芥川龍之介「本所両国」のある風景
「本所両国」は芥川龍之介が、泉鏡花、島崎藤村、田山花袋、久保田万太郎らとともに東京日日新聞の大東京繁昌記に昭和2年5月6日から22日まで連載した東京下町の見聞録である。
 なお芥川はその年の7月24日自決している。
 本所生まれの芥川が懐かしい故郷を訪ね歩きその変貌振りを嘆くさまは、東京再発見のため東京下町を訪ね歩く私にとって同感を禁じえない。
 そこで芥川が辿った跡を訪ね歩いてみた。。

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 表忠碑

・・両国橋の袂にある表忠碑も昔に変らなかつた。表忠碑を書いたのは日露役の陸軍総司令官大山巖侯爵である。・・「本所両国」
 表忠碑は、両国橋の墨田区側の橋の袂にある。


 本所会館(現在両国会館)と安田庭園

・・本所会館は震災前の安田家の跡に建つたのであらう。
安田家は確か花崗石を使つたルネサンス式の建築だつた。僕は椎の木などの茂つた中にこの建築の立つてゐたのに明治時代そのものを感じてゐる。が、セセツシヨン式の本所会館は「牛乳デイ」とかいふものの為に植込みのある玄関の前に大きいポスタアを掲げたり、宣伝用の自動車を並べたりしてゐた。・・・「本所両国」

 本所会館は現在両国会館と名を変え、安田家の跡は安田庭園(入園無料)になっている。
 丸い屋根の建物が両国会館.


 蔵前橋

・・僕等はいつか工事場らしい板囲ひの前に通りかかつた。そこにも労働者が二三人、せつせと槌を動かしながら、大きい花崗石を削つてゐた。のみならず工事中の鉄橋さへ泥濁りに濁つた大川の上へ長々と橋梁を横たへてゐた。僕はこの橋の名前は勿論、この橋の出来る話も聞いたことはなかつた。震災は僕等の後にある「富士見の渡し」を滅してしまつた。が、その代りに僕等の前に新しい鉄橋を造らうとしてゐる。……
「これは何といふ橋ですか?」
 麦藁帽を冠つた労働者の一人は矢張り槌を動かしたまま、ちよつと僕の顔を見上げ、存外親切に返事をした。
「これですか? これは蔵前橋です。」・・・「本所両国」

 私の生まれ故郷浅草鳥越の近く隅田川に架かる橋である。
 昭和29年(1954)9月、蔵前橋のたもとに和風様式の蔵前国技館が完成、新しい大相撲の殿堂として、栃若時代、柏鵬時代、千代の富士時代を見守ってきたが、昭和60年(1985)1月、新両国国技館の開館とともにその役割を終えた。


 亀戸天神

・・久しぶりに「天神様」へお詣りに行つた。「天神様」の拝殿は仕合せにも昔に変つてゐない。昔に変つてゐないのは筆塚や石の牛も同じことである。・・僕等は拝殿の前へ立ち止まり、ちよつと帽をとつてお時宜をした。・・
「太鼓橋も昔の通りですか?」
「ええ、――しかしこんなに小さかつたかな。」
「子供の時に大きいと思つたものは存外あとでは小さいものですね。」
「それは太鼓橋ばかりぢやないかも知れない。」・・・
・・僕等は「天神様」の外へ出た後、「船橋屋」の葛餅を食ふ相談をした。・・・僕等は縁台に腰をおろし、鴨居の上にかけ並べた日本アルプスの写真を見ながら、葛餅を一盆づつ食うことにした。
「安いものですね、十銭とは。」
O君は大いに感心していた。しかし僕の中学時代には葛餅も一盆三銭だった。・・「本所両国」
 
「亀戸大根の碑」のある香取神社入口の標識の前を通り過ぎて、蔵前橋通りを少し行くと亀戸天神入口に出る。
 亀戸天神は社殿、太鼓橋とも1945年の東京大空襲で焼失、芥川龍之介の時代のものとは違います。

 天神様の近くの「船橋屋」で葛餅を食べた。400円だった。


 鼠小僧の墓

・・今日の回向院はバラックである。・・・僕等は読経の声を聞きながら、やはり僕には昔馴じみの鼠小僧の墓を見物に行った。
 鼠小僧治郎太夫の墓は建札も示している通り、震災の火事にも滅びなかった。・・・尤も今は墓の石を欠かれない用心のしてあるばかりではない。墓の前の柱にちゃんと「ご用のお方はお守りの石をさし上げます」と書いた、小さい紙札もはりつけてある。・・・「本所両国」

 JR総武線両国駅東口を出て5分ほど行くと突き当たりに回向院がある。
 江戸時代希代の義賊といわれた鼠小僧次郎吉の墓は回向院の門を入って少し行った左側にある。その墓の破片を持っていると願いが叶うと言われている。
 芥川龍之介にとっても馴染みの場所であるようだ。


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