イグチトシオがふと考えたこと、感じたことを書き留めておきます。念のために再度申し上げますが、見せたくない部分は書かず、こういう所を見てほしい、こう見られたいというところを書いています。当然真実のみが書かれているわけではありません。
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2009年月4月1日〜6月30日
6/28
清里のグループ展の会場案内冊子に載せる作品に対するコメントを作成。
その後、この間ボブさんから息子さんのロバートさんの本を送られたことについてのお礼のメールを書き上げる。
そんなわけで今日は一日パソコンに向かっていた日だった。
6/27
清里のグループ展に展示するための作品の、設置用のアクリル板を作品につける作業を行った。
いつもは昼間寝ている西嶋くんは、何か面白そうな空気が流れたのか、目ざとく気がついて起きだして、作業をするところをごく間近で見学。まったく好奇心あふれる猫である。落ち着きがないとも言えるが。
床に作品を置いてかがんで作業をしたために、いささか疲れてしまい、この初夏一番の暑さもあって、アズキアイスをおいしくいただく。
6/24
パソコンが再度戻ってきた。今度は問題なく起動して使用することができるようになった。やれやれである。家計簿から備忘録(これのこと)までパソコンを使っているので(記憶の外注化?)、パソコンがない生活がしばらく続いたことは、解放という感覚よりはむしろ不安な気分にさせられた。もはやわたしはパソコンなしではすまない人間になってしまっているようである。
6/21
豪雨の中ART TRACE Galleryの物販班の打ち合わせへ行く。その後、椛田ちひろ・椛田有理姉妹の二人展へ行く。なかなかいい展示だったと思う。
靴がびしょびしょである。
6/20
パソコンが戻ってきた。最初起動してどうにか使えるようになったのだが、また起動しなくなってしまった。再度サポートセンターに電話をして、修理依頼をする。
6/14
パソコンが起動しなくなってしまった。サポートセンターに電話をして修理してもらうことにした。
6/10
水曜サービスデーということで、オリバー・ストーン監督作品「ブッシュ」を観る。ジョージ・W・ブッシュ役のジョシュ・ブローリンもさることながら、ディック・チェイニー役のリチャード・ドレイファス、ドナルド・ラムズフェルド役のスコット・グレンなど名優たちが実在人物(しかも本国公開時には現役)を熱演している。それにしてもこんな映画、アメリカ人は見たくもないだろうな。自分たちがこんな愚かな人物を大統領に選んでしまったということや、個々の利害で無謀な戦争に突入して多くの犠牲者を出してしまったわけだし。私見としては少々コリン・パウエルをいい人過ぎる描き方をしているようにも思えるが。
なんとも後味の悪い映画であった(アメリカ人が見たらもっと後味が悪かっただろう)。
6/7
清里でグループ展の打ち合わせ。小淵沢駅のホームで村元崇洋さんと待ち合わせをして、小海線に乗って清里駅へ。さすがに高原であって空気が違い、爽快である。少々土産物屋を冷やかしてお蕎麦屋さんへ。ゴマダレもあるのだが、やっぱりお蕎麦はそばつゆだなというのが正直な感想だった。
清里駅で武田省一さんにピックアップしてもらい、10ヶ月ぶりくらいに清里フォトアートミュージアムへ。打ち合わせをして展示場所やスケジュールなどを確認した。
帰りも武田さんに清里駅まで送ってもらい、駅前の土産物屋などを再度冷やかしてから電車に乗った。帰りのあずさの中では村元さんといろいろと展覧会などについて語り合った。
6/1
映画の日である。土井敏邦氏の監督したドキュメンタリー映画「沈黙を破る」を見る。
