イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。
当然真実のみが書かれているわけではありません。

 2009年はこちら
 2008年はこちら
 2007年10月1日〜12月31はこちら
 2007年7月1日〜9月30日はこちら
 2007年4月1日〜6月30日はこちら
 2006年はこちら
 2005年はこちら
 2004年はこちら
 2003年はこちら



2007年月1月1日〜3月31日

3/31
 銀座のギャラリー巡りを。
 藍画廊で小谷野夏木展。前回はなんだか画風が変わったかのような暗さが見えたので、今回はどうなっているだろうと思って行ったのだが、なんだか光明を見出せるような作品となっていた。これはまったくの想像だが、そういった心情の移り変わりがあったのではないかと思うような作品だった。今まで展示していたギャラリーとは別のギャラリーでの開催というのも、またそういった想像を膨らませてくれる。
 なつかの上野慶一展。円盤のような平面作品と、「極私家版」と称した、ドローイングを製本したもの。ドローイングはカネゴンのシルエットが描かれていて面白かった。
 Oギャラリーは現住所での開催が最後。羽浦めぐみさんの版画は色合いが深いものが売れていて、なかなか興味深かった。
 往復の中央線は市ヶ谷から飯田橋あたりにかけて桜が満開で、飯田橋の陸橋ではみんなが携帯をかざしていた。きっとこの「携帯をかざす」というしぐさは、同時代的には何を意味しているのかわかるだろうが、時代が変わると文献資料から読み解くようなものになるだろう(どうでもいいことだが)。
 いよいよグループ展の準備のために途中で世界堂により、ケント紙のロールを購入。で、制作に向けて材料や制作した作品を置くために、「少し足の踏み場ができた物置と化した部屋」を片付けようと思い、今は無造作に床の上においてある本を整理するために、適当な本棚を探して吉祥寺と三鷹を歩き、三鷹の商店街にあるDIYの店で、ほとんど背の高いカラーボックスのような本棚を購入した。持って帰ったのだが、さすがに重くて腕がへろへろになってしまった。
 夜は以前から一度行ってみたかった、三鷹の老舗ラーメン店「江ぐち」に行った。一度行きたかった店だが、一度行っておけばいいと思った。たぶんあの品はラーメンでもなく、中華そばでもなく、「江ぐちの麺料理」なんだろう。

3/26
 午前中は昨日仕込んだ小品のカッティングをした。
 午後は次回グループ展のための会場下見とミーティング。上野に向かう途中で御茶ノ水駅の聖橋にゆったりとした光のパターンが。本当は神田まで乗っていこうと思っていた電車を降りた。今日の会場下見のためにデジカメを持ってきていたので、ついに写真を取ることに成功。

 第一会場の東京都美術館はかなり難しい空間で、しかもグループ展。わたしの数少ない引き出しの中からは、多分こういうやり方だろうというものがあるが、はたしてどうするか。搬入口から倉庫のような展示会場の裏のコンクリート打ちっぱなしの空間の方がわたしにはとても面白く感じてしまった。結局会場下見は現在行っている展覧会に入り込んで見学させていただくことになったので、会場写真を取るのはやめた。デジカメを持ってきた本来の目的はなんだったんだ。
 会場を移してギャラリーKINGYOにてミーティング。表現方法も年齢層も多岐にわたり、なかなか面白そうなグループ展になりそうだ。
 その後近くの居酒屋さんでお食事。楽しくおいしい宴でした。
 いやはや8月9月と二会場に展示ということになるが、当初は同じ作品を展示しちゃえと軽く考えていたが、会場のカラーなどからして、こちらはこんな風、あちらはこんな風と異なるものを展示した方がいいだろうと考え始めた。さてさてこれからがんばって制作していかないとだ。これは本当に「もっと制作せよ。次回のグループ展に専心せよ。」ってことなんだな。きっと。

3/25
 「もっと制作せよ。次回のグループ展に専心せよ。」のはずだったのだが、今日もなんだか一日だらだらと過ごしてしまった。
 夜は昨夜とほとんど同じところにあるお蕎麦屋さん「味のそば兵衛」に行った。元々数年前からいきたかったのだが、なかなか行けずじまいにだったところだ。手打ち蕎麦はコシがあっておいしかった。家族でやっているお店という感じで、帰り際にそば粉の種類などご説明いただいた。今回はせいろをいただいたので、次回はまた違ったメニューをいただこうと思う。
 だらだらしていたとは言え、さすがにそろそろキックオフしようということで、小品の制作の仕込みを開始した。

3/24
 銀座で3つほどギャラリー巡り。それぞれ濃厚な作品。コバヤシ画廊の岡村桂三郎展。バーナーで表面を焼いた杉材に刻み込まれた猛禽類の羽毛とくちばしと爪と眼光。土俗性と呪術性。うねるようなエネルギーを感じさせる大作に囲まれて、しばらくたたずむ。ギャラリーなつかの内海信彦展。臨界に達したエネルギーの瞬時と永遠の時間。資生堂ギャラリーの内海聖史展。410cm×922cmの大作とその反対側の壁に5cm×5cmの無数の小作品。小作品が規則的に設置されている壁は階段の壁面なのだが、そこには照明や電源コンセント、避難灯がある。だが設置方法からしてそれには特に留意していないように思えた。あるいはそれらはないことにしたのだろうか。また5cm×5cmというサイズや、作品同士の間隔も特に会場によって変更されるということもなさそうだ。彼の作品には絵画によるインスタレーション的な要素を抱いているわたしとしては、その点が気になった。確かに「色彩に入る」というタイトル通り、絵画との間合いの取り方を楽しんだのではあるが。
 表参道のOPAに立ち寄り、それから渋谷に出て自由が丘のもみの木画廊の栗本佳典展へ。また新たな色彩と形象との関係性を提示されていた。それらはどうやら一週間前に制作された作品のようなのだが。形象文字のようにも微生物や系統発生の途上の生命体にも見える。そういった原初的な図像が、今回はグレーのグラデーションの中で繊細に豊穣に示されている。楽しく鑑賞した。
 夜は前々から行きたかった三鷹駅北口(武蔵野市)の「草の実」というお店でひよこまめのカレーをいただく。油をいっさい使わないヘルシーな、そして20種類以上の香辛料を絶妙なバランスでブレンドした香ばしい薫りカレーということで、それなりに辛口でとてもおいしかった。
 「オンナはバカだから。」というせりふをギャグではなく本気で言っている人に出会った。地中深くから偽書を発掘してページを繰っているような不思議さに興味を持って、その人の話を聞いた。だがおとなしく聞いているような態度は、その定理に同意しているように思われたのかもしれない。90年代のクイア・スタディーズを通過して、性差やセクシュアリティーにはグラデーションがかかっているものだと認識しているわたしとしては、そういった単純な二分法を施した上で一方を貶めるような発言には従順に聞いているふりをするべきではなかったのかもしれない。その人は自身に対峙している側を一方的に「バカ」と呼んでいたが、そうやって一方を貶めることによって、自身を高位に保とうとしているのだろう。たぶんこの人には二度と会わないだろうからどうでもいい。

