今日、合格通知&実技の受験票が来た。今週の月曜には主催元のサイトで合格者の確認はできたものの、実際にこの手で通知を受け取るまで安心できないって、どんだけ心配性なんだか。で、練習を始めた当初は難儀した実技も、ひと通りやるべきことをこなして、初心者でもどうにかなると分かって、今はやや中だるみ中。いかんねー、「ファイナリストは俺たちだ!」と勢い込んで、肝心の決勝になったらテンションのピークを過ぎていたというパターンだよ、これは。これで心置きなく実技の練習に集中できるようになったのだし、残り二週間、もう一度気を引き締めなば。
自己採点では合格圏内と分かっていても、試験結果の発表日が近づくと緊張してくるものだ。何をするにも落ち着かない。
さて、「鈍獣」つながり、今度は『モンゴル』(2007年)。もちろん、相撲関連ではなく、浅野忠信出演作品つながりということで。こんな機会でもなければ見ることのない作品かなと思ったけれど、なかなかどうして。チンギス・ハーンがチンギス・ハーンと呼ばれるようになるまで、モンゴル帝国を築くまでの半生を描いた物語だったけど、これでまだ道半ばなのかと、人の一生を充分に生き切ったような濃さがあった。それだけ苦汁を嘗めた経験が彼を強くした、部族の統一という野望を完遂させる精神を養ったということなんだろうけど。常人には為しえないことを為す人って、古いものも守りながら、(この場合、モンゴル人という)枠に囚われないものも持っているんじゃないか、そんなメッセージもあるように思えた。ただ、この作品でのチンギス・ハーンは確かに神の特別な庇護も受けているし、強靭な精神力の持ち主なんだけど、並はずれの超人という感じでもない。その辺はなぜ浅野忠信がチンギス・ハーン役?という疑問にもつながるところで、たぶんもっと荒々しさを、とりわけカリスマ性を出すなら、適役は他にもいたはず。そこをあえて一見優男にも見える浅野忠信が演じることで、穏やかさの中に荒々しさのあるチンギス・ハーン像が可能になったのだと思う。まあ現代風アレンジがすぎると言ってしまえばそれまでだし、同じ日本人ってことでどうしてもひいき目に見てしまうのは確かだけど、「鈍獣」の凸やんと、この作品での演技の違い、演技の幅を見れただけでも、浅野さんひとりで「ごちそうさんでした」なのは断言できる。
この作品を観た後、チンギス・ハーンの人物像をウィキペで改めて読んだら、チンギス・ハーンこそが世界で最も子孫を多く残した人物だとか。女系子孫にいたっては、ヨーロッパやロシアにまで及んでいるというのが、その影響力の凄さを物語る。自分のような日本人がモンゴルの人に抱く親近感とはまた違った意味で、この作品の監督にとっても、案外、遠い異国の存在ではないのかもね。