新著刊行(2009年)
このたび、哲学の学会である全国唯物論研究協会の三十周年を記念して「哲学から未来をひらく」三巻本が企画され、その第二巻『生きる意味と生活を問い直す〜非暴力を生きる哲学』が刊行されました。豊泉周治・佐藤和夫・高山智樹編著、青木書店刊、7月23日発売、定価 3800円+税
全11章の論集のかたちです。わたくしも、「市民的自立の学校〜関係性の再構築」という論題で書きました。他に片岡洋子さんや佐藤和夫、後藤道夫さんたちが書いています。
以下は、2009年9月時点での最近の論文です。
「原則と柔軟さ」愛知生活指導研究会(全生研愛知支部)40周年記念誌(7月発行)。
「競争的自立観の矛盾と混迷を超えて」『生活指導』2009年5月号、明治図書、78〜83頁。
「道徳教育とアザーリング」民主教育研究所編『人間と教育』62号、旬報社、09年6月刊。
「道徳教育とは何か」開隆社編『KGKジャーナル』09年5月中旬刊。
新著刊行=その2(2008年)
教師教育テキストシリーズとして、次の二冊の編集をになうこととなりました。両著とも、これまでのテキストとは少し違う視点を打ち出したいと考え、構成を工夫しました。2008年4月に無事に刊行することができました。それぞれの巻において執筆していただいた研究者の方々には感謝いたします。
『教師教育シリーズ12巻 特別活動』学文社。定価;1800円+税。新刊の出版社サイト こちらから
『同上シリーズ13巻 生活指導 』同上。新刊の出版社サイト こちらから
全生研常任委員会編著『全生研五十年の歩み』自家版。2008年8月刊。A5版、312頁。これは、全生研大会基調提案集成の第四集となるもので、過去十年間の基調提案を収録すると共に、最近の研究動向について、竹内常一氏をはじめ数名の常任が執筆しています。私も、当時は常任委員会代表でしたので「まえがき」を書いています。
これは市販されていないので、直接、全生研のHPから書記局宛に申し込んでください。
新刊=その3(2007年の新刊情報)
(以下は、当時の筆者メッセージ)
新刊が、7月10日頃には店頭に出ました。
また、下記の創風社のホームページに記載されているアドレスから小著を注文していただけば、所定の料金で発送してくれます。
前二作も合わせてこの機会にお読みいただければ、なぜ、いま集団づくりの捉え直しや教育の公共性を追求しているのかがわかっていただけると思います。
角岡さんの表紙画が今回はいっそう輝いています。あえて、フラメンコの踊りと観衆との一体感の出る画を採用しました。
そこから生じるメッセージを敢えて表せばこうなります。ーーーー
教育現場の実態は、確かにキビシイ。
でも、「このステージフロア」に立ってみて、「いま、ここで」「ダンスしよう(実践しよう)」。
子どもという未知の他者、同僚という共闘する対話者、保護者という市場の中で翻弄され苦悩している生活者・市民とつながり、見守られながら。
時には、その「ステージフロア」を離れて、外から、あるいはバルコニーから、見直してみよう。
いま、教育という仕事の意味を問いながら、懸命に生きようとしている自分を。
ある愛おしさを持って。
そして今一度、元気をもらって、その「ステージフロア」に立ってみよう。
今までとは、「ダンスする」位置どりや仕方を意識的に変えながら。
『月刊 クレスコ』三月号に「『いじめ・いじめられ』を子どもの関係性の回復によって超える」と題する論文を書きました。
『子どもの荒れにどう向き合うか〜いま、教師でありつづけるために〜』
ある教師の嵐の一年と、挫折・失踪からの立ち直り。リアルな実践書、苦悩する教師を励ます一冊。刊行されました!
