フィジー通信 vol.14

フィジー通信vol.14 ■似非先生■ 5th/Jul/2002

僕の本業は、えげれすの大学の人類学専攻のドクターの学生であり(「の」が多いな)、
現在、何故フィジーに居るかと言うと、
この地でフィールドワークをするためなのであって、
決して、ミナミノシマでバナナを食べながら、
ゆったり寛ぎに来ている訳ではない。
そこんとこ、未だに各所に誤解があるようなので、
先ずは最初におことわり(笑)。
さて、ここでは、本業について詳しく書くことはできない。
何故かって言うと、フィールドワークには、
守秘事項かかなり含まれていて、
論文を書く時にも、相応のケアをしなくちゃならない。
然し、まぁ、サイドストーリー的に面白いネタがあった時なんかは、
ここにも書いていこうかなと思っております。
今回は、その話。

今回、Suvaから村に行くのに、初めてタクシーを使った。
タクシーを拾うため、Suvaのアパートの外で待機。
フィジーのタクシーは、85%が恐ろしくボロ車、
然もそのうちの1割くらいが、汚かったり臭かったりする。
まぁ宝くじみたいなもんなんやけど、
外れると洒落にもならんようなことになる。
だから、なるべく、綺麗な車体を拾いたいと思っていた。
これが、後に、問題になるのだが、
この時はまだそれに気づかない。

たまたま、かなり綺麗な車が止まった。
インド人の若い兄ちゃんと交渉を始める。
市内ならメーターで良いが、
ちと遠いところだと、料金交渉から入らねばならない。
彼は、道の状態とか、距離とか、その他色々聞いて来る。
彼の地へは、未だ、行った事が無いらしい。
料金を聞くと、「いくら払う?」と逆に聞いて来る。

「35ドル」
「駄目、50ドルは貰わないと」
「何言うてんねん。僕は、村に住んでるようなもんやし、
 ふっかけても無駄やで。よく知ってるし。35ドルしか払わん」
「45ドルでは?」
「あかん。ほんならええわ。他、あたるし」

そう言って、車から離れようとすると、
兄ちゃんは縋ってきて、「まぁ、乗りなよ」と言う。
僕も、少々、妥協することにした。
35から40ドルって聞いていたから、40ドルで手を打つことに。
「40ドルなら払う。それでいいか?」
「わかった」
ということで、交渉成立。

然し、僕には、多少の不安があった。
彼は、この道を走るのは初めてなのだと言う。
距離感が分からんどころか、
多分、道の状態とかも知らない。
この道は、最初は舗装だが、
後にダートになる。
僕がプチ遭難した道よりは、遥かに規格は上で、
多少雨が降ったところで、2WDでも楽に走れるダートなのだが、
そこはそれ、フィジーの道である。
時には、穴もあいてるだろうし、
時には、先端の尖った石が敷き詰められているだろう。
時には、流木が横たわっているだろうし、
時には、穴を埋めた砂が凸凹しているだろう。
雨が降れば、赤土は泥濘と化すだろう。
そして、この日は、雨である。

この車は、かなり新しい。
彼は初体験。
僕の不安は、段々と的中した。
道が未舗装になると、彼は渋い顔をする。
最初の村を見つけて「あれか?」と聞く。
そんなに早く着く訳ないやろ。アホ。

「あとどれくらいだ?」

まだ始まったばかりやないの。
しゃあないから、あと40分くらいかな、と「やや嘘」の答えをする。
本当はそんなんでは着かんと思う。
然し、僕は彼を、励まさねばならん。

所々、穴が開いてるし、石がごろごろしてる個所がある。
兄ちゃんは、相当渋い顔になる。
舌打まで始める。
「まだか」「まだか?」何度も聞いて来る。
挙句は「もう30分経ったぞ。さっき40分で着くと言ったよな?」等と、
やけに記憶のいいところを見せる。

僕も内心舌打しながら、

「それは普通のスピードで走っての話やんか。オレはいつもこの道では、
 60km/h平均で走ってんねん。じぶん、30km/hちょっとやんけ。
 時間がかかるのは当然やろ。もそっと飛ばさんかい」
「これはオレの車だ。まだ新しい。こんな酷い道をそんなに早くは走れない」

下手に、綺麗な車を拾ったばかりに、こんなことになってしまった。
挙句、「もうこれ以上行けない」等と、凹たれた事をほざく。
気合が足らんねん。甘ったれた事、言うんやない。