イスラエルの元兵士側から、パレスチナでの占領地における兵士の行った虐待、略奪、一般住民の殺戮等の実態を告発しているグループ「沈黙を破る」のメンバーやパレスチナ側住民たちへのインタビューで構成された映画。徴兵されたイスラエルの普通の若者たちが、占領地でパレスチナ住民たちに対して冷酷で残忍な兵士に変わってしまうかを元兵士たちは語る。また、土井氏の意図としてはそういった加害側からの証言は、日本人の「加害の歴史」へと重ねることにもある。証言する元兵士たちは2000〜2001年のちょうど第二インティファーダのあったころのガザ西岸占領地での実態である。2008年12月からのガザ攻撃でも多くのパレスチナ住民が虐殺された。「加害の立場」は決して終わらない。
5/30
制作の下準備と読書。下準備は下絵用にサイズをあわせた紙を切ってつなぐという作業。
夕方、井の頭公園を一周する散歩に出かける。帰路でノラの子猫を見つける。人懐こく寄ってきて、体をすりすりさせたり、仰向けになってくねくねする。きっとそうやっておねだりをしているのだろう。比較的長毛なのにあばらがはっきりと見えた。ノラで生きていくのは大変なのだろう。今は何も持っていないし、君を引き取るわけにもいかないんだと申し訳なく撫でてあげるだけだった。
こうしてみるとつくづく、二匹の同居ネコとは何かの因果で結び合わされた縁のようなものなのだなあと感じた。
5/26
東京都現代美術館の池田亮司展。
ビデオインスタレーションは、過去のコンサートに用いた映像データの再利用。巨大スピーカー5つを使ったサウンドスケープ。その他、ステンレス鋼を用いたエッチングやフィルム、プリントなど。結局所詮はデータなのである。深く鑑賞するというわけではなく、データ所要時間どおりに鑑賞し終わるという感じだった。かといってつまらなかったわけではなく、自身の制作の参考にもなる、とてもいい展覧会であったことは言っておきたい。
その後、吉祥寺でおのさんと会って歓談。やっぱり子どもやネコの話が中心になる。
5/24
夕方、古書店、上々堂へ。
本日の収穫。「電化製品列伝」(長嶋有)→サイン本、「ビラヴド」(トニ・モリスン)、「テヘランでロリータを読む」(アーザル・ナフィーシー)以上三冊。
やはり手ぶらでは帰れない、危険な古書店である。あまりに危険な目にあったので、帰宅途中のお店でイチゴのミックスのソフトクリームを食す。
5/20
川村記念美術館の送迎バスが満員になったのを初めて見た。しかも平日である。ことほど左様にマーク・ロスコの人気が高いのか。と思いきや、それほどでもなかった。まずはレストランでお食事という方たちもいらっしゃり、まずは常設展から始まるので、展覧会場の「ご挨拶」のところに黒山の人だかりができているなんてことはなかった。ほっとした。
常設のルノワール、シャガール、レンブラントなどは、ロスコ見たさにもどかしくてそそくさと素通りしてしまった。上松松園など指差し確認程度。が、バーネット・ニューマン、サム・フランシス、ロバート・ライマン、モーリス・ルイスはやはり吸い込まれるように鑑賞する。ここだけでも一見の価値あり。
さていよいよマーク・ロスコである。川村記念美術館、テート・モダン、ワシントンDCのナショナル・ギャラリー所蔵作品によるシーグラム壁画の再現である。今までのロスコ・ルームの照明の暗さからすると、明るく広い会場で、なんとなく開放感も感じる。最初はその深みを自身がすくい取れないでいるもどかしさのようなものも感じながら鑑賞を進めた。椅子に座って四面をそれぞれじっくり鑑賞してみる。二回、三回と巡って見る。色彩の深度は零度の炎とでもいうように静謐かつ強く感じられる。ごく近くに寄ってみると、マチエールによる主張はほとんどなく、色彩のコントラスト、コンビネーションがロスコの表現であることがわかる。展覧会のサブタイトルが「瞑想する絵画」である。やはりレストランには似合わないだろう。静寂と沈思のレストランというのはあまり考えられない。
また、今回初めて見ることになったと思われる、ほとんど黒の1964年作品も強度よりは静謐を感じられた。
時間にして3時間ほど。ロスコ作品に囲まれた幸福な時間を過ごした。
5/18
岩波ホールのハナ・マフマルバフ監督作品「子供の情景」へ。
恐るべしマフマルバフ一家。末娘若干19歳にして長編初監督作品が、これだけのモチーフやら台詞で構成されているとは!そして明確なメッセージ!
