イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。
当然真実のみが書かれているわけではありません。

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2006年月10月1日〜12月31日

12/31
 年末年始の休暇に入ってからほとんど受験生みたいな睡眠時間で、制作生活が進んでいる。
 夕方、散歩がてら吉祥寺まで足を運び、CDなど購入。いつもは人通りの多い吉祥寺が思ったより人が少ないので、ちょっとびっくりした。
 もう15年以上使っている片手鍋のプラスティック製の「とって」のところが長年加熱されていたためか、折れてしまった。カセットデッキ、スキャナー、ビデオデッキと壊れ続けている。なんだかポール・オースターの「最後の物たちの国で」を思い起こす。
 制作に没頭しているうちに、いつのまにか日が改まっていた。

12/29
 朝から制作。
 夕方、散歩がてら吉祥寺の本屋さんで本を購入。

12/28
 今日で仕事納め。帰宅する前に会期が今日までのグループ展に足を運んだのだが、予定より遅く退社することになったので、そそくさと拝見してそそくさとギャラリーを出ることとなった。失礼しました。

12/24
 夕方まで制作をして、ギャラリー千空間の川ア美智代さんの個展へ。過去12年の作品のレトロスペクティブとも言える展覧会だ。こうして振り返ると過去作も現在の作品に続くその流れが鮮明に見えてくる。画材の変化により、世界が深く広くなったことが理解できる。とても気持ちのいい作品に囲まれて、しばし歓談がはずんでしまった。
 帰りに三鷹駅ビル内のケーキ屋さんに行列ができていた。ああ、今日はクリスマスイブだったっけ。

12/23
 クリスマスイブイブ。そんなすてきな土曜日、わたしは結構お値段の張るものを買った。東急ハンズでポリセーム12枚。もちろん材料です。
 三崎亜記「失われた町」読了。三崎亜記に関してはもう(読まなくても)いいかなと思ったのだが、「30年に一度起こる町の『消滅』。忽然と『失われる』住民たち。」という文句に興味を感じて読んだ。のだが、なんなのだろう。この「うすっぺら」感は。「となり町戦争」の緊張感と不気味さや不安な印象はよかった。が、戦争終結後の香西さんとの再会シーンが余分で、すっかり弛緩してしまったように、この長編はその弛緩をそっくり移してきたという感じだった。文体の問題なのか?余分な会話や言葉が散りばめられていて、それらが、たとえば町田康の「告白」のように大きくうねっていくようなダイナミズムを生んでいるわけでもない。「SF好きでアイデアをいっぱい持っているけれども文体をきちんと身につけていない高校生の力作」というような印象を抱いてしまう。次に読み始めた阿部和重の「ミステリアス・セッティング」との間には歴然とした差を感じた。でもわりに評価が高いんですよね。なぜなんだろう。

12/17
 今日も朝から制作。少し先が見えたところで、進捗状況が非常事態宣言レベルであることがうすうす感じられるようになった。
 床に材料を置いて、膝を突いてかがんで、ずっと同じ姿勢でカッティングをしていると、腰と膝に負担がかかる。夕方散歩に出かけると、膝ががくがくした。そんなわけで夕食後は作業台の上での制作に切り替える。テーブルの大きさに比べて作品の方が大きいので床で作業をしていたのだが、これ以上続けるのはちょっと無理なようだ。
 最近はなぜかSonic Youthの最新三作をを聞きながら制作。

12/16
 朝から制作。
 外壁修理工事が終了し、シートも足場もはずされて、しかもいい天気なので、本当に久しぶりに洗濯物や布団をベランダで干すことができた。
 3時を過ぎたところでギャラリー巡りへと向かった。
 「眉間にしわがよっている」と指摘されて、気がついたのだが、制作をずっとしていると外出した時に、いつも以上に身構えてしまうようだ。今日は三箇所巡り、一箇所は開催時期を一週間間違えていることに入り口で気がつき引き返した。入ればいいものをね。


12/15
 先約があったのだが、わざわざそれをキャンセルして行ったのが「明日へのチケット」。
 エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチといった巨匠たちによるオムニバス形式の映画の最終日なのだ。それぞれ重なり合いながら進んでいくのだが、通奏低音のようにアルバニア難民の家族が三話とも現れる。最後はケン・ローチが社会派らしく、そしていつものようにきれいな解決策など提示しないで終わらせる。「Sweet Sixteen」に登場した少年二人が、セルティックFCファンで、チャンピオンズリーグを観戦にローマに行くというグラスゴーのスーパーマーケットの定員役で登場する。もう20歳を超えた青年となっている。まあまあ大きくなって、なんて思ってしまう。それからキアロスタミの遊び心だろう、妙に色っぽい女性がふらっと登場した。パンフレットにもそのシーンが載っているのだが、重要な役割ではないようだ。
 まあそんなわけで先約をキャンセルしただけのことはあった。

12/10
 遠路はるばる東京に仕事に来られたカオリさんと、共通の友人であるヨウコさんとで原美術館に行こうということで品川駅午後1時集合ということになった。午前中はずっと制作をして、自宅を出る予定だった12時15分前にようやく一段落したために大急ぎで出発。品川駅から原美術館までは、日差しがまぶしいくらいのいい天気の元、イチョウ並木を楽しんだ。
 原美術館は日系四世のジェイソン・テラオカの個展。「隣人たち」というタイトルだったが、どちらかというと「隣人にしたくない人たち」という感じで、一癖もふた癖もいやいや訳ありげな雰囲気を醸し出している、そんな人物像が88点。その他不思議な絵が何点か。前回来た時のオラファー・エリアソンとはまったく異なるが、まあこれもありかという感じでそれなりに楽しめた。それから美術館内のカフェ・ダールで食事(ジェイソン・テラオカにぴんと来なかったお二人にとっては、どちらかというとこちらの方が目的であったような感じだったが)。昼食後、デザートセットで「イメージケーキ」というのを注文したが、何のイメージかというと、ジェイソン・テラオカの作品で、男の頭に斧が刺さっているという絵からイメージを借用してクッキーで作り、チョコレートムースの上に置いたもの。もったいないので、チョコレートムースだけ食べて、クッキーは持ち帰りました。
 品川駅でお二人とお別れして、わたしは新宿東急ハンズでポリセーム12枚購入。クリスマスプレゼント用なのか、高島屋内をゆっくりとした歩調で買い物をしているカップルや家族連れを、例によっていらいらしながら追い越したりしながら帰りました。
 制作の方は全体の5分の1くらいは終了したのか?年末年始があるので、気持ち的には少し余裕があるが、平日でもコツコツ作業をしていかないと。

これがイメージケーキのクッキーだ!

こんなんがチョコレートムースの上に乗っかってるわけだ。


12/9
 一日中制作。
 最近散歩をしていないため、すっかり体力が落ちている。たとえば新御茶ノ水駅のホームから改札口までの長いエスカレーターをずいずい登っていくと、結構しんどくなる。なので、今日は夕方、散歩することにした。途中、いいノイズが聞こえてきた。まるでそれはアンビエントノイズの静寂の中にかぶさってくるひそやかなノイズみたいだった。いやいや道路工事でアスファルトに刻みを入れている旋盤の音でした。あたしゃこういう音が好きだったのね。

12/3
 今日は南村千里さんの参加しているダンスカンパニーCandoCoの公演を見に多治見に行くのである。朝10時に家を出て東京駅へ。新幹線の切符を買うとき、窓口の女性のキー操作やおつりの小銭の数え方の速さに圧倒される。感動的だった。
 新幹線で名古屋駅に到着。ホームに下りたら、東京より寒い!それから中央本線に乗り換えて多治見に行く。さてさて本物の「名古屋巻き」が見られるかと思って期待したのだが、その「名古屋巻き」がどういう髪型なのか知らないし、名古屋駅構内の乗り換えだけなので、わかるわけがない。かなりの名古屋の女性が「名古屋巻き」をしていて、すぐそれとわかると思っていたのだが、ロンドンのローライズよりは密度が低いのかもしれない。中央本線の電車に乗って「名古屋巻き」を探していると、向かい側に座った女性が「現代思想 ジュディス・バトラー」を読み始めた。なかなか名古屋も侮れんなあと思ったら、その女性はCandoCo公演の多治見文化会館にいました。
 プログラムは休憩をはさんでふたつ。最初はThe Journey、次はIn Praise of Folly。 The Journeyはエネルギーや感情などもろもろのものが伝播していく様を表現したようなパフォーマンス。In Praise of Follyは神、時間、人類、精神といったキーワードがシンボリックに表出する、なかなか考えさせられるパフォーマンスだった。CandoCoは半身不随で車椅子に乗ったダンサーや下半身が切断されてしまったダンサーもいる。その下半身のないダンサーが見事な跳躍をしたり激しく床を転がったりする。障害やジェンダーを越えた可能性を感じさせ、鑑賞者を勇気付ける素晴らしいパフォーマンスだった。
 その後アフタートークがあったのだが、芸術監督のセレステ・ダンデガー氏(彼女も車椅子)の言葉にもあったが、「CandoCoは障害者のダンスカンパニーでも障害者のトレーニングをしているわけでもなく」、プロのダンサーが、その能力を遺憾なく発揮するレベルの高いアート作品を提供している。それが感動や勇気を与えるところなのだろう。それから、イギリス政府からの資金援助もあるし、障害のあるダンサーのためのヘルパーや英語の手話通訳のアレックス(アレクサンドラ、コラボレーションのときにも来ていた)の渡航費も政府が出しているとのこと。財政難になると真っ先に文化事業を切って落とすどこかの「美しい国」とはまったく違う。
 アフタートークが終了し、、楽屋に南村さんやスティーナに会いに行った。途中でテクニシャンのエドにも(作業中ということで挨拶程度ではあったが)言葉を交わすことができた。楽屋の中は結構人がいて入りづらかったが、スティーナがわたしに気がついて、出てきてくれた。ダンス公演の際も感じたのだが、一ヶ月前に一緒にコラボレーションした仲間とこうしてその場から遠く離れた地で再び会えるのがなんだか懐かしいような不思議な感じだ。コラボレーションのことやらその後のことなどを話した。通りかかったダンデガー氏にも紹介してくれた。ダンデガー氏はコラボレーションを見に来てくれて、わたしの作品を憶えていてくれた(ルーシーから聞いた話だと、当日、「とてもきれいな作品だ。」とほめてくれたらしい)。その他、コラボレーションを見に来てくれたというダンサーのベティーナにも紹介してくれた。やはりかなり印象に残っているようで、いろいろとお褒めの言葉をいただいた。他にも今年の9月から参加したというダンサー、ズウとも話をしたり、手話通訳のアレックスとも再会を喜んだ。久しぶりに英語を使うことになったなー。でもなんだかロンドンにいるときよりもリラックスしておしゃべりができました。これからパーティーがあるとのことで、日帰りのわたしはそこで退散した。みんなに「トーキョーに帰っちゃうの?」と残念がられたが、トーキョーまでは4時間以上かかるし、明日仕事だからと帰らせてもらった。スティーナは日本でのツアーの後すぐクリスマスってこともあり、すぐに帰ってしまうみたいだ。残念。
 日帰りで疲れたが、それだけの甲斐があった。

