中泯の鬼気迫り緊張感みなぎる殺陣や、最後の死に様が舞踏のようで素晴らしかったこと、それから宮沢りえの演技がよかったこと、そんなあたりを劇場の大スクリーンで再確認したかったからだ。
 まずは「隠し剣 鬼の爪」だが、松たか子がまた瑞々しくて予想外によかった。でもなんかストーリーは「たそがれ清兵衛」に似ていなくもないな。それから田中泯が剣術の元師範で今は百姓になっているという人物をこれまた緊張感たっぷりに演じていた。
 「たそがれ清兵衛」は期待通り。大画面で満足だし(我が家のTVはいまだに14インチなのだ)。それから「たそがれ清兵衛」の本名は井口清兵衛で、劇中では庄内弁で「いぇぐつぃぇ」と呼ばれているのがちょっとこそばゆかったが。
 今週のgloomyさで強烈に涙もろくなっていて、シニア層と同じくらいに泣けてしまった。ずっとハンカチを握りっぱなしで松たか子や宮沢りえと一緒に泣いてしまった。浅い睡眠もあってか、そんなわけで涙で目が腫れぼったいような感じを抱きつつ映画館を出た。
 が、寄り道をしてお話をさせていただいた。帰りの電車の中では本は開いたものの、ずっとその方との取りとめのない会話の余韻に浸っていて、ページはまったく進まなかった。でもその方に救われた感じだった。

4/28
 今週は実はかなりgloomyなのだ。五月病になりたいくらいだ。もともとこんなサイトあんなサイトが好きな人に教えてあげて、それに加えてわたしよりももっと不安定な人や、軽々と「(わたしなんか)死んだ方がましです。」と口に出す人に柔らかい気持ちになってもらうようにと、これらのサイトを教えてあげた。が、しかしだからといって自分自身が柔らかくなるわけではない。動悸がして眠りが浅く、最後は胃痛がした。こういうときには自分の今までの生き方やこれからのことを考えてしまう。とりあえず今日のところはもっと生々しく生きようかという結論に達した。わたしだって実在の人物っぽいことをさせてください。

4/26
 職場の遅ればせの4月1日付人事異動の歓送迎会の後、根津のカフェで行われている松本典子さんの写真展に行った。八重山諸島の無人島・嘉弥真(かやま)島の野うさぎたちの写真だ。なんとも和やかな生き物たち。松本さんは12月というオフシーズンに行ったらしく、本当に無人島にぽつんとひとり、野うさぎたちとの時間を過ごしたらしい。波の音やら風の温度やら、そんなあたりが伝わってくる写真に囲まれてカプチーノを飲む。その当地に行きたくなってしまった。
 松本さんの紹介でカフェの方に紹介してもらう。今度の10月にギャラリーkingyoで個展をしますと、カードを二枚ほどお渡しする(営業マン)。気に入っていただいたようで、とてもうれしかった。

4/24
 午後、深川商店街の「花みずき街角誰でもアーティスト」に行った。閉まっているお店を開けていただいて 拝見させていただいたり、路上ライブありでなかなか盛り上がっていた。これはわたしの個人的な考えなのだが、町おこし、村おこしとは、外部から人に来てもらってお金を落としてもらおうというものではなく、現地の人が元気に楽しむことではないかと思うのだ。そういう意味でこのイベントは深川商店街の方々が楽しんでいらっしゃるところがかなり成功していると思える。
 ちょんまげのかつらをかぶったおじさんがいる土産物屋さんで、アサリの佃煮の試食をさせてもらったら、ものすごくおいしくて、アサリの佃煮と深川のりとごぼうせんべいを買ってしまった。
 夜はAIM2005の打ち上げ。いろいろと今後のイベントのあり方や社会とアートの関係などで盛り上がる。さすがにいろいろとキャリアをお持ちの方々、視点のあり方がとても参考になりました。帰りの電車でも音楽談義でなかなか楽しいひとときを過ごせた。
 みなさまありがとうございました。

