えげれす通信 vol.45
ガソリン代に占める税金の高さと、 それに伴うガソリン代そのものの高さを不満としたデモが、 海を隔てたフランスで始まり、 トラックが、ドーバートンネルを封鎖したというニュースを、 僕は部屋で寝転びながら見ていた。 「なかなか思い切った行動に出たのぉ」 「流石、おフランスは、血が濃いわ」 *** 愈々倫敦を離れる日が近づいてきた。 諸事情を勘案すると、 次第に日程が決まってくる。 客人に会う日、雑務を片付ける日、飲みに行く日、等々。 常に引越し前というのは、慌しいものである。 今回の引越しプランは、次のようなものであった。 ・第一次引越し(レンタカーで荷物運び) ・一旦倫敦に戻り、二泊した後、ビザ更新のため海外旅行 ・第二次引越し(身一つで新居に移住) ヤサガシという最重要事項を片付けて、 残る懸案事項は、次の二つ。 「レンタカーに荷物が載り切るか否か」 「学生ビザの更新がスムーズに行くか否か」 然し、この第二の点に関しては、 前年の西班牙旅行の際、全く問題が無かったし、 大体、大学の(つまり語学学校の、ではないという意)レターがあれば、 鬼に金棒、黄門様に葵の印籠、 犬も歩けば棒に当たるし、 豚もおだてりゃ木に登るのである。 (とりあえずくっつけてみた) 要するに、余裕綽々な訳で、 最も頭が痛いのは、車の件である。 僕は一人暮らしのくせに、荷物が多い。 然も、その殆どが、割れ物と本なので、 扱いが結構大変なのだ。 今回借りたのは、ワゴンの中型。 兎に角載り切らなかったら郵送することも考えて、 それなりの荷造りをした。 テレビは既に処分済み、 パソコンは、電話を止めたため、ネット接続ができない。 数日間の、完全に情報から遮断された生活である。 前日、僕は友人と日本食レストランにいた。 倫敦に住むと云うことは、 すなわち、日本のモノには事欠かないということであるが、 倫敦を離れるということは、むちゃくちゃ事欠くということ。 これまで、見向きもしなかった日本食レストランも、 しばらく来られないかと思うと、万感の思いがある。 「地球最後の日」の前日に食べるものを選ぶ心境に似ている。 初めて行った店だったが、 僕の最も好きな、「酒菜」系が充実してる店で、 僕は大変に満足したのでした。 然し、暫く外界から遮断された生活をしていた僕に、 突然降ってきた情報は、実際かなり痛いものだった。 「石油(ガソリン)危機が起きてるらしい」 数日前、寝そべってぼんやり見ていたフランスのデモが、 ヨーロッパ中に波及して、 えげれすの地でも、ガソリンを運ぶローリーがストを起こしたり、 基地を封鎖したりして、ガソリンの供給が麻痺してるのだそうだ。 こっちは引越しやっちゅうねん。 勘弁してくれ。 然し、そのときはまだ、僕は事態を甘く見ていた。 依然として、僕の心にある最重要事項は、 荷物を完全に積載できるかどうか。 ガソリンなんて、ららーらーららららーらー♪という感じ。 僕は、その飲み屋で、花わさび漬けを摘みに冷酒を飲み、 いい気分で家に戻った。 さて、当日は雨。 全くこんなときにも、やっぱり雨かい、うーむ、as usual... ぶつぶつ言いながら、レンタカー会社に向かう。 そこは、家からバスで15分くらいの、 めっちゃ近所である。 余裕ぶっこいていた僕は、 契約が13:00からなので、 まぁ12:00ちょい前に出ればOKやろと思い、 雨の中出発した。 世の中は全て普通通りであった。 雨も降ってるし。 異変を感じたのは、バスに乗って5分くらい行ったところ。 対向車線が、やたらに渋滞している。 かー。 だから雨の日は嫌やねん。 然し、それにしても、凄い渋滞。 なんかイベントでもあんのんか? どっかのスーパーが開店セールするとか、 劇的な大安売りがあるとか? でも、この国で、そういう人出はあんまり見たことがないなぁ。 幸いこちらの車線は空いてるので、 バスは快調に飛ばす。 で、地図を見ながら、どのバス停で降りようかと、 ぼちぼち考え始めた矢先、 今度はこっちの車線が渋滞し始めた。 なんや、あちこちで大安売りがあんねんな。 この国のことやし、鬼のように美味い「フィッシュ&チップス」屋が開店とか、 「然も本日に限り、チップス1.5倍に増量!」とか、 まぁそんなところやろ。 進まない。 分かった。 ドライブスルー「フィッシュ&チップス」とかいう、 画期的な店ができたんちゃうか。 