イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。
当然真実のみが書かれているわけではありません。

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2009年月1月1日〜3月31日



3/29
 朝5時55分起床。というか、起こされた。ネコ様たちによってである。
 今日はギャラリーに行こうと思っていた。が、昨日の疲れが残っていて、どうにも電車に乗って出歩く気にはならない。リンゴやらヨーグルトやら黒糖飴やらを食べてみたが、どうにも体が動かず、今日はゆっくりお休みすることとした。それでもって昨日のイベントの画像をホームページに更新する作業をして一日過ごした。

3/28
 なぜか東京外語大卒の知り合いが多い。もしかしたら芸大や各美大それぞれの知り合いと同じくらいの数がいるかもしれない。それでもってその外語大卒の知り合いは多くが音楽をやっている。オノテツさんとのつながりでこうなったのだろう。
 で、東京外語大の学祭に出ているライブバーの模擬店である「Ten Dollars」というのが、今年20周年ということで、六本木の「スーパーデラックス」というスペースでイベントが開催されるのである。そこへの作品展示を依頼されたのだ。それでオノテツさんの車に乗せてもらって午後の2時から設置に行くことになった。
 LAで展示した「trans-scape」と、最初矢切で展示した後、ロンドンのコラボレーションでも使用したハンモック方の作品。それから2007年2月に展示した床置きの作品を壁際につるしてみようと持って行った。
 展示はぶっつけ本番だったが、おおむね良好。スペース側のスタッフさんがきばっていいライティングをしてくれて、かなりいい展示になった。特に元々床置きだったスチレンボードの作品を天井から吊り下げると、なんだか元々そういった形をしたオブジェだったように見えて、新しい発見となった。今後何かの展開につなげられるかもしれない。あんまりライティングがうれしかったので、やってくれたスタッフさんに自己紹介して作品のカードをお渡しした。
 ライブ開始は午後5時から。外語大OBなんかに混じって、元東大教授でNHK教育テレビの「ジュークボックス英会話」で英会話講師をしていた、ポップス等にも詳しい佐藤良明氏が来ていた。さっそくカードを渡して「ここに展示してある作品みたいなもので表現活動をしています。こちらにウェブサイトがありますので、他の作品なんかもご覧いただけます。」と営業をしました。
 ある程度写真を撮ってから一旦自宅に戻り、ネコたちにエサをあげて、撮った写真の画像をパソコンで確認。夕食をとってから再度会場に戻った。思う存分写真を撮り、音楽やおしゃべりを楽しみ、11時ごろ終了。そそくさと撤去をして再びオノテツさんの車で運んでもらった。帰宅は1時過ぎ。
 疲れたがなかなか面白い体験をさせてもらって満足だった。

3/25
 自宅近くの道で「のいずギター教室」と書かれた車を発見。何度も何度も見直したが、「のいずギター教室」である。え?もしかしてその教室に通ったら、わたしもソニック・ユースのサーストン・ムーアばりにノイジーにギターを弾きまくることができるようになるんでしょうか。それとも野伊豆さん主宰のギター教室なんだろうか。謎だー。こういうときに限って携帯が電池切れだったりする。

3/24
 埴谷雄高の「死霊」読了。「わが国初の形而上小説」と帯にあったりするが、久しぶりに精神性とか形而上学的とかいえる、ずっしりした小説を読んだという感じだった。中心(山場)になるのは三輪与志の瀕死の兄高志が語る夢魔が描く宇宙や「黙狂」の矢場徹吾が語る「決していってはならぬ最後の言葉」の内容だろう。無限小から無限大までが同時に存在する何千億年にも渡る宇宙空間の想像を絶する果てしなさ。そしてその広大な空間の中でいかにたゆまず「存在の革命」を成し遂げようとするか。そんなあたりを求めて読み進んでいった。読み終えた直後はもう一度最初から読み直したいという気分だった。いやぁ、あくまでも気分ですから。