「こんな酷い道、走ったこと無い」
「これがフィジーの道なのだ。何で日本人のオレがフィジー人のきみに言わなあかんねん」
「(力ない笑い)」

然し、僕としても、こんな場所で下ろされては敵わんから、
おだてたり、なだめたり、すかしたり、おどしたり、
あの手この手で、なんとかかんとか、車を走らせ続けた。
兄ちゃんは泣きそうである。

漸く、村の傍の小学校の前に来た。
ここから村までは、およそ1km。
然し、この日、何度目かの「石ごろごろ個所」がある。
この「石ごろごろ」は、開いてしまった穴を埋めるために、
敷き詰められた石なのだが、先端がやけに尖っている石だけに、
ドライバーをこの上もなくビビらせる効果を持っている。
僕自身、最初にこの道を走った時は、
今にもパンクしそうで、生きた心地がしなかった。
パンク→一人で立ち往生→プチ遭難、と連想ゲームが始まってしまう。
大和田さん壇さんで大和田さんが、ビックマックを手に持ってる画が浮かんでしまう。

遂に、兄ちゃんは車を止めてしまった。

「もう行けない。すまないが、もうオレを解放してくれないだろうか?」
「村まで行くって言ったやろ?それが我々の契約やったよな?」
「そうだ。まことに済まない。申し訳無い。でも、オレは一人で帰らなきゃならないんだ。
 雨も降ってるし。これ以上進むと危険だ。頼むから、解放してくれないだろうか」

おいおいと思っていると、
丁度、学校の終業時間だったらしく、
わやわやと、子供たちが集まってくる。
すると、何人かは、村の子供なので、
僕を見つけて、きゃあきゃあ言い始める。

「知ってるのか?」
「うん。知ってる」
「彼らは歩いて帰るんだろう。おまえも歩いてくれないか」

全く以って理不尽な話で、腹も立つけど、
新品の車だし、初めてだと言うし、僕にもその不安はわからんでも無いし、
まぁ兎に角も、ここまでは来た訳だから、
そろそろ放免してやるか。
僕は結局、そこから村まで、
子供たちと一緒に、わいわい言いながら、歩くことになった。

夜は、村で、カヴァを飲む。
丁度、そこに、顔見知りの、小学校の先生が来ていた。
彼は、ちょっとイイ男なので、
僕は彼のことを、密かに、「イイ男先生」と呼ぶことにしている。

「イイ男先生」は、僕に、「明日は何か用事がある?」と聞いてきた。
無いよというと、彼は、「学校に来て見る?」と言ってくれた。
これは良い機会だ。行ってみましょう。
というわけで、翌日のメインイベントは、小学校訪問と決まる。

小学校へ行くのは、翌日の13:00の約束だった。
雨の中、ぶらぶらと歩いて行くと、
子供たちが僕を発見して大騒ぎになる。
斥候役のガキンちょが僕を発見すると、
ダッシュで走って教室に戻っていき、
報告を受けた皆は、すかさず、教室の中から、こっちを見る。
皆、ぎゃあぎゃあ言っている。
そのうち、先生に叱られたのか、
クモの子を散らすが如く、教室の中に入る。

迎えてくれたのは、4人の先生。
イイ男先生、僕の学部時代のサークルの先輩に激似の先生。
この二人は、僕は既に知っている仲である。
加えて、二人の先生が、この小学校にはいる。
縦横斜め、あらゆる方向に、
僕の身体を2倍拡大したくらいでかい、大男校長。
彼は、身体の全てのパーツも矢張り大きい。
目、鼻、口、がでかいし、爪とかほくろとかもでかい。
ヒゲの毛穴もでかい。
植木に刺しておく養分補充液の先端が刺さりそうな毛穴をもつ。
僕は、彼の顔を見る為に、自分の顔を45度上方に傾け、
彼の両目を見る為には、自分の顔を横に細かく振らなければならない。
「太い」のではない。「でかい」のだ。全部が。単純に。
そしてもう一人。随分若くて綺麗な女性の先生。
雛には稀な美人である。
いや、基本的に、フィジアン女性は、
目鼻立ちがきっかりしてて、美女系が多いのだが、
いかんせん、なんちゅうか、ワイルド系になってしまう。
ヒゲも生えてくる。
然も、ここは村だから、普通の女性は、あまり都会的ないでたちではない。
ヒゲもデフォルトである。
然し、この先生、マニキュアしてたり、ストレートパーマ当ててたり、
ざっくりした、おしゃれなセーターを羽織ったりと、
なんというか、一寸、垢抜けしてるのである。
ヒゲも無い<三度目。
・・・と、それは置いといて、つまりは総勢4名だった。