3/23
 4月1日付人事異動の内示が出た。なんと一週間前に見た夢が暗示したとおり、わたしは異動となり、今までよりは精神的に安定できる部署となった。移動先の部署も夢に出てきた業務内容にかなり絡んでいるところだ。きっと「もっと制作せよ。次回のグループ展に専心せよ。」ということなのだろう。
 夜は今年定年を迎える、職場で大変お世話になった方の送別会。まだまだ職場がギスギスしていなかったころの愉快なメンバーが集まっての和気藹々の楽しい酒宴だった。

3/21
 諸般の事情でデパートのベビー洋品売り場を歩く。新宿高島屋は改装中で開いている店舗が少ないような印象を受ける。伊勢丹まで足を運んでベビー洋品売り場のある階にエレベーターで行った。ドアが開いたら、そこはバーゲンセール会場だった。みなぎる熱気の隙間を縫うようにしてベビー洋品会場までたどり着いた。
 それから東京都現代美術館へ。深川商店街でオープンしている白濱夫妻が運営している多目的文化スポット深川いっぷくに初めて寄った。元は薬局だったらしいそのスペースはなかなか居心地がいい。今は古本市をやっていて、それも雰囲気にマッチしている。以前書評にあって気になっていた「オタク in USA」を見つけたので喜んでいたが、夫妻と会話をしていたすきにどなたかが買っていってしまった。そのうちオノテツさんも登場し、しばし歓談。
 さて、東京都現代美術館であるが、まずはMOTアニュアル「等身大の約束」。MOTアニュアルは当初から割合薄味だと言われ続けていたが、今年が一番薄い気がした。例年の半分くらいしかインパクトがないように思えた。それなりに知られた作家もいるのだが。まるで現在は等身大より遥かに小さいので、「(そのうちに)等身大(になること)の約束」をしているみたいだ。
 もうひとつの企画展「中村宏|絵画事件1953-2007」はとても見ごたえがあった。初期の「ルポルタージュ絵画」から60、70年代の「観念絵画」、「観光芸術」といったセーラー服の女学生や機関車、望遠鏡が登場する毒々しい赤色が特徴の、エロチシズムを感じさせるような作品群や稲垣足穂、夢野久作といったあたりにぴったりのグラフィックの仕事まで極めて濃厚な足跡を見せた後、80年代あたりから「車窓篇」、「タブロオ機械」といった、まさに「現代美術」の文脈を踏まえたような作品まで、それぞれがとても興味深い展開を見せている。最新作には作品の中に「9.11 NOAM CHOMUSKY」と記されていたり、まるでテレビの画面を切り取ってきたようなシーンの左端にアル・ジャジーラのアラビア文字のロゴがあったり、唯一の超大国を示しているかのような星印とイスラム圏を象徴する三日月が対比されたりと、当初の「ルポルタージュ絵画」に回帰しているように見受けられるところも見られる。「絵画の読解」としては手法やスタイルが変化しても一貫しているようにも思えた。
 常設展は3Fの特殊展示「闇の中で」がよかった。照明を落とした中で、一層作品の力が引き出され、作品に見入るような鑑賞法となった。特に伊藤公象、ボルタンスキーがよかった。
 カフェテラスでケーキセットを食して帰宅。

3/18
 今日も朝から別人の声。掃除をしたり、グループ展に備えて物置と化した部屋を少し片付けてたら疲れてしまって、本当に少ししか片付かず、物置と化した部屋は少し足の踏み場ができた程度になっただけだった。来週はもう少しがんばって、整理された物置と化した部屋にしたいと思う。

3/17
 今週中ごろから咳が止まらず喉が痛い。今日はすっかり別人のような声になった。普通の人の平熱くらいでわたしには微熱の状態だ。今日は東京都現代美術館にでも行こうと思っていたが、展覧会場を歩き通すだけの体力がないように思え、家でじっとしていることにした。
 今までまとまった時間をとることができなくて見ていなかったDVDを見ることにした。CARSTEN NICOLAIとalva noto+ryuichi sakamotoの2枚。音響と映像のシンクロ。CARSTEN NICOLAIとは表現方法が異なるが親和性を感じる。源が同じかもしれない。

3/16
 ここのところ帰りの電車の中で妙な体験をしている。
 ある日、かなり込み合った電車で、揺れてつり革につかまっていても足元がふらついたときだ。椅子に座っている人の足にわたしの足が当たった(踏みつけたわけではない)とき、床を踏みつけるような大きい音とともに、足を蹴られるような感覚があった。ちょっと驚いてその蹴ったような足の所有者を見て、もっと驚いた。憎悪に満ち満ちたような目つきでこちらをにらんでいるおばさんの顔があったのだ。どういう対応をしたらいいものかわからず、そのままでいたが、だんだん不愉快な気分がそのおばさんから伝播してきて、隣のつり革があいた機会を見計らって位置をずらした。そのおばさんはほとんど体に触れるものすべてが病原菌であるかのように、隣の席に座る人をにらみつけていた。
 別の日にはつり革につかまって二回くしゃみをしたら、前に座っているおばさんが憎悪むき出しでにらみつけられた。くしゃみで唾でも飛んだかと思ったらそうでもないようだ。一瞬鏡になってあげてそのおばさんとまったく同じ顔つきをしてあげようかと思ったが、そんな醜い顔つきはできないのでやめてちょうどスペースの空いたドアの横に移動した。
 ノイズ・クリア100%を公共の場に求めている潔癖症が増加している、ということではないと思う。こういった現象の行き着くところはもっともっと荒廃している。清潔でいる自分とそれ以外とに境界を作り上げる、ひとつのxenophobiaではないかと思う。
 かく言うわたしも臭いと騒音には拒否反応を起こすが。

