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最終更新日:2009年7月9日

TODAY'S MESSAGE

                 *       *       *              

【今年前半の講演スケジュール】

7月5日(日)瑞穂生涯学習センター 午後1時半〜3時半  愛知生活指導研究会(全生研愛知支部)の40周年記念集会 講演「いまこそ生活指導・集団づくり 子どもと教師が立ちがあるとき」

7月28日(火) ウィルあいち
児童言語研究会名古屋支部主催「国語教育研究集会」 講演:午前9時40分(主催者挨拶、基調報告を含む)〜12時
「子どもと教師が蘇る学校とは 共生と自立を求めて」

8月20日(木)午後2時〜4時半 稲沢市勤労福祉会館 主催:同市いじめ・不登校対策委員会

「不登校・いじめ 子どもの関係性と対応」(同市の小中学校教員の主な担当者が対象)

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最新の論文です。
「原則と柔軟さ」愛知生活指導研究会(全生研愛知支部)40周年記念誌(7月発行予定)。
「競争的自立観の矛盾と混迷を超えて」『生活指導』2009年5月号、明治図書、78〜83頁。
「道徳教育とアザーリング」民主教育研究所編『人間と教育』62号、旬報社、09年6月刊。
「道徳教育とは何か」開隆社編『KGKジャーナル』09年5月中旬刊。
 

                 *       *       *              

このページの前半に「副学長だより」、後半にレギュラーの記事を載せています。それぞれ初めに出てくるのが最新の記事です。

「副学長だより」(1)〜(85)は、「常設 2009」の「以前のメッセージ&情報」に移しました。


このホームページについて、なにかご感想・お気づきやご質問・お問い合わせがありましたら、どうぞ(最近、アドレスを変更しましたのでご注意ください)。

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最新の 記事

                            


副学長だより


     

「副学長だより」(104)葬儀での弔辞

7月9日、午前11時〜12時、春日井中央斎場に於いて、松田正久学長の奥様ご逝去による葬儀が春日井市内で行われました。その際、友人であり役員の一人として弔辞を供しました。以下が、その全文です。

弔  辞
 
 雨上がりの紫陽花の花がとても映えるこの時に、松田素子さん、あなたは永遠の旅立ちをされました。まだ六十一歳という若さで。わたしは、松田正久さんの友人の一人として、また大学役員の一人して、こころよりご冥福をお祈りします。
 松田さんがまだ学長になる前、夜間に、あなたが高蔵寺の駅まで車で迎えに来られたときに、わたしもよく便乗させてもらって家まで送り届けて頂いたことが、いま懐かしく思い出されます。車の中で、その時の世相について、ハンドルを握りながらあなたは見事に言い当てて、さすがだなと感心しました。お二人とも理系だからでしょう、そのときの話題になった数値の正確さを言い合っていて、それが和やかに思われました。こうやって、日々、彼を支えてきたのだなと知りました。
 また、今頃になって申し上げるのはとても心苦しいのですが、今から数年前に、わたしが教育講演会の講演を行いました時に、あなたは松田さんと一緒に名古屋市内の会場に、話を聴きに来てくださいました。終わった後、あなたは、「う〜ん、ちょっと難しかった。途中で寝てしまった」と、率直に言ってくれまして、却ってありがたかったですね。その後、わたしの講演にも工夫が生まれ、少しは話に遊びを持たせられる様になりました。
 
 お嬢さんに聴きますと、入院中も「もうすぐ元気になるからね」と、周りをむしろ励ましていたとのこと。いつもご自身が、いまどういう立場かを気にして振る舞い、頑張ってこられたのでしょう。そのあなたの姿がエンパワーメント(力づけ)となって、松田さんは、学長に就任してからも、次々と起こる難題に果敢に取り組んできたのだと思います。
 これからは、松田さんも冗談を言ったり、政治論議をしたりする身近なパートナー、ある意味では同志を失って、寂しくなるかと想います。どうぞ、彼の大いなる仕事ぶりを見守ってあげください。彼は、わたしのように、「疲れ直しにちょっと一杯」というタイプではないので、その点がちょっと心配ですが、あなたとの想い出を大事な糧として、元気に、あなたの分も生き抜いていくと思います。
 あの車の中での世相談義でも、あなたが語っておられた国立大学法人のゆくすえに対しても、わたしたちは松田さんを先頭にして、いい大学づくりに取り組んでいきますことをここにお伝えします。
 
 ある女流作家が、「次の世代が生きやすくなるよう、種をまき、道を造ることが、人間の最高の生きがいです」と、語っています。その意味で、あなたは十分に、種まく人としてご活躍なさったと思います。平和への願いをわたしどもも引き継いで、みんなが安心して生きられる社会、そういう世界をしっかりと築くことができる様に、気持ちを新たにしております。
 松田素子さん、どうぞ、安らかに。
 二OO九年七月九日        松田正久さんの友人を代表して
                        折出 健二

「副学長だより」(103)「御霊返しの儀」に参列

奈良教育大学教授で、日本教育方法学会理事などの他に文科省関係の委員も務めたことのある上野ひろ美さんが、6月19日午後、急逝されました。

わたしは、20日に出張先の新潟でこの連絡を受け、驚きました。これから大学の要職等でいっそう能力を発揮されることが期待されていた方です。彼女は、わたしと同窓の広島大学教育方法学研究室の後輩にあたります。教授学の他に幼児教育分野でもすぐれた業績をあげております。

この間、しばらく体調を崩しておられるとは側聞しておりましたが、まことに残念です。つつしんで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りします。