2003年の姉サミラの「午後の五時」のとき、15歳でその撮影風景をドキュメンタリー映画として撮ったのだが、そのときから暖めていたのだろう、アフガニスタンへの真摯な思いが子供を主人公にしたこの映画で伝わってくる。
タリバンのまねをして戦争ごっこをする男の子たちに囲まれた主人公の女の子は、終始「戦争ごっこは嫌い」と逃げ回って、男の子たちに追い掛け回されていたが、最後「自由になりたかったら死ね!」とお隣の幼なじみの男の子に言われて最後は死んだまねをして倒れると、バーミヤンの破壊された石仏のようでもあり、ラストシーンは強烈だった。アフガニスタンの人々が、その昔から英国軍、ソ連軍、タリバン、米軍と蹂躙され文化が消耗していく様が、女の子が苦労して買ったまっさらなノートに託されていた。
詩的な映像もあり、政治的に明確なメッセージもあり、なかなかの佳作だと思った。
5/17
終日、ドローイングと読書。あとはネコと遊んだりして一日が終わる。
5/16
いい曇り空で、涼しさもいい頃合である。と、いうわけでMTBに乗ることにした。
ほぼまっすぐに南下して野川まで出て、そこから野川沿いに北上し、野川公園に出たところで東八道路を東に戻って帰ってくるという20km弱の行程である。連休中にふと急に嗜好した疾走感。そのために数年ぶりにMTBのタイヤに空気を入れたのだが、そのときには生憎の空模様で売ることができなかった。久しぶりの風景を楽しむことを忘れて、いつのまにか疾走感を求めてペダルを踏んでいた。
はたしてそれが今日の行程で得られたのか。体に受ける風や流れる風景はどうやら数日前にほしいと思ったものとは違っているようだった。
小さいころから走るのも早くなかったし、スポーツも得意ではなかった。だから体は思索に比べてあまりにも不自由で、速く走れなかったし、遠くにも飛べなかった。自分の肉が重く感じられた。そこらへんがわたしの自己表現への希求の根源があるのかもしれない。なんてね。
5/12
グループ展の撤去日。作品も何点も売れたようで、かなり盛況であったようだ。わたしは今回出展した小品を、自分の個展のときにも使いたかったので、売れ残ってよかった。という変な安堵感を持ったのであった。
5/10
昨日買ったスイカをお昼にいただく。初物を食べると何日か長生きをするとか、どちらかの方向を向くとかあった気がするが、まあそういうことは気にしないのである。肝心のお味の方は、ちょっと甘さが足りない気がした。
5/9
ART TRACE GALLERYのグループ展の当番日。
お客さんが来る合間に、同じ当番の神林優さん、高木秀典さんと作品について話し合う。しばらくしたら山田早矢人さんがお友達を連れてこられ、山田さんともしばし話をする。そんな感じで一日が終わった。
帰りにスーパーに寄ったらスイカがひとつだけ残っていたので、なんとなく初物ということで買ってしまった。
5/6
深川商店街へ。「深川いっぷく」で白濱夫妻と歓談。
雨模様で少し肌寒い一日。帰宅後は読書。
5/5
午後から雨模様。
久々にMTBにでも乗ってみようかとタイヤに空気を入れたのだが、結局乗れないままで終わりそうである。
小品制作をしたり、新規プランのためのドローイングをして過ごす。
5/4
国立新美術館の「アーティスト・ファイル2009」へ。東京都現代美術館のMOTアニュアルとの差別化が必要かもしれないと思った。MOTアニュアルに出展した作家さんも(作品自体も)入っていたけど。
帰りに新宿の東急ハンズに立ち寄り、久々にアクリル板などの材料を購入。
5/3
