イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。
当然真実のみが書かれているわけではありません。

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2006年7月1日〜9月30日

9/30
 ロンドンから帰ったら、マンションの外壁工事で白いシートによって梱包され、窓からは日光が入らないようになってしまっていた。昼間からカーテンを閉め切ったような明るさというか暗さの中で生活している。なんだか部分日食のときみたいな、虚実入り混じっているような、あるいは黄昏時みたいな虚実のはざまのような不思議な明度なのだ。
 それは部屋の外の要因。部屋の中の問題としては、ロンドンに行っている間からの新聞が床に積まれていて、まずはそれの整理をしなければならないということだ。読みたい記事を切り抜いて、残りを袋に入れて閉じる。ってことは、切り抜いた記事は今後読むことになるので、果たしてこれを整理と呼べるのか?
 ふ〜。やっと現在に戻ってきました。

9/29
 Oギャラリーの今村綾展へ。ギャラリーホームページで拝見して、ぜひ行きたくなって足を運んだ。夜の車のヘッドライトの残像みたいな油彩画。とても気に入った。帰りに久しぶりにタワーレコードに寄って、渋谷慶一郎、カールステン・ニコライ関係と、ロンドン・シンフォニエッタによるケージ、ライヒ等を演奏したライブ盤を購入。視聴をしたりあれこれ迷っている間に予想以上に時間が過ぎたらしい。一時間くらいいたみたいだ。

9/25
 めずらしく完璧な寝坊というものをした。夜中に何度か目を覚ましたような形跡があったが、起きたときは熟睡状態から覚めたような感じだった。当初乗る予定だった新幹線の発車時間の三十分前だった。その電車に乗るのは諦めたが、それでも急いで支度をして出発した。広島駅前の本屋で旬刊の地元の雑誌「がんぼ」というを購入。チェ・ゲバラが偽名を使い、使節団の団長として広島 を訪れ、広島平和記念公園の写真を撮っているという記事が載っているのだ。そんなこんなで、でも結局は当初の予定よりはほぼ十分遅れ程度で広島を発つこととなった。
 岡山で瀬戸内大橋線に乗り換え、丸亀の丸亀市猪熊玄一郎現代美術館の須田悦弘展へ。しかしネットで路線情報を調べても位置関係まではわからない坂出で乗り換えなければならないところを終点の高松まで行ってから、そのことに気がつき、再度乗りなおして丸亀へ向かった。
 猪熊玄一郎のニューヨークの摩天楼に触発された都市の絵画を堪能した後、須田悦弘展へ。受付を済ませた後の階段のところのチューリップや常設の猪熊玄一郎展のフロアから見上げたところにある椿など、やっぱり「宝探しゲーム」みたいになっちゃうのかなという一抹の不安もあったが、会場に足を踏み入れたところで、それは衝撃的な感動に変わった。「谷口吉生の設計による美術館の空間をいかに須田が見立てて作品に取り込んでいるか」という文章が美術館側から用意されていたが、須田は壁際の床に雑草を設置したのだ。「精巧な木彫」ではあるが、それを置くことによって空間を捉えるというのが須田作品の本質であり、それからすると今回の展覧会は見事にそれが表現されていた。大きなものでも5cm程度の大きさの木彫の雑草が、壁際の床や係員の座る椅子の下に設置されているだけで、後は何もない空間でしかないのに、その小さな作品によって空間自体も生かされているように思えた。作品の設置位置や作品同士の位置関係も見事に計算されている。それを確かめるように何度も会場を回った。一回目は個々の作品の精巧さを確認し、二回目以降は位置関係を確認するように。搬入口となるドアの線が壁に走るところと電源コンセントの位置の処理の仕方には舌を巻いた。これらは繊細な作品にはできるだけ避けたい障害物のようなものだが、須田はむしろ電源コンセントの周囲に作品を設置していた。これにより少々のユーモアと、どんなに小さなくても障害物を凌駕してしまうような作品の力強さを感じた。何度も行き来して、空間を満喫した。
 美術館を出た後は、しばらく丸亀の街を楽しもうと思い、商店街などを散策した。以前高松で讃岐うどん屋さんに入ったことがあったが、「本格的な街角のうどん屋さん」には入ったことがなかったので、ぶらぶらしているうちに見つけたうどん屋さんに入った。店の壁に飾られているサイン色紙の上に中山ダイスケのポスターがサイン入りで貼ってあった。サイン色紙を一通り確認すると、きむらとしろうじんじんの色紙を見つけた。もしかしたら何年か前、丸亀市猪熊玄一郎現代美術館にヤン・ファーブル展を見に来たときに丸亀駅前で野点をしているじんじんさんを見つけてしまったのだが、あのときのものか?アーティストの色紙をうどん屋さんで見られるなんて不思議な感じだった。このお店はたぶん香川の「本格的な街角のうどん屋さん」なのだろう、店内でおでんも売られていて、おでんとうどんが楽しめるお店だった。お客の中に三人の小さな女の子とおばあさんがいて、食べたりなかったのか女の子二人はざるうどんのおかわりをしていた。やはり香川でのうどん屋さんの占める位置みたいなものを実感した。わたしはもう迷いに迷って天ざるうどんをお願いした。コシのあるとてもおいしいうどんでした。それから丸亀城に行ってみようと思ったのだが、近くの公園から徒歩5分と書いてあったのに、天守閣は見上げるような小山の上にあり、城に着いたはいいものの、天守閣は急な坂道を10分歩かなければならない。丸亀を発つ予定時間に間に合わないので、天守閣までは行かずに帰った。丸亀から高松に出て、高松シンボルタワー(マリタイムプラザ)からしばらく海を眺めた。展望台からのエレベーターを降りたところで、時報(?)が鳴り始めた。高松シンボルタワー(マリタイムプラザで鳴っているのだが、ハウリングしていい感じのノイズとして聞けた。
 そんなわけで「瀬戸内アートの旅」は終了。
        

丸亀市猪熊玄一郎現代美術館

丸亀城

高松マリタイムプラザより瀬戸内海を見る。右手は屋島


9/24
 山口の山口情報芸術センターへ。新山口駅(むかしは小郡駅だった)で山口線に乗ろうとしたところ、ホームから歓声が。SLがやってきたのだ。わたしも一応写真を撮ろうと正面の方に行ったら、記念写真を撮ろうとしている家族連れで大混乱。なんでみんなチョキなんだよ。だれかグーとかパーとかいないのかよ。ひと段落して汽車(ディーゼル車)は出発。山口線の沿線は彼岸花がいたるところに咲いていて、真っ赤な塊を作っていた山口駅で降りて、山口情報芸術センターへ向かった。渋谷慶一郎と池上高志によるfilmachineは、山口情報芸術センター館内で音源を採取して、階段や廊下で、そこを通る人の流れに応じてその音響をインタラクティブに流し、さらにそこで採取した音響を別の地点で流すというように、館内を連動し循環する音響空間とするパブリックアートとなっている。さらにスタジオでは、24個のスピーカーから立体音響システムにより、渦を巻いたり体を突き抜けるような音響空間を作り上げている。スタジオ内部はランダムに高低を生成した床を上り下りすることで、超指向性スピーカーなどにより、特定の位置に立つことで聞こえる音や音響の渦を体感できるようになっている。じっくりノイズ(飛行機のジェット音みたい)として楽しんだり、位置によって変化する音響世界を感じるために不均等に組み立てられた箱の集積の上を歩いてみたりして、13分の音響世界を三回ほど体験した。元々人手が足りないせいか、ウェートレスさんが走り回っているカフェで、イタリア産コーヒー風大麦茶(コーヒー風味の麦茶?)とケーキセットをいただきました。
 山口ではカールステン・ニコライや池田亮司、Dumb Typeがレジデンシーで作品を作成している。メディアアートではここがひとつの拠点になっているようにも思える。はたしてそういった先端的なアートを受け入れるための土壌が元々当地にあったのか知識はないが、今後山口がもっと大きな役割を担うようになるだろう。山口市内を歩いていたら、「いつでもアートふる山口」という小さな幟が店頭に飾られ、店内に絵画が展示されていた。最近ではアートでの町おこしがはやりらしい。山口の街の散策を楽しんでから、広島に戻った。
 再度Aさん宅に向かい、昨日購入したネジを使い、いくつかの額装された絵画や版画の設置を行った。その後会食。お魚のあいしい店で満腹になる。去年は同じ店でカキの天ぷらをいただいて大満足したが、今回はシラコ天と地ダコの揚げ物。やっぱり満腹で幸せ。         

山口線にSLが入ってきて、ホームは家族連れの記念写真撮影大会と化す。

山口情報芸術センター


9/23
 広島県立美術館で藤田嗣治展。東京はかなりの混みようだったので、いくつかの所用も兼ねて広島で見ることにしたのだ。確かに混んでいるとは言え、遠くから人の隙間を覗くように見るようなことはない。十分鑑賞を楽しめる状態だった。藤田のトレードマークの乳白色と戦争画との間の色彩や画法上の違いがどう結びついていくのか、今まで見てきた藤田の作品からはよくわからなかったが、今回の展示で乳白色で名声を得た後、鮮やかな色彩の作品をいくつか作り上げた後、パリを発って中南米を経て日本に戻って来るときにその色彩で中南米の喧騒を描いている。それらにより、乳白色から戦争画までの色彩から見た道筋が見えた気がした。藤田の生涯が、時代に翻弄されて美しく痛々しく感じられた。
 それから広島市内を散策し、長年の友人であるAさん宅を訪問した。以前作品を購入いただき、その作品や他の絵画、版画の設置を依頼されており、その下見を兼ねての訪問であった。設置する場所の壁などを確認し、その後ハンズに行ってネジなどを仕入れ、たまたま日程が合ったので、林英哲のコンサートへ。和太鼓の醍醐味や、ユニゾンに対するちょっとした違和感と同時に高揚を感じた。和太鼓はみんなああなんだろうか。それとも「鼓童」系がああなんだろうか。どちらかというと西洋音楽の系統に浸っている音楽生活にはない、興味ある体験をさせてもらった。
 その後はAさんと会食。コンサート後だったので、時間的にまだ開いているところがなかなか見つからず、ふと見つけた居酒屋に入ることにした。が、ここはメニューがどこでも同じというチェーン店ではなく、結構個性的でおいしいお魚などにありつけた。Aさんとの対話は多岐に渡り、結局気がついたらほとんど午前一時だった。

9/20
 おのてつさんと改築される前に「いせや」に行こうということで待ち合わせて行ってみたら、結構並んでいたので即座に気分を変えてベトナム料理屋へ。妻有からロンドンと、いろいろと近況報告があって、すっかりわたしの報告会となってしまった。すみません、一方的にお話をしてしまって。

9/19
 今朝もJRは何の遅れもなく定刻どおり動いている。  久しぶりの職場でやや緊張。
 お昼休みに時差ぼけ解消のために日の光に当たろうと外出し、コンビニに入った。
 「いらっしゃいませ、こんにちはー。」「いらっしゃいませ、こんにちはー。」「○△な◇×はいかがですかー。」「○△な◇×はいかがですかー。」
 誰か一人が号令のように声を発すると、それに合わせてみんなで復唱する。吐きそうになるくらいに気持ちが悪くなった。
 今日は職場でたまりにたまったメールの整理をしていたって感じがする。

9/18
 マキイマサルファインアーツに行ってみた。榊原勝敏さんと久しぶりにお会いした。
 一旦帰宅して掃除などをしてから再び外出。南村さんに本を贈ることを約束したので、それを物色に。でも翻訳ものが多くなっちゃったなー。

9/17
 お昼ぐらいに成田に到着。ヨーロッパから戻ってくると、いかに日本が高温湿潤な地域なのかわかる。
 入国の税関チェックでは「どちらから?」と問われて「ロンドンから。」と答えたら、バッグを開けさせられ、「何か買われたものは?}と質問を受け、「美術館でカタログなんかを・・・。」と言ったところでおしまい。言い訳程度に「あちらの空港は取り締まりは厳しかったですか?」なんて聞かれた。ハンチング帽にジャージ生地のジャケットを着ていて、ハウス/ラップ系音楽関係者だと思われたのか?だとしたら買ったものは何か植物系のものとか?
 そんなものはなくてもヘイワード・ギャラリーやテート・モダンで図録を買ったり、ギャラリーでパンフレットをもらった分だけ確実に重くなっている荷物を肩にかけての駅から我が家までの道の辛かったこと。
 時差ぼけ解消にとりあえず外に出て体を動かそうと思っていたのだが、雨降りの中を井の頭公園への往復で1時間くらい散歩。玉川上水沿いの道では、枯葉だったらいいけど動物の死骸だったらいやだなと思って恐る恐る足を出したら、そいつがピョンと飛び跳ねて「キャー。」とかって叫んでしまった。サイズからしてガマガエルか?ガマさん、勘弁してください。
 たまった新聞をつらつらと整理。え?阿部謹也先生がお亡くなりになってる!