4/23
 金曜の午後4時ごろからだろうか、突然体調が悪くなり、体が重くなってしまった。それが一晩寝ても回復せず、一旦起きていろいろと普段の土曜の朝の雑事をこなしていたのに、少し横にならないと持たなくなってしまった。そんなわけで当初の予定よりその分遅れて外出した。
 まずは日本橋に行き、ギャラリー砂翁&TOMOSで、川城夏未さんの個展を鑑賞。実は購入する気満々で行ったのだが、いい作品ばかりでとてもとても迷った。一番気に入った4点ほどの中からさらに悩んでひとつを選んだのだが、それは実はDMに使われた作品で、川城さんご本人も気に入っている作品とのことだった。わたしの選択は間違っていなかったのだと本当にうれしかった。
 しばらく川城さんとお話をさせていただいた。初めて川城さんとお話をすることができたのだが、彼女の独特のペースのお話と静かな赤の世界に包まれて、なんとも充実した時間だった。
 購入した作品は会期終了後に引き渡してもらえる。見る角度や光の当たり具合で赤の色が表情を変えていくというところが、その作品を購入する最終的な決め手となった。自室の自然光の中で、一日の光の移ろいの中で作品がどう見えるのか、今から楽しみだ。
 川城さんのお話だと汐留の駅ビルの中の夢民(むーみん)というカレー屋さんに150号の作品が展示されているらしい。去年体調を崩して以来、カレーそのものを食していない。なかなか癖になる味らしい。ぜひ作品を見るためにも行ってみたい。
 京橋、銀座で二つほどギャラリーを回ったが、まだまだ万全な体調でもなく、そのまま帰宅することにした。
 夕食前に三鷹の商店街をぶらぶらして、古本屋「上々堂」に立ち寄った。そこでフィリパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」を見つけた。実は「小学生時代に読んだ懐かしい本」ではなくて、ずっと以前に同じ著者の「まぼろしの小さい犬」を知人に勧められて読み、それから同著者の「トムは真夜中の庭で」を原文で読んだことがあったのだ。そんなわけで懐かしいような気持ちになって購入した。
 ところでウィスパリング・ヴォイスと言えば、フレンチ・ポップス(というよりはフランス語?)でしょう、というのは偏見でしょうか。フランソワーズ・アルディ、ジェーン・バーキンといったあたりはもう当たり前なのだが、最近の人としては、カレン・アンとかコラリー・クレモンあたりを推したい。はい。わたしはアバンギャルド以外におフランスのものも好きです。「フランスって世界のオルタナでしょ?」と以前、O氏が言っていたが、たぶんわたしが惹かれるのもそういうことだろう。

4/21
 阿部和重の「シンセミア」読了。評判にたがわぬ作品だった。これだけ多くの登場人物が生き生きと立ち回り、最後の最後まで結末が読めないまま猥雑にストーリーが展開して、ついには後味悪くあらゆる物事が宙吊りのまま終わるというのは、なかなかいい感じじゃないか。やましいものを全く持たないという人物(つまり根っからの善人)が一人も出てこないというのがいい。
 お願いだから誰も映画化するなんてこと考えないでくれ。きっと矮小化してまったく別物になってしまうから。どこにでもある凡庸なピカレスク・ロマンみたいになってしまいそうだ。
 そういえば、友人に高田渡が吉祥寺通りの「いせや」によく通っているという話をしたら、その日高田渡が死去した。別の友人に岡本太郎記念館の招待券を送ったら、館長の岡本敏子氏が死去した。わたしは死神か?

