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「副学長だより」(115)教員養成制度改革のゆくえ(その3)
09年10月15日、KKRホテル東京において、日本教育大学協会による学長・教育学部長連絡協議会が開催され、わたしも初めて参加してきました。はじめに、文科省関係者を代表して、徳永高等教育局長のあいさつがありました。
その要旨はこうです。
現在、教員養成のあり方について鈴木文部科学副大臣と協議をすすめている。教員養成に関する最近のマスコミの報道は「誤報」である(したがって、このページの「だより(114)」であげた下記の報道記事も:折出注)。まだ、何も決まってはいない。
(今協議していることの論点は)、「教員養成の全体像」を明確にすること、「教員養成6年制」の目的も検討すべきこと。教員養成における専門教育の残された課題は端的には「どう教えるか」の問題である。新設の「教職実践演習」の具現化に大きな期待を寄せている。免許法のバックグランドのうえに、上記科目を一定期間をかけて組織的に教育していく必要があるが、その指導体制がいまの大学にあるのか、が問われる。
その具現化にとって教職大学院がその端的な例となる。また、大学全体の教員養成を考えれば、教育学部以外の学生に対する「教職実践演習」を教育学部で担える体制が必要となる。実践的な教育が肝要だが、教職大学院の長期の実習にその例は認められるが、いまの教職大学院の成果を示していくことが大事だ。つまり、教育委員会から高く評価される教師をどれだけ送り出していくか。その意味で、わたし(徳永氏)は、「教員養成のプロセスとしての教職大学院」と言ってきた。それは、単に現職教員の研修機関ではなく、ということ。「教職実践演習」を2年間かけておこなうくらいの構想が大事で、その意味では教職大学院の役割が重要になる。
(この後に、中期目標計画のことや予算の話が少し出ましたが、割愛します。)
会議後の「情報交換会」(懇親会)での冒頭挨拶でも、大臣官房高等教育審議官は、マスコミが報じていることはあくまで流動的なことだと述べていました。こうした一連の発言からは、そうした「改革」の動きは文部科学の政務三役のレベルのことであって、官僚としては関与はしていませんよ(させられていませんよ)、と言っている様にも聞こえます。大学教育に携わる者としては、こういう動向は先が見えにくいし、とてもやりにくいことは確かです。
「副学長だより」(114)教員養成制度改革のゆくえ(その2)
『朝日新聞』10月14日付朝刊(名古屋本社版)は第一面で、「教員を続けるために10年に1度大学などで講習を受け修了することを義務づけている教員免許更新制をめぐり、文部科学省の政務三役は13日、10年度限りで廃止する方針を固めた。制度は今春始まったばかりだが、現場にはかねて『教員としての技量向上に効果があるかどうかは不透明』『ただでさえ忙しい教員がさらに疲弊する』という批判がある。文科省が同日開いた有識者との会合でも批判的な意見が強く、制度を続ける必要性がないという判断を固めた」と報じました。
日本教職員組合、全日本教職員組合が共に、同制度の廃止要求を強く求めてきておりましたので、そうした背景もあると思います。民主党にとっては日教組は重要な支持母体の1つですから。
さらに、同日の夕刊で、「文部科学省の政務三役は、大学の学部4年間だけでなく大学院の2年間も必修とし、修士号を免許取得の条件とする『教員養成課程6年制』を導入する方向で検討を始めた。現在は2〜4週間の教育実習についても1年間に延ばす考えで、子どもと向き合う経験を増やし、よりていねいに教員を養成する方針だ」と報じています。
「6年制」への移行は「免許更新制」廃止に代わる教員の資質向上の方策として民主党が打ち出しているもので、その内容は、このページの「だより(112)」で書いたとおりです。
上記の制度改革が具体化され実施にうつされるまでには、なお時間を要すると思いますが、教員養成の国際化の観点から見れば、教職という専門職者が修士課程を修了して現場の仕事に就くのは当たり前という流れです。それだけ、4年間の学部教育(学士課程)で、学校教育という狭い視野ではなく、現代社会と文化・自然に対する深い見識を養うべきだということです。総合人間科学とでもいうべき、教育学部にとっての新たな人間学的な教養教育の構想が求められていると、わたしは考えております。
1つの問題は、教員養成の現場にいるわたしども大学教員・職員が、そのような教育学部構想の意識転換をどうおこなっていくか、そもそもそのような意識改革でこれからの5年、8年を乗り切っていけるか、にあります。また、いま1つは、教員養成に対する市民の世論です。「教師バッシング」を越えた、ほんとうに教師に期待する、その中身です。子どもの成長を介して、その専門職者である教師の養成と現場に出てからの成長を、市民は市民なりの立場から、援助していくという考え方です。ここが市民社会に根付いていかない限り、制度の実質化がむずかしい。
10月24日の「大学改革シンポジウム」では、文部科学審議官の話の中でそのあたりに踏み込んで聴けると期待していたのですが、審議官自身は外国公務のためにどうしても 都合がつかないこととなり、欠席となります。昨日14日に判明しました。が、同省の代理の方に話をしてもらえることになっています。
「副学長だより」(113)新型インフルエンザに関するウイルス学研究の示唆と現場の状況
R.コッホ賞受賞者でウイルス学の研究者である河岡義裕氏(東大・感染症国際研究センター長)と、同じ分野で東大のウイルス感染分野助教である堀本研子氏の共著『インフルエンザ パンデミック 新型ウイルスの謎に迫る』(講談社ブルーバックス、09年9月20日発行)を、新聞広告を見てすぐに買って読みました。
「理科好きの中高大生」に読んでもらえる様にまとめた(「あとがき」より)というだけに、九つの章はそれぞれにわかりやすい説明であり、しかも、いまパンデミックの対象とされる「豚由来の新型インフルエンザウイルス=A型、H1N1亜型)の病原性の程度、ワクチンに対するその耐性の可能性、そして今後への見通しなどを、副題の通り「謎解き」のように述べていく展開は、惹きつけられる内容です。これも通勤の行き帰りに一気に読み通しました。以下は、私から見たその要点です。
まず、上記の新型ウイルスは、人類が出会う全く新しい抗原タンパク質を持っていること。そこにこの危険性がある。このA型ウイルスは、HA,NA,M2というタンパク質で表面が埋め尽くされているウイルスで、このタンパク質を「鍵」とし、侵入してぶつかる細胞側の受容体(レセプター)を「鍵穴」とすれば、「鍵」と「鍵穴」が一致するときに、ウイルスは細胞表面にとりつくことができる。細胞は細胞膜によって閉じた構造であるが、タンパク質の様な巨大な分子をその膜をくぼませて丸呑みして取り込む。この仕組みを利用して、ウイルスは自らのタンパク質成分ゆえに細胞に丸呑みされる形で細胞内に侵入する。
しかし、細胞への吸着は同時に増殖ではない。吸着した細胞(宿主細胞)の成分を使いながら、ウイルス自身がタンパク質を造成し、自分の「子ども」を造る。そのさいHAタンパク質が働く。次に、こうして出芽した「子ども」ウイルスは、細胞表面からNAタンパク質の働きで切り離され、他の細胞へと活動を開始していく。ここから増殖が始まっていく。これに対して、私たちのからだは、細胞からサイトカインという物質を出して、ウイルスの増殖を抑えようと反応する。それの副作用が発熱、悪寒などの症状である。
さて、このような増殖の仕組みを持つウイルスが、いまなぜ新型ウイルスとして発現しているのか。河岡氏たちの国際的な共同研究によると、鳥→豚、ヒト→豚のウイルス感染は知られていたが、豚には両方の受容体があることがわかり、豚の中で、両ウイルスによる遺伝子再集合で新たな雑種が発生したと推測される。こうして、鳥インフルエンザウイルスが豚の体内で、ヒトの細胞の受容体に感染しやすい(吸着しやすい)型に変わったことも実験で検証されている(アメリカのCDCセンターで)。
また、鳥インフルエンザウイルスの受容体が、水禽類だけではなくヒトにもあることも実験で証明され、この間の死亡例も医学臨床的には裏づけられた。
新型ウイルスが季節性インフルエンザウイルスと違うのは、ヒトの肺のあらゆる部位の細胞に吸着しやすく、増殖して呼吸困難、肺炎を発生しやすい点だ。そのため、新型は低病原性であるとはいえ、「季節性と同じ」とあなどってはならない。その伝播力、細胞に吸着後の増殖力からすると、危険性は高い。
ワクチンの作用は、上記の、細胞吸着のHAや細胞からの離脱作用のNAを破壊したり抑止するためのものだが、この作用にも限界がある。なぜなら、新型ウイルスのHAなどのタンパク質を構成するアミノ酸配列が、これまでの増殖・伝播の過程で変化してしまうと、以前のアミノ酸配列を想定したワクチンの作用ではその変化後のアミノ酸の活動にまで作用できない事も起こりうるからだ。
また、新型に対して「60歳以上はすでに免疫の可能性がある」と報じられたが、これも河岡氏たちが検証した結果、2009年3月のメキシコ発生の新型ウイルスにたいする抗体をもっているのは、スペイン風邪が流行した1918年以前に生まれた91歳以上にほぼ限定されることがわかった(同書、222頁)。だから高齢者といえども、日頃から予防をしなければならない。
タミフルやリレンザの新薬は効果を持つが、季節性ウイルスと新型ウイルスとが遺伝子再集合をしてあらたな耐性を持ったウイルスが広がると、きわめて対策上困難が生じる。そこから先は、ウイルス学の立場からも未知の世界らしい。
以上が、同書の、私なりにつかんだ重要な点です。予防の励行、早期の治療というのがいかに大事か、です。
また、学校現場では、新型インフルエンザの感染が拡大し「学級閉鎖」「学年閉鎖」に追い込まれて頭を悩ましており、そのご苦労を察します。
そういうときに、高性能の「空気清浄器」を教室に据えることで感染抑止を、という情報が流れ、これを設置する動きもあるやに聴きました。しかし、勤務先の産業医H教授に業者カタログもふくめてくわしく調べてもらった結果、家庭使用の場合とは違って、たとえば小学校で約190立方メートルもある教室空間で使用するには、いくつか問題点があります。密閉した状態で清浄器を二台置かないと理論上は効果がないし、なおかつ一台当たりでいけば25分くらいでようやく教室内の全空気を一新できる。これらのことからすると、仮に二台置いても、45分の授業中に、子どもの咳やくしゃみで発生する飛沫が一定時間の間に対流して、かえって感染を促進するおそれがあるとのことです。
適度の換気、マスク、うがい、手洗いの励行、抵抗力を付ける食事の摂取。やはり対策の基本は大事だと思います。
「副学長だより」(112)民主党の教員養成制度改革のゆくえ
鳩山政権の教育改革がどうなるのか、わたしたち役員の間でも話題になっています。学長からの情報提供もあって民主党HPを見てみると、今年の6月10日に、参院本会議において同党提出の教育改革関連3法案を賛成多数で可決したとあります。しかし、そのような法案が決まったとは伝えられていません。つまり、当時の自公政権のもとでは廃案になったわけです。
その3法案は、「教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案(教職員免許制度改革法案)」「学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法及び簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律の一部を改正する法律案(教員数拡充法案)」「学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案(教育環境整備法案)」の3つです。
このうち、「教職員免許制度改革法案」は、教員の資質及び能力向上のため、大学での養成過程の充実を図るとして、これに伴い教員の免許制度を専門免許状と一般免許状とに分けています。そして、一般免許を得るには修士の学位が要件であるとしています(同法案第五条全般、とくに同1項五号)。そのためには教職大学院やその他の大学院において、一年間の教育実習を含む2年間の大学院修士課程修了が必要であるとしています(同前)。
一般免許状を取得した者が、実務経験(学校経営とともに企業や団体の組織運営の実務も含む)8年以上を経て教職大学院で所定の科目を履修した場合に、専門免許状を授与する、としています(第五条1項三号)。
また、第五条2項では、教職経験8年以上を超える者は専門免許状の取得をめざす努力義務があるとし、同3項は、免許の任命権者側に、そのような履修の機会保障を努力義務規定としてうたっています。さらに、一般免許状授与希望者は修士の学位を取得するために大学4年間の上に更に学費を必要とするわけですが、同法案では、経済的負担軽減のため特別の奨学制度を設けるとしています(第五条4項)。
これらは麻生政権では実現に至らなかったものの、ここまで法案が整備されているのであれば、鳩山政権としては、これをまた「ゼロ」から起こしていくとは考えられず、全くそれらと同じではないにしても、このときの法案の基本ラインが、今後の針路を暗示しているとも言えます。(09.10.1.)
「副学長だより」(111)09年度補正予算の執行停止
09年9月18日付で、文科省文教施設企画部計画課より、標題の通知が勤務先にも来ました。これは同日、鳩山首相が閣議において「基金事業/ 独立行政法人、国立大学法人、官庁の施設整備費/ 官庁環境対応関係」について「事業の執行の一時留保」を要請することとなったからです。
すでに、同政権にあっては「子ども手当」を含む約7兆円の財源確保からも、前麻生内閣のときに組んだ補正予算に対して、財務の無駄をなくすという見地から全般的な見直しの方針である、と報じられていましたが、予想通り、国立大学法人にもやってきました。「当該法人が契約済み・支出済みの場合を除き」「自主返納」または「交付辞退」を要請してきています。そして各大学ごとにその案をまとめて10月までに報告せよ、と。
勤務先の場合には、対象となるものはそれほど高額ではないのですが、地上デジタル対応の事業でしたので、もし停止となれば、今後は法人独自に検討するか、再度、次回以降の概算要求であげるか、になります。
「副学長だより」(110)教育創造開発機構
09年9月16日は、日本の市民社会にとって文字通り「政権交代」という新たな歴史の始まりの記念日となったようです。実は、同じ日、勤務先でも新たな歴史の一頁に繋がる出来事がありました。
今年の春から約半年かけて大学にあったセンターの統合再編を検討し、ようやく5センター14部門からなる「教育創造開発機構」を立ち上げるに至ったのです。そして、そのセンター長、センターの専担教員、兼担教員のかたがた、またこれらの各センターに対応する事務の課長のかたがたが一堂に会して、10月1日からの発足のための共通理解と合意をはかったのです。その会合の冒頭でおこなった折出の挨拶を以下に掲載します。
「副学長だより」(109)職場づくりセミナー
09年9月11日、「働きやすい職場をつくる7つの方法」と題するワークショップ・セミナーに参加してきました。主催は社団法人中部産業連盟、共同企画・日経ビジネスで、講師は細川馨氏(ビジネスコーチ株式会社 代表取締役)。会場は、名古屋市内の中産連ビル地下1階のセミナールーム。受講者は約50名で、経営トップや管理職層が目立ち、女性も約二割いました。
講師によると、リーダーの条件には(1)自分の能力を高める (2)他の人と共に仕事をする、の2つがあります。これまでは「自分ががんばる」タイプのリーダーが主だったが、そのためにセクションの部下には抑圧的に作用した面がある。そうした背景から、自殺、鬱病も生じてきた。成果主義や上司の言動行為が鬱や自殺問題に影響していることがいろいろ問題になっている。
ほんとうは経営者の改革こそ、求められている。欧米では経営層のセミナーは当たり前になっている。
講座のポイントをまとめますと、まず「思考の枠」が硬い傾向にあるので、これを柔軟に変えていくこと。そのために、職員との対話、また「ニュートラル」なアドヴァイスを心がけること。合い言葉は「Help more、Judge less」(職員への援助を多くし、(こちらの)判断・意見は少なめに)だそうです。
リーダーとして気をつけるべき事は「提案が命令になる」こと。つまり、正しい提案も間違った提案も、部下にとっては命令となって作用すること。そして、職員との良好なコミュニケーションのために、話す前に深呼吸をし、「(今から言おうとすることは)話す価値があるのか」と自分に聞くこと。
グループセッションでは、「働きにくい職場度診断」表にもとづいて各自が診断、それを4名のグループで出し合い、どうしたらよいかを話し合いました。業種は違っても管理職には共通する「悩み」があることがよくわかりました。
次におもしろかったのは、職員は大きく「行動傾向別」のタイプ(以下の4タイプ)の特徴を何らかの形でもっているので、これをうまく想定してコミュニケーションをつくりだす、というコーナー。たとえば、仕事の頼み方一つとっても、現実派には「君に任せるよ」と信頼して丸投げしてやらせてみる。社交派には「任せるのは、君だけに」と相手への信頼を示す。
理論派には「データなどをもとに、正しくほめる」。友好派には、「一緒にやろう」といって誘い、「チームのためになっているよ」と評価し、仕事の途中経過も相談にのってあげる、など。
その他にも、相手の話のペースに合わせながら助言する「ぺーシング」やいろいろのスキルをやりました。もちろん、いずれもまだほんの「入り口」の段階でしょう。午後1時半から、途中休憩10分をはさんで4時半まで、みっちりとつづいたセミナーだったが、ワークショップの活動場面がおもしろくてあっという間に過ぎました。
わたしのグループは製造業、営業関係の中間管理職者のようで、異業種のよさで参考になりましたが、彼等からするとわたしは「友好派」タイプだそうです。あまり対立をこのまず「合意」がキーワード。なるほどね(笑)、かなり当たっているかも・・・・。こういうワークショップは課長クラスがどんどん交代で受けて、研修を兼ねて研鑽を積むべきでは無かろうかと感じました。
「副学長だより」(108)オープンキャンパス雑感
勤務先では7月27/28日に「オープンキャンパス」を実施しました。「105号」の記事でしるしたとおりです。その参加者のうち、アンケートに答えてくれた人が約1,350名いまして、その結果をまとめたものが最近の役員会等に示されました。
『リクルート・カレッジマネジメント』誌158号(2009年9−10月号)では「高校生の進路選択行動を科学する」という特集を組んでいて、その中でも「学校主催イベント=オープンキャンパス」についての意識を聞いています。対象は、全国の高校卒業者89,000人で、その進路先は大学・短大・専門学校です。実施時期は2009年3月。
オープンキャンパスの参加理由は「自分で行きたいと思ったから」「学校の宿題や授業・行事だったから」の順で多い。そこで「知りたかったこと」は「キャンパスの雰囲気」「学校で勉強できる内容」「在校生の様子や雰囲気」「自習室や教室などの雰囲気」「取れる資格」の順。
実際に参加して「良かったところ」は、ほぼ上記と同じ順だが、「先生の話・対応」が第4位に、「入試の説明」が第5位に入っている。また、そのイベントの「役立ち度」は全国的に95.3%の人が「役に立った」をあげている。第一志望も含めて「イベント参加時の志望度」としては、「第一志望だった」「いくつかの候補の一つだった」を合わせた「志望校想定」であった人が全国で83.9%であった。
その他の項目は割愛して全体をまとめると、高校生の「学校選択の重視項目」としては、全体では「学びたい学部・学科・コースがあること」「校風や雰囲気がよいこと」「自分の興味や可能性が広げられること」「就職に有利であること」「資格取得に有利であること」が上位5位を占めています。
「偏差値が自分に合っている」は16位で、以前の様な、偏差値による大学選択といわれた傾向はかなり変わってきていることがうかがえます。
今一度、勤務先のことに話を戻すと、アンケートの自由記述にも、上記の全国調査の傾向は出てきています。本学の雰囲気や、専攻・選修ごとに分かれて行う説明会での、大学教員の説明や在校生の話や雰囲気について感想を書いているものがかなり目立ちました。本学は緑が多いので、それを高い好感度で取り上げた声もありました。中には「食堂の○○がとても美味い」というものありました。半面、注文もいろいろとあります。全体会の説明の仕方から、資料の配り方まで。また、「1年生の演奏を聴いて、実技のレベルがわかりました」という、「聴く耳」のスルドイ方も(笑)。
何かを求めてきている高校生たちは、新鮮な感覚で、「大学という空間」を観察してくれるようです。(09.9.9.)