3/21
 午後、ギャラリーKINGYOへ。途中、芋甚でアイス最中を食す。冬季限定抹茶をいただく。おいしい。
 今回の展覧会は「自己との対峙であるアートの制作と、はじめに「場所」のある、アートの制作はどのように違うのか」というテーマによる展示となっており、わたしは昨年の清里での展示を写真パネルによって参加しているのだ。その他の作家さんは、ホテルの客室のための作品、企業のエントランスのための作品などを展示している。
 作家さんとの話でオリジナルとは何かというテーマになり、ヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」のことをチラッと考えた。データから起こされた「作品」(1パターン)にはアウラはあるだろうか。そんなことをつらつら思い浮かべて、会話にはあまり参加していなかった。
 帰りには例によって大黒屋の煎餅を購入。だっておいしいんだもん。

3/20
 なにが彼らを惹きつけるのだろう。過去作の設置用部位を確認するために梱包を開いて、ばーっと広げたときのことである。通常昼間はすっかりお昼寝ですっかりいい気分の彼らが、何かいつもと違うという雰囲気を察知したのか、目を覚まして作品に興味津々である。あろうことか作品を噛んでみたり、飛びかかってみたりする。こりゃたまらんというわけで、急遽彼らをケージの中に押し込んで、作業が終わるまでしばらくは閉じ込めておくことにした。
 なにか面白そうな気配でもするんだろうか。今後の制作過程でも、こんな状態が起こりうるかもしれない。困った困った。

3/15
 なにが彼らを惹きつけるのだろう、我がルームメイトたちは紐が大好きである。さらにその先にポンポンのような装置(?)を取り付けると、もう思いっきり追いかける。左右にその紐を振ると、紐の先端を追って右へ左へ走る走る。よくぞ飽きないものだ。
 去勢/避妊手術をすると、性格に変化の現れるネコが少なくないというらしい。我が家ではどうだろう。西嶋くんはほとんど変わらず。いやもしかしたらちょっと余計に元気になったかもしれない。東堂さんはお転婆になったような気がする。ということで手術前よりも騒々しくなったってこと。いやぁ〜、明るく賑やかな家庭になったもんだ。はっはっはー。

3/14
 東日本橋に移転したKANEKO ART TOKYOへ。浜田浄さんは前回の個展から技法を変えられていた。今回はさらにその技法を発展させているようにも感じられた。浜田さんはご不在だったが、技法についてお話をお聞きすることができれば、もっと理解できたかもしれない。
 母が最近詩作に目覚めたらしい。が、田舎の書店には俳句や短歌の本があっても詩集は見つけられないので、なにか見繕って送ってほしいという要請があった。これは母からの一種の挑戦状のようでもある。残念ながらわたしは詩歌に詳しくはない。詳しい友人に尋ねてみたりして、一応茨木のりこ、石垣りん、長田弘といったあたりを見繕ってみた。はたして母の希望に沿うような詩集を選ぶことができただろうか。

3/11
 そうだ、清里に行こう。
 というわけで、清里のひとつ手前、甲斐大泉駅から徒歩3分の「パノラマの湯」に湯治に行ったのである。露天風呂もあり、富士山も見える、とても眺めのいい温泉である。
 30分ほど浸かり、出てきてから瓶入りの「八ヶ岳高原牛乳」を飲み、食堂で「ほうとう」を食べ、また30分ほど温泉に浸かってからアイスクリームを食べた。そんなこんなで温泉を満喫した。料金は700円。北杜市民だと300円らしい。それでなのか、ほとんど常連さんっぽいおじいさん、おばあさんのグループが休憩所にのんびりくつろいでいた。
 帰宅してからもしばらく体がホカホカしていた。いやぁ湯治はくせになりそうである。300円だったら北杜市民になって毎日温泉に行ってしまいそうである。

