えげれす通信補遺 ex-05

えげれす通信補遺ex-05 ■渡英前の嵐■ September/1998

僕が大阪を引き揚げて、
えげれすに旅立つことが決まった、
98年の夏(秋)は印象深かった。
丁度、凄まじい台風が日本列島を襲っていたのだった。

東北地区、軒並、浸水冠水の嵐。
東北自動車道、国道4号、東北本線、新幹線の
4大交通網は、全て寸断された。
中でも東北本線と国道4号は、
路盤とか路肩とかがごっそり流されて、
復旧に相当日数がかかるとの由。
その間、東北は、半ば、陸の孤島と化した。

僕は、なんと、7月末に至るまで、
えげれすに行くなどとは、
夢にも思ってなかった。
その次の年だろうと思っていたから。
だから、いつもの夏休みと同じように、
大阪を経って、仙台に帰省。

でも、8月になって、状況が一変した。
えげれすに行ける可能性が出てきて、
急遽、その渡航準備に追われることになったのだった。
なんと、えげれす行きが決まったのが、8月21日。
日本を発ったのが、9月6日。
その間に、渡航準備だけでなく、
大阪のマンションの引越しもしなきゃならない。
仙台に、7月に帰った時には、
そんな状況を想定してさえ無かったので、
準備は全くゼロ。
9月からまた、大阪で普通に暮らすと思ってたので(笑)。

で、怒涛の如く、準備をして、荷造りをして、
疾風の如く大阪を後にしたんだけど、
仙台に向かう時の道々、雨が多くなってきた。

北陸道走っている時だったか。
ラジオが、

「福井県内の北陸道、全て通行止めの模様」
「石川県内も通行禁止に」
「今入った情報です。富山県内でも通行止めになった模様」

そう、刻々と告げる。
僕は、その時、かろうじて、富山と新潟の県境付近を走っていた。
すると、今度は、

「福島県内の4号線、通行止め」
「山形県内の13号線、通行止めになりました」

とかとか、ずんずん来る。
僕の頭の中では、
日本の国道地図がぐるぐる回り、
最も安全に、渋滞なく、しかも通行止めにならなそうなルートを、
それこそ秒単位で考えなきゃならなかった。
ラジオを聞く度、新しい情報が速報で入ってくるし。

ある意味、ゲームをやっているみたいで、
そして、僕の戦略が試されてるみたいで(笑)、
結構面白かったのだ。
然し、客観的には、引越し荷物満載の車が、仙台に到着できないと、
今後の予定が大幅に狂ってくる。
えげれす行きにも支障がでかねない。

その晩は結局、だいぶ遅れたけど、
夜中2:30頃、無事に仙台に着いた。
ドラマチックな「引越し」の序章は明け、
然も、今後数年に渡って展開されることになる、
えげれす生活の幕開けにもなったのであった。


 



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