杉田雄二(全生研会員)著、(折出健二 コメント)
高文研、2月1日発刊予定。四六判、160ページ。本体価格 1200円
主な内容:
第一部 “全面戦争”からの生還 (嵐の一年の実践をリアルに展開)
第二部 嵐の一年を振り返って
対談 杉田・折出
コラム 問題を抱えた生徒と関わるとき
出版社のHPはこちらです。
子どもの荒れにどう向き合うか
新刊等=その4 執筆&取材記事(2007年)
下記の他にいま、教職テキスト『生活指導』『特別活動』(共著、学文社刊、今年刊行の予定)と、全生研常任委員会編著の新刊(夏の大会までに)に取り組んでいます。(上記参照)
2007年6月には、教育方法学会の『教育方法学研究』に「いじめ問題」について掲載。また、同学会誌(公刊)『教育方法36』に、柴田義松氏の新著についての書評掲載。
7月までには、全国唯物論研究協会年誌『唯物論研究』の「自立/連帯」特集で、教育学の立場から、50枚相当を1本。
10月頃までに、同じく同研究協会編の講座ものの、ある一巻の中で、教育学の立場からいじめ・暴力について。
【以下は、2006年の活動】
あいち民研通信、12月1日発行号に、「相次ぐ自殺 何が問われているか」(約5200字)を書きました。
岡山県に本社のある『山陽新聞』記者から取材がありました(11/17)。
『読売新聞』中部支社版、11/16朝刊に、談話として載りました。
『中日新聞』11/15朝刊に、「学校への提言」と題する取材記事が載りました。
愛知教育大学発行の広報誌『CAMPUS NOW』最新号(第5号)の「研究室紹介コーナー」で登場し、研究活動の話の一環でいじめ問題について述べています。
『しんぶん赤旗』から取材があり、11月14日付日刊第一面に、「学校の対応、どうあればよいか」などのインタビュー記事が載りました。
『朝日中学生ウィークリー』11月19日号に「いじめにつながる先生の言動をどうみるか」で、第一面にインタビュー記事が載りました。
『女性のひろば』1月号に、いじめ問題にとりくむ教師集団のありかたをのべた長文インタビューが載りました。
『新婦人しんぶん』11月第4週号に、いじめ問題にどう取り組むか、の小論が載りました。
『生活指導』(明治図書刊)12月号に小論を書きました。
日本民主教育研究所編『人間と教育』第51号(旬報社、06年9月刊)に、あいち県民教育研究所の共同執筆による論攷が載りました(総ページ、16ページ)。「父母住民教職員の共同を求めて」というタイトルです。
村田徹也『愛知の民間教育研究運動の歩み』風媒社、2006年の書評を書きました。あいち民研の会員通信96号『あいち民研』(10月発行)に掲載されています。関心のある方は、下欄の民研ホームページから、事務局に問い合わせてください。掲載号を送ってくれるはずです。
2006年4月より、慶応大学法学部政治学類の学士入学・正科生として通信教育でおもに政治学関係を学びました。大学教員にも現職の再教育的な機会が必要だし、またそうあってよいと考えておりまして、その実践でもありました。しかし、思いがけない状況に至り、2007年4月に国立大学法人愛知教育大学の理事に就任し、勉学も併行で工夫をしましたが、多大な業務の下では無理と判断し、2007年度をもって退学せざるを得ませんでした。
以下は、慶應大学でのはじめての夏期スクーリング体験の記録エッセイです。新規書き込みの順になっています。
慶應義塾大学スクーリング(その7)
夏期スク−リングの二科目の試験結果が届きました。
「社会政策論」「政治学特殊」ともに「A」でした。欠席なしで、フルにノートを取り、試験前日のまとめ勉強もしておいたので、まあ自然な結果でしょう。
慶應義塾大学スクーリング(その6)
入学後はじめての夏期スクーリングも無事終わりました。「社会政策論」「政治学特殊」ともに最終コマは筆記試験でしたが、出題範囲も事前に予告されていたし、資料やノートをすこし見直してそれなりに準備はしたので、ほぼクリアできました。
通信教育は体力勝負・・・というのもわかります。一定の単位を取るにはこのスクーリングは不可欠で、一日、朝の8:50から夕方4:50まで七日間、集中講義を受けるのはなかなか大変です。
わたしにとっては、会議や事務的なことなどからいっさい離れて、社会科学の内容のことに集中できたのは逆に楽しく、充実できた貴重なタイムでした。
