イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。当然真実のみが書かれているわけではありません。
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6/29
退社後、渋谷の青い部屋でオノテツさん主宰の迷宮怪のライブ。対バンはなんだかお笑い系らしく、そちらの客層が多く、迷宮怪のメンバー以外で知った顔はIさんくらいしかいない。迷宮怪のみ見て退散しました。
6/25
東急大井町線の某駅から徒歩数分の某医院の待合室が「美術待合室」となりギャラリー空間に。「美術待合室」主宰の中野詩さんは数年前のギャラリー千空間での個展の際にお会いした方で、去年の個展でもお越しいただき、なかなか鋭いご質問をいただいた方だ。ご連絡をいただいて早速伺うことにした。藤原聖子さんの作品は青地に犬や植物がぽつんと描かれているものだ。中野さんを交えてお話をしていると、共通のキーワードとして「境界」という言葉が出てきた。もちろん「境界」をテーマとして制作をしているわけではなく、「境界」により描く対象の個体性が際立ったり、「境界」により空間の連続性が強調されたりするのだが。いろいろとお話をしてたぶん一時間近くお邪魔していたのではないかと思う。
その後、神宮前のギャラリーGANで本田健さんの鉛筆画。杉林の匂いや光を感じながらしばらく絵画の中に入り込んで佇む。
今日はOPAにお邪魔して、そこでLET IT COME DOWNの西里さんとお会いする約束をしていた。LET IT COME DOWNのジャージが無性に欲しくなったので、連絡を入れてお会いすることにしていたのだ。半年振りくらいにお会いしたので、ちょっとお茶でも飲んで歓談しましょうということになった。例によって池田亮司やらクセナキスやらエリック・サティやら高橋悠治の音楽からナム・ジュン・パイクやらのアートからジャン・コクトーやらの映画などいろいろとお話をして、時間が経つのもしばらく忘れるくらいだった。
今日は歓談の日だったってことか。
6/24
川崎市岡本太郎美術館の「CHIKAKU 四次元との対話」展へ。ここの美術館はまず常設の岡本太郎作品を鑑賞してから企画展に入ることになっているが、常設とは言え岡本太郎である。濃厚なのである。岡本太郎回顧展と企画展の同時開催のようなものなのだ。エネルギーを温存しておかないと岡本太郎作品ですっかりやられてしまう。
企画展の方は、著作は読んだことがあるけれども映像作品は今回が初めてのトリン・ミンハや久しぶりの日高理恵子、中平卓馬、森山大道、杉本博司、須田悦弘(ひとつしか気がつかなかった)など、興味あるところだったが、トリン・ミンハは87分の作品で、とりあえず一周してから見ればいいやと思っていたら、会場内ですっかり冷え込んでしまって、一周したところで退場してしまいました。これからの季節、美術館内の冷房対策を準備せねばなりませんな。
次にワコウ・ワークス・オブ・アートのリュック・タイマンス。今回はイエズス会をテーマにした作品群。タイマンス曰く「私がこの題材に取り組んだのは、一方ではヒューマニズムと進歩の名のもとに教育を行いながら、根本的には保守的な考え方を持つイエズス会の両面性と二重性をみたからだ。また、宗教、世俗主義、原理主義が再び政治の世界で力を得ようとしているなか、そこで最大の力を持つ組織を問い直す必要を感じたからだ。」題材となった社会性の大きさはなかなかアニミズムの国の人間には理解できないとは思うが、それにしても相変わらずの色彩と造形が堪能できた。
それから銀座に出てギャラリーを二つほど。その中の一つ、秋好稔弘さんの平面作品は、黒鉛とチタニウムホワイトによる絵画なのだが、遠くから見ると浜辺の風景画なのだが、近くで見ると点描による抽象画になってしまう。その視覚の不思議さに瞠目。
6/18
今回の帰省で再確認したのは、高原の木々の緑の深みだった。確かに玉川上水沿いとか井の頭公園の雑木林など緑豊かではあるが、色彩の深みがまるで違うように感じた。標高やら空気やら温度やらといった環境条件が違うのだろうか。
帰省しても会う人もいないし、特にすることもないので、読書三昧。特に最初の夜は寝る環境が変わったためか、なかなか寝付かれず、ページが進みました。
6/17
本当は今日、帰省するのだが、まずは川田祐子さんの個展を拝見してからにしようと思い、銀座へ向かった。ギャラリーに入って、大作に目を奪われた。ここ何回か試みられていた色彩の組み合わせから、さらに変化してコントラストが微細になっていた。他の作品も拝見してはその大作に戻りつつと、しばらく鑑賞させていただくうちに、新しい色味の微細なコントラストの中にある深みの中に漂うようになり、その心地よい浮遊感に身を任せるようになった。川田さんから今回の試みについてをお聞きすることもできて、楽しいひと時を過ごさせていただいた。会期は三週間なので、もう一度足を運んで今回抱いた感覚を再度確認してみたいと思う。その際にもっと詳細に感想など書こう。
午後になってから高速バスを使っての帰省。バスの中は読書タイム。通路を挟んだ向こう側に座っているおじさんのヘッドフォンから音が漏れてくる。おじさんの口からもときどきメロディーが漏れてくる。なんとザ・ブームの「島唄」だった。ちょっとねー。
6/11
新日曜美術館の「アートシーン」で石田徹也さんの追悼展が紹介されていた。なかなか珍しいことだろう。
天気予報では曇りだったのが朝から雨降りなので、晴耕雨読って耕すところもないが、読書をすることにした。気がついたらいつのまにやら一時間ほど寝ていた。
ギャラリー千空間の丸橋正幸さんの個展の会期がそろそろ終了間際だったのに気がついて、雨の中を出かけることにした。丸橋さんの作品は綿布に何度も絵の具を染み込ませて層のように重ねていく手法をとっている。実は一番下地には青と補色関係にあるようなオレンジや赤や黄色を置いているらしい。そうすることによってより深みのある青が浮かび上がってくる。味わい深い色彩だった。
会場にいらした丸橋さんと千空間の草野さんと三人でしばらく歓談した。草野さんの、わたしの作品が以前は内向きだったのが、ここ最近は外向きになっているという指摘は、次回作の大変なヒントになった。そのお話で次回作がまた内向き傾向であることに気がついた。
ギャラリーを失礼した後、どこかに寄ろうかとも思ったが、雨も降っているし人出も多いしで、そのまま帰宅した。
ワールドカップですか?う〜ん特に・・・。
6/10
石田徹也さんの作品を見たのは2001年のVOCA展のときが初めてだった。その濃密さに苦笑しつつも惹かれるものがあった。その後どこかで一度くらいは見ているような気がするのだが、記憶違いかもしれない。どちらかというと、「あれ以降聞かないなー」という感じだったかもしれない。久しぶりに「etc.」で見たら、そこには「追悼展」と書かれてあるではないか。昨年31歳の若さで亡くなったとのこと。あまりにも短い画業に対する回顧展ということになってしまった。銀座の三会場で同時開催ということで銀座の8丁目から1丁目を歩いた。外界に対する不安や疎外感、違和感がすべての作品に微に入り細に入り刻印されている。その疎外感、違和感は身に覚えのあるものだ。また、描き方としては畳の目や動物の毛まで神経を行き渡らせている。平面すべてにエネルギーをかけるその度合いが重くはあっても、なぜかそれほどの息苦しさを感じさせない。特にガーディアン・ガーデンはギャラリーの壁面をすっかり覆いつくすほどの量の作品を展示していて圧倒された。彼がこの先まだ生を続けていたとしたら、いったいどのような画風に到達したのだろうか。