3/8
 今朝はなんと5時前に起こされてしまった。彼らの未明の運動会がいかなるものか、テーブルの上においてあったものが床に落ちているさまを見て、盛況ぶりが伺える。以前は現行犯で叱っていたが、今ではまあ仕方がないなーというような心境になってきた。ほとんどネコにこちらの生活態度を合わせていくようになってきてしまった。「ネコ様」となる由縁である。

3/7
 避妊/去勢手術後のネコは運動量が減り、エサの摂取量が増えるために、肥満に陥る傾向がある。らしい。が、我が家のルームメイトたちには当てはまらないかもしれない。とにかくここ数日は6時前にやつらの運動会で目が覚める。朝食など途中に中断があるものの、今朝などはやれやれやっと静かになったと思ったのが9時半ごろであった。それまで何が楽しいやら、断続的に部屋の中ををタッタカタッタカ対角線上に駆け回るのである。時にはレスリングなども加えられる。エネルギーを持て余している子供といったところだ。その後は夕方までお昼寝。なにやら楽しそうな寝顔なのがうらやましいところだ。
 午後はお茶の水画廊/淡路町画廊へ。大正6年建立の蔵に負けないくらい重く深い絵画のグループ展。堀正明さんの鉛筆画を堪能した。

3/3
 ひな祭りには全然関係がないが、大西巨人の「神聖喜劇」読了。
 「個」を押しつぶして初めて成り立つ「軍隊」という暴力機構の中で、主人公東堂太郎やその他登場人物が、いかにしてその豊かな個性を生きながらえさせていくかが、重層構造のストーリーの中に展開する。虚無主義者として「わたしはこの戦争で死すべきである」と宣言した主人公が、一般社会での差別構造(出自、教育、職業なとによる)をも呑み込んで醜悪に奇怪に構築された軍隊内の権力構造の中で、一個の人間として「わたしはこの戦争を生き抜くべきである」と転心していく様でもある。それはあるときは引用に次ぐ引用で二重にも三重にも構造が入り組み、ときには戯曲のような体裁を取りながら、時間経過を脇に置いたような展開を見せる。
 醜怪極まりない事件の中で、上官に向かって「人のいのちを玩具にするのは、止めて下さい。人のいのちは何よりも大切であります。」と叫んだ新兵が、上官に「軍人がそんなことを言っても成り立たない。実際に戦地に行ったら、お前は鉄砲を前に向けて撃つのか、後ろに向かって撃つのか。」と問われ、「前とか後ろとか横とかに向けては撃ちません。上に向けて、天に向けて撃ちます。」と答える。これが「帝国軍人が全力を挙げてたたき潰すべき『徹底的反軍非戦思想』だ」と言われる。まさに戦地に置かれたときのその選択こそが、『徹底的反軍非戦思想』なのだろう。
 解説の中に、「『神聖喜劇』は二度読むべきである」という一文があった。400字詰め原稿用紙4700枚という大作ではあるが、確かに再読をすることによって更なる理解が深まるだろうことは頷ける。

2/28
 深川いっぷくに、だるま展の撤去に行く。本当の撤去日は1/25だったのだが、すっかり忘れてしまっていて、それから一ヶ月も経ってからの撤去となった。すみませんでしたー。ついでに来年用に無垢のだるまをひとつ購入。準備早すぎっ。

2/26
 東堂さんの手術後の縫合部分の抜糸と2回目のワクチン接種。
 東堂さんはおなかの縫合部分を包帯でぐるぐる巻きにされていて、見た目はサラシを巻いた姐さんといった状態だった(わけない)が、包帯を取って、すっかり元の状態に戻った。手術によって性格が変わるネコもいるようだが、果たして我が家のネコたちはどうなるのだろうか。

2/25
 またオノテツさんと吉祥寺で歓談。子育てとネコと制作などについて話し合う。

2/22
 今月に入ってから読み始めた大西巨人の「神聖喜劇」を終日読書。制作がしたくてたまらないようなはやる気持ちを読書で溜め込んで、一気に昇華させようとでもしているような気分だ。「神聖喜劇」の次にも大作を読み、そこから制作に入っていこうという魂胆である。
 猫は去勢/避妊手術をすると一週間ほど元気がなくなるケースがあるようだが、我が家のお二方は全然そんなそぶりもなく、今まで通りの運動会を術後翌々日あたりから朝夕開催している。まあ最高時の8割くらいの運動量かもしれないが。