学長の代理も兼ねて6/22の儀式に参列してきました。場所は、奈良市内の「ならやま」会館で、神式でした。仏教の通夜に当たります。

喪主である弟様にもお会いしお悔やみを述べました。また、奈良教育大学の柳沢学長、重松理事など関係者数名にもお会いし、お悔やみを申し上げました。

故人の遺影は、和服姿で柔和にほほえみかけている写真で、印象的でした。ご親族や奈良教育大学関係者、そして彼女がこれまで関わった学習集団研究や幼児教育研究の関係者らしい方々で、およそ二百名のイスは殆どいっぱいでした。

神式に則り、いくつかの「儀」のあと、「御霊返し」「祝詞」がおこなわれ、厳粛なうちに終えました。

【追記】上野さんは、公表されている様に、現学長の任期満了に伴う選考の結果、今年の10月から奈良教育大学長に就任が内定していました。その意味でも、この急逝は惜しまれます。弟様と話した際に、「東京へ会議で行ってその日のうちに帰る、ということを何度も繰り返していましたから」と言っておられました。たぶん、ある審議会委員を務めていた頃のことでしょう。

「副学長だより」(102)大学改革シンポジウム

このたび、国立大学協会との共催で下記の様な「大学改革シンポジウム」を行うことが整いました。これは国大協が次号の公募をしていたのに対して本学が企画申請をして認められ、具体化したものです。ご多用の中、お引き受けいただいた方がたには感謝いたします。

近日中には、国大協でも、本学HPでもご案内をすることになります。以下は、その原案です。

2009 大学改革シンポジウム

学校と地域をつなぐ新しい教師像と教員養成を探る

揺れ動く現代を見すえ、子どもたちを育てみずからも育ち合う新しい教師たち。
学校と地域がつながることで、学校はよみがえる。そこに教育の希望があります。
これから、国立大学教員養成系学部・大学は、どのような教員養成を実現していくか。
教職員、市民、教職志望の学生の皆さん、ぜひご一緒に考えてみませんか。

パネリスト
横須賀 薫    前宮城教育大学長 同名誉教授
玉井 日出夫   文部科学審議官
木村 隆夫    愛知教育大学教職大学院 特任教授
大河内 祥晴   愛知県西尾市在住 保護者
  

コーディネーター
   折出 健二    愛知教育大学 副学長
   後藤 ひとみ   愛知教育大学 教授
                    

◇開催日時 2009年10月24日(土)午後1時半〜4時半
              

◇開催場所 名古屋ルーセントタワー会議室(16F)名古屋駅から徒歩5分
   

◇無料 どなたでも参加できます

◇共催 国立大学法人愛知教育大学・社団法人国立大学協会
 

「副学長だより」(101)60周年記念

勤務先の大学は、1949年に新制大学としてスタートしてから、60周年を迎えました。6月1日が開学記念日でした。名誉教授等を招待してささやかな懇談会を催しました。

大学の歴史からすると、明治期師範学校以来の歴史があります。

愛知教育大学の沿革をご覧ください。

いまは、新制大学としての60年の歴史を記念して祝すことで進めておりまして、ことしの11月に記念の行事を企画しております。また、主に学生向けの記念講演シリーズで、数名の方にお話をいただけるよういま折衝中です。いずれその全容が公開されます。

わたしは総務担当理事なので、この件で、実務的な関わりをすることになりますが、たとえば構内のバス停から本部棟に上がっていくゆるやかな坂道に街灯が数本ありますので、そこに60周年記念のフラッグを掲げられないか、という話も出ております。

私のアイデアで、次の様に、「i(I)」と「U(You)」で何かが「can」というようにしてみます。

The 60th Anniversary Aichi University of Education Since 1949

「副学長だより」(100)人事院勧告への対応

国家公務員の特別給(期末勤勉手当)を一般職で0.2ヶ月凍結(支給を減じる)という人事院勧告をうけてその方針が5月8日、閣議決定され、全国の国立大学法人にもその実施が求められている情勢にあります。

勧告に沿った改正給与法がいまの国会に上程されています。5月26日、衆議院総務委員会で審理が終了、午後、衆議院本会議で可決され、参議院総務委員会において審議。同本会議にて29日には可決の見込みです。

当法人では、いろいろと学長を中心に協議を重ねた結果、学長・事務局長が大臣官房人事課に出向き、当方の考え方も説明し、意見交換しました。25日には私が過半数代表者とこの件も含めた協議をもちました。

5月26日には役員会で協議し、6月の期末・勤勉手当0.2ヶ月の凍結はやむなし、との結論にいたり、27日、午後に臨時の教職員会議を開いて、この件で学長が本法人の対応を述べました。



My Life(近況や社会的活動、研究会、講演をアップしています)


愛知生活指導研究会(全生研愛知支部)の40周年記念集会

7月5日(日)、名古屋市内の瑞穂生涯学習センターで、午前・午後と標記の集会が開かれました。わたしは、記念講演として午後1時半〜3時半、「いまこそ生活指導・集団づくり 子どもと教師が立ちがあるとき」と題して、話しました。参加者は20名強でしたが、質問もたくさん頂きまして、活気のある会となりました。

レジュメも、A3サイズの3枚を用意して、結局、90分近くたっぷりと話しました。今大学院でおこなっている授業の内容も一部取り入れていますし、また、少し遊び気分で、「ダヴィンチ・コードならぬ、ヘーゲルコード」といった話も挿入しました。

それは、こういうことです。

「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」(『法哲学』序文、1821)この命題は、現実の肯定と聖化だと表面的に理解されたために、当時のプロイセン政府からは感謝され、逆に自由主義者からは激しい怒りを買った。しかし、ヘーゲルの真意は、そんなところにはない。