進まん。 「当店では、作り置きはしません。注文を受けてから揚げます」 とかいう殺し文句を考えたはええけど、 それがドライブスルーやということに気づかず、 待避場所の確保とか、そういう細かい点にも神経が行き届かず、 むちゃくちゃ渋滞してるのかもしれん。 進まないやん。 「コッド&チップスください」 「ハドックもお付けしましょうか?」 「あ、お願い」 「プレイスはどうしましょう?」 「それもええなぁ」 「ビネガーはいかがしましょう?」 「体、柔らかくなって、立たれへんようになるくらいかけて」 「今日に限って、ケバブもつけちゃう!」 「ううわ、嬉しいわぁ」<どんだけ食うねん 「お時間10分ほどよろしいでしょうか?」 「待ってますわ」 とかいう会話が一人一人交わされてたりして、 いっこも列が進まんのやろ。 ・・・ 然し、ほんまに進まん。 マジな話、レンタカー会社に13:00までに着くのが怪しくなってきた。 30分で、進んだ距離500mくらい。 マジで歩こうかとも思ったが、 地図を見ると、まだ遠いし、チューブの駅もちと遠い。 困ったぞ。 40分くらいじわじわ進んで、 漸く、渋滞の先頭が見えたとき、 僕は一気に全てを悟った。 片側一車線、しかもえげれすの道幅は狭いというこの状況で、 みんな、ガソリン待ちをしてるのだ。 そして、ガソリン待ちじゃない車も、 それを追い抜いていけない状況。 それで、絶望的な渋滞が起きてるのだった。 然し、僕はまだ楽観的だった。 何故なら、僕はレンタカー。 レンタカーってのは、ガソリンは満タンで貸してくれるもの。 世の中の苦しんでる人々を尻目に、 こっちはさくっと走ったれ。(ヤな奴や) 中型で、荷物を積むから、燃費は悪くなるとはいえ、 倫敦を脱出することくらいはできるやろ。 甘かったのだ。 このガソリン危機は、僕が思ってた規模を遥かに超えてるらしいことが 次第に分かってきた。 気をつけて見て見ると、 ガソリンスタンドは、8割方閉まってる。 要するに、ローリー車が来ないので、 各スタンドの貯蔵タンクが空になって、 売るにも売れなくなってるのですな。 で、たまに空いてるスタンドがあると、 そこは鬼のような渋滞。 そして、何よりショックだったのは、 レンタカーのガソリンが、何と半分しかない! 「すんませんなぁ。知ってのとおり、ガソリンないんで、 今日は、半分しか入ってないんですわ。だから、返すときも、 半分にして返してね」 レンタカー会社のおばちゃんは、こうほざく。 そうこうしていると、 ある兄ちゃんが、車を返しにきた。 「満タンですか?」 「いや、あかんねん。入れられへんかった。その分払いますわ」 「(溜息)」 何だか、レンタカー会社の車のやりくりも、 相当大変そうである。 とりあえず、貸してもらえるだけマシだと思わなあかんのかもしれん。 外は雨。 土砂降りになってきた。 僕は暗い気持ちで、家に戻った。 兎にも角にも、積み込みをしないといけない。 僕はずぶ濡れになりながら、 何とか作業を終えた。 心配していた積載量は、 何とかクリアできた。 然し、あと一箱でも増えていたら、載りきらなかったところであった。 さて、ここから遥々400kmを走るわけである。 そう、僕の新居は、Durham(ダーラム)。 非常に歴史のある、素晴らしい街である。 意外に積み込みに時間を食い、 出発は夕方になってしまった。 これから夜を走るわけで、 前回のアイラ旅行のときの、ガス欠の悪夢が頭をよぎる。 とりあえず、一度満タンにしておかんと。 時間がかかるのを承知で、 兎に角、近所の、唯一空いていたスタンドの行列に加わった。 今度は、勝手を知ってるので、さくっと並び、 遅々として進まない列にもやきもきすることなく、 フィッシュ&チップスなどを摘みながら、 余裕ぶっこいて待っていたのだった。 「まぁな、並べばええねんから、どぉってことないわな」 行列作って「たこ焼き」買うみたいな心境である。 時間はかかるが、あとはDurhamまで走るだけなので、 別になんてことない。 40分くらい並んで、あと3台というところにきた。 「はっは。まぁ地道に並ぶと、世の中上手くいくってことやね。 何事も、辛抱と努力の積み重ねが重要ってことやね」 ところが、突然列が進まなくなった。 今までは、交通整理のおっちゃんが、 ちゃんと誘導してくれていたのに、 突然、仕事をしなくなった。 