午後2時からART TRACE GALLERYのグループ展、MARKET TRACE展のアーティスト・トークに参加。ひとり5分ほどの持ち時間で制作意図などの説明を行った。ほぼ2時間ほどで全体が終了。その後、個別に作家さんに素材や制作方法などについての質問をしたりした。メンバーにはいろいろな表現形態を取っており、それぞれの制作意図や方法など興味ある話で、作家サイドからも有意義なものであった。わたし個人からすると、本来のインスタレーション作品と、今回の小品とでは意図などやや異なるところもあるので、説明が少々難しいところもあった。質問もなかったし。
オープニングパーティーに続いて今日も多くの方たちと談笑したのは楽しかったが、どうもここのところ疲れ気味だったので、早めに就寝。
5/1
ART TRACE GALLERYのグループ展、MARKET TRACE展のオープニングへ。出展した小品のネジが、足の短いものを使っていたために、設置が不安定になってしまっていた。設置をお願いしていただけに、細部まで配慮が行き届いていなかったことを反省。アンカーワックスを使って壁面に固定することで対応した。
さて、グループ展は総勢26名が参加し、出展作品108点あり、なかなか壮観である。オープニングパーティーにもメンバーの作家さんたちが集まり盛況である。あまりそういった催し物には参加してこなかったが、いろいろ作家さんの制作方法や意図などとても興味あるところで、それぞれ面白い話が聞けて大変に有意義であった。
ふと気がつくと9時を過ぎており、ルームメイツの夕食のために早々に失礼させていただいた。自宅に戻るとゴミ箱は倒れているはえさを入れている箱は何か荒らされているようであるはで、やつらはよほど腹に据えかねたかのように思えた。すまん。
4/26
ふっと手を滑らせて、急須を壊してしまった。そんなわけでなぜか無印で急須を買おうと出かけたわけである。しかし買ったのは急須ではなくポットである。まあ機能は同じだからいいとしよう。いいということにさせてくださいよ。
「ハチミツとクローバー」全10巻ついに読破。いやぁ〜甘酸っぱ〜い。それ以外の感想としては、はぐちゃんの「描かずにはいられない一途さ」みたいなものは、勇気をもらえたかもしれない。恩田陸の「夜のピクニック」も読んでしまったし、なんだかおじさんの頭の中は甘酸っぱさで満ちてしまっているのだ。
4/25
今週はまるまる一週間、就寝時別居作戦のふすま開放対策に費やされた。はたしてふすまがどのくらい開いていたら西嶋くんがそこに前脚を突っ込んで開けられるかを調査したのだ。どうやら3mmまでは可能らしい。2mmの隙間では開けることができなかった。
ふすまを開けて和室に入ってきたときの、西嶋くんのどこか満たされたような表情はどうだ。そんなことを毎朝5時台からやっているわたしもどうしたものか。しかしいつのまにか就寝時にふすまを閉めて眠るということの目的がどこかにすっ飛んでいってしまったような気がする。
 西嶋くんもこう見るとりりしいようにも・・・ |
 東堂さんは可愛らしい |
4/20
ふすまにつっかい棒をすることにした。これにより西嶋くんが開けようとしている方向にはふすまがひらかないようになるのだ。
が、5時を過ぎたあたりで今度は逆の方向に開けられてしまった。現場検証をしたところ、つっかい棒のサイズが長すぎて、逆に隙間ができてしまっていて、そこに前脚を突っ込んで開けたのだった。恐るべし西嶋。
4/16
オノテツさんと新宿で会う。やはり子どもとネコの話。ヒトの乳児時期の周囲の環境に対する認識能力など、実体験からなかなか興味深い話を聞けた。
4/13
就寝する際に行うこと。電話機に箱を載せ、和室のふすまを閉める。さてこれからが駆け引きである。
閉めたふすまを西嶋くんが早速開ける。わたしは閉めなおす。すると西嶋くんが再び開ける。そんな攻防をしばらく続け、あちらが飽きたのかふすまが開かなくなったので、そこで寝入った。
今朝、ふと枕元に西嶋くんがいることに気がついた。やはり朝になってふすまを開けて入ってきたのだ。「就寝時の別居計画」は実現できないのか?