2/21
 ギャラリーKINGYOへ行く。
 芋甚で「昭和焼き」をいただく。今川焼きを一回り小さくして、外側の皮がやや固めという感じか?餡もくどくなく、おいしくいただいた。
 三宅光春さんの作品はご本人がいろいろと引き出しを持っているらしく、いつも異なる素材を使って発表されている。今回は簡単に言うと水とリアルタイムのビデオ映像とを使って、鑑賞者参加型の形態となっていると言っていいだろうか。ブランコに乗るというのもまた久しぶりの体験であった。
 扇谷さんとは妻有アートトリエンナーレのことや清里のグループ展のことなど、今年の夏のことを話し合った。
 帰りには例によって、大黒屋のお煎餅を購入。

2/19
 恋の季節が到来した同居猫たちの去勢/避妊手術をした。
 朝、診療所に預け、午後に手術。夜引き取りに行った。引き取りに行くときに、なんとも言えない、愛しい気持ちになっていた。
 二匹ともまだ麻酔が完全に抜け切っておらず、東堂さんはそのままクッションの上でお休み。西嶋くんはふらふらしながら部屋の中を何度も何度も巡回というか見回りというかした。今までと何か違和感があるのかもしれない。十分歩き回ってからおとなしく横になった。

2/14
 始弘画廊の木下晋展へ。ご本人がいらした。

2/8
 古書店は品揃えがぴったり好みにはまると、大変に危険なところになる。西荻の音羽館、三鷹の上々堂はそういった危険地帯である。心して訪れないと大変である。
 今日は上々堂に行ったのであるが、「ナルニア国物語」全7巻が2500円にて売られていた。また黒岩重吾「聖徳太子」単行本上下2冊で630円である。またオルハン・パムクの「イスタンブール 思い出とこの町」が定価のほぼ半額である。これを買わない手はないだろう。ということで買ってしまった。
 古書店は大変に危険である。だから神保町などおちおち歩けない。

2/6
 西荻改札口で萱野稔人氏とすれ違った。雑誌やテレビで見るのとまったく変わらず。グラデーションのかかったサングラスを掛け、口笛を吹きながら改札を通り過ぎていった。昼過ぎのことであった。これから津田塾に向かうところだったのだろうか。

2/1
 ネコはもともと夜行性の動物である。放っておけば明るいうちに寝ておいて夜になって活動的になる。が、ペットとして人間と一緒に生活をすると人間と同じく昼間活動的になり、夜寝るようになる。らしい。
 が、我が家の住人たちは野生のままである。夜型を昼型に変えてもらおうと思ったのだが、ふと、昼間家にいてもわたしは読書をしたり制作をしたりするのだから、静かにしていてもらった方がいいのではないかと思ったりしたのだ。大きな作品を制作する場合には、部屋の床を使って制作をする。そんなときに部屋を対角線上に走り回られても困るではないか。そんなわけで今でも昼間寝てもらっているのだ。
 が、夜目を覚ましてみると彼らも寝ているときがある。朝は彼らの方が早起きではあるが、わたしが目を覚ますまで何をしているのかわからない。この間は棚の一番上に置いてあったはずの小物が、冷蔵庫の下から出てきたことがあった。その小物を使ってサッカーでもしているであろうことは察しがついた(それともフットサルか?冷蔵庫の下がゴールか?)。
 ところで西嶋くん。両前脚でわたしの頭をはさんでおいて、おでこを甘噛みするのはやめてくれないか。痛いじゃないか。
   