「副学長だより」(107)集中講義
愛知県内のある私立大学の教職科目のために集中講義を行っています。その大学は、もともとは保育分野の短期大学であったのですが4年制大学の保育学部を併設・再編し、その中で2008年度概算要求で保育学部での小学校教員養成コースの設定と課程認定を行いました。そのとき、知人の学部長さんから「特別活動の指導法」で担当の依頼を受け、2008年からそのコースが新設されたので、昨年、そして今年と授業を受け持っています。いずれも8月最終週の集中講義です。
役員職のわたしの業務事情からはこの時しか日程が取れないので、受講者(同学部2年生ほぼ全員、130名余)には気の毒なのですが、やむをえません。「教職単位のために、と思うとこの集中も受け身になってしんどいから、この際4日間の『教育特別セミナー』を聴くのだ、そうしてプロへの心構えをつくるんだと思ってください。かならず保育者になっても得になる話があります」と、朝の始まりで話して、受講者のモチベーションを高めました。我ながら、学生サーヴィス精神というか、やや経営的な視点が出てきているかも(笑)。
今日(8.27)は、大阪の清水裕紀子さんの小一の実践記録を全員で読み取って発表し、意見交換したり、学校行事の領域を中心にレクチュアをしたりしました。
さすがに第三限になると寝ている者も出てきますが、わたしが今までであった実践事例をできるだけ織り交ぜながら話すこともあってか、それでもけっこう聴いてくれています。それから、はっきり物事を言うようにしています。「自分の言葉にルーズで、どういおうと私の勝手よという人は、教職には向きません。止めた方が良いです。子どもがかわいそうです」と。わたしは話術は得意ではないのですが、やはり、最後は「講義の中身で惹きつける」の原則で行くしかないですね。
初日の感想文で、ある学生から「オーリー」とニックネームまでもらいましたが、どうもこういうのは似合わないですね、わたしには。基本が硬派に近いタイプなので。そこで、いつも大学のオフィスではスーツかジャケット姿でやっていますが、この集中ではすこし自分らしい雰囲気でスタイルの切り換えをしてみようと、今日は「黒のTシャツ」に綿麻のかるい薄緑のジャケットに濃い紺のパンツ、というラフな格好で行きました。明日はどうするか。
「副学長だより」(106)10月のシンポジウム(再掲)
国立大学法人愛知教育大学・社団法人国立大学協会の共催でおこないます「2009 大学改革シンポジウム:学校と地域をつなぐ新しい教師像と教員養成を探る」の最終企画が、以下の様になりました。参加無料で、どなたでもご参加頂けますので、今からご予定に入れて頂いて、どうぞお越しください。会場も名古屋駅から歩いて5分の、すぐ側にあるところです。
パネリスト
清水 潔 文部科学審議官
木村 隆夫 愛知教育大学教職大学院 特任教授
大河内 祥晴 愛知県西尾市在住 保護者
コーディネーター
折出 健二 愛知教育大学 副学長
後藤 ひとみ 愛知教育大学 教授
◇開催場所 名古屋ルーセントタワー会議室(16F)名古屋駅から徒歩5分
「副学長だより」(105)夏に思う
このところの局地的豪雨は、気象庁の予報さえも超えるほどの猛威で、被災地の方々におかれてはまことに心労多く、お見舞い申し上げます。
7月には、2010年度概算要求(プロジェクト・組織再編・設備)、同施設要求そして法人運営の諸課題の3件について文部科学省によるヒアリングが行われました。今回は、昨年度よりも厳しいな、ということはそのやりとりで感じました。さらに、別の日程で、入学定員割れとなった11大学を対象に教職大学院のヒアリングも行われました。
8月に入っても、しばらくは授業があります。授業回数の15回確保のため、6月の教育実習分を補うなど、授業の完遂でこうなります。また、8月中旬からは教員免許状更新講習が8月末まで連日行われ、担当教員の方々はその準備や講義等で、夏休みどころではありません。
側聞では、8月に再度人事院勧告が行われ、12月期末勤勉手当における0.3月分の減額、さらには基本給自体の削減も取りざたされているとか。この辺は、8月末の衆議院総選挙結果しだいでさらに変動するでしょう。
そうした給与・人件費問題も含めて、2010年度以降の財務運営はいっそう厳しさを増します。民主党政権への移行がクローズアップされる昨今ですが、同党の高等教育政策、国立大学法人に対する政策に関しては未知の部分が多いし、同党が基本的には市場原理、新自由主義の方策を踏まえる政策を採るのであれば、事態はやはり厳しい方向に向かうと思います。
そのようなやや重い話題の中で、本学が開催した「オープンキャンパス」(7月27・28日)には、二日併せて3200名を超える高校生が参加してくれました(前年度比400名増)。これに約400名の保護者等を加えると、過去最多の参加者です。二日目開催の大学院説明会は100名余でした。ぜひ本学受験のトライを期待しています。
「副学長だより」(104)葬儀での弔辞
7月9日、午前11時〜12時、春日井中央斎場に於いて、松田正久学長の奥様ご逝去による葬儀が春日井市内で行われました。その際、友人であり役員の一人として弔辞を供しました。以下が、その全文です。
「副学長だより」(103)「御霊返しの儀」に参列
奈良教育大学教授で、日本教育方法学会理事などの他に文科省関係の委員も務めたことのある上野ひろ美さんが、6月19日午後、急逝されました。
わたしは、20日に出張先の新潟でこの連絡を受け、驚きました。これから大学の要職等でいっそう能力を発揮されることが期待されていた方です。彼女は、わたしと同窓の広島大学教育方法学研究室の後輩にあたります。教授学の他に幼児教育分野でもすぐれた業績をあげております。
この間、しばらく体調を崩しておられるとは側聞しておりましたが、まことに残念です。つつしんで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りします。
学長の代理も兼ねて6/22の儀式に参列してきました。場所は、奈良市内の「ならやま」会館で、神式でした。仏教の通夜に当たります。
喪主である弟様にもお会いしお悔やみを述べました。また、奈良教育大学の柳沢学長、重松理事など関係者数名にもお会いし、お悔やみを申し上げました。
故人の遺影は、和服姿で柔和にほほえみかけている写真で、印象的でした。ご親族や奈良教育大学関係者、そして彼女がこれまで関わった学習集団研究や幼児教育研究の関係者らしい方々で、およそ二百名のイスは殆どいっぱいでした。
神式に則り、いくつかの「儀」のあと、「御霊返し」「祝詞」がおこなわれ、厳粛なうちに終えました。
【追記】上野さんは、公表されている様に、現学長の任期満了に伴う選考の結果、今年の10月から奈良教育大学長に就任が内定していました。その意味でも、この急逝は惜しまれます。弟様と話した際に、「東京へ会議で行ってその日のうちに帰る、ということを何度も繰り返していましたから」と言っておられました。たぶん、ある審議会委員を務めていた頃のことでしょう。
「副学長だより」(102)大学改革シンポジウム
このたび、国立大学協会との共催で下記の様な「大学改革シンポジウム」を行うことが整いました。これは国大協が次号の公募をしていたのに対して本学が企画申請をして認められ、具体化したものです。ご多用の中、お引き受けいただいた方がたには感謝いたします。
近日中には、国大協でも、本学HPでもご案内をすることになります。以下は、その原案です。
2009 大学改革シンポジウム 学校と地域をつなぐ新しい教師像と教員養成を探る
揺れ動く現代を見すえ、子どもたちを育てみずからも育ち合う新しい教師たち。
学校と地域がつながることで、学校はよみがえる。そこに教育の希望があります。
これから、国立大学教員養成系学部・大学は、どのような教員養成を実現していくか。
教職員、市民、教職志望の学生の皆さん、ぜひご一緒に考えてみませんか。
パネリスト
横須賀 薫 前宮城教育大学長 同名誉教授
玉井 日出夫 文部科学審議官
木村 隆夫 愛知教育大学教職大学院 特任教授
大河内 祥晴 愛知県西尾市在住 保護者
コーディネーター
折出 健二 愛知教育大学 副学長
後藤 ひとみ 愛知教育大学 教授
◇開催日時 2009年10月24日(土)午後1時半〜4時半
◇開催場所 名古屋ルーセントタワー会議室(16F)名古屋駅から徒歩5分
◇無料 どなたでも参加できます
◇共催 国立大学法人愛知教育大学・社団法人国立大学協会
「副学長だより」(101)60周年記念
勤務先の大学は、1949年に新制大学としてスタートしてから、60周年を迎えました。6月1日が開学記念日でした。名誉教授等を招待してささやかな懇談会を催しました。
大学の歴史からすると、明治期師範学校以来の歴史があります。 いまは、新制大学としての60年の歴史を記念して祝すことで進めておりまして、ことしの11月に記念の行事を企画しております。また、主に学生向けの記念講演シリーズで、数名の方にお話をいただけるよういま折衝中です。いずれその全容が公開されます。 わたしは総務担当理事なので、この件で、実務的な関わりをすることになりますが、たとえば構内のバス停から本部棟に上がっていくゆるやかな坂道に街灯が数本ありますので、そこに60周年記念のフラッグを掲げられないか、という話も出ております。 私のアイデアで、次の様に、「i(I)」と「U(You)」で何かが「can」というようにしてみます。 The 60th Anniversary AICHI UNIVERSITY OF EDUCATION Since 1949愛知教育大学の沿革
をご覧ください。
「副学長だより」(100)人事院勧告への対応
国家公務員の特別給(期末勤勉手当)を一般職で0.2ヶ月凍結(支給を減じる)という人事院勧告をうけてその方針が5月8日、閣議決定され、全国の国立大学法人にもその実施が求められている情勢にあります。
勧告に沿った改正給与法がいまの国会に上程されています。5月26日、衆議院総務委員会で審理が終了、午後、衆議院本会議で可決され、参議院総務委員会において審議。同本会議にて29日には可決の見込みです。
当法人では、いろいろと学長を中心に協議を重ねた結果、学長・事務局長が大臣官房人事課に出向き、当方の考え方も説明し、意見交換しました。25日には私が過半数代表者とこの件も含めた協議をもちました。
5月26日には役員会で協議し、6月の期末・勤勉手当0.2ヶ月の凍結はやむなし、との結論にいたり、27日、午後に臨時の教職員会議を開いて、この件で学長が本法人の対応を述べました。
「副学長だより」(99)新型インフルエンザへの対応
勤務先としては、対応の方針について5/12付で学長の声明を出して、ホームページに掲載しました。しかし、それ以後も事態が変化していまして、5/16に開催した後援会総会の際に、お昼の休憩をつかって学長・理事で意見交換を行い基本的なスタンスを確認しました。本日18日、改めて内容を確認してホームページで公表することにしています。
ポイントは、神戸市をふくむ発生地に帰省または旅行等による滞在をした教職員・学生について、出勤・出校をどのような扱いで対応し、感染拡大を防ぎつつ、それぞれの日常活動が機能停止にならない様にするか。また、附属学校の児童・生徒の場合にはどのように対応するか(義務教育の場合、子どもの学習権との関わりで出校停止に及ぶ場合には慎重に対処しなくてはならない)。
「弱毒性」であり、通常のインフルエンザに近い症状だ、との情報はありますが、この新型は感染力がつよく、広がりやすいし、持病等や妊娠中の方にあっては合併的な重い症状も出る、ということです。「弾力的に対応せよ」というのが、現場としては一番難しいですね。
何か発熱気味であるとか身体の不調・異変があれば地域の発熱相談センターへの連絡を構成員には要請し、少なくともマスク着用、手洗いの励行を求め、不要不急の旅行等であれば、しばらくは発生地には入らない様に注意喚起することは必要です。
大学という性格上、広い範囲の居住者、活動者がいますので、感染の場となる可能性は高いと言えますから、「過剰反応」とはならない様にしながら、ぎりぎりのラインで感染拡大を防ぐ策を取らなければならないと言えます。
「副学長だより」(98)防災管理者新規講習
消防法(1948年制定)の規定にもとづいて、事業所では防災管理者を任命しなければならず、総務担当理事を務めるわたしがその資格の講習に行ってきました(5月8日、名古屋市内)。
その趣旨は、東海地震や東南海・南海地震など大規模災害の発生が予想されること、またサリン事件の様な生物・化学的手段によるテロのリスクが今後も起こりえること、によるものです。
そして、これらを未然に防ぐことも重要ですが、たとえそれらが起こっても対応できる能力を各事業所として職場の安全管理能力として持っていることが求められています。
この講習を修了して、防災管理者資格を取りましたが、引き続いて、この6月1日から施行される改正消防法に基づく講習があるのです。それは、防災管理者として選任される・された者が受ける「防火・防災管理新規講習(2日間)」のことです。その内容は制度や管理組織の講義の他に、消防用設備等の操作要領(実技)、地震・その他の災害対策自衛消防災害対策の実施要領(実技)などです。最後に、効果測定(つまりテスト)があり、クリアできれば修了証が交付されます。
わたしは勤務先の自衛消防組織統括隊長をつとめることになるので、こちらの講習も受けなければなりません。いまのことろ7月下旬を申請中。これはこれで大変ですが、災害・テロなどリスクマネイジメントはいまや職場の役職者にとっては不可避のテーマなので、きちんとした認識をもって対応していきたいと思います。
「副学長だより」(97)愛知教育大学ラグビー部モニュメント除幕式 祝詞
本日(4月29日)、お昼より、大学グランドに於いて標記の除幕式があり、学長代理として出席してスピーチを致します。その原稿は次の通りです。
「副学長だより」(96)東海北陸地区国立大学図書館協議会
4月24日、勤務先が当番大学(当番の大学図書館)として標記の協議会を開きました。今年から東海地区と北陸地区との合同の地区を構成することと成りました。会議には名古屋大学をはじめ各大学から35名が出席。2時から4時半までの予定で、4つの報告事項、7つの協議事項について会議をもちました。
わたしは、副学長として図書館長も兼ねているので、慣例によりこの協議会の議長でした。学内では財務委員会、情報システム委員会などいくつも委員会の議長を経験していますが、図書館の業務に関わるこうした学外者を交えての会議は初めてですので、なかなか勝手がつかめず、進行にも気を遣いましたが、なんと偶然ながら、4時半にはすべての協議事項を終えることができました。
とくに電子ジャーナルに関わる契約出版社(外国の業者)との間で最近よくない事態になっている件では、次々と出席者から発言があり、どのようにまとめるかいささか緊張しました。というのも、エルゼビアという大手出版社が、2008年から2010年で契約しているにも拘わらず、その期間の途中で契約料の変更(値上げ)を言ってきた例があるからです。
この地区ではこの電子ジャーナル問題の中心校となる名古屋大学の事務の方からこれまでの経緯や現状が語られました。それに対する異論も出ました。この件だけで20分以上かけましたが、着地は、「学術情報の市場化に各大学が飲み込まれている折に、各大学の個別の対応任せにしないで、地区で共同の対応をするなどきちんとした組織対応を検討すべきだ。そのためにはシミュレーションづくりをして、出版社の言いなりではない契約モデルを開発していく」という主旨でまとめました。このまとめ方には、終了後に、ある館長さんからも評価していただきました。
終了後は、まず出席者に図書館の館内をみていただきました。そのあと、場所を移して、懇親会を開きました。その挨拶では「図書館長は夢を語る仕事だ、とおっしゃる館長の話がありますが、わたしは、一方で総務担当理事として現場のどろどろした事に向き合い、一方では館長として夢を語っていかねばならない。そのジレンマにありますが、少しでも夢を語れる様な懇親会になればと思います」と述べました。
夏季までの大きなイベントである、この協議会開催をこうして無事に終えることができました。
「副学長だより」(95)大学院の講義
国立大学法人の理事なので、教授職は離職しておりますから、通常は授業を行いません。しかし、わたしの考えでは、業務に支障のない限り、学生・院生とは授業を通じて対面することが大事だと思っております。そこで、すでに(93)でも書きました様に、教育研究評議会の承認を経て、ことしは前期で大学院の特論の講義「現代子ども発達研究特論」を行うことにしました。
18名の受講者。学部からの直進者、他大学からの進学者、そして現職教員、現職をこの春退職された方、さらにはカンボジアからの留学生三名、中国からの留学生と、多彩です。とくにカンボジアの方はまだあまり日本語が理解できない方もいて、PPTによるレジュメを工夫して英語表記もしています。
テキストは拙著『人間的自立の教育実践学』を使っています。その第一章の「人間的自立の教育思想」では、ルソーから、ペスタロッチー、モンテッソリ、ピアジェ、ヴィゴツキー、マカレンコ、そしてデューイに至る「子ども観」「自立観」「教育的指導又は支援」観をまとめて講義をしました。
この教育哲学的な主題に関しては、アメリカの女性教育学者、ネル・ノディングス『教育哲学』(邦訳)を参考にしました。彼女は批判的なデューイ継承者といえるでしょう。
今回講義に臨むに当たって、以前読んだアメリカの研究者による教授学の書『大学のティーチング』を読み直しました。
授業とは、学生と共に創るものであり、詳細な講義ノートを用意するよりも要点を確かに準備しておいて、学生の反応を読み取りながら講義で語る。その講義の場そのものを授業者にとって創造的な知の営みにしていくこと、これが講義を成功させる秘訣だ。こういう主旨のことが書いてありました。実際に、その通りだなと共感しているところです。
大事なのは「話し合いだ、作業だ」と参加の形態をあれこれ工夫する前に、「授業そのものが創造現場」である。こういう基本的な構えが、たとえ講義形式ではあっても、授業を活き活きとさせるのではないでしょうか。
「副学長だより」(94)附属幼稚園入園式
9日、勤務先の附属幼稚園の入園式に国立大学法人を代表して出てきました。今日はとてもよい気候で、園舎の周りにさいている桜がちょうど満開で、まさに祝賀の光景です。
祝辞の場では、当初予定していた祝辞原稿は胸ポケットにしまったまま、目の前の、きらきら輝いている園児たちの顔を見ながら、思い描いていたことを話しました。はじめに、「みなさん、こんにちは。わたしは、ひげジイです。じゃなくて、大学からお祝いに来ました」と切り出すと、子どもたちもどっと笑顔になってくれて、あとは話しやすかったですね。
若いご両親たちも、にこにこ顔で、わたしからすると息子や娘がいるような感じですから、気持ちをこめてお祝いのスピーチができました。
「副学長だより」(93)新年度がスタート
いよいよ2009年度が始まりました。読者のみなさまも、何かとあわただしくなっているのではないでしょうか。季節には早いが「あさがお」が肝心。あせらない、さわぎたてない、がんばりすぎない、おもねらない、です。
勤務先では、6日に、午後の4時間をかけて、新採用職員の研修を行い、学長以下各理事も含めて大学のさまざまな課題についてレクチュアを行いました。わたしも「大学運営」について、財務・人事・労働条件について話しました。受講者は教員が14名、事務職員が8名でした。その終了後、簡単な懇親会。
今年度は、1コマだけ、前期で大学院の授業を担当します。「現代子ども発達支援研究特論」です。この科目は、教職大学院を創設するに当たり、既設の教育学研究科においても教育実践や子どもの問題にじかに関与する科目を設けて、双方で教育実践や学校教育の改善・改革にとりくむカリキュラムを設定することを明示する。こういう作業課題の一環で設けた科目です。
それで、教育学分野で、誰かほかのひとに新科目を担当してもらうよりも、わたしの関連分野で設定するほうが望ましいかなということで、引き受けたわけです。
もともと学部の教育科目選択の一環で「発達支援基礎論」というのを担当していたので、わたしにとってはその高度化の授業という連続性があります。
第一回は9日で、ガイダンスの話の後すこし中身に踏み込んで話そうかと考えています。テキストは、拙著『人間的自立の教育実践学』(創風社)を使い、これを補ったり、あるいは別の角度から批判的に相対化したりして、こんにちの問題にむきあうつもりです。たとえば、貧困・格差と教育の問題など。
理事の仕事は相変わらず多忙ですが、授業担当を1コマでもセットすることで、事前の授業準備など、仕事の切り換えをすることになるし、めりはりができていいと思います。
法人化直後に理事を務めていまは他大学に転出したある知人が、理事職の当時、「毎日、書類ばっかりでうんざり」ともらしていましたが、書類の向こう側に人の組織や関係性、国の大学政策などを読む様にすれば、ペーパーではあるが、それ自体が「現実」でもあるな、と。そうすると、それほど「うんざり」にはならないように思います。
いきなり飛躍しますが、「ここがロドス(注記・ギリシャにある島)だ、ここで跳べ」の、あのヘーゲルの言葉がヒントになります。ロドス島でおこなわれた競技で勝利した若者が、郷里に戻って自慢したとき、聴いていた人が「ここがそのロドス島だ、ここで証明して見せてくれ」といったという寓話から来ている言葉です。
「今よりももっと条件がよければ、もっと時間さえあれば、わたしにはこういう能力があるのだから、その力をはっきしてみせるのに」という人も多いでしょう。そういう思いは、冷静にみると、どこか現実を回避しかねない姿勢です。ここが、その「発揮する」場なのだから、ここで実力を見せてみよう、という姿勢がいまは大事かと思います。
「副学長だより」(92)大学の入学式