ギャラリー小柳のオラファー・エリアソン展に立ち寄る。仕掛けのからくりはきっとシンプルなのだろうが、素材やサイズなどが緻密な計算の上に構成された光と影の作品。原美術館で見たときの息を呑むような驚嘆とまでは行かなかったが、見るたびに感激を新たにする素晴らしい作品だった。会期が長いのでまたしばらくしたら訪れたいと思った。
6/7
東京国際フォーラムで池田亮司コンサート。コンサートと言ってもステージで生で演奏するわけではなく、映像作品の上映と言った方がいいかもしれない。今回はYCAM(山口情報芸術センター)のレジデンス制作作品であるC4Iと最新作datamaticsの二作品を20分の休憩をはさんでの上演ということだった。
最初の作品C4Iは2001年恵比寿ガーデンホールでのコンサートformulaが音響と映像や記号のめくるめく洪水といった感じからすると、定規で線を引いたり、本のページを繰ったりという映像やら風景映像などが織り込まれ、その映像の上にテキストが表示されたりと、前作とは印象の異なる作品となっていた。また、そのテキストが英語だったりして(池田亮司のパルス、振動、サイン波、ホワイトノイズには表意文字よりは表音文字の方が似合うが)、そのテキストを追う方に気をとられてしまいがちになった。最後もテキストの英文がちょっとひねった構文だったので、その構造を見極めようとしているうちに、文章中のひとつの単語に斜めに線を入れて作品が終了となるという終わり方で、何の単語を打ち消したのかわからずじまいだった。いまいち音響と映像の洪水に溺れないまま終わってしまった感じではあったが、もちろんかなり圧倒された作品だった。次の作品datamaticsは映像(罫線と数字)と音響の大洪水で、低音のノイズが胸郭を揺さぶり、その衝撃にずっと踏ん張っているような感覚だった。
今後しばらくは活動の拠点を海外に移すために、このコンサート以降はしばらくは日本国内での活動はないという噂もあり、なかなか充実したコンサートだった。そのうちDVDも発売になるんではないでしょうか。というか発売してください。
実は今日はこのコンサートに絶対に行くために、やばそうな仕事(ミスしたら後始末のために残業させられそうな仕事)には手を出さないでいた。まあそこらへんは勘弁してください。
6/6
職場の同僚から「イグチさん、このあいだヨウコさんと踊ってたでしょう。」と言われた。
え〜?ヨウコさんと踊ってたぁ〜?ヨウコさんってあのヨウコさんか?踊ってたと言えば上野の森美術館でシグマー・ポルケ展を開催してたときに、美術館のエントランスのスペースでポルカを踊ったことあったなぁ、あのときのことかなあ。そんな嘘みたいな夢みたいな話・・・。
そら夢やがなぁ。そんなん夢に決まっとるやないかい。美術館のまん前でポルカなんか踊ってそれを職場の同僚に見られるなんてほんまの話のわけないやないかい。
6/4
ギャラリーブリキ星の荒木珠奈さんと遊工房の横井山泰さん。特に横井山さんはなかなか面白くていつも楽しませてもらっている。今回はFRPの立体などもあり、横井山ワールドが満ち満ちていた。善福寺公園を一周し、荻窪駅までバスに乗り、吉祥寺から玉川上水沿いを歩いて帰宅。
6/3
ミヒャエル・ハネケの「隠された秘密」。
ええ〜!?ジュリエット・ビノシュ、こんなおばさん体型になっちゃって。どうしたの〜?という驚きはともかく、あいかわらずハネケは「暴力的なシーン」ではなく、「暴力」そのものを描き出している。ヨーロッパ(特にブルジョア階層)が持つ過去の罪ややましさが暴き出されるといった映画だが、最後のシーンをどう捉えるで後味のよさ(悪さ)はまるで正反対になる。
その後、横浜美術館のイサム・ノグチ展へ。彫刻だけでなくランドスケープ・デザインまで手がけたイサム・ノグチの足跡を捉えることができる。また、マーサ・グラハムの舞台美術を手がけたということで、その作品とともにマーサ・グラハムのパフォーマンスのビデオを見ることはできた(ちょっとしぐさがドリフぽかったけどね)。
美術館からしばらく歩いて馬車道駅前の旧帝蚕ビルディングの北仲WHITEで開催されている綿引展子さんの個展へ。部屋に入るとそこには井上玲さんが。そうそう、これは井上玲さんのアトリエで綿引展子さんの個展が開かれているということなのだ。綿引さんの作品を鑑賞するのもそこそこにして井上玲さんとの歓談となる。この北仲BRICK & 北仲WHITEは旧帝蚕倉庫本社ビルと旧帝蚕ビルディングで、この一区画が再開発される今年の10月までの期限でアーティスト、建築家、デザイナー、ジャーナリストが入居しているものだ。入居者には川俣正、藤幡正樹、眞島竜男などがいる。古くて天井も高くいい雰囲気だ。どうやらさる大企業が買い取って再開発をするらしい。もしかしたらここにも「馬車道ヒルズ」なんてのができるのかもしれない。もったいないなー。
そこから北鎌倉へ。オーパの藤波さんに勧められてポラリス☆ジ・アートステージへ。住宅街と雑木林の中間のような景観の間を縫うような小道を歩いて緑に囲まれているギャラリーに到着。三方が大きなガラス窓でそこに山本基さんの塩のインスタレーションが展示されていた。6時を過ぎたあたりで、ガラス窓に室内の展示が映りこんで、緑の草木の上にかかる雲のように見える。しばらくはその実像と虚像の連なりを楽しんだ。オーナーの十倉さんの話だと、秋から冬にかけてギャラリーを囲む風景ががらりと変化するらしい。これからも時間を見てその移り変わりを見てみたいと思った。そしてできればその風景を取り込んだ作品をここでいつか展示できればとも。北鎌倉駅を7時過ぎの湘南新宿ラインに乗車。
気になっていた雑誌を新宿で購入。「SIGHT」がリニューアルされたとのこと。本屋で手にとって見ると以前のB4ほどの大きさの雑誌ではなく、「現代思想」などのA5サイズになっている。「リベラルに世界を読む」と銘打っていて、特集として「小泉靖国参拝で日本は何を失ったか」というタイトルが。ロックの音楽雑誌から始めた渋谷陽一が「常に知的で批評的でありたい。別にとりたてて強い思想的な背景があるわけではない。あえて言うなら、ロックに植えつけられたラヴ、ピース、そしてフリー(以下略)」と、総合誌に挑戦したというわけだ。そんなわけで今日の横浜−鎌倉の往復で持っていた本は読み終えてしまったので、新宿からの帰りの電車と帰宅後はこの雑誌を読んだ。
5/30
昨日の米原万里と今日の今村昌平の死去。なんとも残念なことだ。
5/29
永原トミヒロ展へ。以前はもう少し色があったような気がするけれども、最近はすっかり緑灰色の風景画の世界。まるで満月の夜のような、宵にうっすらと光が残っているような色彩となっている。コンクリート塀の艶やかさといい、不思議な世界を垣間見させてくれる作品だ。
5/28
朝起きたときはまだ降っていた雨が止んだ。午後にはまた雨が降るようなことを天気予報で言っていたので、せっかくだからと散歩に出かけた。玉川上水沿いではそろそろアジサイが咲きかけている。ヤマボウシはいくつも花が開いている。葉には雨のしずくが残っていて、瑞々しい緑に囲まれながらの散策となった。井の頭公園は池の周りは人出が多くて閉口しておしまいだが、少し三鷹側に出た御殿山のあたりは雑木林となっていてとても雰囲気がある。特に今日は雨に濡れた緑がまるで高原の雑木林のような趣きとなっている。その林の中を歩き、まだまだ人影がまばらな井の頭公園の池の周りを一周して帰宅。午後はどうせ天気も悪いことだし、ちょっと制作をしたり読書でもしようかと思っていたら、雨なんか降ったりしやしません。でもどこにも行く予定も立てていなかったので、最初の計画通り、読書をして制作をしました。おしまい。

上記写真は左から玉川上水沿いの道の街路樹ヤマボウシの花、御殿山の雑木林、玉川上水沿いの遊歩道(井の頭公園口?)