9/16
 飛行機は午後4時前発くらいなので、12時くらいまでは両親用のお土産を買うことに時間を使うことにした。ウィリアム・モリスに関係したコーナーをどこかで見たような気がしたのだが、ヴィクトリア&アルバート博物館でもナショナル・ギャラリーでもテート・モダンでもないので、大英博物館かもしれないと思い、大英博物館のショップへ。ありました。ポーチと折り畳み傘がありました。ウィリアム・モリスって言っても両親は知らないだろうが。ポーチはメトロポリタン・ムージアム・オブ・アート用に作成されたものらしい。なので大英博物館とラベルがある傘の方を選んだ。これは母用。で、父親は?こういうときに困るのは父親だ。事前に問い合わせたところ、何か置き物みたいなものでいいとのことだったので、エジプトのピラミッドの埋葬品のネコやイヌ(ANUBIS)やギリシアのフクロウの小さなメタル・フィギュアを買うことにした。そうこうしていると太鼓の甲高い音がする。5人くらいの太鼓奏者が太鼓を叩きながら入り口の方に歩いていくのが見えた。現在開催中の「Voices of Bengal」の関連イベントなのだろう。エントランスの広場で演奏が続けられた。
 もっとそのセレモニーを見ていたかったのだが、時間がなくなってきてしまったので退散し、宿に荷物を持ちに行き、それから空港に直行。チェックイン・カウンターは成田ほどの行列はできていなかった(カウンターの数が多かっただけか?)二人前くらいのアメリカのおばさんが持ち込み用のバッグが、「3辺が縦45cmX横35cmX幅16cm以内のお手荷物1個」というサイズより大きいんではないかとクレームをつけられ、「あそこに持込用荷物を調べるボックスがありますよ。」と指差され、35cmX16cmの口の開いた深さ45cmのボックスに、確かに幅16cmを超えるけれどもそんなに中身が入っていないような布製のバッグを無理やり押し込んだ。ボックスに入ったのでOKとなったのだが、おばさん「あら、出せなくなっちゃったわよ。」ってことになり、周りの人(わたしも)に助けてもらってバックを引っ張り出して、堂々と持ち込みました。
 搭乗前検査もただ靴を脱いだ程度でそれほど厳しいという印象もなくさっと終了したため、フライトまで結構時間ができた。そこでロビー内をぶらつき、インターネットが利用できるコーナーを見つけて早速使うことにしたのだが、1ポンド10分。ロンドン市内では1ポンド1時間で、50ペンス30分という利用の仕方もできる。メールを出す必要があったのだが、10分で英語でメールを出さねばならない。急いでほとんどぎりぎりでメールを出すことができました。こんなのぼったくりだ!
 帰りは普通にエコノミーでした。やっぱりエコノミーとビジネスでは待遇がぜんぜん違いますな!         

ベンガル地方の太鼓

ひとりずつ前に出てソロを演奏する

これからなにかセレモニーがあるのだろうか。


9/15
 ヴィクトリア&アルバート博物館へ。でもこれはショップを覗くため。両親へのお土産なのだが、う〜ん、なかなか決められません。それからテート・ブリテンへ。う〜ん。特に美術に興味があるというわけでもない両親にはいいお土産が見当たらない。まさか熊の衛兵や二階建てバスの置き物なんか買う訳にはいかないし。
 それからイースト・エンドのギャラリー巡りを。イースト・エンドは割合にガラが悪いと言われていると思ったが、確かに中心地にあるような通りとは異なる雰囲気のある場所にギャラリーがあったりする。駅としてはOld StreetやBethnal Green、Mills Endあたりだ。Bethnal GreenのVyner Streetは、倉庫があったり街の自動車修理工場(「こうば」と読んで欲しい)があるような通りに7つくらいギャラリーがあったりする。ギャラリー内部はかなり広く、深川あたりの某ギャラリー群を思い出す。ギャラリー巡りをしている人もいたりして、なんだか面白かった。
 今日はロンドン最後の夜ということもあったので、もう一度テート・モダンに行き、ロスコ・ルームでひと時を過ごし、最上階レベル7のレストランに行き、ライトアップされたミレニアム・ブリッジやテムズ川の対岸を眺めた。金曜の夜だから当然レストランは満席で、席が空くのをずっと待っていても仕方がないので、レベル2のレストランに行って繊細な味付けのされたお魚とサラダをいただきました。スタッフは黒のTシャツに黒のパンツ。Tシャツの丈はウエイトレスさんがかがむと背中が出るくらいのサイズなのだが、これはそういう意図があるのだろうか。ハーブティーを注文したら、ショップで見かけた「MODERN」というロゴ入りのカップが出てきたので、それが無性に欲しくなってしまい、食事後、改めて買ってしまいました。
 そんなわけでロンドン最後の夜は終了。         

ギャラリーPeer

サウンドインスタレーションをやっていたギャラリーMuseum 52

写真展をやっていたModern Art(Vyner St)


vine space(Vyner St)

そのお向かいにはVilma Gold(Vyner St)

David Risley、The Rafts、One in the Otherといったギャラリーの入っている建物(Vyner St)


7つほどギャラリーがあったVyner Street

ギャラリーMatt's。NPOによって運営されているらしい。


テート・モダンから見る宵のミレニアム・ブリッジ

ミレニアム・ブリッジとセント・ポール寺院

ミレニアム・ブリッジからテート・モダンを見る


9/14
 また地下鉄がなんだか遅れ気味。昨日行けなかったイーストエンド近辺のギャラリー二箇所を回る。その後Arts Depotのミーティングへ。ノーザン・ラインのかなり先。HPに書いてあった最寄り駅ふたつのうちのひとつを選んで下車したら、かなり遠いことが判明。Arts Depotはその通りの5なのに、駅の近辺は240なのだ。番地がカウントダウンしていくのを確かめつつ、20分くらいかけてロンドン郊外の住宅街の散歩を楽しむこととなった。結局ミーティングには30分の遅刻。すでにミーティングのアジェンダの自己紹介を含めていくつかは終了しているようだ。わたしも途中から参加したのだが、全編英語で通訳なし。何とかついていこうと努力したのだが、途中から疲労感に支配され、最後の方はまったく聞き取れなくなってしまった。全体の四分の一理解できていたらいい方だろう。今回のプロジェクトはわたしの作品とビデオ映像と音楽にダンスのコラボレーションということで、5日間でインディーズのダンサーや学生と一緒にダンスを作り上げ(音楽も学生らを参加させるようだ)、最終日にそのお披露目ということになるようだ。
 アジェンダが進み、Toshio's Work(トゥシオズ・ワーク)を見せることになった。あらかじめ南村さんが画像で関係者に見せて、了解を得られて、わたしの作品を使うことになったわけだが、実物を見るのはみんな初めて。概ね好評だと感じた。それでどこに設置し、ビデオやダンスとどう絡ませるか、それにはどのように設置すべきか、設置には何が必要かを技術スタッフを交えてさらに話が進んでいった。その後、ダンス用に鏡貼りになっている部屋で作品を見てもらうことにした。そこでは鏡に映るとどう見えるかを確認してもらったのだが、さらにサイズの異なるものなどいくつか見てもらい、ダンスとどう絡ませられるかイメージをつかんてもらうことになった。室内を再度回って空間を確認して、時間が来たところで解散となった。
 今回のミーティングは第一回目で、作品の展示の仕方や他の作家との関わり方など、まだまだ未定の部分が多い。当初は作品の提供程度しか考えていなかったが、やはりそれだけでおしまいというわけにはいかないだろう。最低でも設置を行う日には一緒に作り上げ、その後も必要に応じて対応していけるようにすべきだろうということを痛感した。
 帰りは南村さん、今回南村さんと一緒にダンスをするスタインと一緒に帰る。最寄り駅は実はもうひとつの方がまだ近かったらしく、来たときの半分くらいで到着。それにしても田舎の無人駅って感じだ。都心に出てから南村さんとトルコ料理屋さんへ。前菜を食べ過ぎてメインディッシュのお魚を残してしまった。もちろんデザートはきっちりいただきましたが。
 南村さんのアドバイスはもっと自分でどういうことをしたいのかアピールしろということだった。わたしとしては自分の語学力の問題が第一だが、まずもって今回のミーティングの位置づけや、どういったスタンスで自分が参加できるのかわからなかったりとかで、なかなか難しいところがあった。今回はイギリスの作家たちとのめったにないコラボレーションだし、イギリスの人々にわたしの作品を見てもらうまたとないチャンスである。自分の作品を展示するんだったら、自分でも納得できるものにしたいし、不本意な形で使われてあとでがっかりするようなことにはしたくない。やはり作り上げていく段階から関わっていくべきで、そのためには当然ながら再度ロンドンに来なければならない。ってことはそれだけ休暇を取らなければならないということだ。
 で、職場はですね、チームで動きますから代わりの人はいるんですよ。でもね、わたしの作品は、扱い方を一番知っているのはわたしだし、わたしの代わりはいないんですよ。どちらが重要か、そりゃわかりますよね。つまり10月後半の五日間、わたしがどこにいるべきなのかっていうと。         

ギャラリーAlexandra Pollazzon

ドアマンのおじさんがドアを開けてくれるギャラリーGagosian Britannia St

大英博物館のお隣から引っ越してきた大英図書館。とにかくでかい。


Arts Depotの外観

Arts Depotの内部。カフェ部分は4階分の吹き抜け

Arts Depotの内部。左手は劇場の入り口。


9/13
 フルハム・ブロードウェイ駅のホームで電車を待っていると、なにやらアナウンスが。どうやらなにか故障が発生したらしい。電車が動いていないみたいだ。駅を出てバスに乗ることにしたが、当然そういう訳で乗客は多いし渋滞でなかなか先に進まず、本来の倍くらいの時間をかけて、最初の目的地カムデン・アート・センターに着いた。「Archipeinture」というタイトルはarchitectureとpaintingの関係性について表現したもの。絵画の魅力と建築的な視点の組み合わせが面白かった。
 その後ウエストエンドのギャラリーをいくつか巡って、バービカン・センターの「フューチャー・シティー」へ。どこかで見たことのある模型など見られ、よくよく思い出すと、それは森美術館の「アーキラボ」だった。「アーキラボ」をややコンパクトに展示したものだった。かなり気になる未来都市の模型があったのだが、森美術館のときは図録など買わずにいた。今回は別の模型を他の来場者が結構写真に撮っていたので、わたしも真似して撮ったところ、係員に小声で何か言われました(たぶん注意されたのでしょう」)。
 フルハム・ブロードウェイの駅ビル内のベトナム風料理屋でフォーとおぼしきものを。味付けは悪くなかったものの、フォーってこういう麺だっけかなあと著と疑問が。やはりイギリスといえば「まずい」なので。
 ウエスト・エンドのギャラリーは東京で言えば銀座・表参道のあたりの雰囲気を感じだ。         