剃ってるのかなぁ・・・?
(もう、ええ)

最初、一番手前の教室に入る。
そこでは、「Social Science」の授業をしてた。
「Social Change」等というトピックも、黒板に書いてある。
「でかでか校長先生」が、でかでかに、もとい、じきじきに説明してくれる。
「僕の研究テーマは、まさにこの、『Social Change』なんですよ」と言うと、
彼は、衣服の変遷、言語の変容、家屋の変化、等について簡単に説明してくれた。

次の教室に移る。
どうやら、ここに、全生徒が集められたようだ。
夥しい数のガキんちょが、ニコニコしながら僕を見ている。
最初は机と椅子があったのだが、
先生たちが「片付けて地べたに座りなさい」と号令をかけるや否や、
ガキんちょたちは、弾かれたように、迅速なる行動で、
机と椅子を片付けて、地べたに座った。
先生の「号令」の威力は、絶大らしい。

「でかでか校長」が、でかい声で、僕に、「挨拶をしてください」と言う。

「Hello, everyone」

ガキんちょ、大声で、声を揃えて、

「Hello, Ryo!」
「How are you?」
「I'm fine!!」

僕自身の、中学校の英語の時間を思い出しつつ、挨拶をしてみたのだが。
なにやら、英語の先生になったみたいで気分いいぞ。
僕と、「でかでか校長」が黒板の前に。
残りの3人の先生が、後ろに椅子を並べて座る。

ガキんちょたちから日本についての質問を貰い、
僕がそれに対して校長に答える。
そして、校長が、子供たちに、フィジー語で説明する、という形になった。
なんだか、ゲストスピーカーのようでも、教育実習のようでもある。
最初は、皆、恥ずかしがって、手を挙げない。
然し、徐々に慣れてきたと見えて、
手を挙げ、指されたら、立ち上がって、質問をするようになった。
まぁ、その内容は、ガキんちょなので、
どれも他愛もないものが殆どだったけど、例えばこんな感じ。

・ 日本の人口はどれくらい?気候は?大きさは?
・ どんな動物がいるの?
・ 学校制度はどうなってるの?
・ 原爆は今でも人体に影響があるの?
・ 日本の教室は、ここと同じような感じ?
・ 家は何でできてるの?
・ 雪は降る?
・ どんな食べ物を食べているの?
・ 花はどんなものがあるの?

僕としても、何にも見ないで、辞書も無しで、答えなければならないので、
実はそこそこ大変だった。
日本の人口って確か、1億5千万人だったよなぁ。
千を越える単位の数を英語で言うのって苦手なんだよなぁ。
東京から大阪までは550km。東京から福岡までは1100km。
仙台から東京は350km。青森から東京は700km。
動物は、大体おんなじやなぁ。
学校は、6・3・3年。
原爆の影響・・・、皮膚癌と白血病か。
「skin cancer」「blood cancer」でいいのか?
学校には、そうねえ・・・、大抵は、校庭とプールと体育館があるねぇ。
校庭は「playing field」、プールは「swimming pool」、
体育館・・・?確か「gymnagium」とか言ったよな?
こんな単語、口に出したのって、
中学校の英語の時間で習って以来、我が人生で初めてやで。
家は大体、木でできてる。それは地震が多いから。
阪神大震災では5500人が死んだ。
屋根は瓦が多いな。あ、でも、「瓦」って何て言うんや?
しゃあないから、「タイル」とでも言っとけ。
日本には四季というものがあって、
春には花が咲き、夏には気温は35度にもなり、
秋には紅葉があり、冬には雪が5mも積もるんだよ。
言いながら、僕は、「おいおい、それはほんまかいな?」と思っていた。
いちいち詳しく説明する訳にもいかんので、
色々と途中の説明を省略して、ごっちゃにして言うしかない。
ひょっとしたら、「物凄い日本像」が生まれたかもしれん。
ま、物事は、多少誇張した方が、印象に残ってええやろ。

僕は一寸驚かせてやろうと思い、
神妙な顔でこう言った。

「日本には温泉がたくさんある。然し、日本人は湯船では裸になる。これが礼儀である」

然しガキんちょたちは皆、「ふうん」という面持ちで、さして驚かぬ。
・・・そうか。成程。
西洋人なら、確実に驚愕し、かつ慄く筈の「裸de温泉」も、
彼らにとっては、そう、驚くことでは無いのだ。
風呂も、シャワーもない村では、
唯一の水道で、洗濯もすれば、炊事もするし、勿論身体も洗う。
その時は、彼らは、殆ど裸である。
男も女も、タオル一枚で、公衆の面前で、水浴びをする。
だから、「裸de温泉」の事実も、
ここではそれは、余り驚く事では無いのだ。