3/11
 午後になって久々に井の頭公園に行く。今年から公園内のパフォーマンスや商いが許可制になったのだが、それ以降初めて歩くことになった。午前中雨が降っていたせいなのか。以前見たときに比べて明らかに数が減っている。これが果たしていいことなのかどうか。
 夕方になってユーロスペースの「チョムスキーとメディア」へ。このドキュメンタリーが1992年に公開されたものだとは思えないほど、チョムスキーも変わらなければ、状況も変わっていない(というかもっと悪化しているというか)。15年前のチョムスキーの警鐘が実にリアリティーを持って現前しているということの恐ろしさもある。たとえそれが当時一般的でなかったインターネットによりオルタナティブでインディペンデントなメディアが生まれてきても、である。
 映画はチョムスキーの発言をかなり以前にまでさかのぼって映像を編集している。1971年にオランダでチョムスキーと討論しているミシェル・フーコーも登場した。たぶん彼の肉声を聞くのは初めてではないだろうか。想像以上に高い声だった。

3/10
 トーキョーワンダーサイト渋谷で開催中のワンダーシード2007を鑑賞後、宮益坂を登りきったところの志賀昆虫の裏手にある「ウィリアムモリス 珈琲&ギャラリー」という喫茶店に入った。大森澪さんの銅版画が展示中なのだ。オープンして少し経ったくらいの時間帯だったためか、お客はわたし一人。じっくりと鑑賞させていただいた。ひさびさに「喫茶店」 で飲むコーヒーもおいしかった。残念なのはケーキセットが午後4時かららしくていただけなかったことか。
 今日は時節柄のおつかいで買い物をしなければならず、青山−表参道で手を打とうとしていろいろと回った。今日初めて表参道ヒルズの中に入った。内部が吹き抜けになっていて、あの地形に合わせるようにしてフロアが傾斜しているのは、構造的に面白かった。さすが安藤忠雄。表参道ヒルズは裏側のコンクリート打ちっぱなしのところと内部の吹き抜けのところが見る価値があると思う。表は特にいいでしょう。
 それから銀座のフタバ画廊に寄って、先週購入した繁田直美さんの作品をいただいた。
 夜は神保町のインド料理屋さんで久々にカレーをいただく。「辛口」をお願いしたら、予想以上に辛く、大きいナンをすっかり食べきってしまった。しかし香辛料の味がきつくて、カレーの「コク」を感じさせなかったな。「やや辛口」にした方がよかったのか、別のカレーにしたほうがよかったのか。

3/4
 日がな一日DVDを焼いたり、礼状作成を行った。
 午後、プリント用紙を買いに吉祥寺へ。部屋の中はそれなりに冷えていたのに、外は初夏のような気温。Tシャツ姿の人も見かける。帰りに歩いた玉川上水では亀が何匹も姿を見せていた。彼らは冬眠したんだろうか。
 結局夜は礼状用の画像の加工でああだこうだとやっているうちに終了。

3/3
 今週は仕事で帰りが遅く、寝る前に何かを食べているためか舌の付け根に大きな口内炎ができてなかなか治らない。そんなわけで午前中はなんだか頭が動かない状態で過ごした。
 午後になってからギャラリー巡りをした。マキイマサルファインアーツの峰岡正裕さんはわたしの個展の次の方なのだが、すっかりギャラリーが華やかで濃厚な空間と化していた。いろいろなところから引用してきた文様のようなパターンで、立体感を敢えて度外視したようにコラージュしたような形が、逆に空間のねじれのようなものを感じさせ、なかなか面白かった。わたしのときと来場者の層が違っていて、それも面白かった。
 それからフタバ画廊の繁田直美さんへ。会場に入ったところでなんとなく感じたものは、なんだか核のようなものを捉えて、しっかりしたと作品になった、というものだった。今まで個展のたびに変化し、それはそれでいいものではあったが、前回の個展のときに捉えたものを今回は確実なものにしているような、そんな印象を持った。いつかは作品を購入したいと思っていたのだが、今回はサイズとお値段とちょうどよかったので、購入させていただくこととなった。これからは自分の部屋で毎日眺めることができるのは、とても楽しみだ。繁田さんとはこの間の個展のことやロンドンでのコラボレーションのことなどもお話をした。
 コバヤシ画廊の永原トミヒロさん。最終日ということでご本人がいらっしゃった。会釈はしたが特に名乗ることもないだろうと思っていつものようにじっと鑑賞していたら、「失礼ですが、イグチさんですか?」と声をかけられた。作品を購入したということはたぶん画廊から話が行っているのだろうが、顔と名前が一致しているのは、もしかしたら「じっくり鑑賞している人」ということでチェックされていたのかもしれない。最近は地面に落とす影が印象的だったが、今回は川面に映る影が描かれて、その川面が縦の筆跡で表現されている。そんなあたりをお聞きした。また、ずっと以前は描く対象物が近いものだったのが、少し前から風景全般を描かれるようになったが、そんなあたりについてもお聞きした。どちらもそこに繰り広げられている生活の気配や匂いのようなものを描こうとして、とのこと。なかなか作家さんご本人にいきなり話しかけるのは勇気がいるが(逆にわたしは話しかけられるのがちょっとドキドキしている反面、話しかけられるのを待っていたりする)、自分で「こうなのかなあ」と思っていたことが納得できてよかった。
 それからオーパに寄って藤波さんとお話をした。この間の個展のご批評をいただいた。どこまで理解してどこまでやり遂げようとするか(反対にどこで妥協するか)は難しいところだ。個展が終了するといつもいくつかの反省点を元に、同じものを修正してもう一度展示したくなってしまう。
 夜はIさんとそのお友達のWさんという若手作家さんと会食。はたしてわたしのようなおじさんとのお話は面白かったんだろうか。