なにやら楽しげな夢でも見ていそうである。
クッションがすっかり西嶋くんを型取りしてしまった

東堂さんは前足の上に頭を乗せてかわいいもんである


1/31
 一月は「日本現代史月間」だった。満州事変から1970年代初頭あたりまでに関する著作を数冊読んだということになる。最後を飾るのは小熊英二の「<民主>と<愛国>」だ。何年も前の新年の抱負に読破することを書いたような気がする。そして一昨年の中ごろに半分くらいまで読んで止めてしまったこともあった。今回はどうも新年早々満州事変からアジア・太平洋戦争のあたりについて読書してみたく思い、その総仕上げとして戦後のナショナリズムと公共性に関する言説を読むこととしたのだった。まあこの際だからしっかり読み終えようと思ったわけだ。で、最初から読み直した。注釈はかなり飛ばした。本文829ページ、注釈120ページ。400字詰め原稿用紙にして2500枚ほどあるらしい。しかしそれでも当初の草稿を半分ほどに圧縮したらしい。小熊英二氏は研究・著作作業では過去の文献に当たっているうちに名もなき人々がのり移るようにして、なにかに取り憑かれるようにして書き上げていくらしい。氏の著作を読み終えてわたしの頭の中にすべて残っているとは口が裂けても言えない。手のひらを広げて水をすくったようなものだろう。しかし手のひらは確実に水に濡れている。そんな感じなのかもしれない。疲れたが非常に面白かった。

1/29
 アレクサンドル・ソクーロフ監督の「チェチェンへ アレクサンドラの旅」鑑賞。
 老婆がチェチェンに駐留する孫を訪ねて、最前基地へ赴き、二夜を過ごして帰るというストーリーだ。兵器や重機は登場するが、戦闘シーンも流血もない。しかし実際の破壊されたチェチェンの建物や砂埃舞う殺伐とした基地や憎悪が混じる市場が登場する。それらの形容しがたいほどの緊張感。そしてアレクサンドラ役のガリーナ・ヴィシネフスカヤ(ロストロポービッチの奥さんでソプラノ歌手)の「ロシアの母」然とした遥かな存在感。
 基地にいる兵士たちはまだまだ少年のような面持ちで、純真であるがゆえに残酷にもなるであろう。基地内部は入り組み、アレクサンドラは用意された寝室へは容易に辿り着けない。それはチェチェンの置かれた実情を暗喩しているようだ。
 市場で知り合ったマリカとは多くを語らぬうちから隣人同士の仲のようになる。案内されたマリカの部屋や市場の女たちとの交友は、埃っぽい基地内とは対照的ではあるが、しかしロシア人のアレクサンドラとチェチェン人のマリカとは言葉の含意が微妙にずれつつなされているようにも思える。帰りの列車に乗るときにアレクサンドラはマリカらと別れの抱擁をするが、その後、マリカはなぜかその地を離れる列車を目で追わない。母たちの間でも支配−被支配の構図があるのか。
 いろいろと考える映画だった。ソクーロフはなぜこうも人間関係をエロチックに描くのだろう。「マザー・サン」、「ファーザー・サン」でもそうだった。祖母−孫の関係も妙にエロチックに感じた。本来すべての人間関係はエロチックなのだろうか。
 そういえば、我が家のネコ様たちにも恋の季節がやってきてしまった! 猫間関係もか!

1/20
 これはもうeuphoriaという言葉で表す状態以上のものなのかもしれない。第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オバマ氏の就任式の模様だ。アメリカだけではなく、世界のあらゆるところで祝賀ムードだ。これほどまでに世界中から待ち望まれた、期待されている政治家はいないだろう。
 期待されているほどの変革は望めないかもしれない。だが、この8年より悪くはならないだろう。よくも8年も世界の頂点にいたものだと逆に感心してしまう前任者は、今後はテキサスの田舎で悠々自適に暮らすらしい。これだけ世界を破綻させた男が気楽に暮らしてもらっては困る。自国民、他国民に対しての人道に対する罪で起訴されなければならないはずだ。就任式では名前を呼ばれたときに、聴衆からブーイングが起こり、ホワイトハウスから去るヘリコプターに向かってあざけるような歌が歌われたそうだ。だが、そんな程度では済まされないはずだ。最後の記者会見で自身に対する評価は後世の歴史に委ねる旨の回答をしたが、もうすでに評価は下っているではないか。アフガニスタン、イラク、パレスチナのすべての人々から靴を投げてもらえばいい。
 さて翻ってこの国の事情だ。首長になるのに、やれだれの息子だ孫だと、そんなご先祖様のご威光にすがるしかない政治家ばかりだ。なんとお寒い事情なのだろう。