それと、若手の講師の授業にたいする真摯な態度にも教えられました。受講者が圧倒的に社会人ですから、そういう配慮は当然かもしれませんが、資料作成も丁寧だし、質問への応答も誠実でした。政治的なことにもさらっと応答してくれて、かえってよかったと思います。
慶應義塾大学スクーリング(その5)
【閑話休題】今日は授業は休みです。前もって、井上ひさし作・こまつ座公演「紙屋町さくらホテル」を予約していましたので、それを紀伊國屋ホール(新宿)で観ました。
時は昭和20年の5月、広島。市内紙屋町のあるホテルに泊った名優・女優を核に移動演劇隊「さくら隊」が結成され、公演をすることに。標題はここから来ています。
二人のプロをのぞいてみんな素人。演じることの中に、各人の人生を映し出させる台詞をふんだんにちりばめて、井上独特のユーモアもあり、さわやかに笑える場面が次々と出てきます。が、徐々に、何のための戦争(本土決戦)か、何のための国家か、を観客に問いかけてきます。
築地小劇場の小山内薫ら先達の「演劇」観も役者の台詞を通して、わたしたちにメッセージとして呼びかけてきます。
山場では、世界に共通して否定の言葉には「N」が含まれる、との新理論(おそらく井上の考え)をのこして学徒出陣をし戦死したある青年学徒の生き方に焦点が当てられます。手帳に最後までつづられた「おとん、おかん」という両親への叫びを、彼の指導教官で言語学者の大学教員が涙ながらに読むあたりで、クライマックス。
「俳優とはどういう存在か」「演劇とは何か」「なぜ平和でないと演劇はできないか」など、井上ひさしたちの思いを込めて、現代の「戦争責任」を照射する、見事な構成。
休憩を挟んで、たっぷり3時間余の舞台は、緊張感と集中力のあふれるすばらしい展開です。
わたしにとっては、「政治学」特別演習のような時間となりました。これも単位になるかな・・・・まさか(^^
慶應義塾大学スクーリング(その4)
今日は、午後の授業「政治学特殊」で、ゲスト講師として下記のとおり小林氏が「日本の政治経済の課題」と題して90分、レクチュアをおこないました。定評の通り、時にはユーモアを交えた無駄のない展開で、ぴたっと時間通り、よどみなく話しました。
お昼過ぎから空模様が悪くなり、その講義の最中から、雨と共にすごい雷の音。この日吉キャンパスは小高い丘にあるせいか、何度もバリバリッという炸裂音を伴う雷が鳴りました。
小林氏の講義が、そんな雷にも負けないくらいのダイナミックな内容であったことを付記しておきます。二件だけ紹介すると、氏の予見では、次の自民党総裁は誰になろうとも、「ちいさな政府」と「機会の平等」主義でいく限りはそう変化はない、とのことです。
また、氏の「国家債務のGNP比推移」でみると、戦前の軍部が中国侵略に乗り出した1930年代と、いまの「短期債・借入金」の状況が全く似ている。かつてのように戦争をすぐ起こすわけにはいかないが、そういう社会状況にあることはしっかりと見ておく必要があると、氏はコメントしていました。
ちなみに落雷で山手線がしばらく普通になったほどです。
学生の身としては、雷は落ちても、単位は落とすな、ですね・・・・(^^
慶應義塾大学スクーリング(その3)
「社会政策論」では「労使関係」「労働安全衛生」でしたし、これまた質問を兼ねて補足の発言をしてしまいました。
担当教員の方は非常に熱心で、14回分すべての講義レジュメと資料を印刷して配布してくれました。出席は取らなくても、午前の授業にもかかわらずいつも受講者数はほぼ同じ。専門は障害者福祉で、後半の授業は少子・高齢化社会における社会政策の課題を論究の予定で、ご自身の専門性発揮と思います。
午後の「政治学」の明日は、TVにも登場している小林良彰氏(同大法学部教授)がゲストで、話をするとのこと。
食堂も広く、美観もいい。メニュー、価格とも「A」ですね(^^
慶應義塾大学スクーリング(その2)
東京も台風が通り過ぎると、今日は真夏日。どうにかスクーリングも元気でやっています。
「社会政策論」の本日講義は、「賃金」「労働時間」でした。過半数代表者として労使協定などいろいろ勉強したこともあって、内容はよくわかりました。
受講生から講師に「みなし労働」について質問があり、講師がやや困った様子で応答をしたので、しかもポイントをずれていましたから、(よぜばいいのに)補足の発言をしてしまいました。
午後の「地方自治」の講義も系統立って聴くのは初めてで、資料に書き込んだりして、集中しました。
広いキャンパス、整った勉学の環境、そして学びたいという人々の教室空間。「オジンくさい」といわれるでしょうが、これが大学の授業のイメージ。
慶應義塾大学スクーリング