2/25
 朝、電話が鳴る。今度参加するグループ展の取りまとめ役のNさんから問い合わせの電話だった。どうやら共催者から、わたしが美術教育を受けているのかいないのか尋ねられたのだそうだ。「受けていない」が答えなのだが、では「独学」かと問われると、答えに窮する。何かを学んだという経験があるのだろうかと思うからだ。今の技法や表現を身につけたのは、個展の準備からであり個展会場での実地での体験からだ。なるほど、個展はわたしにとっては学びの場なので、ギャラリーのレンタル料は教育費のようなものなのだ。いやいやそうするとサラリーマンが仮の姿だとして、本当の姿は「自称生徒(しかも自習)」ってことになってしまう。
 午後になって今日まで銀座でやっているグループ展に出かけた。が、有楽町についてからDMを確認したら、最終日は午後4時まで。そのとき4時15分くらい。諦めてそのまま引き返そうと思ったのだが、挨拶くらいしようかと思って会場に行ったら、まだまだ撤去されておらず、さっと鑑賞することができた。今回のグループ展の企画をしている山田徹さんとはさるギャラリーで当時お互いが石神井公園の住人だということで知り合った作家さんだ。4時45分撤去開始というところまでしばし歓談した。
 その後、映画「グアンタナモ、僕達が見た真実」へ。パキスタン系イギリス人の青年たちが結婚式のために訪れたパキスタンで、テロへの報復としてアメリカによる攻撃による惨事を実際に見てみようとアフガニスタンへ入って、対テロ戦争に巻き込まれて拘束され、グアンタナモへ送り込まれ、二年以上に渡って過酷な環境と激烈な尋問に耐えてようやく解放されるという実話に基づいている。本人へのインタビューとそれに基づいたドラマ、当時のニュース映像が織り込まれている映画だ。彼らは解放されたが、まだグアンダナモにはテロリストとされた約500人が収容されており、徹底した尋問でテロ情報の自白を強要するグアンダナモ方式がアブグレイブにも応用されていた。というわけだ。
 はたして世界はどうなっていってしまうのだろう。できればわたしの作品はそういった世界情勢とは関係なく美しく静かであってほしい。なんてまったく思いたくない。世界に対するひとつの見方、接し方を提示したいと思っているのだ(実は)。

2/24
 雨上がりの晴天。しかも風が強い。そのわりにくしゃみ鼻水は昨日よりははるかに少なく、一昨日までと同じほど。じゃあ昨日のは風邪なのか?
 午後になってからギャラリー巡りをした。
 ギャラリィKの池上純子さんはタコ糸を編んで春雨と吊るしたインスタレーション。編むのと切り抜くのとでは方向は異なるが、類似性を感じて、しばしお話をさせていただく。
 それから清澄のギャラリー群へ。SHUGOARTSはなんだかパッとしないドローイングだなあと気を抜いて見ていたら、ヤン・ファーブルのドローイングだと気がつき、もっと真剣に鑑賞したが、印象はさほど変わらなかった。本当の目的は小山登美夫ギャラリーの日高理恵子さんなので、許してくれ、ヤンさん。
 で、日高理恵子さんの木立を下から見上げた平面作品。モノクロームの絵画の暗色の枝の先のそのまた先のさらに先の白く残された遠い空まで見入ってどんどん吸い込まれていく感じがした。心地よいめまいのような感覚に包まれて、しばし鑑賞。どうやら日高さんご本人がいらしたようなのだが、まあいいか。
 西荻窪のギャラリーブリキ星で久野隆史さん。いただいたおいしいお茶をじっくりと味わいながら、久野さんの蓮の絵を眺める。外の道路工事の音がなかったらいったいどのくらい静かになってしまうのだろうというくらいに、オーナーが存在を消してしまい、わたしもまるでお茶を飲み込むことでその存在を確認するような、そんな沈黙の時間を過ごした。埋める必要を感じさせない静寂。心地よい無音。
 夜は個展の内容のページを作成。

2/23
 雨降りなのにくしゃみ鼻水が止まらない。なんだか熱っぽい。電車の中でポケットティッシュをひとつ使い切り、職場でも容赦なくくしゃみ鼻水。
 「いつも顔色悪いのに、今日はなんだか熱があるせいなのか顔色がいい。」と言われた。確かにわたしの微熱は人様の平熱だから(一応これがオチです)。
 「ピアニストは二度死ぬ」読了。架空の作曲家(無名のまま没したかなりの変人)の全作品集(ボックスセット)に添えられたライナーノーツという形式をとっているが、楽曲紹介のはずがどんどん脱線していって、伝記作家として雇われた「わたし」が自身の半生を独白しつつ、「わたし」と雇い主の作曲家との奇妙な関係を語り、作曲家の奇癖を暴露しつつ、最後は作曲家のもしかしたらの重罪をほのめかし、作曲家の死の真相を探ろうとする。なんともへんてこな本だ。なんでもデカプリオの事務所が映画化権を取得したらしい。と、いうことで読んだわけではなく、この本の訳者、石原未奈子さんが知り合いだからだ。いやはや面白い本を訳してくれたものだ。感謝。

2/18
 午前中はだらだら新聞を読んだり本を読んで過ごし、午後になって外出した。損保ジャパン東郷青児美術館で今日まで開催の文化庁芸術家在外研修者の展覧会「DOMANI・明日展2007」なのだ。小林孝亘、丸山直文、平体文枝、菅野まり子、押江千衣子といったあたりを見てみたかったのだが、小野友三、水本剛廣、東島毅あたりもなかなか気に入った。それほど混んでいなくて、常設のゴーギャン、ゴッホ、セザンヌもじっくりと鑑賞できた。
 それから新宿駅西口プロムナード・ギャラリーで展示中のグループ展へ。三宅光春さんは明かりを使っての展示なのだが、こういった半野外という難しいシチュエーションでちゃんと見せるというなかなかの技を見せてくれた。
 それから半年後のグループ展の小品作りのためにアクリルキューブを買おうとハンズに行った。途中あいかわらずドーナッツ屋さんに列ができていて、個展が終わって現実世界に戻ってきたのが一層違和感を抱いた。それからタワレコに寄り、渋谷慶一郎(去年9月末に山口情報芸術センターに行った際に行われていた展示の音響をCD化したらしい)とpan sonicのMIKA VAINIOの久々のソロアルバムを購入。それからジョン・ケージのプリペアード・ピアノの全曲CD3枚組みが1,590円ということで購入。
 さてさて明日からサラリーマンです。