4月3日、勤務先で入学式を行いました。入学者は学部・大学院合わせて1,144名。実際には、同日夕刻より行う夜間大学院や現職教員等のための入学式と合わせると、1.170名近くになります。
本学の式典では、日の丸掲揚・君が代斉唱は行いません。わたしが助手で赴任した時にはすでにその様式で行われていましたから、もうこの儀式の形が40年以上続いています。ステージ正面には金屏風、演台の横に松の盆栽という場づくり。
開始前、舞台前において本学吹奏楽団による曲目「ジュピター」の奏楽。そして舞台の緞帳が上がります。まず学長の入学宣言があり、入学代表者による入学宣誓が為されます。
学長式辞で、今回二度目となる松田学長は、国際的な問題にも視野を広げつつ、知の継承と創造に取り組んで欲しい、と述べました。続いて、これは本学の式典の特徴ですが、吹奏楽団による奏楽が行われます。次に、本学の男声合唱団による「学生歌」と民謡曲が合唱で歌い上げられました。壇上の役員席からこれらを聴いていまして、聴き惚れるほどに、奏楽・合唱ともに良かった。ちなみに本学吹奏楽団は昨年秋の全国大学吹奏楽コンクールに約40年ぶりに出場し、銅賞を受賞しました。
この日の演奏曲目は、スティーブン・ライニキー作曲「セドナ」、フィリップ・スパーク作曲「メリーゴーランド」。合唱曲は、本学学生歌と宮城県民謡「斎太郎節」。楽曲は、いずれも、春のスタートにふさわしい、明るく活気のあるものでした。
同日は、晴天に恵まれ、大学正面のバス・ロータリーから講堂につながる幹線道路の坂道沿いに植えられている短い桜並木も、ちょうど満開時期で、入学生と保護者の方々にとっては本当に慶賀のロケーションでした。
改めて、入学された皆さん、おめでとうございます。
※この記事は4/4に,一部補正をしました。
「副学長だより」(91)附属小学校卒業式 祝辞
さる3月11日、勤務先の附属岡崎小学校の卒業式があり、学長の代理で出席し、自作の祝辞を読みました。全文を以下に掲載します(原文は縦書きです)。
「副学長だより」(90)教職大学院シンポジウム
3月9日、午後、勤務先の教職大学院と名古屋大学、名城大学、愛知淑徳大学とで連携型の専門職大学院GPを獲得しており、その一年目のまとめにあたるシンポジウムが、KKR名古屋で行われました。文部科学省からは高等教育局の堀室長、岩澤係員が列席しました。堀氏には最近の教員養成の動向に関する講演をしていただきました。参加者は50名くらいでした。
そのあとのシンポジウムでは、名城大学教職センター長の酒井教授の司会のもと、愛知淑徳大学の冨安教授、本学の添田准教授それに酒井氏の三者から各大学の取り組みが報告され、それらを受けてフロアから、岐阜聖徳大学、杉山女学園大学、名古屋大学理学部の教員の方からご発言がありました。
冒頭での私の理事としての挨拶原稿は以下の通りです。実際には原稿なしで話をしております。
ご存じの様に2000年代に至る従来の教員養成は、ある予定調和的な構想の下に行われました。すなわり、一般科目を通じて市民たる幅広い教養教育を、専門分野の学問の本質に触れる専門教育を、そして教職科目で教科教育や教師の仕事を理解する教職教育を、という三部構成で考えられ、これが一人ひとりの教職志望者に調和的に獲得されて教師が養成されるというものです。全国の教員養成に取り組む各大学でこれは実践されてきました。
しかし、学習観の大きな転換、学校で生起する複合的な問題、そして子どもたちの発達課題の多様化などから照らし見て、教員養成の現状では不十分だとして2006年に中教審答申が出され、教職大学院創設もそこで提起されました。そして、第一期の昨年4月、19の教職大学院が創設され、本学もその一つです。
この教職大学院に課せられているのは、さきほどの三部構成に加える第四の領域です。具体的な教育実践の事例研究を通した総合的な実践力、実践をしながらその過程で柔軟に対応できる実践の省察力、これらをそなえる専門家養成、という領域です。もちろんこれを学部教育でもいっそう追求すべきですが、その課題に特化したカリキュラムを有し体系的に新しい教師像にせまる専門教育の機関が必要となっています。それが教職大学院です。
本学もこの課題に迫るべく、すべての授業をTT方式で行い、連携校とのつながりを重視するなど、実践的でかつそれを理論化しうる教育内容を織り込んだ教育課程を基に、これまで運営をしてきております。そのなかで、本学としては、第四の領域を特化させて探究する教職大学院はその元になる三部構成型モデルとどう接続しどう発展させるのか、という根本テーマを持っていると考えております。
そこで本学の学部以外に、学問に関わる専門教育の例で名古屋大学理学部、特色ある教職課程の立場から名城大学、愛知淑徳大学の関係者にご相談し協議を重ねまして、専門職大学院のGPの公募に四大学の連携として応募しました。その主題は、教師力の向上をめざした、学部教育と教職大学院との接続・発展を核とする教師教育の構想です。これが認められ、いまGP一年目ですが、この間の取り組みを踏まえて「中間的なまとめ」を行うこととし、今回のシンポジウムを企画するに至ったものです。
教師の実践力とは何か、その向上とはいかなる見地から探究されるべきか、は難しい課題ですが、やりがいのあるテーマでもあります。いや、教育の本来の主人公である子どもたちの発達要求に応えるにはぜひ探究していかねばならないテーマでもあります。
このあとの堀室長のご講演とシンポジウムによって課題が深められ、次の二年目におけるわたしどもの活動への示唆や留意すべき視点などをご提示いただければ、まことにありがたいと考えております。
本日はお忙しい中お越し頂いた文部科学省教員養成企画室の堀室長、同じく教育大学係の岩澤係員、そして司会を務めて頂く名城大学教職センター長の酒井教授、ご意見・ご提言を頂きますパネリストの冨安先生に感謝の意を表し、はじめのご挨拶と致します。
「副学長だより」(89)いじめを考える対談
3月7日、午後、ウィルあいちで映画「青い鳥」上映と「いじめってなんだろう」の対談がありました。主催者のCAPNA(子ども虐待防止ネットワークあいち)によると映画鑑賞も含めて270名くらいの方が参加されました。
対談は、わたしとCAPNA弁護団の女性弁護士杉浦さんとで行い、進行役をCAPNA代表の菱田さんがつとめました。時間は、映画終了後の3時半から4時半までの1時間。この場面への参加は、ステージから見る限り、50名前後の様でした。
対談は、「映画を観ての印象」「いま学校の現実はどうなっている?」「子どもの声を聴くことがなぜできにくいのか?」「これから出来ることは?」といった流れでした。が、双方の話を聴きながらすすめますので、二人ともだいぶん話し込んでいったので、もっと多面的な話題でしゃべっています。
なかでも中心は、作品に出てくる村内という教師の行動やいじめ観、そして子どもたちへのメッセージである「責任」の取れる人に、ということをめぐってでした。そういう教師の行動がなぜ生まれにくいのか、と。杉浦さんは弁護士として事件に関わり,その目で学校を見てきていますので、かなり学校の閉鎖性に対しては手厳しい。「息苦しさ」を強調していました。
わたしは、実践的研究を通じて多くの知人・友人がいることもあり、その経験からも、確かにそうした学校の現実はあるものの、その中にも変わっていく可能性はある、と主張。市民の皆さんが世論で「まっとうな学校づくり」を後押ししないと、学校の建物はあってもその中の関係性はドンドンつぶれていくのではないか、と投げかけました。また、「一人で悩まないで」とはいじめられている子へのメッセージですが、実はその言葉は教師に対しても必要なのです、と言いました。
「副学長だより」(88)労働時間短縮
昨年8月、人事院は国家公務員の労働時間を7時間45分に短縮することを勧告し、年末国会で法改正が認められ、4月から施行されます。民間の実態との差異を調べての勧告だったのですが、その後、秋の金融危機・経済不況・雇用不安定に直面して、事態はきびしくなっています。
全国の国立大学法人もこれに準じていま対応を検討しており、金沢大学が調査した資料によりますと、72大学中70大学で15分短縮を決めたかその方向での改正を進めているようです。
私の勤務先では、15分短縮をただ事務的に取り入れるのでは各課の業務の効率化や職員個々の労働計画性に転化しにくいので、今少し検討期間をおくとして、その代わりに2009年度に限って、15分短縮を集約した年間の労働時間数、およそ60時間を8時間で除したうえで調整した5日分を短縮特別休暇とする方向で固まっています。これを夏の時期、年末・年始の時期にそって職員にとってもらう方策です。
家族の交流やリフレッシュのためのタイム保障、その他購買への寄与も含めて、これも当面の一策と判断しました。
すでに過半数労働者との協議も済ませたところです。
労働時間短縮は世界の流れ、時代の趨勢ですし、本来の一日労働日の時間短縮に持って行きたいと考えます。
「副学長だより」(87)「公共性」を育てる小学校教育課程
今年の2月19〜20日、お茶の水女子大学附属小学校で「第71回 教育実際指導研究会」として、「小学校における『公共性』を育むシティズンシップ教育−友だちと自分の違いを排除せずに、理解し考える力を発揮する−」と題して公開研究会が開催されました。文部科学省から研究開発学校指定を受けていて、その第1年次の成果発表と言うことです。
ちょうど、わたしにとって会議のない第一日目のみ、参観に行ってきました。「公共性」「シティズンシップ」をどう小学校で実践化するのか。そこに興味があったのは事実です。
お茶の水女子大学附属小学校長・菅本晶夫氏による「あいさつ」の中で、研究テーマについて、「本校では『公共性』を,友だちと自分の違いを排除せずに, 理解し考える力を発揮する姿と考えています。このような子ども同士の関係性を豊かにつくるために, 学年協力担任制のもと全ての学習分野( 教科学習)で,自分と他者の『違いがあることを尊重する学習』に重点をおいています」と述べています。
さて、教育課程構成は、「ことば 市 民 算 数 自 然 音 楽 アート からだ(保健を含む) なかま」の8つの「学習分野」です。これが1年から6年までの構成の領域性です。わたしは、5年生を中心に参観しました。一日目の公開では、5年は「ことば:ニュースについて」「市民:日本の食糧問題を考えよう」「からだ:カバディごっこ」の3つが同時間帯に公開されました。
わたしは、とくに浅川陽子教諭の担当された「ことば」を参観しました。「学ラン&制服問題」「駅メロ」「コンビニ問題」について、計4つのグループが聞き取り調査などを基に発表し、質疑・討論をおこないました。これらのテーマは、前の「ことば」の時間に子どもたちから公募し話し合って絞ったものだそうです。このほかに3つくらいあります(次時以降にあつかう)。
詳細は省きますが、論理を意識してきちんと話のフレーズを文末まで言える言葉の力、子どものプレゼンの力、聴いて自分の疑問をぶつける力、グループの中にあっても他者との意見の違いを大事にして自己意見を筋を通して述べる自主性と力など、よく指導や援助が行き届いているなと感じました。今回の前のテーマである「協働するちから」の実践が生きているのでしょう。
授業公開後の協議事項は、一日目は学年別協議で、二日目が学習分野別です。各学年のテーマ追求の中で、「5年生」は「子ども達には建設的で批判的な思考と思いやりのある行動を起こす人になってほしい。そのために、意見の違いを曖昧にせず、互いに根拠を知ろうわかろうとするプロセスが見える授業をめざす。教員が日常的に授業を見合うことを大切にしている。」とあります。
参観者からは「なぜ、副題にある様に『友だちと自分の違いを排除せずに』を強調するのか」「リテラシーとして、どのようなことを核にして指導しているのか」などの質問が出ていました。
「発表要項」などと合わせて、思ったこと。(1)「公共性」「シティズンシップ」が、民主的市民の自立論から、つまりは政治主体の基礎力育成論から出てきている面も、説明を読むと読めるのですが、どうも全体としては、グローバル化のもとでの自立した日本人育成というイメージも強い。最近の政府の言う「ガバナンス」(協治)の主体形成をどう教育課程化するか、という側面が思った以上に強い感じがしました。
(2)協議会で、上記の「違いを排除せずに」の意味を、「思いやり」と説明(浅川)していたのは、やや疑問。どのような少数意見も排除しないで対話することが市民の原点、そこを大事に育てたい、くらいの意見がほしかった。政治性をのテーマを、道徳性に安易に置き換えすぎてはいないか。
協議会の場で、この8つの「学習分野」は、次の改訂(およそ10年後?)のために開発する様に指定を受けたもの、と述べていました。つまり、次期改訂では教科の統合再編が図られるかも知れない。もっとも過去にも「環境」「自然」「市民」などが浮上しては消えたので、そこは未定ですが。
附小の施設内は、よく整備され、明るく、子どもたちの過ごしやすい環境作りがされていると感じました。応対された保護者の方々の態度や雰囲気も、さすが都会的で良かった。たまたまこの日に参観に来ていた、岩手の生活指導研究会で知っているベテラン男性教員は、お昼を食べながら話したときに、この子どもたちの生活のリアリティはどう(上記の)教育課程と絡んできているのか、と話していました。大事な1つの論点かと思います。
「副学長だより」(86)第三次報告
2月9日、教育再生懇談会は『これまでの審議のまとめ−第三次報告−』を発表しました。内容は大きく分けて、「携帯電話利用の在り方について」「大学全入時代の教育の在り方について」「教育委員会の在り方について」の三つの章に分かれます。ここでは「大学教育」のみ言及します。
まず「報告」は、「現在の大学教育には、危惧すべき3つの側面が現われている」として次の様に問題を挙げ、対応を述べます。
(1)大学は、大学教育の名に相応しい学生及び教育の質を確保できているか
(2)経済的事情にかかわらず、意欲と能力のある者の大学進学を保障する仕組みが整っているか
(3)トップクラスの人材を育てられる環境となっているか
以下の「報告」が述べる提言には傾聴するに値する要素もいくつかありますが、底流には、大学間の競争の重視、公費による投入に対する費用対効果の考えがいっそう際立っています。
たとえば「国立大学法人運営費交付金、私学助成金、各種GPなどの公的支援の配分」は、「大学教育の質の担保・向上に向けた取組を厳正に評価」し、その評価に応じた配分という原理の上で、公的支援を拡充することを求めています。
そして、驚くのは、「その際、取組が不十分であり、納税者の支持を得られないと評価される大学には公費は投入しないことも選択肢として含めること」としている点です。
行政の指導は必要ですが、大学自体の自己検証を強く求めること、カリキュラム等の教育活動の改善のための集中的検討を行うこと、などの内部改革の努力にはふれずに「評価されなければ支援なし」という、大学切り捨て策を掲げているのです。
もちろん「報告」は教育内容の見直しについても次の様に踏み込んで提起しています。
「国及び大学関係者は、上記の配分に活かすことのできる厳正な評価の在り方を確立すること・適正な入学者選抜による学生の質の担保、魅力ある教育カリキュラム、GPA制度の運用や単位・進級・卒業認定の厳格化、FDなどの取組、学術研究水準の向上、トップクラスの人材育成、大学入試や経営に関する基本的な情報公開の取組や、地域への貢献等の観点を含めた評価の在り方を確立すること」
しかし、文面からも見える様に、いま日本の各大学に教育内容等として何が必要か、には言及しないで、「質」「魅力」「学術研究水準」「トップクラス」という、一見公平に扱われるようにみえる要素を提示しながら、それらは、大学を格差化する装置ともいえるものであり、いまこの国の若者を、多様な特色を有する大学が協力してどういう人間に育てていくのか、そのために専門や立場の異なる教職員がどのように大学運営に参画していくのか。こういう共同への広がりと将来への変革を志向する視点や見解がほとんど見られません。
この激しい大学間競争の中にあって、組織と財源の「体力」をもってこれを切り抜け先頭集団を走っているその立場からみる「大学の質的転換」論であることが、以上の様な競争主義的な大学教育論になっていく主要な理由ではないかと考えます。しかし、これでは、大学間の共同はますます閉ざされていくばかりで、結果として、もともとの眼目である国際的な高等教育の次元での日本の躍進からは遠ざかるのではないでしょうか。
「副学長だより」(85)大学教員の兼業
勤務先大学では、2004年度法人化にあたっての申し合わせとして、それ以前を引き継いで「兼業(他大学等に非常勤として勤務し、その報酬は個人の所得となる行為)は年間で4コマ(週あたり2コマ)、二件まで。集中講義は別とする」としてきています。2008年度では、勤務先の大学教員の50%が兼業を行い、平均では兼業者一人2.9コマとなりました。
兼業については、さまざまなタイプがあると思われます。専門頼まれ型(教員免許の課程認定関連で)、学外に依頼した経緯からそのお返し型、引き継ぎ型、分野限定型、生活給補助型、他大学学生との出会い重視型など。
研究者、創造者としての課題の探求を時間をかけてじっくりと行うことも、大切な本務活動です。本務校で、学生たちと共に授業を創り出していくという原点の再確認をしていただきたく、先日の1月教授会で今後の兼業の抑制をお願いしました。
討論・ディベートやグループ発表、ワークなどの設定と準備の重要性はいうまでもありません。さまざまな悩みを抱えている学生たちとの対話や相談への対応も、重要なFD実践の一環です。
この「お願い」に対しては、教授会員からは「兼業を悪いものとみているのか」「極端に問題のある人には個々に指導すればよいことでここに出すのはいかがか」「これは本来、教務の問題であって取り上げ方が間違っている」などの批判もありました。しかし、年額約58万円の授業料を払って本学に通学している学生・院生への説明責任が教員にも、法人側にもあると思うのです。各人が、学生を指導する立場で正当な業務行為(講義や会議等を含む)をやっているのかどうか。それは避けては通れないと判断しました。
「副学長だより」(84)地域手当
2005年の人事院勧告により、給与制度の改変の一環で、国家公務員の給与引き下げの一方で、都市部の民間賃金との調整をはかる目的で「地域手当」が設けられ、2006年度から施行されています。その際、名古屋市(勤務先大学の附属学校がある)、刈谷市(勤務先の大学本部と附属高校がある)は3級地で100分の12、岡崎市(附属学校がある)は6級地で100分の3の比率で本給等に加算すると指定されました。
本学では、名古屋地区については、それまで調整手当で実施されてきた比率11%の据え置きとして、刈谷・岡崎地区に関して、2006年2%(岡崎は3%)、2007年同一で4%、現在6%を実施しています。当初の12%達成からすると、2009年度は9%にアップとなるところですが、厳しい財政事情ではそれは難しく、役員会で協議した結果、名古屋は据え置き、刈谷・岡崎を7%に引き上げることにしました。
勧告の当初から、地域手当比率にあたる財源は国からは交付されておりません。すべて、法人側の持出しとなります。それでも、2009年度に限って法人の努力を考えたわけです。
理由としては、過去に本学教職員組合の旧「調整手当」要求の長い経緯があり、やっと認められたこと。当時には生活や交通・勤務としては名古屋圏にありながら調整手当ゼロという格差がずっと続いてきており、生活給的な観点からはその差異の改善は考慮されて良いこと。人事院勧告を受けた当時の本法人側の執行部方針が地域手当12%をできるだけめざすとしたこと。
1/28のお昼に、法人と職員との協議の場である教職員会議を開いて、この件を伝えました。
「副学長だより」(83)大学ランキング
役員の昼食会で話題になりました。リクルート(株)が2009年3月卒業予定の高校生、総数7991名(回収率13%)を対象にまとめた『高校生に聞いた大学ランキング』(URL=http://www.recruit.jp/library/school/S20080908/docfile.pdf)によりますと、東海エリアの「志願度」では、私の勤務先は15位。「イメージ項目」別では、「教育方針・カリキュラムが魅力的である」に対する東海エリアの回答で10位、「就職に有利である」では同じく6位。「国際的センスが身につく」「活気がある感じがする」「おしゃれ」の3項目では、いずれも圏外(10位に入らず)でした。
高校生はよく見ているな、と思います。「ランキング」にこだわるのはよくないが、かといってこれをあなどってはいけないと思います。せめて「活気がある」ようなキャンパスづくりを心がけていきたいと思います。
「副学長だより」(82)大学入試センター試験
昨日からセンター試験が始まりました。勤務先大学は、西三河地方の約6000名のうち3000名余を受け入れ、大学キャンパスの他に附属高校、そして県立刈谷高校で試験を実施しています。わたしは刈谷高校の総責任者として関わるため、朝が早いこともあって刈谷駅に隣接するホテル・名鉄イン刈谷に連泊して対応しています。
奇異に思われるかも知れませんが、センター入試の実施の要領では、やむを得ず高校を試験場とすることは認められています。名古屋大学の関係でも、そうした高校試験場はあります。
1日目は英語リスニングテストがあり、毎年、受験者も監督者も緊張をしいられるのですが、刈谷試験場では1試験室で1件の再開テスト(当初テスト終了後に、その受験生のみに同じ問題用紙で、ICプレーヤーのみを変えて行う。ただし機器不具合で中断した設問以後の解答のみを有効とする)を行いました。
そのほかには特にトラブルもなく進みましたが、新聞社会面風の話題としては、刈谷高校OBを名乗る父親らしい人が高校=試験場内に入れろ、と校門のところで係員と押し問答になったようです。入試会場では保護者対策をしなければならなくなったのでしょうか。
幸い、天候も晴れで、多少の寒さはあったものの行動しやすかったので良かったと思います。今日は二日目ですが、無事に進むことを願っています。