12/2
 いやはやもう12月である。
 日中はずっと制作をして、午後3時過ぎごろに外出し、銀座のギャラリーゴトウへ。数寄屋橋交差点あたりで憲法九条改悪反対とジャーナリスト協会、演劇協会、ペンクラブ等々の有志で反対運動をしていた。平均年齢は結構高かった。その前に長蛇の列。どうやら宝くじを買う行列らしい。30分待ちというプラカードからさらに同じくらいの長さの別の列ができている。こちらは老若男女。なんだか日本の社会の現状をまざまざと見せられた気になった。
 銀座の通りで元NHKモスクワ特派員の小林和男氏とすれ違った。柔道でもやっていたのかと思われるほどがたいがよかった。思ったより小柄だった。
 ギャラリーゴトウの 三人展(高島進さん・団野雅子さん・中込靖成さん)に行ったのだが、時間を勘違いしていて、5時までだと思っていたら、4時半から撤去だったらしい。大急ぎで拝見することになってしまった。お三方とても素晴らしい作品だったので、残念だった。中込さんが来場者の方にお話されていた言葉で、「少し先を見据えて描いています。」というのが印象に残った。10月にお会いした井上まさじさんも「先を見据えてそれに向かうようにして描いている」というようなことをおっしゃっていた。
 それにひきかえわたしは・・・。足元しか見えていない(いや足元さえも見えていないかもしれない)。

11/26
 今日からやっとカッティングに突入。
 一日中制作。いよいよそんな状況となりました。

11/25
 日中は制作をして、夕方くらいから外出してギャラリー巡りをする。
 かねこあーとの井崎聖子さん。縦に長く続く線が見える。が、他の来場者に説明されているのを聞くところでは、横に何度も筆を走らせてできた「溜まり」なのだそうだ。今回の展覧会のタイトル「境界」から連想し、「境界」とは隣り合う領域が拮抗し、融合する、高密度な区域のことなのかなぁと考えながら鑑賞した。白い作品もまた気持ちよく、できればもう少し長く鑑賞していたかった。
 巷房階段下の高久千奈 さん。
 うわさに違わず照明が暗い。できれば解説をお聞きしたかった。
 銀座から北千住へ。芸大千住キャンパスのインゴ・ギュンター展へ。入り口上の壁に映像が映し出されている。中には6会場あったが、特筆すべきは最後の「トポロジー・ドライブ」。日米の北端から南端まで、同緯度の標高数値を元に風景画のように表現した映像とオブジェの展示。本来はそこにあるべき日常の細部の風景を取り払うことによって立ち現れる地勢は、普遍性よりもむしろもっと個別性を意識させるような気持ちになる。穏やかな映像の中に政治性やら社会性を潜ませるインゴ・ギュンターならではの作品だった。
 会場を出てさあ千代田線で帰りましょうというわけにもいかず、というのは来るときに本を読み終えてしまったからだ。駅ビル内の丸善に立ち寄り、本を物色するが、なかなか決められず、やっと小川洋子の「シュガータイム」に決めたら、45分ぐらい経過していた。

11/23
 朝からずっと制作。
 夕方になってから岩波ホールの「紙屋悦子の青春」へ。
 内容の前に技術的な疑問。原田知世が老婆の役のときに確かに白髪のある髪ではあるが、顔は少しは老人のメークをしているのかもしれないが、皺すらないように見えた。永瀬正敏は喉とかすっかり老いをまとっていたのに。それから紺の絣の着物(紺色は画面では黒く見える)で見えにくいかもしれないが、マイクの黒いスポンジのかなりの部分がしっかり映りこんでいるところが二箇所あった。これはどういうことなんだろう。
 黒木和雄はこの映画を完成させて亡くなったのだが、プログラムには寄せられた文章が載せられていて、悲しいものがあった。回想シーンが終わり、病院の屋上でしばらく夕日が沈むのを眺めていた老夫婦が立ち上がる際、
「もう、よかとですか?」
「なんが・・・?」
「お父さんが、ここにおりたか言うたじゃなかですか」
「ああ・・・もうよか・・・また明日来ればよかたい」
「今日の続きはあっとですか?」
「うん・・・ずっと続くったい。いつまででん」
というせりふがある。平和とは少々退屈ではあっても日常がずっと平坦に続くものなのかもしれない。映画を見て泣いている人がいたけれど、でも今はもう泣いている場合ではないと思うんだけれど・・・。
 帰りに時間があったので、新宿でハンズに寄り、アクリル板を購入。新宿駅新南口まで電飾ぎらぎらの「イルミネーション・サーカス」を通り抜けて、「まあきれいねえ」だとか言って写メールを撮る人々の後ろをじりじりしながら歩くのは不愉快だろうと思い、わざわざ地上まで降りて南口に向かった。
 中央線ホームには試運転中の新車両が停まっていた。他の路線にはすでに導入さている銀色のステンレス製に、横にオレンジ色が走るものだが、女性二人組みが妙に感激して「かっこいい〜。」とはしゃいでいた。いやぁそれほどのことはないと思うんですけど。イルミネーション・サーカスにせよ、ステンレス製車両にせよ、わたしの美的感覚がずれているということでしょうか。
 灰谷健次郎死去。「兎の眼」「太陽の子」などで知られる作家と報道されているが、わたしもそこらあたりしか読んでいない。だが、かなり感銘を受けた作品だった。
 ロバート・アルトマンも死んだ。散漫になることなく群像を描き、そして最後は一気に収束するあの手法は本当に見事だった。合掌。

11/19
 朝から制作。途中で一段落して次のステップに進みそうな気配だったので、必要としているスチレンボードを買いに出かけることにした。午後から雨らしいし。で、外に出たらパラパラと雨が降り始めていた。案の定、お昼過ぎだった(この場合、本来ならば「時間はお昼過ぎだった。案の定雨が降り出した。」が正しいだろうが)。新宿世界堂で1mm×800mm×1100mmのスチレンボードを20枚購入。スチレンボードなんか軽いからと甘く見ていたら予想以上に重い。しかも雨がずっと降り続けている。傘をささずに世界堂から新宿駅まで、三鷹駅から自宅までを歩いた。風邪を引かないよう気をつけよう(っていうか風邪を引きそうなことはあまりやらないようにしよう)。
 では制作を続けます。

11/18
 朝から制作。午後3時過ぎになったら京橋・銀座のギャラリーを三つほど回ろうと思っていたのだが、しばし悩んで出かけるのをやめてしまった。しばらく制作を続けたかったのだ。のわりにそれから1時間ほどだらだら時間をつぶしちゃったんだけどね。
 たぶん何かの数式を当てはめればきれいにできる図形をフリーハンドでやっている。大丈夫なのか?

