えげれす通信 vol.48

えげれす通信vol.48 ■戦い■ 4th/Feb/2001

昨日、買い物に行ったら、
いつも行く酒屋が閉まってて、
仕方ないので、その隣のスーパーに入ったんだけど、
そこに、見たこと無いカップラーメンがあった。

こっちのカップラーメンは、
日清「カップヌードル」は高すぎ、
こっち産のは、麺がいまいち、
出前一丁日本輸入版は、これも高い、
DEMAEラーメン中国産は、毎日食すとなんだか大変なことになる、
そんな状況である。
昔は時々こっち産のを買ってたけど、
最近は食べてなかったのね。

日本のように種類があるわけじゃないから、
こっち産のは、全て知ってると思ってたら、
昨日のスーパーに、見慣れないのがあった。
然も、3個で99p(大体160円位)という安さ。
少々不安になりながらも、
こういうのを見つけるとほっとけない性格の僕は、
早速買ってみた。

お湯を入れて、スタンバって、
開けてみると、
なんだか、麺がいい感じ。
例の、こっち産のは、麺がごわごわしてて、
なんとも味わいが無いのね。

「お、えげれすモノにしては、繊細な麺やないの」

ぶつぶつ言いながら、食べてみると、
なんと、滑らかな食感。
さらに、スープが旨い。
しかも、なんと、とろみが付く、などという
芸の細かさまで見せてくれている。

僕は、昔、高校の頃、
とある事情から、カップラーメン通であった。
当時出ていた製品は恐らくその殆どを食し、
その中でも、麺部門、具部門、スープ部門、などと、
ランキング付けられるくらいのもんであった。

その中に、我々の中の総合ランキングが高かったものに、
カネボウ「広東麺(正式名称失念)」というのがあった。
これには、「とろみが旨みの」というキャッチがあって、
事実、そのとろみが、何とも旨い風味を醸し出していたのだが、
このとろみ、出すのがなかなか難しい。
お湯の温度とか、待つ時間とか、かき混ぜるタイミングとか、
色々な要素が上手く重なって初めて「ええ感じに」とろむのである。
つまり、割りとハイスキルを要するカップラーメンなんですな。

然るに今回の、こっち産新手のカップラーメン。
安い癖に、麺も旨いし、スープもロースキルでとろむ。
やるやん、えげれす。

そう思いつつ、カップの表記を見ると、

原産地:泰

なーんや。そうか。
そうやんなー。

麺モノ、特にこういうカップラーメン系は、
矢張りアジアには敵わないやろ。
えげれすに、こんな繊細な技を繰り出せるだけの下地があるわけない。

***

帰ってきてから、食生活が貧困である。
僕はこれまで、一人暮らし歴数年(まだ一桁やで(笑))の間というもの、
エンゲル係数はひたすら高かった。
かといって、貧困、というわけではなく、
要するに、食費にお金をかけるのですな。
だから、あまり、「食生活貧困」という状況はなかった。

然るに今回。
食した炭水化物は、かなり少なく、
「食事」を食した回数も、相当少なく、
食した食品の品目も、恐ろしく少ない。

まず、昨年から続いていたマイブームの「生ハム&メロン」。
帰ってきて真っ先に買い食いした「フィッシュ&チップス」。
スーパーで売ってる「パスタのサラダ」。
冷凍しておいた「シュウマイ」、「春巻」等。
そして、今回の、泰産カップラーメン。
多分、品目で言うたら、こんなもんですわ。

なんと、米を一度も食ってない。
今、気づいたぞ(笑)。

この状況を分析するためには、
日本での戦う日々について、述べねばならない(やっとこの話に来た)。

今回の一時帰国。
目標は、前年を上回る戦績を残すこと。
前年は、戦闘中、三回倒れたので、
今回は、それより少なく。
そして、より多くの品目を食することである。
前年、食べ損ねた、難易度の高い食品も制覇しなければならぬ。

ずらずら書いてもしょうがないので、データのみ(一部抜粋)。

戦闘日程:22泊23日(大阪15泊+ソウル2泊+東京5泊)
飲み会回数(延べ):20回(大阪15回+東京6回)
会った人間(延べ):60人(大阪41人+東京19人)
倒れた回数:0回
行った温泉:富山1+福井1+香川1
主な品目:アンコウ尽くし、鰤尽くし、舟盛り刺身、串かつ、焼肉、讃岐饂飩、鴨鍋
もんじゃ、豚モダン、軍鶏尽くし、回る寿司、吉牛特盛つゆだく卵、ラーメン、蕎麦、等。

前回は、「食べねば」と思っていて、「食べられなかった品目」は、
数種類あったけれども、
今回は、それはゼロである。
期間が例年に比べて長かったというのもあるが、
要は、「倒れないこと」(笑)。
倒れると、貴重な時間が無駄になる。
満腹では食えないので、
毎回の食事の機会は、一番重要であり、
かつ、順序と組み合わせを考えるのが一苦労なのだ。