概念によって確かめられた合理的なものは必ず実現し、そうでない現象物は必ず瓦解する、という隠れた革命コードがそこには刻まれている。現代風に読み替えると次の様になります。

「この時代の真っ只中を理性的に徹底して生きることが、人間としての本来の理念(平和、共生)および主体的な自由意志を実現することになる。そうでない形で築かれる現象・構成物(制度や組織など)は、必ずや崩れ去る。『新自由主義』の政治・経済・文化現象とその崩壊過程を見よ。」

わたしは、こういう話をしていると、楽しくなります。古典の世界を自分である程度、歩き回れる楽しさと言って良いでしょうか。学生時代から、苦労して、古典を読んでは自分流の「哲学ノート」を取って、地道に蓄積してきたことが、いまこんな年齢になって、自分の咀嚼できる知の財として、ある程度、確かさを持って扱えるからでしょう。

「手紙」の説得力;他者とエンパワメント

いま流行っている「手紙」という歌(歌手:樋口了一)は、家族における他者とエンパワメントをうたったものです。

「年老いた私」から子どもたちへのメッセージが歌われています。年老いて、しかも認知症の傾向も見られる親である「私」は、子どもたちに「私を理解して支えてくれる心」をもってほしい。

それは、かつて、子どもたちが幼い頃に、親として、子どもの世話にあたった時の、その関係性と似ている中身なのです。

「あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように、私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい」(同歌詞より)

この思想こそ、家族という身近な親密圏における他者とエンパワメントの思想なのです。

憲法記念日「社説」 地方紙の健筆ぶり

 5月3日「憲法記念日」。各紙が社説で公論として問題提起をする絶好のチャンス。
 あいち県民教育研究所の大橋基博研究部長が、全国の「社説」を整理して研究所所員に公開してくれました。それらの全体を読んで、地方紙「社説」は健筆をふるっている、「ペンの力」を発揮している、と感じました。
 特に「九条」だけではなく「二十五条 生存権」の危機、あるいはそれを回復するという提起が目立ちます。
 そのいくつかを以下に挙げてみます。南から北への順で、引用文の末尾の括弧内は、新聞社名、5月3日社説タイトルです。
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 世界に誇るべき平和憲法なのに、時の為政者によって恣意(しい)的に解釈がねじ曲げられたのではたまったものではない。(琉球新報:憲法記念日 平和の理念再確認したい/拡大解釈は許されない)
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 憲法は「国のかたちと生き方」を支える「国の綱領」とはいえ、社会を律する法制の1つです。
 むろん「不磨の大典」ではあり得ません。不朽でもありません。本当に都合の悪いところがあれば、改正の是非を論じるのは当然でしょう。
 そのとき大事なのは、憲法を変えたら、そのあと「私たちの国がどんな国になるのか」という想像力です。
 その想像力こそが、いま政治の場で論じられている改憲論の中身と、それが目指している「国のかたち」を見極める眼力につながるはずです。(西日本新聞:憲法記念日に考える 変えたらどんな国になるのか)
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 政府は、国民が人間らしく生きていける社会が岐路に立っていると強く認識すべきだ。いくら企業の業績が回復しても、基本的人権が軽んじられるような仕組みのままでは意味がない。経済や社会保障の政策の中心に「人間」を据え直す時ではないか。
 生存権の危機は特別な人にだけ起こるのではなく、安易な自己責任論ではかたづけられない。「すべて国民は」という基本的人権の重さを、社会全体で憲法記念日にかみしめたい。(高知新聞:【憲法の生存権】「人間」を政策の中心に) 
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 六十二年前のきょう、憲法が施行された。貧困の原因は社会の経済制度そのものの中にあり、手当ては国の責務―という姿勢が明快だ。そこで打ち立てられたのが、人間の尊厳に基づく「生存権」だった。空洞化させてはならない。(中国新聞:憲法25条の今 生存権、空洞化させるな)
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 そもそも、憲法についての政治家の基本認識に問題がある。例えば自民党の新憲法草案には「国や社会を…自ら支え守る責務」が盛り込まれている。
 憲法は政治権力が暴走しないよう縛りをかけるものである。統治権限を振るう国家権力に対し、国民が生まれながらにして持っている権利を侵害しないよう命令する。それが憲法だ。(信濃毎日:憲法を生かす(1) 取り戻せ 主権者の地位)
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 平和的生存権は具体的な権利ではなく、憲法の理念をうたったにすぎないという議論がある。イラクへの自衛隊派遣が違憲かどうかが全国11の地裁で争われ、先月、最後の地裁判決が出た一連の訴訟をはじめ、司法判断も分かれている。
 しかし、わたしたちにとって学説や判例をめぐる論争の行方は重要ではない。平和が破壊されてしまえば、最低限の暮らしを営む生存権だって保障されるはずがないではないか。その明白な前提こそが重いのだ。
 憲法を教典のようにあがめ奉る必要はないが、「生存」にかかわる盾として生かす視点を、もっと大事にしたいと思う。(河北新報:憲法/「生存」の土台見つめ直して)
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 もう一度、立ち止まってよく考えたい。ソマリアは軍事政権が崩壊し無政府状態にある。数百万人が国連などの食料援助に依存し、国内外に難民があふれている。
 こうした現状を直視すれば、息の長い民生支援を通じ、国家の再建を図るほかないだろう。海賊対策は沿岸警備の問題であり、日本は教育や福祉支援などの地道な貧困対策で現地の人々を勇気づけたい。
 それが「戦争放棄」を掲げた憲法九条の力を世界に広げ、日本の国際貢献の実をあげる道だ。(北海道新聞:憲法記念日 いま生きる手だてとして)
 