4/17
 午後になってからちょっとした散歩のつもりで、ギャラリー惺と遊工房に行った。遊工房からを出たところで、なんとオノテツさんと遭遇。ホームセンターに向かう途中らしい。そこでわたしも遊工房近くのホームセンターにでも寄ろうかと思っていたことを思い出した。犬に吠えられて忘れてしまっていたのだ。
 ホームセンターでは梱包材を見ようと思っていたが、ブルーシートの透明版を見つけ、これは使えるかもしれないと買ってしまった。これは野外展示などに使えるかもしれないなー。
 ホームセンターを後にして善福寺公園を一周して、吉祥寺の繁華街を避けるようにして戻ってきた。オノさんと会ったとき、そこまで歩いてきたのだと言ったら、オノさんはのけぞっていたのだが、後で地図で調べたら往復10kmくらいはあるかもしれない。散歩と言うよりはちょっとした遠足だったのかもしれない。自宅を出たのは2時ごろだったような気がするが、帰宅したのは5時半ごろ。途中二箇所ギャラリーに立ち寄ったものの、どちらもそんなにゆっくり休んでもいなかったので、ほとんどその間中歩き詰めだったのかもしれない。帰宅したらさすがに疲れていた。
 今日の散策もデジカメを持ち歩くようにした。面白いものがあれば撮ろうという魂胆なのだ。玉川上水の水面が反射してそれが木の根元に光の揺らぎを映していた。これはいい材料だと思って撮ろうとしたのだが、本来、こういう作品のヒントになるものは記憶媒体に留めておいて満足するべきものではなく、きちんと自分の記憶の中に留めておくのが本来のやり方だろうと反省して画像を消した。記憶に残すのはそのはっきりしたイメージだけではなく、その場の印象やらニュアンスやら、そういったグラデーションのかかっているところだろう。画像を保存することで満足してしまい、そこで見た風景をじっくり吟味することを忘れてしまうからだ。気をつけよう。ところでわたしのごく個人的な撮りたい「面白いもの」とは工事現場などで特にコンクリートを破壊しているところだ。なぜ面白いんだろう。そういう工事現場のことを称して、「新鮮な廃墟」とは廃墟好きのS氏の言葉。

4/16
 今日は「花みずき街角誰でもアーティスト」に参加する千葉祥子さんの「イエローマン」の搬入に借り出された。そんなわけで千葉宅に行った。まずはネコちゃんたちとご対面。花粉症の薬を飲んでいるためか、それほど長居をしなかったためか、ネコアレルギーのくしゃみも目の痒みも出なかった。しかも女王「凛(りん)」様の肉球を触らせていただく光栄にも預からせていただいた。凛様はわたしにちょっとなついたようなポーズを示したのだが、それは結構珍しいことらしく、千葉さんもやや感心していた。う〜ん。光栄でございますぅ、凛さま〜。またお会いしとうございますぅ。(写真下が麗しの凛さま→)
 さて、「イエローマン」であるが、サイズとしては結構大きなもので、とうちゃん、かあちゃん、むすこの三人家族をひとりが一体ずつ抱きかかえるようにして持っていくことになった。わたしはかあちゃんに抱きつくようにして(あるいは抱きつかれるようにして)持ち運んだのだが、これがまた目立つ目立つ。吉祥寺の街でも駅でも大人気。みんな笑みを浮かべて「なんだろう」というような顔を向ける。まるで人型の立体作品を持って電車に乗り込むというパフォーマンスをしているようだ。実に愉快であった。人々を幸せな気分にさせたような気にもなった。吉祥寺---<総武線>---中野---<東西線>---九段下---<半蔵門線>---清澄白河と電車に乗り、ついに深川商店街に到着。
 千葉さんの作品は大正六年創業の日吉屋というお蕎麦屋さんの店の前に展示される。設置の前にとりあえずお蕎麦をいただく。これが手打ち麺でとてもおいしいし、わさびは自分で卸していただくし、てんぷらのお塩も岩塩を卸していただくのだ。さらにてんぷらの春菊を切らしているからと、酒かすのてんぷらというとても珍しいものもいただいた。本当に大満足。お蕎麦にしてもご自分で戸隠で栽培したものを使っているらしいし、酒かすはかなり上質のものでないとてんぷらに揚げてもおいしくないらしい。そんなものがごくごく安いお値段で、しかもボリュームたっぷりでいただけるなんて、本当に深川っていいところだ!
 設置の方はしっかりお手伝いできたのかどうか怪しいところではあるが、まあ現地まで運んだことでお役目終了ということにさせていただこう。今度深川に来たときには佃煮を買って帰ろうと思いつつ深川商店街を後にした。
 深川商店街ではこういったイベント好きのご店主がおひとりいらっしゃって、その方がまたかなりフットワーク軽くいろいろと動き回っていただいているようだ。かなりいい雰囲気のイベントになってきていると思う。東京都現代美術館も近くにあることだし、結構面白そうな展開ができる場所ではある。
 深川HO-BOアート2(4/18〜4/29)ということでよろしくお願いします。