11/17
 外勤から職場に帰ってきたとき、恰幅のいいひとりの欧米男性がタクシーに乗り込もうとしていたところに出くわした。「本当に素晴らしい体験でした。」と見送りに来た中〜老の三人の女性に笑顔で挨拶をしてタクシーに乗り込んだ。リービ英雄だった。

11/15
 ロンドンから封書が。開けてみたら寄書きなんかが入っている。ルーシー、南村さん、スティーナ、ローズ、ジェドがそれぞれ一言(か、それ以上)書き入れている。わたしの作品がインスピレーションを湧かしてくれたとか、わたしの作品が加わっていいコラボレーションになったと、みんながサンキューと言ってくれている。ありがたいことだ。サラリーマン生活に戻って、ときどきあの5日間は幻だったような気もしていたのを、ちゃんと現実だったと証明してくれている。
 そうしたら日本時間の夜にルークからメールが来た。曰く。
 「残念ながらartsdepotには君の全作品ないしは一部でも購入する予算がない。でもartsdepotはとてもとても君の作品を気に入っており、わたしはいつか君の作品を購入するかあるいは将来artsdepotのための作品制作を委託するように主張していくつもりだ。」
 ありがとう、ルーク。実際わたしにとってはコラボレーションが成功したこと、展示した作品がそれなりに存在感を示していたこと、コラボレーターたちが作品の意図を理解してくれて、インスピレーションが湧いたと言ってくれたこと、来場者にそれなりの印象を残せたこと、artsdepotのスタッフがみんな喜んでくれたこと、artsdepotが購入の希望を示してくれたということで、もう本当に十分に満足なんだ。残念だと思うのは、あれらが戻ってきて、それでまた部屋が狭くなってしまうということだ。

11/12
 今日も朝からずっと制作である。昨日から始めていたトレースは午後3時半ごろ終了。二枚重ねてみると、いい感じにずれていて少し安心する。
その後、散歩がてらに買い物に吉祥寺に行って帰ってきたら、寒い風に中、妙に汗ばんでいる。空はまだ青色が残り、夕日に照らされた雲が怪しい赤色系に輝きながら流れている。 南の方には家々の隙間から、山脈と見紛うほどの塊での雲が見える。なんとなく不穏なイメージ。
 風邪がぶり返したかもしれない。

11/11
 朝からずっと制作。先週描き終えた下絵をトレースする。3時を過ぎたところでマキイマサルファインアーツにプレスリリース用資料を届ける。高島さんにはやはり他とも同じようにロンドンの報告を行う。
 帰りに靴を買う。何年かずっとカジュアル時に履いていた靴だが、かかとの外側がかなり擦れて削れてしまい(そういう歩き方の癖なんですね)、最近は歩いている間に靴下が1/4ほどずれて回転してしまうようになったのだ。履く寸前にたるみのないようにきっちり靴下を履かないと、歩いているうちにだんだんずれていって1/4回転してしまうのだ。そのときの気持ち悪いさといったら。

11/7
 ルーシーからこの間のコラボレーションのパンフレットやポスターや作品紹介のプレート(下の画像参照)が届く。ルーシーったらなんてやさしい人なんだろう。南村さんも「イギリスでこんなにいい人に会えてほっとする。」と言っていたが、何から何までいろいろと気を使ってくれて本当に助かった。ルーシーがいなければここまで気持ちよく参加できなかったかもしれない。いくら感謝してもしきれない。ってここで日本語で感謝しても仕方ないけど(一応英語でお礼のメールを送りましたけどね。それにまたすぐさま返信してくれて、本当にルーシーったらなんてやさしい人なんだろう。南村さんも・・・以下略)。


11/5
 一日中制作。
 夜11時ごろになってようやく一枚下絵が完成。
 う〜ん。非常事態宣言が早々に出そうだ。もしかしたら当初の計画をネガティブに変更しなければならないかもしれない。

11/4
 SHUGOARTSのイケムラレイコ展へ。入り口の方の照明が消されていて、暗めなのだが、今回はそういう意図なのだろうと思ってじっくり鑑賞して、部屋の中ほどまで来たところで、ギャラリーの女性から「オープンは12時からです。」と言われてしまった。時計を持っていなかったので正確な時刻はわからないが、やはり12時前なのだろう。他のギャラリーで開いているところに入り、戻ってみたりしてもまだオープンしているような雰囲気ではない。一旦ビルを出て正確な時間を知ろうと清澄公園へ向かった。公園の時計を見たら12時をちょっと過ぎたようだったので、またSHUGOARTSに出直した。明るくなってました。
 それから根津のギャラリーKingyoへ。ご主人が店番をされていて、ロンドンでのコラボレーションの話をする。ご職業柄、それから現在展覧開会最中のギュンター・フォクト氏がランドスケープ.アーキテクチュアであり、今は表参道に建築物を見に行っているとのことから、ロンドン、フォクト氏の出身地スイスなどを含めたヨーロッパやアメリカと日本の建築事情について話をした。ご主人からわたしの作品は建築的にも面白いし、今、海外は従来の、たとえば壁をしっかり作ってはっきりと境界を作るとかというようなかっちりしたものではなくて、ややあいまいなものを求めている傾向があるので、きっと海外でうけるだろう、ぜひ日本と言わず海外でもがんばって欲しいと言われた。なるほど。確かにイギリス国内に170通くらい出したメールに、建築関係の学校のギャラリーから反応があったなあ(結局来なかったけど)。まあちょっと考えてみますか(ってどう考えたらいいかわかりませんが)。わたしも建築関係は結構興味があるので、なんだかじっくりお話をしてしまいました。
 それからギャラリー千空間の中村明子展へ。中村さんとは6年来くらいの知人だが、いろいろな素材を使って表現しているところがとてもうらやましい。今回もまた新しい素材を使って表現している。今回は夢にちなんだ作品で、1階は光を使って特に暗くなっていくときが美しかった。2階は小さな作品で、凝縮した面白さがあった。
 会場では1年半ぶりくらいにMさんにお会いした。スロッビング・グリッスルあたりを知っている同士ということで、以前からお会いすると音楽談義となるが、今回も自然とそういうような話になった。
 それからなんと小川敦生さんとお会いすることになり、カードをお渡ししたら、なんとなく同じテイストがあるようで関心を持っていただいた。わたしももちろ小川敦生さんは気になる作家さんなので、お話できてうれしかった。
 千空間でも当然と言えば当然だが、ロンドンでのコラボレーションの話になり、やはり予想以上にお話をしてしまった。
 そんなわけで夜になってから制作をすることになった。  

11/3
 連休初日で意気込んでいたのだが、疲れがたまっていたためか、朝は10時過ぎに起床。それからホームページの追加作業を延々と行い、夜8時に終了。
 たぶん外はいい天気だったのだろうが、相変わらず白いビニールシートで覆われているために、まったくわからず。今夜から制作を再開します。

10/30
 サラリーマン復帰一日目。どうやら職場のネットワークが障害を起こし、自分のパソコンの中しか見ることができず、メールも確認できなければインターネットにもアクセスできず、ネットワークを通して使っているプリンターも使えず、部署で共有しているファイルサーバにもアクセスできない。いわば都市部でインフラが完全にアウトになり、自室でじっとしていなければならないような状態になってしまった。お昼直前にようやく復旧。そんなわけでサラリーマン復帰第一目はのんびり始まった。
 さすがに午後は時差ぼけで眠くなった。

10/29
 成田からはもう何も読む本もなく、少々疲れていたので、リムジンバスに乗って新宿まで寝させてもらおうと思ったが、すぐ近くの席に座ったパックツアーで一緒だったらしいおばさんたちが、イタリアやらフランスで食べた食事のことを報告しあっていて、うとうとした程度だった。
 帰宅したが、まだマンションの外壁修理は終わっておらず、白いビニールシートで外光はシャットアウトされたまま。しばらく荷物の片づけをしてから、西荻窪のブリキ星へ向かった。川ア美智代さんの作品を受け取りに行くのだ。時差ぼけ解消のために歩いていくことにした。1時間くらいはかかっただろうか。西荻で二軒古本屋に入り、三冊ほど本を買ってからブリキ星に行った。ブリキ星が通常の古道具屋になっている時に入ったのは初めてで、なかなか面白い小物が置いてあって楽しませていただいた。作品をいただいてまた歩いて帰宅。
 その後実家などに帰国報告で電話をしたが、最後の方は意識が朦朧としてよく覚えていません。

10/28
 朝少し早くホテルを出て、近くのインターネットカフェでメールを読んだり書いたりして時間をつぶそうと思っていたら、閉まっていた。土曜日は遅く始まるのかしら。今日は土曜なので、やはりノーザン・ラインのハイ・バーネット方面の支線は工事で運行されず、振替えバスに乗って、もう一方の支線エジウェア方面の支線のブレント・クロス駅に行くことになる。やはりイギリスは週末は静かに自宅で過ごすのだろうか、週末によく工事が行われ、地下鉄が運休したり、駅を通過したりする。ブレント・クロスの方が駅前に店がたくさんあったので、インターネットカフェもそれなりにすぐに見つかるだろうと思い、発車したばかりだけれど、わたしともう何人か乗車するだろう人を見つけて、停まってドアを開いてくれたバスに乗り込んだ。確かにブレント・クロス周辺ですぐにインターネットカフェは見つかり、三日間有効というパスワードをもらい、そこで1時間近くメールを読んだり書いたりした。
 それから地下鉄に乗って約1時間。ヒースロー空港に着いて、チェックインカウンターの前の列に並ぶ。これがまた予想外に時間を食った。また、搭乗前の検査でも結構時間がかかった。テレビのニュースで搭乗前の検査で時間を食って飛行機に乗れない人が出ていると言っていたのだが、ブリティッシュ・エアウェイズのウェブサイトでは特に手荷物検査の基準が厳しくなったとは書いてなく、むしろ先月よりはゆるくなって、通常の持ち込み可能な荷物のサイズまでOKとなっているので、どうして時間がかかるのかは不明。
 いよいよ搭乗となったら、またゲートのボーディングの「もぎり」のところでオーバーブッキングだったらしく席が変更になった。やや期待したがエコノミーであることには変わりはないものの、客室乗務員と向かい合うような一番前の席で、ゆっくり足を伸ばせる席になった。これはまあラッキーと言っていいだろう。
 そういうわけで立て続けに二回も来てしまったロンドンともお別れ。この体験で身についたのは、室内で目が合った相手には口元だけでも笑みを浮かべて友好的なところを示すというエチケットかな。
 帰国した翌日の月曜から仕事に行かなければならないので、帰りの飛行機はじっくり寝ようと思ったのだが、思っただけではいつも眠れないのがすぐに寝られるわけでもなく、2時間ほど寝たような気がした後は、諦めて本を読むことにした。南村さんに宮部みゆきの「龍は眠る」をもらってあったのがよかった。530ページを超える本だったが、おかげさまで退屈することなく過ごすことができ、眠れないイグチは日本に到着する30分前くらいに「龍は眠る」を読み終えてしまった。