5/27
ふたたびユーロスペースで映画。マルコ・ベロッキオの「夜よ、こんにちは」。赤い旅団によるモロ元首相の誘拐・殺害を描く。遠い極東の島から見ればこんなものだが、当地ではまだまだ「鉛の時代」の記憶が生々しく残っていて、30年近くが過ぎてようやく「テロリスト」たちを描けるようになったのかもしれない。
渋谷から表参道に行く。「表参道ヒルズ」がオープンして初めて出向いたことになるが、なんだか以前に増して人が多い気がする。思わず振り向いてしまうほどのおもいっきしの訛りも聞こえてくる。「表参道ヒルズ」オープン前には何度も前を歩いたというのにオープンしてからは人ごみが嫌で表参道にも足を運んでいなかった。ギャラリー同潤会も行ってみたいし、夜は表参道ヒルズにジュリアン・オピーの絵の照明が見られるというのだが。
オーパで久しぶりに藤波さんといろいろと話をして、帰りにNADIFFに寄る。アニッシュ・カプーアのドローイングの画集を手にしてみる。アニッシュ・カプーアと言えば立体だが、ドローイングもなかなか面白い。思わず買ってしまいたくなったが、結構いい値がしていたので断念した。
そこから根津へ。駅を降りて不忍通りから一本はいった道にあったとんでもなく古いアパート「曙ハウス」が取り壊されていた。あーもったいないなー。あんなにボロボロなのはとてもとても価値のあるものだと思っていたのに。まあ、それはいいとして、ギャラリーKINGYOの嶋津晴美さんの個展へ。嶋津さんは去年のわたしがギャラリーKINGYOで個展をしていたとき、二階で同時開催していた平面作家さんだ。描きたいもの、伝えたいことが非常にはっきりとしてきたようで、鑑賞していてとても気持ちいい。何を言って何を伝えたいのかがクリアになったとき、表現者は歩がずっと先に進むのだろう。そんなことを感じて思わず笑みがこぼれた。コーヒーとどら焼きをいただいてしばらくお話をして帰りました。
5/26
マンション全体で火災報知器と非常梯子の点検があるというので、休暇をとって立ち会うとこになった。点検は午前中あっという間に終わったのだが、一日休暇を取ってゆっくりすることとした。昼前に出てまずは渋谷のユーロスペースへ。今日でソクーロフの「ファザー、サン」がおしまいなので、万全の構えと言うことでレイトショーではあるが昼間のうちに整理番号をとることにした。なんと1番だった。
それから銀座に出てギャラリーを二つほど。阪本トクロウさんの作品は余白がとても美しい。精緻でデザイン的でもある形象と対極的でプレーンな余白。おこがましくもわたしの作品との共通した匂いのようなものを感じた。その余白こそに遠い時間やら遥かな場の語りが存在している。一見プレーンでもある余白に深く入り込んでいってしまいそうだった。次は石田泰道さんの作品。しばらく前に今回の展示の構想などお聞きしていたのだが、なかなかいい感じで銀座の街に違和を湛えながらも寄り添って存在している。ちょうど昼時だったので、食事に出てきたサラリーマンがやや驚いた感じで、野外での時間や環境を纏って圧倒的な存在感を持つ立体を眺めている。
そこから御茶ノ水まで行き、アテネ・フランセーズで「エドワード・サイード OUT OF PLACE」を観た。平日の午後にもかかわらず結構な混みようだ。こちらの映画は明日27日まで。客層は老若男女。みんなエドワード・サイードの読者か?かく言うわたしは熱心な読者ではないが(すみません)。サイードの死後、サイードの人生を追うようにパレスチナ、エジプト、ニューヨークなどを取材し、サイードの家族、同僚、関係者などから話を聞く。また、彼の提唱した二民族一国家論の検証やらイスラエル−パレスチナ情勢を取材する。サイードの奥さんマリアムをして「エドワードは出てこないのに、映画の隅々までエドワードの存在に満ちあふれている」と言わしめたドキュメンタリーだ。そして映画の最後のシーンはレバノンのパレスチナ難民キャンプの市場で「密輸のタバコある?」「ないよ」というやり取りで映画が終わるというなんとも意味深なものだった。
一旦自宅に戻り、夕飯を食べてからいよいよソクーロフの「ファザー、サン」へ。映画は全編薄暮の夕暮れのような色彩に包まれ、微妙に歪み、衣装や家具は時代が交差したように古いものも新しいものも共存している(時間も歪んでいる?)父と子の寓話だ。キリスト教世界かあるいはロシアの歴史なのか、さまざまな読み解き方はあるだろう。しかしただただ発せられる言葉の意味の深さと映像の不安定な美しさに浸り続けるのもいいだろう。プログラムには父と子のどちらかが亡霊で実在するのは一方だけではないかという解釈も書かれていた。確かにそういう感じもした。ソクーロフは「マザー、サン」と本作と三部作として「ブラザー、シスター」を計画しているようだ。「マザー、サン」は極力言葉が排除された作品だった。本作は言葉は多いが極めて寓意的なものだった。次回作が楽しみだ。
5/25
朝の通勤電車に幼稚園に通っている男の子とその母親が乗り込んできた。男の子が幼稚園だか図書館だかから借りてくる絵本が「雪女」やらなにやらでみんな暗かったり重かったりするストーリーだと、「お母さん読んであげるのに気分が暗くなっちゃうよ。もっと読んでて明るい気分になる本を借りてきてよ。」と愚痴をこぼしている。いいじゃないですか、フランツ・カフカは毎晩ベッドの中でばあやにチェコ語でボヘミア地方の怪談話を聞かされて育ったんですよ、ってそんな弁護はないか。暗い話が好きな幼稚園児ってなかなか将来楽しみじゃないですか!お母さんは男の子の幼稚園の行事がいろいろとあって「ダ・ビンチ・コード」を見る時間がないとさらに愚痴をこぼす。男の子は「ダ・ビンチ・コード」を一緒に見たいと言い、お母さんに「あんたにはまだわからないわよ。」と諭されても「いや。絶対行く。」と言って聞かない。良くも悪くもない映画らしいし、まあ「ソドムの市」よりはショックは少ないだろうけれど。いつも図書館から借りてくる絵本のほうが面白いと思ったりしたのなら、おじちゃん太鼓判押してあげるよ(なんの?)。
夜は適当に仕事を切り上げて三軒茶屋のライブハウスへ。オノテツさん主宰の迷宮怪のライブ。トップバッターの金色夜叉を見られなかったのは残念だったが、三番目登場の細胞文学に間に合った。細胞文学は京都のバンドでチェロとエレキギターとささやくようなボーカルというスタイル。去年、カンガワさん追悼イベントで初めて聞いてその静謐な印象が強く残ったのでぜひ機会があればと思っていたのだ。次がトリの迷宮怪。音を置くようにして奏でるギターとピアノの上を流れるテルミンとサックス。そのコンビネーションはあまりにも美しい。ときどき「きれい」という賛辞は歓迎されない場合もあるが、いろいろな形容を含んでその上で敢えて「美しい」と言いたくなる音楽だった。さて、と翻り自分の作品についてもひとしきり考えてみた。「きれい」だけで済まされていないか?「きれい」で留まってしまっていないか?と。