吉祥寺駅券売機で駄々をこねているように見えるむすこ

吉祥寺駅ホームでくつろぎすぎなように見える一家


中野駅で東西線に乗り換えてはしゃいでいるように見える一家

半蔵門線九段下駅ホームで一斉に何かを指差しているように見える一家

 そんなわけでデジカメを買ったということで、今後はこんな感じで(ときどき)グラフィカルにやっていきます。

4/15
 夕べ寝る前に頭痛のちいさな芽を見つけたが、一晩寝ればなくなっているだろうと思ったが、朝起きたら例によって「そこは頭痛の世界だった」。その状態になるともう頭痛薬は効かず、しばらくなにもせずに横になっていなければならない。そんなわけで午前中休んだ。
 一眠りしたら治ったので、午後出勤したのだが、どうも体内時計が狂ってしまったみたいで、午前中休んだ分の時差が生じて、その分仕事をし続けてしまったため、「わがままな月」のライブに行くのが遅れてしまった。ライブハウスに到着したらすでに「わがままな月」のライブは始まっていた。たぶん半分聞き逃してしまったみたいだった。今回もメジャー系のレーベルが開催しているライブみたいで、客層が前回と同じように違和感を感じさせる人々だし、司会者がいるしで、ライブ終了後、そのまま帰ってしまった。
 ニュー・オーダーの4年ぶりの新譜とかだが、なんだか途中で飽きてしまって全部聞けないでいる。やっぱりわたしには池田亮司、渋谷慶一郎、カールステン・ニコライあたりがなじんでくる。

4/14
 帰りの玉川上水沿いの道で散りかけの桜に代わって、ツバキが咲き始めているのを発見。ここ数日の天候で一気に目覚め始めたみたいだ。たしかアジサイもあったと思う。歩くのが楽しみな道があるって、幸福なことだと思う。

