トップページ > 過去日記一覧

2007/10/02(火) 慶次郎もそろそろお願い、みやむー(人違い)

小説『電脳コイル2』 宮村優子 徳間書店

電脳コイル2

 小説版二作目はバスの墓場におけるメタバグ狩り話が中心。ネタバレは承知の上で、テレビアニメ版と平行して読み進めているけど、物語中の時間の経過はずれているにもかかわらず、イサコがキラバグに執着する背景とか、タマコ(オバちゃん)と猫目の関係やら謎明かし具合は「たまたま」ちょうどいい感じ。その辺、早くから核心を少しずつでも開示する小説版と、謎をじっくり引っ張るテレビアニメ版の姿勢の違いというところ。自分はどうやら前者のほうが気が合うらしく、今は小説版のほうが楽しめているかな。この物語の登場人物たちは総じて過去に縛られているようだけど、何が何でも強さを誇示する、逆に言えば虚勢を張っている部分もあるイサコや、以前の体験から仲間との信頼関係に極端なほど臆病になるヤサコに対して、顔を合わせれば衝突している、そのこと自体がある意味関係の強固さを見せているとも言えるフミエとダイチとか、バスの墓場を舞台にした騒動のなかで、それぞれの登場人物の心理が上手く絡み合いながら描かれているのがいい。タマコにしても、何故サッチーを使ってでもバグ一掃に執心するのかがそれとなく理解できる流れになっている。要はそれぞれの目線から均等に物語を眺められるのが自分にはいいのかなと。

 ある時期(13歳前後)を境にしてメガネの効力を失ってゆくという小説版の設定が、メガネを通して見える電脳世界は子供たちだけに許された領域であり、ヤサコたちも時間は限られている、しかしその限られた領域を越えて大人になってしまった者たちもいる、という比喩に感じ取れるのも一興。次回作も楽しみ。

 それにしても、この時点における大黒市のサッチー最大保有数が2基だった、というのは意外だったね。それ考えると、サッチー遭遇率のかなり高いフミエたちは、相当暴れ回っているのか、相当目を付けられているのか。そしてサッチーを何基も動員したテレビアニメ版のあの話はどんなマジックを使ったのやら(タマコがメガマス社に直談判した?)。設定が違う、で一蹴されそうだけど気になると言えば気になる。


2007/10/06(土) サムライよりサムライらしく

 アニメ『ストレンヂア 無皇刃譚』 http://www.stranja.jp/ を見て来た。

 速すぎて目で追えない場面も多々あったスピード感抜群の剣劇はなかなか迫力があって良かった。話のほうは、少年仔太郎とそのお供の犬飛丸の愛くるしさと、主人公名無しと仔太郎のやり取りに尽きるという感じで。テーマ的にはそもそも登場人物たちが異国者(ストレンヂア)である必要はあったのかとも思えてしまったけど、郷に入れば郷に従えで、日本という国で、その身に、その刀にサムライ魂を宿してしまったストレンヂアたちの物語と解釈すればいいのかな。逆に大塚明夫演じる日本の武士イタドリが和を重んじる日本では異質とも言える、成り上がることを隠しもしない様とかその逆転が面白く見れたところ。豪華というほどでもないけど、多いかなと思えた登場人物たちの使い捨てっぷりも剣劇としてはお見事。唯一の不満は音楽くらいかな。クライマックスで少々うるさすぎ。無音の良さも大事にして欲しいな。声優初挑戦という長瀬くんは当然お世辞にも上手いとは言えなかったし、キャラとしても合ってなかったように思われるけど、これはこれでいいのかと思わせるところがあるのが凄い。


2007/10/07(日) 日々命を賭して生きてる?

 映画『ソウ3』。2006年。アメリカ。これは早い段階でオチが見えてしまったね。セリフに注視していればジグソウは初めに真実を言っているという、ゲームの「ルール」をこちらも学習しているとはいえ、自分にもオチが読めてしまったのはクオリティが下がっている証拠かな。ジグソウの後継者と思わせての、アマンダ切りはみえみえだったし、1作目や2作目のあの人たちはその後どうなったという種明かしもあまり興味を持てなかった。

 3作一挙放送してくれたから、復習がてら1作目からまとめてみたけど、まとめて見ると結構しっかり考えられているのが分かって、2は1の話と関連性を持たせながら、多人数による極限状況の生成という面白さを追求していたし、1は生に背を向けた者たちに対して生に対する執着心、生存の本能を突きつけるというこのシリーズの原点としての面白さがあった。それだけにややクオリティ減の3に残念。1はゲームに納得できた、というか、直接的には殺人を犯していなかろうが、人が死ぬゲームには変わりないのだから、そういう言い方は語弊があるかもしれないけど、生きていることを当然とみなしてその喜び、充足を顧みない者たちに対する、「多くの人間は”生”に感謝しない」というジグソウの問いかけが心に響くものがあって、「ゲーム」が単なるゲームに見えない凄みがあったんだよね。それに対して、3のゲームの仕掛けは単なる殺人道具に堕してしまっている。まあそれは殺人衝動に魅せられてしまったアマンダが考えた仕掛けだからということなのだろうけど、全てを知った上で他の者たちを巧みに操るジグソウの空恐ろしさより、アマンダによる、アマンダのためのゲームという展開が安っぽく見えてしまったところ。結局人はどれだけ極限状態を味わおうとそこから何も学ばない、愚かな選択を繰り返すという展開も、次に話をつなげるためとしか思えなかったし。