カムデン・アート・センター

パナマレンコの作品がチラッと見えるギャラリーGimpel Fils

ギャラリーSimon Lee。中ではなんだかすごい激論を戦わせていた


2階部分がギャラリーMatthew Brown。サヴィール・ローにあるギャラリー

ジャン=マルク・ブスタマンテの個展をやっていたギャラリーTimothy Taylor

バービカン・センターで開催していた「フューチャー・シティ」の中の都市モデル。たぶんスチレンボード製


9/12
 今日は昨日行けなかったテートモダンの常設展(無料)の方へ。レベル3の風景/物質/環境が一番気に入った作品が多かった。モネの水蓮とボロックが向かい合わせに展示され、そのとなりにはロスコが展示されている。その意図やら感性やらにはさすがと思わせるものがある。そしてロスコ・ルーム。しばらくその場に留まっていた。同じレベル3の静物/オブジェ/現実は、小さな作品を作品を詰め込みすぎのように思えた。
 レベル5では、裸体/アクション/肉体と歴史/追想/社会というふたつのテーマとなっている。間のスペースでSARAH MORRISを発見。On Sundaysで作品集を手に取ってそのまま購入したほど気に入った作品だったのだが、ようやく実物を見ることができた。常設展は両方ともにテムズ川に向かって右側の方がよかったように思える。テートモダンからオールドストリートに出てギャラリーを回ったら、週のうち水木金土に開くところが多く、Time Outを読み落としていたのに気がついた。今日も開いているキャラリーがあったので、地図を見比べながら歩いたが、なかなか見つからずにクローズ少し前の時間に入るはいることができた。Rocketというギャラリーだった。
 それからピカデリーサーカスに出てうろうろしてから、帰宅。
 ロンドンの地下鉄は毎日どこかで故障があってなにがしかの遅れがある。でもそれに対して誰も文句を言わない。ピカデリー・ラインが故障して、けっこう長時間動かなかったのはいつのことだっただろう。週末はホームの改装のためだとかでキング・スクロス駅にピカデリー・ラインは止まらない。何本も地下鉄が乗り入れ、スコットランドなど北部へ向かうナショナル・レイル・ウェイも通る駅なので、東京でいえば新宿か上野あたりと同じはずだ。丸の内線が週末新宿に停まらなかったり、日比谷線が上野に停まらないなんていう状況を想像できるか?だが、それでロンドンがおかしいとは見えず、反対に東京の異常さが見えてくる。
 帰りのウインブルドン行きの電車がかなり混んでいる。またどこかで事故でもあったかと思って乗り込むと、みんなフルハム・ブロードウェイで下車。いつもと違う下車口へ案内される。外には馬に乗った警官たち。どうやら近くにチェルシーFCのホームグラウンドがあって、そこでサッカーの試合があるようだ。チェルシーってだれがいるんだっけ?まあ、どうでもいいです。            

テート・モダン

テート・モダン
             

ギャラリーRocket

フルハム・ブロードウェイ駅前の馬に乗ったおまわりさんたち

駅の広告より。たぶんこいつらがチェルシーFCなんですよね。


9/11
 ヘイワード・ギャラリーへ。月曜は半額。「How to Improve the world」という展覧会で、ブリジット・ライリーやアニッシュ・カプーア、フランシス・ベーコン、ギルバート&ジョージなどかなり楽しく鑑賞し、二時間以上はいたか。そこからテートモダンへ。カンディンスキーとピエール・ユイグの企画展(有料)を鑑賞。カンディンスキーは充実しなかなか見ごたえのある展覧会。ピエール・ユイグはだれだたっけかなーと思ったら、日本のアニメ製作会社から使用権を購入したキャラクター「アン・リー」で第一回横浜ビエンナーレに参加していた人だった。英文を読むのに時間がかかるためか、閉館時間ぎりぎりまでいた。結局4時間くらいはいたか。ところで吹き抜け部分は入れ替えのためか工事中で、ルイーズ・ブルジョアの巨大蜘蛛にお会いできず。残念。
 それからミレニアム・ブリッジを渡り、セント・ポール寺院のあたりをうろついてから帰った。帰りにサブウェイサンドウィッチを買って部屋に戻ってから食す。         

ヘイワード・ギャラリー

テート・モダン

テート・モダン


設置替え(?)でルイーズ・ブルジョアの大蜘蛛はいらっしゃいませんでした!

カンディンスキーとピエール・ユイグ

ミレニアム・ブリッジとセント・ポール寺院


9/10
 地下鉄の通路などに貼ってあるポスターが気になったので、ナショナル・ポートレート・ギャラリーに行った。「BP PORTRAIT AWARD 2006」というタイトルで、眼鏡に無精ひげの男の肖像画なのだ。どこかでイギリスには肖像画の伝統があるとかいう文章を読んだことがある。そのポスターの肖像画はコンテンポラリーのにおいがする。無料だし行ってもいいでしょう。
 地下鉄から地上に出たところで、「トラファルガー・スクエアにはどっちに行ったらいいのか?」と尋ねられた。だからわかりませんってば。しばらくしたら今度は「ニイハオ」と声を掛けられた。わたしは何人ですか?(帽子をかぶってサングラスをすると中国内陸部のようなにおいがするらしいが)
 そんなわけで足を運んで、現代のポートレートのところでジュリアン・オピーのブラーに出会う。「BP PORTRAIT AWARD 2006」というのは肖像画のVOCAみたいなやつか?まあまあ面白かったが、最後はちょっと飽きてしまいました。それからハイドパークの中にあるサーペンタイン・ギャラリーに行った。アメリカの若手作家による「Uncertain States of America」というタイトルどおり、中身もUncertainなものだった。また元に戻り、今度はナショナル・ギャラリーでフェルメールとセザンヌあたりを見てから、フォトグラファーズ・キャラリーへ。日曜は一部クローズしていて、ロンドンの災害を撮影したという写真が展示されているくらい。
 今日は南村さんのフラットにお邪魔して料理をいただきました。ロンドン市内で日本語による週刊の新聞があるらしく、それを見せてもらったら、そこに「六本木」という名のメイド喫茶の広告を発見。「ハンカチ王子」は知っていても「メイド喫茶」なるものを知らなかった南村さんに、「お帰りなさいませご主人様」なんて台詞とともに説明する羽目に。         

ナショナル・ポートレート・ギャラリー

ナショナル・ギャラリー


サーペンタイン・ギャラリー

フォトグラファーズ・キャラリー


9/9
 いろいろと不安で考えながら寝たわりには、ベッドのクッションが適度な固さだったためか、結構快眠だった。連絡が取れない以上、しかたがないので南村さんの住所まで行こうかと思っていたら、オーナーさんが携帯に南村さんからメッセージを受けていたとのことで、南村さんと会う約束がとれた。ほっと一安心して観光できる気分になった。
 まずバスでウォータールーまで出ようと思って乗車したのだが、ヴィクトリア駅やウエストミンスター寺院を過ぎたところで停車。ウエストミンスター橋が工事中でバスが通れないとのことで、手前で降ろされたわけだ。ヴィクトリア駅やビッグベンなどなつかしい。すっかり観光客のひとりとなって写真を撮ってみた。結構いい天気で、みんなTシャツやらタンクトップやらの格好だ。それにしても若い女の子のローライズ・ジーンズが日本より目立つ気がする。しかも体型を気にしないから、中にはおへそを出しているというよりはおなかを出している(おなかが出ている)って感じの子も少なからずいる。おっさんじゃないんですから。
 橋を渡ってからテムズ川沿いに一時間ほど散策し、デザイン・ミージアムへ。「My World: The New Subjectivity in Design」という展覧会の中のビデオインスタレーションが見ごたえがあった。「Formula One The Greatest Design Race」の展示では照明装置に興味を持つ。
 それからホワイトキューブへ。名前の通り、白いいいスペース。ホワイトキューブではグループ展が今日までの開催。すべて黒い作品で、自分の作品も黒くしてみたくなった。
 それからICAへ。「Surprise,Surprise」というグループ展でそれぞれの作家の意外な作品を集めた展覧会なのか、クリスチャン・ボルタンスキー、オラファー・エリアソン、ヴォルフガング・ティルマンス、アニッシュ・カプーア、マシュー・バーニーなど(一応タカシ・ムラカミとかマリコ・モリなんてのも)名だたるところが出展しているのに、意外な作品しかなくてちょっと残念。Time Outには、「知られていない意外な作品ということは、それが完成の域に達していなかったり、成功しなかったということだ」という批評が載っていた。
 それからグリーンパークを散策し、バッキンガム宮殿までたどり着き、とりあえず写真を撮った。南村さんと待ち合わせをして、インド料理屋へ。散歩がてらいろいろと歩き回るのだが、どこを歩いているのかさっぱりわからなかった。どうやらソーホー地区らしい。「ゲイがいっぱいいるところ」とか中華街があった。インド料理はおいしかったが、ナンが日本のお店で出てくるものよりも小さかった。これもロンドンの物価の高さあたりから推測できることか?
 わたしの宿はフルハム・ブロードウェイという駅のところにあり、ディストリクト・ラインの支線にあるので、途中駅のアールズ・コート駅でウインブルドン行きに乗り換えなければならない。帰りにその乗換駅で電車を待っていたら、「ウインブルドン行きはいつなのか?」と聞かれた。ウインブルドン行きが到着して乗り込むときに、「これは△◇には停まるのか?」と聞かれた。外国の旅行者にそんなこと聞かないでくださいよ。         

デザイン・ミュージアム

デザイン・ミュージアムで気になった照明装置(両側の壁)


White Cube

ICA


9/8
 朝6時に家を出て、8時半前に成田空港に到着。チェックインを済ませてしばし搭乗ゲート前で読書。お隣のエール・フランスの搭乗ゲートには高校生の集団が。マンドリンのようなケースを持っている。海外公演なのか、コンテスト参加なのか。
 搭乗の際、チケットが受け付けないようで、違う番号のチケットをもらった。番号が若い。席を探すと、そこはビジネスクラスだった。信じられなかったので、客室乗務員さんに、席が合っているかどうか確認したくらいだった。オーバーブッキングだったのかもしれない。ビジネスクラスは生まれて初めてなので、快適なのに居心地がよろしくない。分不相応なのかもしれない。シートは広くてゆったりしているし、隣のシートとは互い違いになっていて衝立のようなものがあって、お互い顔は見えない。食事は一回にすべてが出てくるわけではなくて、最初にスターターがあり、つぎにメインがあり、最後にデザートが出て来る。食事後、暗くなるとそれぞれシートをリクライニングというよりは、ほとんど水平状態にして、ベッドのようにしてお休みしている。飛行機では寝られないわたしも、試しに寝てやろうかと横になったが、いくら暗くなっても、横を客室乗務員が通りすぎれば、ふっと目が覚め、結局2、3時間くらいしか寝られないのでした。
 そんなわけで持ってきたフーコーを読んだのだが、さすがに難解であまり先に進まず、当初の目論み通り、帰りも含めて本は一冊で済みそうだ。そうこうしていると、機内が明るくなって軽食の時間。しかし給仕された量からすれば決して軽食とは思えない量。こちらもスターターとメインを選択できるようになっていた。やっぱり人間的にビジネスクラスには向いていませんな。
 ついにヒースロー空港に到着。入国審査で質問を受けたのだが、質問がよく聞き取れず、もう一度尋ねると、なんと「あなたは日本から来たのか?」だったのだ。そんな簡単な文章が聞き取れていなかったなんて愕然!旅行の目的、滞在期間は聞き取れて答えたのだが、最後にまたちょっと聞き取れず、一瞬間があくと身振りを交えて「その後は日本に帰るのか?」だった。とほほ。
 空港の売店で、まずはLONDON A TO Z(地図)Time Out(情報誌)を買い、8年前のドルをポンドに替えて、地下鉄に乗り込む。いよいよ英語漬けになるのかと思ったら、まわりでは韓国語と東欧のどこか(アルバニア語とかか?)の言葉に囲まれる。イギリスが多民族国家であることを実感させられた。空港から宿までの道順を指定された駅で降りて、指定された番号のバスに乗り、指定されたバス停で降りて、宿に到着。
 持ってきた携帯では南村さんにSMSでメッセージを送ることができず、南村さんにコンタクトが取れず途方にくれる。さらに長旅の疲れや時差ぼけのためか、オーナーさんの質問にややトンチンカンな答えをしてしまった。南村さんの件についてことの事情を説明したらオーナーさんが携帯を貸してくれ、ローマ字でメールを送らせてもらった。その日はもう外出する気力もなくなり、機内食で食べきれずにおみやげにしたパンとナッツを夕食として、不安のまま就寝した。

9/7
 明日からロンドンなのだ。当地のダンスカンパニーCanDoCOに参加している南村千里さんにもお会いして、ちょこっとロンドンのアート事情などをつまみ食いしてこようかと思っているのだ。まあのんびりしようかと思っていたのだが、先月中ごろ、南村さんからメールがあり、彼女は10月後半にロンドン北部のArtDepotでのResidency Projectに参加するらしいのだが、そのArts Depotの建物内でインディーズのダンサーや学生対象にダンスの振付をし、プロのアーティストや音楽家とコラボするプロジェクトを行うらしい。それにわたしの作品とのコラボレーションをしたいという提案だったのだ。今度来るときに持ってきてくれと言われたのだが、いやいや120cmくらいの筒を持っていくにはあまりにも怪しまれるということで、送ることにしたのだ。
 それでこの旅行中に偶然にもそのイベントのミーティングがあるらしい。わたしもそのミーティングにアーティストとして参加することは可能らしい。参加するか?と聞かれれば、ちょうどその時期にその場にいるのだからYESと答えるのがあたりまえだろう。会場も見てみたいし、設置位置や方法なども提案してみたいし。でも当然英語だし通訳がいるわけでもないし。いやはやどうしましょう。なんだか急にのんびりできる旅行じゃなくなってきてしまいました。
 この旅行についてもまた機会があったら別コーナーで旅行記書くかも。
 緊急の御用の方は通常のメールでお知らせください。メールは読めるような環境にしておきますから(たぶん)。