4/10
 午前中部屋の中を整理して掃除して、それから午後になったら少し散歩がてら外出して、映画を見て帰ってこよう。っと、思ったが、なかなか部屋の中が整理できない。食事から制作まで日常のあらゆることがその場で行われる作業台の上をきれいにしなければならないが、また例によってこまごましたものを少し移動させただけで終わった。結局はいつもの掃除機をかけただけの掃除で終わった。
 4時を過ぎたところで「夕凪の街 桜の国」の「桜の国」の舞台になった新井薬師へ行くことにした。中野駅から中野通りをずっと北上した。最終目的地は昭和初期に建てられたという「水の塔」と呼ばれる給水タンクだ。
 中野通りは桜並木で強い風に花びらが飛び散っている。しばらく歩くと新井薬師の公園に着き、ここも飲み食いのグループが数え切れないほど公園の中にいるように見える。歩道橋に上がったが、給水タンクは見えない。ふたたび中野通りを北上し、西武新宿線を越えてさらに歩き続ける。ずっと桜並木の下を歩いて、風に散る花びらを受けながら進んでいる。何とはなしにマンガに出てきたものと似た陸橋があったが、わたしの歩いている側では陸橋に登る階段が見つからず、そのまま哲学堂公園までたどり着く。ここも飲み食いグループで一杯。三線の音のようなものも聞こえれる。新青梅街道にぶつかるT字路まで行っても見つからないので、一旦戻って、さっきの陸橋に上がってみた。そうしたら新青梅街道のもっと先に給水タンクの姿が見えたのだ。中野通りの右側を歩くとどうやらその姿は見えないらしい。今度は中野通りの左側の歩道を、タンクの頭の部分を見やりながら、ふたたび北上した。新青梅街道を右に折れ、思いがけないところから再び伸びる中野通りをさらに進んで、ついに「水の塔公園」に到着。住所はすでに江古田だった。「水の塔」はかなり大きなものだった。根元から見上げても外壁が見えるだけで、さほど面白くもない。やはり中野通りに立って、前方に塔の頭の方が見えるのがいいようだ。
 たとえフィクションであれ、あの一家がヒロシマから越してきて子どもが生まれ、しばらく生活していた場所を、「桜の国」である季節に確かめることができたのはよかった。
 その後は新宿に出て映画「カナリア」を見た。監督の塩田明彦は同世代で、やはりオウムにはそれなりの衝撃があったのだろう。彼も当時「オウム」をただの異物として意識外へ排除して済ませただけではなかったのだろう。それからこの映画の音楽は大友良英だし、甲田益也子が出演しているし(dip in the poolとソロのCD全部持ってますぅ)、久しぶりに彼女の固く乾いた歌声も聞けた。
 映画のタイトル「カナリア」はサティアンを強制捜査する際、有毒ガスをいち早く感知させられるために、鳥かごに入れられて持っていかれたあのシーンから取ったのだそうだ。
 母親を亡くし、父親からは虐待を受け、援交をする少女の母恋いの歌は「銀色の道」。
    / ひとりひとり 今日もひとり 銀色のはるかな道 /
 そしてカルト教団の折檻部屋で母と唱えたマントラが少年にとっての母恋いの歌。
 なんと荒涼とした風景なのだろう。
 この映画のコピーは「子供たちは今も 世界の最前線に立っている」だ。「誰も知らない」は「生きているのは大人だけですか」だった。社会と家族。弱き者の絶望と生命力。しばらく頭の中で映画のシーンが何度か繰り広げられるだろう。

4/9
 昼ごろ自宅を出て、玉川上水沿いにお花見がてら散策。さすがに明るい日中だと帰宅時の夜歩くときよりも桜の花の咲き具合がわかる。すると道の反対側を赤いトレーナーと赤い野球帽の男性がこちらに歩いてくるのを見つけた。楳図かずおだった。さすがに楳図かずおも見にくるんだー。と、なぜかうれしくなったような。井の頭公園はすでにブルーシートを敷いている家族がいたりして興ざめするが、玉川上水沿いの道は散策がてらの本来の意味の「お花見」ができるのがうれしい。吉祥寺駅ではたぶん公園へ向かうのであろう大集団とすれ違う。電車に乗って風景を眺めながらふと思った。それにしてもなぜこんなにも桜の木があるのか、と。
 今日は京橋−銀座のギャラリー巡りを早々に切り上げ、自宅に戻って部屋の片付けでもしようかと思ったら、どうにもこうにも眠くて仕方がなく、それに負けてしばらく横になることにしたら、3時間ほど寝てしまった。
 今日の収穫は村松画廊の中澤英明か。子どもを正面から描いたものだが、20枚ほどはあっただろうか。子どもの正面からの眼差しに取り囲まれるのが不思議な感覚だった。
 「夕凪の街 桜の国」が平成16年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞し、映画化も決定したらしい。映画はぜひ被爆10年後の「夕凪の街」だけではなく、その32年後の「桜の国(一)」もそのまた17年後の「桜の国(二)」も描いてほしい。被爆して生き残ったことの負い目を背負って生きる皆実という女性のこころの重さも決して軽んじられないが、しかし原爆投下時疎開していて被爆しなかった(が、家族はみな被爆した)父親(皆実の弟)と母親の胎内で被爆したという母を持つ七波という女性が、そういった両親だからこそ「このふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ」という記憶を持っているというせりふに、激しくこころをざわつかされたのだから。このマンガは「桜の国(二)」で現代からの視点を描くことによって、初めてわたしたちが記憶の意味を知るに至ることができる。

