イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。当然真実のみが書かれているわけではありません。
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2005年10月1日〜12月31日
12/31
終日制作。夕方、30分ほど散策に出た以外には外出もせず、人とも会わず。気がついたら日も改まっていて年も改まっていた。新年になって少し気分転換でテレビのザッピングをしていたら、NHK教育テレビで「おじゃる丸」をやっていた。新年早々の深夜、教育テレビで「おじゃる丸」かぁ〜。なかなかあなどれんなあ、NHK!(おお2005年最後の言葉がNHKかよ!)
12/29
午前中はマッチ箱アートの制作。午後になってから外出。
まずは郵便局で列に並び、次に銀行のATMで列に並び、中央線快速電車に乗ろうとしたら、三鷹駅で回送と特急の二本が通過するのを待たされて、山手線に乗り換えたら、後続の列車が遅れたために時間調整のために発車が遅らされ、恵比寿でお茶を飲んだらレジで待たされた。
そんなこんなで、ダルデンヌ兄弟の「ある子供」を見た。相変わらず「映画音楽」というものがなく、鑑賞者は登場人物のすぐ横で事件に遭遇するような感覚でストーリーを追っていくことになる。主人公のブリュノ役は「イゴールの約束」のイゴール役だった少年(当時)ということに感慨を覚える。ラストシーンに希望を見出すか、それとも何も変わらないと見るかは鑑賞者の判断だろう。プログラムにある社会学者が書いていたが、日本もこれからこういうような状況が見出されることだろう。いい映画だった。帰りにロシア料理を会食。
12/25
のんびり起床してから、午後はしばらく制作(の前段階)。夕方少し眠くなったので、少し仮眠をした。20分後に起きたのだが、そのとき、また明日から始まる仮の姿でのもろもろのことが一気に浮かんできて、ほとんど吐き気がするような寝覚めの悪さを感じた。
今日クリスマスは吉祥寺のインド料理屋さんで会食。う〜ん。なんか日本人のテイストに合わせているような味だ。悪くはないんだけど。吉祥寺の通りを散策しているときに、旧柏湯の某ギャラリー勤務のUさんに何年ぶりかでばったり出会う。いやぁ、ほんとなんて偶然。それにしてもよくわたしは偶然人に会うものだ。
12/24
まずはICCへ。タイトルどおりアート&テクノロジーの過去と未来ということで、結構勉強にもなるし楽しめもした。カワクボリョウタや池上高志+渋谷慶一郎
はかなりいいノイズを出していて、とても楽しめた。ICCはこの展覧会(12/25まで)の次が何も決まっていないらしい。本当に存続が危ぶまれているのか。こういうメディアアート専門の美術館はたぶん世界的にも稀有なものなので、なんとか存続してもらいたいものだ。くれぐれも「電話博物館」なんかにはさせないで。
次はオーパに立ち寄り、マッチ箱アート展に出品する作品について、藤波さんにアドバイスを求めた。実現すればかなり面白そうにはなるんだが。明日あたり少し試してみよう。
銀座、麻布とギャラリーに立ち寄り、新宿のハンズへ。20〜30代前半代くらいの若造が50歳代の店員さんに向かってためぐちを聞いているのを見て、少々怒りを感じた。いかにもそれ風なラフな格好の若造ではなく、至って普通の格好をしたやつだ。結構エリート意識もありそうで、でも弱みを的確に突付くと泣き出しそうな感じでもあった。まあそんなことはどうでもいいことで、ジュンク堂書店で、ここ数ヶ月書評などを見て買いたいと思った本を手当たり次第買ってしまった。計6冊。早速使い始めたフライターグのバッグが役に立った。
昨日の三鷹のベトナム料理で、火がついたみたいで本格的にベトナム料理を食べたくなってしまい、新宿のミュンに久しぶりに行った。生春巻きもパパイヤのサラダも焼きビーフンもデザートのチェーもおいしかった。満足でした。クリスマスイブにベトナム料理もいいもんですわ。
12/23
しかしなんでこのわたしがこんなに仕事まみれにならなければならないんだ!こんなのイグチトシオじゃないっ!てことで、あたまきちゃったので、ここはびしっと意志表明をしようと思い、やはりフライターグのバッグを買うことにした(たぶんこの飛躍を理解することは難しいことかもしれない)。仕事しかしない人間ではない「おしゃれなアート系人間」としての宣言として。ワタリウムのショップに行き、いろいろと試してみて、白地に紫のL字型の鋭角がある、なかなかいい感じに使い古されている感じのするバッグに決めた。なかなかの優れもので、中に折り返している部分を広げるとかなり大きなバッグになる。ワタリウムの「らっしゃい」のあんちゃんはフライターグの機能やデザインをなんだかとてもうれしそうに説明してくれる。お勘定を済ませた後も、スイス人グラフィックデザイナーが世界の街角で撮った写真を独特な分類で編集した本を紹介してくれた。
今日は三鷹市内のベトナム料理やでフォーを食した。結構さっぱりしていておいしかった。
12/18
朝早々、PCが起動しなくなってしまった。青くなってメーカーのカスタマーサポートに電話をしたら、どうやらOSが壊れてしまったらしく、リカバリーCDを使ってリストアしなければならないようだ。まあCドライブのみのリストアであることをよしとしよう。
夜は新宿のインド料理店で会食。久しぶりのガーリック・ナンとカレーとラッシー。味もまあまあ。
しかし外は非常に寒かった。
三鷹市美術ギャラリーのColorful(カラフル)温泉「絵画の湯」は結局行かずじまい。
12/17
オペラシティアートギャラリーで シュテファン・バルケンホール展。なかなか興味ある展示だった。ひとつの展示室で自分が作品をインスタレーション的に鑑賞していることに気がついて、微苦笑してしまった。常設で特集されていた相笠昌義もかなかな面白かった。特に群集像が、後姿までもが、その人の背負っている「生」を描き分けているように思えて舌を巻いた。
その後、銀座−京橋を回り、三宅光春さんが参加しているEXPANDUSH SJP Exhibition 2005を見にスウェーデン大使館へ行った。それから本当に久しぶりに東急ハンズと世界堂に寄って材料の購入。OPAで来春早々に開催されるマッチ箱アート展の制作にいよいよ着手しなければならない。
12/11
朝からほとんど2時間くらいかけて(いや昨日の晩からだった)、部屋の片づけをした。ほとんど夏ぐらいから手をつけられないでいたところもなんとか済ませた。おかげで体が温まって、外出したとき、さほど寒さを感じなかった。
今日の夜は吉祥寺の某イタリア料理店に入ったのだが、タバコを吸う客たちに囲まれてしまった。席を変わってもらおうとして店内を見たら喫煙と非喫煙が混在して、きちんと分煙されておらず、席を替わっても完全に禁煙になるところはなかった。そんなわけであまり食事を楽しめなかった。このご時世、きちんと分煙されていない店があったなどとは驚きであった。二度と行くか!