更に、遠出が必要なものもある。
前回、それで断念したものに、
「名古屋みそかつ」がある。
これは、年明けの後半戦に、見事クリアしたし、
更に、四国遠征によって、三年ぶりの讃岐饂飩まで堪能できた。

夜は殆ど飲み会になるため、
ジャンク系(例えば吉牛)などは、
昼にこなすことが望ましい。
ジャンク系もまた、かなりの程度、懐かしい品目なのだ。
然し、昼飯を食べられる胃の状態でなければ、
そもそもOUTなので、
飲み会で潰れるのもご法度である。

事務的な用事の数々は、
昼間、あるいは午前中にこなす必要がある。
さらに、酒抜きの約束も、日中に入ることが多い。
従って、基本的に、朝寝坊はできない。

酒の種類もまた、こなさなければならない。
日本酒主体で23日間。
この間飲んだ、日本酒以外のものは、
乾杯のビール、こっちでは飲めないカクテル、を除くと、
微々たるものである。
明けても、暮れても、日本酒。
それでも、飲んでない銘柄が残っている。
#それで、後に、必殺「運び人」が登場することになる。

つまり、この戦闘で勝利を収めるためには、

1.綿密な摂取計画。
2.十分な下調べ。
3.完璧な体調管理。

そして、何より、

気合

これらの必須条件があるのである。

というわけで、各地の皆々様にお世話なりながら、
多大なるご協力のもと、
無事、この日程が完了しました。
この場を借りて、御礼申し上げます(笑)。

***

2000年12月26日。
仙台では、戦後観測史上、最高の積雪量を記録した
2000-2001年大雪の始まりを告げるのがこの日だった。

僕は、その日、おふくろを乗せて、車で喜多方から米沢に向かっていた。
勿論、喜多方ラーメンを食し、
日中温泉で一風呂浴びて、
R121大峠道路を米沢に向かっていたのである。

僕は、風呂に浸かりながら、
これまでの戦いの日々を、目を閉じて回想していた。
外は、真っ白の雪景色。
熱くもぬるくもない露天風呂は、
他に客もいなくて、とても静かである。

「今年は、倒れることもなく、無事に仙台まで辿り着いたなぁ。。。」

課題品目の一つ、喜多方ラーメンも無事こなし、
また一つ、山を越えた僕は、
普段あまりしない、長風呂をしていた。
知ってる人は知ってるが、
僕は、むっちゃ早風呂である。

「かーーー、ニッポンの心やなぁーーー」

心ゆくまで、雪見風呂を堪能して、
僕は風呂から出た。

米沢は、恐ろしい程の豪雪・地吹雪。
滑る方はまだいいとして、
怖かったのは、地吹雪で、道路の境界が分からなかったこと。
周りは田んぼ。落ちたら終わりである。

街中は、恐ろしく渋滞。
さっぱり進まん。
僕はいらいらしてきた。

「抜け道って言っても、R13しかないもんなぁ」

そのうち、アタマが痛くなってきた。

「ミッションで、渋滞は辛いわ」

そのうち、関節が痛くなってきた。

「まさか、風邪の引き始めかいな?」

そのうち、アタマが割れ始めた。

「いかん、脳みそ染み出してきた。ティッシュ、ティッシュ」

そのうち、皮膚の表面が痛くなってきた。

「なんで、表面やねん!熱出るときって、関節痛って決まってるやないか」

見かねたおかんが、肩を揉んでくれる。
然し、皮膚が痛い。
表面が、痛い。
触られると、痛い。

「痛い、痛い。さわらんといてくれ!」

結局、渋滞のため、
米沢仙台間約100kmを、8時間近くかけて戻ってきた僕は、
家に着くなり、流石に、マットに沈んだ。
思えば、日本到着から数えて25日間、
よくぞここまで持ちこたえてくれた(笑)。
然し、この、原因不明の、通称「イタイイタイ病」は、翌日まで尾を引き、
漸く僕は、休肝日を取ることができたのであった。
因みに、この原因についての、ある事情通の話。

「あれはね、単なる湯あたりなんですよ」

彼は、一部に出かかっている、「体力の衰え説」の噂を一蹴したのであった。

***

お分かりいただけましたか?
このように、怒涛の戦闘生活を送ってきたため、
戻ってきて、一気に、いろんなもんが萎んでしまったんですな。
「飽きた」とか「暫くはええわ」という方向ではなく、
「なんぼ頑張っても、あのレベルには達しない」という諦めの境地。
そのせいで、自ら料理したり、難易度高い食材を探しに行ったりする気力が、
どうやら失せてしまったらしい。
それで、運び人(後述)の成果である日本酒を飲みながら、
日々、生ハムメロンを食べる生活なのですわ。

それにしても、フィッシュ&チップス。
あれ、なかなか旨いな(笑)。


 



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