4/8
 退社後、OPA経由で、例の西里兄弟のお店に立ち寄った。西里兄さんのご友人もいらして、店の奥に座って三人でアートやら職場やら、いろいろな話でしばし盛り上がってしまい、閉店時間の8時を30分ほど過ぎてしまったのに気がついて、おいとましようと立ち上がり、お別れの口上(?)を言っている流れから、なぜかdumb typeや池田亮司の話が出てきた。西里兄さんは池田亮司やカールステン・ニコライ、渋谷慶一郎なんかが好きらしい。ジョン・ゾーンあたりから入ってきたらしい。そんな話なんか普段できないからか、なんだか西里兄さんもわたしもうれしくなって立ったまま話を続けたのだが、気がついたら10時を過ぎていた。話の続きはまた遊びに来た時にってことにして、本当にお別れした。
 その後井の頭線で吉祥寺に出てそこから歩いて帰ろうとしたのだが、井の頭公園側は大混雑だった。お花見客の帰りとぶつかったようだった。べろべろになって両肩を担がれているような若者も何人かいる。「そんなんで花を愛でることができるのか!」とも言いたいところだが、もはや「お花見」はオウトドア・パーティーでしかない。彼らには桜の花は一体どんな意味があるのだろうか。

4/7
 仕事上、金銭がらみで大きな誤りをしでかしたような形跡を発見し、血の気が失せたようになって、それをひとつずつ確認した。ただの勘違いで誤りは一切なかったのだが、確認を終えた後、体がすっかり冷え込んでいるのに気がついた。かなり気温が上がってみんな室温の高さにうんざりしている午後の時間に、だ。文字通り血の気が失せた状態がしばらく続いたためだろうか。
 笙野頼子「金毘羅」読了。前評判どおりの傑作だろう。本の帯には以下の文章が書いてあった。
 <警告>
 1.読書力とロジックに自信のある方用。丹念に二度読みしてください。
 2.戦後の精神世界を痛快に批判した問題作。気の弱い方はご遠慮ください。
  〜以下、省略〜
 矢切用の制作が立て込んでいて、電車の中で結構居眠りをしながら読んだので、1.にあるように、しばらくたったら再度読んでみようと思う。
 横尾忠則が資生堂のCFを自身の作品の盗作だと訴え、資生堂は放映を中止したとのこと。横尾の滝の絵葉書ばかりを貼った部屋のコンセプトが、CFの顔写真が並んだものに使用されているとのこと。え?それならクリスチャン・ボルタンスキーこそが訴えるべきではないのか?資生堂も相手が横尾だったから従ったのではないのか?アートの世界でコンセプトまでもの盗用を見分けるのはきわめて難しいのではないのか。引用もある。「批判的引用」ってのもある。横尾が訴えた盗用以上に元ネタがバレバレのCFは過去に数え切れないほどあった。アイデアの安易なかっぱらいに対する警告であればいいのだが、しかしもっとわかりやすいケースの方がよかったと思う。って思いますけど。素人考えでしょうが。