12/10
アメリカから届くデータを確認するために10時ごろ出社し、確認したり、返信メールを出したりして1時間くらいして退社。
東京国立近代美術館で「ドイツ写真の現在」。予想していたよりもはるかに面白かった。鉱山や工場を取り巻く風景や溶鉱炉や給水塔の写真のベルント&ヒラ・ベッヒャー、室内空間や風景をすべて模型で構成した不思議なシーンを撮影するトーマス・デマンド、非現実的な子供の写真のロレッタ・ルックス、そしてヴルフガング・ティルマンス。なかなかドイツの作家はいいじゃないですか。
その後、銀座のギャラリーを回ってから、ギャラリーKingyoに行き、中込靖成さんの作品を受け取って帰った。そのうちに「これが好き」のコーナーにアップします。
12/6
坂本龍一とカールステン・ニコライが中心になった、icc存続のための緊急ライブというのに当選した。で、当選した350人の後ろにいるその数倍のはずれてしまった人のためにも、「当選したのに、わたしは仕事が忙しくて行けませんでした。」などということにならないように、早退してまで会場に向かった。はがきと代金と引き換えに整理番号つきのチケットをもらった。この整理番号はランダムに出るらしく、わたしは383番だった。会場までの間、しばらく時間があったので、ワコウアートオブワークスのゲルハルト・リヒターへ行った。それからオペラシティーに戻ったら、エスカレーターで筑紫哲也とすれ違った。整理番号順に会場に入り、床にじかに座ることになったのだが、番号が後ろの方だったのが幸いしたのか、あまり座れるほどのスペースがなく、横で立つことにしたが、とても見晴らしがよかった。
ライブは5人が椅子に座ってテーブルの上にあるノートPCを操作する、いわゆるラップトップミュージックだった。いいノイズでした。アンコールにも一曲応じて、1時間くらいのライブが終了。かなり満足できました。
巷では12/10発売予定のRyoji Ikedaのdataplexが売られていた。当然買いました。
12/4
午後になって横浜トリエンナーレへ。雨降りだからそんなに人もいないかもと思ったら、甘かった。かなりの入場者でしかもだんだん寒くなってきた。
入り口付近のブースは人がいっぱいで、申し訳ないがパスさせてもらった。奈良美智あたりがまあまあいい感じだった。堀尾貞治の100円絵画のところにいたら、田中敦子氏が昨日亡くなったと書かれていてびっくり。それで追悼の意を込められた「今日のおすすめ」マネシリ絵画を注文した。電球とケーブルからヒントを得た田中敦子氏の絵画をまねた絵画が出てきた。そのあとはインゴ・ギュンターがよかったかな。帰りにまた堀尾貞治のところで、今度は「正しい絵画」を注文したら、墨絵のような絵が出てきた。なかなかいい感じだった。ショップでは「ARTIST AT WORK」というトートバッグが気に入って買ってしまいました。帰路ではダニエル・ビュランの旗が夕闇の中、雨の水溜りに映ってなかなかきれいだった。全体的にはまあまあ悪くはなかったが、混んでいなくて寒くなかったらじっくり楽しめたかもしれない。と、思うと、どうやらかなり見落としている作品があることに気がついた。まあいいか・・・。
12/3
お昼過ぎに外出し、日本橋から京橋、銀座とギャラリー巡り。巷房階段下の田口賢治さんが特筆すべき。光と影のバランスが見事だった。田口さんに次回作での照明について、相談に乗ってほしいとお願いしたら、快諾していただいた。すごくうれしかった。
その後、再度、浅草橋のマキイマサルファインアーツに寄って、小野憲一さんの作品を見て、しばしお話をした。
夜は銀座の梅林で会食。相変わらずご飯がおいしく炊けていました。
12/2
今日は15時間。
12/1
今日は13時間。当日のうちに帰宅できた。ニュース番組が見れて、CDも一枚聴けた。なんとも人間的な生活!(ってなことで満足してちゃまずい!)
11/30
今日は14時間半
11/29
今日は15時間。
11/28
週明け早々から17時間仮の姿。
11/27
小田急の湘南台駅で降りて、バスに乗り、GALLERY HIRAWATAへ。川城夏未さんの個展を拝見に行ったのだ。とても気持ちのいい空間だし、なんとGALLERY HIRAWATAのメインスペースは倉重光則さんの展覧会をやっているしで、1時間半かけてやってきた甲斐があった。川城さんの作品も空間とマッチしてとても気持ちいい空間を作り上げていた。本当にじっくりと作品を鑑賞することができて、思った以上に長居をしてしまったようだった。
ちょっとした遠出だったが、十分にその価値のあるものだった。
帰りに恵比寿に寄って豆腐料理屋さんの「空の庭」で夕食。本当においしくて幸せな気分だった。
11/26
頭も体も疲れているのに目が覚めてしまって、布団の中でずっと半覚醒のまましばらく時間を過ごし、10時ごろになって観念して起床した。
東京都現代美術館のイサム・ノグチに行こうとも思ったのだが、きっと最後まで展示を見ることができるような体力はないだろうと思って諦めた。それでしばらくだらだら過ごし、午後2時ごろ外出した。Oギャラリーに寄り、それからマキイマサルファインアーツの小野憲一さんの個展へ行った。またいい空間になっていて、改めて小野さんの毎回のクオリティーの高さに感心した。閉廊後、小野さんと二人で近くのドトールに入り、語り合ったのだが、主にわたしの今持っているアイデアについてで時間を費やしてしまった。小野さん、すみません。
で、帰りはストレス発散なのか、またCDを購入。この間買ったSylvain Chauveauを追加で買った。考えてみたら、平日は買い物といっても帰宅するのがほとんどコンビニしか開いていないような時間帯だし。
久しぶりに歩いた玉川上水沿いはもう秋が過ぎていた。
それにしても仮の姿を長時間続ける生活を送っていると感性が鈍る。特に土曜はまだ疲れが回復していないからだろう、たぶん以前に比べて受け入れるものや湧き上がるものが、小さくなってしまっている。こんな生活を続けるのはまずいだろう。
11/25
仮の姿で16時間。今までまったく担当したことのない仕事で、ほとんど今日たまたま居合わせただけというような理由で、本来の担当者も帰ったのに、広いオフィスのフロアでひとりPCに向かってexcelで円グラフ作成。
帰りはタクシーを使わせてもらったが、運転手さんに連雀通りに入るところを間違えて指示してしまい、調布に入ってしまった。でも帰宅したら2時前で、まあ通常の金曜と同じような時間での就寝となった。
11/24
今日は武蔵小金井のアートランドというスペースでカンガワさんの追悼イベントがあった。
これは「代替音楽の夕べ」というテールスープ(バンド名)のシリーズ企画で、今回は当初カンガワさんが企画していたものだったのだ。当の企画者がいなくなってしまい、急遽「カンガワさんの忘れ物」と題して追悼イベントということになった。
