えげれす通信 vol.60
火曜日は、週一回の、 僕の指導教官とのチュートリアルの日。 毎週毎週、この日に提出する為の新規原稿分を、 週の残りの日には書き続けている訳だが、 11月からはずっと、 抽象論というよりは寧ろ、 フィジーの村における「日常生活の叙述」が続いている。 おかんは5時に起きてメシの仕度をし、 おとんは起きると川で水浴びと歯磨きをし、 ガキんちょはそこらへんを走り回っておかんにしばかれる。 家にはベッドが4つあって、 ガスオーブンを持っているような裕福な家もある。 そんな家では、たまにおかんがカスタードパイを焼き、 学校から帰ってきたガキんちょは、パイを見つけると大はしゃぎ。 つまみ食いをしてはおかんにどつかれる。 夜にはおとんはヤンゴーナ(南太平洋の儀礼的飲料)を飲み、 おかんは黙々と夜なべをする。 ガキんちょは悪戯しておかんにしばきたおされる。 ヤンゴーナに酔ったおとんは、 家に帰ってタロ芋食って屁こいて寝る。 ・・・とまあ、そんな、 めちゃめちゃ具体的な記述が続いている訳だ。 僕は、これまで随分と、英語で文章を書いてきた。 然しその内容は、そんな具体的な話ではなく、 社会がどうの、文化がどうの、 構造主義がどうの、機能主義がどうの、 そんなような、抽象的なものが多かった。 だから、そういう抽象的な語彙は、 文章を書いていても、却ってすんなりと出てくるのだが、 例えば、 フィジアンは甘いものがむっちゃ好きなので、 紅茶にはたっぷり3杯もの砂糖を入れて飲む。 見ていて些か気持ち悪いくらいである 等という文章を書こうとした時、 「ん?『砂糖を入れる』の時の動詞は何や??」 と、一瞬、手が止まってしまうことに気づいた。 「歯を磨く」だの、「つまみ食いをする」だの、「夜なべ」だの、 「しばく」だの、「どつく」だの、「しばきたおす」だの、 「喉から手ぇ突っ込んで胃袋こちょこちょしたろか」だの、 日常生活ではしょっちゅう使うが、 学術論文ではあまりお目にかからない単語がわんさか出てきて、 こういう文章を書くのは、実は意外に難しいと思った。 要するに、慣れていないんやね。 今回、教授に提出した草稿の中に、 何という動詞を使ったらよいか分からない部分が一箇所あった。 フィジーの女性の重要な仕事の一つに、 パンダナスの葉を編んで出来るマット作り、というものがある。 これは、フィジーでは非常に重要な意味をもつ儀礼財なのだが、 女性たちは、このマットを夜なべして作る。 その工程を英語で説明しなければならない。 @木から葉を切り取る。 Aそれを軽く煮る。 B乾燥させる。 ここまでは、まあ、いけるわな。 次や、問題は。 C乾燥してカチカチに固くなった葉を、 スプーンの裏でしごいて柔らかくする。 「しごく?!」 僕は自問した。 「し、『しごく』て・・・。動詞は何や??」 辞書を引くと、こうあった。 〔手でこするようにして引く〕 布をしごく draw a piece of cloth through one's hand 彼が麦穂をしごくと小麦の粒が下に落ちてきた As he stripped off the ears of wheat, the grains fell to the ground. 彼はあごひげをしごく癖があった He had a habit of stroking his beard. 槍をしごいて構えた He jerked his leveled spear to his side and assumed a fighting posture. (cited from) Progressive Japanese-English Dictionary. 辞書には、これだけの用例が載っている。 どうやら、一番近そうな動詞は「draw」らしい。 この単語は基本的には、「何かをゆっくり引く(引っ張る)」という意。 例えば、ゴムを引っ張る、というように。 一方、僕が表現したいのは、 「カチカチに固まった葉っぱをスプーンの裏でしごいて柔らかくする」ということ。 「葉っぱそのもの」を「引っ張る」のではない。 「しごく」ねん。 ううむ。。。 日本語ってのは、表現豊かな、 そして微妙にニュアンスの違う語彙の豊富な、 実に素晴らしい言語ですな。 