えげれす通信補遺 ex-13
「秋刀魚」。 嗚呼、何と言う素晴らしい字面! 日本語が漢字という表意文字を有する 言語体系をもっていて、本当に良かったと思う瞬間は、 外国暮らしをしてると、ままあるけれども、 この単語ほど、情感が滲み出てくるものはないですな。 本日、図書館で、偶然「Orientalコーナー」とか いうところに迷い込んでしまい、 なんとなくうろうろしていたら、 漱石の本があった。 原文はいいとして、 流石に漱石、 訳されている作品も多いのですな。 ざっと見ていったら、 「I am a cat」 暫くそこから動けなかった(^^; ま、間違いではないけれども、 日本語には、一人称を表す語彙に、 「僕」「私」「俺」とかから始まって、 「我」「拙」「自分」等々、 数え切れない数があって、 然もそれぞれ、ニュアンスが違うときている。 日本語を学ぶ人は、 それこそ大変やろけど、 これが、うちらの文化なのだ。はっはっは。 秋。 これだけで、四季豊かな日本にあって、 然し特別光り輝いてる季節である「秋」に対する 様々な情感が沸き起こってくるでしょう。 紅葉。食欲。読書。 それらの情感に応えられるだけの資質を 日本の秋は持ってると思うけれども、 自然がいくら先にあるとはいえ、 それを愛でて止まない、日本人の感性は、 矢張り素晴らしいと思うのである。 葉っぱが枯れる前に赤くなる、 ただそれだけのことに、 これだけの規模で全国民が一喜一憂し、 然も大挙して押しかける、 そんな国がどこにあるよ? 秋といえば、食べ物の美味しい季節。 僕は、大阪時代、七輪と火鉢を愛用していて、 特に火鉢は、自分で購入した奴と、 知り合いから譲ってもらった、 真鍮製の珍しいものと、二つあって、 冬の寒い朝、起きたらまず、炭に火を入れていた。 七輪のほうは、時々気が向いたとき、 野菜や茸、時には肉などを買ってきては、 燗をつけて(こんな時は、燗酒の気分)、 楽しんでいました。 僕は、枕草子の「冬」の項が一番好きなんです。 #有名どころの中では。 やっぱり、「冬は朝」でしょう。 冬の朝の、底冷えするところに、炭の火を入れる。 あの瞬間がたまらない。 清少納言も、上手いこと言ったもんだ。 秋といえば、 そんな、数々の、旨い物たちが思い出されるけれども、 「秋」の字を冠して、 文字通り、秋の味覚の王様道を驀進してるものと言えば、 矢張り、秋刀魚でしょう。 秋の刀の魚。 なんと、上手いこと、漢字をあてがったもんや。 僕は、基本的に、魚篇の漢字よりは、 あて字系の方が好きなんやけど、 この「秋刀魚」ってのは絶品やね。 まず、形がいい。 太刀魚までイってないし(笑)、 適度にスマートである。 焼いてよし、 刺身でよし(最近多いらしいですな)、 〆てもよし、 蒲焼にしてもよし。 極めつけは、紀伊半島の、「さんますし」。 押し寿司ってのは、主に、西日本の産物・文化で、 さらには、海から遠い地方の、保存文化だけれども、 そこには「意味の逆転」が生じてるんですな。 つまり、「仕方なし」にやってたことが、 素晴らしい結末を生むに至った、と。 奈良の有名な「柿の葉寿司」は鯖がメインやけど、 紀伊半島の「さんま寿司」も、似たような理由で、 つまり、鯖も秋刀魚も、所謂「足が早い」ので、 その為に生まれた文化なのです。 双方とも、適当に、油分が多い。 だからこそ、熟らしても旨いし、 勿論、焼いても旨い。 〆鯖なんて、腐るぎりぎりまで置いた方が、 風味が増して、アミノ酸出まくり(笑)。 秋刀魚にも、近いものがある。 嗚呼。 誰が発案したんやろ。 オレは、その人に、感謝の気持ちを示したいわ。 