わたしは午後6時前に「今日は用事があるので、7時頃帰りたいんですけど。」と言っていたのだが、いろいろと仕事を済ませたら8時半になってしまい、そこで退社させてもらった。会場に着いたのは9時半近くだった。会場は超満員で、改めてカンガワさんがこんなにも多くの人々に愛されていたのだなと思った。入り口のドアが開いていて、そこから中を覗いた。どうやらカンガワさんが昔撮った短編映画を上映しているらしい。スクリーンのほんの上の方が見えるだけだった。映画が終わり、中に入ってみると、会場が枯れ葉で敷き詰められている。これは生前、カンガワさんが「わたし枯れ葉の中で歌いたい」と言っていたことにちなんでのことらしい。インターバルの後、京都から来たバンド「細胞文学」の演奏が始まる。チェロとエレキギターとささやくようなボーカル。その静謐さがまさに「追悼」の印象を強めてしまう。会場にはカンガワさんの絵画やらイラストやらが展示されていて、しばらくそれを眺めながら演奏に聴き入っていた。
「細胞文学」のライブ終了後、カンガワさんをテン・カウント・ゴングで送るというイベント。カンガワさんが長嶋茂雄とガッツ石松をことのほか尊敬していたらしく、そんなに尊敬しているなら、ボクシングのゴングを鳴らして送ろうという主旨らしい。全員起立、黙祷をしてゴングが10回鳴った。
最後はテールスープの映像が流れるはずだったが、プロジェクターが故障してうまく映らない。そこでわたしは思った。今日は絵画などや会場設置の主旨でカンガワさんの痕跡を見ることができたが、映画にしてもカンガワさんの姿を見ることができなかった。カンガワさんの追悼ということで来たのだが、ここで確認できたのはカンガワさんの不在だった。カンガワさんの不在を抱きしめて、このまま帰った方がいいのではないか。そんなように思い、最後までいることなしに帰宅した。
来場者には京都のライブをCD-Rに焼いた音源とカンガワさん直筆(をコピーした)の詩集が渡された。電車の中でその直筆を見てせつなくなった。小さくて不安定な存在だったけど、いなくなってしまうとその穴の大きさに改めて愕然とする。わたしはそんなに近い存在ではなかった。もっともっと近いところにいたコジマくんやオノさんの喪失感はいかほどだっただろう。改めてご冥福を祈る。
11/23
午前中は礼状発送作業。午後になってから川崎市民ミュージアムへ。「WRITING line & LIGHTING line:筆跡と光跡」展に出展している志水児王さんからチラシをもらったのだ。今日はアーティストトークとライブがあり、志水さんもライブをするらしい。ということで出かけることにした。
しばらく作品を見ているうちに、ギャラリー千空間の草野さん母娘に会った。「しかるべきところでしかるべき人に会いましたねえ」と言われた。まあ志水さんの音響はまさにわたしの嗜好そのものだし、そう言われて当たり前なのだが。
アーティストトークには途中から入場したが、ややお疲れ気味か、お二人目のお話では眠ってしまった。4人のトークが終了し、いよいよライブに。たぶん会場で採取した音響をスピーカーで流し、スピーカーの前に設置した鏡の振動を半導体レーザーで点の軌跡として描いている作品なのだが、今回はノイズとそれによって生じた光跡によるライブということになるのだろう。久しぶりに生でいいノイズを聞かせていただきました。
その後、小川敦生氏のユニットによるライブがあり、淤見一秀氏のニッティング作品の巻物のご開帳があった。淤見氏が説明しているときにふと耳にした言葉が印象的だった。「非到達の法則」。それはニッティング作品で使用されている表面をエナメル加工された銅線・真鍮線などは反射して見るものを映すし、編み物なので、間が透けて見える。そんなわけで「意味」と同じで近づいても近づいても到達できないということらしい。ああ、それってわたしの作品にぴったりじゃないですか!いいこと聞いた!ってなわけで、結構面白い展覧会でした。
11/20
ICCの「アート&テクノロジーの過去と未来」で古橋悌二の"Lovers"が今日までだということに気がつき、急遽、それだけを見るつもりでICCへ。"Lovers"の展示室に入ると、先客がだれもいなかった。スパイラルで観たときにはなかった、"DO NOT CROSS THE LINE OR JUMP OVER"と円形に表示される(たぶん)オリジナル・バージョンだった。しばし来場者に反応するセンサーとひとりで戯れる。映像では裸の男性たち女性たちが歩き続け、突然振り向いて走っていく。立ち止まり見えない他者(あるいは空虚?)を抱擁する。しばらくしたら他の来場者も訪れ、映像の動きが少し複雑になった。ふと40分くらいそこにいることに気がつき、その他は次回(再入場が一回のみ許されるため)ということにして、ICCを後にした。
岩波ホールの「亀も空を飛ぶ」へ。バフマン・ゴバディ監督作品は今まで「酔っ払った馬の時間」、「わが故郷の歌」を見逃し、ようやく今回が初めてとなる。なんとも重い映画だった。出演者は現地で選ばれた人々。本当のクルド人だ。厳しい現実の中で生活しているためか、少年、少女たちの目がすでに大人の目をしている。そして苦難の中で何とか希望を見出したくましく生きていこうとしている。それが唯一の救いだった。
ギャラリーKINGYOの中込靖成さんへ。マキイマサルファインアーツの移転前最後の展覧会でも拝見したのだが、今回はその深い色彩に一層見入ってしまった。長い時間をかけてじっくりと対話しながら作品を鑑賞していきたいと思わせる作品だった。とても気になる小品が一点あり、扇谷さんに「できれば購入したいくらいだ。」と言ったら、赤丸をされてしまった。その直後のすれ違いざまくらいに、別の方がその作品を購入したいと言われたようだった。それからまた少したったらさらに別の方がその作品がとても気に入ったのだが、ついさっき赤丸がつけられたと言われた。それらの方たちの分も含めて、じっくりと毎日鑑賞していきたいと思った。中込さんにいかに感動したかを少々語ってしまった(恥ずかし)。
しばらく谷中の街を散策し、上野に出て、そこから表参道に行き、OPAと西里兄弟の店に再度立ち寄った。それからまい泉で食事をして帰りました。
11/19
さすがに朝11時くらいでないと起き上がれず、映画に行くのを断念。ギャラリー巡りのみとする。
宮嶋葉一さんは相変わらず太い線でミニマルな図像を描いている。とてもすがすがしい平面作品だ。
繁田直美さんはギャラリーに入った途端、縦のストロークが目に付いた。また新しい境地へ挑もうとしているかのようだった。繁田さんからいろいろとお話をお聞きし、しばらく行ったり来たりしているうちに、縦のストロークの先に漂う気配が見えてきた。これからこの縦のストロークがどうなっていくのか、次回作が今から待ち遠しくなった。
代々木のギャラリー千空間の平体文枝さんに寄り、久しぶりに新宿タワレコに立ち寄り、以前から気になっていたSylvain Chauveauを中心に購入。
11/18
今日もまた18時間、仮の姿。
11/17
また18時間、仮の姿。
11/16
今日は電車で帰宅できた。が、電車の中の酔っ払いの多いこと。帰宅したら日付が変わっていた。
11/15
職場の華道部で「華道展」と称して、何人かグループになって少し大きな作品を生けることになった。本当は昨日生ける予定だったのだが、仕事が終わらず、結局今日生けることになった。花材は、アマランサス、千日紅、キイチゴ、綿、カンガルーポー、ツルウメモドキ。そしてトイレットペーパー。このトイレットペーパーの形状は3年前に高久千奈さんがインスタレーションで用いたものを借用したのだ(千奈さん、使用許可いただきありがとうございます)。しかしトイレットペーパーが妙にしっくりなじんでいる。