1/18
 昨日といい、今日といい、夜の12時を過ぎてもやつらは大運動会を繰り広げている。11時ごろまで静かにしているので安心していると、それからやおら目を覚まして活発になるのだ。元々ネコは夜行性だから仕方がないのだろうが、こっちは同類ではない。布団に包まってそろそろ眠ろうかという時間になっても、まだ彼らのかけっこは終わりそうにない。仕方がないので、手を叩いて大きな音を立てて彼らの興奮を冷まさせる。
 そこではたと気がついたのである。もう随分昔に初詣という習慣を捨てているわたしは、手をパンパンと叩いて願い事をしたのは、今年に入ってから初めてのことではないか?さっきはパンパンと手を叩いて「静かにしてよ。」と言ったのだが、そうなると今年はなにやら何事か静かな一年になってくれるのだろうか。
   

この椅子はすでに西嶋くん専用となってしまった

東堂さん箱の中で長くなって寝るのが好き?
   

手作りのおもちゃにくらいつく西嶋くん

東堂さんはクリップが大好き


1/12
 朝から郵送作業。BGMにはなぜかFun DA Mentalとムスリムガーゼ。イスラエルのガザ攻撃の記事を読むうちに、無性に聞きたくなってしまったのだ。
 面白いことに、ムスリムガーゼの高音域のノイズには、なぜか東堂さんが反応し、スピーカーに向かって身を乗り出してくる。低音のブレイクビーツには西嶋くんが反応して前脚をスピーカーにかけて押し倒そうとする(ミニコンポなので、スピーカーも小さいんです)。ポストインダストリアルのシャーマニックなミニマルトランスとパーカッションによる、ノイズインダストリアル+ワールドミュージック+テクノ/ブレイクビーツ、コラージュといった形容のされるムスリムガーゼのインストルメンタルに、彼らは何か引っかかるものがあるのだろうか。たぶん彼らの受容する音域、周波数がそういった音に用いられているのだろう。が、そのうちに猫世界の睡魔に勝てずに、彼らはいつもどおりのお昼寝に入った。

1/11
 昨日行く予定だった深川に行った。「いっぷく」の「深川100人100色だるま展」、「マキイマサルファインアーツ−深川ラボ」の「Arty Crafty」鑑賞。白濱夫妻といっぷくスタッフのマユさんと歓談。
 

「深川いっぷく」前のベンチで人待ち顔のピーマンマン


1/10
 強風のためか中央線快速が5分遅れだとか。で、それに乗ってみたらものすごい混みようで、気分が悪くなり途中駅で降りて引き返してしまった。

1/6
 石内都の写真について。
 初期の「ヨコスカ」、「APARTMENRT」から「Mother's」、近作の「ひろしま」まで一貫した流れがあるように思う。それは被写体に接するほどにカメラを近づける(物理的な意味でも比喩的な意味でも)ことで、壁や肌、生地のざらつきや肌理が持つ普遍性と、その被写体自身の固有性が同時に写真に焼き付けられているようだ。しかも両者が強烈な引力で、鑑賞者を引きつけようとする。
 「爪」や「キズアト」のシリーズのように、その部分だけをアップで撮ることにより、手指や足指、手術痕や火傷痕といった一般性とともに、その身体を持つ人の個性がそこに刻まれているようだ。また、「Mother's」では石内の亡母の持ち物が、一般的な老母への連想とともに、石内の母親と石内の喪失感といった固有性までも現している。
 近作「ひろしま」では被爆者の衣類を撮影しているのだが、たとえば資料館に展示されていれば、ともすれば「原爆の犠牲者の衣類」という分類コードに収まってしまうものが、石内のフレームを通して衣類の生地や肌理が一層鮮明になることで、「ひろしまの惨事」とともに、その衣類が本来持っている持ち主のかけがえのない「生」までをも立ち上がらせているように思える。「資料」ではなく「衣装」として撮影することにより、一層表現が強くなっているのだ。
 そういった意味で、石内は被写体の持つ普遍的な部分を撮りながら、固有性を露わにする写真家であると思う。