ワルキューレ計画

日本ではこの3月から映画上映されているハリウッド作品でしられていますが、その原作の一つがS.ダレヤー、邦訳『ワルキューレ ヒトラー暗殺の二日間』原書房です。「ワルキューレ」とは、Walkure のドイツ語からきているようで、英語ではValkyrieとなります。その意味は、北欧神話に由来するらしく、戦死者の眠る場の番をする少女たちのことで、上記小説の世界では、ヒトラー暗殺後の騒乱を鎮圧する計画を指していました。

若い将校クラウス・シュタウフェンベルクらの暗殺計画があったことは歴史的事実で、それにまつわる史資料をもとにフィクションとして描いたのが、上記小説で、作者はデンマークの作家です。

ちょっと興味があって、連日の会議の気分転換に通勤で読もうと買い求めて、読みました。翻訳が今一つ冴えない感じはありますが、ドキュメント性のある原作の力は生きていると思います。特に暗殺実行の二日間に舞台を絞り、クラウス側、ヒトラー側のそれぞれの生い立ちを絡めながら深層心理までを描き出す手法は、映画に匹敵するほどに迫真性があります(映画はいずれDVDで観ようかなと)。

計画通りヒトラー出席の会議場は爆破されたものの、彼は負傷しながらも助かり、暗殺は失敗に終わりました。クラウスたち幹部リーダー四名は、その日のうちに捕らえられ、謀反罪で臨時裁判の結果(とはいえ彼等が法廷の証言台にたつ機会は与えられず)、夜半に中庭で銃殺処刑されます。

運命のいたずらなのか、練り上げたはずの計画に予期せぬ出来事が続きました。当初予定していた、クラウスがヒトラーと最も近づける作戦会議の建物が木造の別の建物に変更されたこと、その上同じ日にイタリアからムッソリーニがヒトラーに面会に来ることになり、会議時間が予定より繰り上げられたこと、そして当初は手榴弾二個の予定がクラウスの判断で当初のコンクリート製の室内なら一個で爆破力は十分と判断しその用意しかしなかったこと、などが失敗の背景にはあります。

この邦訳小説の扉には、「この世では愚行ばかりが褒めそやされ、善行は笑いものになるしかないのは、いったいどういうことか」という、シェークスピア「マクベス」の言葉が引用されています。これは、作者のこの歴史ドラマに対するメッセージなのでしょう。

翻って、現代の社会にも、特に政治の舞台ではそうした「愚行と善行」の理はあてはまるでしょう。政権の転覆、奪還、あるいは大変革を計画しながらも、それを果たせないことになるとしたら、余計に混乱を引き起こします。では、その要因を防ぐにはどうするか。当事者はしっかりと分析をしてのぞむべきでしょう。それが市民社会に責任を負うということですから。

現代の貧困とは〜「派遣村」を通して

昨年末から今年二月までの「年越し派遣村」名誉村長であり「反貧困ネットワーク」代表の宇都宮健児弁護士の講演会があり、聴きに行きました。『派遣村〜何が問われているのか』岩波書店の著者として以前から、彼に注目はしていました。

宇都宮さん自身が、愛媛生まれ・大分育ちの、半農半漁の家庭を経験し、大分で中・高校を過ごし、東大法学部に進学してからも、民衆のための弁護士を志してきたとのことです。しかし、社交性があまりなく、法律事務所所属の弁護士になれたものの、顧客がつかなくて扱う案件がないために顧客は付かず、法律事務所からも縁切りを提示されました。そこへ、あの1980年代半ば頃の「サラ金・多重債務問題」で、彼にも相談事例が来るようになり、相当の取り組みをしてきました。以後、多重債務問題という今日的問題に対してその先頭に立ってとりくむようになってきたわけです。

そのベースがあったので、彼は、このたびの派遣切り労働者のサポートについても、まずは「低賃金→そのため貯金がない→行くところがない→最後は野宿者となる」という悪循環を断ち切る行動を起こさざるを得ないと判断しました。そこですでにNPO法人「もやい」を立ち上げて、支援にあたっていた湯浅さんたちと、「反貧困ネットワーク」を立ち上げました。

「派遣村」の取り組み等はすでに知られているし、上記の共著もあるので、それに譲ることにします。 彼が講演で話した事例から。
ある男性が「派遣切り」で行き場を失い絶望して、富士山麓の青木ヶ原樹海に入って自殺を図り、警察官に保護され入院しました。そして「年越し派遣村」に来ました。そこで、どうにか生活保護等による自立のめどは立ったかに見えたのですが、その彼が、そのような支援の延長にある集会で話したのは違ったことでした。「自分にとって今後の選択肢は4つだ。生活保護で生きていく。路上生活を送る。犯罪を犯して刑務所に入る。もう一度自殺をする」と。

これには宇都宮さんたちも驚いて、彼の支援をよく話し合った。その男性には身よりはなく、仲間もいなかった。ところが、そのうちボランティアの事務所に出入りして、仕事を手伝い、おしゃべりに加わり、周りからお礼などを言われる様になると、彼は変わってきた。

宇都宮さん曰く、「彼は生活の立て直しを図れたかに見えたが、お友だちはいない・家族はいない、で孤立していた。ところが、ボランティアに参加して新しい“家族”ができた。人に頼られる体験があって初めて、この男性は『貧困』から抜け出す見通しが持てた」と。

