えげれす通信 vol.53

えげれす通信vol.53 ■恐怖のインベントリーチェック■ 18th/Jun/2001

2001年6月18日(月)。
ここ暫く続いていた曇天はうって変わり、
本日は汗ばむような陽気である。

今日は、ダーラム最後の日。
僕は明日、えげれすを発つ。

と、まぁ、そんな感傷に浸るのもいいのだが、
今日は、最後の雑務が色々ある。
その中の一つ、最後にして最大の難関と思われる、
恐怖の「インベントリーチェック」があるのだ。

えげれすで部屋を借りるときのトラブルは数々あれど、
恐らくこの「インベントリーチェック」に勝るものはないだろう。
泣く子も黙るインベントリーチェック。
その体験談は、どこで誰に聞いても、全て血で彩られた「戦闘」である。
大家は、なんやかんやと難癖をつけて、
入居時に払ったdepositを返さないようにする。
返したとしても、それは減額にさせたがる。

その難癖には色々ある。
例えば、洗濯機の使い方が悪いだの、
夜な夜な友人を呼んでパーティーをしてるだの。
・・・って、それは去年やん。
然も、それはインベントリーチェックではなかったが。

大家は、普通、退去時の、インベントリーチェックにて、
部屋の隅から隅まで、
まるで「太陽にほえろ」の山さんのようなねちっこさで調べあげる。
少しの傷、少しの汚れも見逃さず、
全て、「修理代」「クリーニング代」などという名目で、
depositから金額を奪い取るための口実にする。
勿論、「壁がタバコで黄色くなった」などの教科書的事由もアリである。

大家は、如何なる情報源も歓迎である。
僕が誤って一滴こぼしてしまった醤油の染みなんかも、
「そういえば彼は時々刺身を食べてるわよ」などという
同居人たちのコメントから割り出す。
その後で、タバコの箱の後ろに、
そっと1000円札、もとい、£5札を忍ばすのである。

兎に角、入居時はまだしも、退去時には、
だから皆、かなり緊張するのだ。
知り合いで、最初から、最終月の家賃を払わず出てきた者がいる。
家賃とdepositは同額。
最初から返す気がないと見るや、先手を打って、
最終レントはそこから差し引いてくれと言ったとか。
そのくらい、退去に基づくインベントリーチェックは修羅場なのである。

今日は、最後の荷物を郵便局に出しに行った。
大家が来るのは、13時。
午前中に、荷物発送と大学の用事を済ませようと思った。

前回書いたように、日本への荷物の重量制限は20kg。
前回は、最初に持っていった荷物が20kgを超えていたので、
やむなく、それだけのために、体重計を買ったのだが、
こいつが、また、「安物買いの銭失い」状態。
さっぱり正確ではない。

前回の、田舎の郵便局では、
おっちゃんも、似たような「銭失い系体重計」で量ってたので、
恐らく精度はどっこいどっこいだろう。
えげれす人やし。
然し、今回、町の中央郵便局に行ったので、
ちゃんとした計測器がある。
量ったところ、家の「銭失い」はOKを出したのに、
実測値は22.5kg。
あえなく、今回も、敗退してしまった。

あまりに腹が立ったから、今回は、その場で、
ガムテープとはさみを買って、
中身を減らして梱包しなおした。
えげれすの郵便局には、梱包用品が一通りおいてある。
こういうところは便利なのだ。

再戦を挑むと、今度は、重量はパス。
然し、それでほっとしてしまい、
おっちゃんの英語を良く聞かずに、
「とりあえずyesといっておけの法則」により頷いていると、
船便希望だったのに、航空便になってしまっていた。
あなや。

なんだか、負け気分になり、家に戻る。
この流れで、最大の壁、インベントリーチェックを迎えるのは、
何となく嫌な感じがする。

基本的に、うちの部屋に問題は無いはず。
物も壊してないし、何も変わっていない。
多少の汚れはあるけど、それは問題になるほどのものでもない。
入居時、思わず閉めてしまった箪笥には鍵があって、
「カチ」という嫌な音と共に、ロックされたことがあった。
そのとき、ナイフを使って扉をこじ開けた張本人が彼女(奥さんが大家)である。
問題と言えば、鍵の壊れた箪笥くらいか?
他には無いはず。
電話の清算が残ってるので、
その分を単純に差し引いた額が戻ってくる「筈」。
然し、痛くも無い腹を探られる。
それが、インベントリーチェックである。

13:20。大家登場。
彼女は、笑顔で入ってきた。
扉をぶち壊した時以来の対面である。

彼女は、僕のパソコンを見つけて、興味深げに眺める。

「うちのはマックなんだけど、あんまりよくわからなくて」
−はぁ、そうなんですか。

「一度おかしくなって、業者に見てもらったんだけど、
 電話で説明しろと言われても、何がなんだかわからなくて」
−それは大変でしたね。

「で、結局、わけわからないままに、35ポンドとられたわ」
−いつもメールを送ってくれるのは、奥さんですか?