同大学日吉校舎でいよいよ始まりました。東急東横線「日吉」を降りるとすぐ前がキャンパスへの並木道。さすが私学は良い立地で校舎を建てていますね。
「社会政策論」「政治学特殊」。ともに若い講師。慶應大出身者です。前者では講義の展開にややもどかしさを感じ、「質問時間を取ってください」と伝えて、そのタイムの時に、新自由主義と社会政策との関連で発言しました。
午前、午後と、びっしり日程が詰まっていますが、教室の雰囲気は真剣そのもの。社会人の方々の意気込みを感じます。
緑の多い、ゆったりとしたキャンパス。私語もなく、ゆるやかに流れる時間。階下にみた別の教室は、階段教室が受講者でびっしりと埋まっていました。
出席の記入用紙が回ってきましたが、すべてのかたが「03」「04」で始まる学籍番号。通信教育課程三年生以上なのでしょう。
【付記】大学生協の提携宿泊所「コープイン渋谷」は立地も良いし、部屋にインターネット接続ジャックがあり、朝の軽食(パンやおにぎり)は無料提供と、なかなかいい条件です。
さて、ここからはわたしの生活指導研究の経歴にかんする記事です。
最初の単行本は『学習集団の指導過程論』明治図書、1982年です。
大学院の所属講座が、教授学、とりわけ授業における集団と学習主体について共同研究をしていましたし、その実績では教育方法学分野では全国的にも知られていて、ここで学んだことが基になっています。34歳のときの著書で、いまは品切れ。いつの日か、抜本的に全面的な書き直しを、と思っています。
二作目は『人間的自立と教育』青木書店、1984年です。
これは、卒業論文でとりくんだヘーゲルの弁証法的な人間形成観、ひとことでいえば、個人は社会的共同体や歴史的な理念と出会いながら自己を陶冶して、別の質的に高い自己へと変革していくという過程主義の見方を、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』を手がかりにのべたもの。
この本で、わたしの自分史にもふれたさいに、父親のことを少しだけ書きました。刊行は8月だったのですが、父に渡して(読んでくれたのかどうか)そのことを伝えた後、父はその年の10月に急逝しました。そのようなわけで、思い出の書です。いまは品切れですが、このまま絶版にしておいたほうがいいでしょう。
三作目は『人格の自立と集団教育』明治図書、1986年です。これは、修士論文「訓育過程の社会心理学的基礎」を基に、おもに旧東ドイツの集団論をとりあげ、日本の発展もみすえながら論じました。
すでにその時点で、当時の東ドイツの研究者の「集団絶対化」にちかい見解に疑問を持ち、修論の中では批判的に書いたのですが、不十分でした。その後すぐに、ご存じのようなソ連・東欧革命が急速に進行し、教育と集団についてはわたしも東欧の当時のマルクス主義教育学にたつ論議に影響を受けていたので、かなりショックでした。そのための自己点検をかなり時間をかけてやりました。
半面、当時のドイツ語文献をよみながら、疑問点も多くいだいておりました。それを追求する自分の枠組みの大事さを痛感。それ以後、近代の肯定・否定面を追究したヘーゲル哲学の再学習と、社会論・経済論からも摂取するようにして、自分の枠組みを確立することをいっそう重視するようになりました。
この書物は、論理展開は堅い半面、難解な印象をあたえるようですが、「自立論」の(生活指導研究における)1つの節目になっているといえます。
その後、共著刊行の仕事がいろいろありますが、割愛しまして、次に挙げるのは『相互自立の生活指導学』勁草書房、1993年です。「自立」を主題にしたものとしては3冊目です。
1991年の4月から1992年2月まで10ヶ月、文部省内地研究(内地留学)として広島大学教育方法学講座にお世話になり、院生達と議論をかわす中で、博士論文にとりくんだのです(実際はそのための草稿作成)。
400字で700枚くらいのものを草稿として仕上げたのですが、どうも構成と展開に納得がいかず、その作業は継続とし、その半分の内容をアレンジして出版したのが、この書物です。実質は自費出版です。ですから定価も3300円もします。勁草書房は印税を支払ってくれて、それをふくめて一定冊数を買い取りましたが、わたしの関与した出版社の中では一番誠実ですし契約関係にきちんとしたがっています。
1994年11月、愛知県西尾市で大河内清輝君(当時中学2年、13歳)が長期にわたるいじめに耐えかねて自殺する事件が起きました。わたしは、1991年に設立された会員制の「あいち県民教育研究所」の研究部長に就いていまして、この事件についてすぐに資料をあつめ分析を開始しました。対応は早かったといえます。
