虹のエイショウ
甲子園物語No1

何で、そう言うことになるの!!

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心のアート

 リストラと言う言葉はなかったですが、組織の合理化、活性化に名を着せた人事異動は、今も昔も変わりありません。操り易い人間は”将棋の駒”のように動かされてしまいます。

 「キミに手を貸すのも、課長としての私の手腕が問われるからね。国税専門官だって、半端な決裁文書は作れない。みんな、自分可愛さ故の為せる(わざ)なんだよ。」

 取引先との会議が順調に進んで当たり前。何度も何度も、実務担当者との根回しに方々走り回わらなければなりません。今なら、談合と騒がれることもあったかも知れません。

 神戸支社に戻った彼には、コンピュータ制御化した事務作業の操作手順などを、他の社員に伝授する仕事が待っていました。そして、その役目を終えた1年後には、東京本社京都営業本部への出向を命ぜられたのです。

家族はどうなる!
逃げてどうする!

 それにしても、営業職と言う仕事がどれほどにハードなものか、思い知らされる毎日でした。関係する法令や条例は、現場仕事のそれどころではありません。

”自らを愛せよ”

しかし、

 それに加えて、正確で緻密なデータ収集が不可欠となります。A4一枚のレポートを仕上げるためには、少なくとも2〜30枚のバックデータが必要でした。

甲子園駅の改札を出ると、満点の星空……明日は、子供らと阪神パークだ!

X君の胸に刻まれて行きました。

 昭和56年(1981)4月から、X君一家五人は兵庫県西宮市、”春の選抜高校野球”で知られている”甲子園球場”にほど近い住宅団地で暮らすことになりました。

転勤はともかく、住居を換わる勇気はもはやX君にはありませんでした。

法律の素人が、まして営業なんて初めての自分が……やれるわけない!

 税務処理が絡んでいるため、国税局長の認可が必要でしたが、担当官がなかなか納得してくれず、「こんな文書を、受理する理由がない。」の一点張りでした。

営業職としての二年目、年度決算までに決着を迫られた仕事がありました。

開通したばかりの京都市営地下鉄を乗り継いで、片道2時間余りの自宅通勤となりました。

みんな自分が可愛いんだよ…、X くん!

見かねた営業課長が、国税局との打ち合わせに同席してくれたのです。

自分だけが……何でやねん!!

その阪神パークは、近年、商業施設「ララポート甲子園」に変身してしまいました。

小さな居酒屋で聞いた課長の言葉は、

となって

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