2/17
 いよいよ最終日となった。今日は今までの三倍くらいの方の来場となった。しかも午後2時過ぎくらいからドドォーッと波が続き、おひとりとお話が弾むと、なかなか他の方とお話ができないというジレンマに陥った。それが4時半ごろになったらパタッと途絶え、あとは作品を自分の記憶に焼き付ける作業となった。
 次回の作家さんの搬入設置にあおられて大急ぎで撤去し、6時15分にはすべて完了して赤帽さんに持っていってもらった。自宅への持ち込みも8時半には終了し、すっかり個展も記憶の中の出来事となってしまった。
 インスタレーション作品は形のまま残らないので、写真やビデオで記録しておかなければならないが、できることなら作品があることによってその空間に漂っていた気配のような、ニュアンスのようなものが、ご来場くださった方々の中に余韻のようにしばらく残るようであってほしいと思う。
 二週間ぶりにテレビを見ることになったが、なんというか飽きちゃうというか、時間がもったいないというか。
 やはり一段落して疲れが出たのか、眠くて仕方がない。

2/16
 前日は9時過ぎまで仕事をしていたので、今日も期限付きの仕事がなかなか終わらないだろうからギャラリーには行けないだろうと思っていたら、なんとなく6時半近くに仕事が一段落したので、さっと退社してギャラリーへ向かった。そうしたら小野憲一さんが来られて、ひとしきりお話をすることができた。わたしの性格と作品の方向の類似性など指摘いただき、なるほどと思った。小野さんはわが師匠でもあるので、肯定的な評価をいただいたのはとてもうれしい。

2/12
 本日は8名様ご来場。どうもありがとうございました。
 二階の作品の照明については、今日になってようやく納得できるものができた。
 明日からまたサラリーマンになるのが、きっちり変われるかどうか自信がない。だんだん切り替えがうまくいかなくなってしまってきているような気がする。

2/11
 東京都写真美術館でフィリップ・ガレルの「恋人たちの失われた革命」。3時間を越える長いモノクロ映画だったが、全然苦にならず、長いとも感じなかった。
 ガレルは「ギターはもう聞こえない」や「愛の誕生」、「秘密の子供」、「内なる傷痕」をシネ・ヴィヴァンで観たものだった。かつての恋人だったニコの死を悼んで撮ったというような、私的なそれこそ「傷痕」を撮っていた。うんざりするほど繊細で私的な感傷をさらけ出していたが、それはわたしの嫌いなものではなかった(むしろ好きなものであった)。90年代末以降に突入したというガレルの「ロマネスクな時代」の映画としては観るのが初めてだった。モノクロがとてもとても美しく、モノクロだからこそ明確になる構図の妙とか、非常に参考になった。ときどき登場する階段など、照明のコントラストがあまりにも美しく、そのモノクロの色彩の可能性を感じさせた。黒はただの闇ではなく、あらゆるものが並存する豊饒の海であり、白は空虚ではなく幾多の起伏を秘めたグラデーションの起点として。また、時々聞こえるピアノの音以上に効果的な音響だと感じたのは、時として荒くなったりする息遣いだった。
 相変わらずの女々しいストーリーではあったとしても、その女々しさはわたしにはとてもとても近い。女々しさに洋の東西はないようだ。
 映画を見終えてからどこにも寄らずにそのまま帰宅して、室内の整理、清掃をした。あまりの埃のたまり具合のため、マスクをしての掃除となった。でもすべて終了したわけではなく、まだまだ物置と化した部屋もあり、引っ越してから何も手をつけていないものもある。そこをすっきりさせてから次回の準備をしよう(今年8月9月にグループ展の予定あり)←ひっそりと告知。
 行き帰りの電車の中では一瞬不思議な感覚にとらわれた。あーちすとでもなくサラリーマンでもないニュートラルな状態。ここ数日は出勤かギャラリーへ行くか材料の買出しが目的だったからか。

2/10
 ようやくギャラリーで一日過ごすことができた。
 ギャラリーの搬入口から漏れる日光を遮断するために、窓に暗幕を張ろうというオープニングの日に中途半端で終わった元々の計画を実行した。まあまあうまくいったのではないかと思う。ほとんど気にならないレベルだが、そういったところは気になればこだわってしまうところだ。作家の習性だろう。
 結局この日は9名様ご来場。みなさん楽しんでいただければ幸いです。
 夜はライヒの「REICH AT THE ROXY」のDVDを鑑賞。やっぱりライヒはすごい。

2/9
 今日が最終日だということなので、仕事帰りに「ダーウィンの悪夢」を最終回に行った。最初、こういった深刻なドキュメンタリーはエンターテイメントにはなりにくいといった先入観で、ライズXの方でやっているとばっかり思っていたのだが、多分一番キャパの多い2Fの方でやっていた。友人やカップルで見に来ている人も多かった。カップいっぱいのポップコーンとコーラを持って席に着いた人も目についた。「おいおい、あなたたちはこの映画を見ながらポップコーンなんか食べられるのかよ。」と言いたくなった。
 入り口の「善き人のためのソナタ」ポスターを見て、「この俳優さんはどこかで見たことがある」と気になっていたのだが、予告編を見てようやくわかった。ミヒャエル・ハネケの「カフカの『城』」でKを演じていた俳優さんだったのだ。
 さて、「ダーウィンの悪夢」だが、90年代から2000年代にかけてのグローバリゼーションにより、富めるもの(欧米日)は一層富み、貧しいもの(アフリカなど)は一層貧しくなった様子を極めて明確に突きつけてくる。グローバリゼーションと外来種の肉食魚ナイル・パーチによる漁業と魚肉加工業でビクトリア湖周辺は社会・経済が一変してしまう。この魚産業(工場のオーナーはインド系に見えたが)で地元経済は潤うが、周辺の貧しい地域では人々が離村してビクトリア湖周辺に漁師として集まる。そこに貧困、売春、エイズ、ストリートチルドレンといった、連鎖が生まれる。英語をしゃべれるほどの教養のある男性が一晩1ドルの夜警で生計を立てていたり、こちらも英語をしゃべる元教師が貧しさゆえに出身地を離れ、ビクトリア湖畔で漁師として生計を立てている。最初の方で登場した一晩10ドルでヨーロッパから来る貨物機のパイロットの相手をする売春婦は、最後の方ではオーストラリア人パイロットに惨殺されたと知らされる。ナイル・パートはフィレにされてヨーロッパや日本に輸出されるが、そこで捨てられた頭や骨は一箇所に集められ(ウジがわいていたりするが)天日干しにされて、油で揚げられて地元民の食料となるのだ。そしてナイル・パーチのフィレを積載してヨーロッパに飛ぶ貨物機は、どうやらアフリカに来るときには武器を運んでくるらしい。
 貨物機のロシア人機長は、以前、アンゴラに戦車らしきものを運んだと告白する。「クリスマスプレゼントにヨーロッパの子供たちはブドウをもらうが、アフリカの子供たちは銃をもらう」と友人に揶揄されたという。
 このナイル・パーチは日本ではファミレスなどで白身魚のフライとして使われたり、スーパーで味噌漬けとして売られているらしい。「遠い世界のかわいそうなお話」ではなく、ほとんど地続きの世界なのだ。わたしたちも当事者なのだ。
 はたしてあのカップルたちはポップコーンを食べながらこの映画を見たのだろうか。
 ところでシネマライズのスタッフの制服、あれちょっとダサすぎません?なんか第二次世界大戦時のソ連軍みたいで、しかも大きめでダボッとしているからなんだかソ連軍少年兵みたいだ。