夜は細胞文学のCDを買って帰りました。
5/21
栃木県立美術館でパウラ・モーダーゾーン=ベッカー展。栃木県立美術館に足を運ぶのも今世紀になってから初めてのようだ(といっても大きく様変わりしているわけではなかったが)。パウラ・モーダーゾーン=ベッカーはギャラリーなどに貼られている今回の展覧会のポスターの自画像に妙に惹かれるものがあり、栃木県立美術館でいくつか作品を見て、いっそう惹かれて、そんなわけで行ってみたのだ。
最初、19世紀後半から20世紀初めにかけてのこの画家のいったいどこに惹かれたのだろうか疑問だった。どこかコンテンポラリーな匂いもするがどこがコンテンポラリーなのかもわからなかった。わからないままにずっと行っては戻りと作品を鑑賞してもまだまだ見落としているものがあるような気がして、常に心残りがするような感じだった。受付で渡された鑑賞ガイドの一文で謎が解けた。曰く「画面構成の単純化」、「細部の表現よりも、色彩と形態を描き出すことに重点が置かれる」。北ドイツの小村ヴォルプスヴェーデという芸術家村で彼女が交友を結んだ作家たちや、夫のオットー・モーダーゾーン(駄洒落じゃございません)の描いた作品も展示されていたのだが、それらとの差は歴然と見て取れる。「時代に先駆けた女性画家」というサブタイトルは、そのまま納得。それにしてもこの傑出した才能が、31歳の若さで没せずにいたら、いったいどんなものに結実していたのだろう。
常設展では小林孝亘、イケムラレイコの作品を鑑賞することができた。特にイケムラレイコはパウラ・モーダーゾーン=ベッカーからどのような変遷があったのかを考えさせられた。
その後大谷石資料館に行って地下採石場へ。観光バスが一台、その他乗用車が数台乗り付けてあって、観光客の酒臭いオヤジたちがにぎやかに談笑したり、家族連れがちょっと大声を出したり手をたたいたりして反響を確かめるなどしていて、2年前に閉館直前に入ってほとんど来場者がいないところで感じた「聴覚を揺さぶられるような静寂」は期待できるようなものではなかった。しかしその巨大な地下空間はやはり中に身をおかない限りは体感できないものだった。
以前わたしの個展に何度か来ていただいていた建築家のシオダシンゴさんが企画したアートイベントを拝見するということも今回の宇都宮行きの目的のひとつだった。HATというなかなかすっくりした建物も一度は拝見したかったし。そんなわけでお伺いして、これまた5年ぶりくらいにシオダシンゴさんとお話をするという機会を得ることができた。
今回の展示は渡部華子さんという作家さんで、今回の作品はビデオ作品なのだが、ファイルで拝見したところ、東京のギャラリーでやられたインスタレーションがとても惹かれるものがあり、見逃したのがとても残念なものだった。作品が網状だったり地図をモチーフにした作品があったりと、共通点があるのかもしれない。
HATは一面ガラス張りで、ふたつの空間のその先の街路樹がみオープンデッキなかなかいいスペースだった。シオダさん、ご案内ありがとうございました。これからもがんばってください(というかお互いがんばりましょう)。
宇都宮は街路樹のピンクのマロニエの(ベニバナトチノキ?)の花が満開。緑の葉とピンクの花がずっと続いている。2年前に乗ったタクシーの運転手さんが言っていたのはこのことなのかーと納得。
ところで宇都宮と言えば餃子でしょう。その場で食べればいいんでしょうが、一応持ち帰って自宅で作って食べることにした(と言っても自宅で焼くだけですが)。「特製味噌だれ」というのがなかなかいける。今度はぜひ宇都宮の店で食してみたいものだ。宇都宮美術館か県立美術館で面白い展覧会やってください。そしたらまた行って食べますんで。
5/20
せっかく天気がいいので(というかすっかり夏で暑い)、三鷹駅からすぐに電車に乗るのはやめて、玉川上水沿いに歩いて吉祥寺に出ることにした。玉川上水沿いは今は下に示す白い花が満開。これはいったい何という花なんだろうと、去年だれかから教えてもらったような気がするので、去年の日誌(備忘録)を調べたら、ウツギ(卯の花)だった(写真中)。

銀座でギャラリーに二つ行ってから、「丸の内オアゾ」へ。なんと15年ぶりにNさんと会う。15年というタイムラグはまったく感じないほど、以前と同じような感じでいろいろとお話をした。しかし15年という時間は長い。その間の積もる話はいろいろとあって、ありすぎて、3時間という時間が瞬く間に過ぎてしまった。また次回は15年後と言わず、ちょくちょくお会いしましょうということでお別れしました。
5/14
朝から昼過ぎまでは制作。その後、玉川上水と井の頭公園を散策。
夜には映画へ。公開時に見逃してしまっていたバフマン・ゴバディの「酔っぱらった馬の時間」。ゴバディの小さきもの、弱きものに対する視線を感じる。
5/13
午前中はのんびりと掃除洗濯をして、11時半ごろ外出して茅場町のギャラリー人へ。それから少し歩いて人形町のSAN-AI GALLERYで開催されている版画のグループ展へ。栗本佳典さんが参加しているものだ。木版画ふたりに銅版画ふたりという四人四様で充実した展覧会。会場にいらっしゃった栗本さんとしばし近況やら作品解説やらお話をする。
栗本さんの今回の作品は、去年の個展の際の「進化の過程」風の形状のシリーズの一環で、背景の黄色は前回と同様であるが、形状の色合いが前回の黒からグレーに変わり、全体的に淡い雰囲気をかもし出している。黒だとコントラストがはっきりしているのが、グレーだとグラデーションがかって見える。それがまた不思議な面白さを持っていて、これからはこのグレーの色合いを変化させていくとのことで、今後の展開がなかなか楽しみである。
そうこうするうちに川田祐子さんがいらっしゃって、またしばらく歓談。雨降りで偶然に人と会うという「イグチトシオ的な日」であった。しかも偶然お会いできたのが川田祐子さんであったのはうれしいことだ。現在は6月の個展に向けてお忙しいとのことだが、その個展がとても待ち遠しい。
それから銀座のギャラリーを回って帰宅。最近歩いていないので、少し遠回りして帰ろうとして歩いていたら、向こう側から眼鏡をかけた背の高い女性がコンビに袋を持って歩いてきた。どうも川上弘美のように思える。驚いてじっと見入ってしまった。川上弘美のエッセイに玉川上水の話が出てくるので、上水沿いに住んでいる(あるいは住んでいた)のかと思っていたが、こんなに近くにお住まいだったとは!気がついてからすれ違うまでの数秒間「川上弘美さんですか?」と尋ねようかとかいろいろと頭をよぎったものの、何もできなかった。まあよしとしてください。