11/14
仮の姿で終日会議。1〜2時間は説明をしていたと思う。が、先週かなりの時間をかけて作成した資料が全否定されて、再度作成ということになった。で、今日も18時間、仮の姿をすることとなった。
11/13
イメージ・フォーラムで「誰がために」を観る。ストーリーに不似合いな女の子たちが結構いる。どうやら「小池徹平」という若い俳優目当てらしい。で、映画の方は、う〜ん。なんか「ほん」が凡庸なんだなー。ロマンチックなシーンにロマンチックなピアノ曲。音楽も過剰気味。なんだかちょっとね・・・。
それからオーパに寄って藤波さんといろいろと話し合う。来年早々の「マッチ箱アート」に参加することになったので、作品イメージについて練り上げてみる。それから裏原宿の西里兄弟の店に寄ってにいちゃんとしばらく歓談。
表参道から亀有まで行って、榊原さんと歓談。
昨日、今日と休日にしては結構声を出したなー。
11/12
今朝未明に帰宅し、それから少々メールなど確認し、それから就寝。さすがに起きたのは11時ごろだった。でも6時間の睡眠だ。
今日はお誘いを受けて日本橋高島屋で開催中の「草月いけばな展」へ。大変な混みよう。草月流一派の(あ、一応わたしもか)社交場と化している。やはり自身の作品の基本は「引き算」なので、華道の足し算の感覚に違和感を感じながら鑑賞する。これだけの広さ(デパートの催事場)に詰め込めるだけ詰め込んだような展示方式では、引き算のミニマルな作品など最初からあり得ないのだろう(ひとつそれらしきものもあった)。明らかに須田悦弘の雑草の彫刻に影響を受けたような作品があったが、それは雑草そのものだったので、なんだかおかしいような悲しいような。
それからお食事をして銀座をお散歩して帰宅しました。
11/11
さすがに朝起きたらものすごく眠いし、仮の姿になったときには少し気持ちが悪かった。
今日は18時間仮の姿だった。
11/10
昨日というより今朝未明に帰宅して、2時間半ぐらい就寝して再び仮の姿へ。そのわりに元気だ。
今日は14時間仮の姿だった。
11/9
今日は18時間仮の姿だった。「責任を感じろ!」と大激怒されての居残りってところ?
11/8
半日を仮の姿で過ごした帰り道、「冬の大三角形」を見つけた。もうそんな季節なのか。星々がきれいだった。
11/7
肌寒いと思ったら、どうやら調子が悪いようだ。午前中は休んで、午後から出勤しようと思って職場に電話をしてからダウン。そのまま横になっていて気がついたら午後もかなり遅くなっていた。そんなわけで一日休暇をとることにした。本当だったらかなり残業しなければならないところだろうが。明日出勤したらお小言言われそうだ。
11/6
日中は礼状作成に終始。が、まだ未完了。しばしお待ちを。
夜、買い物がてら映画館へ。三鷹駅で駅員と警官に囲まれて何かを怒鳴り散らしている男性がいた。まあそういうことはよくあることだ。が、その近くで妙な姿を見つけた。ニヤニヤしながら写メールでその現場を撮っている若者がいたのだ。何のコレクションだ?写メールが流通してから「写真を撮る」という行為に躊躇がなくなったという話はよく聞く。こんなふうにしてあらゆることが一時保存してその後消去されていくのだ(記憶からも)。
シャンテ・シネでゴダールの「アワー・ミュージック」。おびただしい戦争の映像のモンタージュからなる「地獄編」、サラエヴォ市街でのロケからなる「煉獄編」、美しい川のせせらぎと穏やかな時間の流れの「天国編」。ゴダールには旧ユーゴ紛争はずっとひっかかるものであるらしく、「フォーエヴァー・モーツアルト」でもあったように、サラエヴォを舞台に死と再生が立ちあわられて来る。相変わらず映像も音響も音楽もブツ切れになっていて、その切断面が心地よい。が、やはりいろいろな引用と暗喩があるため、プログラムを参照したり、できればもう一度くらい見てみたいと思った。
雨降りなのか肌寒い。
11/5
エスパスOHARAで平行芸術展の最終回。
しばらく青山の都営アパートの脇の道を歩いていると、ミャーと声をかけられる。立ち止まるとでっぷり太った三毛がこっちにやってくる。もう一匹これまたでっぷりした茶がのっそりと近づいてくる。しゃがんでお迎えすると、膝のあたりに体をこすり付ける。喉をぐりぐりしてやると、いい陽気なもんだからどてっと横になる。しかも思いっきし伸びをしてお腹を無防備なまでに上に向ける。ちょっと緊張感ないぞ君たち。がしかしそいつらにかまっていたおかげで、その後の3時間は目が痒かったり鼻をぐずぐずさせることになってしまった。
御茶ノ水で高浦とみ子さんの瑞々しい版画を鑑賞した後、ギャラリーKINGYOへ。個展終了から二週間ぶりに到着。なんだか室内から見える表の風景がとても懐かしい。くすっとさせる赤塚仁子さんの木版画を見ながら、しばらくいろいろとおしゃべりをする。帰りは谷中の路地を歩いてから遠回りをして駅に向かった。
近所の古書店「近々堂(しゃんしゃんどう」に久しぶりに寄る。そしたらジュリアン・オピーの画集'Portraits'がたぶん半額以下であろう値段で売られていた。ものすごく悩んだが買うことにした。そういえば谷中のバスハウスでジュリアン・オピーの個展があったときに、「オノテツさんのポートレイトだ」と一部で評判になったなー。ついでに半額以下になっていた渡部直己の「不敬文学論序説」も一緒に買った。その近くにはぐら茶屋という茶店ができていた。なんだかずーっと小屋をリフォームなのかなにかしていたのがいつのまにか茶店になってたんだ。何種類もの紅茶が楽しめるみたいだ。まあそのうちに寄らせてもらおう(寄らせてもらおうと思っている三鷹の店はまだいっぱいあるが)。
11/3
特に何の予定も立てていなかったせいか、朝すっと起きられず、11時ごろまで布団の中でうだうだしていた。しばらくしてから思い立ち、神奈川県民ホールギャラリーの杉浦康益展へ行った。今までにないくらい長時間の睡眠時間をとったためか、電車の中で居眠りすることなく読書ができた。
杉浦康益は今までに二度くらいは見たことがあるのではないかと思う。「陶の花」シリーズなど、確かのその技巧には圧倒される。が、しかしわたしには陶の石が空間に絶妙な位置と間隔で配置されていることに瞠目した。陶の石を何度も回って眺めるうちに、照明による床の照り返しが壁に映っているのに気がついた。その瞬間、一昨日夜からなんとなく浮かんでいた構想がかなり明確につかめたように感じた。
それから山下公園に向かい、しばらく海の水面を眺めて構想を練り返していた。横浜トリエンナーレはまだ気持ちの準備ができていなかったので行きませんでした。
それから川崎のかわさきIBM市民文化ギャラリーの綿引展子展へ。今回は大作が多く、とても気持ちがいい。そして何度見てもつかみきれない何かが垣間見られて、なかなか作品の前から動くことができない。