焼いた秋刀魚に、大根おろしを添える、などという 心憎い演出を考えたのは。 大根も、多少、辛味大根系がいい。 最近日常化している、 所謂「青首大根」ではなく、 大根そのものにも、存在感があるくらいの奴。 胴体が細目の奴ね。 あれを豪快に摩り下ろし、 勿論はらわたを取らず、 そのままの秋刀魚を、 炭火でじゅうじゅうと焼いた、その横に添える。 まだじゅうじゅう言ってる秋刀魚に、 醤油をぶっかける。 そして、はふはふ言わせながら、 まず、はらわたを取り出し、 そこと身を重ね合わせて、一気に頂く。 勿論、目ン玉の周りの、 一番旨い部分も、そっくり頂く。 最後は背骨だけになる。 秋刀魚ほど、食べやすく、 かつ、食べた後が、 芸術的にさえ思えるfigureを示してくれる魚は、 他にはないのではなかろうか。 本当は、七輪で、煙もうもうと、焼きたいのである。 隣近所なんか気にせずに。 あの、プチプチという焦げる音が、 また最高のBGMではないか。 そして、肉汁(魚だけど)が滴り落ちて、 炭火がそれを一瞬で気化させる、あの音。 そして、次第に「焦げ」を増していく、 然し、早くもなく、遅くもなく、 適宜、あるいは適切な加熱を実現する炭火。 隣近所を気にして、 ろくに秋刀魚も焼けない住宅事情ってのは、 哀しいことですなぁ。 えげれすにおける「秋刀魚」情報 ええと、先ずですね、訳に「saury」と書きましたが、 この単語ははっきり言って、お目にかかったことはありません。 日本食レストランで目にする単語としては、「pike」が多い。 然し、日本人が、「秋刀魚の訳語として」pikeと聞くと、 それなりに、「ああ、pikeか。成程ね」と思えるかもしれないが、 逆パターンで、「pike食べる?」と聞かれたえげれす人が、 いざ秋刀魚を目前にすると、若干驚くかもしれない。 まぁ、常に翻訳という問題は難しいのでありまして。 いずれにしても、「秋刀魚」の直訳語が存在しないという事実が、 この国における秋刀魚の立場を物語ってるでしょう。 恐らく奴らは、よほどの日本通でないと、 見たことも聞いたこともないにちがいない。 「秋刀魚」の立場は、そういうわけで、 非常に弱弱しい限りです。 こいつを食おうと思ったら、 多分、ロンドンの日系食材屋に行かないと無理なんではないか? 日系レストランに行けば、勿論ありますが、 残念ながら、はらわたまで食するというところまでは行きません。 冷凍ものやしねぇ。 最後に、この国の「魚屋」事情。 日本では、商店街に一つや二つ、 かならずあるのが魚屋ですが、 この国で、それを期待しちゃぁいけません。 肉屋とか、ケバブ屋とか、フィッシュバーとかは、 まぁほぼありますが、 「商店街に魚屋がある」という常識は通用しない。 では、大手スーパーに行けばええやん。 はっは。 そう考えたアナタ、 甘いですな。 何と、信じられないことに、 クソでかいスーパーの鮮魚コーナーってのは、 スペースで言ったら、 日本のスーパーで団子とかを置いてるスペース分、 くらいしかありません。 然も、ないところもある。 運良く、そのスーパーが、 氷を敷き詰めた「鮮魚コーナー」を設けてたとしても、 そこにあるのは、 タラ サーモン カレイ ヒラメ マグロ アンコウ ウナギ エビ イカ 鯖干したのん 酢漬けしじみ(みたいなちっこい貝) そして、絶対あるのが、 カニカマ 似非を売ってどないすんねん。 だから、そこに秋刀魚なぞが並ぶ可能性など、 万に一つもないのですな。 はぁ。 |
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