 やはり1が一番いいかなという印象。確かこのシリーズ、5作目くらいまでは作る予定とか何かインタビュー記事で読んだ気がするけど、次作以降はもう一度原点に戻って欲しい。それにしても、末期癌と言ってるわりになかなか死なないジグソウのしぶとさだけはずっと持続している。まあ、誰よりも生への執着は強い、日々何事もなく生きている、ただそれだけのことに最大限の喜びを感じている者であることには間違いない。


2007/10/12(金) 昭和初期の萌えの香り

小説『怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像』 日下三蔵:編 ちくま文庫

蘭郁二郎集

 「女の怪異学」で興味を覚えた蘭郁二郎氏の傑作集。「女の怪異学」で紹介された作品以外にも、轢死に異様な興奮を覚えてしまう列車運転士の話やその他フェティシズムを扱った話など、江戸川乱歩の「人間椅子」を思わせる倒錯に満ちた初期の頃の作品から、技術者でもあった氏の知識を活かした空想科学的な後期の作品など、その題材の変遷を如実に感じられる作品の配置はなかなか面白かった。また題材は様々なれど、「美少女」という言葉が出てこない話はないほど、少女趣味に彩られたというのか、美的少女のイメージに魅せられてしまう作品の多くに確かに現在のオタク文化の原型を見た思い。氏の作品に限れば「男の怪異」と言ってもいいような、とりつかれる側の心情あっての「怪異」なのだということを感じもした。

 人造少女を題材にした話にしても、そう思わせておいての最後のどんでん返しが、近未来的な科学がまだ一般的には受け入れにくい時代の限界というか、配慮かなと思えるところではあるけれど、それでも、恋愛電気学とか、人の思考と電波(電流)を掛け合わせるような想像力とその発想の面白さ、クローン技術などに対するアプローチは自分なんかは新井素子の作品群を思い出したりして、とても戦前の作品とは思えない、今のラノベに通じるような、親近感を覚えた。とか思ったら、しっかり掘り起こしは為されているみたいだね。ガガガ文庫だとか、さすがにもうその名称からして最近のラノベには全く付いていけてない自分だけれど、こういった試みは面白いと思った。海野十三の作品も読んでみたくなった。


2007/10/21(日) 人は人であるから人の似姿が一番落ち着くのさ

アニメ『イノセンス』

 2004年。前作「GHOST IN THE SHELL」(1995年)は、インターネットなどまだそれほど一般的ではなかった当時において、電脳世界に対する意識や描写などの先見性が今見ても驚かされるものがあるけど、この続編はそれほどでもなかったかな。もはや「知識」は個々人が所有(記憶)する必要はなく、外部検索によって容易に参照可能という辺りが今のネット社会を反映していたとは思うけど。何か分からないことがあったら「ささっとググってウィキペ」が当たり前になっている自分がまさにそう。便利になったけど、いくらでも書き換え可能な情報に頼り切る怖さ、そういう一面は上手く突いていたと思う。ならば頼みは頭の中の脳みそだけだと言いつつ、その頼りなさは己が一番よく知っているというところで。その絡みでほぼサイボーグ化しているバトーが口を開けば格言めいたことばかり言ってる様とか、愛犬と戯れる様とか、あと「備考欄に感想を書くタイプだな」のセリフは結構ウケた。人間臭さ、人間らしさというのもコピー可能か?という問いかけにも取れる、まあ物語背景の難解さを抜きにしても楽しめる話にはなっていた。

 しかしそれにしても、もう三年前の作品ではあるけど、CG技術の進歩には驚かされる。その点に関しては前作より確実に「進化」していたね。CG特有の無機質感があまり際立たないというか、FFみたいなフルCGはどんなに超美麗でもどこか違和感を覚えずにいられないんだけど、それがない。目に優しい、目に気持ちいいCGとセル画のバランス。アップルシードなんかも絶対こっち系にしたほうがいいと思うんだけどなあ…。


2007/10/26(金) あやかし、なをもてたちあらわる

小説『神野悪五郎只今退散仕る』 高原英理 毎日新聞社

神野悪五郎只今退散仕る

 題名の印象から堅めの妖怪譚を想像していたら、何のことはない、幼い姉妹が主人公のファンタジーだった。本筋の仕掛けはいまひとつだったし、肝心の神野悪五郎の活躍の場もほとんどなく、話としては歯応えがなさすぎだったけど、「豪傑」な姉、紫都子と、怖がりだが聡明な妹、妙子のキャラクターは良くて、後半はともかく、前半の古屋敷での妖怪たちとのやり取りはなかなか楽しかった。「度胸試し」という古臭い素材が却って新鮮に映りもした。紫都子と妙子二人によるひと夏の話はこれで閉じたほうが区切りがいいと思うけど、神野悪五郎が取り持つ妖怪と人間の物語という形で続編も期待できそうだね。


2007/10/29(月) 来年こそは

 レッドソックス、あっさりWシリーズ王者。ってことで、松坂、岡島はメジャー移籍一年目でその栄冠を手にしたことに。ゴジラ松井とともにWシリーズ制覇の喜びを分かち合いたいと夢見ている者としては、激しく歯噛み状態というか、ひじょーに納得がいかないんですが…。常勝最強軍団(ヤンキース)にいて、この不遇…。西武在籍時も実は日本一になったことがないらしい松井稼とともに「不運のダブル松井」なんて言われそうだな。まあ、松坂はともかく、岡島のしびれる活躍などで今年はかなり楽しませてもらった。あと気がかりなのは(ゴジラ)松井の去就だけ。もうね、ヤンキースにこだわることはないと思う。これまでのように常にレギュラーというのは難しいかもしれないけど、松井の力が必要されるチームは必ずあるはず。なんなら、ライバルチーム移籍という手はどうですか、松井さん。



トップページ > 過去日記一覧