その次は銀座で石田泰道さんの個展。紡錘体オブジェが縦に吊り下げられている。その数と大きさは会場にぴったり。もちろんそれを意図して制作したのであるからぴったりになるはずなのだが、やはりそのぴったりはとても気持ちのいいものだ。それからワタリウムに行き、期間延長されたフライターグ・テンポラリー・ブティックの財布で悩み、結局買わずに帰った。お札は折らないと収まらないサイズだし。なんだかさすがおしゃれな(かつお金に余裕のある)人はフライターグを持ってますねというような、LOHASのステイタス・シンボルみたいな感じもするし。でもたぶん期間いっぱい悩み続けるだろうな。
11/2
主となる収入源であることに従事している環境にいるわたしが仮の姿だとしたら、昨日、今日と14時間ほど仮の姿であったということになる。夕べ、それなりに気分が悪い状態だった帰りの電車の中で、ふっと構想が浮かんだ。もしかしたら悪い気分を和らげようとした体内物質が、神経叢に何がしかの刺激を与えたのかもしれない。構想が浮かんだ後、やや興奮したような気分で帰路を急いだ。
10/30
個展が終了してから二週間が経つのにまだまだ部屋の中が片付いていない。小品を購入いただいた方へ送付もしていない。もちろん追加注文を受けたものも制作に手をつけていない。
そのわりに画廊巡りをする。今日は亀有のギャラリーバルコへ。矢部裕輔さんの木彫を使ったインスタレーション作品だ。ギャラリー内が丸太から切り取られ、櫓のように組まれた木材で満ちている。木材は切り取られた「生(なま)」の造形ではあるが、カーブが美しく、そういった細部への配慮もうかがえる。空間の捕らえ方が似ているとわたしに興味を持っていただいたようだったが、わたしは彼の作品から丑久保健一さんを連想してしまった。事象の関連性ということではなにか共通点があるのかもしれない。
亀有から千代田線にずっと乗り続けて表参道で下車して西里兄弟のお店へ。小品をお買い上げいただいたので、納品がてら遊びに行ったのだ。今回は西里にいちゃんと映画の話で盛り上がった。また遊びがてら新作を試着させてもらった。女性ものらしいがわたしには結構ぴったり。秋冬に着れる、コートではないジャケットがほしいと注文をして失礼させてもらった。
表参道の同潤会アパートがあった場所にはこの3ヶ月ほど行っていなかったので、安藤忠雄設計の建物が結構出来上がっているのを見るのは今日が初めてだった。確かに安藤忠雄だ。という印象。う〜ん。明るいところで見たいな。
10/29
上野の森美術館のジグマー・ポルケ展へ。実はある方から招待券をいただいたのだ。ドイツ現代美術のトップ・アーティスト。すみません。リヒターやキーファーは知っていましたが、ポルケは知りませんでした。
一階を回っているうちは、正直、プリント布地の上に描かれた絵画やリキテンシュタイン風網点ドットによる絵画はそれほど面白いと思いませんでした。むしろ紫の塗料を使ってほとんど漆黒のような色彩を出している絵画のほうに惹かれました。しかし二階に上がったところで突然出くわした、数字とそれを追った線で構成される「魔方陣」シリーズで、この作家の多様性に少し納得できるものがありました。まあそんなところです。
それからSCAI THE BATHHAOUSEのイ・ブル展へ。螺鈿細工という新作品を見ることができたのだが、螺鈿の曲線や線の太さ・フォルムに見入ってしまった。それはわたしのカッティングへの連想を導き出した。そのときわたしが思ったのは、自分の作品について「ああ、まだまだやれることはある」ということだった。作品の素材やインスタレーションの構成物を限りなく0(ゼロ)に近づいてきたつもりだったが、まだまだ0(ゼロ)までにはかなり「アイダ」があり、そこに分け入ることができるような、そんな感触まで得られた。
たくさんの人々の間を縫うようにして上野公園を通り過ぎ、茅場町のGallery Jinへ。
去年秋に亡くなられたという正木隆さんの遺作展だ。確実に好きな作家に今後なっていったであろうと、本当に残念に思いつつ作品を鑑賞し、机の上にあった資料に目を通して愕然とした。正木さんは自死していたのだ。昨年初めにアトリエ兼自宅で同居していた女性が自死したことで、しばらくPTSDになっていたらしい。彼女が自死した場所から転居することなく、その死を一人で引き受け、描けなくなった絵を何とか立て直そうともがき苦しんだ上の選択だったようだ。彼の作品には確かに人影がなく、静謐な深淵を湛えた郊外の風景だったりもしたが、そこにわたしは「死」を感じはしなかった。静寂ではあったが、絶望はなかったように感じられた。もちろんそれはまだまだ元気でひとつの転機となった個展での作品のことだ。その会場で目を伏せるようにして会釈を返してくれた彼の姿が思い浮かんだ。
一杉さんには「イグチさんどうも来てくれてありがとう。こういう作家がいたってことを憶えていてほしい」みたいなことを言われた。こうして残念ながら追悼という形にはなってしまったが、正木隆という画家の作品に改めて対峙できる機会を作ってくれた一杉さんに、むしろありがとうと言いたかった。
ギャラリーを出ると雨が降っていた。傘を差さず足取りは重かった。とりあえず買い物をする予定だったので、銀座に出ようと地下鉄に乗った。とても本を読む気もなれず、ボーっとしていた。銀座駅のホームに入り、出口に向かおうとしたところで声をかけられた。某ギャラリー勤務のHさんだった。
Hさんも銀座に用事があるということで、ふたりで買い物をしてしばらくお茶を飲んで話をした。いったいどのくらいの時間お話をしたのか、ふたりでそれだけ長くお話をするのは初めてだったので、なんだか自己紹介じみたものにはなってしまったが。でもHさんに声をかけられなくてそのまま自宅に帰っていたら、いったいどれだけ重い気持ちで夜を過ごさなければならなかったか。少し和らいだ気持ちになりました。どうもありがとうHさん。
10/28
やばいぞ!ワタリウムのオン・サンデーズのフライターグ・テンポラリー・ブティックが「ご好評につき期間延長いたします。2005年12月末まで」らしい。バッグはもうやめたとして、お財布あたりが引っかかってしまってる〜。
ニュース23に坂本龍一が出演して、今回のライブの模様が放映される。最後の方で筑紫哲也が、坂本龍一が「前衛芸術家と二人でヨーロッパツアーをする」と言っていた。その前衛芸術家とはカールステン・ニコライのことなんだけど。前衛芸術家って称されるのか、一般的には。
10/25
去ってしまった人の「その瞬間」はわからない。そして残されてしまった人のずっと続く「今」の心情はその重さも計り知れない。
コニー・ウィリスの「航路」のジョアンナのように、あの人も永遠に細分化されていくような「その瞬間」の中に漂っていたのだろうか。
ときどき薄い皮膜がかかったように、冷たい水流が視野の裏側を流れ落ちる。
10/23
(東京からすると)菊名のひとつ先の妙蓮寺のギャラリーGallery ah!に小野憲一さんの個展を見に行く。井の頭線の渋谷駅に降りたところで、DMを置き忘れたことに気がつく。地図で最寄り駅の位置関係を確認したり、路線図で時刻を確認したまま、またテーブルの上に置き忘れてしまったのだ。東横線に乗ってから急いで携帯メールで小野さんにお助けを乞う。結局ちょうど同じようにギャラリーに向かおうとしていたところということで、妙蓮寺駅でしばらく待っていただくことにした。こういうときに携帯って便利ですね!