9/5
 最近宅配してもらうものがいくつかあり、申し込みで住所を申告する際、念のためということで、さる方から来た封筒に書かれている自分の住所を読み上げたり書き写したりした。だっていざというとき緊張して自分の記憶を疑ったりするんだもの。で、昨日、今日と、ことごとく宅配業者から「住所について確認させてくれ」という連絡が入る。よくよく封筒の宛先を見ると、その方の書いたわたしの住所が間違っていたというわけだ。
 そうなるとその手紙が届いたということの方が驚きだ。これはやはりわたしに届くべくして届いたのだという核心めいたものを感じてみたいところだ。
 で、どうしてそう感じてみたいのかは・・・。それはまだ言えません。

9/3
 船橋市民センターで開催されている「ふなばし現代美術交流展'06 ひかりあるところで」へ。
 内海聖史、多田布美子、船井美佐の三氏が特に印象に残った。多田布美子さんは藍画廊で二回拝見しているが、どんどん素晴らしくなっているように思える。余白が輝きを持って奥行きを持った空間を構成している。内海聖史さんはさすがといったところだが、今回は色彩と絵の大きさとで大中小と三種類の作品を持ってきている。インタビューに答えているビデオでの発言が面白かった。一番大きなものは青で描き、中ぐらいは赤、一番小さい5cm四方くらいのサイズは黒で描いている。鑑賞者が作品に対峙した際に、その間合いがサイズや色彩によって変わってくる醍醐味を味わって欲しいとのこと。とても興味深かった。

9/2
 二ヶ月後くらいにあるイベントで、パフォーマンスをする際のコラボレーションとして作品を提供するために荷造り。とっても遠いところに送るので、荷造りもしっかりとしないといけないので、ロール状にして紙筒に入れることにしたのだが、内径サイズが合わないことに気がつき、急遽ハンズに紙筒を買いに行くことに。きっと目が血走っていただろうなー。
 夜は浅草のアサヒアートスクエアで「ジャン・サスポータス&斎藤徹 DUO」へ。ジャン・サスポータスはピナ・バウシュのヴッパタール・タンツ・テアターにかつて所属し、現在は独立しているが、今年ピナ・バウシュ作品出演のために来日しているダンス・パフォーマー。斎藤徹さんの超絶技巧のコントラバスとどんなコラボレーションになるかとても楽しみだった。第一部デュオで第二部が小林裕児のライブペインティング付き。ダンス・パフォーマンスとの異業種のコラボレーションの特に即興のパートでは、他楽器とのコラボレーション時のようにグルーブ感にはたどり着かない、まったく別種の緊張感があって面白かった。ライブペインティングは・・・う〜ん。
 それにしてもあの「金色のウンコ」の下の建物にはこんなスペースがあったなんて。

8/28
 朝、8時前に地震があった。朝食を食べに食堂に行ったら、やはりその話題が出ていて、みんなテレビにテロップが出るのを待っている状態だった。気がつかなかった人もいるようで、わたしも地震を感じたと話をしたところで、テレビに震度2というテロップが出た。外来者であってもやはりあの震災のことを考えずにはいられない。
 おととい昨日と北回り、南回りで行けなかったところを自分で回ろうと思い、今日は路線バスで十日町駅前から松代経由松之山温泉下車でアブラモビッチの夢の家へ。やはり観光バスでは感じられなかった距離感というか空間認識ができる気がする。終点松之山温泉から旅館街を通り過ぎ、「不動の滝」なんてのもある急な坂道を登って「夢の家」へ。ガイドブックにも登場する管理人のおじいさんがいらっしゃって笑みで迎えてくれました。再び松之山温泉に戻り、バスの時間までしばらく時間があったので、おそば(こちらは普通の)を食べて、無料で足湯に浸からせてくれるところがあったので、そこでしばらく休憩をして、松代までバスに乗車。松代からほくほく線で十日町に出て、二つほど作品を鑑賞し、トリエンナーレセンターのキナーレに行った。昨日は松代でいくつかお土産のお菓子類を買ったのだが、月末に会う友人にと思いお酒を買おうと思ったのだ。だが、十日町のセンターは酒類販売の免許がないために売っていないとのこと。だったら昨日松代で買っておけばよかった。そうこうするうちに乗ろうと思っていた電車の時間にほとんどぎりぎりの時間であることに気がつき、そこから駅まで走りに走った。時間にして8〜9分か。ほとんどホームに電車が到着しているようなタイミングで改札に到着し、駅員さんがコピーして切り取ったような「乗車証明書」を手渡してくれて、それで飛び乗った。全身汗でびしょぬれだった。だってその電車に乗り遅れたら東京着が確実に1、2時間遅れるんですもの。妻有に行って距離感など大体お分かりの方、ご想像ください。キナーレから十日町駅までリュックを左右に揺らして走り続けるわたしを姿を。で、越後湯沢で新幹線に乗って、ずぶぬれのTシャツを着替えました。
 それにしてもおかしい。汗でずぶぬれになったとはいえ、妻有では一回も雨に降られず、むしろ快晴で日焼けしてしまったくらいだったのだ。どうしたんだ雨男。そういえばもうひとりの雨男おのてつさんも同じ時期に妻有にいたはずなのに。雨男雨女が妻有には偶数いたということか?マイナス×マイナス=プラスとか。
 それはさておきどうしてそんなに急いで電車に乗ったかというと、東京都美術館で開催中の「現代アーチストセンター展」に行けるのは今日ぐらいだったからだ。それは中込靖成さんが中心になって開催しているグループ展で、会期中は中込さんが会場にいらっしゃるとのことで作品も鑑賞したかったし、中込さんにもお会いしたかったからだ。なぜそんなにお会いしたかったかというと、それはまだ言えません。
 妻有については写真も結構撮ってきたので、別のコーナーを作って報告をしたいと思います。時間があったら・・・。あ、体重は元に戻っていました。

8/27
 やっぱり地方って朝が早い。8時半にはもうおみこしが動き始めるんですもの。トリエンナーレの美術作品の展示は10時からですよ。ガイドブックに10時展示開始と書いてあるのを見落として、十日町市内を歩き回ったのだけれどどこもやってません。
 今日は南回りコース@。昨日北回りコース@で一緒のバスだった人の顔もいくつか見える。今日のガイドさんは地元出身の「こへび隊」の女性。
 今日も印象深かったのは空き家となった古民家やかつて工場やら小学校だったところを会場とした作品だった。井出創太郎+高浜利也、クリスチャン・ボルタンスキー、カサグランデ&リンターラ、日大彫刻コース有志の「脱皮する家」、丸山純子、大谷俊一等。そして棚田の美しい場所に設置された杉浦康益の陶のブロックの「風のスクリーン」。しかしデジカメが電池切れで写真を撮れませんでした。
 今回はスタンプラリー形式をとっていて会場には作品番号とスタンプがあり、パスポートにある作品番号の表にスタンプを押すようになっている。最初のうちはそれなりに面白かったのだが、だんだん自分が「スタンプを押して写真を撮っておしまい」になってしまいそうなのに気がつく。そんなわけで杉浦康益作品の感動的な情景は記憶にとどめておこうと思い、しっかり見ることにした。それから昨日に続いて松代地区に入り、「農舞台」でお買い物を済ませてコース終了。
 宿の朝食は当然ながら魚沼産こしひかりで、もう普通に出てきたごはんがおいしくてしっかりいただいてしまったし、お昼は旅館のお弁当で、これも完食。夜も丼物をしっかりいただき、苦しいほどに満腹。宿のお風呂で体重を量ったら、なんと一日で2kg増えていました!

8/26
 東京駅7時48分発の上越新幹線に乗って越後湯沢9時5分着。そこからバスに乗って十日町駅西口着。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006」のガイド付き観光バス北回りコース@の受付を済ませて、いざ出発。今日のガイドさんは第一回目に学生でボランティア「こへび隊」で参加し、以来ずっとかかわってきて、今は東京から毎週末妻有に来てはガイドをしているという女性。
 北回りコース@で特に印象に残ったのは、いけばな作品群が展示されていた小白倉地区、斎藤美奈子の「メモリー」、中瀬康志の儀明劇場、菊池歩の「こころの花」といったところか。お昼には小嶋屋総本店の「へぎそば」をいただく。つなぎにフノリを使った、コシと喉ごしの不思議な感覚。
 いけばな作品群は、すでに空き家になってしまっている古民家や実際に生活している民家の一部を利用している。谷口雅邦さんがいらっしゃってご自分の作品の説明をしていらした。お会いするのは5年ぶりくらいなので、もうお忘れになってしまったかもしれないと思い、どう自己紹介しようかと思案していたら、ふと振り返られて、「あら久しぶり」とお声をかけていただいた。斎藤美奈子も展示会場は空き家になってしまった古民家で、記憶とかかわる作品となっていた。
 地震と豪雪で空き家になってしまった古民家を再生するというのも今回のテーマのひとつになっているのだが、「土地」と「記憶」につながる作品が多い。菊池歩は今回の目玉作品のひとつらしく、当初はツアーコースには入っていなかったが、希望が多く、急遽コースに入ったとのこと。
 松代の城山地区に深川商店街のかかしが嫁入りしていたのだが、車中鑑賞となり白濱雅也さんや千葉祥子さんの作品も見ることは見れたのだが写真には撮れず残念。
 十日町駅西口に戻り宿に向かう。今日は夏祭りで駅前には露天が出て人だかりがしている。夜は夕食に出てしばらく散歩をしたのだが、おみこしが出てにぎやかで、そのうちドォーン!という爆音。商店街の上に大きな花火が見える。どうやら今夜は花火大会のようだ。打ち上げ場所は結構近いように思える。三台のおみこしが繰り広げる掛け合いをしばらく見てから、少し遠回りに散歩をする。それぞれの家の玄関にちょうちんがぶら下がっている。と、少し遠くのほうでも花火が上がる。別の方角でももっと遠くに花火が見える。どうやら三ヶ所で花火大会が開催されているようだ。アートイベントに来て、夏祭りも楽しめたのはラッキーだった。

8/24
 職場の別の部署で大量の地図を廃棄中。思わず立ち止まって見入ってしまった。
「よかったらどうぞ。でもこれ古いですよ、10年前のですから。」
 いえいえそんなの気にしません。最新情報がほしいのではなく、ただ地図を見るのが好きなのです。
 そんなわけで北から東にかけての都市の地図をどっといただいてきました。「よかったらどうぞ。」と言われたときにきっと満面の笑みを浮かべていただろうな。へへへ。

8/20
 実はあるところから二ヶ月後くらいにあるイベントでパフォーマンスをする際のコラボレーションとして作品の提供のオファーを受けている。もう時間的な余裕もないし、あまりにも遠いところで会場を見ることもできない。そんなわけで去年ギャラリーKINGYOで展示した作品を流用することとした。先方も作品を気に入っているようだし。しかし撤去後、ずっと筒状に丸めたままだったので、広げて一部修復する必要があるし、新たに設置用に付け加える必要がある。そんなわけでその作業用スペース作りのために昨日部屋の片づけをしたのだ。まずは設置用に付け加える細長いアクリル板を購入するために新宿ハンズへ行く。なんだかいろいろと考えてあれこれ悩んでいると胃がもたれそうな気分になる。帰宅してからなんとか修復を試みる。しかし元々窓ガラスに設置していたものであり、パフォーマンス用に天井から吊り下げたりするために手を加えるのはなかなか難しいし、それほどいいものが出来上がるようには思えなかった。数時間悪戦苦闘したがそんなわけでこの作品は断念し、もともとKINGYOでも天井から吊り下げて設置していたものだけを提供することに決めた。そうした途端かなりの疲労を感じ、床にそのままダウンして休養をとった。
 昨日、今日と三鷹阿波踊り大会だった。夕方買い物に出かけ、中央通りで阿波踊りが繰り広げられているのに出くわした。いや、ただそれだけです。