今日は寒かったですね。そろそろクリーニングに出そうと思っていた厚めのジャケットを着てしまいました。でも川上弘美(推定)は白いシャツ一枚だったな。
5/7
ミヒャエル・ハネケの現代社会の「感情の氷河化」をテーマにした3部作の第三作目「71フラグメンツ」。
1993年12月23日、ウイーン市内の銀行で19歳の大学生マクシミリアン・Bが銃を乱射し、三人を殺害した後、自分の車に戻って頭を撃ち抜いて自殺。その現場に居合わせることになった人々の、その結末に至るまでの日々を描いている。銀行の警備員、銀行の窓口で働く女性とその年老いた父親、銀行でお金を下ろすことになる女性と、その養子になったルーマニア難民の少年。それぞれが不安と孤独を抱えながら、マクシミリアン・Bでさえも偶然加害者になってしまったかのように、最後の結末までに至る。ユーゴ内戦やソマリア紛争、マイケル・ジャクソンの児童虐待ゴシップを報道するニュース番組が挿入される。まるで遠い海外でも身近な社会でも、至るところに暴力が存在し、それを消費していくかのようだ。
映画館の照明がついた後、一昨日、昨日と同様に観客はみな重そうに腰を上げて去っていった。
これにてわたしのミヒャエル・ハネケ映画祭は終了。どうやら好評につき、6月になってから再々上映となるらしい。
午後は3月に注文していたSYLVAIN CHAUVEAUのCDがやっと届き(もう一枚注文しているが、それはまだらしい)、それを聞きながらだらだら過ごした。ちょっと甘ったるいメロディーですが、ところどころノイズも入るし。
これで連休も終了。映画と制作でかなり幸せな日々だったと言わなければならないだろう。
5/6
ミヒャエル・ハネケの現代社会の「感情の氷河化」をテーマにした3部作の第二作目「ベニーズ・ビデオ」。
簡単に言うと仕事に忙しい両親に半ば放任され、物質的に何不自由なく高級マンションで暮らしている主人公ベニーが、あるときレンタルビデオショップで声をかけて自室に招き入れた少女に、自慢のAV機器を示して、農場で豚を屠殺するシーンを見せ、そのときに使ったスタンガンを誇らしげに見せて、撃ってみろだの勇気がないのだろうだのというやり取りの末、スタンガンで少女を撃ってしまい、苦痛と恐怖で泣き叫ぶ少女を黙らせるためにさらに撃って絶命させてしまう。しかもそれをビデオに撮らずにいられない。そしてそれを知った両親は、少女の死体を処分して事件の抹消を図る。ベニーは父親に「なぜこんなことをしたのか。」と質されても答えを出せないし、その後警察に出頭して一部始終を記録した自分のビデオを見せ、「なぜ出頭したのか」と問われたときにも「なんとなく」と答える。
生・死の感覚が指の間から漏れ落ちてしまったような実感のなさは、たぶん誰にでも共通してあるものなのではないか。
映画館の照明がついた後、昨日と同様に観客はみな重そうに腰を上げて去っていった。
でもって午後は制作。
夜8時半ごろから一時間ほど井の頭公園と玉川上水沿いを散策。
5/5
ミヒャエル・ハネケの「セブンス・コンチネント」へ。
実はミヒャエル・ハネケについてはほとんど知らなかった。以前「ピアニスト」という映画が少し話題になったが、それもイザベル・ユペールとブノワ・マジメルのメロドラマだという認識しかなかった。現在上映中の「隠された記憶」にしても、ダニエル・オートゥイユとジュリエット・ビノシュ出演のミステリー風映画という程度の認識しかなかったし。が、ちょっと調べたら、どうやらかなりの映画監督らしいことを遅まきながら知ることとなった。で、この連休中はミヒャエル・ハネケ映画祭ということにあいなった。
「セブンス・コンチネント」は現代社会の「感情の氷河化」をテーマにした3部作の第一作ということらしい。小学生の女の子を持つ、技師の父親と眼鏡店を経営する母親の一家の淡々とした日常生活が描かれ、そして最後の「映画史上未曾有の破壊描写」となる。一家心中をした一家が死ぬ前に持ち物の一切合財を壊したという出来事がベースになっている映画だ。車を売り払い、家具類を一切破壊し、紙幣も引き裂いて、硬貨とともにトイレに流す。
映画館の照明がついた後、観客はみな重そうに腰を上げて去っていった。
でもって午後は制作。
5/4
朝から制作。このお休み中の検討課題の素材としてスチレンボードに取り組んでいるのだが、5mm厚では仕上がりがきれいにできないことが判明し、急いで新宿の東急ハンズで3mm厚(本当は2mm厚がほしかったのだが)を購入し、引き続いて制作。
三鷹駅南口前のパチンコ屋さんの巨大看板の絵を見てびっくり。どこかで見たことある絵じゃないですか!PAINTED BY KAN FUKUDAとある。そう、福田寛さんの作品をプリントした広告だ。その前は「パチンコ冬のソナタ」とかでヨンさまとジウ嬢(姫っていうんだっけ?)がプリントされていたんだけれど。やったね、カンちゃん!これから毎日カンちゃんの絵を見ながら出勤できるなんてうれしいやら楽しいやら。
5/3
移転後初めてユーロスペースに行った。客席に傾斜があって、なかなかいいと思った。今日見る映画はミヒャエル・ハイネの「カフカの『城』」。原作に極めて忠実に撮ったとのことだが、原作はかなり昔に読んだままなので、細かいところは忘れてしまった。だが、冬の閉ざされた薄暗く寒々しい室内風景はなかなか緊迫感があり、よかった。
その後、銀座に出ていくつかギャラリー巡りをした。広がりを持っているいい平面作品を鑑賞することができた。コバヤシ画廊の山本直彰さんとギャラリィKの内海信彦は強度の違いこそあれ、激しくも静かな作品だった。
今日のフシギな体験。映画館に座って始まるのを待っているとき、若い男性が横に来て突然「ここいい?」と尋ねられた。その「ここいい?」が何の意味を示しているのか最初まったくわからなかった。「ここに座っていいですか?」の意味であることがわかったのはその男性がいすに座ってからだった。結果的にわたしはそう尋ねられ、その男性の方を見たにもかかわらず、すっかり無視してしまった形になってしまった。わざわざ隣のいすに座っていいのか尋ねる丁寧さと裏腹の「ここいい?」のくだけた表現のアンマッチさがしばらく後を引いた。
帰宅後、制作開始。
4/30