「おいおい、茶でも飲みに行ってるんちゃうやろな」 そのうちに、ポリが来た。 ポリは、3台前の車のところに行き、 何やら話してる。 順順に話をして、 僕のところにポリが来た。 「すまんのぉ。なんやら、コンピューター制御装置が故障したとかで、 今日はもうあかんらしいねん」 「はぁ?あかんって??それって、もうガソリン買えないってこと?」 「そうらしいで。ごめんやで」 「並んだの、無駄ってこと???」 「そういうことやね。はっは(笑)」 泣けてきた。 男泣きに泣いた。 むせび泣いた。 世の中、正直者はバカを見るらしい。 愈々もって、事態の深刻さが分かってきた。 供給が安定してない訳で、 いつ売り切れるかわからんわけだ。 然も、えげれすなので、いつ何が故障するかもわからん。 実際、車を借りに行くときに通った道にあった、 さっきは開いていたスタンドが、 今見ると閉まってたりする。 無くなった時点で、即閉店となるわけだ。 並んでいても、貰えるとは限らない。 いろいろ考えて、 矢張り、先に進むことにした。 一時は、家に戻って、翌日改めて出発しようかとも思ったけれども、 予定通り行くことにした。 翌日は土曜。然も、今から夜になろうとしている。 この状況で前に進むのは、危険が多いかなとも思ったし、 今ならまだ引き返せる地点だったけれども、 まぁ何とかなるやろと思って、賭けに出た。 結局、初めて満タンにできたのは、 高速道路のサービスエリアのスタンド。 ここでも40分くらい並んで、 漸く入れられたのであった。 兎に角これで、何とかダーラムまでは行き着けるだろう。 然し、小錦二人分はあろうかと思われる(そんなにはないか、何ぼなんでも) クソ重い荷物たちを満載した我が車は、 予想通り、めちゃめちゃ燃費が悪い。 「お前はタコメーターか!」 やたら速い動きをする燃料計の針に向かって突っ込みを入れつつ、 僕は次の給油を考えなくてはならなくなった。 どうやら一回の給油だけでは、着きそうにない。 幸い、サービスエリアのスタンドは、どこも開いてるらしい。 然も、24時間営業らしい。 でも、倫敦から離れるにしたがって、 夜は閉めるところもでてくると思われた。 残量が半分をきったところで、 僕は二度目の給油のため、スタンドで列に加わった。 「お、ここはこれまでより空いてるやん。らっきー♪」 待つことには既に慣れていたので、 家から持ってきた麦茶を飲みながら、待っていると、 ここでもポリ登場。 嫌な予感。 「すんませんなぁ。ここ、緊急車両のみなんですわ」 「げ。いや、僕も緊急なんですがね。。。」 「(残量計をちらと見て)まだ残ってるようですなぁ。ニヤリ」 「は、はぁ。」 然し、えげれすのポリは、誠実で、いちいちちゃんとしてるので、 まぁしゃぁないなぁと納得し、次のスタンドへ。 兎に角、そんな感じで、スタンド見つけては給油をし、 漸く22:30、新居に到着。 小錦たちを部屋に運び込んだ。 今度の新居は、前に書いた通り、 改修されることになっており、 その作業は、 「8月末には終わる予定」 と最初に言われ、次に、 「9月の二週目の終わりまでには終わるらしい」 と言われたので、僕は、 「まぁ10月までに終われば上出来やろ」 と読んでいた。 こういった「作業」が、予定通りに終わることは、 この国では決してあり得ない。 信じたもんが、バカを見るのである。 ロンドンアイ(観覧車)とか、ミレニアムブリッジ(テムズにかかる橋)とか、 そういった、国家的規模の「作業」だって、「何か」が起きるのがえげれす。 因みに、ロンドンアイの場合は、寝かして製造していた観覧車を、 いざ起こすときに二度だか失敗しており、 起こしたはいいが、今度は構造上の欠陥が見つかり、 2000年の元旦に予定されていた開業が延期になった。 ミレニアムブリッジは、人がいっぱい乗ると「揺れる」ことが 実際乗ってみて初めて分かり、 現在閉鎖中である。 分かれや。最初作るときから。 そんな感じなので、 しがない個人の家の改装作業なんてものは、 何が起こっても不思議ではない。 案の定、僕が到着して、内部を見たときには、 前回ヤサガシで来た時よりは、いくらか進んではいるものの、 勿論「終了」はしてないのであった。 因みに、この日は、「9月の二週目の週末」なのである。 最初に書いたように、 これは第一次ヒッコシ。 つまり、倫敦に一旦戻るので、 作業が終わって無くても、問題ないのである。 