8/19
 午前中は部屋の片づけをして午後一番暑い時間に外出した。熱くて気持ちが悪いうえに少々頭痛の種のようなものが頭の奥のほうに感じられる。
 まずは三の丸三の丸尚蔵館の「花鳥−愛でる心、彩る技<若冲を中心に> 第五期」へ。若冲は博物学的な群魚図よりは花鳥図の方が構図や細微な表現力が楽しめると思う。ここは4時15分閉園ということで、結局尚蔵館を最後に出ることになった。
 大手町から茅場町に出て、そこのカフェで一休み。それからGallery≠Galleryの田口賢治さんの個展へ。今回はインスタレーションではなく写真展。しかしいつもの表現の核のようなものは感じられ、とても興味深い。また新たな面を拝見できたようで面白かった。
 帰りは田口さんに教えられた古本屋に入ってみる。タグチファインアートがあるビルの一室にその古本屋森岡書店はある。チェコ、ロシアあたりの写真集やら古書があったりしてなかなか面白い。一通り見て、たぶん絶版であろうミシェル・フーコー編「ピエール・リヴィエールの犯罪」が500円だったので買ってしまった。店主(森岡さん?)とも少しお話をした。以前は神田の古書店に勤めていたのが、今回独立されて7月にオープンという運びになったらしい。古いビルなので、内装もいい雰囲気だし、ポプリの香りもいいし、本のチョイスもいい。ギャラリー巡りのついでに立ち寄るのも面白いだろう。
 それから三軒茶屋のライブハウス、グレープフルーツムーンの「ハーピーワンマンショー」へ。現在のメンバーになってから10周年ということらしい。オノテツさんを通じてイトケンやキョウコさんに会ってからかれこれ10年くらいになるようだ。先着30名さまに特製CD-Rプレゼントというのをいただきました。ナンバリングがしてあって、わたしのは29でした。ぎりぎりセーフ。なかなかいい数字です。
 ライブは三部構成で二部が過去の音源や画像を紹介するもので、本当に懐かしいコーナーでした。アンコールもあったし、とても和やかなライブでした。ただ、背中を丸めて見ていたせいか、頭痛の種は消えずずっと残ってしまった。

8/18
 退社後、アルノー・デプレシャンの「キングス&クイーン」を再度見に行く。前回見たときよりもずいぶんすっきりして見れた。さすがリピーター割引(半券を提示すると割り引いてもらえる)があるくらいで、じわりじわりと感じられるのだろう。

8/14
 駅のホームで、東西線が停電の影響で運行されていないことで、総武線もその影響でかなりダイヤが乱れているというアナウンスがあった。「お急ぎの方は中央線快速にお乗りください。」と何度もアナウンスがあり、急かされている気分になる。お盆休みで乗客も少なくなんだかのんびりした気分になれると思ったのに。発車した総武線各駅に乗ったところ、各駅で時間調整をする。そのつど「お急ぎの方は中央線快速にお乗りください。」とアナウンス。あおられて仕方なく中央線に乗る。結局いつもよりちょっと遅れた程度で職場に到着する。同僚からは「埼京線が停電のためにまったく動かないので遅れる」という電話を受ける。今日はいろいろなところで停電があるんだなあと思ったら、クレーン船が送電線に引っかかって広範囲での停電になったとか。
 と、こんな話をわざわざ書いたのは停電のことを書きたかったからではない。急かされて焦った気分になってしまったことだ。気分が悪い。

8/13
 朝早々からイメージフォーラムの「蟻の兵隊」へ。少し遅れて到着したので、予告編上映中に前の方の席に座ったため、スクリーンがかなり近い。その距離もあってか、冒頭からどきどきしながら観ることになった。
 結局数百万の小さな(しかし固有の)ストーリーがあるはずのものを、例の装置によって大きなひとつのストーリーに収斂させている状況は、メディアなどで取り上げられているような国際問題ではなく国内問題でもあると思う。今この時代にさらに大きな問題となっているのはいろいろな世界情勢にもよるであろう。それはちょうどナショナリズムはグローバリズムの蔓延なしには肥大してこなかったように。かなりヘビーな内容の映画なのに、広い年齢層のそれなりの観客数がある。この映画を見に来た人々と、8月15日に例の装置に足を運ぶ人々の間には果たして接点はあるのだろうか。
 昨日に引き続きヌスラット・ファテ・アリー・ハーンを聞く。スーフィー(イスラム神秘主義者)が演じるカッワーリーという音楽は、神秘的なメッセージを音楽に載せて繰り返し演奏することである種のトランス状態を誘発させるもので、ヒンズー教徒をイスラムに改宗させるのに大きく貢献したものである。そんなわけで最初はゆっくりと静かに演奏されているのが、最後は大グルーブ大会になっていく。その高揚感は言葉がわからないこともあってなかなか気持ちいい。ところでヌスラット・ファテ・アリー・ハーンが1997年に死去した際、新聞の社会面でも紹介されていたし、世界的にも有名な音楽家でもあったのだが、職場では話題にしても誰も知らなかった。そういうようにして誰も知らない人を「世界的に有名な」と称したわたしは、職場で独特の位置を獲得していったのである(大げさ)。

8/12
 8月から9月にかけて数箇所に旅行する予定を立てている。まずしなければならないのは、その地でどんなところを訪れるかをいろいろと練ることなのだろうが、その地に行くまでの経路で景色など楽しむことのできない時間に何の本を読もうかなどということを真っ先に考えてしまうわたしは変わっているのだろうか(こういう設問にはまずもって「変わっている」という回答があらかじめ用意されているものである)。そんなわけでいくつか新書やら文庫やらを買い始めている。今日はその延長で、さらにまだ物色するために新宿の大型書店へ足を運んだ。もともと雑誌の広告に出ていた本を物色したのだが、手にしてみてどうもピンと来なかった。そこで書店を替えていろいろと手にしてみた。紀伊国屋本店に入って気がついた。お盆休みで人があまりいないせいかもしれないが、とても本が探しやすい。わたしが居心地の悪さを感じる書店は、本が分野ごと分かれているものの、文庫は文庫コーナー、新書は新書コーナーに全部追いやってしまっているところだ。紀伊国屋本店は文庫も新書もその分野のコーナーにも置かれているのだ。なんだか紀伊国屋新宿南口店もジュンク堂も行かなくなりそうだ。今日は 「バグダッド・バーニング2」を見つけて即購入。最近は以前のようにBaghdad Burningを読まなくなってしまっている。書籍の形になれば、電車の中でも読めるからそれなりにうれしい。あともう一冊は文庫本でミシェル・フーコーが読めるという「フーコー・コレクション」の中で、「4 権力・監禁」。これだったら長時間の旅行でも一冊持って行けば十分だろう(難解だから)。
 実は新宿の駅で降りたとき、これは今日は体調がよくないなと感じた。本屋でいろいろと物色したおかげで余計に体が重い。とりあえず新橋まで出てスタバでコーヒーを飲みながらしばし休憩。先週入った根津の「ミルクホール」とあまり意味がないかもしれない比較をしてしまった。昔は「喫茶店」と言えばどちらかというと薄暗くて狭いようなイメージのところがあった。今、カフェと言えばオープンで明るい雰囲気を作っている。「喫茶店」はどんどんグローバル・スタンダードの均質なカフェによって押しやられている。店の特色を出すとなったら立地条件が大事になるのかもしれない。その土地自体にカラーがあるような場所でないとカラーのある店はやっていけないのかもしれない。グローバル・スタンダードの先端にある購買欲を対象とした商業地区ではカラーのある「喫茶店」は姿を消していくのかもしれない。そんなわけでまたここでもグローバリズムとローカリズムについてほんの一瞬考察をしてしまったというわけでした。
 少し体力を回復させてからギャラリー巡りを開始。OギャラリーUP・Sの石ヶ森由行さんは「熊いきれ」ということで、すべて熊の絵。中にはイブ・クラインを思い出させるような作品もあり、とても楽しい。どうやら石ヶ森さんは毎日毎日熊のドローイングをしているようで、それを全部見ることはできなかったが、明るい気分になった。それから銀座中央通りを歩き、ギンザ・コマツ アートスペースへ。アートスペースといってもショーウィンドウです。今までまったく気がつきませんでした。山本基さんの作品はそういうところではなんだかちょっともったいない気がした。スペースの狭さや広告の過度な刺激に満ちた場所では、力のある作品でもよほどの強さがない限り、どの程度アピールできるものなのだろうか。気がつく人は気がつくだろうけれど、わたしが鑑賞している間は、わたし以外に鑑賞している人を見つけることはできなかった。
 コバヤシ画廊で、先週ギャラリーなつかで購入した永原トミヒロさんの作品を引き取る。
 ギャラリーの方との会話。
−永原さんの作品をご覧になるのは初めて?以前にご覧になっていらっしゃる?
−はい。
−もしかして作家さん?
−あ、ええまあそんなようなことをしてます。
−発表などもされているんですか?
−ええ、まあ、ちょっと。
−どちらでやられているんですか?なつかさんとか?
−いえ、なつかでは・・・。あまり銀座ではやってないです。
−じゃあ、青山とか?
−あ、ええ、まあ青山とか。銀座は外れてほかのところで。
 この押しの弱さは体調の悪いせいとしたい。たいていなら平面だとか立体だとかインスタレーションだとか、こんなことをしているとかアピールするだろうに。
 コバヤシ画廊を出たら夜かと思うほどの暗さ。一瞬3〜4時間程度の浦島太郎の気分を味わった。真っ黒な雲が空を覆い、今にも豪雨になりそうな気配だ。大急ぎで有楽町駅へ向かい、どうにか雨に降られることもなく電車に乗れた。電車の窓にたたきつけるような大粒の雨。ほとんどスコールですな(って考えてみたら、本場のスコールを体験したことがないのでこんな断定的な記述はよろしくないか)。
 今日は部屋の中の整理をするつもりだったが、体の重さが取れないために、帰宅後は横になって読書をしつつうたた寝をしつつで3時間ほど過ごした。
 最近は小熊英二が国際交流基金で専門家派遣事業でインドのデリー大学などで二ヶ月にわたって講義をしたときの日誌「インド日記」というのを読んでいる。もちろん小熊英二のことなので、観光ではなくインド社会の構成や状況、ナショナリズムなどを観察し、それにより日本やアジア(といっても東と南ではかなり状況が異なる)を改めて考察するという内容になっている。また彼は教員生活の傍らバンドで音楽活動をしているので、インドの楽器店などによってハルモニウムなどを物色していたりする。そんなあたりからほとんど15年から20年近く前に聞いていた民族音楽のCDを引っ張り出して聞き始めている。といってもインド「亜」大陸である。いろいろな音楽がある。インドの典型的な「伝統的」音楽などありはしない。そんなわけで正確に言うならば、その本に触発されて、聞きたくなったCDを聞いたというだけのところだ。今日聞いたのはパキスタン・スーフィー歌謡の巨匠、ヌスラット・ファテ・アリー・ハーン(ここですでにインドではなくパキスタンである)とパンジャーブのスィクの歌姫、グルミート・バワのCD。両者とも「楽器としての声」には驚嘆する。
 永原トミヒロさんの作品を部屋の壁に掛けた。白昼夢のようでもある艶やかなモノクロームの世界。これを毎日眺めるのもまたなかなかいい。

8/7
 本屋のレジでぞろ目777!偶然とは言え、岩波書店も価格設定に妙な味を出している。しかも「戦争で死ぬ、ということ」という新書なのだ。笑えるか?