「副学長だより」(81)アルコール・ハラスメント
勤務先の「ハラスメント防止に関する規程」に「アルコール・ハラスメント」を追記することの改正を、14日、教育研究評議会に議題として出しました。理事職として職務上、わたしが議題提案者となりました。
改正のポイントは、どういうときにアルコール・ハラスメントなのかに関する部分で「構成員が未成年者と知りつつ飲酒を強要したり、飲酒を制止しない場合」を規程に盛り込むかどうか、とくにこの後半のフレーズを承認するか、でした。
このフレーズを規程に入れるに至った背景に、学生支援委員会のワーキングでの議論があり、そこには学生代表の委員(自治会委員長)が出ていました。そして、体質的に飲酒が合わない当人が新入生歓迎などの場で受けた、飲酒をせまられる苦痛・恐怖を訴え、誰かが制止しない限り先輩からの飲酒の誘いは断れないのだということを主張したのでした。
わたし自身、上記改正案を提案するにあたり、その委員会討議の様子を確認すると共に、ネットでNPOアルコール薬物問題全国市民協会=略称、ASK(http://www.ask.or.jp/)のサイトも参考にしました。そのサイトには、入学間もない日に「イッキ飲み」の強要などでハラスメント受けた側のリアルな訴えが掲載されています。
要点を言いますと、未成年者が飲酒しているのを制止しないことは、(1)二十歳未満の飲酒という違法行為をつくりだし、容認することにとどまらず、(2)飲酒の未経験から来る身体的な不調や急性の症状を発症させる場合があること、(3)しかもお酒を受け付けない体質の未成年者にとってはその場にいること自体が苦痛であるし、その場がハラスメント作用をもっていること、という主旨を説明しました。
ところが、です。出席者の中から、「ハラスメントは加害と被害の直接関係のことで、この規程案(上記のフレーズを指します)がハラスメントなのか疑問がある」と発言があり、これを支持する複数の意見がさらに続いたのです。そればかりか、未成年の本人が好きで飲んでいる場合はどうなのか、ある店に入ってそこにたまたま未成年者が居たらそこに居合わせた教員はハラスメントなのかと、文脈から殆どそれた論議さえ出てきました。
日頃、組合活動などで民主的な行動をされている方々からの発言でしたので、いささか驚きました。上記のとくに(3)のようなマイノリティの視点に立った捉え方、苦痛や恐怖心さえ抱かざるをえない者からこの問題を捉えない限り、「制止しないこと」がなぜ「ハラスメント」なのか、という論議が繰り返されるのです。
いじめも、虐待的環境も、そしてこのハラスメントも、集団の構成員が何もしないで黙認したり、制止しないで居たりすることが、ある人を苦痛と不安にする環境を再生産している。この環境的ハラスメントという見方になかなか立てないのだなと、改めて事の重大さを痛感しました。
結局、修正案が出るまでに至らず、「これを機にあたらしくキャンパス・カルチュアをみんなで創っていこう」という松田学長の呼びかけもなされ、改正案は原案通り、承認されました。
「副学長だより」(80)2009年がスタート
1月5日に仕事始めの行事があり、学長の松田さんが年頭挨拶を行いました。課長クラス以上の職員が一同にあつまり、彼は用意したメッセージを読む形で、あらゆる面で厳しい環境にある国立大学の状況を直視して頑張っていこうと呼びかけ、最後は、素粒子論専攻の彼の大先輩であり、モデル的人物でもある故坂田昌一さんのことば、科学者は哲学の貧困をのりこえなくてはならない、を引用して終わりました。約20分の、中身の濃い挨拶でした。
さて、わたしの担当領域では、さまざまな課題に向けて始動しています。4月からの新年度には、情報ネットワークと広報の二部門で、民間から採用したあらたな専門的職員が加わります。いずれも任期制職員で、本学でははじめての採用形態。昨年公募をして12月に両部門とも面接をして決定にいたったもの。わたしもすべての面接に出ましたが、応募者との対話を通じてこちらも学ばされました。
いろいろとアップしたい出来事は多くあるのですが、こうしたHPの性格上、むずかしいので割愛します。
わたしは、すべての職員が大学教育に参加するという気構えが今大事だと思っています。教員だけが学生・院生を相手にしているわけではないのです。社会学では「ヒドュン・カリキュラム」と言う概念がありますが、表のカリキュラム(教育課程)とともに「隠れたカリキュラム」、つまり生徒と教員との日常の人間関係、学級集団の現実、部活動などの世界を通じて感化され人格的影響を受けるということです。
大学では、事務職員の学生や来学者への接し方、事務職員相互の人間関係、職場の風通しの良さ・悪さ、施設・設備に対する細やかな配慮などすべてが、その大学としての「隠れた教育作用・人格形成作用」を発しています。つまり、その大学の、もうひとつの教育課程を作っていると言っても過言ではありません。このことをよくわきまえて運営されている大学が「良い大学」だと思います。建物の新しい・古いはやや二次的要素です。
「副学長だより」(79)2009年度概算要求内示と運営費交付金
12月22日に標記の件で内示がありました。勤務先の大学に関しては、概算要求事項として文部科学省から財務省にあがっていた事案のすべてが採用され、内示がありました。詳細は省きます。これほどの認定はいままでにはなかった結果で、財務担当の理事としては安堵しています。
国立大学法人(合計90法人)の運営費交付金では、当初の3%シーリングが修正され、1%削減となりました。すなわち、2008年予算で11,813億円であったのが、2009年度予定額では11,695億円となります。118億円の減です。
この件では、国立大学協会の声明が出され、学術活動や教育研究に多大の支障をひきおこすと警鐘を鳴らしましたし、単独の学長としては、本学の松田正久学長が運営費交付金の削減に対する反対声明を出しました(全国では3大学長でした)。こうした取り組みも一定程度、影響したといえます。
ただし、1%削減の中身がどのような形で打ち出されるかはまだこれからのことで、最終的には未定です。国際的にも国内総生産(GDP : Gross Domestic Product。一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額)に占める比率が約0.5%で、OECDの集計した先進国の中では最下位にいる日本の高等教育経費を見直し、教育研究にふさわしいように保障していくことが未来にとって、とても重要になってきます。政治革新と国民の総意が高まれば、わが国にも高等教育費無償の時代がいずれは来るでしょう。
「副学長だより」(78)イルミネーション
勤務先の大学でも、12月16日夕刻から、遅ればせながらイルミネーションを点灯させました。暗い世相の中で少しでも明るいムードで年末を、と松田学長自らの発案で実現しました。
とはいっても、財政はきびしいので、美術講座の教員などと取引のある地域の電気店ですこし勉強してもらってささやかにLED球のセットをそろえました。財務課の若手職員が数名作業をして、本部棟の前の街灯をつかって傘状に広げたり、シュロの樹やさつきなどにまきつけたりしたもので、シンプルなデザイなのですが、それでも点滅しながらともると、あたりがパッと明るくなって、なかなか良い雰囲気です。
美術の学生たちに手伝ってもらってアート風に労作を設けては、との話もありましたが、上記のようなくらいが「光害」とも無縁で、身近な明かりとなって、ちょうど良いと思います。
「副学長だより」(77)椛の湖研修所の視察
勤務先の大学は、二つの研修施設を持っています。伊良湖臨海教育実験実習施設(愛知県の渥美半島先端)と椛の湖研修所(岐阜県中津川市(旧坂下町))です。いずれも、大学が昭和45年に愛知県刈谷市に統合した後に、昭和50年代に設けられたものです。
それから約25年を経て、建物の老朽化もすすみ、施設・設備の故障なども起こっていることから、今後の運営が課題となっています。また、利用者数も残念ながら、減ってきています。特に椛の湖研修所のほうは利用率が低下をたどり、そのうえ施設・設備の本格的改修をやれば相当の経費を要します。法人化後の財政を考えると、果たしてそこまでして存続させるのかどうか、重要な懸案の事項となっています。
関係の会議では、実態を示す各種データをもとに協議してきたのですが、わたしから「存続にしても廃止にしても、一度現場を見てそのうえで判断しよう。近いうちに一度見ておきたい」と発議して、その会議のメンバーである財務・施設・学生支援関係の課長、学長補佐1名と共に、11月28日、公用車で行ってきました。
前日は夜まで雨でしたので天候が心配だったのですが、幸いに朝から、少し晴れ間も見えて雨は上がりました。わたしはルートの途中で車に乗せてもらい、中央道を走って、お昼前に現地に到着。すぐ目の前に椛の湖を見下ろし、裏手は山の茂みという高台にあって、これは夏場にはとても過ごしやすいだろうなと思いました。
管理人Mさんから、使用状況や施設面での問題点を聞きました。「学生の態度はマジメだ。朝の9時頃から夜の10時頃まで熱心に勉強している。1年間のスケジュールを立てていて、決まったシーズンにやってくる学生が多い。」との話にホッとしました。施設面での問題点は多くあります。その後、実際に、建物内を、宿泊の居室、ボイラー室などの順ですべて見て回り、屋外施設や外壁なども見ました。
思ったよりは、施設内はきれいでしたが、外観の壁は黒ずみ、いかにも古く見えるのが問題。トイレの浄化槽もいまは機能しているが、抜本的な改修が必要です。自然に囲まれた、めったに手に入らない環境なので多少の経費を投じても存続させるか。それとも、最小限の補修にとどめて、閉鎖から廃止へともっていくか。一つの分岐点です。今回の現地視察をもとに、協議の場で検討していきます。ほぼ一日仕事になりましたが、「現場を見る」ことの重要性を再確認しました。
「副学長だより」(76)評価機構・評価委員会による訪問調査
11月20〜21日、標記の調査が行われました。これは、すべての国立大学に対するもので、19年度の中期目標・計画実績報告(すでに6月に提出)に対して、現場を訪問してヒアリング等を行い、評価の一環とするものです。委員は5名、随行職員が4名。
わたしたち大学執行部を中心としたヒアリングと、大学関係者をはずした在籍学生・卒業生に対するヒアリングと二部に分けて行われました。図書館等の施設も視察しました。
はじめの全体ヒアリングでは、当初は、10個の質問が先方から提示され、それに「質問優先順位」が付して知らされていたので、当方としては関係者があつまり、二回にわたって詳しく回答のポイントを打ち合わせました。個別の質問が順に行われると予想したからです。
ところが、いざ始まると「20分で全体的な要点をのべてください。そのあとで各委員から具体的にお聞きします」と、司会の委員が指示をしてきました。正直なところわたしたちは意表を突かれた感じでしたが、この評価のまとめの中心を担った教育担当の理事が手短に述べるようにかなり努力して回答し、この短時間回答の一環で、わたしも教員養成大学における「基礎研究」「特許申請」の意義について、確か手元の時計で3分くらいで述べました。
その後の各委員からの質問にもどうにか的確にわたしたちは対応できたと思います。教職大学院への質問に関してもわたしが対応しました。
法人化後、こうした訪問調査が増えていますが、この質疑応答の場もまた「現場」の1つであり、ここでいかに的確に質問の意図をキャッチしてこちらの見解を述べるか、が理事・副学長としての実践なのだなと痛感しました。これまでに数多く、学校研究会や民間教育団体の研究会で実践検討の場を経験させていただいており、そのような現場での応答・コメントを身につけていた部分がはからずも良い形で発揮されるのだなと、自分ながらに振り替えることが出来ました。
「副学長だより」(75)「全国学生ボランティア大会」に大学役員として参加
11月14日、東京のグランドプリンスホテル赤坂において、標記の会合があり、大学役員として参加してきました。主催は、財団法人学生サポートセンターで、全国から助成対象となった170余の大学のうち、80の大学の学生・教職員が招待されました。こういう全国大会は初めての開催です。本学の日本語教育支援グループが平成18年度に助成金を受けています。
同センターは、文科省の外郭団体ですが、元は(株)学生情報センター(NASIC)の社長が熱心に働きかけて出来た法人だそうです(『読売新聞』11/15朝刊の「顔」に社長の記事が、また社会面にはボランティア大会の記事が載りました)。
記念講演として、寺島実郎氏が、「時代と社会にかかわるということ」と題して話しました。アメリカ大統領選の結果に始まり、アジア、ヨーロッパの情勢を手短に、しかもわかりやすく説いてみせる当たりはさすがです。若い人への期待として、「おとなの条件は『カセギ』(経済的自立)と『ツトメ』(社会への貢献)だ、学生時代はそのための経験を積む良い機会なので、失敗があっても良いからあせらずにしっかりと前を見てやってほしい」と述べていました。
4つの大学が活動発表をしました。一橋大学、名城大学、奈良女子大学、鶴見大学です。とくに鶴見大学児童文化部のプレゼンは、各地を巡回しているときの実演の一部をやってみせてくれて、「蛇ダンス」が好評でした。指人形ならぬ腕人形(両腕にそれぞれコミカルな蛇のぬいぐるみをはめているので)で、ドラえもんの曲に合わせて6匹(つまり舞台裏では三人)がとてもユーモラスに、しかも癒し系の踊りのパフォーマンスをやるのです。同部では7つの班に分かれて全国を回っているとのこと。これなら子どもたちもお年寄りも大受けすること間違いなしの演出と実力でした。
若者たちを頼もしく感じた点。
1つは、どの発表もプレゼンがとてもよく構成されていて、いまやパワーポイントの活用は必須だと言うこと。2つめに、ボランティア活動に対するひたむきさ、真摯な姿勢がどの大学からも感じられ、将来への希望が持てること。3つめに、あがっているためか声が小さい方もいたけど、みなさん、自分の言葉でしっかりと主張をしていたこと。そして自分たちのコンセプトを大事にして、ボランティア活動を自主的に捉え返し、自治的に運営していること、です。
かえって、後半のシンポジウムの場で、パネリストの文科省職員が「ボランティア」も「奉仕活動」も同列に並べて、発言していたのが気になりました。両者には明らかに違いがあり、むしろ「奉仕」概念を簡単に持ち込んではならないのです。
終了後、そのまま別室で大パーティ。費用はすべて同センターを賛同団体・企業がもったようです。わたしは名刺交換と、はじまりの乾杯のあたりまでいて、すぐに抜けました。
久しぶりに赤坂エリアに行きましたが、さすがに夜になると風も冷たく、そうしたなかで行き交う大勢の人混みの中に、大都会のきびしさ・したたかさのような空気が流れていました。
「副学長だより」(74)「東アジア教員養成国際シンポジウム」に参加
10月28日〜10月31日の日程で、韓国・国立公州大学校において標記の国際会議が開催されました。これは各大学の総長(学長)フォーラムを主体とするものです。わたしは学長の代理として参加してきました。参加国は、日本、韓国、中国、台湾(主催者の標記による)で、総計28大学、訪問者総数60余名(これに現地の大学関係者が加わる)という規模でした。第三回目となります。
日本からの参加大学は、北海道、宮城、東京学芸、愛知、大阪、奈良、京都の7つの教育大学です。これとは別に(交流校なのでしょうか)愛媛大学の方も来ていました。
日程や発表内容の詳細は省きます。三日間の各大学の発表と討議を通じていえるポイントをあげてみます。アジアの教育系大学が協力・共同によって、自国と外国の複数大学で学位(Degree)が取れるようにすること、参加大学をベースにしてもっと学生・院生、研究者間の相互交流や共同研究を活発に行うようにしていくこと、そしてグローバル化の時代における教師の資質とは何かを探ること、日本の教職大学院も含めた教員養成の新たな制度改革を各大学でどうとらえ進めるか、そのためには教員養成のマインドとシステムの両面からの研究開発と実践が望まれること、というあたりになるでしょう。
わたしも、「愛知教育大学の概要」という短い発表レジュメを英文のパワーポイントで作成してのぞみました。実際の発表は日本語で行い、それを主催者が配置した通訳者(一人は東学大の留学センター特任准教授の金さん、もう一人は公州大学大学院生)が、それぞれ韓国語・中国語に翻訳してくれました。殆どすべての発表について、同じように他の二カ国語への通訳が行われました。時間は掛かりますが、各国の言語を大事にするという意味があること、そのほうが発表内容にリアリティが持てること、またアジアでは英語がこういうカンファレンスの場で必ずしも共有化される状態ではないことなどからそうしているとのことです。
ところで、主催校の公州大学は、1948年に公州師範大学として開校し、1991年に国立公州大学に昇格。その後、国立産業専門大学、国立公州文化大学、国立天安工科大学などと相次いで統合を進め、2008年現在で、6個の単科大学、7個の大学院を有し、総勢2万2千人の学生をかかえる大規模総合大学です。同じ市内に、小規模の公州教育大学校(初等教育教員養成が中心)が別にあります。
公州はソウルから高速バスで約1時間40分です。かつて百済の時代に当時の王朝がここに城を築きました(公山城:フリータイムの時にここにあがってきました)。錦江という広大な川の流れが南北にはしる風光明媚な地域です。
シンポジウムは公州大学の関係者、教職員と学生・院生の、とても統率の取れた無駄のない動きによってスムースに運営されました。三日間、お昼には午餐、夕刻には晩餐がもたれました。韓国料理を中心とする豊富なメニューであったことを添えておきます。
その総リーダーを努めたのが、公州大学・総長のキム・ゼヒョン氏。ご専門は聞きそびれましたが、お年は52歳と若く、すらっと背も高く壇上での動き方や話のトーンも若々しい感じです。彼は最後の打ち上げの宴会の時に、ひととおり参加者へのお礼のスピーチを述べた後、しばらくすると現地実行委をになった学生たちの輪に入って、にこやかに談笑していました。そこはまさに温かいサークルの世界になっていました。わたしも、テーブルに出された「眞路」という小ぶりの焼酎をもって、その学生たちの中に、お礼を兼ねて入っていきました。ある学生に聞くと、キャンパスを学長が歩いていると、ときどき学生の方から「一緒に写真を」と頼んでいくそうです。
実は、今回のシンポジウムは同大学60周年記念セレモニーとセットで組んであって、30日の午前、大講堂でその行事が行われました。私たち海外の参加者たちも来賓の招待扱いで胸に花飾りの印を付けて、前列当たりに参列したのです。行事自体は、功労者への表彰という厳かな一面も含みながら、電光イラストや花火、そしてオーケストラ演奏などを織り交ぜた、とてもパワフルなもので、同大学の勢いをそのまま示しています。「日本でここまで派手にやると顰蹙(ひんしゅく)を買うね」と、ある学長が言っていました。
その行事の中で、記念を祝するテープカットが総長以下、わたしたち海外組も含む来賓が登壇して行われ、なぜか流れでわたしは総長近くの中央の位置に立つことになり、皆さんと同様に白手袋をしてカットに参加してきました。その瞬間、すぐ目ので花火が上がったのには驚きました。
全日程とも、雨が降った半日を除いて幸いに天候には恵まれ、行動しやすかったし、おいしい韓国料理でリフレッシュできました。ただ、スケジュールは全大学の発表を取り入れていますので、大変きついものでした。
では、このあたりで。カムサハムニダ。
「副学長だより」(73)「学生調査から見える大学教育」シンポジウム
10月25日、同志社大学で開催され、公務出張として参加してきました。基調講演は、矢野眞和氏(昭和女子大学)「『学び習慣』の効用−−Learning makese a difference−−」。社会工学が専門だけに、豊富なデータを元に、(1)「こんなバカな大学はいらない」という巷の説は誤り、(2)労働市場は高学歴化しているが、大学は過剰になっていない、(3)「学習への取り組み」が生涯の生活を保障する、(4)にもかかわらず大学進学率が50%程度にとどまるのは経済的事情のためであるから、機会の平等化にもっと力を入れるべきだ、という主旨を述べました。
このあと、同志社大学・山田礼子氏(社会学)を代表とする科学研究費研究グループによる、UCLAで開発された学生調査の日本版作成による国内大規模調査をまとめた報告が続きました。古田和久氏(同大専門調査員)、杉谷祐美子氏(早稲田大学)の報告もその一環です。
最後に、吉田文氏(早稲田大学)が、これらの報告を受けて次のように総括的なコメントをしました。
(1)いま、大学教育を科学する時代になった。データを元に、継続研究の上で追求し、個別大学がその大学教育を実験するという意味においてそうである。
(2)審議会は「学士力」を強調し、産業界は「社会人基礎力」(意欲が中心)を強調する。いったい大学としてどう対処するか。
(3)国際比較で見ると、日本の学生の授業への態度は「出席・課題提出はよい」が「授業外の学習時間が少ない」という特徴を持つ。しかし、そう答えている学生の自己評価としては「知的な面やスキル面でやや伸びている」と回答している。これをどう見るか。授業に出て、課題をこなしていくこと自体の効果もあるのではないか。
(4)不本意入学群が4年間で変わりうることがデータ上でも明らかになった。ここをどう見るか。(矢野氏も、講演後の質疑応答で、いわゆる「学力的に低い」学生が確かに大学に入っているが、それでも大学生活を通じて知的にも変わりうるところに大学教育の機能の重要性はあることを強調していました。)
(5)今後はデータに基づいて議論するコンセンサス形成が鍵となる。
1時から5時までのたっぷりの講演・報告・討議の企画でしたが、今後の大学教育改革の戦略を立てる上でおおいに参考になりました。
「副学長だより」(72)いささか情けない、これが学生の現実?