この事例は現代の貧困が、単に経済的な「貧乏」ではないこと、社会的孤立化と重なった経済的な困窮に陥っていることを現しています。

ここでも、鍵は、他者なのです。現代的貧困とアザーリングこそ、実は、問題を解く重要な鍵なのだと言うことを宇都宮講演はリアルに知らせてくれました。

イチローの強さと弁証法的な思考

大リーガーのイチロー選手が、4月16日、日本のプロ野球時代を通じて3086本の安打を記録したことはご存じの通り。まずは、おめでとうございます。

彼は、この春開催されたWBCで不振でした。最後は、みずから「神様が降りてきた」というほどに、最高の場面でヒットを打ち、日本の優勝に大きく貢献しました。しかし、あいつぐ不振のショックは彼自身にとっておおきかったのでしょう。大リーグに戻ったとき、出血性胃潰瘍で故障者リスト入りとなり、8試合も欠場してしまいました。

その彼が、ようやく復帰後に、いきなり二試合で大記録をなしとげたわけです。わたしは彼にも、アメリカ野球にもあまり関心はありませんが、むしろ、上記の記録を達成したときの彼の次のコメントに興味を持ちました。
「162試合を8試合も欠場したとは思わずに、(日本のプロ野球年間試合数の)130試合プラス24試合もあるのだと考えられる自分がいる」と(『毎日新聞』4/17夕刊より)。

これは、俗には「気持ちの持ち様」としていわれる事と同じように聞こえますが、そうではありません。果たして復帰できるのか、いつまで欠場が続くのか、という否定的な状態。不安の続いたであろう日々でも、上に引用した見方で自分を励まし(自立して)、いつかくる復帰の日のためにバットを振り続けたというのです。

これは、「否定の中に肯定を捉える」という、弁証法的な思考の一つの典型例です。ここに、イチロー選手の、メンタルな本当の強さがあるのではないかとわたしは思います。

フランク永井を偲ぶ曲

『毎日新聞』4月7日付夕刊に、「フランク永井の功績しのび、CDボックス発売」という記事が載りました。

帰りの電車でこれを読んで、さっそく、Amazonで注文し、9日には届きました。新聞の記事やCDボックスの資料によると、彼は、宮城県出身で、戦後の時期、当時の進駐軍でジャズをうたう歌手になりました。その後、作曲家吉田正との出会いが大きな転機となり、「有楽町で会いましょう」「君恋し」などのヒット曲で一躍スターになったことは周知の通りです。

1985年に自殺を図り、その後遺症で長く療養の身でしたが、昨年10月に76歳の生涯を閉じました。

わたしも還暦をむかえ、彼のその境涯になにかひびくものがあったのでしょう。理屈抜きで惹かれて、購入しました。CDやDVDでの彼の歌声を聴きますと、なつかしさもさることながら、歌手としての彼の楽曲レベルの高さ、これがプロの仕事なんだなということを痛感します。この企画は最近にない、まさにベスト企画です。

「還暦祝いの会」

これまで二ヶ月一回のテンポで開いてきた「折出ゼミ」のメンバーが、標記の会を開いてくれました。参加は私を入れて9名。場所は、名古屋市内の「黒牙」という和風フランス料理の店で、教員仲間ではよく知られた隠れ家的な雰囲気の店。

メンバーの内、このたび現職教員で修士課程修了者も二名居ます。この方たちへのお祝いも兼ねて。

みんなで、還暦の記念品をプレゼントしてくれました。一つは、赤のバラを含んだ明るい色合いの花束。二つ目が、わたしがループタイの愛好家なので、琥珀のいい模様をつかったループタイ。ループは渋い、銀色系。そして三つ目は、この日の様々なショットをいずれアルバムにまとめての贈呈だそうです。

会のはじめに、還暦をむかえての思いを語れ、との司会者のMさんの指示だったので、次のような三つの話をしました。つまり、ここにたるまでに三つの大きな岐路或いは転機があったと。一つは、かつて大学院修士課程を修了する時期に、当時の講座教授のY先生から、地元の県教育委員会の指導主事をやってみる気はないかと勧められたのを一晩寝ずに悩んだあげくに、お断りして、講座の助手を務め、そして博士課程に進学したこと。自分は、教育行政の中に入って人事や教育現場の管理統率をやることには向いていないと思ったからです。

二つ目は、今から約18年くらい前に、当時の出身大学大学院の講座に事情でポストの空きがうまれ、戻る気はないか、と講座主任教授からこれまた勧められたとき、これも悩みに悩んで、この愛知の地にとどまったこと。もしこれを受けて現地に赴任していたら、わたしの人生は大きく変わったでしょう。

そして三つ目は、一昨年、2007年の初冬におこなった次期学長選挙で友人の松田正久氏が立候補して、第1位となり学長選考会議を経て正式に学長就任となり、氏の指名で引き続き理事(総務担当)に就くことになったこと。研究職のまま定年を、と思いこんでおりましたから、これもまた大きな転機でした。

振り返ると、どの岐路においても、どうしようか迷いながらも自分にとって茨の道が予想されるのにそちらを選んできました。その選択のたびに揺れましたが、ただ、自分としてはこういうことがやりたいから、こっちを選びたい、困難ではあってもそれもまたおのれの試練だろう、と言う思いはありました。そこで、会食の場にいたゼミの方たちにも、「これからもいろいろと迷うことや岐路に立つでしょうが、難しい道ではあっても自分がそれをやってみたいと思って選ぶのなら、何ら悔いはないし、必ずや何らかの成果が出るから、がんばってほしい」と語りました。

それがわたしからの贈り物です。もう一つ。この日のために、パーカーのボールペンに「還暦記念 折出健二」と朱の文字で刻んだ品を業者に発注しておきました。どうにか間に合いまして、それを皆さんへのお礼として贈りました。

村上春樹氏の記念講演

作家・村上春樹氏がイスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞し、2月15日、エルサレム国際会議場で受賞記念講演を行いました。時はまさにイスラエルのガザ地区空爆が行われた直後であり、氏の講演はその点で注目されました。

以下は、そのスピーチの中でも最も聴衆にインパクトを与えた部分です。

"Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg." Yes, no matter how right the wall may be, how wrong the egg, I will stand with the egg.