2/7
 どうやらあーちすととサラリーマンの切り替えがうまく行っていないようだ。サラリーマンでいることがとてもとても退屈だ。
   オープニングの日に質問されて、うまく答えられなかったことが二つくらいあった。
 Q1:なぜ同じパターンを切り抜きずらして設置するのか。
 A1:同じパターンで少しずれてあるもの、それは影である。実体なのか影なのか判別しにくい透明や半透明な素材でいくつもの虚の影を作り、実体と本物の影の間の空間を微分化していくことによりそのささやかな空間の豊穣さを示したい。
 Q2:将来はどんな作品を作りたいか。夢でもかまわないが。
 A2:素材の物質感をなくす方向に持ってきた、これをどんどん0に近づけていきたいと思う。また、作品自体の存在感の薄さも突き詰めていきたい。存在感は一見薄くても、それがあることによってその空間がすっかり変化するようなものを目指したい。また、「ニュアンス」、「気配」といった、漠然としているようなものを表現できればと思っている。
 こんなところでいかがでしょうか。
 帰りにギャラリー覚に寄る。石井哲さんによる工場群の写真展。いわゆる「工場萌え」にはたまらない写真だ。あ、わたしは「工場萌え」じゃないですよ。廃墟とかビル破砕現場とかと同じくらいに工業プラントが好きだという程度ですから。ギャラリー覚の御殿谷さんとなんだか工場のいわゆる「機能を追求したが故の無為の美」について語り合う。DMを置かせていただくのをお願いして帰った。有楽町駅までの帰り道で屋外にある非常用階段も夜見るとなかなかいいなあと思った。あ、わたしは別に「非常階段萌え」じゃないですよ(そんなのあるのか?いやありそうだ)。
 土曜日の搬入以来、我が家にはテレビがない(個展会場でのビデオ上映に使っているから)。もともと見たい番組(ドキュメンタリーなど)があれば見る程度なので、それほど気にはならないのだが、ときどき何か埋め草のようなものがほしくなる。そんなわけでラジオをつけてみたが、それほど惹かれるわけでもない。そんなわけでここのところなぜかスティーブ・ライヒの「THE CAVE」と「REICH AT THE ROXY」を聞いている。PCでDVDを見るわけでもなく、どちらかというと本を読むほうに流れる。

2/5
 昨夜寝ていて、胃のあたりを握られて引き抜かれるような痛みを感じ、起き上がって胃薬を飲んだ。照明装置と照明の効果について寝入ってからも悩んでいるのだ。
 ギャラリーに到着し、一階の照明装置に手を加えて、少しはよくなる。そうこうするうちにギャラリー・バルコの榊原さんが一番で来られ、照明についてアドバイスを受ける。わたしの作品は影があって作品全体が成立するのであり、それを効果的に使わないのはまったくもってもったいないということだ。一階の照明は半分に減らし、見違えるように作品が強くなった。榊原さんのおかげです。本当に感謝します。
 今日はデジカメを持ってくるのを忘れたため、一旦帰宅した。その間に白濱夫妻が来られたとのこと。お会いする機会を逸してしまい、とても残念。夕方にはギャラリーのオーナー(牧井さん)が来られ、作品をほめていただく。その後友人知人が来廊。初めて作品をご覧になった方にも好評だった。牧井さんとの打ち合わせに来ていたキュレーターの松永康さんと待ち合わせをしていたとのことで山口啓介さんが来られた。お二方にも肯定的な評価をいただく。
 こうして長い三日間が過ぎてほっとしたわけである。
 帰宅後夕食をとったら胃(といくか食道)に痛みが走り、あまり量を食べられなくなってしまった。どうやら昨夜胃(というか食道)を荒らし、今日は忙しくてお昼を抜いたため、さらに悪化させたらしい。胃(というか食道)を荒らしてまで制作や設置をしたことって今までなかった。でもそれなりにいい展示になったと思う(榊原さんのおかげだけど)。

2/4
 なんとなく風邪気味である。
 作品の設置は時間をかけて丁寧にやれば済むのだが、照明が難関だ。わたしの作品は照明が命で、いいようにも悪いようにも変わってしまう。今回は設置を一人で行うので、客観的に見てくれる人もいない。これでいいのだと進めた方向から撤退して新たな選択肢を見つけることがなかなか困難なのだ(わたしだけかもしれないが)。一通り作業を終えて後は明日の昼間にやろうということにして、9時半ごろ作業を終了し帰宅した。
お昼はギャラリーの近くにあるストーンというお店で焼きカレーをいただきました。おいしかった!