10月15日、学生向けの説明会を開きました。人文社会科学系と教育科学系の学生たちの居場所となっている、これまでの「科室」を改修する計画があるからです。ただし、学生から要望が出たのではなく、大学法人として美観的にも機能的にも、変えたいからです。改修対象のルームは全面的に改修し、昨今の学士課程教育重視にも対応して「セミナー室」に、つまり自習もでき授業の準備や、場合によっては少人数ゼミもできるルームにすることを提案して、あわせて、いま部屋の中にある古びたロッカーも別の部屋に新しいものを集中的に置くことも示しました。
かれらにとってロッカーの必要性はわかるので、これら改修案は妥当な線だと思ったところ、発言したある四年生は「常時使えるように出来るのなら、なぜ部屋にロッカーを置いてくれないのか」「その部屋に、たとえば(自然科学系の実験室にも見られるように)ソファや冷蔵庫があってもいいではないか。」と言うのです。彼としては、いまの「たまり場」的雰囲気を後輩にも残したい、との思いで発言したのでしょう。
キャンパスの中での「居場所」とはなにか。大学であればそれは学びの場につながるのだから、図書館とは違って親しい学友とも授業の準備で話したり、自主ゼミのできる空間をきちんと確保して、きれいな部屋で提供したい。こういうわたしの意図は伝わりにくいようです。その発言した学生は、わたしのかつて所属した専攻の学生でもあったので、余計に残念でした。「そのようなわがままをかなえるために何千万もかけて改修する気はない!」と、いっそ怒鳴った方が問題の所在がはっきりしたのかもしれません。
その発言に同調する雰囲気も、この日の説明会の会場からは感じられました。これで教師を目指し、子どもと向き合う仕事を選ぼうとする学生なのか。いささか情けなく、この大学でいったい何を育ててきたのかと、やや気が滅入ったのです。
しかし、そこは弁証法を唱えるわたしのこと。この矛盾を梃子に、視点を切り換えて、教育実習から三年生が戻ってきたあとの来月11月、三回目の説明会を開いて、そのときには具体的な設計案を示して、逆に、「大学における居場所とは何か」「ただ『たまる』だけでいいのか」とかれらに問いかけ、「学び・居場所の論争」くらいやってみようかと思い始めています。「科室」の改修は、単に部屋のリニューアルではなく、学生たちの、大学への関わり方、大学という公共空間とどう向き合うのか、の問題でもあるからです。
関係する学生たちがこのHPを見ているであろうと思い、以下、簡単に補足します。今回の「改修」は、「科室」の《リニューアル》(部屋を改装し備品も更新してそのまま部屋を使用する)ではなく、これまでと同じスペースを同じ「科」に認めるとしても、《リモデル》なのです。つまり、大学生活、今所属する専攻・選修における勉学生活と出会い直し・向き合い直しをする、ということです。ここがわかってもらえなければ、今回の「改修」の意味はまったく半減以下です。(付記:10月19日)
「副学長だより」(71)日本教育方法学会第44回大会、無事終わる
10月11〜12日、愛知教育大学を会場にして標記の学会が行われ、約360名の参加がありました。自由研究発表だけで101本の申し込みがありました(二日間)。ちょうど耐震工事中で参加者には何かとご不便をかけましたが、天候にも恵まれ、わたしの担当した課題研究や自由研究発表も充実していました。
わたしが、河原尚武さん(鹿児島大学)と共に司会を担当した課題研究の設定主旨をあげておきます。問題提起は、浅川陽子さん(お茶の水女子大附属小学校)、柏木修さん(神奈川公立中学校)のお二人。指定討論者は山本敏郎さん(日本福祉大学)。
課題研究「学級経営・学級づくりの再検討」
設定趣旨について コーディネーター・司会者 折出 健二
課題研究において今回と同じようなテーマは過去にも扱われており、たとえば、第三十三回大会(一九九七年、横浜国立大学)でも論議がなされた。それから約十年、「学級経営・学級づくり」をめぐる課題はどのように変わってきたのか、あるいは変わらないのか。ただし、ここでは小学校の学級も中学校のクラスも、学級概念でくくって扱っておくことにする。
まず一つは、「個性化」重視の流れもあって全国的に少人数授業への転換が行われる一方で、学びにとりくむ学級集団のあり方がいっそう問い直されてきた。学びの共同(化)論も、そうした課題と向き合いながら提起されてきた。
二つめには、少子化や遊びの仲間集団の崩壊あるいは喪失の現象を背景に、学級が子どもたちにとって「他者を認め、自己を認められる相互承認」を軸とする共同の場ではなくなりつつある。
三つめに、そのような関係性の不安定さ・成り立ちにくさ、あるいは関係性そのものの壊れていく状況から、孤立化がすすんだり、ある者への排斥的ないじめや集団の暴力トラブルが起こったりしている。
四つめに、どのような子どもも一人の人間として尊重され、どのような間違いやつまずきも、学習と成長への糧として活かされることで共々に発達に挑む場が学級であるが、そのような公共性(構成員の相互性、活動内容の公開性、主体の多様性、活動の共同性)を失い、個人の達成度(成績)を手段として他と競争する場、つまり私事化現象が急速に広がっている。
このような変貌から浮かび上がるのは、学級という生活と学習の基礎的集団がそなえる公共性とはどのような世界であり、いま、それをどのような方向性のもとに実践的に創造していけばよいか、である。果たして新教育基本法にうたう、「教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない」体制づくりでよいのか。この課題については、教育政策や社会政策、さらには地域社会の変貌などを分析しながらふかめる必要があるであろう。
この分科会では、小中学校の現場に焦点を当てて、右に述べたような子どもたちの関係性の変貌とどう向き合い、どのように学級の教育可能性、その一環である公共性を築きだそうと奮闘されているかを提起していただくことに主眼をおいた。そして、その意味づけや、そこに含まれる理論的テーマをコメンテーターに読み解いていただくことにした。二時間の枠なので、限定される提起となるが、コメンテーターの関連討論と併せて、ぜひ積極的な討論をお願いしたい。論点としては、いま学級をよみがえらせるうえで「公共性」「集団づくり」にはいかなる実践的・理論的な有効性があるか、ということになろうか。
「副学長だより」(70)相次ぐノーベル賞受賞に思う
ノーベル物理学賞の受賞者三名の方々、まことにおめでとうございます。いま一緒に役員をしている本学の松田学長も、名古屋大学理学部出身で素粒子論が専攻です(大学院は、恩師の小川修三氏(故人)を慕って広島大学大学院へ。そこで私たちは出会いました。いまこうして共に役職に就いていることは、不思議な機縁といえば機縁です)。彼は学生時代に、益川氏の授業を受けたとも言っていました。
そしてこんどはノーベル化学賞をアメリカ在住の下村氏が受賞。四名の方々が名古屋大学に関係のある方であることが、一躍国内外において同大学の評価を高めました。同じエリアにいます者として、お喜びを申します。
30年以上も前の理論発表あるいは実験データの公表が、その後、同じ分野の世界的な発展を促し、さまざまな先端の成果を生んだと言われています。こうして学術的に評価され世界的な科学賞の対象になったことは、大学における教育や学びに対しても、非常に大切なものを投げかけていると思います。
それぞれ当時の大学教員として優秀で高い才能を持っておられましたが、受賞の談話で共通しているように、「ふとおもいついて、それを確かめていくうちに」(談話から)とか、下村氏のように何十万匹というクラゲを収集して、「本来のタンパク質解析の傍らで、その中の光る物質に興味を持ってしまったので」(同氏談話)というように、研究過程での知的な「あそび」(精神的余裕というか、知の柔軟さ)が大きな動機となっていること。
そうして興味関心を持てた事柄に一定の時間を割いて、集中して持続的に取り組めていること。また、益川氏のように、氏の指導者であった南部氏の書いた論文を「むしゃぶり尽くすように」読んだ、という知的探究の基礎(学力的にも心的構えとしても)が習得されていること。
益川氏と小林氏のように、同一分野での共同が持続的に成り立っていて、まさにテーマに対する協業的な連携がこのたびの研究成果の基礎になっていること。
ところが、法人化されて以後の大学の現実は、いまあげたこれら三点を見事に、と言って良いほど、はっきりと解体してきているのです。その正体は、短期の成果を目標にしてその成果に対する対価を競争的資金として給付する競争原理・成果主義のシステム導入です。
一般的に文系・理系を問わず、国立大学法人化後、教員の声として「忙しくなった」「研究に時間を割けない」「学生の研究指導もままならない」「書類で追われている」「研究について同僚と語ることが減った」などの感想は、そうした現実を反映した率直な感想です。
大学教員は自由な時間があって、自分の都合でやりたいことがやれてけっこうなことだ、という一般的な(?)見方は、まったく的外れです。仮にそういわれる面があったとしても、それはもう十数年も前のことです。研究者・教育者としての本来の使命である、自己の個別課題を探求してこれを社会の発展に役立てる、またそうした次代の担い手を育てる、という基本的なことがいま根底から揺らいでいる。そのような大学の混迷にあって、このたびのノーベル賞受賞の快挙は、基礎科学研究の重要さにとどまらず、大学というこの知的コミュニティとはそもそもどうあるべきなのかを投げかけていると思います。
このたびの日本人受賞を、ただ四氏の方々の優れた高い才能や努力、そして国民的栄誉のレベルで受けて流さないで、これからの高等教育の在り方について、大学人はもとより一般市民の方もこれを機に「大学との出会い直し」「大学という場の語り直し」をしていく必要があります。
「副学長だより」(69)授業評価
下記の(65)で書きました集中講義に対する学生の評価が届きました。記載者132名で10項目について各々五段階評価です。
3が「ふつう」で、1が「よくない」(全くそう思わない)、5が「よい」(強くそう思う)です。
「授業の開始・終了時刻は守られていたか」から、「内容の目的と体系性」「話し方の明瞭さ」「教材の使い方」までは、平均で4.0でした。「質問できる機会の工夫」「私語への対応の適切さ」「授業者の熱意」「学生への公平な態度」では、平均で4.2から4.3でした。
では「より興味を持ったか」となると平均で3.7,「総合的に満足できたか」となると平均で3.9でした。つまり、授業展開や話し合い・実践記録の導入など、方法的には肯定的な受け止め方をされたが、では「特別活動」に対する興味や、自分が教職を志望するうえで総合的に満足できたか、となると「普通にそう思う」よりやや強い肯定評価であった、ということです。
保育士資格を取得する人が殆どで、新たに同大学で導入した小学校教員免許取得カリキュラムに対しては、とりあえず在学中に単位をとって基礎資格は取得しておきたいという傾向が多いかも知れない、と同大学の教務関係の教授が話していました。そういう傾向もあるとして、もう少し「特別活動」のおもしろさを彼女らに伝えられるといいな、と思います。次年度への課題です。手応えは今回の評価結果で感じられました。
「副学長だより」(68) 留学生との交流パーティでの閉会スピーチ
Did you enjoy yourself enough? How about food and drink? The time of "good-bye" came at last.
I hope you'll make a wonderful university life each other in our university. Please interchange between students and professors through study, research, or life as possible as you can do.
Moreover, while being in Japan, please get to know also about the custom and sense of values of Japanese culture and Japanese people.
On the other hand please tell us your country and your opinion and your dream of future. With this communication we can connect and understand each other.
By the way, from now on, the very good season of "autumn" comes. People say, it is autumn of appetite and enjoy food variety in Japan without overeating.
In the rapidly changing social situation like Japan and your country, we need more independent spirit and we should speak about meaning in life, the dignity of us and peace of today and future.
All of foreign and Japanese students, I think you should describe what you thought about the matter in your own words. It is the starting point of any research.
I wish you’ll be in good health and will get the result of research be expected. Don't get too tense. Please relax your mind and study.
Well let’s brake up this party.
Thank you so much.