8/6
 三鷹に越してきてから初めて8/6が休日となった。8時15分が近づくと三鷹市役所からアナウンスが聞こえてきた。原爆の犠牲者に対して黙祷することを促す内容だった。広島の式典での秋葉市長の今年の平和宣言は、去年に比べて非常にわかりやすい言葉で述べられていたように思える。去年はかなり難解な言葉を使って、まあまあ好評ではなかったようだったからかもしれない。
 一旦表参道まで行って、オーパで若冲とジャコメッティ(の展覧会)について藤波さんと歓談。
 渋谷で一年ぶりにミハルちゃんとミハルちゃんのママと会う。すっかり少女の顔になっている。何度か会ったことのあるおじちゃんだと認知してくれたようで、最初は恥ずかしそうだったのが、だんだんお話をしてくれるようになる。お昼にと入ったお店で、ミハルちゃんが今夢中になっているという「おしゃれ魔女ラブandベリー」について、ひとしきりお話を聞かせてもらう。きちんとファイリングしてあるカードを見せてくれる。このカードゲームはラブとベリーがどのファッションを身につけているのかを当てるのだとのこと。ミハルちゃんはベリーの方が好きだという。ラブはかわいい系でベリーはきれい系らしい。この間まではアンパンマンだったのに、すっかり女の子の趣味です。お昼を食べながら、ピアノ教室で習った曲をちいちゃな指で鍵盤を弾くまねをしながらドレミで歌う。お友だちの名前を教えてもらったりにらめっこをして、にらめっこで一番自信があるという白目の顔を見せてくれる。そりゃおじちゃん負けちゃうわな。濃密な時間を過ごした後は握手をしてお別れ。お別れのときは姿が見えなくなるまでずっとずっと手を振ってくれた。ミハルちゃん、また来年会おうね。
 根津のギャラリーKINGYOで菱田陽子さんの個展。またまた久しぶりにMMさんとお会いする。ちょうどわたしの名前が出ていたところらしい。そこへアラン・ウエストさんが通りかかって、しばらくは食べ物と体型の話で盛り上がる。それからMMさんと谷中に移転したGallery Jinへ。オープニングのグループ展は、新人作家も含め、それぞれなかなか力のある作家さんたちの作品で充実したものになっていた。中でも後藤智さんの作風ががらり変わっていて驚く。今後の展開が気になるところだ。
 失礼するときに一杉さんに「ミルクホール」という雰囲気のある喫茶店を紹介してもらい、MMさんと一緒に入ってみる。古いアパートを改装したような、昔ながらの喫茶店という感じで、「本を読んだりゆっくりしていってください。おしゃべりをする方たちは本を読んでいる方の邪魔にならない程度の声量でお願いします」という喫茶店だ(声量の小ささならお任せください)。注文した「本日のお勧めコーヒー」は酸味と甘味の絶妙なバランスがあってなかなかおいしいコーヒーだった。最初はいろいろとお話をしていたところで、ふと妻有アートトリエンナーレの話をしてから、俄然盛り上がる(ただし回りに迷惑をかけない程度に)。MMさんにいろいろとアドバイスを受けて、しっかり見に行こうという気になった。さてさていろいろなところに出かける予定の忙しい夏になりそうです。

8/5
 オペラシティアートギャラリーのインゴ・マウラー展へ。思ったより来館者が多いような気がする。アートよりは工業デザインよりの視点からなのかもしれない。かく言うわたしもどちらかというと照明装置としてヒントになりそうなものがあったら盗もうと思ってのことだった。展示作品の中で、わたしが昨年末あたりにかなり入れ込んでいたアイデアに近いものがあり、その装置の大掛かりなところから考えてみて、採用しなくてよかったと実感した。非常に抽象的な言い方をすれば、そのものずばりを作り出すのではなく、それを鑑賞者の中で想起させるのがわたしにとってのアートだから。そのものをゴロンっと鑑賞者の手に渡すのではなく、なんとなく耳元に吹いた風に振り返ってみるような、そんな作品作りを考えているから。
 ところでこの展覧会で気になったこと。わたしは照明装置のからくりを確認したいと思ってずいずい進んでいったら、「あまり中に入らないでください」と注意された。たぶん高校生くらいの来場者が作品を触っていたら、警備員が走ってきて注意した。しかし触るなとの注意書きは一切ないし、その横にある展示物には座ってよし触ってよしと係員が好意で勧めていたのに。高校生は触っていいものと触ってはいけないものがあるんだったら、そこをもっと案内をしっかりすべきだと苦情を言っていた。確かに。
 それからワコウ・ワークス・オブ・アートへ。現在は写真展を開催中で、展示されていたヴォルフガング・ティルマンスの写真の中に、プールの水面に生じた光の波紋を撮ったをもの見つける。
 それから京橋に行き、坂本都さんの油彩。坂本さんは玉川上水沿いにお住まいとのことで、水に映る空や雲、両岸に迫る木々の葉蔭が細かにゆらぎ移ろう様子が面白く、橋の上から目を凝らして観察し、光と影が交錯する川面の表面からその奥へ描く対象が変化しているとのこと。自身の視点ととても近い印象を持ちつつ興味深く鑑賞させていただいた。きっと井の頭公園から久我山へ向かう方の玉川上水だろう。今日はなんとなく水と光がキーワードになっているような感じだ。
 APSの松本秋則さんは、前回の展覧会ではぜんまい仕掛けの弦楽器のようで楽しく鑑賞させていただいたが、今回はぜんまい仕掛けの管楽器といったところで、これまた不思議な音色で面白かった。別の方がまるで催眠術にかけられるみたいだとおっしゃっていたが、くるくる回る仕掛けや妙なメロディーは確かにそんな気分になってきてしまう。
 本当に何気なく入ってしまったはずのギャラリーで、買い物をしてしまった。なつか&b.pでは「画廊からの発言」として京橋・銀座のギャラリーが小品を持ち寄って展示していたのだが、そこで永原トミヒロさんの作品を見つけてしまったのだ。5月の個展の際には、まだまだ持ち帰ってじっくりと鑑賞したいという気持ちにはなっていなかった。今回は70人を越える作家の小品の中でひときわアピールしてきて、とてもそのまま帰るわけには行かなかった。安くはないけれどもそれなりのお値段ではあったので、ここは購入させていただくことにした。
 御茶ノ水駅のホームから聖橋に映る光の波形を写真に撮ろうと思って、帰りに駅に立ち寄ったのだが、あいまいな像しか映っていなかった。やはりあの波形は記録に残して映像以外のものをすべて捨ててしまうのではなく、記録を残さない代わりにそのときの風やら光やら音やらすべてを一緒にして記憶に残すべきものなのかもしれない。

7/31
 今日帰りの電車の中でようやく川上弘美のエッセーを読了。今日は当然のことながら、途中で読み終えてしまうことが明らかだったので、もう一冊バッグに入れて外出したのである。
 なんだか昨日から足の筋肉に張りがあるように思える。走ったり長距離を歩いた覚えはないのに。もしかして葉山館の行き帰りのバスで無理な体勢で立ち続けていたからか?

7/30
 梅雨明けということらしい。ようやく布団を干すことができた。
 日中は制作。夜は映画。アルノー・デプレシャンの「キングス&クイーン」。元夫と妻、母と息子、父と娘、姉と妹、姉と弟、父と息子といった人間関係のそれぞれの距離や強度が徐々に明らかになっていく。しかもより一層複雑な様相を示していく。でも難解というのでもなく、解きほぐしていった先に現れるであろうものがチラチラと垣間見える。あるいはこれは家族という寓話なのかもしれない。
 その昔、エリック・ロシャン作品に出演していたイッポリット・ジラルドがやばそうな弁護士役で出演していて、久しぶりに見ることができた。いやー、しわくちゃになったなー。ルックスもそうだけれどおしゃべりな役柄からも、マチュー・アマルリックがなんだかファブリス・ルキーニっぽく見えてきた。ロメールなんかの映画が好きな人だったらわかるんだろうけどな。

7/29
 ついに神奈川県立近代美術館葉山館へ。逗子駅に到着してバスに乗ろうとしたら、バス停に長蛇の列が。バスは通勤時と同じかそれ以上の混雑ぶり。どうやら夏休みですっかりいい天気の土曜ということで海水浴客と一緒になってしまったらしい。と、思いきや、葉山館でかなり大量の人が下車。受付にも列ができてしまった。ジャコメッティってこんなに人気があったのか!窮屈なスペースでバスに乗り続けたことですっかり疲れてしまったわたしは喉を潤しながら少し休憩した。といってもレストランはすでに待ちの列ができていたので、戸外で自販機で買ったお茶を飲んでぼうっと海を見ていたというわけでした。
 体力が回復してからいよいよ展覧会場へ。ジャコメッティらしい作風を確立してからの平面や立体を興味深く見ているうちにふと気がついた。いつもより、あるいは他の鑑賞者よりも、作品(特に立体)との間の距離を三倍い近くとって見ているのだ。それ以上どうしても近づいてみようとは思わない。近づくときは技法の確認のレベルなのだ。どうして一定の距離を保って鑑賞しているのか自問しつつ見ていくうちに、ジャコメッティの「見えるままに造る」という言葉に思い当たった。実体、あるいは存在そのものの中から本質的なものを抽出してそれを造形するというものがジャコメッティの意図であれば、限りなく存在を遠ざけて消失点に到達した時点で残存している本質というものを見るべきなのではないか。それがわたしが一定の距離以上作品に近づかない理由なのかもしれない、などと思った。矢内原を凝視して矢内原の本質に近づこう近づこうと、恐ろしいほどの時間を費やしているのも、本質が立ち上がる瞬間をなかなかつかめないで苦闘しているようにも思える。矢内原がモデルとなった作品は、矢内原を介してジャコメッティと鑑賞者のわたしとが対峙しているようで面白かった。
 展示会場を出て、再び戸外で休憩。レストランを待っている人の列もまだまだ続いている。オーパの藤波さんにレストランの特等席を教えてもらったが、レストランに座ることすら時間がかかりそうだ。あわよくば飲み物くらいは、と思っていたが諦めた。
  ←  レストランの先端の席が特等席らしい。

 海岸のほうに遊歩道が続いているように見えたので、そちらの方へ降りていった。しばらく降りると東屋のような小屋があり、そこからも海が見える。道端には西雅秋の作品があった。ボートをコンクリートでかたどって逆さにした作品だ。作品だと気がつく人もいればただの小振りの展望台だとしか思わない人もいる。だが西としてはこうして作品の上に乗ってくれることむしろ想定していて、歓迎しているようにも思える。本来海面の下を向いている船底の上に人が乗って展望台のようにして海の方を眺めているというのはなかなか面白い図だ。
 喜んだのもつかの間。帰りのバスもすし詰め状態で、本来の所要時間の二倍くらいの時間をかけて逗子駅に到着した。カスヤの森現代美術館に行くことも一瞬よぎったが、神奈川県立近代美術館鎌倉へ行くことにした。
 鎌倉駅で降りて、直行したのは本屋さん。実は往きの電車の中で持ってきた本を読み終えてしまったので、帰りの電車で読む本が欲しかったのだ。町田康の「くっすん大黒」かモブノリオの「介護入門」かそれとも手ごろな新書か、とにかく帰りの電車で一冊読み終えることができれば上等。いろいろと迷って川上弘美のエッセー「此処彼処」にした。電車の中で本を読む人は、たいてい途中で読み終えてしまうとプチ・パニックに陥るのではないか。そしてわたしのように現地の本屋に飛び込むか、あるいは途中で読み終えそうだと思ったらもう一冊持って行ったりして。以前どうしようもなくなってホームのキオスクでどうでもいいミステリーを買ってしまったという知人がいたっけ。
 それからようやく美術館へ。来場者の中に葉山館で見たような顔が。美術館のハシゴなんてやりますなあ。
 エドゥアルド・チリーダは「スペインが誇る20世紀彫刻の巨匠」らしいが作品があまりにも大きいため、日本ではまとまった紹介がされてこなかったとのこと。写真での紹介のみではあるが野外の巨大な彫刻が特徴のようだ。今回は小品(といってもそれなりに大きい)やデッサン、マケットを中心とした展示だが、その特徴である、作品の内側に取り込まれ抱え込まれている空間も作品の一部として提示されているところを大変興味深く鑑賞できた。鑑賞し終えたら、どこにも寄らず何も買わずそのまま駅に直行。
 結局川上弘美のエッセーは帰りの電車の中では読了できなかった。