1/4
 東京都現代美術館の「ネオ・トロピカリア|ブラジルの想像力」と「森山大道 ミゲル・リオ=ブランコ写真展」へ。
 「ネオ・トロピカリア|ブラジルの想像力」はブラジルの現代美術の紹介風なためか、やや総花的な印象を持った。
 伸縮性のある布を使って有機的な造形を作るエルネスト・ネトや、金糸を天井と床を上下に往復させることによって、緊張感あふれる光の面や立体を構成するリジア・パペ、モダンでありつつブラジルの文化や自然を取り込んだ建築を設計したリナ・ボ・バルジなどが印象に残った。
 「森山大道 ミゲル・リオ=ブランコ写真展」は森山がサンパウロを、リオ=ブランコが東京を撮った写真で構成されている。リオ=ブランコがカラーで鮮烈にトーキョーを示せば、森山はモノクロで猥雑にサンパウロを切り取っている。森山はサンパウロの雑踏で活き活きとしてシャッターを押し続けたのではないかと思うほど、そこには森山を通じてサンパウロが新宿に連結されたような印象を持つ。昨年見たハワイよりもより森山的に思えた。森山には自然よりも雑踏が合うのだろうか。

1/2
 やつらには時間の観念がない。やつらとはネコたちのことである。年が改まったからといって新たな気分で日々を過ごすわけではない。いつもどおり昼間は寝てばかりいる。が、やつらの寝入る姿は年始休暇にふさわしいとも言える、のどかな姿である。
   

今日は体操選手風の西嶋くん。なんだか楽しそうである。

東堂さんは縁に前足をかけるのがお好きのようで


1/1
 やつらには時間の観念がない。やつらとはネコたちのことである。年が改まったからといってお座りをして挨拶をするわけでもなく、昨日までと変わらずに早く餌をよこせとか、遊べと自作のおもちゃを口にくわえて催促をする。
 ネコがそれだからというわけではなく、元々のことではあるが、元旦だからといって食生活などの習慣を変えることもなく、わたしもいつもどおりに一日を始める。ネコとの運動会を行い、新聞や雑誌を読んだりしてからのんびりと制作に着手し、昼過ぎも制作を行い、少し日が傾き始めてからネコとの運動会の午後の部を執り行った。
 それでなんで正月早々そう思ったのか、清里でのグループ展の芳名帳をまだ宛先住所一覧に加えていないことに気が付き、俄然、入力作業に着手したわけである。夕食後入力作業が一段落したところで、読書をしようと思って、昨年買っておいたポール・オースターの新刊本を手にして読み始めたのだが、どうもしっくり来ない。昨年末までは社会問題や歴史に関する新書などの書物を読み続け、年が改まったら小説を読み始めようと思っていたのだが、どうもわたしの脳はそんなにデジタルっぽくは出来上がっていないようで、まだノンフィクション系対応から切り替わっていないようだ。仕方がないので、SIGHTを取り出して読むことにした。あ、今日一日外出してないじゃん。でもとりあえず夜7時のNHKニュースは見たので、世の中がどうなっているかは知っているつもりです。  

沈思黙考する西嶋くん。いやいや前脚を組んでお昼寝してるだけ。



タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ) の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。