<高くて頑丈な壁と、壁にぶつかれば壊れてしまう卵があるなら、私はいつでも卵の側に立とう>  ええ、どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立ちます。
(以上の英文及び訳文は『毎日新聞』サイトから引用です。URL=http://mainichi.jp/enta/art/news/ アクセス日 09.3.2.)

氏は、体制を「壁」、市民個人を「卵」にたとえ、個人をまもる、つまり人間の尊厳をまもりぬくことを強く訴えたわけです。「壁」とは爆撃機、戦車、ロケット弾の(イスラエルの:注記)軍事力であり、「卵」は「押しつぶされ,熱に焼かれ、銃で撃たれた」市民です。「どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても」という言い方に、氏の並々ならぬ決意が込められています。

講演後、聴衆は満場の拍手を贈り、地元メディアは、氏の上記の言葉などを引用して報道し論評はひかえたようです。

右脳・左脳、受動脳・能動脳、動物脳・人間脳

最近読んだ中から一冊。『人に向かわず天に向かえ』(小学館新書)。著者は、東京都立駒込病院の脳外科医長・篠浦伸禎氏。多くの臨床例を基に、「私心にとらわれることなく「公」を考えることが脳に新しい回路を開き、「志」を持つことがストレスを乗り越える脳を作る。脳の「いい使い方」が幸せに生きるための鉄則だ」(同書ブックデータより引用)というのが要旨。

同書によると、『安岡正篤 人間学』を神経疾患(うつ、自律神経失調)の患者に手渡したところ、一定の効果が見られたそうです。「公共的」なことや「志」など人間的なものを志向する脳の作用(これを人間脳と著者は呼ぶ)に鍵がある、という臨床的な仮説として提起しているところがとても興味深い点です。

本の標題は、西郷隆盛の言葉を取っています。

ところで安岡の本は、帝王学とも言われ歴代の政治家たちが読んできたものらしく、中身は論語や儒学の解説なので、それ自体には私はあまり賛同しません。しかし、標記のように、脳は相反する対の要素を持った集合組織であり、動物に比べて8割近くを占める大脳新皮質(前頭葉、側頭葉を含む)の働きを自覚して、人間の自己形成作用を軸にして、それら対立する要素をうまくバランスよく働かせる(弁証法的な活動のさせ方)ことが、ストレスにとらわれない生き方、あるいはうつや神経症に陥らない生き方に繋がるとの提言には学ぶ面があります。

30年臨床現場で活躍してきたベテラン医師らしく、気負いのない平易な文章で、先端の脳科学を解説しながらの人生論・処方論なので、通勤の行き帰りにさっと読みやすい。

この本の終わりに、標記の脳の要素(6つ)にそって簡単テストが付いており、わたしは「左脳・能動脳・公的タイプ」と出て「冷徹な実務家タイプ」というのにあてはまりました。つまり、じっくりと分析して合理的に判断し、社会に役立とうとアクティブに動く。むしろ、「右脳・能動脳・公的型」の「人情家タイプ」を、と予想したのですが、やや意外。

もう少し周りの人に情の厚いふるまいをしながら、自分の中でバランスを取らないといけないのかなと少し反省も(笑い)。この本を読むことでストレス解消にもなります。

Congratulations!

第81回米アカデミー賞が2月22日(日本時間23日)、ロサンゼルスのコダック・シアターで開かれ、「おくりびと」(滝田洋二郎監督作品)が外国語映画賞、「つみきのいえ」(加藤監督作品)が短編アニメーション賞をそれぞれ受賞したと報じられました(新聞各紙)。

「おくりびと」はまだ観ていないので、はやくDVDで観たいのですが、いろいろの情報では、主演の本木雅弘さんが納棺師の役作りでも、またその前職であった山形交響楽団のチェロ奏者の演技でも、すごい熱意と努力で取り組んだそうで、それらを読んで感心しました。

山形交響楽団の実際のプロデューサーが映画では指揮者として出演されたそうですが、彼がある新聞夕刊に書いた随筆によると、本木さんは数ヶ月間チェロ演奏の指導を受けて、ロケーションの時にも現地の方々を前にして実際に自分で「第九」を演奏したそうです。

なんとかお客さんに喜んで頂きたい、という本木さんのプロ意識の現れ、と筆者は絶賛しておられましたが、すこし彼を見直しました。彼が11年前にインド旅行で「死者」のテーマにぶつかって以来暖めてきたテーマで、それを今回映像化するに至った、自分が納棺師役でそのテーマを演じきったというのも、すごいことです。滝田監督も、表彰のステージで自信をもってスピーチをしていました。

中沢新一さんが23日夜のNHKラジオで、この受賞についてコメントしていました。9.11以後も、ハリウッド映画はCGを多用して作り物の映像を多く出してきた。それでは「死」は軽く扱われ、ほんものを描けない。これに対して、たいして場面も変わらずお金も使っていない日本の「おくりびと」が、アメリカのひとびとに深い感銘を与えたということ、9.11の悲しみと本当に向き合う映画がここにあったと言うことではないか、と。

あらためて、おめでとう!