4/12
それは早朝の出来事であった。ふと気がつくと、西嶋くんが枕元にいるではないか。どうやらふすまを開けて中に侵入してきたようだ。一旦西嶋くんを部屋の外に出して、もう一度布団に入った。が、しばらくするとやはりふすまが開いて、西嶋くんが入り込んでくる。その後に続いて東堂さんもが入ってくる。そんなわけで今日も6時には起床ということに相成った。
4/11
昨夜から、電話機に箱をかぶせて寝ることにした。ネコのシッターさんからお聞きした手段で、西嶋くんが電話機を使った「おいた」をしなくするためだ。おかげで今朝はプップップという電話機の音で目を覚ますことなく起きることができた。が、西嶋くんの「おいた」がなくても、習慣で朝6時過ぎには目が覚めてしまったのだ。
同居人たちは総長の運動会終了後、8時前に就寝してしまった。彼らの邪魔が入らない大事な時間である。そういうわけで午前中は制作をした。
午後になってから銀座のギャラリーゴトウの団野さんの個展へ。
今回は顔料にさらに緑が加わり、豊かな表情を見ることができた。光の角度、見る位置により、丘陵の緑に風が流れたり、雪の草原が遥かに遠く続くように見えたりする。しばらく見続けていると、細部が一層立ち上がってきて、描かれた風景のうつろいが感じられた。素晴らしい作品ばかりで、じっくり拝見しているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまった。団野さんと久しぶりにお話ができてよかったし。
4/7
夜、「そろそろおいちゃんは寝るから。」とふすまを閉めて、布団を敷して中に入って本を読み始めてからしばらく経ったとき、電話機がプップップと鳴り続けている。起きだして見てみると、西嶋くんが電話機の上から逃げていくところだった。受話器が外れてぶらぶら揺れている。何か音が聞こえる。受話器を手にとって耳に近づけてみる。
「おかけになった電話番号は、現在使われていないか・・・・。」
に、にしじま〜!おまえどこに電話かけたんだー!
4/5
今朝も5時にプップップとなにかのボタンを押す音。起きだして見てみると、西嶋くんが「ばれたか!」というような表情で電話機の上から降りようとしている。6時にはトイレの始末用に使っている柄付き風呂桶を床に落として、パコーンという音を立てて二度寝のわたしを確実に目覚めさせた。
8時半ごろになると彼らの就寝時間が始まる。「日曜美術館」は夜8時からの再放送を見ればいいということで、わたしはここぞとばかり制作を開始した。紙は彼らの好奇心をくすぐるらしい。場合によっては彼らはそれが何であるのか彼らなりの探究を行う。それがわたしにとっては厄介なのである。彼らの生活スタイルを人間に合わせることなしにしたのは、彼らの就寝タイムとわたしの制作タイムを合わせるためであったのであーる。こうして今日もお互い幸せな時間を過ごしたわけであーる。
 昼間はすっかりネコパズルのようにお昼寝 |
 きれいに半分ずつになりました。 |
4/4
昼間は制作。夕方はポかリン記憶舎のcafe公演へ。
劇間に観客がおひとり気分が悪くなってしまったという、ちょっとしたハプニングがあったため、一時中断が入って、終演が30分ほど遅れた。
cafe公演は前回も感じたが、通常の舞台のときよりも、登場人物やその間柄がよりクリアになっているように思える。「地上3cmに浮かぶ楽園」が、やや地上に近づき気味なのかもしれない。
4/3
今朝も5時と6時に起こされた。相変わらず西嶋くんの電話機作戦だ。
5時にはプップップとなにかのボタンを押す音。起きだして見てみるとやはり西嶋くんが電話機の上にいてこちらを見ている。6時に起きると受話器が外れてぶら下がっていた。電話機は西嶋くんの音の出るおもちゃになってしまったのか?
念のために実家に電話をしてみたら、昨日も今日もその時間帯に電話を受けてはいなかったらしい。ああよかった。いやよくない、よくない。西嶋くん、リダイヤルではないとしたら、いったいどこに電話をかけていたんだ?