昨日、養生したせいか、朝から割合に体調がよかったので、「花みずき街角誰でもアーティスト」というイベントを見るために深川商店街へ行った。朝の10時だからか、それとも日曜日だからか、あまり人通りのない深川商店街をふらふらと歩いて、四つ角の隅に立ち尽くしている白濱雅也さんの「花リーマン」に挨拶し、「あづまや文具店」では店内のおじさんに会釈して、外から店内の栗本佳典さんの木版画を眺めて、善徳寺境内で展示されているという三宅光春さんの作品を見ようと境内に入った。黒い小屋のようなものが片隅の方に片付けられていて、三宅さんの作品であることを示す看板もある。後から追いかけてきたあづまやさんによると、お通夜があったために片付けられてしまったようだ。まあ仕方がないかと思っていたら、いろいろと人を呼び出してくれて、元の位置に設置していただけることになった。で、まあわたしも手伝わせていただいたのだが、思わぬ形で参加型アートになってしまい、それもそれで面白い体験となった。三宅さんの作品は、その3畳ほどの空間がある小屋の中に入ると、まるでちいさなプラネタリウムを見ることができるような仕組みになっていて(構造としてはいたってシンプルで、小屋を覆う板に小さな穴が開いていて、それが小屋の中の暗闇に光を通すのだ)、空間の狭さがその光といい感じでマッチしていてとても面白かった。その他梅本和之さんの中華料理屋さんとクリーニング屋さんの「手描きのれん」は、小サイズながらも確実に梅本ワールドがあり、それをくぐって店に入るというのもなかなかいいものではないかと思った。
今まで何度かこのイベントに足を運んだが、今年ようやく街路樹のハナミズキが満開なのに出くわすことができた。白やピンクのハナミズキの花が道の左右にずっと続き、アートと商店街と季節を楽しめる、このイベントの本来の要素を体験できた。
そそくさと行って戻ったのは、ちょっと体調に不安があったからだったのだが、あまりの天気のよさと体調も悪くないということで、午後の部も開催しようという気になり、今度は遊工房にでも行こうかということで再び外出した。
西荻で電車を降りて、立ち並ぶ骨董屋さんをひやかしながら(ひやかされながら?)歩いた。遊工房ではオーナーさん(?)に「あらご無沙汰してます。」と言われ、また誰かと勘違いされたのかもしれないと、ちょっといたたまれない気持ちになってしまい(だってオーナーさんには2、3度挨拶したかもしれないし一度くらいは名乗ったかもしれない程度だし、そんな強い印象を与えるようなガラじゃないし)、ややそそくさという感じで出てしまった。せっかくなので善福寺公園の池の周りを一周し、ちょうどいいタイミングでやってきたバスに乗って荻窪まで出た。
そんなわけで「おに吉」の「お」のパートの散策となった。荻窪の古本屋は歴史学、文化人類学、哲学等の専門書がなかなかそろっていて、かなり惹かれるものがあった。もう少し時間をかけてじっくり本の中身を吟味しながら巡ってもよかったかな。
はい。今度の連休は制作にも力を入れます。
4/29
ここのところ続いていた天候不順の影響か、先週末に喉が痛くなってから咳が出るわくしゃみ鼻水が止まらないわでなんだか熱っぽくもあり体調不良だったのだが、結構重要な仕事があってガラにもなく仕事が休めないでいたのだ。今日はせっかくの土曜日だというのに、朝起きたもののどうにも体が重くて午前中は横になったままだった。といっても午後になってもまだまだ調子はよくならず、外出は控えた。気になっていた個展もまだもう一週間あり、連休中に行けばいいやということで、休養の日ということにした。
今日は昨日の帰りに買ったCD(ステレオラブ、ヨ・ラ・テンゴ、ナターシャ・アトラス)を聞きながら小熊英二の対談集を読んで過ごした。
4/23
先週に引き続き、今日は「おに吉」のうち「吉」の古本屋へ。5店舗ほど回った。西荻よりは店舗の規模が大きく、扱う種類も多種なのだが、西荻のような古本屋それぞれのカラーが顕著というわけでもなかった。和綴じの風俗資料のあるいい古書店で、いろいろと触手が伸びたが購入するまでにはいたらなかった。その昔、現代思想の月刊誌(だったか)GSという雑誌があった。今は絶版であることもあるが希少価値なのだろう、当時の数倍の価格がついている。それ以外にも、今日はポール・ヴィリリオの著作で正価の二倍のものを見つけた。わたしも結構いろいろと雑誌を持っていたが、何回かの引越しの際に捨ててしまった。InterCommunicationなんてかなり刺激的なテーマがいろいろとあったのになー。
帰りは吉祥寺ロンロンでおいしいと評判の最中を買って帰りました(実際おいしかった)。
4/22
東京駅八重洲口から高速バスに乗って、水戸芸術館の「人間の未来へ|ダークサイドからの逃走」へ。水戸芸術館の前の芝生に妙な人ごみが。どうやらフリマを始めるらしい。人々の横を通り過ぎるときに耳にする地元の言葉がとても楽しい。
会場に入ったすぐの部屋にはアントニー・ゴームリーの作品。これまでの自失した影のような像が、データサンプルとしてのみ存在している「人間」になってしまったかのように、キューブの組み合わせによる像となっている。戸惑いや不安といった感情すらもキューブ状のパーツへと変換されてしまったかのようだ。その「在る」ことの不確かさは、まさに「ここまで来てしまった人間」像という感じだった。その他、マイケル・ライトのアメリカ原水爆実験の記録写真の再構成「100 SUNS」は一瞬の閃光ときのこ雲が寒々しくも美しくも感じられてしまう作品。アバカノヴィッチの抜け殻のようなブロンズ作品。橋本公は1945-1998の一ヶ月を一秒に縮小してアメリカ、イギリス、ソ連、フランス、中国、インド、パキスタンの核実験の総回数2053回を世界地図に明滅させる映像作品。年月が改まるときと核実験が行われたときがパルス音が発せられる。その音響はまるでダム・タイプの音響(つまりは山中透や池田亮司)を想起させてしまう。ヨーコ・オノは平和が訪れた後の世界で、絶滅した4人の人間と一匹の犬の遺骸が発見されたという設定。広河隆一やユージン・スミス、長倉洋海といったフォトジャーナリストの戦場や貧困の写真。谷川俊太郎、茨木のり子、トルストイの詩歌や言葉が壁に記されている。また「世界がもし100人の村だったら」の文章も示されている。会期直前に死去した茨木のり子氏のテキストの横には試験管に入れられた花と黒いリボンがあった。シリン・ネシャットの社会のタブーの中での心の揺らぎを描写したやや濃厚なビデオ作品を見た後、再びアントニー・ゴームリーの「ここまで来てしまった人間」像が弱々しくたたずむ部屋へ。最後は検問所でイスラエル兵に対して1時間以上もVサインを掲げ続けるパレスチナ女性や、イスラエルが入植地の境界に建てた、吐き気がするほどなまでの高さの隔離壁といった広河隆一の写真と、谷川俊太郎、茨木のり子の詩。