「副学長だより」(67) 改修工事、着々と進む
耐震化への対応のために、いま自然科学棟、第一人文棟(いずれも6階建て)の改修工事を行っています。かなり進行しており、もうじき完成予定で、工事用の幕が取り払われると、はすかい(×印の形)の支柱の入った両研究棟が姿を現します。壁面の改装もしてありますから、リニューアルそのものです。
第一人文棟のほうは、この機会にあわせてすべての階のトイレも改修しました。今まで大学として手がまわらなくて、古い型のままで学生には不評だったのです。
すでに4〜6階は完了していますので、先日見てきました。見違えるほどのできあがりです。天井には明るいライト。洗面台には一面の大型鏡。そして全面タイル貼り。トイレは和式・洋式(ウオッシュレット付き)そろって最新タイプ。
これで、学生への還元も出来るかなと思います。
トイレ改修工事も軽く見てはなりません。排管から何からすべて変えるので、今の相場では工事単価は1平方メートルあたりおよそ25万円。約20平方メートルとすると、500万円ということです。教職員・学生の皆さん、上手にきれいに使って、次々と入学する学生たちに受け継いでいきましょう。
「副学長だより」(66) 連日、課題に対処
このところ財務、人事・労務など、連日の会議や打ち合わせで忙しくなっています。
財務では、来年度予算の方針をどうするかが課題です。これから財務部会・財務委員会を経て確立していくわけですが、これまでの効率化系数1%削減が、シーリング3%削減の閣議決定を受けて具体的にどうなるのか。本学の場合、前者で約4700万円の減収ですし、そのうえ2%減収(計3%)となると約1億4100万円の減となります。
一方で、先の人事院勧告を受けて、刈谷市には地域手当がこれまで0%であったのを5年間で12%に持って行くように努めていますが、18年度2%,19年度4%,そして今年度6%をさらに次にアップするのはなかなかきびしい面があります。いま地域手当7,8,9%のそれぞれについて総支出額がどうなるかなど、財務部と共にシミュレーションをして検討しています。
しかも、総人件費の削減を5年かけて5%を目指すことが指示されていまして、これが23年度まで続きますので、厳しさは並大抵ではありません。総人件費の削減のラインを超えてはならないからです。地域手当をなんとか努力してアップしたとして、それは人件費増額につながりますので、総人件費枠にふれる可能性が出てきます。
人事・労務では、附属学校の教諭の勤務形態にかかわる労働実態改善の課題があります。教育・研究のためにそれぞれの教諭が遅くまで頑張っておられるわけですが、労働の延長に対する規制をしっかりしていかないと、健康・安全面で重大な事態を招きかねません。各校園の校長・副校長の集まる会議でもこの件で「課題提起」を私から行って、検討をお願いしているところです。
また、役員会の方針で、広報活動関係、情報の分野で、有能な方を事務職員として採用するためにいま公募を準備しているところですが、一部職員に限っては任期付き採用を導入しようとしているので、就業規則の改定をめぐる過半数代表者との労使協議など、対応がいろいろと求められます。
さらに、岐阜大(オブザーバーとして)・静岡大・三重大・愛教大の四大学が共同して教員養成系の博士課程設置構想を検討するテーブルに付くことで合意し、いよいよ今月中旬にはそのための準備会を開き、正式会合へと進んでいく段取りです。これは、文科省が示す共同学部・大学院制度を活用しようとするものです。その制度については、いま中教審で審議中で、9月の同審議会大学分科会でのとりまとめ後、答申の公表、そして10月には正式な省令改正等の発表がある予定です。
この四大学共同では、総務の私が事前の折衝を引き受けて、各大学の役職の方々と意見交換をさせていただきました。
「副学長だより」(65) 集中講義、無事終わる
8月27日から30日までの四日間、愛知県豊明市に在ります私立大学・桜花学園大学保育学部保育学科の集中講義をしてきました。受講は134名で、全員女子学生。2年生が主体で、3,4年生もいました。
同大学が小学校教員免許取得を文科省に課程認定するにあたって、知人の同大学学部長から特別活動の分野で授業担当者となることを依頼され、引き受けていたからです。昨年、理事職になってすぐのことで、一年後の予測は難しく、近隣大学との友好からも先方が困っておられるのであれば協力を、という対応です。
ちょうど私が編者となった教職テキスト『特別活動』(学文社)が出版されたところでしたので、これをテキストに使い、15回分を計画して授業に臨みました。各コマの授業内容は、テキストの要旨や補足をまとめたパワーポイントで講義をしました。もちろん、聴く一方では彼女らもきついし、また授業としても、今大学の教育実践改革が言われるときにそれでは問題ですので、二つ、グループ活動を取り入れました。
一つは、学級活動の講義を受けて、小学校1年生の学級の実践記録を全員で分析するというもの。先に開催された全生研全国大会で報告された、大阪の清水裕紀子実践を取り上げました。これは、全生研常任委員会でも高い評価を得た、とてもきめ細かな良い実践です。彼女らはすでに観察実習など保育の専門的な内容について学びはじめていますので、小学1年の子どもたちの活動と関係性と変容がリアルに書かれた実践記録なら大丈夫と判断してこれをあつかいました。
結果は、まさに「大当たり」という感じ。4〜6人のグループすべて(およそ20)から、手短に話し合った事柄を発表してもらいましたが、清水実践で対話・話し合い・討論がどう子どもたちの関係を変え高めたかについてよく読み取っていました。また、教師の指導性の分析もポイントに関してはほぼできていました。これは何よりも、実践記録のもつ魅力によるもの。
今ひとつは、学級又は学年の行事活動について、グループで指導計画案をつくってみよう、というものです。一種の特別活動指導の紙上体験です。これにも彼女らはのってきて、当初の時間を超えて結局60分近くをかけてまとめました。その中身は、各自に指導計画案用紙に書いてもらいました。立候補で、4つのグループに模擬的実践をしてもらいました。行事活動本番の想定で、教師役が指示や説明をしていくのです。ここでも、彼女たちはパフォーマンスは得意なので、あまり照れないでうまくやっていました。
講義内容はテキストをベースにしたものであったので、ある部分ではむずかしかったようす。それでも、携帯は鳴らず、欠席者も豪雨の翌日以外はなく、また私語もほとんどなしに、楽しくやれました。わたしも、オヤジギャグも入れたり、できるだけ事例を話したり、工夫はしました(笑い)。特に、補論であつかった「特別活動から見るいじめのとらえ方と子どもの支援」では、約1時間、かなりの学生が真剣に聴いてくれました。
最終日は、筆記試験にしました。学生はおそらく、あの豪雨のせいで、翌日午前は交通機関の乱れで休講となったので、その分をやりくりする中で、試験なしとなりレポートに、と期待してたのでしょう。が、テキスト持ち込み可、としたので試験実施で納得はしてくれたと思います。
試験の日の朝、金山から乗った名鉄電車の同じ横がけシートの、少し向こうから若い女性の声が聞こえてきます。どうもテキストがどうのこうの、「自治は絶対出るよね」「ああ、もう可をもらえばいいよね」などとかなりテンション高く話しています。明らかに受講者です。わたしは、新聞をおおきめにひろげて読み、知らんふりしていましたが、「ほんと難しいよね」「テストも文章で書かせるなんて・・・」と二人で言い合っているのを聴いて、これも正直な授業評価かもしれないな、と新聞のこちらで苦笑してしまいまいした。
それでも四日間とても楽しく授業をやれたことを、まずは受講した学生たちに感謝したいと思います。ありがとう。(ただし、試験の成績評価とそれとは別なので。もしこのHPを見ている受講者がいたとしたら、念のため(笑い))。
「副学長だより」(64) 夏季休暇中の耐震工事・トイレ改修など
Is値(Seisimic Index of Structure:耐震指標)に照らして耐震補強工事が必要な人文棟(研究棟)と自然科学棟の全面的な工事を夏季休暇中に実施しています(学校の建物はIs値は0.7以上が基準です)。並行して、人文棟の全フロアのトイレも改修しています。
論文作成で研究室に行く用事がありますが、そのような環境で、掘削の音などかなり騒音が大きいので研究室内での仕事はしにくいですが、やむを得ません。(教員を退職して理事職に就いていますが、学内の規定で定年までは講座内にポストは確保され、研究室はそのまま維持されます。従って研究費は通常の一人当たり分が講座に配分されています。他の構成員への学生指導負担や非常勤講師の方の教材準備などに充当されています)。
卒論・修論等で上記の建物に入って作業される学生・院生のかたにはご不便をかけますが、いましばらくご容赦ください。工事完了は9月末の予定です。
このほかにも今年度後半にも、共通講義棟のうちプロジェクター・スクリーン未設置の教室にそれらを整備する工事など、学生の学習環境整備のために予算を執行することを立案しています。また学内の情報システムも改善し、今までよりはPCならびに携帯でアクセスしやすくなります。
「副学長だより」(63) 元担任への傷害事件でコメント
下記の(61)でアップした愛知県知立市での事件について、全生研全国大会で出張していた大分・湯布院において、携帯電話で「日本経済新聞社」名古屋支社の記者から取材を受けました。
今回の事件で、小中学校の現場で、どのように子どもに接すればよいのか不安が広がっていること、また学校の安全管理から不審者のチェックをどうすればよいのかということ、についてでした。
8月1日付のかなり大きな特集記事で、わたしのコメントが載りました。
「副学長だより」(62) 大学業務実績に対する評価のヒアリング
8/4,午後3時50分から4時40分まで、文科省で、標記のヒアリングが行われました。当方からは、学長、理事二名、事務局長、財務部長、総務課長と同課職員二名が出席。先方の評価委員は、三名。16〜18年度の業務実績と、19年度に対する業務評価を含めて、法人化後の4年間の総括的なヒアリングというものでした。
主な質問点は、法人化後も教授会の決定権を保持するという意識が学内に強いようだが(先方委員が本学の監事監査報告を読んで)、もっと役員会の決定権を押し出して運営をしていくべきではないのか、ということ。
次に、附属学校の位置づけ・今後の運営について、法人としてどのような方針でいるのか、ということ。ただあるから抱えている、というのでよいのか。財政面も含めて大学運営では厳しさがあるのだから、そこをきちんと明らかにして対応を考えるべきではないか。教大協(教育大学協会)の動向を見ても、この件ではあまりにも時間をかけすぎていて改善の方針が出されない。そういうのは教育者としていかがなものか、というのが委員側の提起でした。
とくに、後者の附属学校問題は、教育系大学の、このたびのヒアリングでは共通して論点に取り上げているようです。
「副学長だより」(61) 卒業生が、かつての担任を刺す
「中日新聞」7/29,午後8時のWebニュース速報によりますと、「29日午後1時半ごろ、愛知県知立市の市立中学校の教室に若い男が侵入し、同校教諭の胸や背中をナイフで刺した。病院に運ばれたが傷は肺に達しており重傷。命に別条はないという。駆け付けた安城署員が渡り廊下付近で男を発見、刺したことを認めたため殺人未遂の現行犯で逮捕した」ということです。(固有名詞は引用者の判断で省略)
本日夕刻、この事件が18歳の少年による犯行でもあり、最近の一連の事件との関連などを含めて取材したいと、「中日」の記者から電話で依頼がありました。受けました。
30日の同紙朝刊に掲載される予定です。
「副学長だより」(60) 教職大学院GP、採択決定通知
24日に、教職大学院の教育推進事業プログラムの申請大学に対する個別面接審査が東京の「九段下」近くの会議室で行われました。一大学、持ち時間25分という限られた設定でしたが、本学の学長、担当準教授、わたし、事務職員で出席し、出来る限りの説明と質疑にのぞみました。
本日、本学教職大学院の申請が選定対象(採択)となったと公表されました。教職大学院での申請は10大学でしたが、その全体結果は把握しておりません。
ここに至る、名古屋大学理学部、名城大学、愛知淑徳大学の関係者のご協力に感謝いたします。
他の申請大学はどれも、教職大学院に入学後の改善・改革事業であったようで、本学の申請だけが学部と教職大学院との連続性、補完性をテーマにした事業計画。この点は、面接審査でも委員から問いかけられました。が、この連続性に今、教職大学院のあり方を問う大事なテーマがあるというコンセプトで説明しました。
きちっと、本学の計画の一貫性、必要性、今後への発展性をのべたのが良かったのではないかと思います。
「副学長だより」(59) 教職大学院関連の推進事業プログラム、スタート
このたび文部科学省が公募した教職大学院の教育推進事業プログラムに対して、本学教職大学院が申請基幹校となって、名古屋大学理学部、名城大学、愛知淑徳大学と共同で申請をしました。愛知県教育委員会からも協力機関としてご承諾いただきました。
そのための面接審査が、近く行われますが、この共同事業は今から推進していって、愛知はもとより中部圏、ひいては全国の教師教育、教職大学院の教育開発プログラムに寄与したいと考えまして、本日、名古屋市内のルブラ王山会館で、さっそく第一回目の打合会を開きました。
はじめに副学長として私が挨拶を述べ、本事業は、(1)いまこそ教師養成、子どもと向き合う教師の専門職性とは何かが問われているときに共同でこのテーマに向き合うこと、(2)非教員養成系学部、私立大学の教職課程と(本学の)教職大学院とのまさに共同による、学部と専門職大学院の連続性、補完性の研究という事業の独自性をもつこと、(3)教職に惹かれながらもメディアの影響で尻込みする若者たちの教職意識を引き出し高めるという実践的な教員養成プログラム開発を実際的に行うものであること、という三点の意義を強調しました。
すでに7月16日には、名古屋大学理学部に出向いて、本学同大学院の教授たちが出前授業を行いました。その様子は、「読売新聞」のサイト「愛知版」の7月19日分「プロ教師を育てよう」でご覧いただけます。
「副学長だより」(58) 14歳バスジャック事件
昨日、午後に愛知県岡崎市付近高速で起きたバスジャック事件。容疑者が14歳ということで大きな衝撃を与えました。「朝日新聞」名古屋本社・社会部記者より同日夜、取材があり、本日(17日)朝刊30面に私のコメントが載りました。下記の朝日コムでご覧ください。
http://www.asahi.com/national/update/0717/NGY200807160017_02.html
【追記】上記のコメント記事がきっかけとなって、関東圏のFMラジオ番組「JAM THE WORLD」に、本日(17日)20:20〜20:30の時間帯で、出演することになりました。聴き手、パーソナリティは、仲野博文さん。
「副学長だより」(57) 共に創るということ
NHKの英語教養番組で、アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン、ベース奏者、ロン・カーター(Ron Carter, 1937年5月4日 - )にインタビューする場面がありました。
彼は、聴衆と一緒に音楽をつくることが喜びだと言います。「音」は(ミュージシャンとして修練を積んできた)自分が、聴く人たちに与えるものではなく、その人々と共に創るものだ、と。
しかし、こうも言います。「自分が創り出したい音が、ここに(頭を指さして)ある。それを実現するために、演奏を続けている」と。
ということは、自分が探し求めている「音」を、聴衆の雰囲気、反応、それらの力を得て、実現する。それが演奏の営みだと言っているようにも聞こえます。インタビュアーの、日本人の若い女性ピアニストが「iPodなどを使って音楽はきかないんですか」と質問すると、「聴かない。いま、ここにある音に興味がある。街の中から聞こえる音が、いいんだ」と。
この話は、ミュージシャンの話しではありますが、経営にとっても、学生や教職員にたいする関わり方の基本スタンスをどう構えるかに取って、ヒントに充ちている話しだと思いました。
「副学長だより」(56) 21年度概算要求ヒアリング
大学の基盤的整備の経費は、毎年度、概算要求として文部科学省に申請します。このたび21年度概算要求について、全国の国立大学法人のヒアリングが霞ヶ関の庁舎内で行われました。 持ち時間は一法人25分。その半分で説明(プレゼン)をして、残りで質疑です。 詳細は省きますが、説明は準備しておいたとおりにほぼできました。同席した勤務先職員からも、「メリハリのある説明だった」と(お世辞もあるかも知れないが)感想を得ました。問題は次年度概算として要求項目のどこまで決定されるか、です。 「副学長だより」(55) 140名の学生たちと「改修」問題で討論 本学は、教科ピーク制の大学です。初等教育教員養成課程でも、国語科、社会科・・で受験し入学して、小学校教師に必要な全教科の内容を研究しつつも、所属する科の専門を深くやるという特徴があります。 そして、これまで伝統的に各教科・教職科ごとに「科室」をもっていて、そこが学生たちの居場所になってきました。 人文社会科学系、教育科学系の「科室」は、大学のバス停から近い建物の1・2階にあり、来学者の目に付きやすいのですが、これが近年、建物の古さと共に使用する部屋の汚さで問題となっており、昨年から改修を執行部では考え計画をして、関係の教員会議にも説明してきました。 ところが、「改修」の話が「科室をとりあげる」話になって伝わり、関係の学系の教員側からも、「科室を取り上げるのは問題だ」の否定的反応がつよく、年度が変わっても、これまで頓挫したかたちでした。 そこで、「学生の意見も聞こう」という私の方針もあり、7/9のお昼休み後、公開の説明会を持ちました。階段式の比較的大きな部屋を用意してのぞんだのですが、なんとその部屋がほぼいっぱいになるくらい学生が集まりました。教員も十名近く来ていました。用意した資料の出ていった感じでは、140名以上だと財務課職員は言っていました。 かれらは、「科室とりあげ反対」の思いで集まっていますから、はじめから熱気があふれています。表情からわかります。そのかれらを前に、総務担当理事として、この事案の経過、計画の概要、なぜいま改修なのかなどを話し、パワーポイントで改修後のルームの様子を、「パース」(完成予想図)として示しました。それはとてもモダンな、高級喫茶ルーム風の明るいトーンのものなのですが、学生たちからは、「オー」という、おどろき、とまどい、「これでは自分たちのなじみの場所ではないぞ」という反発などが入り混じって、まさにどよめきがわきました。 さて、質疑にうつると(説明も進行もすべて私が担当)、ある科の4年生男子は、「自主的にアンケートを採ってきたので、いまから資料を配り、発言したい」と言いますので、「どうぞ」と言って応対しました。その資料は科の学生の1〜4年の200名余に聞いたもので、要は、「科室は必要」「ロッカーも今まで通り置いてほしい」でした。ほかにも異なる科の学生数名が発言しました。発言の度に、会場全体から拍手がわいて、まさに私を代表とする執行部側と学生たちとの団交風の光景でした。 私は、反論というよりも財務的な方針を説明して、物理的には今改修をしその組織的名称は協議していく、という線を主張しました。が、そう簡単に折り合いはつきません。かといって、私はかれらを前に、追及されているという追い込まれ感はすこしもなく、むしろかつての、大学紛争時期のどこかで出会った場面を想起するほどの、なんともいえない高揚感をすこし感じていました。ですから、かれらの質問・意見とのやりとりが、とても張り合いがあり、楽しかったのです。自前のアンケート調査までしてこの場にのぞみ、わりと理路整然と主張してくるかれらが頼もしくさせ見えたのです。不思議なものです。 私は、「どうしても合意が得られなければこの改修問題は見送ります」とも言いました。事実、そう見ているからです。予定の時間が来て、今後も協議を継続することを述べて解散しました。 「副学長だより」(54) 神戸事件・少年Aの発達過程が示唆していること 4月にスタートした教職大学院の授業の一環で、神戸事件に関する家庭裁判所審判決定の時に裁判官を務めた井垣康弘氏を講師に招いて、授業が行われました。FD(ファカルティ・ディベロップメント 大学教員研修)の形態をとって公開されたので、役員で同大学院を担当している私も参加しました。 井垣氏は現在68歳とか、お元気ですが、退官後に喉頭炎で手術をされて、器具を使って発話をされるというご苦労をされています。まず審判の詳細(これは判決文を院生が代読して進行)、医療少年院での処遇の経過、現在の井垣氏の心境、そして最近の少年事件厳罰化の流れに対する所感など、中身の濃い話をしていただきました。 ここでは詳細は省きますが、少年Aは、幼児期から、集団性の出てくる少年期前期、つまり小学3年のあたりで一つの大きな発達の転機があったことがうかがえました。たとえば、幼児期に弟たちとおもちゃのことでケンカしたときに、兄だからと言うことで彼が厳しく叱られる。その時、彼は、泣いてみせると親の怒りが収まることを学習し、以後、ほんとうの感情を出しにくい傾向が強まっていきました。 また、小学3年時の作文では、「お母さん」と題する文章で、「えんま大王でも手が出せない、まかいの大ま王」と書き、しだいに母親を拒否して、ベッドの周りにいろいろの人形やおもちゃを並べてガードして眠るようになっていったとされています。 この時期に軽いノイローゼ症状が見られると診断されています。仮面をかぶって母親と接する中でそういう現象が起きたのでしょう。が、それだけではないように思います。 以後、高学年から中学2年に至るまで、判決文ではかなり詳しく分析されています。小5でヒットラーの「我が闘争」を読むなど、そのあたりの経緯はよく聴き取っているようで、くわしいと思います。もちろんそれらは、当時の精神鑑定人の所見をもとにまとめられたものです。 しかし、逆にそこにわたしは疑問を持ちます。 井垣氏は、講義の中で、神戸事件も秋葉原事件も同じ25歳による犯行であるが、神戸の場合は個人的な悩みが主たる要因だが、秋葉原事件は社会的な悩み(低賃金、不安定雇用)が主たる要因だ、その点で双方に違いがあると述べました。この点がわたしとは見方が違います。 むしろ、神戸事件の上記判決文を詳しく見ても(授業では、後で回収の約束で全文が渡され、わたしもつぶさに見ましてメモを取りました)、学校の教育構図の作用からみる分析が皆無に近いのです。とくに、高学年から中学にかけての大事な時期にでも、です。たとえば、犯行に至る前の、中学2年の時。買ったばかりの真新しい白い靴を、中3の女子生徒が踏んで汚したことに彼はひどく怒って、彼女の自宅で待ちかまえていたところを家族に詰問され、追われて、逃げたというエピソードがあります。このときに、彼はどのような学校社会の風土に中にいたのか、そこの分析が無いのです。 これでは、内的葛藤の代替として、殺人への関心を強めたという個人的な対人関係障害の次元で処遇が判断されるのも必然だと思いました。 しかし、秋葉原の同じ25歳の彼も、環境や生育過程の違いはありますが、まさに同じように孤立化し、他者との遮断された世界で,自死を考え始めていく点では共通しているのではないでしょうか。そこに、身近な、また中間的な社会関係がどう関与していたのかを分析しないと、結局は、母親の子育ての問題、家庭教育の問題で片付けられやすく、社会はこうした事件から真剣に何も学び取ろうとはしないのではないでしょうか。(08.7.5 記) 「副学長だより」(53) 学生たちの意欲と学びの姿勢 理事ではあっても、学生とのつながりを大切にしたいこともあって、学内の了解を得て、「生活指導論演習」を1コマやっています。 上記の『生活指導』を使っています。毎回、二人ずつによる報告と討論をしていますが、発表にも、学生の討論にも刺激を得ています。