上にさくっと挙げた例でも、 「しばく」「どつく」「しばきたおす」 微妙にニュアンスの違う単語が三つもある。 然し、日本語の語彙を英語に訳すとなると、 なかなかに骨が折れる。 前に書いたことがあるけど、 例えば、「頬杖をつく」という日本語。 これを、英語に訳すとどうなるか。 「with one's chin resting on one's hands」 「付帯状況のwith」を使った分詞構文かい(笑)。 まるで教科書に登場するような文法を使って、 「顎を両手の上に乗せて」、と言う。 ・・・そのままやんけ。 いや、まあ、「そのまま」じゃないと「訳」にはならんけど(苦笑)。 しかし、そうなると、 例えば、「風」の名曲「ほおづえをつく女」がえげれすでカバーされたら、 そのタイトルは、 "A woman with her chin resting on her hands" 売れんな(笑)。 訳わからん。 その他にも例えば、「腹這い」は何と言うか。 フィジアンは腹這いになってやたらゴロゴロするのが好きなので、 論文に書かなきゃならん表現の一つである。 「lie on one's stomach」 「胃袋の上に横たわる」→「腹を下にして横になる」。 まあねえ・・・。 そらそうやけど・・・、としかコメントのしようがない。 然し、この表現だけ見ると、 どうしてもこういう連想が頭をよぎる。 どっからか持ってきた胃袋そのものを下に敷き詰めて、その上に横になる 厭杉。 「one's」があるから、実際にはこういう意味にはならんとしても、 何だか読んだだけで胃が苦しくなりそう。 そもそも語彙というのはその土地の文化と密接に関連して成立している訳で、 文化的にある固有の意味を持つ事柄に関しては、 特定の語句が当てられる。 「頬杖をついて人の話を聞くこと」が「お行儀が悪い」とされる。 そういう文化的コードが存在する日本においては、 一つの固有の単語が存在しているが、 えげれすにはそのような「作法」は無いらしい。 「腹這い」という行為は、 「床に直接座る」文化と連関している。 フィジーも日本と同じく、 床の上で、座ったり食べたり寝たりする文化をもつ。 殆ど床に座る習慣が無いえげれすに、 この手の単語が存在しなくても不思議では無いのかもしれない。 おっと、閑話休題。 まあそんな訳で、 僕は、「しごく=draw」だろうと当たりをつけて、 教授のところに相談に行った。 「・・・とまあ、こういうことなんです。どう書いたら良いでしょう?」 「ううむ。。。『scrape』はどうだろう・・・?」 「僕もそれは考えたんですが、少しニュアンスが違うんですよねえ」 因みに「scrape」は「(汚れ等を)擦ったり引っかいたりする」という意。 どちらかと言うと、 「チャーミーグリーンでガンコ汚れもすっきり」 みたいなノリの単語である。 「矢張り『draw』しかないかねえ・・・」 「そうなんですよねえ・・・」 僕は兎も角としても、 ネイティブえげれす人の、 畏れ多くもプロフェッサーがこうも悩むのである。 これは、えげれす人もビックリの、 余程高度な英単語なのではないか。 結局、教授が答えてくれた表現は、 「They (=leaves) are then softened by drawing the back of a spoon along the length of the leaf」 (直訳:それから葉は、葉に沿って縦方向にスプーンの裏を引くことで柔らかくされる) ・・・だからそのままやん。 ・・・いや、そのままやないと困んねんけど(再苦笑)。 「これも余り良い表現ではないかもしれないなあ。然し難しい・・・」 しみじみ困惑した表情をする教授に、 僕は言った。 「因みに日本語だと『しごく』って言うんです」 「shi・・・ba・・・ku・・・?」 「そうそう。硬ったい葉っぱを鞭にして、青タン出来る迄しばきまわすんです・・・なんでやねん」 日本語は実に素晴らしい。 「しばきまわす」。 四つ目もありましたな。 |
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