2/3
 照明装置の作成でお昼を過ぎてしまった。それから小品の額装にはいったが、赤帽さんが来るまでに出来上がったのはひとつだけだった。
 ギャラリーに早めに到着し、今日までの本濃研太さんの作品を鑑賞。とても楽しい気分になる展示だった。
 設置の方は一旦始めると最後まで休めないので、照明装置の按配などを確認し、ギャラリー側の照明が暖色系なので、電球を買うために帰宅し、その後は小品の額装をした。

2/2
 休暇を取って個展準備に取りかかる。照明装置に手間取っている。
 結局新宿まで今日は二往復して照明装置のための材料を買った。
 小品のアクリル板を使った額装がまだできていない。

1/31
 結局、今月のアート係数は49.9%

1/29
 朝起きたときに、なんだか不思議な感覚だった。まだ週末のアーティスト感覚が残っていて、サラリーマンに切り替わっていないようだった。
 帰りにハンズで、昨日買った照明装置を三本追加購入。今月の支出の49%が材料費だ。エンゲル係数ならぬアート係数が非常に高い月だ。

1/28
 小品の作成を午前中行い、午後はケン・ローチの「麦の穂をゆらす風」を見に出かけた。もう上映が今週まででしかも時間が昼間しかないので。ケン・ローチはいつも重く厳しい映画を撮っているが今回も非常に重く厳しい。アイルランド独立から内戦に移行する時代の物語だ。
 それから照明装置を見に新宿のハンズへ。サザンテラスの店の前に行列ができ、陸橋の半分を超えるくらいの列ができていた。どうやらドーナッツ屋さんらしいが、そんなにして並んでなにかいいことあるんでしょうか。
 で、照明装置は直管型のスリム管を使うと割合よさ気であることが判明。大小各一本ずつ買って自宅で試してみたら、なかなかいい感じなので、これを使うことに決定。ようやく先が見えてきました。

1/27
 昨夜まで、帰宅してから就寝するまでの時間帯に10月にロンドンで参加したコラボレーションのビデオ編集をしていた。それで今日、DVDに落とした。これで確実に「会場でビデオ映像をお見せします。」と公言できるようになった。編集作業のために、ビデオで撮ったパフォーマンスを何度も見ることになったのだが、本当に5日間でこのレベルまで作品を完成できたというのは、本当にすごいことだと思った。コラボレーションした、映像のローズや音楽のジェドも本当にすごいアーティストだと再認識した。
 照明装置は暗くならないと雰囲気がつかめない。今までは電球型蛍光灯をお手製の箱に入れて使おうかと思っていたが、どうも大きすぎて緊張感を崩してしまいそうな気がしてしまい、再考しようと考えた。

1/21
 朝刊の一面に「『納豆で減量』番組捏造」の記事。例のスーパーの納豆コーナーがガラガラになってしまったという影響を与えた番組だ。その番組のおかげで納豆製造屋さんの生産が追いつかずに品薄になり、ただ好きだからというだけでほぼ毎日食べていたわたしもここ二週間は納豆を食べていなかった。ニーズに追いつくために納豆屋さんはフル稼働して生産していただろう。そして購買量は一気にダウンして、これからは納豆がだぶつくかもしれない。まあわたしはただ好きだからというだけで淡々と食べるだけだが。
 今日は一日小品作りをして一段落したところで表参道へ行った。途中、「青山セントグレース大聖堂」という結婚式場に遭遇。もうすっかり日が落ちて暗くなっているので、過度にライトアップされたいる、ゴシック様式風の(まるでゴシック建築の大聖堂の頭の部分をちょん切ってとってつけたような)異様な建築物に腰を抜かしそうになってしまった。「ヨーロッパから見たら日本の建築は(なんの規制もなく)なんでもあり」を通り越して、もう「お笑い」や「下品」すら通り越して、そのままロケットで宇宙に飛んでいってしまいそうなくらいの違和感をもってそこに鎮座していた。いったいいつからこんな建築物ができていたのだろう。まだプラダの方が秩序の中で自制を持っている。
 まずはNADIFFに行ってDMを置いてもらうようお願いした。そうしたら「15枚ほどなら」と言われ、素直なわたしは20枚の束から5枚を抜き出して渡したのだ。それからOPAに立ち寄り、藤波さんとしばし歓談。さきほどのゴシック風結婚式場の件やら、今日オープンした国立新美術館(新国立美術館じゃないのね)やら。すっかり長居をしてしまった。
 夕食後はビデオ編集。でもその前にディスクの空き容量を確保しないといけないわけで、いろいろと整理して、今日のところはビデオ映像をPCに落とすまでで終了。

1/20
 朝からメインの作品の手直しをする。一日中室内で作業をしていたので、スーパーに買い物に出たときに、今日は雨が降っていたのだということに気がついた。夜、手直し終了。これからは小品とビデオ編集と、それから照明装置の作成だ。

1/19
 帰りにOギャラリーの川城夏未さんの個展に行く。豊かな赤の世界にどっぷり浸かって気持ちよくなる。大作は作品の中に漂うように、小品は引き込まれるようにして鑑賞した。しばし川城さんとロンドンのコラボレーションの件や川城さんの小田原のギャラリーで行った個展についてお話をする。小田原のギャラリーでの個展は初個展のときの作品から最近のものまで展示したらしい。川ア美智代さんの同じような個展でも感じたのだが、そうやって一通り並べて過去作を振り返ることによって初めてあるいは改めて見えてくるものもある。できれば見たかった。
 そうこうするうちに嶋津晴美さん登場。驚きましたが、なんだか「ああ、また人に会っちゃった」って感じだ。お互いにそこに来る前にどこかに立ち寄ったり道に迷ったりして偶然を重ねることによって、会ってしまうわけなので、不思議なものだ。よく人に会うってのは何か磁力のようなものがあるのだろうか。いやわたしにはそんなものはなさそうですが。

1/15
 昼休みに職場の近くの四谷郵便局に行き、50円の記念切手を購入。東京中央郵便局での在庫切れとはどういう意味だったのだろう。夜間窓口でのみ品切れだったということだろうか。
 浅草橋の印刷会社に立ち寄り、DMを受け取る。あらら、真っ白。なんとも味気ない寒々しいDMなんでしょう。でもそれがいいのかも。人それぞれによって印象が違うだろうが。
 その足でマキイマサルファインアーツに立ち寄り、DMを渡す。現在個展開催中の中津川浩章さんの作品はとても素晴らしかった。できればもっと余裕のあるときに拝見したかった。
 これからDM発送作業に入ります。