元から、その辺は見越してるので、 こっちもその様に予定を組んだのである。 はっは。えげれす人の考えることは、わかるのだ。 ま、こんなもんや。 兎に角重たい小錦たちを運び込む作業で、 僕はくたびれ果てた。 然し、一週間留守にするわけで、 然も、作業が終わっていないということは、 人の出入りが結構あるということ。 荷物をちゃんとまとめておいた方がいい。 そう思って、わが部屋を見ると、 木でできた重厚なワードローブがある。 ほう。なかなかよさげやないの。 小錦の一部をその中に入れてしまおう。 段ボール以外のものをその中に仕舞いこみ、 扉を閉めた僕は、嫌な音と手ごたえを感じた。 カチ 「カチ」って何やねん? 見ると、木製の厚い扉には、 なにげに鍵穴が開いてる。 西洋風のシロモノである。 全てを一瞬で悟った僕は、 お酢を一升くらいイッキしたかの如く、 体がへにゃへにゃになってしまった。 哀れ小錦は、囚われの身になってしまった。 何で、鍵なんてついとんじゃぁーー! 然も、何でオートロックなんじゃぁぁーーー!! 渡された鍵束を一応見てみたが、 ワードローブの鍵なんかを渡すほど 細かい神経を、えげれす人が持ってるわけがない。 第一、その鍵を取り外すのを忘れてるくらいやし。 大家さんに電話せんと。 そう思って、僕はさらに絶望的な気分に。 何故なら、大家さんの連絡先を書いた紙は、 ワードローブの中! 兎に角落ち着いて、対処方法を考えた。 1.鍵穴に何かを突っ込んで、回してみる。 2.合鍵屋に相談する。 3.大学のaccommodationオフィスに、大家さんの連絡先を聞き、 鍵の有無を確かめる。 1は、無残にも敗退。 2は、ざっと見たところ、見つからなかったし、 仮に見つかっても、これ頼むと結構高いんで、 矢張り、3にすることにした。 差し当たり、当面必要なものは、檻の中ではない。 幸いなことに、アコモオフィスは親切で、かつ迅速に返事をくれたので、 僕は後日、大家さんに電話した。 大家さんは、何故か、Mr.ではなく、Mrs.Maitlandさん。 電話に出たのは、おっちゃん、つまり旦那さんの方。 「すんません、奥さんに代わって貰えます?」 「あ、今おらんのですわ。何か伝えましょうか?」 「お願いします。僕は部屋を借りてるものですが、実は問題が起こりまして。 部屋にワードローブがあるんですが、鍵がついてるの知らなくて、 扉閉めたら、鍵がかかってもぉたんです。何とかしてもらえませんか?」 「あらら。それは難儀な(笑)。今から行ってあげたいねんけど、 今、飲んでしまってるんで、車運転できへんのですわ。明日でもええかな」 「いや、それはもう。勿論です。で、鍵ありそうですかね?」 「いやぁ、、、無いやろうなぁ(笑)。もし、今夜中に、その中にあるもんで、 必要なものがあるんなら、、、簡単な解決法がある」 「それは・・・?」 「扉をぶち破るのさ(笑)」 彼は、なかなかいい人っぽいが、酔ってるらしい。 話すのは初めてだけど、 奥さんの方が、どう考えても、確り者らしい。 彼は、 「I allow you to smash it. Can you do it?」 と上機嫌で言った。おいおい。そりゃぁ、ほんまかいな?? 僕は、別に急ぐわけでもないし、 第一、奥さんに確かめてからの方がいいと思ったので、 有難うと礼を言って電話を切った。 全く。えげれす人の考えそうなことや。 日本人の思考回路とは、矢張りどこかの回線が違ってるらしい。 そして翌日、奥さん登場。 事情を説明すると、おやまぁと言って笑いながら、どこかに行った。 鍵でも探すのかな。 それとも鍵屋に連絡するのかな。 そういう専門の業者がいるのかもなぁ。 何にしても、あの旦那よりはbetterなことをするに違いない。 はぁ、良かった。 Mrs.Maitlandは、笑顔で再び現れた。 手にはナイフを持っている。 なんでナイフ・・・? 訝しげな表情の僕を尻目に、 彼女は、「さぁやりましょう」と言って、ワードローブに近づくと、 扉の隙間にナイフをガシガシ入れつつ、扉を無理やり引っ張った。 バキ かなり派手な音を立てて、扉はぶち破られた。 彼女は、 「やったわ!(We've done it!)」 と嬉しそうに言った。 |
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