また、近日、授業のある日に文科省に行く用務がでてきて、授業回数から休講にするわけにはいかず、その事情を話してこの授業を別の日に振り替えることを学生に相談しました。結局、夏休みに入っている7月のある日に振り替えたのですが、合宿中など予定がある人もいましたが、思いの外、前向きに応答してくれました。 昨日のこの授業では「発達障害児と生活指導」を扱いましたが、補充の資料まで調べて用意して報告。討論も、秋の教育実習も予想しながらの発言で、盛り上がり、また鋭い意見も出ました。 たしかに、総務担当の業務は大変ですが、こうして若い世代によって励まされている面もあります。 「副学長だより」(52) 会議は生き物・魔物 下記の会議の午前中での出来事。予定の10いくつの議案は順調に進行していました。事務局(東大図書館)が提案し、議長団(二名)が承認を求め、拍手で応じて決めていく。よくある光景です。 私は、ついうとうとしかけていました。ふと気づくと、会則の中の理事選出方法の変更が提案され、やりとりが行われていました。事務局案は、現行「地区で理事候補を選び、総会で諮って決定する」を、「地方で理事を選び、総会で報告し了承する」に変更する、でした。各地区の活性化のためでしょう。 これにある館長が「『報告する』だけでよいはず」と異議を述べ、事務局もあっさりとこれを受けました。その際、「本意は報告だけで良いが、気分は、了承を求める、にある」と、事務局長が理解に苦しむ答弁をしたためか、議長団が、「いまの修正案でよろしいですか」と聞くと、ぱらぱらと拍手が起こり、「それではこれで承認されました」と議長団は言いました。 私は、眠気がふっとんで、「おかしいな、役員選出の変更は重要事項のはず。こんな決め方で良いのか」と、議案集のうしろにある「会則」を見てみると、28条に「会則の変更は会員総数の三分の二以上の同意を得なければならない」と明記されています。でも、会場からは何も声が上がりません。 次の議案に進み、何事もなかったかのように予定の議案が終わり、議長が、「『その他』ですが、何かありますか」と言うので、「ここで言うしかない」と判断した私は、挙手をして、「先ほどの役員選出方法の変更は会則28条では、こうなっている。議長は例えば挙手を求めるなりして、2/3以上である確認をして決定すべきであったので、今後は留意してほしい」と要望しました。一度決定した議案は二度審議しないという「一事不再議」の原則から、先の決定は生きている、との受け止めをしたから、私はこのような発言になりました。 ところが、ここから総会の様子が一変したのです。まず、議長が(おそらく気にしていたのでしょう)、「では、ご指摘の通り、改めて確認しますので、各図書館1票で挙手をお願いします」と言いました。すると北大の館長が「それなら、意見がある。事務局案の方が民主的な手続きの要素を持っている」と、先の修正案に異論を述べました。これを皮切りに、別の館長もほぼ同意見で支持を表明。そのあとも、数名が発言。そして、議長が、まず修正案、次に事務局案の順で採決をしますと、なんと83対1(2/3は61票)で、もとの事務局案が承認されたのです。 「さっきの拍手はなんだったんでしょう」と、隣にいる、私の勤務先の課長も苦笑い。 私は、このエピソードを重く受けとめました。きちんと質疑と採決方法を踏まえないと、出席者の総意とは異なる方向で決めてしまうことがある。現に、全国の大学図書館の館長(教授職がほとんど)が集う総会でさえも、こういう事態が起きたのですから。 「副学長だより」(51) 第55回国立大学図書館協会 6月25・26日は、標記の会議が仙台国際センターで開かれるため、仙台市に出かけました。わたしは、図書館長も兼務しているためです。 25日の午後の教授会が終わってすぐに中部国際空港に向かい、18時台のフライト便で同日、19:20に仙台空港に着きました。まず肌寒さを感じました。 ホテルに向かうケヤキ並木の広瀬通りは行き交うひとで、それなりににぎわっていましたが、タクシー運転手の話では、景気は良くなく活気は以前と比べて落ちていると。 いまはどこもキビシイ状況でしょうが、石油高騰、原材料や輸送費値上がりが、もろに生活をおびやかし、街の活気が失われていくのは残念です。 二日目午後のワークショップでは「学生の学習支援に図書館としてどう関われるか」というテーマの分科会に出ました。北見工大、お茶の水女子大、横浜国大、名工大、長崎大のそれぞれの図書館改修の例、学生の「つながり」再生を考慮した取り組みが報告されました。 これに対して滋賀医科大の館長から、「(改修によって)学内に分散していた喫茶やたまり場を図書館にあつめて、学生が前よりも多く来館するようになったとしてよいのか、それは図書館のショッピングモール化ではないのか」と疑問があえて出され、報告者・フロアを交えてひとしきり議論がもりあがっておもしろかった。本学も改修を予定しているので参考になりました。 図書館のフロア中央を改装して、「ゆとろぐスペース」にしようというアイデア。これはM課長のおもしろいアイデアで、もとの考案者の片倉さんの了解も得ているとか。「ゆとり・くつろぐ」から「りくつ(理屈)」を引いた言葉だそうです。実現すれば、図書館もかなり変わります。「モール化」にはならないようにしながら。 「副学長だより」(50) 多大のエネルギーを報告書に いま全国の国立大学法人は、2004年からの4年間に及ぶ各大学中期目標の達成状況報告書、学部・研究科の達成状況、研究実績報告(教員の研究業績に関して自主的にS,SSなどのランク付けをする)に追われています。7月1日が締めきりです。 これらの報告の評価(評価機構によるもの)が、2010年から6年間の第二期中期目標に対する運営費交付金(政府出資金)の算定に影響すると言われています。 わたしたちは、教育担当の理事が中心となって理事グループで対応し、学長補佐4名も関わり、上記の原案を作成。先日の土日の二日間、大学に泊まり込んで、それぞれの文章のチェック、資料の点検などを行いました。特に「達成状況報告」は全体の字数が限られているので、説明を絞り込まなければならず、字数チェックもあわせて行うので、まるまる二日かかりました。 これだけのエネルギーを注がなければならないのです。 教育大学の特性や、日々の学生の支援など、もっと自発的な取り組みが反映されるような、「明日」に希望をもてるような報告作成にしていかないと、法人化によって大学は内側から疲弊し、そのことが結局は日本の高等教育のマイナス面につながると感じます。 「副学長だより」(49) 「あさがお」 最近は、次々とすぐに対応すべき事案が発生し、あっという間の二週間でした。この経験から、経営のコツのようなものをわたしなりに痛感しました。いまの季節にちなんで「あさがお」。 〔あ〕あせらない。すぐに解決を求められるが、そういうときこそ前後、以後の影響など、よく読み取る。 〔さ〕さわがない。浮き足立つことを戒めて、のこの言葉です。外部からのある問題への行動に対して、役員会がきちんと意思疎通を図り方針をもってのぞむ。 〔が〕がんばりすぎない。業務の遂行に関わっては、ある程度は「がんばる」必要があります。しかし、過剰はきんもつ。もともと「眼張る」が語源。むしろ、じっくりよく問題を見ることです。 〔お〕おもねらない。学内外の、ある問題にかかわる方々に、ヘンに下手に出ようとしたり、卑屈にならない。 経営にもセオリーがちゃんとあるのだと、わかってきました。 「副学長だより」(48) 防火管理者講習 総務担当理事であるため、事業所の防火管理者資格を取得する必要(消防法で規定されている)があり、6月7/8日の2日間、名古屋市伏見にある中消防署併設のライフプラザで講習を受けました。広い会場に、322名が受講。無事、修了証を得ました。 9時半から4時半までのびっしりと詰まったカリキュラムで、一日目は理論、二日目は実技。理論では、講師はパワーポイントを上手く使いながら、受講者が眠らないようにと気遣いながら、よくやっていました。 受講者の層は若い方も多く、女性も目立ちました。飲食店をやっている方、共同住宅・団地関係者がかなりいたようです。 二日目最後のコマで、「効果測定」つまりテストがありました。内容は基本的な事柄でもあり、わたしは10問中9問正解でした。8割以上正解の方は、手を挙げているのをみるとかなりいました。テストと言ってもその場での正解あわせによる自己採点式なので、全員に修了証は渡されるわけです。 「副学長だより」(47) 概算要求 事前相談 2009年度の資金確保として、概算要求を行います。法人化前からの行政行為ですが、法人化された今、「それは競争的資金で申請して獲得してはどうですか・・・」と言われかねない環境にある点が、いっそう大学側にとっては厳しさを増しています。 30日、午後から、文部科学省に行きまして、関係の担当者(三名)の前で、当方の概算要求案を説明しました(事前相談と言います)。先方は、担当課の職員が三名で、質疑によって、修正すべき点などを指摘されました。うわさで聴いていたよりはソフトで、こちらとしてももっともな問題点や改善点を知らされました。 本番の要求は、7月に予定されている「ヒアリング」です。 肝心なことは、「なぜ、この要求事業をあなたの大学でやるのか(必然性・独創性)、「なぜ、これだけの期間(年数)を要するのか(事業の計画性・社会的貢献性)」「基盤整備の観点からは、全学的な『横軸』(横断的な改革・改善のこと)をどのようにとらえ、どのように実行しようとしているのか」「いままでの実績としてどのような中身があるのか」「この事業を評価する仕組みはどうなっているのか」について、明確にすることです。 これらは、作文だけでは産み出し得ないので、現状を捉え返し、実態を意味づけて、変えていく視点に立つことが肝要のようです。 「わからないことがあったら現場へ」「要求があがってきたら、その元はどうなのか、現場へ」というのを私なりに決めて動いています。これまでの研究方法で、教育現場の実践観察、教師との討論、保護者・住民との対話などをたくさん重ねてきているので、それを活かして経営面でも、「らしさ」を出したいと考えています。 「副学長だより」(46) 田原・前学長送別会 乾杯のあいさつ 年度移行期のため実施をすこしずらして開催します表記の会合で、総務担当理事として、乾杯の挨拶をしました。(初めにアップした内容から変わっています。) 「前学長・田原先生、6年9ヶ月の任期の間、激動のなかを舵取りをいしていただきまして、ありがとうございました。まずはお疲れ様でした」と申し上げ、学長・数学者として受験生向けの関塾ニュースのインタビューを受けたときの、田原氏の学問論・人生論からすこし引用して、「過程が大事であること」の氏の言葉通り、これからの人生の過程をじっくり歩んでくださいと結びました。 会には、受付によると71名が出席しました。 「副学長だより」(45) 交流協定校歓迎会での閉会あいさつ 15日に開催された、韓国・晋州教育大学校の教員・学生計15名を歓迎する会合での、閉会あいさつです。(通訳者のために原稿にしたものです。) 閉会の挨拶 楽しい歓談のひとときもいよいよお開きの時となりました。 本学役員を代表しまして、ひとこと、閉会のご挨拶を申します。 まずは、李先生、姜先生、そして13名の学生の皆様が、これからの6日間を安全に、またお元気で過ごされますよう願っております。 限られた期間ではありますが、日本と韓国双方の学生の皆さんが大いに交流を深め、理解し合える機会を創ってください。他者を知ることで自分が見えてきますし、他者を受け止め、認めること自体が、とても大きな学びなのです。 この交流を担う教員として本学の先生方には大変意義のある役割を果たしていただくわけですが、なにとぞよろしくお願いします。活動の条件作りに関しては、わたしども役員もできるだけ支援して参りたいと思います。 さて、韓国の皆様は、滞在期間中に京都にも行く予定と伺っています。いまはちょうど良い季節で、どうぞ京都の観光を楽しんでください。 京都市内のあるお寺には「看脚下」という書が掲げられています。 これは、何事をやるにしても足元がしっかりしていれば不安は無い、そのためにも充分に自分の立っている場所を見定めておくことが大事だ、という意味です。自分の立ち位置を見定めてこそ、これからの先の見通しもつかめます。このたびの交流をとおして、お互いに、自分たちの立ち位置とは何かを考えることができればいいと思います。 韓国の皆様と日本のわたしたちとの、お互いの文化、歴史の理解、そして一人ひとりの人間的な成長がふかまる良い契機となりますことを念じまして、閉会のご挨拶と致します。 「副学長だより」(44) 法人化の特徴:競争的資金 4月には次々と競争的資金の公募要項が公表され、各国公私立大学はこの申請にいま懸命になって取り組んでいる状況です。平成20年度予算額は総計680億円で、19年度予算額の615億円からさらに増えています。 というのは、一定額の資金を計画して申請し採択されれば、その総額の1割程度は自前で支出できる、というのが公募の大前提になっているからです。たとえば、年5000万円で3年計画の総計15000万円の事業を申請するとすれば、採択にあたっては、すくなくとも1500万円相当は自己資金で工面できる、ということです。 つまり、国立大学に関して言えば、運営費交付金のベースの違いがすでに競争的資金への参加の「隠れたセレクト条件」となって働いていると言うことです。法人化における競争的環境とは、実は、競争の二重化されている構図を言います。表は、公募される事業プログラムに申請し採択されるかどうかの競争であり、その裏面は、ある事業を大学として計画できるかどうかは、自前の運営資金がどれほど豊かであるか、にかかっているという参加条件の競争である、ということです。 ここにも、市場原理主義、つまり規制をとりはらった「自由な競争」と「淘汰」を優先し、その結果に関しては当事者の「自己責任」を求め、そのシステムからできあがる秩序(序列)を、時代の求める大学間のソーシャル・オーダーとして公認あるいは制度化していく原理です。ここに、大学にまで働く新自由主義の政策的な現実があります。 「副学長だより」(43) 教員免許状更新講習 文部科学省は、4月9日付で、 『朝日新聞』名古屋本社版、4/28付朝刊27面に、免許状更新講習の記事が載っており、その中で本学の事務局長がコメントしていますが、愛知県下で講習の対象予定者が毎年5000名程度と言われており、この受講者数を二大学でどうこなしていくのか、大きな課題です。 詳細はまた近づきましたらアップします。 「副学長だより」(42) オリンピック出場、おめでとう!! シンクロナイズド・スイミングの北京五輪予選で、日本は2位になり、今大会の上位3チームに与えられる五輪出場権を獲得したと報じられました(4/19)。 その代表メンバーに本学の石黒由美子さん(大学院修士課程保健体育専攻)がいます。 彼女は、2007年7月にスイスで行われたオープン戦でソロ優勝をしました。当時、学長室に報告に来たとき、お母さん、指導教授が同席で一同お祝いを述べました。 本学では、このチーム出場決定の報をうけて、これまで正式決定を待っていましたので、さっそく管理棟正面に石黒選手出場を祝う垂れ幕を出す予定です。 「副学長だより」(41) 教職大学院「開講式」 4月15日午前、標記の式典が簡素ながらも、厳かに行われました。愛知県、名古屋市の教育委員会関係者、現職教員の派遣校、教育実習・課題実習の連携協力校の教育委員会代表及び校長等が来賓として参加されました。 入学者は23名。学部からの直進者7名、現職教員16名です。 学長の挨拶全文を下記に掲載します。 「副学長だより」(40) 学長挨拶回りに同行 豊橋技術科学大学の新学長、新理事が事務職員と共に来訪され、本学新学長と懇談。私も同席。そのあと、私たちも一緒になって、名古屋工業大学長をたずね、同大学の古きゆかしき建物である「交友会館」で応対を受けました。そこでの懇談の後、名古屋大学へ豊技大の方と一緒に行って、学長どうしの懇談。この場にも私は同席しました。 偶然とはいえ、四名の学長とも理工系という点では共通しています。また、豊技大と名工大、本学は単科系大学という点では分野こそ違えども共通する課題を抱えており、今後もしっかりと交流していこうということになりました。 私としては、半日のうちに、四名のリーダーを観察することができ、いろいろと示唆を受けました。さすがに名大の平野学長はすでに4年近くの学長歴もあって、落ち着いていて、貫禄もありました。附属中学・高校の在り方についても、シンプルながらも確かな見識で今後の構想を考えておられると感じました。現場との行き違いはあるようですが。
平野学長は経済諮問委員会の方策などをとりあげて、御手洗会長(キャノン)の市場原理推進のやり方について、「プリンタはどこでも同じ性能で動いてくれなくては困るが、大学はそうじゃない。それぞれの文化があるわけで、この文化をしっかりと発揮できてこそ大学だ。今のやり方は、大学をプリンタのようにそろえようとするもので、これでは問題だ」と指摘していました。 名工大、名大ともに、総務関係は事務局長が理事となって担当しています。
総務は幅が広いし、教職員の人事管理も含めた要の仕事になるので、そのような配置になると思います。その任務を私が担うわけですから、これはなかなか大変です。 「副学長だより」(39) 新採用研修 4月1日付辞令の(本学への)新採用者24名(教員、事務職員含む)の研修会がありました。 学長以下、担当理事、事務局長が順にレクチュアをしていきます。受講者は大変ですが。私は、総務担当として、まず法人化の仕組み三要素(運営費交付金、競争的資金獲得、第三者評価)、本学財務の現況と08年度収支の案、そして人事関係として、労働基準法による労使関係・就業規則・労働形態など、さらに教員の兼業のルール、ハラスメント問題、コンプライアンス(公益通報制度)などを話しました。Power-pointにまとめて。 夕方には、上記の方々に役職者も加わって、懇親会。乾杯の発声を指名された私は、キャンパスの正門からの道に咲くサクラが満開でしたので、「サクラ」を織り込んだメッセージを話すことにし、「サポートとサーヴィスも大事な業務ととらえてとりくみ、クエスチョンには自分一人で抱え込まずにまわりのひとに相談して、よりよい解決を図り、ラーニング(学び)をいつも心に刻んで、それぞれの方がお持ちの力を発揮し、ぜひすばらしい愛知教育大学にしていきましょう」「乾杯!」としました。 「副学長だより」(38) 入学式 大学の正面を入ったバス停を降りて、キャンパスメイン道路の坂道をあがっていく、その道沿いに桜の木々があり、本日はまさに咲き誇る桜に迎えられて、入学式が行われました。 わたしたち役員はすでに壇上にあがっていすに座って待機。ステージのすぐ前で本学オーケストラが奏楽。そして、緞帳があがり、いよいよ開式。こちらから観ると、一階席、二階席共にびっしりと埋め尽くした新入生と保護者の方々。入学者は、学部、大学院あわせて総勢1,100名。 ステージの上の正面には大きな金屏風。その前に、式台。そこに松田・新学長があゆみでて入学許可宣言。そして、式辞。やや長い内容ですが、格調の高い、しかも学生・院生への期待のメッセージを込めたすばらしいスピーチでした。 役員紹介では、一人ひとりが読み上げられて、その位置で立ち上がって、ひとこと言って礼をします。「ご入学をお祝いします」と私は言いました。 最後に、オーケストラのワーグナー組曲の一節の演奏、そして混声合唱団の「学生歌」「春に」の合唱。そして一同の礼で、すべて入学式は終了です。もうお気づきの通り、「日の丸」「君が代」はありません。私が助手で赴任してからずっと、このスタイルです。 夕刻には、働きながら大学院で学ぶ人のために、大学院入学式が行われ、10名の新入生の出席のもとに厳かに行われました。 「副学長だより」(37) 特色GPのフォーラム 3/16,名古屋市内において、本学の特色GP(大学が申請し、グッド・プラクシスとして文科省から認可され予算化された事業のこと)関連企画として科学力を初めとする最近の問題についてフォーラムが開かれました。 特別講演では、国立教育政策研究所の小倉康氏がPISAの調査結果も踏まえつついま科学力をどう向上させるかについて話しました。そのあと、後半では小倉氏も交え、本学の教授、卒業生でいま県下の指導主事をしている現場人とともにシンポジウムが行われました。 その中で、指導主事の方が「教師は五者たれ、といわれる。すなわち、学者、医者、役者、易者、芸者(芸達者)」という話しを終わりにして、なかなかインパクトがありました。これには、フロアから理科系の教授が「そういわれると、理系の高校生としてはますます本学に来なくなるのではないか」との反論もありました。つまり、理系の学生としては、「学者」的ではあり得てもそれ以外は難しいとの含みもあるし、現に、今年行った前期日程・後期日程の入試でも理科系は出願者が著しく減少していることも背景にあると思います。 「五者たれ」とは教師の役割を言っているのですが、もとは、三者だったのです。つまり、doctor、actor、fortune−tellerという機能です。しかも、それは、「子どもを癒し、励まして元気づけ、そして明日を語ることで生きる見通しを与える」という、教師本来の役割をあらわすことばだったのです。ただし、作者不詳とか。 それが「五者」となり、現場人の言い方もあって、多種多彩の職業的役割をこなさないといけないかのように受け取られて、上記のやりとりになったようです。私はフロア側にいて、これは行き違いが生まれており、まずいとは思いましたが、時間もなくて発言は控えました。 ますは「教える人」の一者からでもいいのです。そのことが上に述べたactorなどの機能を学んでいくベースなのですから。 「副学長だより」(36) 今後のこと 皆さん、おはようございます。いま、午前6時前。本日は教職大学院の第二次募集入試があるので、担当理事として出勤しなければならないのです。 さて、先日、勤務先の教育研究評議会で、次期学長に決まった松田正久氏(注:任命は文部科学大臣から4月1日に)より、次期の役員体制が公表されました。 