そしてプロジェクトを組んで、翌年の8月から定期的に現地調査に入り、これらの討議や他の地域(新潟・千葉など)の同様の事件の考察をもとに、はじめての新聞連載を執筆しました。「中日新聞」の「いじめの構図」(96年1月〜4月)です。
この連載と、この間の学会・研究会等でのいじめ問題報告とをまとめて単行本にしたのが、『子育て・教育 とも育ちーーいじめ克服と自立』中日新聞本社、1996年です。
主に父母・市民を対象にして読みやすい文章で、論述の質は高く維持する、という志で書きました。
タイトルは、はじめは「いじめ克服と自立」がメインであったのを、同社出版局の次長がひっくりかえしたほうがいいい、と判断してこうなったのです。もちろんわたしも同意しました。
これは、わたしの一連の著作ではたしかに一番読みやすいものになりました。編集担当者が教育問題にうといらしく、どんどん疑問をだしてくれるものですから、かなり書き直して、わかるように書いたからです。
最近の著書・論文としては、次のものがあります。
『子どもと青年の心の援助』ミネルヴァ書房。2001年。
これは、竹中・近藤・加藤という日本福祉大学の教授三氏の編著で、「臨床」と福祉・教育との総合的な解明を意図してまとめられています。
わたしも「いじめ・学級崩壊」の章を担当して書いています。愛知県下で大学に勤めていて、こうした近隣の方々と共著をくむのはこれが初めてです。
『変革期の教育と弁証法』創風社、2001年10月下旬刊。四六判、320ページ。
これは、ここ4〜5年に書いたものをベースに、少年事件等子どもの暴力的関係性を超える教育学・教育研究・教育実践の体系的な探求をめざして、久々の単著としてまとめたもの。弁証法はわたしの学部時代からのテーマでして、この方法を駆使した考察、という意味でタイトルに。表紙画は、知人で画家の角岡正卿さんの作品、スペイン古都トレドの名画を使わせてもらいました。
『臨床教育学序説』(共著)が、柏書房から刊行。2002年。
これは今関心の的である「臨床」の概念を多角的に検討する為におこなわれた、日本教育学会の3年にわたる課題研究をまとめたもので、田中・小林・皇の三氏の編著。わたしも生活指導研究の立場から執筆しています。
創風社からの第二作目です。現代の教育課題を市民的自立にあると捉えた上で、その市民的な関係性を教育の次元でいかに具体化していくか、そのさいに、従来からの「集団」論に対する自己検証wが必要であるとの立場から、集団の指導論では全国的に知られている全生研のかつての集団論に批判的な検討を加えました。 「市民的公共性」も本書のキーワードの1つです。表紙画は、ふたたび角岡さんの協力を得ました。ベネチアのサン・マルコ広場。すばらしい画です。四六判、302ページ余。巻末に「索引」も付しました。
これ以外に、共著に収録した最近の論文を年代順にみると、以下のようになります。
「仲間関係の抑圧性と解放性・・・大河内君事件の調査分析をとおして」『講座学校C 子どもの癒しと学校』柏書房、1995年12月刊、所収。
「いじめ問題の新しい展開」『生活指導』1997年4月号、明治図書。
「いま、子ども・青年に求められるもの」『生活指導』97年5月号臨時増刊号、明治図書。
「時代の転換期と生活指導の課題」『生活指導』97年11月号臨時増刊号、明治図書。
『月刊 生徒指導』(学事書房)の1997年4月号から98年3月号までの1年間、「いじめーー自立への問いかけと関わり」を連載執筆しました。
上記の大河内君事件をふくめ、新潟、長野の「いじめ・自殺」に関わる親をまねいて「いじめ問題全国シンポジウムin長野」が98年5月に長野市内で行われました。そのときの記録を中心に、堀尾輝久・折出健二・野口清人編『いじめ・自殺 子を亡くした親たちのメーッセージ』かもがわ出版を出しました。
最近の「荒れ」問題については、全生研常任委員会編『中学生の荒れをどうするか』大月書店に執筆。
「『新たな荒れ』をどうとらえるか」を『子どもの文化』11月号(子どもの文化研究所)に執筆。
これら子ども問題と教育改革を結びつけた論議として、「少年期疎外と教育改革のあり方」を『愛知教育大学研究紀要』第48輯に発表。99年3月刊行。希望者には抜き刷りをお分けします。
このたび、次の書籍が刊行され、それぞれに私も関わりました。機会がありましたら、ご一読ください。