4/4
 次の年末年始の休みにロンドンに南村さんを尋ねようという計画の元、久しぶりに英会話の勉強を始めた。と、言っても学校に通うわけでもなく、ひとりでNHKのラジオ語学講座を聞こうとするのだが、放送時間に縛られるのもなかなか難しいので、テキストと一緒にCDを買って聞くことにしたのだ。ちょっと背伸びのしたかもしれないが、「ビジネス英会話」を聞くことにした。10数年前にそのひとつ下のレベルの講座を聞いていたので、それから能力ははるかに低下していて、むしろレベル的にはもっと下の方がいいのかもしれない。別にTOEICなんか受けるつもりもないしね。
 それにしてもビジネスってつまんねー。今はベン・ウォーカーが繁忙を極めていて、秘書を雇うかどうかってことで仲間を話をしているというストーリーなのだ。でも10数年前はビジネス英会話にケベック州独立運動なんかも話題に出てきたりして、それなりに時事問題も取り上げていたから、まあいいか。でもわたしが必要としているのはただの観光客が旅行先で必要とする程度なんだけれどね。

4/3
 AIM2003の最終日。たぶん数年前に宅地造成して開発したのであろう新興住宅地の展示へと向かう。住宅地の庭先にカラフルなペンギン(?)が三羽。「庭先彫刻」。結構興味を引くと思うんだけどな。住民の方々にはどう見えたんだろう。
 それから住宅地を道を迷いながら歩いているうちに見知った道にたどり着いた。せっかく矢切に来たのだからと、野菊の墓文学碑と矢切の渡しの方へ散策に出かける。天気もよく、気温もそれほど高くはなく、散策にはもってこいの日だった。矢切の高台から坂道を降りて、河川敷の広大な畑の中を歩いて、江戸川の川岸までたどり着き、「矢切の渡し」の雰囲気を確認してそのまま戻ってきた。「野菊のこみち」として石畳で整備した道を歩いたのだが、なんとも回りがネギ畑だったりするので、風に土が舞ってくるのだろう、石畳と言うよりも普通の埃っぽい土の道にしか見えない。ちょっと残念な結果だろうな。
 さて、作品を撤去してみたのだが、さすがに樹齢800年のケヤキの大梁なんかで組み立てられた空間の力強さを改めて見せ付けられたような気がした。蔵造りのギャラリーを鑑賞に来た方たちには、わたしの作品はそれなりに邪魔になっていたであろう。でも作品を撤去して元に戻すと、わたしの作品などなにも痕跡を残さずに、そこに展示してあったことさえも消去されてしまったように感じたのだ。たかだか2ヶ月ほどの制作の結果で800年の生に太刀打ちしようなどとは甘い甘い。

4/2
 朝から耳鼻科に行ったのだが、処方箋だけもらって診察はしてもらわなくてもいいというコースがあることを待合室で一時間座っていてようやく認識して、それで処方箋だけ出してもらう方に変更したのだが、たぶん診察してもらってもあまり時間としては変わらない程度に出ることができた。
 それにしても12月から服用し続けてよかった。たとえ月3,000円程度のお金がかかったとしても、「軽度の花粉症」程度で済んでしまうのだから。「軽度の花粉症の人」が、この程度でこの季節を過ごしていたのかとなんて思うと、もっと早くから医療を信じて通院すればよかったと思うのだ。
 午後は矢切に行ってネガ写真を撮った。ギャラリー結花のお食事をいただいた。素材を活かしていてとてもおいしかった。でも本日最後の分をわたしがいただいてしまったので、後から来られた方々すみませんでした。今日お会いした方たちはなぜかみなさん横浜在住の方たち。遠いところをありがとうございました。なのになのに、わたしったらコーヒーぐらいごちそうすればよかったのに!!!!!!すみません!!!!

4/1
 昼食時に市ヶ谷から飯田橋に渡るお堀端を歩いてみた。桜の花も少し咲き始めている。しかしそれよりも目だったのは木の下のお花見用の場所取りのブルーシートだった。
 職場でも人事異動の告示。わたしには異動はなかったが、いろいろと「!」や「?」がある。いろいろと漏れ聞こえてくる話には、まるでポール・ブレマーがアフマド・チャラビを重用しているみたいな感じがする。


タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ) の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。