10/27
 今日は一日オフの日。朝からロンドン西部にあるギャラリーに行く。先月ロンドンに来たときに見つけたチラシで知ったのだが、ジェームズ・タレルの展覧会があるのだ。ギャラリーをオープンした落成記念の展覧会ということらしい。内装がとってもおしゃれ。タレルの作品は光を使ったもので、光という現実として見えるけれども実体のない素材を使った、視覚(あるいは脳の視覚野)を静かにしかし大きく刺激する作品だった。完全な間接照明で、青く光る長方形が遠くにあるのか近くにあるのかわからない状態で漂っているようにも見える作品。初めてタレルの作品に触れた人は、それが絵なのかなんなのかわからず戸惑いながらも惹かれていくという感じだ。他の作品も照明によって部屋の角に直方体や三角錐が浮かび上がり、これもまた静かに大きく鑑賞者を揺さぶる。小さい男の子とお父さんは二人して正座してみていたりした。そんなふうに静かに長く対峙したくなる作品だった。3階に行くとコンピュータ制御で3時間かけて光の色彩が変化していくという作品など、これもまたじっと見ていてしまいたくなる作品で、さすがに3時間は見ていられないので切り上げたのだが、エッチング作品を除いて、全部で5作品をじっくり1時間半かけて鑑賞したことになった。シンプルな構成で、静かにしっかりとした印象を鑑賞者に残すあたりはいつも参考になる。帰ってから早く作品を作りたくなった。
 その後南村さんとお茶を飲む。おいしいケーキのある店だということで、南村さんお勧めのケーキはひとつだけ残っていたとってもさっぱりしたチーズケーキのような味のものだった。
 南村さんのアドバイスは一言。とにかく言わなければわからない文化なので、どんどん発言しなさいということだった。こうして振り返ってみると、ミーティングでところどころ発言はしているように思えるものの、南村さんには個人的に
「トシオは自分の展示のことしか考えていなくて、コラボレーションしようという気がないのではないのか。」
とか、
「トシオはこのコラボレーションに参加して、本当にハッピーなのか。」
と言われていたらしい。言わなくてもわかる文化の中でも、特に言わない方のわたしとしては、もっともっと自己アピールして
「わたしはこんなことを考えている。」
「わたしはこのコラボレーションのためにこんなことをした。」
とかなりがんばって発言しないといけないということだ。確かにパフォーマンス後のパーティーでも、ひとりで満足感に浸っているとき、
「あなたはこの結果にハッピーか?」
と声をかけられた。そこらへんはむしろ自分の感情を隠す傾向にあるわたし自身の性格上の問題もあるのだが、今回のコラボレーションとしては、設置の結果や評判がよかったことに対する満足感よりもコミュニケーション不足だったことへの反省の方が大きく感じるのだ。語学力の問題もあるし(それでもルーシーやルークやスティーナはトシオは英語がしゃべれてすごいと言っていたそうだが)、度胸を据えて貧しい語彙力でもなんとか理解してもらおうというような真摯さとか努力が足りなかったと思う。そこらへんは
「わたしが言いたいのはこれですから、これを見てください。」
で終わらせている東京での個展とは大きな違いだ。
   普段は物静かなジェドも自分のやりたいところはきっちりと発言していたらしいし。もし今後イギリスで活動する機会があったなら、そこらへんは十分に心掛けておかなければならないだろう。
 3時間ほどおしゃべりをした後、お別れをした。南村さんにはわたしを推薦いただいたところから今後のためのアドバイスまでいただいて本当に感謝します。
 その後、ひとつギャラリーに行き、それからバービカン・センターの写真展に行った。1900年から現代までのヨーロッパの22人の写真家の作品を展示している。第一次、第二次大戦や冷戦、冷戦後というように時代順にブラッサイなどからエルスケン、ヴォルフガング・ティルマンスあたりまで展示している。冷戦下の共産圏下の写真家もいくつかある。まあまあおもしろかった。
 それからテート・モダンへ。ロンドン最後の夜にマーク・ロスコをじっくり鑑賞したいと思ったのだ。吹き抜け部分は先月来た時に準備中だったものが設置完了で大賑わい。簡単に言えば巨大な滑り台だ。Carsten Hollerの作品。チューブ状の滑り台が4つあり、高いところでは6階か7階あたりからもある。もう今日の予約は満杯。うらやましかったりもしたが、直接参加せず、こうやって人が楽しんでいるのを眺めるのもまたイグチトシオ的であろうと思った。ロスコ・ルームでじっくりと鑑賞してからショップに行ってみた。現在開催中のFischli and Weissは知らないから見なくてもまあいいかと思っていたが、ショップで売られているカタログを以前Nadiffで見たことがあって、俄然興味を抱いたので早速チケットを買って会場へ向かった。これはかなり面白かった。スイスのアーティストPeter FischliとDavid Weissの二人組みなのだが、クスッと笑わせるところがある。
 焼いていない粘土のままの状態の小さな立体で「Mick Jagger and Brian Jones going home satisfied after composing ‘I can’t get no satisfaction.」とか「Popular Opposites:theory and practice」という、一方は 実際の一輪車で、もう一方は体操の「一輪車」(一人がもう一人の足を持ち、足をもたれた方が腕を使って進むというやつ)の立体だったりする。フィルムはさらにコッテコテで、ドミノをやっているのだが、倉庫の中で薄汚れたような日常品を使い、たとえばお湯が沸くとピーっという音がするヤカンの口に千枚通しみたいなものをつけておき、その先に膨らました風船が置いてある。で、お湯が沸くと千枚通しは水蒸気の勢いで飛んでいって風船を割る。風船の中には水が入っていて、それが下にこぼれるとシーソーが傾いてその先にある何かの筒が動き始める。その円筒の切り口には中心をはずしたところに棒がついていてその棒にはくたびれた靴がつけられていて、円筒が回るとまるで歩いているように見える。それがぶつかった先にはボウルがあってそこの水がこぼれて、ひとつずつ積み上げられた角砂糖の一番下のを溶かして、均衡を失った椅子が倒れてというように、古い家具やら衣類やら水やら火を使ったドミノが進み、観客がクスクス笑う。いやいや楽しませてもらいました。で、会場を出たところで9時半を過ぎてしまっていて、テートモダンのレストランのラストオーダーの時間を過ぎてしまっていた。
 帰りに地下鉄の売店でサンドイッチを買い、ホテルに帰って食べました。帰りの地下鉄は途中で行き先が変わった。アナウンスに寄れば「ハイ・バーネット行きはこの後も続いているので、この電車はミル・ヒル・イースト行きに変更になります。」と。わたしはその線が分かれるフィンチェリー・セントラルで降りるので問題はなかったのだが、こんなこともあるんだ。これってたとえば丸の内線で「この後にも荻窪行きが続いていますので、この電車は方南町行きに変更します」ってことと同じ?         