KANEKO ART TOKYOの井崎聖子展へ。今回は円形のモチーフが出てきたようだ。どうやら今までの「溜まり」ではなく、筆によるものらしい。
金子さんがいらして、井崎さんの作品から浜田浄さんの作品について、モネの晩年の作品、川田祐子さんの作品などについてお話をした。表現活動をしている人間は年齢がいくつになっても変化・発展をしていけるものだということなど、まあ少し勇気付けられた。
4/2
昨夜から、ネコと人間と隔離して就寝することにした。何度か掛け布団の上に粗相をされたからである。どうやら発情期のなごりでこういった行動が起こされるようで、時期が来ればパタッと止むことは止むらしい。しかしそれまで待っていたらこちらもおちおち寝ていられない。そんなわけで夜だけ別居ということにさせてもらった。こうなると朝もゆっくり寝ていられる。と、思ったらさすがに我が同居人たちは甘くはなかった。
朝5時である。今まで記念に残しておいた留守電のメッセージが流れてくる。起き上がって部屋を出ると、西嶋くんが電話機の上にいる。どうやらメッセージの再生ボタンを押したようだ。お小言を言って電話機から降ろして再び布団にもぐりこむ。
次は6時である。今度はプッシュホンを押すパッピッポッパッという音と、呼び出しのツーツーツーという音である。慌てて飛び起きると、再び西嶋くんが電話機の上にいる。プッシュボタンを押すほど器用ではないと思うので、たぶんリダイヤルボタンでも押したんだろう。急いで発信を切る。一体どこに電話をかけたのだろう。この知能犯とも言える行動には「もしかして西嶋くんの中に小さなヒトが入っているんじゃないか?」と疑ってしまうほどだ。
そんなわけで部屋を隔離しても朝の起床時間は変わらず早起きなままである。
夜は東京国際フォーラムで開催される「東京アートフェア2009」のオープニングプレビューに出かける。とにかく143ギャラリーが出展。約3000点以上の作品が出品されているのだ。1ギャラリー1分で見ても2時間以上はかかってしまう。気になるところをそそくさと見ることにして会場に行ったのだが、受付に長蛇の列。げんなりして、甘く暖かいものでも飲んで時間をつぶそうとカフェに行った。
30分ぐらい時間をつぶしたが、受付の前の人だかりはほとんど変わらず、覚悟を決めて受付をしてから会場に入る。まあたくさんの人である。これじゃあこの会場を使ってよく開催されるビジネスショーと同じじゃないか!と思ったが、これはアートという分野のビジネスショーだから、同じで当たり前である。とりあえずささっと見て、招待状をいただいた丸山友紀さんの「ギャラリー香染美術」のブースへ。丸山さんは一品一品異なる動物を描いて出展していた。中には以前提案させていただいた「ハシビロコウ」もあるし、わたしのイメージだという「ワオキツネザル」、すでに売れてお持ち帰りになってしまったという、これまたわたしのイメージだという「アイアイ」(わたしはマダガスカル出身か?)など、とても豊かでブース内も楽しい雰囲気だ。丸山さんとも愉快に歓談させていただいた。
そこからうろうろとして「いつき美術画廊」へ。阪本トクロウさんがいらして、少しお話をさせていただいた。お話をさせていただいたのはこれが二度目だが、相変わらず画風そのままのいい意味でサラッとした感じだった。
あとは会場をうろうろとして、ぱっと見て気になる作品を見たりして歩いた。ものすごく久しぶりに冨井大裕さんとか三ツ木紀英さんにお会いして軽く挨拶。そんな時、ふっと気がついたら目の前を舟越桂氏が通り過ぎていった。一般客と同じように会場を見て回っていた。すでに世界的な彫刻家をして活動をされているにもかかわらず、銀座のギャラリーにも足を運ばれているとも聞く。そんな態度は本当に尊敬に値する。小山登美夫ギャラリーのブースに外国人がいたが、シュテファン・バルケンホールだったのかもしれない。舟越桂氏はそのオープニングに出席した後、普通の一般客に混じったのかもしれない。
さてざっと見たところで、すっかり疲れてしまい、もう一会場に行く気も失せて、少し休んで普通に歩けるようになってから、コーヒーを飲んで目を覚まさせてから帰宅した。なんとなく今現在の平面作品の売れ筋の傾向(ダークな少女もの?とか日本画的手法による現代的モチーフ?)が見えたり、美術業界の動きなんかを知るということでは、「なるほどねー」という感触を得るには、まあ一度経験してよかったかもしれないな。気力体力とも充実しているとき(相撲取りかよ)に行くべきだろう。
タイトルは「マトリックス」の中で出て来るセリフらしいですね。実はわたしはこの映画をテレビでチ
ラチラとしか見ていないので、どこで出てくるのかよくわかりません。わたしはスラヴォイ・ジジェクによる
テロとその後の戦争について論じた文章のタイトルとして知ったのでした(現代思想臨時増刊「これは戦争か」より)。
なお、画像は島田雅彦の「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ)
の中のチュニジアの砂漠の写真(撮影;中島誠)を無断借用しました。