7/28
 東陽町にある竹中工務店の中にあるギャラリーA4の大巻伸嗣展へ行った。竹中工務店は最近アート関連へのサポートをしているようで、エントランスにはステンレス製パイプで組み立てられた強烈な「現代美術臭」がするオブジェがあった(後で調べたら、祐成政徳作品だった)。警備員のおじさんの横目にやや緊張気味にビル内に入るとすぐのところにギャラリーの入り口が。天井からすだれのように白く細いロープが密に垂れている。中に入りスリッパに履き替えて中に入るとそこには入り口にあったのと同じロープがおびただしく天井から吊り下げられ、滑らかな曲面を持った形状となっている。そのおびただしいロープをかき分けるようにしてその先に進むことができる。これは2003年にトーキョーワンダーサイトで開催された「Out of the blue展」で展示されたLiminal Airの別展開とも言える。あの時は6トンもの石膏を使い、暴力的なまでの存在を示した作品だったが、今回はあの作品の中に入り込むことができるという感じだ。
 会場案内図によれば、ずっと進むとその先にもうひとつ部屋があるようなのだが、しばらくはロープが延々と立ち現れるために、だんだん不安になりかけたところでようやく視界が開ける。そこを突き進む間中、(わたしにとっては)気持ちよいアンビエントノイズが流れている。おびただしい数の細いロープに巻き込まれて視界を完全にさえぎられる状態というのはなかなか新鮮な身体感覚となる。その感覚を味わうために何度も何度もロープの洪水の中を突き進んだ。当然ながらこれまでの大巻作品のように空間の隅々まで神経を行き渡らせた緻密な構成も見受けられる。見事なまでに。思う存分、その空間と身体感覚を楽しんだ後、ギャラリーを出た。
 京橋に出てそこからいくつかのギャラリーを巡る。藍画廊の塩入由美さんは布団を描いているのだが、その敷いたときや畳んだときの物質感のようなものが表現されている。ファイルを拝見したら以前、NADIFFで畳の縁や襖のへりなどを描いていた作品が展示されていて、なかなか興味を持った作家さんだったことに気がついた。そのことをお話すればよかったのだけれど、またお話せずに出てしまった。
 さるギャラリーのDM置き場で宮嶋葉一さんの個展が今週までであることに気がつき、当初予定に入れていなかった表参道のギャラリーに行った。通常は午後5時からオープンであるところをご好意で開けていただき、鑑賞することができた。ありがとうございました。宮嶋さんの白地に黒く太い線という単純化された図像はとても興味を持って鑑賞している。
 それからハンズ、世界堂と歩いて材料の確認をしてからタワーレコードに立ち寄った。あまり立ち寄らないポップ&ロックのフロアで女性のつぶやきの曲が流れていた。アバンギャルドコーナーならばいざ知らず、ポップ&ロップコーナーだ。ありえないことだと思ってモニターを見たら、マドンナのライブCDだった。う〜ん。ポイントも貯まっていたので使っちゃいました。マウス・オン・マーズも買ったから許して。

7/23
 調布の仙川にある東京アートミュージアムへ。安藤忠雄設計のスペースらしく、コンクリート打ちっぱなしでミニマルな空間となっている。こちらの畠山直哉はスイスの山を撮っている写真。一面を雪に覆われた中に人が歩く白い道がある写真などは、「これですよこれ」と頷いてしまう。今回の展覧会は畠山のドローイングも見られる。
 わたしはタカ・イシイ・ギャラリーに置いてあったチケットを使ったのでただで入ったのだが、本来は入館料300円を払わなければならない。しかし安藤忠雄の空間を体験できて畠山の作品も鑑賞できるのであれば、その程度はお支払いしてもいいというところでしょう。
 仙川から新宿に出て、久しぶりにハンズに寄って材料や照明設備についてリサーチをした。そろそろ着手しなければ。

7/22
 宮内庁三の丸尚蔵館の「花鳥−愛でる心、彩る技<若冲を中心に>」へ。
 「空虚なる中心」を訪れるのはたぶん何十年ぶりということになるのだろう。少々身構えて大手門から入っていったのだが、そこは「江戸城」以外のなにものでもなかった。
 まあ、それはいいとして、先週の国立博物館の大混雑振りからすれば、会場は遥かに小さく、ときどき人垣ができる程度で、時間が経てばその波も通過していくという感じで、十分堪能できた。このシリーズはこの6年間修復を行い、その成果を踏まえての展示ということで、若冲を中心にして3月下旬から9月上旬までを5期に分けて公開し、現在はその第4期ということになる。のだが、わたしは4期にして初めて足を運ぶこととなった。今期は酒井抱一と若冲の組み合わせだ。
 もちろん抱一も素晴らしいのだが、なぜ若冲なのかというと、やはりその特異性にあるのではないかと思う。きちんと組み立てられた構図があるにもかかわらず、そこに放埓的な躍動感がある。様式を踏まえた表現方法のなかに写実的な、いや写実を遥かに超えた、なにか細部に宿る神に囚われたようにこだわる細微な表現。その混合が引きずり込まれる理由なのだろうか。その細部とは入念な観察によって得られた知識が若冲の中で醸成されて、単純な写実を超えて豊穣な図像を作り出したのかもしれない。三周くらいしてすっかり体が冷えてしまったところで会場を後にした。
 そこから国立近代美術館に行こうと思っていたのだが、せっかく「表徴の帝国」の「空虚なる中心」に来たのだから、中を通って行こうと思った。その昔なら「宮城」と呼ばれていた、「あめのしたしろしめすおほきみ」の居住空間なのだろうが、もうまったく徳川家の居城という印象しかもてなかった。
 で、国立近代美術館の吉原治良展である。最初は室内と窓の外の風景を不思議なコントラストで描く作家だったのが、藤田嗣治に「人の物まねではなく自分のオリジナリティーで描け」と酷評され、そこから試行錯誤をして、アンフォルメルと機をいつにしたり、「具体」の中心になったりして、最後は誰にも描けない円を描くようになっていく様が時間を追って鑑賞できる。その円は見事にデザイン的でもあり、「雅さ」も感じられる。このようにして常に試し、進んでいきたいものだと思った。
 そこから清澄に出てギャラリーの集う倉庫へ。当然今回は迷いませんでした。タカ・イシイ・ギャラリーの畠山直哉展。ドイツ、ミュンスター南東部の旧炭鉱都市アーレンで取り壊された建物を撮影した写真。壊される前のまだ人の気配がどことなく感じられるところと、爆破による取り壊し作業とその後の重機が入っての作業が撮影されている。廃墟好き、取り壊し好きにはたまらない写真だ。これまでの畠山が素材として選んだものの写真にはとても親近感がわく。

  「記録」は常に未来からの視線を前提としている。そこに見える光景が過去であっても、写真自体は延々と未来に運ばれる舟のようなものだ。いっそ「記録」は過去ではなく、未来に属していると考えたらどうだろう。そう考えなければ、シャッターを切る指先に、いつも希望が込められてしまうことの理由が分からなくなる。
 −畠山直哉−

 
 「記録としての写真」を撮影すること。その作業は「未来」に属しているという畠山の言葉はヴァルター・ベンヤミンの「新しい天使」を想起させる。
 今回この倉庫内のギャラリーに足を運んだのは二回目だが、だいたいギャラリーのカラーがつかめるようになった。う〜ん、これが現代美術の潮流なのね。結構つまんなくない?

7/17
 朝早々9:50から映画である。「初恋」である。「わたしはあの三億円事件の犯人かもしれない。(中略)それから40年近くもの月日が流れているのに、私の中の喪失感は今も消えない。心の傷に時効はないから。」と言われたら、「喪失感」がキーワードの人には気になる映画ではないか。
 たぶん人気の若手俳優たちも出ているからだろう。女子中学生くらいから母親と一緒に来た小学生くらいもいるし、カップルもいる。きっと三億円事件のころにノスタルジーを感じるお年寄りと申し上げてもよろしいかと思える方もいらっしゃる。ほぼ満席状態である。
 結局これは切なく悲しい青春映画であり恋愛映画である。それにしても文化庁が支援しているのはなぜ?60年代末の風俗もそれなりに出ているわりにはR指定もないし。それだけ結局権力はびくともしていなかったってことなのだろうか。でもいい映画だったですよ。
 60年代末の風景を撮るために、ロケハンをかなりしたんだろう。60年代末の調布や府中は、まだまだこんな感じだったのだろうという風景を見られた。しかし突然白河の清洲寮や谷中のみかどパン、大名時計博物館の近くの黒塗りのアパートなんかが出てきてびっくりした。
 映画館では横の方から冷房の風が吹いてきて、すっかり冷えてしまった。夏なんか夏なんか夏なんかーっ!
 映画を出てから銀座でギャラリー巡り。ギャラリー58の中村友香さんは、以前千空間で拝見した作家さん。すっきりと抽象された記号としての風景画。そんなようになっていてとても面白かった。ジュリアン・オピーのCGより遥かに深い。
 三鷹に帰ってから「上々堂」に向かった。昨日買いそびれたミシェル・フーコーの「同性愛と生存の美学」を手にするためだ。もう絶版で品のいいものは12,000円くらいするらしい。が、これは800円。昨日手にしたときにはまったく気がつかなかったが、線が引かれたりメモ書きがされていたりするからだ。線引くんだったら色鉛筆は遠慮してくれよ。もしかして昨日のは売れちゃったのか?あんまりがっかりしたので、ジョルジュ・バタイユの「エロティシズム」も購入したこちらは1,000円なり。でも結局いつになったら読むんだろう。今後の読書スケジュールからするとまだまだ先になりそうだ。たぶん年は改まるだろう。少なくとも一回は。

7/16
 PC内で会場設置図(案)を作ってみてもいまいちピンと来ないので、個展会場の模型を作ることにした。う〜ん。案外不器用なんだよなー、わたしってば。まあプレゼンテーションには使えるでしょう。
 それよりも今読んでいる本がなかなか面白くてどちらかというとそっちの方に気が向いてしまう。窓を全開にして風が吹いてきたことをいいことに、寝そべってだらだら本を読みました。
 夕方、久々に近所の古書店「上々堂」に行ってみる。最近の大型書店は目的の本があってそれを購入するためには便利かもしれない。しかしただ「なにか面白そうなものはないか」と題名や著者をブラウジングして、ときどき手にとって中をちょっと読んでみたりするには適していないような気がする。あまりにも点数が多すぎるからだ。「なにか面白そうなものはないか」と書棚を眺めるのは、今後は古書店になっていくのではないだろうか。今は「街の本屋」がどんどん姿を消していく。どこぞのチェーン店ではない、適度な規模の「街の古書店」がその役割を代用していくのではないだろうか。と、「上々堂」でそんなことを考えながら本を漁っていたわけではないが、急に「お店の方ですか?」と声をかけられた。わたしが本屋さんに見えるってことでしょうか。どうやらそれは間違いで、本を売りに来たのだがレジに誰もいないらしい。お客さんはわたしと後は明らかに「わたしは本好きの主婦です」然とした女性だけだったからか。まあいいんですけどね。今日はいろいろと迷った挙句せっかく出会ったのだからとプリーモ・レーヴィの「今でなければいつ」を買った。ミシェル・フーコーの「同性愛と生存の美学」はもう少しだった。でも買わずに帰って後悔したので、きっと明日買うだろう。

7/15
 日本橋のギャラリー砂翁&トモスの大森澪さんの個展へ。「この暑い中をわざわざ。」とご挨拶いただいたが、それはもう大森澪ファンとしては気温は関係ありません。1Fが水彩でB1Fが版画。水彩はアクリル板で額装されていて、タイトルの「水棲の花」にぴったり。版画だと色が限られてくるので、水彩で試されているとのこと。色を置いていくのではなく、水に溶かし込み、それを紙に定着させるような手法をとられているらしい。版画とは手法が異なっていてもやはり大森ワールドの香りが作品から漂いだしている。アクリル板版画による額装ということもあり、作品制作の状態をそのまま展示して、作品が広がっていく様を体験できる。時間をかけて鑑賞しても、それを遥かに超えて応えて来る世界の深みと広がりを持つ作品だ。B1の版画も何度も何度も見直して、さらにまだまだ惹きつけてやまない魅力がある。部屋の中に一人でいることをいいことに結構長い時間を過ごしてしまった。アクリル板の額装を拝見して、わたしも久しぶりにアクリル板の額装の作品を作ってみようかという気持ちになった。
 Gallery unsealの横井山泰展へ。昨年の9月、10月、12月。今年に入ってから6月、7月と、わたしが知っているだけでも頻繁すぎるほどに個展を開催されている。やや不気味っぽくもあり可愛くもありユーモアもある。この不思議な世界がまた惹きつけられてしまう。鑑賞者が一人であることをいいことに、じっくりと楽しませていただいた。
 次は上野の国立博物館で開催中の「若冲と江戸絵画展」へ。入り口の券売機のところに列がないからといって会場内がそんなに賑わっていないだろうなんて高をくくってはいけません。もう大変な賑わいです。若冲は国民的人気絵師って感じです。列に入ってゆっくり進んでいかないと絵を見ることはできません。少し後ろに下がって全体像を見るなんてこと不可能です。こんなに若冲が人気あるなんて。みなさん、ジョー・プライスさんに感謝しなきゃ。ほとんど近年になってようやく名前が一般的にも知れ渡ったんですから。それにしてもガラスに張り付いて細部をつぶさに見入るか遠くから人垣の隙間から漏れ見える部分から全体像を想像するかといったような鑑賞しかできず、なんだか間接体験をしているような気分だった。鳥獣花木図屏風なんかときどき接近して細部を確認しては、頭の中で全体像を再構成しなければならず、以前見た静岡県立美術館蔵と比較できるほどには鑑賞できなかった。まあ、若冲以外でも曽我蕭白のこってりした世界や円山応挙、酒井抱一、池観了などといった有名どころから明治時代の河鍋暁斎(伝)まで見ることができたからよかったということしよう。できればもっとじっくりと鑑賞したかったのだが。さらに今回は展示方法に工夫があり、光の強弱で色彩がいかに変化するかという、ある種博物館の外の環境(日常生活)での鑑賞を疑似体験できるというコーナーもあった。
 会場の平成館を出たら地面が濡れていた。水撒きでもしたのかと思って歩いていくと、地面が全面的に濡れている。どうやらにわか雨でも降ったようだ。ミュージアムショップで「踊る埴輪」(最近の研究では踊っているわけではないようだが)のぬいぐるみのキーホルダーやら金属製の土偶のキーホルダーなんかを冷やかして(冷やかされて)から帰った。
 東京駅から中央線に乗ろうとしたら、なんとさっきの雨はものすごかったらしく、大雨やら落雷やらで中央線は3時間くらい不通だったらしい。それでようやく運転再開した最初の電車に乗ったらしく、途中から大混雑となった。どのくらい雨が降っていたのかわからないが、博物館にいる間に降って止んだということらしい。まあまあラッキーだったということだったんだろうな。
 やっぱり博物館の中は冷えた。Tシャツ一枚では耐えられなかっただろう。長袖シャツを羽織っても腕が冷えた。外はものすごい暑いのに。夏なんか夏なんか夏なんかーっ!