25周年 メッセージ

2009.3.20に愛知の臨時教員制度の改善を求める会が25周年の記念行事を行います。その集会に、以下のメッセージを送りました。

運動の中にひそむ「たからもの」を大切に            
            折出 健二

このたび貴会が25周年を迎えられたことに対して、こころよりお祝い申し上げます。

この間の運動が実って、教員採用試験の年齢制限の見直し、教員採用に際しての臨時講師としての実績の一定の評価、そして大分の事件も契機となった教員採用基準の公開など、早くから貴会が要望してきた諸課題のいくつかが実現される状況になってきています。こうした動きには、貴会を支持してこられた多くの教職員・保護者・市民の共同の力が働いていることは言うまでもありません。

 とはいえ、まだまだ教員採用の公平性・透明性を確保し、これを市民の共同資産に加えていくためには、乗り越えなければならない課題も多いと思います。

 何よりも、こんにちの子どもたちの多様なニーズに応えられる教師とはどのような資質を備えた教師なのか、という教師像の探究は依然として大切な課題だと思います。臨時的任用という不安定な雇用条件の中でも、子どもたちと出会う夢をいだき、彼や彼女の葛藤に寄り添いながら一緒に人間的自立に挑んでいこうとされる臨時教員のかたがたこそ、その教師像を問い続ける独特の視点をもっているのではないでしょうか。

 というのは、あなたがたは常に、子どもたちの生活の困難さを自分の劣悪な雇用環境と重ねて捉え、子どもたちの不安や葛藤を、自分の生き方に伴う苦悩や揺れと通じ合うものとしてその「声」を聴き取ることができるからです。

 つまり、共苦の連帯と言ってよいつながり感がそこにはおのずと生まれるからです。臨時的任用という雇用環境にめげないで、その改善に取り組み、教師として生きる道をさぐるその努力の過程に、どんな教職テキストにもない、子どもが求める教師とは何かという問いかけとその応答がひそんでいます。その「たからもの」を見失わないで、今後も、堂々とこの運動を継続し、その一方で全国的ネットワークを更に強化される様、陰ながら応援しております。

以上、簡単ですが、25周年に当たりましてのお祝いといたします。

映画「青い鳥」

重松清さんの原作を映画化した表題作をDVDで観ました。映画館では昨年の11月29日より封切りされ上映されてきたようです。吃音の臨時講師を演じた阿部寛は、この演技で評価され、第63回毎日映画コンクール男優主演賞を受賞したと、先日、「毎日新聞」で報じられていました。

わたしがこの映画を観たのはある事情からです。実は、3月7日に、CAPNA(子ども虐待防止ネットワーク・あいち)の主催でいじめ問題を考える集会が、ウィルあいち(名古屋市内)で開催されます。前半でこの映画の上映・鑑賞がおこなわれ、後半ではその映画を観たあとに弁護士のかたと折出が対談をする構成になっています。

ストーリーは、東京のある公立中学校2年1組で、いじめ問題が起こり、全員から恐喝を受けていたとされる野口君が自宅で自殺未遂をして助かったものの、すぐに転校していったという「事件」後に、担任が休職となり、そこへ講師・村内がやってくるという場面設定です。

そのクラスの園部という男子生徒の視点を物語展開の語り手的位置に置いて、野口君をいじめていた中心の井上・梅田両生徒の対立、女子の中にも潜在しているいじめの兆候などクラスの人間関係、そして当該クラスに「反省文」を何度も書き直して完成させたことでこの「事件」にたいする教育的指導を果たしたと考えている学校の管理職層の姿などを、やや重たい映像を通して描いていきます。

わたしはまだ原作は読んでいないのですが、映画としては、こういう重いテーマに挑んで、良い作品になっていると思います。カメラの位置が、たとえば着任の初日、教室に向かう村内の足元をずっと追っていくアングルとか、教卓の位置から生徒全員をゆっくりみわたすカメラの移動のさせかた。そして、場面ごとに挿入される園部君の視線、表情が、無言のカットシーンで重ねられていきます。

そのため、観ているこちらが、いま村内先生はどんな気持ちか、なぜそうするのか、園部君はどういう思いで村内先生の言葉を聞いただろうか、などと自己内対話をもとめられるような画面構成になっています。まさに映像そのものによって語らせるつくりかたです。村内先生が吃音ということもあり、多弁ではないことがその画面構成とうまくあっています。

村内先生は、ときどき校舎の屋上に上がって、手帳に挟んでいる写真を見ています。それはクラス写真らしく、中央に笑顔の村内がいます。そしてカメラはゆっくり動いて、写真の右手にいる表情の曇った男子を映します。推測ですが、かつて村内が担任していたクラスでも同様のいじめ事件が起こり、その結果、その男子が転校していったか、あるいは自殺したか。担任の村内にとって衝撃的な出来事が起きたのだろうと思います。その激しい動揺や混乱などによるストレスの結果、村内は吃音という症状にいたったのではないかと。

彼は国語の教師で、授業で自分が教科書の音読をします。ということはもともと、国語の授業を普通にやっていたということでしょう。生徒に読ませず、吃音のある自分がゆっくりと教科書の音読をする。ここにこの作品のもう一つのテーマが「言葉」であることが象徴されています。流ちょうかどうかは関係ない。本気で読めば、本気で語れば、生徒には伝わると。

とはいえ、「問いかけ」型映画である宿命でしょう、全体的に重いです。せりふの一言一言も。

くわしいコメントは、当日までとっておくことにして、弁護士さんとの対談を楽しみに。




最新の拙稿 Info.:2008年12月現在

◇拙稿ではありませんが、ご紹介を。
今からおよそ20年前に起きた富山市での女子中学生「いじめ自殺」に関わる、これまでの取り組みをまとめた『いじめの記憶〜ひとりで悩まないで』が地元の桂書房(代表 勝山 敏一;富山市北代3683-11)から刊行されました(12月17日付、定価2000円)。著者は、彼女の両親である岩脇ご夫妻です。