Gallery ah!はデザイン会社経営のオーナーさんが手造りで造り上げた空間で、とてもユニークだが自己主張が強いわけではない、作品が引き立てられるとても気持ちがよく長居してしまいそうな空間だった。
小野さんの今回の作品はアクリルで作り上げた蜜蝋のような色彩をチューブで線を引き、そこに平面全体に何度も絵の具を敷いては線の部分を目の細かい紙やすりで削りながら作り上げたものだ。ラインが平面と一体となり、広がりや奥行きを意識させるものとなる。
まったく同じではないが、わたしが「空気や気配を表現したい」と意図しているところと同じようなものを感じる。相変わらず小野さんには作家としての意識とか作品との関わり方や作品の方向性など、とても参考になる話が聞ける。
暗くなってからの作品もまた見たいと思い、しばらく長居をさせていただいた。しばらくしたら小野さんのお友達や奥さんとお嬢さんが来られ、とてもにぎやかになった。失礼するときに、直前に来られた方がさとう陽子さんだと教えられて、一度玄関を出たのを引き戻って挨拶させていただいた。
この週末はいい作品を拝見できて、とても充実した週末だった。
10/22
テール・スープの曲はまだ聞くことができない。
久しぶりのギャラリー巡り。
浅草橋で榊原勝敏さん。相変わらずのストレートさ。よく彼は「てきとうに」と言う。「ここはてきとうに描いて」とか「そこはてきとうにくっつけて」とか。それはきっと表現しようという欲求に直接アクセスするために、恣意的にならない作品作りを目指しているのだろう。そのストレートさは好きだ。今回は「住人」というタイトルで多くの動物のような人間のような妙な生き物を産み出している。そしてその生き物たちの妙な名前も笑える。その中で「カッパそのもの」という名前もある。それ、あまりにもストレートすぎますよ榊原さん!
それから電車を乗り継いで大宮へ。氷川神社の参道は広くて、樹高のある木々の下を歩くのがとても気持ちいい。途中、薄いこげ茶と白のネコに呼ばれて、ベンチでしばし遊ぶ。鼻がむずむずし始めたのでお別れをして少し歩いて水飲み場で手を洗った。人馴れしているところをみるときっと地域ネコなのだろう。
と、別にネコを遊ぶために大宮まで行ったのではない。徳永雅之さんの個展に行ったのだ。氷川神社の横のほうにあるエル・ポエタというなかなかいい雰囲気の喫茶店の奥にあるギャラリー空間での展示だ。徳永さんの作品に醸し出されている光と影とその間のグラデーション。わたしにとっては徳永さんの作品はとても親和性を感じるし、自身の行く末の指針を見出すことができる。それより何より作品の奥行きが好きなのだ。しばらくいろいろと徳永さんとお話をして、喫茶店で「フレンチ・ブレンド」というほのかに甘さも感じる渋みのあるおいしいコーヒーをいただいて失礼させていただいた。やはり徳永さんの作品は身近に置いてじっと見ていたい作品だ。そのうちにぜひ。
大宮から上野経由で青山へ。オーパの柴田有子さんの個展。すっかりファンシーワールドとなっている。しばし柴田さんと藤波さんと三人で談笑する。藤波さんにはこの間の個展のご批評をいただく。ありがとうございます。
10/21
朝、玄関のドアの鍵を閉めてバッグに入れたとき、バッグの中の携帯が青い光を放っているのに気がついた。メールが届いていたのだ。オノテツさんからだった。
テールスープのボーカル、カンガワさんが亡くなったらしい。今日荼毘にふされるそうだ。力が抜けた。出勤する駅までの道でクタッと倒れこみたかった。
カンガワさんの歌を初めて聞いたのは、もうずいぶん前になる。高円寺のショーボートで、おのさんがピアノ、カンガワさんがボーカルという、まだ「おのさんとかんがわさん」というユニット名だったりした。壊れやすい細やかな歌詞に共感した。そのときはカンガワさんは本当に「少女」という感じだった。それからテールスープというバンドとして活動し始めた数年前に、高円寺ペンギンハウスでのライブ終了後、路地散策の話をしたのがきっかけで、西新宿の木造アパート見学で一緒にうろうろ歩き回ったことがあった。ときどきライブ告知の封書をいただいたが、いつも封筒にイラストやらメッセージがびっしり書き込まれているのに、中身はコピーしたチラシ一枚だけだったりした。仕事なんぞ行くのをやめて、お見送りに行くべきだったのかもしれない。
ついこの間までそこにいた人がふっと停まってしまい、そして灰になって消えてしまう。その喪失感は。
ご冥福をお祈りします。
10/20
今日は帰りにCDショップに寄る。たぶんほぼ2ヶ月ぶりくらいではないか。
何日か前に職場で「最近ジャズを聞いてるんですけど、あまり知らなくて。イグチさんはなんかすごく音楽に詳しいって聞いたんですけど。」と言われた。いや、音楽に詳しいというか、音楽のとてもとても狭いある一部に関して、まあまあそれなりに知識があるってことで、で、どんな音楽を聴いているのかという問いには「ピッ ピッ ピっていうパルス音みたいなものとか、ぐぉ〜〜〜っていうダクトのような音とか、そんなの聞いてますけど。」と答えた。
今日は、mouse on marsのライブとJim O'RourkeのMIZU NO NAI UMIとSTYROFOAMのEPとフォニカの杉本佳一のソロプロジェクトFiFlaの計4枚。
あー、3週間くらい英語の勉強してないよぉ〜。
10/19
仕事帰りに本屋に立ち寄り、背の高い書棚の間で長く揺れを感じる。ああ、地震かと思ったがあまり動揺せずに書棚を眺めていた。近くの人影がこちらを向いているように思えてそちらに眼を向けると、若者と目が合い、「地震ですよね。」という確認のコンタクトが取られた。その後もしばらく揺れが続いた。やや心配そうに書棚から離れている女性はついぞ目を合わせようとしなかった。
数冊の本を買っての帰り道、「ああ、また以前の(制作中心ではない)生活に戻ったんだな。」と実感した。
10/18
仕事と両立なんかしていない。もともとそれほどのキャパシティーがあるわけではないので、制作、発表に専心している間に仕事に対する比率が下がる。そうするうちにこぼれ落ちていくものがほぼ毎回出てくる。今週に入って大きく問題が現前し、ああ、これが今回こぼれ落ちたものかと実感する。そんなわけで今日は夜11時過ぎまで打ち合わせをして、帰宅したのは日が改まってからだった。
10/16
ギャラリーの近くの保育園の前に、キンモクセイの木があり、とても甘い香りがしている。ギャラリーの手前の路地もいろいろなところでキンモクセイの香りを楽しむことができた。今日も昨日の夜からの雨がお昼ごろまで降り続け、結局雨男のままでした(広島で雨が降ったものの、東京では天気がよかったらしい)。
本日が最終日。来場者のいない間にできるだけ映像や画像で残しておこうと、いろいろなアングルから撮影をした。ご来場いただいた方にもあまり知られていない裏展示をひとつ。トイレに行こうと扉を開けると、その先の空間に影が映るのです。う〜ん。わりにどうでもいいことだなー。