ドキュメント写真と現代美術とテキストを同時に掲示させることにより、通常の展覧会ではあり得ない、内臓から湧き起こるような感情を抱いた。まるで内臓をねじられたような。重くよじれたハラワタを抱えて屋外に出ると、フリマで人々がごった返していた。その賑わいに戸惑いを感じながら立ち去った。
次は茨城県立近代美術館へ向かった。「黄門様通り」を水戸駅の方へ進み、路上の地図を確かめつつ右折した。今まで水戸といえば水戸芸術館の近辺しか立ち寄ったことがなかったので、それ以外の場所はなかなか新鮮。しばらく歩くと千波大橋とその先の千波湖が見えた。本来ならばこんないい天気なのだから、千波湖を一周散策すればいいのだが、ちょっとパスさせてもらい、茨城県立近代美術館の山口勝弘展へ。鑑賞後はそこから水戸駅まで15分ほど徒歩。午後3時半水戸駅発のバスに乗り、帰ってきました。
ところで県立美術館ってなんだか似たような印象を受ける。たとえば山梨県立美術館とか静岡県立美術館とか茨城県立近代美術館とか。埼玉県立近代美術館とか神奈川県立近代美術館とか福島県立美術館はまた違うんだけど。エントランスが似ているのか?
往路、復路の両方とも荒川沿いの首都高で、ミシェル・フーコーの「監獄の誕生」で記述されている、「一望監視装置」そのもののような建物があるのに気がついた。中央に塔のような構造物(屋上はヘリポートか?)があり、そこから四方に放射状に平べったい校舎のようなマンションのような構造物が伸びる。今まで特に気にしていなかったのだが、今日は妙に気になってしまった。帰宅後に地図で調べてみたら、小菅の東京拘置所でした。なんだそのまんまじゃん。
4/20
クシシュトフ・キェシロフスキの原案を「ノーマンズ・ランド」のダニス・タノヴィッチが撮ったという「美しき運命の傷痕」。キェシロフスキとおフランス
の香りがたまらなく溢れている。
「トラウマを背負って生きてきた三姉妹が最後は癒される」なんていう解説はとても信じられない。もろもろの思いが宙ぶらりんのままでぷっつりと閉じるように思える。しかしそうだからこそキェシロフスキであり、非ハリウッドなのではないか。それでもってそんなところが好きなのだよ。
ところでガラス瓶をゴミ箱に捨てるだけのちょい役の老婆が、「やさしい嘘」のあのおばあちゃんであることに気がつき、思わず身を乗り出して見てしまった。それから列車の車掌役の俳優さんが味のある顔をしていたんだけれど。
4/16
荻窪、西荻、吉祥寺の古本案内のフリーペーパーで「おに吉」というのがある。「おに吉」とは荻窪、西荻、吉祥寺の最初の文字をとってつけたらしい。そんなわけで、今日は午後になって西荻の古本屋巡りをした。計10店舗。昔ながらの町の古本屋みたいなものから、カフェ付きの店から、こじんまりしたおしゃれなお店まで多種多様。西荻の街自体も古い店やアパートがちらちらとあるし、小物屋さんや古着、アンティークショップなどもいたるところにあってなかなか面白い。古本屋も入り込むとタイトルに目をやるだけでなく、時々手に取って見てしまうためになかなか出られなくなるので、用心しながら巡った。が、ついにプリーモ・レーヴィの「休戦」が800円(正価の1/3)なのを見つけて購入してしまった。
西荻南中央通ではなにかのお祝いか、近所の女子高校のブラスバンドが鼓笛隊で行進を始めようとしていた。最初の出だしがなかなかうまく始まらない。指揮杖を振る女の子が大きなため息をして後ろを振り向いて「もうちょっとがんばっちゃってください。」と言った。そんなわけで最後はみんなでがんばっちゃって行進が始まった。「もうちょっとがんばっちゃってください。」はなかなかいい。今後そういう機会があったら、「もうちょっとがんばっちゃってください。」と言ってみよう。
街歩きは楽しかったが、3月上旬の気温となったらしく、最後は寒くて降参してしまった。今日は「に」に挑戦したので、次は「お」や「吉」の古本屋に行ってみよう。
4/15
新川から清澄に移転した後のSHUGOARTS等を初めて訪問。最初建物の入り口がどこなのかぜんぜんわからなくて、それらしき一帯を一周して、看板を表に出しにきたギャラリースタッフを見つけて入り口を尋ねて、エレベーターの入り口まで案内してもらった。倉庫用(松屋銀座の倉庫?)のビルという感じで、業務用のかなり広いエレベーターに乗って、5階で降りる。最初はギャラリーまでのアプローチの面白さの余韻を引きずってしまっていたが、だんだんに美術鑑賞の心持になっていった。
タカ・イシイギャラリーの村瀬恭子はなんだか水面の先の風景を見ているようだった。以前は空気の流れを感じたが、今回は特に水を感じさせた。お隣のSHUGOARTSの戸谷成雄は、前回新川での展示の際に照明がややドラマチックだったのに比べて、今回はとてもとても淡々とした展示になっている。が、作品がある種鏡像のようになっていて、タイトルである「ミニマルバロック」(戸谷の造語らしい)という、対極にあるものの混在を意識させる。チェーンソーによって表面になされた刻印は巡っても巡っても留まることのない視線の動きとなって、なかなかその場を離れることができなかった。
その隣のミヤケ・ファイン・アートのブルース・コナーは初めてだったが、ロールシャッハテストの技法を用いた超微細な文様とでもいう作品で、その微視的な多様性に圧倒された。その他いくつかギャラリーがあったが、まあ特筆すべきもののみに留めておこう。
清澄から隅田川沿いに歩いて新川に出て、ギャラリーJinへ。その帰りにタグチ・ファインアーツに初めて入る。常設展なのか、アバカノビッチのブロンズとドローイングを見ることができてラッキー。
上野に出て公園を横切り、谷中に出てクマイ商店で千代子さんとしばし歓談してから谷中の町を散策。アラン・ウエストさんのアトリエの前を通り(一応笑顔で会釈)、ねんねこ屋で肉球のTシャツなど眺めたり、青空洋品店(結構ネット上では評判らしい。HPは見当たらないけれど)の前を通ってからギャラリーKingyoへ。その後、古書ほうろうを訪ねてみる。思ったより店舗のスペースが広いのでちょっと驚いた。谷中−根津−千駄木界隈を歩くようになってから結構経つというのに、街自体が変わってきていることもあって、いつ来ても面白い。今日歩いていて、ふと新川にも開発から取り残されたような木造モルタルのアパートがある路地に気がついた。その玄関には谷中のように鉢植えがいっぱい並んでいた。時々散策を楽しむのと長らく住むのとでは違っているだろうが、そういった街並みの方が面白いのは当然だろう。最後はちょっと小腹が空いたので、おせんべい屋さんで一枚おせんべいを買って歩きながらかじった。
4/9