全国生活指導研究協議会常任委員会編『立ちつくしている教師におくる10章〜「学級崩壊」の広がりの中で〜』大月書店、同『暴力を超える』大月書店が刊行されています。
読み応えのある内容です。定価は、ともに1500円(税別)。
梅田修・八木英二編『いま人権教育を問う』大月書店。第8章「いじめ問題の克服と教育実践」(折出)
茂木俊彦・清水貞夫監修『転換期の障害児教育』三友社出版。
「第4巻 現代の子ども問題と発達支援」(折出健二編)は、序章・本論11章と補論からなる、トータルな子ども問題の書にできあがりました。執筆も、教師・弁護士・社会福祉論研究者・不登校論研究者・大学院生と実に多彩。
ただ、全6巻とビデオ3巻のセット販売。
全国唯物論研究協会年誌第4号に拙稿「ヘーゲル『精神現象学』におけるアザーリングの問題と教育実践」(60枚)が収録されています。上記の最新単行本に収録しました。
全生研常任委員会の共著『子ども集団づくり入門〜学級・学校が変わる〜』明治図書、200ページ。シンプルで素晴らしい装丁の本にできあがっています。
そして、子ども論から入って、学級や学年での実践指導論、学校論、そして子ども集団づくりの思想。全体を貫く教師論。
詳細は下記の明治図書サイトでご覧ください。「立ち読み」もできます。
子ども集団づくり入門
業 績 目 録
氏名 折出 健二
題目 | 掲載誌名他 (共著者名) | 執筆頁 | 発行所または発行機関 | 発表年月 |
【著書】 子育て・教育 とも育ち 東海発教育子育てシリーズ3 学びあい育ちあいの学校づくり 講座学校4 子どもの癒しと学校 荒れる中学生をどうするか いじめ自殺 〜子を亡くした親たちのメッセージ 転換期の障害児教育第4巻 現代の子ども問題と発達支援 いま人権教育を問う 立ちつくしている教師におくる10章〜「学級崩壊」の広がりのなかで | 単 山田正敏他17名 柏木修他13名 野口清人他5名 八木英二他8名 折出健二他9名 | 166 11 6 16 20 16 | 中日新聞本社 あゆみ出版 柏書房 大月書店 かもがわ出版 三友社 大月書店 大月書店 | 1996.11. 1997.2. 1998.6. 1998.8. 1999.5. 1999.5. 1999.7. |
【論文】 いじめ問題と管理主義教育 教えと学びのダイアローグとしての生活指導〜共同・自治への新たな展 開 困難をかかえる子どもと学校改革 〜いじめ・自殺の角度から〜 いじめ問題と子どもの自立についての研究〜大河内君事件の聞き取り調査を通して〜 「指導」概念の再構成 〜「支援」「援助」との関係で 共同論ノート(T) いじめ〜自立への問いかけとかかわり(連載) 時代の転換期と生活指導の課題 生まれながらの心の闇はない 異議や要求を語りひらく共同体を 〜なぜ子どもはキレるのか〜 学級経営のポリティックス 〜子どもと教師の関係性〜 人間的自立の弁証法と生活指導 〜子ども問題を読みひらくこと〜 子どもの“新たな荒れ”を考える 〜“新たな荒れ”とは何か〜 少年期疎外と教育改革のあり方 子ども社会の暴力的関係性に挑む 〜暴力を超える勇気と自治を子どもたちに | 『季刊エデュカス』第8号 『竹内常一教育のしごと』第5巻 『日本教育学会第54回シンポジウム記録』 『あいち県民教育研究所年報』第4号 日本教育方法学会編 『教育方法25』 愛知教育大学研究報 告第46輯 『月刊生徒指導』 『生活指導』第520号 『平和教育』第53号 『生活指導』第525号 『体育科教育』4月号 日本教師教育学会編『日本教師教育学会年報第7号』 『子どもの文化』9月号 愛知教育大学研究報告 第48輯 『生活指導』第547号 | 7 29 12 10 9 各4 8 6 8 3 8 9 8 | 大月書店 青木書店 東京都立大学教育学研究室 あいち県民教育研究所 明治図書出版 愛知教育大学 学事出版 明治図書出版 日本平和教育研究協議会 明治図書出版 大修館書店 八千代出版 子どもの文化研究所 愛知教育大学 明治図書出版 | 1995.4. 1995.11. 1995.12. 1996.5. 1996.10. 1997.3. 1997.4~1998.3. (6,7月号は除 く) 1997.11. 1997.12. 1998.3. 1998.4. 1998.9. 1998.9. 1999.3. 1999.11. |
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