「いいえ。あれは主人なの。ねぇ、一寸見せてもらっていい?」
−ええ。どうぞ。

彼女は、キーボードに並んでいるひらがなを見て、
不思議そうな顔をしている。
彼女もまた、「変換」というワザを知らないのだろう。
昔の通信に登場していた、関西弁キースはかつて、

「日本には数万の漢字があるやんな?すると、キーボードも大変なことに
 なってるんかな?」

と、かなり真面目にボケてくれたが、
彼女も恐らくその口だろう。

すると、旦那さん登場。
こちらは、箪笥事件のとき、最初に僕が事情を話した相手であった。
そのとき彼は、多少酔っ払っていて、

「今から行ってあげたいけど、見てのとおり、よっぱらってるんです」
−はぁ。今じゃなくてもいいですが。

「でも、今すぐに欲しいものが中に閉じ込められているんだったら、、、」
−なんでしょう?

「扉をぶち破るんだね。私が許可しよう!」

と、かなりイケイケモードで、鼻息荒く、
危険な指示をしてくれた。
つまり、影の立案者なのであった。

「ダーラムは良かったかい?」
−はい。この町はすっかり気に入りました。

「ニューカッスルは注意が要るが、ここは大丈夫だからね」
−そのとおりですね。

「それで、明日、日本に帰るわけだね」
−はい。で、また9月に戻ってきます。

「うん?それはまたどうして?」
−試験を受けるんです。それだけのために(笑)

「そりゃ大変だ。でも、本当は、飛行機が好きなんだろ?(笑)」
−そうとも言います(笑)

彼は、救急隊に属していて、
そういう話を色々としてくれた。

「ロンドンは住んだことある?」
−はぁ。最初の年と次の年に住んでましたねぇ。

「どの辺だった?」
−キルバーンというところの近くです。知ってます?

「お!。私は隣のウィルスデングリーンに住んでた」
−そりゃ、また、偶然ですね。

「パディントンの列車事故、覚えてるかな?」
−勿論。あれは酷かったですよねぇ。

「私はあのとき、現場にいたんだよ」
−マジですか。それはまた。。。

「中が余りに暑いので、ヘルメットを取って、頭の汗を拭ったんだ。そしたら、、、」
−そしたら・・・?

「『ぎゃぁぁぁぁぁっ』って叫んでしまったよ。まるで『ギャートルズ』のように」
−「ドテチン」かなんかがおったんですか。いや、それは兎も角。で、まさか・・・?

「そうそう。字が固まって落っこちてきて、頭にぶつかったんだ。いや、違う」
−続けますねぇ。違うんですか?

「違う。違う。違う、違うー、そうじゃなぁいー♪・・・って鈴木雅之やっても知らんか」
−知ってますよ。アルバム持ってるし。で?

「想像通り」
−?!

彼は、恐ろしげな表情でつぶやく。

「血だった」
−!

「そこらじゅうに、腕とかが見えた」
−げ

「但し、腕だけね」
−ううわ

「足とかもあった」
−きっついですねぇ。

「それが毛だらけだったから、近づいて見ると、」
−はぁ

「『マンモー』だった」
−よっぽど好きなんですね。ソノヤマシュンジ。

「まんが肉を食べるのが私の夢だね」
−それは賛成。

「兎に角、あれは悲惨だったねぇ。それから、」
−はぁ

といった具合で、世間話が続く。
彼は、そして勿論、奥さんのほうも、
相当な話好きなのだ。

15分くらいは、なんやかんやとしゃべっていたかな。
彼が、締めくくるように言った。

「また来ることがあって、部屋がいるようなら、妻に連絡してください」
−はい。ありがとうございます。

「勿論、メールでもいいよ。但し、見るのは私だがね」

そう言って、彼は、片目をつぶった。

「そうそう。depositの小切手は、後日、電話の清算が済んだら、
 電話の明細と一緒に、日本の住所に送るから」
−へ?

「それでは。会えてよかったよ」
−あ、こちらこそ。。。

彼は、にこやかに、「Very grad to see you」と言いつつ、
部屋を出て行ったのであった。

彼らは、ただの一度も、部屋のチェックをしてない。
僕は、最後の最後に、えげれすの一端を垣間見た気がした。

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98年秋より、長きに渡り不定期更新して参りましたこの「えげれす通信」は、
これで一旦打ち切りになります。
僕は一年後、再び戻ってくるので、
復活は一年後になります。
それまでの間は、フィジーに住むことになりますが、
もし、通信環境が整えば、何らかの形で更新はしたいと考えています。

それでは。ごきげんよう。

玲拝


 



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