10時過ぎに自転車に乗って野川沿いを走った。桜は散り始めていたが、まだまだ遊歩道にアーチ状に伸びている枝に花がかなり残っていた。まだ11時になっていない、朝のうちと言っていいくらいの時間帯ではあるが、野川のほとりで一家ではお花見をしている家族がいくつか見受けられた。いい天気だし、サイクリングをしたり、ウォーキングをしたり、ジョギングしている人々が結構いる。いつのまにか世はすっかり春になってしまっているのだ。
大沢地区から野川に突き当たり、そこから野川沿いの遊歩道を走り続けて野川公園に出て、公園内を一周してから戻ってきた。野川公園では家族連れがいっぱい。火気使用可能エリアでは、ほとんどキャンプ場のようにあちこちで煙が出ていた。
途中、東八道路の天文台北交差点の手前あたりにカラフルで円柱形やら球体やらをくっつけたようなおもちゃのような住宅を発見。ああ、これが、例の荒川修作の三鷹天命反転住宅 In Memory Of Helen Kellerなのかと思い、記念写真をパチリ。ついに見つけました。大沢地区に建てられたことは知っていたが、こんな大通りに面していたとは。内部を見学したいところだが、そんな入居希望ではなくただただ「鑑賞」したいというスタンスは許されるんだろうか。
いったん帰宅して今度は玉川上水沿いに久我山方面に散策に出かけた。途中、カラスが上水で水浴びをしている場面に遭遇。「カラスの行水」って初めて見ました。
ところで「新日曜美術館」の新司会者が壇ふみってのはなんだかなーな気がするのだが、どうなのだろう。
4/8
お昼ごろオノテツさんの訪問を受け、3時間ほどかいろいろとお話をした。いろいろと話をした中で、「ファッションの祝祭性」についてなどはとても興味あるテーマだった。死と再生という寓意を繰り返すようなファッションの時間軸。生身の身体の「生」を包み隠そうとするような服飾。つまりはファッションとは死をいろいろなフォーマットで纏っているということになる。さしずめファッションデザイナーとは「死と再生」の祝祭の祭司のようなものなのかもしれない。黒をメインに纏っているわたしなどはほとんど死を装っていることになる。
オノテツさんとこれだけ長くお話をしたのはとても久しぶりではあった。オノテツさんへの推薦図書として10冊ほど用意していて、お好きなものをお貸ししようと思って並べていたのだが、どれも興味を引いたようで、全部お持ち帰りとなった。選んだ側としてはとてもうれしいものであった。
それからOギャラリーの「汽水域 川城夏未+長尾圭展」に行った。長尾圭さんは実は以前一回拝見したことがあった。が、そのときは特にピンと来なかったのだが、今回じっくり拝見させていただいて、作品に入り込んでくものの、そこにはついに到達できないか、あるいはいつの間にか背後に回ってしまっているような、そんな鑑賞者と作品との絶妙な距離感から読み取ることができるようになったのだ。予兆のような、痕跡のような輪郭線。長尾さんのお話も、「あるようなないような」「近づいてもすり抜けてしまうような」そんな「気配」のようなものという表現をされていた。それはまるでわたしの作品と同じようなものではないか。長尾さんにはわたしの去年の個展のサブタイトル「そしてそのむこうがわとそのさきともっとこっちがわと」に共感を持っていただいた。川城夏未さんと色彩的にはコントラストに見えるが、おふたりの作品では線と面の意識が非常に似通って見えた。「汽水域」とはまたとてもいいタイトルだと思った。今日はここだけを拝見したのだが、とてもとても満足できる展覧会だった。このように作品がクリアに見えるときは至福のときである。それは作品を通してその作家の思いに近づけたときでもある(と、思う)。
4/2
久我山で千葉祥子さんがシャツ、バッグ、スカート等の展示をするというので、Hさんを誘ってお昼過ぎに伺った。千葉さんとも最近あまりお会いしていなかったので、いろいろとお話をしているうち、おばさまグループがやってこられて、そろそろお邪魔なので帰ろうかなと思って、ふとおばさまグループの方を見たら、三宅光春さんが紛れ込んでいた。三宅さんとも久しぶりなので、近況など話し合った。三宅さんは今年は野外展示のグループ展にふたつ参加するらしい。そちらも楽しみである。
久我山に行く前に自宅から玉川上水沿いに歩き、井の頭公園に出た。すごい人出だった。途中の「いせや」などは、何本か焼き鳥を買ってそれをお花見をしながら食べようというのだろう人たちが列を作っていた。それにしても日本はなぜこんなにいたるところに桜が植えられていて、この季節になると桜の花を見ながら飲み食いをするのだろう。桜は死とつながり、死は宴につながり、それが春という再生の季節と重なるのだろうか。ま、宴会にはなんでも理由がつけばいいのだろうけれど。
4/1
「イグチさん、貧乏くじ引いちゃいましたね。」と職場の後輩職員に言われた。3/31の24:00を持ってサービスを停止するのを確認するために居残って、4/1の1時過ぎに退社をし、今日は昼12時に出勤した。当初は深夜まで勤めてそれでお役ご免となるはずだった。そうすれば今日12時から会うというO氏との約束も果たせるし、午後3時過ぎくらいにはお目当ての個展も見に行けるはずだった。しかしいざふたを開けてみたら、12時からの出勤もしっかり組み込まれていた。
そんなわけで、時間的にもうまく回れそうな個展を二ヶ所選んで(12時からオープンのギャラリーは断念した)行った。吉岡まさみと中沢研だ。ふたつともインスタレーション業界(?)として選だのだが、それぞれ見ごたえがあったので、行ってよかったというところだった。
仕事の方は、本来は万が一に備えての出勤で、万が一が起こらなかったので平日にし残した仕事をだらだらやって、時間が来たので退社した。だが、「カンテツ」の上に慰労するだのと無理やり「打ち上げ」を企画され、それに出ざるを得ない人たちに比べればわたしはまだいい方なのだろう。わたしもその「打ち上げ」とやらに誘われて「早く来なけりゃ乾杯ができない」などと脅しをかけられたが、丁重にお断りした。
四ッ谷駅に出ようとしてお堀沿いの桜を見るともなしに眺めた。そのときふと口ずさんでいた歌は、はっと気がついたらミシェル・ポルナレフの「シェリーにくちづけ」だった。なんだかなー。
タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ
ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる
テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ)
の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。