この事件ではご夫妻が学校の安全保護義務違反として富山地裁に提訴し訴えが認められず、名古屋高裁金沢に控訴しましたが、敗訴。原告証人として教育学者や臨床家が証言台に立ちました。要点を言えば、その生徒が受けて被害はいじめと認定されるが、そのことが自殺につながるとは予見はできないし、学校側に過失はない、という判決でした。

これまでの20年余、ひたすらなぜ彼女は自らの命を絶たねばならなかったか、それだけを明らかにしたいがために多数の支援者に支えられ取り組んでこられました。その意味でまさに労作です。
                *                  *                        

◇田中孝彦さんや庄井良信さんたちと共同で取り組んできた臨床教育学研究の到達点をまとめた『創造現場の臨床教育学』(明石書店)が、12月10日付で刊行されました。
わたしは、カナダのトロント大学実験校の視察を交えながら「スローエデュケーティングと臨床教育学」について書きました。

◇長野の信濃教育会が発行する『信濃教育』09年1月号に「教師論」を書きました。「アザーリング・プロとしての教師〜他者から学び、他者を育てる」です。400字で10枚余。「アザーリング」で、ここまで踏み込んだ提起はこの論文が初めてです。(12/4)

◇『生活指導』09年1月号に全生研第50回大会分科会の内容を基にして、「新教育基本法の子ども観・教育観」について短い論文を書きました。また、同誌2月号に、「教育実践をつくりだすリーダーシップとは何か」と題して、教師の仕事の他者性、公共性、普遍性を論旨とする論文を書いています。

◇『新小学校学習指導要領 改訂のポイント』が増刷

柴田義松監修の標記の新刊書が日本標準から刊行されました。A4版、173ページ。価格、2,000円+税。

私は、「特別活動」について解説をしました(100〜105ページ、各ページ三段組み)。

まだ刊行されたばかりなのに、早くも出版社から1500部増刷、との連絡が入りました。反響が大きいということでしょう。(7/23)

◇私が編者となりました下記の教職テキスト二冊が刊行されました。
『生活指導』『特別活動』:いずれも1800円+税。

どうぞご一読ください。また、教職科目のテキストとしても選定の対象にしていただければ幸いです。
くわしくは、下記へお問い合わせください。
学文社 〒153-0064 東京都目黒区下目黒3-6-1 TEL.03-3715-1501(代) FAX.03-3715-2012.



◇全国唯物論研究協会(哲学の全国学会)の30周年記念誌第三巻「暴力を超える」のある1つの章を担当して執筆しました。「市民的自立の学校」(400字、約50枚)



新刊

下記の創風社のホームページに記載されているので、ご覧ください。

同社から刊行した前二作も合わせてこの機会にお読みいただければ、なぜ、いま「集団づくり」の捉え直しと「教育の公共性」を追求しているのかがわかっていただけると思います。

折出 新刊 こちらから



私版本の普及にご協力を
               

私版本『弁証法のレッスン』を昨年、自費出版しました。通販ルートを介さないので、読者のみなさまのご協力をお願いできれば幸いです。詳しい内容は、「生活指導ナウ」のコーナーに載せています。
ネットでお申し込みの場合、当ページのメールアドレスに。

なお、愛知教育大学生協書籍売り場で扱っています。また名古屋圏のかたは、市内新栄にある「ほっとブックス新栄」、市内大幸町にある「書店大地」でも扱っていますので、何か機会がありましたらご覧ください。


最近のいじめ問題に関して、いじめ自殺をどう見るかを含めた私見については、

いじめについて語るに掲載しました。

いま新たな貧困層として改革が求められる「ワーキングプア」に関するTV放送番組の骨子を、

子ども・若者の現在と未来 〜暴力を超えて〜 THE PRESENT AND FUTURE OF CHILD AND YOUNG PEOPLE, BEYOND VIOLENCE

に書きました(07.2.)

教育再生会議第一次報告をどう読むか、並びに教育基本法改正をどう見るか、の関連トピックスは、
教育改革とわたしたちの研究・実践課題 PROBLEMS TO BE SOLVED AND EDUCATIONAL REFORM

に移しました(07.2.)。

 


 以前の「メッセージ」は、下記の各コーナーに保存しています。過去約5年間の発信の内、こんにちの子ども・教師・親、学校教育そして文化的なトピックスに関するものをアレンジして、上掲の私版本『弁証法のレッスン〜暴力・平和・他者』として刊行しました。どうぞご参照ください。


常設のトピックス&情報 2009

「以前のメッセージ&情報」、「新刊 わたしの書評」、「教育改革とわたしたちの研究・実践課題」を更新しています









以前のメッセージ&情報 THE FORMER MESSAGES & INFORMATION

子ども・若者の現在と未来 〜暴力を超えて〜 THE PRESENT AND FUTURE OF CHILD AND YOUNG PEOPLE, BEYOND VIOLENCE

いじめについて語る SOBA(Symposium of Bullying in AICHI/ SPEAKING ABOUT BULLYING)

新刊 わたしの書評 BOOK REVIEW

生活指導 ナウ JUST NOW LIFE GUIDANCE STUDIES

教育改革とわたしたちの研究・実践課題 PROBLEMS TO BE SOLVED AND EDUCATIONAL REFORM

わたしの生活指導研究関連著作 MY WORK ABOUT LIFE GUIDANCE STUDIES

プロフィール MY PROFILE〔縮小版〕


あいち県民教育研究所のホームページにつながります。

全国生活指導研究協議会(新ホームページ)のホームページにつながります。

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そのときは、Explorerの「ツール」で「インターネットオプション」をクリック。「詳細設定」をクリックの後、その中の「ブラウズ」に移って、「いつもUTF−8としてURLを送信する」のチェックをはずしてください。

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