Carsten Holler作品を見上げる

Carsten Holler作品を見下ろす


10/26
 いよいよ本番の日。ジェドは朝からPAの調整、ローズはPCで映像の確認か。わたしは今のうちにと写真とビデオを撮ることにした。ローズの映像を初めて通して見ることになった。PCでぼかした映像を見て結構気に入っていたのだが、完成版にはわたしの作品とダンスを重ねて編集している。それが反転したりする。
「すごくいいね!」
と言ったら、
「気に入った?」と喜んでいた。
 作品の金額はすぐには思いつかない。大体の計算をしても、それが日本においてさえ高いのか安いのかわからず、ましてやきちんとシビアに算出するイギリスで、それが適切な値なのかどうか判断もつかない。ルークに会ったとき
「まだ値段が決められない。日本に帰ってからもう一度計算しなおしていい?」
と弱音を吐いてしまった。
 さて昼過ぎから予定から遅れてリハーサル開始。午前中はジェドのPAの調子が悪かったらしい。リハーサルが終わったところでジェドにお茶に誘われる一通り終わってほっとしているのだろう。少し前忙しいさなかに頼まれて水を買ってあげたかわりにカプチーノをおごってもらう。しばらく東京の話や家族の話など雑談をする。ジェドはartsdepotから5分くらいのところに住んでいるらしいが、ここらへんは日本人が結構住んでいて、日本の食料品店が何軒かあり、それだからか納豆とか梅干が好きなんだそうだ。
「梅干すっぱくない?」
「ぼくはすっぱい食べ物が好きなんだよ。」
昨日はどうやって生活しているか、アーティストとして生活することはそれぞれの都市でどういうものなのかを話しているため、今日はもう少しプライベートな話になる。
「トシオは結婚しているの?」
「いやしていないよ。」
「じゃあ、ガールフレンドとかボーイフレンドとかそういったものは?」
「いや。ほら、ぼくはサラリーマンとアーティストでいわば二重生活だろ?だからゆっくりそういう時間を楽しめないんだ。ところでジェド、君は?結婚してるの?」
「いや、ぼくは結婚に意味を見いだせなくてね。でもガールフレンドがいて娘もいる。」
(あ、そう。そういうことね。)「じゃあ、娘はとってもかわいいだろう?」
「う〜ん、どうかなー(照れ笑い)。」
「コラボレーションってのはどう感じた?」
「う〜ん。ほら、ぼくは自分の部屋の中でひとりで紙とか切り抜いているでしょう?だからみんなで一緒になって作品を作り上げるっていうのは新鮮ですごい体験だと思う。」
「確かに。ぼくもずっとコンピュータとにらめっこでマウスをカチカチやっているからさ。ダンサーたちとはえらいちがいだよ。」
ジェドは静かで落ち着いた雰囲気があり、日本人の友達もいるらしく、なんとなく近い雰囲気を感じる。
 本当はリハーサルは一回だけの予定だったが、もう一度やることになった。ダンサーたちみんながもう一度やりたがっていたのだ。
 本番パフォーマンスは2回。一回目は友達や家族なんかを招待してみてもらう。二回目はartsdepotの設立二周年記念のイベントとして行われる。
 そろそろ一回目が始まるという時間時は会場にフレディーをあやしているルーシーのお母さんみたいな女性や、毎日スケジュール終了時に障害のあるダンサーたちを迎えに来る家族たちの家族の顔も見える。ジェドからは例のガールフレンドと娘を紹介してもらう。3歳くらいの女の子はジェドの友達の日本人に驚かされた経験があるらしく、わたしを見て陰に隠れようとしている。
 時間となり、ルークの挨拶とコラボレーターの紹介とパフォーマンスの説明が終わり、ジェドのクラッピングを合図としてパフォーマンスが始まる。わたしは一回目は2階部分を中心にビデオを撮ることにしてずっとカメラを覗き込んでいた。リハーサルではまだまだぎこちなく思えた動きが見事なまでに決まっている。本当にいいパフォーマンスだった。パフォーマンス後、ダンサーたちは家族や友人とおしゃべりを楽しんでいる。わたしはそういう人もいないので、そういった賑わいを離れてしばし自分の作品やら、暖かい賑わいを眺めていた。ジェドははしゃぐ娘に連れられるようにして会場の階段を上ったり下りたり。そのうちわたしの座っているテーブルに南村さんがやって来て、しばしさっきのパフォーマンスについての感想を言い合った。作品の値段の話になり、
「イギリス人はせっかちでシビアだから、早く値段を言った方がいい。」
と言われ、自分としては順当であろうと思われる値段をつけて、まずはルーシーを見つけて
「納得できる値段と思うか、吹っかけているように見えないか。」 と尋ねてみた。ルーシーは
「いいんじゃない。交渉の最初の値段としては。」
と言ってくれた。そこでルークのところに行って、その値段を示した。こういった組織であるため、当然なことだが、ルークひとりでは決められなくて予算の担当者と話をしなければならない。その話し合いはたぶん来週以降になるだろうとのことだった。
 会場には食べ物飲み物が用意され始め、パーティー用のしゃれたドレスなど着ている人はいなかったが、それなりにスーツやらを着た人たちが集まり始めた。時間となり、artsdepotのトップの女性が挨拶をし、来賓代表がスピーチをし(なぜかシアターをオペラといい間違えて笑いを誘い)、いよいよルークが先ほどよりはやや丁寧にコラボレーションやパフォーマンスの説明をして、再びジェドのクラッピングからパフォーマンスが始まった。今回はわたしは3階からビデオ撮影した。二回のパフォーマンスをやり終えて、コラボレーターたちの作品はかなりのクオリティーの高さがあり、一緒に仕事ができたのはとても光栄なことだったと思った。わたしの作品はただの展示のレベルである程度満足ができていたのだが、さらに音楽や映像、パフォーマンスの動きが影響しあって、さらに一層素晴らしいものになったと思う。あるいは素晴らしいコラボレーション作品の一部になれたと思う。
 パフォーマンス終了後、控え室となっていたダンススタジオに行くと、ダンサーたちは二回のパフォーマンスをやり遂げたことでみんな大興奮。スティーナが
「みんな短い時間によくあれだけのものを作り上げたよね。みんなすごいよ。」
と言い、コラボレーターたちの作品に対して評価と感謝を述べる。わたしに対しては先月の一番最初のミーティングのときに作品を見て、それが刺激となり、コラボレーションのイメージが出来上がっていったと感謝いただいた。光栄だった。みんなで記念撮影をして、それから三々五々解散していったのだが、ダンサーでCPDのもうひとりのルーシーが、まだ興奮しているためか、
「トシオ、あなたの作品は本当にすごいわ!あなたの作品と一緒にダンスできてとてもよかった!」
と抱きついてきた。こういうときに同じように相手のダンスもほめるのがエチケットなのだが、悲しいかな語彙力がないために、即座に相手の使った形容詞をそのまま使って応じた。
 会場に戻るとまだパーティーは続いている。賑わいの中、ひとりでぽつねんとしていても全然気にならないという性質は、こういった場合にはいいのか悪いのか。いつもと変わらずひとりでぽつねんとパーティーの賑わいと自分の作品とさっきのパフォーマンスの記憶とにぼんやりと漂っていた。ジェドもなんだかやや中心から外れてひとりでワインを飲んでいたりする。ときどきartsdepotのスタッフからお褒めの言葉をいただき、お礼を述べるが、
「あなたの作品はどこかロンドンのギャラリーで売られているの?」
「いいえ。」
「じゃあトーキョーのギャラリーで売っているってこと?」
「う〜ん、まあ、そうですかねー。」
の後、その先まで会話が弾まず、結局
「なにか飲み物でも飲んだら?あそこにジュースもあるわよ。」
と言われておしまいとなってしまう。昔ラジオ英会話のフレーズで"You must mingle!"ってのがあったなーなんて思い出しながら、賑わいに混じらないで歩き回ったりした。
 パーティーの合間、エドらテクニシャンは、まずはプロジェクターやPAから撤去作業を始める。わたしの作品は最後にエドがはずすので、それをわたしが丸めてしまうことになっていて、それをずっと待っていることになった。いよいよエドがはずし始めたので、それらを丸めて紙筒に仕舞いこんで終了。なんと夜10時になっていた。作業中にもartsdepotのトップの女性が
「いい作品でしたよ。どうもありがとう。」
と声をかけてくれたり、スタッフが
「もうはずしちゃうのね。ざんねーん。」
とか言ってくれた。そうこうして作業が終わったのは夜10時。そのころはもう関係者のほとんどの人が帰ってしまい、最後まで残っていてくれたコーディネーターの方のルーシーとルークにお礼とお別れを言ってホテルに帰った。
 確かに展示は成功したように思えるのだが、コラボレーションということではいまいちコミュニケーションをとることができなかったのが、残念で仕方がなかった。そんなわけであまり高揚感もなく、再びTESCOでサンドイッチとサラダとサバのスパイシートマト煮の缶詰を買ってホテルの部屋で食べた。
 就寝前に撮影したビデオの確認。う〜ん。手ブレが結構あるな。



画像はビデオの映像から切り取ったのでとても荒いです。ご容赦ください。
     

artsdepotトップの女性の挨拶

パーティーに集まった皆様

artsdepot2周年のバースデーケーキ(マクドナルドで調達?)
        