時間が来たところで撤去を開始。天井から吊るした作品は簡単に撤去できたが、窓に両面テープで貼り付けた作品はなかなか苦戦を強いられ、2Fで展示した嶋津晴美さんやそのお友達に助けられて、なんとか終了(本当に助かりました。ありがとうございました、嶋津組のみなさま)。その後、両面テープの接着剤がガラスに残ったものを剥がすのにかなり苦戦した。ギャラリーKingyoの扇谷さん、山口さん、最後の最後までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
思った以上に時間がかかってしまったので、荷物を持っていった赤帽さんに帰宅が遅れる旨連絡をいれ、大急ぎで帰る。途中、新お茶の水駅から地上に出ようとする階段のところで、バッグの肩掛けベルトの金属が壊れて、ベルトがはずれバッグをどぉ〜んと落としてしまった。最近バッグの災難続きだ。
で、帰宅して部屋の中に作品たちが戻ってきました。やれやれ。
ご来場いただいた皆様、天候の悪い中、お越しいただきありがとうございました。皆様のご感想ご意見を今後の制作に生かして行きたいと思います。
あ、そういえば今日、地震ありましたね。雨男かもしれないけれど、地震男じゃありませんので、念のため。
10/15
最近例を見ないくらいの量を消化したために消化器系がずいぶんがんばったのか、朝、ベッドのシーツが汗で濡れていた。
ホテルから広島駅新幹線駅まで歩いたのだが、ものすごい大雨の中ですっかり濡れてしまった。
早朝の飛行機で東京に戻り、いったん自宅に戻り、ギャラリーに向かう。
本日は栗本佳典さん、岡田紅子さん、川田祐子さんなどご来場で、いろいろと参考になるアドバイスをいただいた。
帰宅後、堀正明さんのグループ展が今日でおしまいだったのに気づいて愕然とする。先週お忙しいところをお越しいただいたのに。好きな作家の作品を見るチャンスを易々と逃してしまった自分に自己嫌悪!!!!!!!!!!!!!!!
10/14
朝ホテルを出て、平和公園あたりを散策。多くの観光客が慰霊碑の前で写真を撮ったりしている。修学旅行生のグループが語り部の老人に引き連れられて、平和の子の像の前で立ち止まり、話を聞いている。願わくば彼ら彼女らに何らかの強制力が働いた結果ではなく、自らの意志で聞き入っているいれば。
そこからしばらく歩き、広島市現代美術館のシリン・ネシャット展へ向かう。今回の旅行のメインの目的だ。3点の写真作品と6本のビデオインスタレーション。それぞれがとてつもない強さを持っている。非西洋社会であるイスラム社会出身の、しかも女性アーティストという、二重のマイノリティーの位置から表現を発信するのだから強くなければ現れはしないだろう。それに比べて新収蔵品の日本人若手作家たちの作品の薄いこと(薄っぺらいとまでは言わないまでも)。「わたし絵心あるんで一応描いてみたりしました」程度のものにしか感じられない。まあ過剰に力を入れすぎても面白くはなく、抜け具合でとても面白いものも出てはくるのだが。そういうばMUSLIMGAUZEのアルバムVampire Of Tehranのジャケットが、アラビア文字が書き込まれた女性の顔の横に銃口があるというものだったが、シリン・ネシャットの初期の写真作品に似ている(後で調べたら、確かに彼女の作品を使用していた)。常設の収蔵品ではボルタンスキーと土屋公雄がよかった。ボルタンスキーは人々の顔写真のインスタレーション。土屋はドームのような空間に入ると壁一面に時計がかけられていて、秒針の音に囲まれる。それはまるで時間を咀嚼しているような音に囲まれているようだった。カフェでケーキセットを食べながら、しばらく外の景色を眺める。
広島市現代美術館の別展示スペースと旧日銀広島支店での岡部昌生のフロッタージュ作品や、フロッタージュの北海道と広島で開催されたプロジェクトの展示。これが今回の二つ目の目的。
夕闇が迫る中、平和大通りの原爆資料館の反対側にあるクララ・アルテールの「平和の門」という作品を見る。これが今回の三つ目の目的。
夜は15年前に広島で出会って以来の友人のカオリさんと魚料理を満喫。刺身から煮たり焼いたり揚げたりした魚がおいしくておいしくて、最後はカキのてんぷらもいただきました。
「イグチさんのわりにはたくさん食べたよね。」
はい。そのとおりでございます。あまりにもおいしくて。これが本当の目的だったかもしれない。
10/13
「ナショナル・ヒストリー・プロジェクト」読了。ポール・オースターがラジオ番組で全米から体験談を取り寄せ、編集し番組で朗読した180の実話を出版したものだ。読んでいくうちにポール・オースターが選択し編集したためか、まるでポール・オースターの短編集のような錯覚を覚える瞬間がある。Oヘンリーにまつわる、Oヘンリー的な実話もある。「家族」のセクションの中の「思い出す営み」、「見知らぬ隣人」のセクションの中の「1949年、クリスマスの朝」などが沁みるストーリーだった。アメリカが貧しいながらもつつましく思いやりに満ちた人々によって暖かく暮らしていた時代の話だ。
明日わたしが休暇をとるということで、今日、打ち合わせをすることになったのだが、いくつかの議題をこなすうち、打ち合わせを6時で切り上げさせてもらい、途中で退席させてもらい、そのまま退社した。さすがに評判は悪そうだ。が、あまり気にせずにとっとと退社する。だって飛行機の時間があるんだもの。
最終便で広島へ飛ぶ。広島空港から広島市内へ向かうリムジンバスに乗り込む。バスの運転手さんが同僚に話しかける広島弁に懐かしさを感じる。
終点広島駅から予約してあるホテルまでせっかくだからと歩いて25分。何の気なしに入っていった通りが薬研堀という、市内有数の飲み屋街。夜10時すぎにそんな飲み屋街に迷い込んだため、日頃味わえないような雰囲気を味わわせてもらった。呼び込みに声をかけられたわけではないけど。
10/10
ギャラリーに到着してからどうも目が痒くて仕方がなかった。そのうちにくしゃみも始まり、これは何かのアレルギーだろうと思い当たるふしを探すうちに、
ギャラリーに到着する前の路地で猫をいじったことに思い当たる。路地の真ん中にどっかと居座って人が近づいてもおかまいなし。のどを触らせてやるぞというような態度で、それほどうれしくなさそうにのど元を差し出した飼い猫ちゃん。行き過ぎてから振り返りちょっとしゃがんで舌先で音をさせたらミャーっと言ってやって来て膝に頭をこすり付けてきたので、またのどをぐりぐりしてやった。それでかー。急いで手を洗ってしばらくたったらすっかり治りました。やっぱりわたしには猫と共同生活するのは無理なんだな。がっくし。
本日は押鐘まどかさんがご主人とお子さんを連れてご来場。これがまた1歳半の歩くのが楽しいお年頃。ギャラリーの階段を何度も上り下りしたりギャラリーの板の間がお遊戯場っぽいしで、しっかりお楽しみいただいたみたい。愛想良く笑ってくれてとてもうれしかった。