7/14
 いよいよ今年もこの季節の到来か。どこにもない「涼しい場所」を探して、寝ながらいろいろな角度を試して体を動かしているのがわかる(簡単に言うと寝苦しくて寝相が悪くなっているということ)。その分眠りも浅くなる。外を歩くと暑くてぐったりするが、美術館や映画館の中にしばらくいるとすっかり冷え込んでしまう。夏なんか夏なんか夏なんかーっ!
 何とか集中して仕事を切り上げ、吉祥寺MANDALA-2へ。オノテツさん主宰の「迷宮怪」ライブ。ライブハウスに到着したら、すでに一番目のバンドSOZOROが最後の曲だった。二番目が迷宮怪。オノテツさんの音を聞くと、作品の構想が浮かんだりする。きっとそういうところを刺激するものが彼の音にはあるのだろう。三番目が久しぶりの日比谷カタン。相変わらず超絶、濃厚な世界。MCも脱線しているようでいて、でもあらゆる角度に手を伸ばして引っ張ってきても、すっぽり納めてしまうようなところが、彼の楽曲やテクニックのちょっと複雑な構成に似ていなくもない。なかなかいい時間を過ごさせていただきました。
 久しぶりにお会いした千葉祥子さんと交差点で30分以上も立ち話。積もる話も積もりすぎるとなかなか。たぶんまだ積み残しがあるはず。

7/9
 新日曜美術館をいつものように新聞の書評を読みながら見ていたら、アートシーンでトーキョーワンダーサイト渋谷のジャン・シャオガン展が紹介された。会期が7/14までで、行けるとしたら今日だけであることに気がつき、急遽外出することに決めた。
 トーキョーワンダーサイト渋谷に行くのは今回が初めて。去年、渋谷勤労福祉会館の中に作られたようだ。新しいから室内は真っ白できれいだし、なかなかいい空間だ。ジャン・シャオガンの作品はどこかで実物を見たのかそれとも何かの記事で見たのか忘れてしまった。古い家族写真を元に家族の肖像画を描いているのだが、一人顔の色が違っていたり、モノクロの色彩の中にところどころほのかに赤や黄色の映り込みを入れている。ほかに人物たちを結ぶような線が描かれている。これらの色彩や線は、たぶん作家や鑑賞者の現在地なのではないかと感じた。
 それからオーパに立ち寄り、藤波さんと若冲についてしばし語り合う。その後ワタリウムの「さよならナム・ジュン・パイク展」へ。一通り鑑賞して受付に戻ってから今回の展覧会の記念に出版された「美学、考 第9号 さよなら ナム・ジュン・パイク」をぱらぱら見ていたら、受付のおねいちゃんに「どうでしたか?今回の作品の中では何が一番よかったですか?」と質問されて、言葉に詰まった。なにしろビデオ・アートの先駆者、「巨人ナム・ジュン・パイク」であるし、ビデオ・アートの先駆者にとどまらず、パフォーミング・アートやムーブメントの観点から考察しなければならないし(そう、わたしにとっては「考察」対象なのだ)、その場でパッと思いつかなかったのだ。もう少し時間をもらえたらいくつか挙げられることができただろうが、受付でそういった問いを受けるのは「想定外」(ちょっと古い)だったので。許してね、おねいちゃん。そんなわけで考察のため、「美学、考 第9号 さよなら ナム・ジュン・パイク」を買わせていただきました。600円也。
 ところで先週はせっかくHPの中身を書いておきながらアップするのを忘れてしまっていた。公開備忘録にはなっていなかったというわけだ。

7/8
 ギャラリー巡りの一日。
 御茶ノ水駅で聖橋には波紋の揺らぎがゆったりと写りこんでいた。こういうときにデジカメを持っていないのってジンクスなんでしょうねえ。
 浅草橋のマキイマサルファインアーツでマルヤマ遠犀堂。それから上野に出て、芸大美術館のルーブル美術館展の混雑を尻目に谷中のバスハウスの神谷徹展へ。
 2005年に府中市美術館での展覧会以来だ。ややピンボケ気味の風景画と、グラデーションのかかった色彩に輪郭線のみの風景画。それぞれ深く見入る作品だ。絵画が浮かび上がって見えるように作った台形のキャンバスからしても、細心の注意を払っている作品だ。ピンボケ気味や色彩のグラデーションの上の輪郭線は、たぶん対象との距離感(時間も含む)の表現ではないかと思う。実際の風景そのものではなく、自分の中に醸成された、再構成されたような。そして鑑賞者はさらにその上に自分の物語を付け加えていく。
 クマイ商店にちょっと顔を出し、千代子さんにご挨拶。今年のアートリンクのことに話が及ぶ。今年は10回目でなかなか面白いものが出てきそうでよかった。それからいつもの谷中散策ルート(アラン・ウエストさんのアトリエ前−みかどパンとヒマラヤ杉−ねんねこ屋−青空洋品店と歩き、ギャラリーKINGYOへ。近くにギャラリーJINが引っ越してくるらしいという話を聞く(実は先月末に川田さんからお聞きしていたんだけれども)。また谷中界隈が街歩きとアートのいいカップリングになりそうでうれしい。
 吉祥寺駅で降りて井の頭公園の横を歩いていたら、久々に楳図かずおとすれ違う。赤白の横じまのTシャツ(長袖)とジーンズと赤いバスケットシューズは相変わらず。思い切って「グアッシュ!」でもした方がよかっただろうか。それとも「『猫目小僧』映画化おめでとうございます」とか言った方がよかっただろうか。なんてこと思ったわけはございません。
 夜はETV特集で「爆笑問題×東大!東大の教養決定版」を見た。小林康夫せんせー、さすがやり手。それにしても太田光が西田幾多郎や柳宗悦なんて名前をぽろぽろ出してくるところなんかさすが!って感じだった。どうしても太田光とレオス・カラックスが似ているように思えてしまうのはわたしだけでしょうか(わたしだけです)。

7/7
 新宿ジュンク書店で仲俣暁生と小熊英二のトークショーが今日あったのだが、電話申し込みを迷っている間に定員30名に達したらしい。それで迷いがなくなったという訳でもないが、高円寺「円盤」でオノテツさんの久方のソロライブを見に行くことにした。
 ドアを開けると三味線の音が聞こえる。チラシには「柳家小春」と書かれている。ライブハウスで江戸の小唄や都々逸なんかが聞けるなんてなんて素敵!エコロジカルでスローライフな江戸。つまりロハスな暮らしって江戸時代のことか(のわけないが)。
 オノさんは窓の外にマイクを設置して、その音をエフェクターでノイジーに処理して、その上にピアノの音を置いていくという演奏となった。マイクで拾う中央線の電車の音がジェット機のような轟音になり、道を歩く人々の声がドラマから切り抜かれたように響く。そこに丁寧にピアノの音が置かれていく。それはまるでヴォルフガンク・ティルマンスの写真のような、「切り抜かれた一瞬の輝きのような日常」のように美しくもはかない時間だった。
 ライブハウスからの帰り道、ほんの数秒ネコと並んで歩く瞬間があった。ネコは次の瞬間立ち止まり「おおっとぉっ!ったく驚かすんじゃねえよ!」とにらんできた。すまん。

7/2
 空模様を見て、自転車で遊工房へ出かける。ギャラリー内にいる間に雨が降り出したらしい。帰りはかなりな雨粒の中を走ることになった。しかし自宅に到着するころには雨も止んでしまった。
 その後は読書。でもそろそろ制作を開始しませんと。

7/1
 「毎月一日は映画の日」ということで、「花よりもなほ」へ。「『誰も知らない』の是枝裕和監督の誰も死なない時代劇」というコピーがあったが、今までドキュメンタリータッチで制作してきた是枝が、かっちりとした台本を書いて時代劇を仕上げている。「弱かった人が努力して強くなるといった『成長物語』ではなく、”弱いもの”が弱いまま肯定されるというか、周囲の人たちとの関係の中で、その"弱さ”の意味が変わっていく」との是枝の発言があるようだ。父親の仇討ちをしなければならないが剣の腕がからきしダメな若い武士が、社会の底辺層の人々が暮らすおんぼろ長屋で暮らすうち、「仇討ちだけが人生じゃない」ことを知ってしまったというストーリーだ。おんぼろ長屋の面々が生き生きしている。なかでも木村祐一演じる少々おつむの足りない孫三郎の物事を本質で捉える言葉に含蓄がある。「桜が潔く散れるのは、来年また咲くことを知っているからだ。」サムライだのモノノフだのを論じる際に使われる「桜の花の散りぎわ」というレトリックにはカウンターとなる言葉ではないだろうか。石橋蓮司が演じたちょっとエッチな、でも甥である主人公に「仇討ちだけが人生じゃないぞ。」と諭したおじさんがよかった。是枝の映画でこれだけ笑えるとは!という新鮮な感慨があった。
 その後京橋に出て川田祐子さんの個展に再度足を運んだ。前回拝見したときよりも鮮明に見えるような気がした。今までは色彩の豊穣なコンビネーションだったのが、今回の大作では微細な差異の中を無限に分け入っていくというような感じに思える。それは今までとはまた違った意図の下に制作されているようにも思えるのだ。「色味が少ない」とおっしゃっていたが、その差異の中を微分していくようにして、微細で豊かな差異を表現されようとしているように思える。そしていろいろと試作した後の、大作で用いた色彩の組み合わせが、まるでジェームズ・タレルの極小光源を用いた作品のように、じっと見ているうちにやがて鮮やかな色彩が浮かんでくるような効果を持っているようにも思えた。今後この意図がどのように展開していくのだろうか、かなり楽しみだ。次回のご予定はどうなっているのだろう。
 東京都現代美術館のカルティエのコレクション展に足を運んだ。美術館に入っていく人の多さに驚いたが、チケット売り場に長蛇の列があるのにはただただ驚嘆。いったい何がこんなに多くの人々をひきつけているのか?スタジオジブリ関連の展覧会ではあるまいに。会場内はどうなっているのか偵察しようと中を覗き込んだら、やっぱりほとんど列のようになって鑑賞しているように見えた。そこで鑑賞するのは断念した。会期終了間際だったからか?それともカルティエというネームバリュー?それとも「なんであんなにバカでかいものばっかりなの」「コンテンポラリーアートというのが大嫌い」という、オープニングでの某都知事の相変わらずの暴言の効果か?そんなわけでたおとなしく列に並んでチケットを買い、ほとんど並んで歩いて作品を鑑賞するだけのような展開になるのが予想されるだけなので、ただ足を運んだだけで、そのまま帰ってしまいました。途中どこか別のギャラリーに寄ったり、あるいはまた川田さんの個展に戻ってもよかったのだけれど、なんだかかなり疲れてしまって、そのまま帰宅した。帰宅後はしばらく横になっていた。いよいよそういうぐったりしてしまうような季節になってしまったってことでしょうかねえ。


タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ) の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。