いよいよパフォーマンスの始まり

2階部分のパフォーマンス

3階のダンススタジオでのパフォーマンス
      

4階部分のパフォーマンス

2階のパフォーマンスを3階から見る

最後はみんなが2階に集合しておしまい


10/25
 朝のミーティングで、4階部分の作品の展示方法の修正を提案する。下から見ると作品の下で踊っているように見えるので、作品を通して見せるために縦につなげて展示し直すのだと説明した。ルークからは、安全上の問題があるので、artsdepotのテクニシャンに仕事をさせろと言われた。廊下はガラス製の低い壁の先が3階分の吹き抜けになっていて、そこに落ちれば一大事だ。でもそんな危険な作業ではない。自分でできるよと言って、椅子を持ってきてもらってそれで作業をすることになった。実際に簡単なことなのだ。天井板は鉄製の長い枠の上に石膏ボードを乗せているだけで、天井から吊り下げるといっても、その間に挟めば作品は設置できるのだ。一旦作品を天井からはずして2枚を縦につなぎ合わせて再び天井に挟むだけ。鉄製の枠も廊下側に数センチ入り込んだところにあるので、人に後ろから押されてもガラスの壁を飛び越えることはないだろう。
 途中で他のフロアのダンサーが作品の手直しで呼びに来るのでそちらに向かう。戻ってみると床に置いた作品がダンスの邪魔になるので置かないで欲しいと言われる。確かにそうですすみませんで、再び設置作業を始めると、通りかかったartsdepotのスタッフのおじさんから注意される。
「こんな椅子の上に乗って作業をするなんて、万が一のことがあって下に落ちたらとても危険だ。君の残りの長い人生が台無しだ。いやいや君のことを心配しているだけじゃない。もし何かあったら問題になるのはこっちなんだからね。そもそもこれを初めに取り付けたときは何を使ったんだ?そうか脚立か。じゃあ脚立を貸してあげるからわたしについてきなさい。君はCandoCoのテクニシャンか?」
というようなことを早口でダダダダと言われて
「いやちがいます。えーっと、インディペンデント・アーティストです。」(意味合ってるか?)
と答えて、一緒に保安室みたいなところに連れて行かれて脚立を渡された。
「終わったらさっき一緒にいた○○(人の名前。すぐに忘れちゃうんだよな)に言ってここに連れてきてもらいなさい。」
そんなわけで作品をすべて取り付けた後、2階まで駆け下りて行って、作品の位置関係を下から見て、また4階に駆け上がり位置の修正を行う。午後1時ごろだろうか、ようやく自分でも納得する位置に設置できてホッとする。終了した時点で、どっと疲れが出た。
 午後は写真を撮ったりしていたが、トイレでジェドと会ったら
「トシオの作品をartsdepotが買うんだって?」
と尋ねてきた。どうやら南村さんにその意向を伝えたらしい。南村さんからもそう言われたが、わたし自身はまだ何も言われていない。会場を使った練習のときにルークからようやく買いたいという話を聞いた。金額を教えて欲しいと言われた。どの作品のことを言っているのかと聞いたら、全部だという。正直言って日本ではインスタレーション作品が売れることはまずないので、大きな作品に値段をつけたことがなかった。いったいどの程度の金額になるのかまったくわからないと言ったら、考えておいてと言われた。さてさて困りました。
 夜はルーシー、スティーナと近くのイタリアン・レストランへ。ここでもartsdepotが作品を購入してくれるということでお祝いの言葉を掛けられる。それからコラボレーションの進捗や作品について、12月のCandCoの日本公演についてなどの話をした。先月一番最初のミーティングのときに作品を見て、会場に比べて小さいかなと思ったけれど、昨日展示したら、全然そんなことなくって会場にぴったりだった。それに展示した途端に雰囲気がガラリ変わったよねと言ってくれた。そのうち一段落したらしいローズが参加して、会話のスピードがネイティブ仕様になり、会話にまったく追いつかなくなってしまう。帰りにインターネットカフェに立ち寄って本日は終了。
 明日はいよいよ本番。でもわたしの作品に関して言えば、すでにとりあえずの結果は出ているので、気分は少し楽だ。      

cafeの上に設置した作品

ダンススタジオに設置した作品

4階の廊下に設置した作品


10/24
 CandoCoのテクニシャン(舞台美術から音響までこなす)エドとartsdepotのテクニシャンによってすべて設置完了。昨日、ルークは4階部分の設置は明日25日午後にしてくれと言っていたのに、エドとの話し合いの結果、今日すべて設置可能ということになったらしい。他のコラボレーターたちはそれぞれの仕事をしているのに、わたしだけ特に何もせずにいてやや肩身の狭い思いがしていたので、今日すべて設置が終了となり、ほっとする。
 設置完了で作品を見上げているとジェドが
「トシオ、作品を設置したんだ。ハッピーかい?」
と声をかけてきた。ジェドがダンススタジオで少し聞かせてくれたダンサーたちのクラピッングを使った音楽が、わたしの好きな方向のものだったので、そんなあたりの話から音楽談義になる。ジェドはロンドン大学の講座で尺八を学んだことがあるらしい。また日本のエクスペリメンタル・ミュージックも知っていて何人かミュージシャンを知っているらしい。自分の作品に合うと思う音楽は何だと思うかと尋ねられたので、ミニマル・ミュージックとか、人にエレクトロニック・エクスペリメンタル・ミュージックが似合うって言われたことを話したら、納得していた。彼はよく"Right Yeah."(音は「ライティヤー」に近い)という。
 2階部分でパフォーマンスをする車椅子に座ったままのヘレンが、ビニールシートの作品を巻いていくというパフォーマンスで、やや不自由な手でも巻けるようにと、ビニールシートの端に余ったアクリル棒を取り付けることにした。ビニールの作品を巻いて、最後は残りの部分をかぶせられるというパフォーマンスをするヘレンに、
「ヘレン、最後に君はぼくの作品の中に入っちゃうんだね。この作品は星のきれいな夜空を見て作った作品なんだ。だから君はさしずめ天の川を巻き上げてるみたいなんだよ。」
と言ったら笑ってくれた。喜んでくれたかな。
 それはさておき南村さんに4階の設置変更を依頼される。天井から147cmの作品を吊り下げたのだが、確かに2階から見上げると、作品を通してダンサーの動きが見えるというよりは作品の下で踊っているような感じに見えてしまう。その部分を修正すべきだとの指摘だ。確かにそうです。はい。検討いたします。2枚を縦につなげれば長くなるので、それでうまくいくのではないかと考えた。
 夜はルーシーお勧めのカレー屋さんというかインド料理屋へ南村さんと。どうもイギリスのインド料理屋さんは日本よりナンが小さい気がする。でもこれがわたしには適度なサイズですけどね。
 夕食後はルークからの宿題で、パフォーマンス当日に配布するパンフレットに記載する履歴などの紹介文を書くために(もちろん英語)、自分のホームページを参考にしようとインターネットカフェへ。今までとは違うインターネットカフェに入るが、ちょっと速度が遅く表示するのにとても時間がかかり、やっとたどり着いたプロフィールもプリントアウトができない。アフリカ系イスラム教徒の小柄な女性がひとりで店番をしていたが、わたし以外にもCD-Rにコピーができないという客もいて右往左往。ハスキーな声でどこかに電話してアドバイスを受けていた。結局ただプリントアウトするだけだったのに1時間以上もかかってしまった。

10/23
 深夜3時ごろ目がさめた。その後は寝ているような起きていたような。
 歩いてartsdepotに向かい途中、平衡感覚にちょっとしたずれを感じた。なんだか時差ボケがキツくなる予感。
 会場に到着するとルーシーが子供同伴で登場。フレディーという静かでいい子だ。かまってあげるとかわいい笑顔を見せてくれる。
 ミーティングでは作品の4階の設置位置の代替案を提案する。だが、4階の廊下はダンスをする場所なので、それとの兼ね合いで修正を要求される。ダンスの邪魔にならず、しかもコラボレーションが成立するような位置ということで、ミーティング内では決まらなかったが、その後、実際に4階に行って、南村さん、ルーク、4階のダンサーの中心となるケイティーと話し合った結果、設置位置が決まる。今日のところは、ルークに会場側の都合を確認して、明日からの設置スケジュールを決めておしまい。
 今日の午後はなんだかゲル状のカプセルの中にいるようなひどい時差ボケで、ここまでひどいのは今まで経験したことがなかった。帰る途中に昨日行ったインターネットカフェに寄ったが、満員で入れず。たぶんロンドンでは有名なスーパーマーケットのうちのひとつであろうTESCOで「ボンベイ・ポテト」という缶詰とパンとサラダとラッシーを買ってホテルに帰って部屋で食べた。「ボンベイ・ポテト」というのは、つまりはジャガイモたっぷりのカレーのことでした。もう体が言うことを聞かず、なんと8時前に就寝。

10/22
 夜ときどき目を覚ましたが、まあまあ寝られた。朝食はフル・イングリッシュ・ブレックファースト。フルーツ・ジュース、シリアル、トースト、ベーコン、卵、ソーセージ、ベイクト・トマト、甘く煮た豆、紅茶。完食。まあおいしくいただきました。
 朝のニュースを見ていたら、昨夜はラマダン入りで、どこかで花火大会だったらしい。それで夕べはいたるところで花火が打ち上げられていたのか。多文化国家イギリスを実感。
 ホテルから30分弱くらい歩いてartsdepotへ。12時からのミーティングに出席。建物に入ったところで音楽担当のジェドと出会う。
「やあ、戻ってきたんだね。」
と握手される。コーディネーターで今までずっとメールのやり取りをしていたルーシー、フィルムのローズ、artsdepotのコーディネーターのルーク、ダンスの南村さん、スティーナと再会し挨拶を取り交わす。その後、ダンスの中心になるCPDの4人も加わり、今回のコラボレーションについての簡単なミーティング。
 1時になってダンスの参加者も含めて一同がスタジオに集合。ダンスの参加者はダンス好きの高校生や大学生、インディペンデントのダンサーなどからハンディキャップを持った人たちまでで合計20人。そこにコラボレーションする作家やコーディネーターたちも加わって、ウォームアップを兼ねたワークショップのようにして二人一組でお互いを紹介し合う。わたしは時差ボケ解消のためにもその後のウォームアップにも参加した。ウォーミングアップなんていうように体を使うのも今まであまりなかったため、本当に体が暖まってくる感覚というのを味わい、なんだか新鮮だった。汗をかきはじめたところで脱落し、スタジオの端から眺めることにした。ウォームアップしつつチームワークを養い、そこからグループを作り上げていくというルーチンはなかなか見事に感じだ。ジェドとローズはダンスの参加者が手を叩くところを映像や音源として個々に撮っていき、それを編集していく。わたしは設置方法がまだ決まっていないところを、その場を見たり、ルークに聞いたりして決めることにした。4階のホールは天井があまりにも高いので、そこから吊り下げるような作業は技術的にできないということで、当初の設置位置の代替案を検討。背の高い人なら背伸びすれば手が届く廊下の天井に設置する方を検討。そうこうするうちに午後5時になり第一日目が終了。南村さん、ルーシー、スティーナに母お手製の小銭入れと爪楊枝入れをプレゼントしたら大喜び。
「トシオの家族はクリエイティブなのね。」
「まあ、そんな家系なのかな。」
 帰りにインターネットカフェでメールを書き上げ、サブウェイサンドを買って帰った。
 夜は日誌を携帯に打ち込んでいったが途中で眠くなって就寝。夜11頃か?