然し、それでは、こちらの気が収まらぬ。
よしそれならばと思い、今度は、食べ物の話で攻勢をかけることにした。

「日本でも、牛や豚や鶏は食べる。然し、羊は余り食べない」
「日本人は魚が大好き。刺身で食べる」

そして、僕は、一呼吸置いた後、託宣を告げるかの如く、厳かに告げた。

「日本では、馬を食べる。然も刺身で食べるのだ」

流石にこの攻撃は効いたらしい。
ガキんちょたちは、ガヤガヤしだした。
「でかでか校長」も吃驚したらしく、
只でさえでかい目ン玉が、子供の拳骨くらいにまで大きくなってる。
よしゃよしゃ。

僕は、桜と花見の話をした。
日本について中途半端に知識がある(然しなかなかよく知ってる)「でかでか校長」は、
僕の答えに、彼なりの味付けをして、子供たちに説明しているようだ。
日本では春になると桜の花が咲き、
日本人は、マットをもって花の下に行き、
花を愛でながら、飲んだり食べたり歌ったり踊ったりするんだよ。
僕がそう言うと、「でかでか校長」は、ひとしきり翻訳して彼らに聞かせた後、

「・・・そのマットは、日本の独特のもので、『タタミ』というのだ」

と言った。
世の中に、一人くらいは、畳を担いで花見に行く人もおるやろと思い、
僕は敢えて訂正はしなかった。
こうやって、世の中のガイジンは、
日本についての奇妙奇天烈な見識を身につけていくに違いない。

最後に僕は、「教育者」になった。
質問は「日本ではゴミはどうしてるの?」
僕は、日本での事情を説明した後、こう加えた。

「フィジーで僕は驚いたことがあります。余りにゴミが多いこと。
 皆、簡単に、道路や川や海に、ゴミを捨てること。ゴミは汚いばかりじゃなく、
 環境に悪い影響を与えます。きちんとゴミ箱に捨てて下さいね」

「でかでか校長」も、神妙に頷きながら、子供たちに訓示をしていた。
フィジーがゴミのない、綺麗な国になりますように。

授業が終わり、僕は、写真を撮った。
予想通り、僕がカメラを出すや否や、
子供たちは、きゃあきゃあ言いつつ、パニックに陥る。
先生たちが「ゴルァ!逝ってよし(2ちゃん系)」と一喝する<嘘。
先生の一喝は、織田無道の10倍はありそうな、絶大なる効果をもっている。
ダッシュして僕の周りに集まってきたガキんちょたちは、
一喝によって、今度は、
×2の速度でダッシュして、元の位置に戻る。
その間、凡そ10秒くらい。

何枚か、写真を撮った後、
ガキんちょは、教室の外に出て、二列に並んだ。
下校前に、皆で歌を歌うらしい。
とてつもない声量で、全く以って綺麗な歌声である。
雨のそぼ降る校庭に、子供たちの声が染みていく。
僕は、いつまででも聞いていたいような気持ちになった。

然し、フィジアンは、歌が上手い。
彼らが、日本の小学校に来て、校内合唱コンクールなぞに特別出演したりしたら、
恐らく、「コンクール荒らし」になると思う。
二人ずつ組んで、「のど自慢」とかに出たら、
「チャンピオン大会」は、「フィジアン大会」になり、
NHK史上初めて、全曲がレゲエになり、
「のど自慢」が「アフロ自慢」になるだろう。
ゲストの前川清と香西かおりも、コメントに困るだろう。

ガキんちょたちが帰った後、
暫し、先生たちと歓談した。
ガキんちょの前では「鬼のような指導者」であった先生連中、
ガキんちょが居なくなれば、「只のフィジアン」になるらしい。
僕の携帯電話を見せろだの、パソコンはいくらするのかだの、
まぁそういう話になるわけだ。
日本の電化製品についての興味は、
特に成人男性は、かなりのものがあるらしく、
ヒマさえあれば、そういう類のことを聞いて来る。

去り際、僕が、

「じゃ、先生たちの写真も撮りましょうか」

と言うと、先生連中、
きゃあきゃあ言って、群がってくる。

・・・おいおい(^^;。


 



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