以前同じ石神井町在住だった平面の作家さん山田徹さんご来場。何枚かDMを持ち帰って友人知人に紹介してくれるとのこと。お気に召していただけたみたいでうれしい。それから川城夏未さんも遠いところをお越しいただき、結構楽しんでいただいたみたいだった。徳永さんにしろ川城さんにしろ、好きな作家さんに好意的な評価をいただくのはとてもうれしいことだ。もちろん初めてイグチトシオの作品に接していただく方々に満足して帰っていただけるのは、個展を開催してよかったと思う。
それからMさんも来場。Mさんには6年前のアートフォーラム谷中の個展のときから見てもらっている。「イグチさんの今までの作品の中で最高の部類だよ。」と言ってくれた。うれしかった。本日のMさんとの会話のメインテーマは「アートってなに?」だった。
そんなわけで連休も終了。考えてみたら個展が始まって以来雨の降らない日はなかった。聞くところによると10/10は晴れの得意日らしいが、しっかり降ってました(「10/10は晴れの得意日だから。」とこの日を選んで来たMさん。ごめんなさい)。う〜む。今まで個展をすれば会期中必ず雨や雪が降ったり、旅行に行けば必ずどこかで雨が降るという雨男系なわたしとしては、そのジンクスを改めて確認するということになったようだ。まあ晴れ渡った照り返しのきつい天候よりはやや暗めの方が、今回の展示には都合がいいので、願ったりかなったりではあるのだが。こんなに雨続きのアートリンクは今まであまりなかったのではないか?わたしのせいじゃないですよ、たぶん。
10/9
朝、アートリンクの他の展示を見ようと日暮里駅で降りる。谷中墓地は「谷中まつり」の出店で大賑わい。ほぼ一年ぶりに谷中墓地の中を歩き、クマイ商店で熊井さんにご挨拶。その後アラン・ウエストさんの掛け軸探索を少しして、時夢草庵でジム・ハサウェイさんの水墨画を鑑賞。それからぼちぼち歩いてギャラリーKINGYOに到着。今日もビデオ撮影をしながら挨拶と説明。柳ヨシカズさんがご一家でお越しいただく。お子さんがベビーカーの中でずっとおねんねしてて寝顔がとてもかわいかった。
夜はすぐ近くのお蕎麦屋さんに行って、旧知のKさんと会食。そばさしもあるし、とてもおいしいお蕎麦屋さんだった。
で、帰宅後は小品制作。
10/8
朝、到着してから設置を少し補強。
ビデオ撮影をしつつご来場いただいた方たちに挨拶したり、ちょっぴり説明したり。
帰宅後は小品制作。
10/7
職場が創立記念日ということで、朝、トモスの栗本佳典さんの個展に寄った。栗本さんの図像といえば民族的民俗的なフレーバーを持つ生命の形態という感じだが、今回は作品のタイトルにもあるように「プリミティブ」な形状で、生命の進化の一形態のようなモチーフもあり、なかなか面白かった。
さて、自分の個展であるが、説明するわけでもなくなんとなく会場にいて来場いただいた方たちに挨拶をする程度だった。そんな中、徳永雅之さんがいらっしゃって、じっくりとご覧いただいた。とても好意的な感想をいただき、本当に感激だった。
その後、柳場大さんにポジ写真の撮影をお願いした。結局夜10時ごろ終了したが、どのようなカットを撮るかということでいろいろとアドバイスいただきながらの撮影で、横にいてとても参考になった。
10/4
作家からサラリーマンへ変身。自身の個展の設置が終わった翌日、個展の会期の初日の出勤はとても不思議な気分だ。
久しぶりに仕事に関する会話をしたためか、最初は言葉を発しながら文章を構成するということが困難になり、うまく会話できない。メールなど文章を書く方は問題なく書ける。これはエクリチュールとパロールで脳の活動する部分が異なっているという証左なのか?
制作やら設置に没頭している間に時間が過ぎて、職場では仕事の締め切りが結構目前に迫っているらしい。そんなわけでとても親切な同僚たちが援助の手を差し伸べて、今後の方向について打ち合わせをした。が、それが予想外に長引いてしまい、ギャラリーに到着したのは時間ぎりぎりだった。どうやら夕方のちょっと前から日没あたりが、作品としてはとても美しい時間帯になるらしい。週末にぜひそれを体験しないと。
ギャラリーに到着したらちょうど宗政浩二さんがいらしていて、作品への評価や今後の展開についてのアドバイスなどいただいた。それはとても参考になるご意見だった。どうもありがとうございました。
10/3
朝10時からギャラリーにお邪魔して設置作業。千葉さんと千葉さんのお友達の三浦さんに手伝っていただく。計画変更・修正などがあったが、照明の調整まで含めて午後6時半ごろには終了。それから言問通りの韓国家庭料理屋さん「モゴモゴ」に久しぶりに行こうということになった。このお店は1999年にわたしがアートリンクに参加したときにふらっとはいったのだが、おいしくてとても評判になり、上野谷中界隈のアート関係者御用達のお店になったのだ。わたしも何人か友人と一緒に行ったものだった。行くのは何年ぶりだろうかとお店に入ったら、以前お店を切り盛りしていた韓国のお母さんとお姉さんではない人たちがやっていた。店の名前は変わらないけれど、一年前に変わったらしい。
でもおいしかったです。辛くてタオルで汗を拭き拭き食べました。
10/2
そんなわけで懸案問題の解決とその前に準備作業を終えようと夜通し作業を行い、結局すべて終了したのが午後2時くらいだった。一度どうにもまぶたが閉じかかって作業できないときに、フローリングに20〜30分横になって仮眠を取った。
午後4時前に赤帽さんに荷物をお願いし、KINGYOへ向かった。5時前に到着して本日最終日の展覧会を拝見。撤去後に設置の準備に取り掛かるが、さすがに睡眠不足のため、時間のかかりそうな作業をやる気にはならず、細かいところをチョコチョコと手を出して終了とした。
帰宅後は小品の制作。が、完成できずに今後の持ち越しとした。
暑い!本当に10月ですか?
10/1
懸案問題は直前になってもまだ懸案問題のままだ。しかも別の箇所ですっかり見落としていた、決して見逃せないものも見つけた。直前のダメ出し。
そんなわけで吉祥寺のユザワヤに材料を買いに行ったのだが、見つからず、結局、新宿のハンズまで足を伸ばすことにした。定期を持って来ればよかった!制作中にときどき材料が足りなくなって買出しに行くときがある。そのときわたしは制作のことで頭がいっぱいになっている。そんなときの目つきは血走っているか据わっているだろう。そんな時きっと声をかけ辛いような雰囲気だろう。どなたかそんなわたしを見かけて声をかけにくかったらすみません。
タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ
ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる
テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ)
の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。