10/21
 成田のブリティッシュ・エアウェイズのチェックインカウンターは、先月来たときと同じ女性が対応してくれた。ゲートでのチケットの「もぎり」も眼鏡をかけてはいたが、カウンターで対応してくれた女性と同じような気がする。「イグチさま、いってらしゃいませ。」と送り出してくれた。何かいいことがあるかもしれない。が、今回はオーバーブッキングでもなく、すんなりとエコノミーにすわることになった。わたしの席のまわりはパックツアー客らしい。スペインやイタリアに行くようだ。「イタリア版るるぶ」で入念に「主要ブランドショップリスト」をチェックしている女性がいる。わたしの隣の席はどうやらハネムーンのカップルらしい。よく見渡すと結構カップルがいて、そのパックツアーにはハネムーンが結構いるみたいだ。だいたい周囲のチェックが済んだら、後は本を読むばかりだったのだが、持ってきた本は到着まであとまだ6時間ぐらい残して読み終えてしまった。少しは寝入ったがほかにすることもなく、ブリティッシュ・エアウェイズの雑誌を読んだり、モニターでビデオ番組を見たりして時間をつぶした。だいたいからして機内で上映されるような映画はわたしの趣味ではなく、どうしたものかとチャンネルをひたすら変えていったら「シンプソンズ」をやっているチャンネルに当たった。救いだった。でも2本連続で上映されただけだった。
 今回の飛行機は遅い便で、夕方に到着。ロンドン市内上空を飛行中にテムズ川とロンドン塔が見えた。ヒースロー空港には30分遅れで到着。着陸する便が結構あって、空港上空は混雑しているという機長のアナウンスがあったが、混雑しているのは入国審査のところもで、長蛇の列となっていた。韓国あたりの女の子が帰りのチケットを持っていないためか、入国審査で所持金を出して見させられたいた。所持金はたんまりあるので、働きに来たわけではないという証明をするというわけだ。その他にも4ヶ月間滞在するという東アジアの男の子が質問攻めに会っている。「観光で滞在するのはロンドンだけだと言うが、4ヶ月間というのはとても長い期間だ。いったいどこを観光するのか言ってみろ。友人とは誰か名前と住所をここに書け。」係官に質問されている間、別の係官が彼のパスポートをルーペを使って調べている。わたしの番が回ってきた。今回は質問もきちんと聞こえ、しっかりと答えられた。ところで余談ですけど、最近は韓国の女の子ってすごくきれいでおしゃれになっていて、ロンドンあたりで見ても日本の女の子か韓国の女の子かわからなくなりましたね。
 今回滞在するホテルの最寄り駅の路線ノーザン・ラインはいくつも枝分かれしている路線で、ホテルの最寄り駅の線はハイ・バーネット行きの支線だ。その支線が分かれるカムデン・タウンからわたしが到着すべき駅の手前のイースト・フィンチェリーまで、週末は工事で運行されないらしい。乗り換えようとして降りたカムデン・タウンのホームの張り紙でわかった。わたしが行こうとする駅、フィンチェリー・セントラルに行くには別の支線のブレント・クロス駅で降りて振替えバスに乗るらしい。イギリス版YAHOOで路線チェックをしたら地下鉄のみを指定してもどうしてもバスが出てきてしまったのは、こういうことだったのかとようやく現地で理解できた。
 そんなわけで振替えバスが出ているという駅で降りたもののバス停がわからず、何度か人に聞いたり探したりしているうちに時間が経ってしまい、なんとかホテルに9時までに到着するためにとタクシーを使うことにした。受付が9時に閉まってしまうからだ。タクシーでぎりぎり9時前に着いたのに、ホテルのドアはすでに閉まっていた。ドアに鍵の入っている封筒が貼り付けてあった。わざわざ10ポンドもタクシー代に使ったというのにがっかり。部屋はダブルベッドで広いのだが、En suiteといって" En suite" means the bath or shower room is within the area of your bedroom.なのだが、2/3畳ほどの空間に洗面所とシャワーとトイレが付いているという部屋で、日本の感覚からするとあまりにも高すぎる感じだ。小腹が空いたので機内食で出て残して持ち帰ったパンを食べた。
 地下鉄の駅を降りてバス停を探しているときに花火を打ち上げているのが見えたが、ホテルの向かい側でも花火を盛んに上げていた。何かのお祭りなのだろうか。タクシーの運ちゃんに聞いてもよかったかな。

10/20
 そういうわけで行ってきます。コラボレーションの成果などはまたこちらで。ビデオ撮影ができたら、個展会場でお見せしましょう。
 では乞うご期待。

10/18
 今日しかない。と、いうことで7時過ぎに到着してしまうことを前もって電話でお詫びを入れてからマキイマサルファインアーツの井上まさじ展へ行った。この間の土曜日にプレゼンに行った時にも少しお話を伺っていて、わたしの作品への親近性などあってかなり興味を持っていたのだ。
 なんとか7時過ぎに会場に到着したら、井上さんもいらっしゃって、制作過程などについてもいろいろとお話を伺って、楽しいひと時であった。同じ動作を続けることによって出来上がる作品や、複数の絵の具を塗り重ねてそれをサンドペーパーで削ることにより現れる色彩との恣意性を超えたところでの連関といったような作品。とても興味のあるものだった。また、わたしの作品についても、可能性を評価いただいた。うれしい限りだ。
 せっかくお食事にお誘いいただいたのだが、メール大作戦を展開中で、どうしても帰宅してからの作業があったためにお断りしてしまった。せっかく札幌から来られたのに、もったいない。また北海道に行ったときにでもアトリエ訪問させてもらおう。
 さて、メール大作戦というのは、ロンドン、イングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズのギャラリーに向けて、artsdepotでのコラボレーションを紹介するメールを送るというものだ。効果のほどやいかに。

10/15
 朝からいろいろと準備作業。
 気がついたら午後4時半近くになっていた。
 吉祥寺でCSさんとタイ料理で会食。また叱咤激励いただいた。こういうのはとても貴重な体験です。

10/14
 マキイマサルファインアーツに行って、来年2月の個展のプランのお話をする。雑誌向けのプレスリリースが11月中旬締め切り。なかなか厳しそうだけれども、まあがんばりましょう。
 それから京橋の文京アートで綿引展子さんの個展。あいかわらず笑いと深みの味わいのある絵画だ。長い時間鑑賞していたせいか静かすぎるせいか、ギャラリーの方が二回ほど様子を見に来られた。西村画廊に行ったら、工事中で転居しているようだった。etc.もよく見ると住所が日本橋に変わっている。地図がないため、とりあえず中央通りを日本橋に向かって歩いていった。高島屋の反対側の工事現場の柵に地図が印刷されてあったので、それで助かった。小林孝亘さんの個展。近年の顔シリーズだ。プレーンな色彩だが、これも味わい深い。じっくり堪能させていただいた。
 次は亀有のギャラリー・バルコへ。梅本和之さんの個展。会場には榊原勝敏さんが店番をしていた。榊原さんとじっくり腰を据えて話し込んだのだが、日本のアートのお寒い実情について延々と語り合ってしまった。そんなところにふらっと男性が入ってきた。どうやらギャラリーに入るのは初めてらしく、「関係者以外立ち入り禁止」かと思って躊躇したらしい。しかし梅本さんの絵画になにか惹かれるものがあって入ってきたらしく、じっくりと絵を鑑賞している。榊原さんが話しかけて会話が始まると、いろいろとご自分の人生について語り始められた。自分の好きな花や風景やら、亡くなった奥さんのことやら、郷里のことやら。お帰りになった後、榊原さんと顔を見合わせて「初めて作品を見た人に人生を語らせてしまうほど、アートってのは力があるんだなあ。」と頷きあった。これこそが梅本さんの作品の力だろう。
 そうしているうちに栗本佳典さんがご来場(しかしよくお会いしますね)。この夏、ニューヨークで個展をされたとのことで、この様子やらニューヨークのことについていろいろとお話をうかがった。気がつくと6時を過ぎていて、2時間以上お邪魔していたことに気がついた。
  充実していたけれどちょっと疲れてしまったので、そのまま帰宅した。本当はさる方の参加されているバンドのライブに行くつもりだったんですが・・・。