1/14
 午後4時前に一層を制作終了。
 少し外に出ようと思い、新宿郵便局に行った。昨日の東京中央郵便局の「50円の記念切手在庫切れ」という言葉が信じきれなくて、他の郵便局で確認しようと思ったのだ。が、窓口には長蛇の列。すっかり萎えてしまってすぐに駅に戻った。次に中野の島忠へ行った。ホームセンターは郊外にあることが多く、車を持たないわたしにはとても不便なのだが、中野の島忠は駅からも近いので便利なのだ。で、なにを偵察に行ったかというと、照明装置である。直管型の蛍光灯を床に置くとしたら、どういう装置が必要になるのか(まったく知らないから)を偵察に行ったのだ。が、よくわからないまま売り場を往左往してしまった。右往左往しているうちに通り過ぎた人がなんだか見たことのある顔の人だと思ったら、船越英一郎だった。先週は島田雅彦で今週は船越英一郎かよ。なんだか年が近い人ばかりだ。まあそんなことはどうでもいいのであって、よくわからなくてそのまま三鷹に戻った。何の収穫もない外出だった。
 夕食後今日までに仕上げたもので設置してみたところ、なんだかとてもうるさく感じ、量を少なくしてみた。一層追加作成したのに二層撤去。一歩進んで二歩下がる。
 しかし大失敗したみたいが気がして、冷や汗をかいてしまった。ふとしたことで作品の設置方法を変えてみて、さらに照明の位置をいろいろと試してみて、見違えるように変わった。それなりに見えることが確認できた。あとは作品自体をもう少し修正したりする必要がある。そんなわけで一安心。

1/13
 昨日買ったポリセームをカッティングしていく。
 夕方になって村松画廊の松尾藤代展に行く。光をテーマに窓を描いている作家だ。その静寂さがとても好きだ。じっくり鑑賞したが、余裕があれば会期中にもう一度来たい。
 そろそろ個展のDMを郵送する時期になったので、せっかくだからと記念切手を買おうと東京中央郵便局へ行った。夜間窓口になっていたのだが、そこで50円の記念切手がないか尋ねたところ、なんと「在庫切れ」だという返事。東京中央郵便局で在庫切れとはどういうことだ。日本国中で在庫切れということなのか?想像もしなかった返事を聞いて、普通の50円切手を買うこともできずにそそくさと帰ってきてしまった。
 夜はほとんど4時ごろまで制作。

1/12
 作品をもう一層増やしたくなって帰りにポリセームを買った。
 スーパーに立ち寄ると納豆が品薄らしい。なんでもテレビのどこかの番組でダイエットにいいと言ったとかで、視聴者がどっと納豆を買ったらしく、全国的に生産が追いつかないようだ。いつもなら98円や88円、高くても133円で3パックで売っていたものが、今日は188円になっている。いつもの倍だ。これは偏見かもしれないが、ダイエットにいいということで納豆に飛びついた人たちはきっといつもの量を食べてその上にさらに納豆を食べているんではないか。毎日納豆を食べているわたしとしても、通常の倍の金額を出してまで食べようという気にはならない。それにわたしは毎日納豆を食べているからといってやせてはいないぞ。

1/8
 カットした作品の組み立て作業。午後になってオノテツさんと森美術館で落ち合う約束をしていたので、外出する。実家から送られてきた自家製たくあんのおすそ分けをするのだ。六本木ヒルズでたくわんを渡す。しぶい!
 大江戸線に乗ったら、なんと島田雅彦が乗り込んできた。実物は初めて見る。本を取り出して読み始めたのだが、司馬遼太郎の「街道を行く」のように見えた。
 さて、森美術館のビル・ヴィオラだが、う〜ん。なんと言ったらいいのか。最初の方は面白かったのだが、「パッション」のシリーズからなんだかわからなくなってきてしまった。たとえば喜怒哀楽を「演じて」もらって、それを超スローモーションで見せて、表情の微妙な変化を見せたところで、それは学術的な意味以外に面白いところがあるのか?という疑問を抱いてしまった。「感情の爆発」といっても演じているんじゃ、なんだかわざとらしい動作に白けてしまった。オノさんも悪夢のような「はつゆめ」だったという感想を漏らした。一瞬の中に悠久の時を見出すというのは、ある種わたしのコンセプトにもつながるところはあるのだが、でも出てきたものはなんだかちょっと違う気がする。
 美術館を出たらすっかり夕方で入る前の昼間の展望がすっかり夜になっていた。ちょっとお茶を飲んで近況など報告し合って帰宅した。
 帰宅後は組み立ての残りの部分を仕上げた。

1/7
 DMを作らなければならない。ちょっと不明点があったので、ギャラリー・バルコに電話をして、榊原勝敏さんにいろいろとアドバイスを受ける。榊原さんには印刷屋さんまで紹介してもらう。榊原さんありがとう。
 出来上がっている作品で写真撮影をしてその画像を使ってDM作成。その画像がなんだかカールステン・ニコライのジャケットに似てたりして面白かったりする。
 そんなわけで、今日はまったくカッターを手に取らない一日だった。

1/6
 大作のカット終了。あとは小品制作と、ロンドンのコラボレーションのビデオ編集。

1/5
 映画でも見るか森美術館にでも行こうかと思っていたが、久しぶりに仕事をしてちょっと疲れてしまったのでどこにも寄らずに帰宅した。帰りの電車の中で眠くなり、立って本を読んでいたのがまぶたが重くなって仕方がなかった。

1/3
 今日も制作三昧。結局、この六日間で外出したのは散歩と世界堂への買い物だけだった。

1/2
 世界堂の初売りに行く。いつもに比べてほとんどお客さんがいない。正月早々世界堂に来る客層というのはある程度限定できるということか。1mm厚のスチレンボードが4枚ほしいところ、3枚しかなかった。しかたがないので、半分のサイズのものを二枚買うことにした。「お年賀」ということでタオルをいただく。「世界堂タオル」けっこううれしい。
 福袋を持っている人々の中を世界堂の大きな袋を持って歩く。

1/1
 昨日から切り抜いている2mmのスチレンボードの仕上がりがきれいにならない。テストで切り抜いたときには問題なくできたので、この厚さを選んだのだが、どうもよろしくない。1mm厚のものに変更しよう。これが今年初めに決意したこと。
 トレペのカット作業に変更。


タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ) の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。