10/13
 ロバートさんの息子さんのロバートさん(ややこしい)が日本のテレビクルーから取材を受けたのが放映されるようなので、ぜひビデオテープに取ってくれと言われた番組が放映された。「世界ミステリー紀行 キリスト聖杯伝説=@モナリザ&ダビンチ...幻の名画に驚愕の暗号」というTV TOKYOの番組で、ロバートさんの息子さんのロバートさん(ややこしい)は聖骸布から採取されたキリストの血からクローンを作ろうとした秘密結社の存在を暴露したジャーナリストなのだ。9時から始まった2時間番組の10時半くらいに登場。案の定、最初の挨拶くらいは本人の声だったが、日本語の吹き替えがされていた。時間にして10分も登場してこなかっただろう。実際には40分くらいインタビューを受けたらしいが。
 ロバートさんの息子さんのロバートさん(ややこしい)はこの番組を見たいそうなのだが、果たしてわかるのだろうか。せっかくだからコマーシャルもカットせずに入れてあげた。

10/9
 朝から下絵を描く。半分描いたところで失敗したことに気がつく。大作の作成は一年以上ブランクがあるからか、手順を間違えてしまったのだ。やり直しだ。どっと疲れが出た。
 疲れたままギャラリー千空間へ。兼藤忍さんや小川敦生さんといった有機的な印象の作品を楽しみ、すこし元気になったところでハンズ、世界堂へ。材料を物色しているうちに結構元気になってきた。帰宅してから再び下絵描き。
 千空間の草野さんとお話をしているとき、「今日は暑いんですかね、寒いんですかね。」と言われた。ギャラリーの中には半袖の人もいる。新宿ではノースリーブの女性ともすれ違った。かく言うわたしはTシャツに長袖シャツにジャージのジャケット。どうやらわたしは一般的な人より一枚多めに着ていることが多々あるようだ。
 マンションの外壁工事はまだ終わらない。白いビニールシートがまだ取り払われていない。秋晴れの空をまだ部屋の中から見ていない。

10/8
 さてさていよいよ来年2月の個展に向けて、制作開始。といっても切り抜きの下絵を描くためのトレペの準備といったところ。
 午後4時ごろになり、トレペが足りないことがわかり、散歩がてら吉祥寺に出る。ちょっとCD屋を覗いてからユザワヤへ。駅ビル「ロンロン」の食料品売り場を通ることになり、ゆっくり品を眺めながら歩く人たちを、ややいらいらしながら左に右に避けては追い越しては先に進む。そこで頭の中で苦笑する。これってまるっきりイグチトシオ的!たぶん「わたしだったら食料品売り場を歩いたら、もう目移りしちゃって。」なんていう人もいるだろう。わたしはこれでもかと迫ってくるおいしそうなお惣菜やらにほとんど目もくれず、ただただユザワヤ目指して前傾姿勢でほとんど小走りで通り過ぎたのだから。そういえば今日のお昼はおせんべいにチョコで済ませたっけ。しかもお昼の時間に食べたわけではなく、ちょっと小腹が空いたとことに気がついたときだった。食に興味ないというか。いやいや、食に興味がないんではなくて、優先順位が若干ずれているだけで。

10/7
 お昼くらいになって「art-Link 上野−谷中2006」に出かけた。いろいろと歩き回るうちになんだかだるくなってきてしまい、6ヶ所くらい回っておしまいにして上野に出た。途中ですれ違った帽子をかぶって自転車に乗った男性が、モロ師岡にどうしても見えてしまったのだが、モロ師岡はあそこらへんに住んでいたりするんだろうか。
 上野の森美術館では長蛇の列。ダリ回顧展の入場券を買うための列で、買ってからもさらに入場まで列を作る。最後尾は入場まで45分とか言っている。ダリってそんなに人気あるのか?ピカソよりも人気あるみたい?まさか爆笑問題の太田光がダリの格好を真似してたからじゃないだろうが。それとも「私はダリでしょう?」が効いているとか?
 銀座に出て5つほどギャラリーを回った。さるギャラリーではソファにどっかとすわった男性がとっても通る声でギャラリーにオーナーさん(?)と会話をしていた。曰く「今は墨絵がとてもよくなっている。あれは一発勝負だし、これらなんか失敗しても塗り重ねればいいだろ?書はちがうからな。」と展示中の作品をこれらと指す。それからそのビルの上の階に空室ができたらしいということで、不動産屋に話を聞きたいと連絡先を教えてくれという。まあどうせわたしなんか作品を購入するような客層ではなく、ただの「ギャラリー巡り」だ。それに作品が喧騒の中では鑑賞できないと敷居を高くする必要はない。が、だ。そのギャラリーと懇意だということは、そのギャラリーでときどき企画展をしている某氏なのではないか?一度遠巻きに見たことはあるがいまいち記憶が定かではない。もし持って生まれた品性みたいなものがあるのならば、わたしはああなりたくはないなと感じざるを得なかった。おかげで作品をじっくりと鑑賞することができなかった。好きな作家だけに。
 それからワタリウムのOn Sundaysへ。ヴォルフガング・ティルマンスのカタログを見つけてしばらく見いていたら、「らっしゃい」のあんちゃんから、ティルマンスの展覧会がふたつあり、それのカタログということらしいのだが、一冊は回顧展のもので普通に時系列的に展示されたものだが、もう一冊は本人の意思がかなり反映した展示だったとのことで、違いが面白かった(つまりあんちゃんは行ったのか)との説明をいただいた。もう一冊の方はもう人気フォトグラファーの域に納まりきらない作品ばかりでかなり面白かった。あんちゃんにすっかり認知してもらったみたいだ。そのカタログは比較的安くて手を出したいところだたが、今回はちょっとお休みして、2007年の手帳を買うことにした。
 それからオーパに顔を出した。作家の中村みつをさんが荻窪在住ということで、中央線文化の話で盛り上がった。

10/6
 職場が休日となったため、天候が悪くはあったが、水戸芸術館に行くことにした。
 今日は東海から東日本にかけて雨風が強い日で、強風で高速で速度規制があるために、バスも遅れ気味で水戸に到着。バス停から水戸芸術館までのほんの身近な距離でもズボンが濡れてしまうほど。
 この展覧会は日野之彦、西尾康之、棚田康司、川島秀明といったアーティストから障害を持ちながら活動している作家や岡崎京子により、多様な生命力を喚起することをテーマとしている。それぞれひとりの作家のみで構成されている部屋もあれば、二人の作家で構成されていたりする。その組み合わせや順序に学芸員の考えが反映されているようにも感じられる。結局、表現したいという止むに止まれぬ衝動のようなものは同じなのだ。本展はトークやレクチャー、ワークショップで「人間ってどうして表現せずにはいられないの?」、「生きるってどういうこと?」、「私ってなに?」という疑問について考察しているようだ。この根源的な問いこそがアートの今のそして未来の課題であり、存在意義なのだろう。本展にアーティストとして選ばれた面々もなんだか異類異形系(って系があるのか?)という感じでもある。
 帰りのバスを待つ間、デパートの入り口で雨をよけながら立っていたのだが、強風と雨粒ですっかり体が冷えてしまった。しかし性分として何分か前から待っていないと不安になるもので。やはり天候の影響で少し遅れて到着した帰りのバスは平日ということもあり、サラリーマンの方々と一緒になった。年齢的にはさして変わりはないだろうが、一方は会議資料など読んでいて、もう一方はお昼代わりのアーモンドチョコとぷっちょを食べながら、図録に目を通し、メモ帳にドローイングを描いている。ああ結局わたしは前者には向かないんだなあと実感してしまいました。表現せずにはいられない、表現することの愉悦と苦悶を知ってしまったからには。
 天候の影響でバスは遅れて到着。帰宅してニュースで茨城県沖や成田空港で強風の影響が大きかったことを知り、よくもまあ無事で帰って来れたものだと安堵した。

10/1
 朝から昨日の続きの部屋の整理である。そのうちにHPの整理にも手を出すことになり、一日中部屋の中にいることになった。一日中薄暮の世界である。時間も外界の天気も感じられない世界である。いやこれがまた不思議な感覚を呼び覚ます(が、覚醒しない状態)。
 夕方に西荻のギャラリーブリキ星へ。
 川ア美智代さんの個展でオノテツ・トイピアノ・ソロライブがあるのだ。展示後の会場風景は画像で拝見していて、かなり期待して行ったのだが、ギャラリーに入った途端、さらに気になる作品をいくつも見つけ、とても幸せな気分になる。
 おのさんのライブはギャラリーの外の音を採取してそれにトイピアノの音を置いていくというものだった。雨で濡れる道路を車が通るたびに波の音のような効果音がしてなかなか不思議。川アさんが描く線や流れと同じようなタッチで漂っていく。心地よい時間を過ごさせていただきました。
 で、ついに念願の川ア作品を購入ということになりました。気になっていた作品数点のうち、これが一番だろうと思ってDMにも使われた作品に決めました。さて、これを自室のどこに飾るかで悩むところだが、自然光で見るとまた格段にいいとのこと。それも楽しみ。
 その後お食事を一緒にさせていただき、なんだか三鷹と神田川と楳図かずおの話をしたっけかなあ。


タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ) の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。