総務担当理事、教育担当理事、学生担当理事、連携担当理事の四名が内定しました。このうち、総務担当理事をわたしが務めます。業務内容としては、総務、労務、財務、施設、図書館長兼務、教職大学院対応、そのほか、です。 どれも大事な業務ですが、以前に、法人化後の初代の過半数代表者(注:労基法で定められた労働者側の代表者)を連続二年務めましたので、労使関係としては、だいたいの論点や協議・交渉内容が見えています。財務は、財務課等の職員ともおおいに連携を取って進めていきたい。最近も、分厚い国立大学法人会計の解説本を購入して、下準備をしはじめたところです。 教育学専攻のわたしが財務を? との感想もお持ちの方もおられるでしょう。その通り、とも言えますが、財務を「数字の世界」とだけは見ないで、「論理の世界」とみればやっていけます。すでに財務委員会に関わってきていますので。どういう考えや方針で、多種多彩の費目を運用していくのか、ある経費の増減は何を目的とするのか、など。論理学の訓練がここでも役立ちます。もちろん経営的な観点での将来性を見据えたスタンスが一番問われます。 というわけで、4月以降の新年度も、勤務先の理事・副学長として従事していくことになります。どうぞ、宜しくお願いします。 「副学長だより」(35) 岡山大学主催の教職大学院ワークショップに参加 2月29日、標記のFD研究会に報告者として要請され、岡山に行ってきました。兵庫教育大学から、渡辺、加治佐のお二人の教授が報告者として参加されました。 すでに教職大学院に相当する専攻を設けて実際に高度指導職(スクールリーダー)養成などを進めてきている兵庫教育大学のお二人の話は、非常に具体的で、私にとっても参考になりました。渡辺さんは「心の教育実践コース」のコース長でもあり、今後の展開が期待されます。加治佐さんは、受講生である現職教員たちの具体的な反応も紹介しながら、舞台裏とも言える部分まで率直に踏み込んで語ったので、フロアからもとても受けていました。 私は、本学の教職大学院案内用の詳細なパワーポイントを使って、20分、できるだけ要点が伝わるように話しました。担当する当事者ではないので、フロアにとってはどうかな、と思ったのですが、それなりに良かったようです。そのあと約40分、質疑をとおして、ユーモアも交えながらお互いの議論が深まりました。 終了後、岡山駅近くの「津山」という料理屋に移動して、懇親会が行われました。進行役の準教授が「では、宴会を始めます」とストレートな言い方をしたので、まずドッと大笑い。 それぞれ参加者がひとことずつ今日の感想を述べる中で、私の母校の後輩でもあるS教授が「(このワークショップの基になっている活動経費の)予算をまとまって使うには、ある程度の距離があり役職者であれば条件が合うので折出さんにお願いした」とジョークを交えて話しましたので、岡大の方々が大笑い。そのあとの私のスピーチで「なぜ、今回、私がご指名を受けたかがやっとわかりました。グッドな人選です」というと、またまた一同ドッと笑いが起こりました。岡山大学の参加された教員の方々は温かい雰囲気で、とてもよかった。 「副学長だより」(34) イギリスのニューマン大学より訪問 2月27日、本学の協定校であるニューマン大学・カレッジのブルース・ジョーンズ教授が訪問し、学長室で約1時間懇談しました。同大学は、これまでカレッジでしたが、最近、大学に昇格し、イギリスの制度で、大学ではあるが小規模という意味で、Newman University College という名称になっています。学生数はおよそ3000名だそうです。 イギリスでも、大学評価がきびしくなっており、それによって公費の補助も影響されるようです。同大学のHPも、まず、公的評価の話から始まっています。 Newman has an excellent record for the quality of its courses and one of the best graduate employment rates of UK colleges and universities. In recent years very positive inspection reports have been received from the QAA and OFSTED, including a grade 1, the highest possible, for management and quality assurance. Reports frequently highlight the positive experience of students and individual attention offered by Newman’s staff. ニューマン大学は、教育コースの質においてすぐれた実績を有し、英国における学部の就職率の最も高い大学・カレッジの一つです。最近、QAAやOFSTED(教育水準監視の政府機関)から、運営面、質的保障の両面で最高水準のグレード1という、良好の視察報告を受けています。その報告は、学生たちの積極的な体験や本学のスタッフによる個々の配慮にたいして、しばしば注目しています。 (中略) John Henry Newman (1801-90), one of the intellectual giants of the 19th century. His life was marked by a constant struggle for integrity and truth at considerable cost to himself. Newman was an extraordinary thinker whose creative and lively mind engaged with the process by which men and women come to knowledge and truth. His explorations of the human intellectual and spiritual journey anticipate much of the contemporary work on multiple modes of intelligence and understanding that underpin the way we learn and teach at Newman. (この大学の創設者である)ジョン・ヘンリー・ニューマンは、19世紀の知的偉人の一人です。彼の生涯は、一貫して、みずからの資財をなげうって道徳的高潔さと真理のためにたたかったことで知られています。ニューマンは、偉大な思想家として、男女問わず人々が知識と真理に達するためのプロセスのために創造的に、かつ実に闊達な精神で取り組みました。人間の知性と精神的遍歴についての彼の探究は、知性と理解に関する現代的活動の多様な様式にとって実に先駆的なものでありまして、それらは、ニューマン大学における学習と教授のなかで私どものベースになっています。(以上は、折出訳。出所は、http://www.newman.ac.uk/ からの引用です。) 懇談の中で、話題が最近のイギリスの子どもの教育になったときに、ジョーンズ氏は、新自由主義・サッチャー政権後、イギリスの義務教育のカリキュラムは中央集権化してきている。また、学校間の学力とその評価に関わる競争も強まっている、と述べていました。日本が同じ状況にあることも伝えました。 「副学長だより」(33) 教職大学院の専任教員会議開催 2月16日、標記の会議が学内で行われ、学長代理としてわたしが出席し、あいさつと今後の予定についてお話をしました。 学内教員で完全にこちらに移籍する人5名、学内教員で現講座に属しながら担当する人4名、全国公募による採用の方2名、県と市との交流人事による採用の方2名、そして非常勤形態だが「みなし専任」という呼称で専任教員として位置付く方4名。この合計17名に、授業を担当する兼務担当者の4名のうち1名が出席。学外者のかたはすべて4月1日付で本学に採用となります。 研究者と実務家がこうして専任教員として共同でひとつの研究科会議のテーブルに着くのは、もちろん本学始まって以来、初めてのこと。 本学のこれまでの約30年に及ぶ大学院歴史にあらたなページが加わることことをお祝いします。 なお,2月29日には、教職大学院の新設大学の一つである岡山大学で教職大学院に関するFD研究会(大学における現職研修)が同大学主催で行われ、兵庫教育大の方と共にわたしも愛知教育大を代表して、本学での教職大学院構想について話します。 「副学長だより」(32) 次期学長、決まる 学内の公開されているチーム・ウエアに、下記の様に広報が流れました。 次期学長候補者の選考結果について このことについて,2008年1月31日(木)開催の本会議において,学内意向投票結果を学長選考等管理委員会委員長から報告願った後,「学長の選考及び解任の発議等に関する手続き要項」第1第3号の規定に基づき審議した結果,松田 正久氏を次期学長候補者として選考しましたので報告します。 なお,この結果を国立大学法人法第12条の規定に基づき,国立大学法人愛知教育大学長から文部科学大臣あて申し出ることを申し添えます。 「副学長だより」(31) 教職大学院、第二次募集を行います 教職大学院では、その目的・理念に照らして、多様な人材を育成したいので、二次募集を行います。募集要項の正式公表は2月4日です。 3月8日、9日が入試です。 詳細は、下記へ。 〒448-8542 愛知県刈谷市井ヶ谷町広沢1 「副学長だより」(30) 教職大学院でTV番組に 先日の1月25日、NHK名古屋放送局が企画している「おはよう東海」(愛知・三重・岐阜に発信)で、「トーク 新しい教職大学院とは」という番組で、出演しました。 7時34分から6分間、教職大学院とは→ 愛知教育大に開設されるこの大学院の特色は → いま、なぜ教職大学院なのか → いよいよスタートにあたり、この大学院の課題は、という流れで話しました。 事前に、この番組のキャスターを務める村竹アナウンサーと打ち合わせ、そして、収録。実は、当日の朝、生出演も可能だったのですが、前日の収録でお願いしました。流れをリハーサルで確認した後、いざ本番。となると実際には6分間は短い。何を、どのような表現で視聴者に伝えるか。むずかしいものです。 放送後、職場で出演について声掛けを受けましたが、かつての卒論の指導生から「見ました」というメールも届きました。 また、大学院ゼミに参加しているある現職教員の方の場合は、風邪で寝込んでいたので見られなかったが、その母親が見てくださった様で、こういうメールでした。 とても穏やかに話していらしたこと,分かりやすいお話のされ方だったと申しておりました。この方が折出先生だと教えましたら,教授とは思わなかった?と申しました。丁寧に話され,難しい話し方ではなかったという意味でした。 市民の方にも「わかりやすく」、教職大学院とは何なのか、を伝えたい、と思って臨みましたので、こういう反応はうれしいですね。少し本音を言えば、わたしは以前から、脱アカデミズムの意味で、「脱・教授像」を心がけていたので、ようやくそのような雰囲気が出る様になったのかなと思います。 「副学長だより」(29) センター試験、無事終了 先日19,20日と大学入試センター試験が行われ、無事終えることができました。リスニングテストで一件、再開テスト(本来の時間枠の後に、ICプレーヤーに不具合があったと要求した受験者について、解答できなかった設問から引き続き解答再開をみとめる方式のこと)を行いました。このほかには、特にトラブルはありませんでした。 入試の責任理事なので、前日18日、翌19日は、大学エリアの近くにあるホテルに泊まり、翌朝はタクシーで6時に出て、大学に6時半前には着いて、入試文書(問題用紙など)を、附属高校試験場、別の公立高校試験場(1校のみ)に搬出するのに立ち会いました。 一日ごとに、終了後は答案用紙の保管が終了するまで、理事室で控えて対応しました。 身近に入試課の職員の仕事ぶりを見ましたが、それはそれは大変な作業であり、実務です。 保護者も、一部でしょうが、以前よりは変わったようです。ある母親「大学の試験室は冷えるでしょうね。暖房は効いていますか」職員「はい、暖房は入れています」母親「子どもがスリッパを忘れていったのですが、大学で貸してやってもらえますか」職員「そこまではできかねます」。 受験初日に、乗ってきたバスにお弁当や飲み物の袋を忘れた人、一日目に全日程終了後、机の上に自分の受験票をそのまま置いて(忘れて)帰った人など、試験前の緊張や、結果に気を取られている姿が伺えます。誰でもありえることです。どうか、このあとの前期日程試験でも、落ち着いて、日頃の実力を発揮してください。 受験のコツは、直前で新しいことを取り入れるよりは、今までやってきたこと、修得したことの結果がフルに発揮できるようにすること(復習重点)。つまりは、自分の知の働きに信頼を置いて、それをフルに活動させることです。まずは深呼吸から。あせったり、不安になると、確実に呼吸は浅くなり、血液の巡りが落ちて、判断がにぶりがちですから。 あわてて日頃の自分の6割の結果になってしまうよりは落ち着いて、日頃の8割以上が発揮できる。これが人生の難局において乗り切っていくコツでもあります。 では、受験生の皆さん、次へのチャレンジを! 「副学長だより」(28) 教職大学院(その2) 先週11日に締め切りとなった教職大学院の出願は、定員50名に対して31名となりました。正式認可が下りた12月3日以降、HPや説明会、そして近隣・近県大学への入試案内回りと、できるだけPRに努めてきました。短期間の出願期間であったことも、少しは影響していると思います。 が、総合的に見ると、ほぼ妥当な出願状況ではないかと思います。当初から計画しておりましたので、二次募集は予定通り行います。3月8日・9日です。詳細はまた、このHPでもご紹介します。 なお、教職大学院に関するわたしへの取材は、『読売新聞』中部読売新聞社、の1月16日付「中部の教育」(2)として載りました。機会がありましたら、ご覧ください。 「副学長だより」(27) 研究指導の受け入れについて わたしを指名して研究指導を願い出てこられる中国人の研究生の方が、このところ続いています。昨年、記憶にあるのでは二名か三名、そして年明けのいま、早くも一名です。 昨年4月より、理事・副学長職に就任することとなり教授職を辞して、基本的には、授業と研究指導からは離れております。それぞれ問い合わせてこられる方々は、いじめ問題あるいは臨床教育学など、今日的なテーマと真摯にとりくもうとされる姿勢が伺えて好感が持てます。また、そうした方の依頼文や添付されているリポートを拝見しますと、中国の教育学研究においても、いじめ問題や不登校など、我が国と共通する課題がいまや切実になっていることもよくわかります。 しかし、上記の状態では、お引き受けしてもその方自身にとって期待はずれとなる様な業務の環境にありますので、いずれも丁重にお断りしております。 もし、同じような関心を持っておられる外国人の方でこのHPをご覧になられましたら、そのような事情ですので、わたしへの研究指導の問い合わせは見送っていただき、別の適切な教授等をお探しください。また、身近な外国人学生から同様の問い合わせがあって、このHPを訪問してくださったかたにおかれましても、そのような事情をお察しいただき、その学生に「指導は無理である」とお伝えください。(1月10日) 「副学長だより」(26) 教職大学院、出願受付中 4月にスタートの教職大学院入試が、1月26/27日に行われます。7〜11日が出願期間です。短いですが、どうぞふるって志願してください。 一般大学で教職課程を履修された学部卒業見込みの方、中高一種免があれば受験できます。教科は問いません。どのような教科でも、当大学院の修了を以て基礎免許の教科がそのまま専修免許に格上げになります。 また、当大学院のカリキュラムメニューは、従来の教育学研究科とはかなり違う、実践的研究重視のものですので、現場でいろいろと経験・観察しながら大学院で深めてその後に教職に、という関心のある方は、それだけの学習効果、将来性、専門性、そして教職の自信につながる要素がたくさん用意されていますので、どうぞトライしてください。 学費に関しては、収入・成績の一定基準で審査を受けますが、本学の場合、比較的余裕もありますので、入学後に奨学金制度を利用して安心して勉学に打ち込むことは可能です。また、社会人の方に関しては、本学が申請して来年度予算内示もありました社会人育成支援の資金による奨学金への申請もできます(収入等の審査基準はあります)。 わたしも、いまは理事職のため思う様にできないのが実情ですが、慶應大学法学部通信教育課程に入学したのも、法学の基礎的で体系立ったものを学ぶときは今しかない(退職後のほうが時間があるように見えるが、問題は時間的な量ではなくその行為の質だ、学びへのこだわりは今が強い)、チャンスを逃したくないという気持ちからでした。 まさかその後、こうして理事・副学長の役職を命ぜられるとはさすがに予想だにしなかったのですが、わたしの選択に間違いはなかったと思います。西洋教育思想でもJ.ヘルバルトは学部では法学の出身でしたし、J.デューイもヘーゲル哲学の弁証法(その動的で体系だった論理)から若いとき大いに学んでいます。 ともかく、ひとにはそれぞれ、いま・ここでどうしようかという選択場面が必ずあります。そのとき、自己の「内なる声」にしたがうことにそれほどの間違いはありません。なぜなら、その「声」は、これまで他者との交流の中で築かれてきている社会的な自己の、原基とも言える「わたし」の意欲や願望であるからです。 読者の皆さんのうち、もし大学院に関心を持っておられますならば、どうぞ、その学びへの「内なる声」を聞いて、トライしてください。何事かを起こす選択の「時」は、二度とめぐっては来ない。これは人生の真実です。 *****ここまで2007年***********
「副学長だより」(25) 学長選挙、二次投票の結果 本日(21日)、学内のチームウエアに下記の様に公表されました。 松 田 正 久 201票 川 上 昭 吾 165票 上記の結果,松田正久氏が投票者数の過半数の獲得をしましたので,お知らせします。 2007年12月21日 愛知教育大学学長選考等管理委員会 「副学長だより」(24) 学長選挙、二次投票へ 田原賢一学長の任期満了に伴う次期学長選考の意向投票がいま進行中です。五名の立候補者があり、さる12月7日に投開票の結果、いずれも、本学の規程にある投票者総数の過半数に達した候補者はおらず、上位二名、松田正久副学長・理事と川上昭吾教授(理科教育講座)との第二次投票=決戦となります。投開票日は12月21日。 次の学長任期は、中期目標・中期計画と同じ6年間。その学長が任命する理事は3年間。本学の場合、4名の理事というのは法人法の施行にあたって決められているので変更はありません。 本学の場合には、意向投票の結果を尊重して学長を選考する、と規程で定められておりますので、これに従って選考していくことになります。 「副学長だより」(23)教職大学院の学生募集要項ができています 下記の(22)号のとおり、専門職大学院(教職大学院)の設置が認可されました。これに伴い、来年、1月26・27日に入試を行います。その学生募集要項ができています。下記でご覧いただけます。 入手ご希望の場合には、この募集要項13ページに載っている入試課に照会してください。送ってくれます。 私は、担当の理事として、三日間を掛けて愛知県下及び近隣の公立・私立大学、そして愛知県教育センター、計16の教育機関を訪問して学生募集要項の説明をしてきました。 「副学長だより」(22)教職大学院の設置が認可されました 勤務先の愛知教育大学に来年4月、教職に特化した専門職大学院(教職大学院)の設置が認可されました。本日(27日)の正午の全国版NHKニュースでも報道していました。(後記:27日夕刊各紙がさらに詳しく報道しています。) それによると21の大学・連合体が申請をしまして、19の大学・連合体が認可されたとのことです。千葉と群馬の私立校2校は、審査の結果、申請の取り下げとなったようです。 改めて申しますと、本学の場合は、教育実践研究科教職実践専攻です。入学定員は50名。学部直進者、社会人、現職教員をあわせた定員です。 教授陣は、研究者教員が9名、実務家教員が8名(うち「みなし専任」4名)。実務家教員の多くは教職者ですが、司法福祉分野の「みなし専任」も1名います。 カリキュラムは、修了単位47単位。すべて演習科目。担当形態は、研究者と実務家のTT方式。原則として、現職教員の履修のために「火曜日、金曜日、土曜日」が授業日です。それ以外の曜日は、現職教員は自分の学級指導や授業の仕事です。学部直進の者は、連携協力校へのサポートで実践に入るか、現職教員の現任校へ赴いて実践を参観して助言を受けるか、ゼミの準備か、など実践的な活動で埋まっていきます。 先の報道では、文部科学省も、この新大学院が計画通りきちんとやられているか、スタート後に調査にはいるとのことです。 本学では下記の通り、説明会を行いますので、関心のある方はどうぞ。自由に参加できます。また、12/6に教職大学院の学生募集要項(入試のくわしい情報などを記載)を公表しますので、希望の方は、本学のHPから入試課にご照会いただくと、郵送してくれます。 12月1日付「朝日新聞」朝刊の大学広告欄にも、本学の教職大学院入試予定の短い広告が載ります。 なお、わたくしごとで言えば、わたしは教職大学院のほうは担当いたしません。従来通り、既設の教育学研究科の学校教育臨床専攻および発達教育科学専攻(学校教育専攻を改称)を担当します。 すでに、他県のある学部生が「いじめ」問題の研究で折出のところで学びたいので進学したいが、合格したら面倒見てもらえますか、と問い合わせてきています。 今しばらくは、既設の大学院で、いじめ・心的外傷と自立の支援や、子ども集団の自主的自治的活動の発展など、生活指導論的な分野で仕事を続けます。 ただし、いま進行中の本学の学長選挙の結果によってはまた流動的な面もあります(いっしょに理事をしている友人が立候補しているので)。 来年4月に、教職に特化した専門職大学院(教職大学院)を設置する計画を進めています。正式の認可通知は、いまのところ、11月22日には文部科学省から伝えられる、と聞いています。 勤務先としては、次の様に、教職大学院の入試の説明会を開くことにしています。入試は、来年の1月26,27日の予定です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 愛知教育大学教職大学院を受験する皆様へ
本学教職大学院は,出願手続時に各領域が指定する書類が必要となります。ついては,書類の記載内容等を中心とした入試に関する説明会を下記のとおり開催しますので,是非ご参加ください。
記
日時:平成19年12月22日(土) 教職実践応用領域の志願者対象 10時から 教職実践基礎領域の志願者対象 13時から
場所:本学第一共通棟310教室
折出注記:関心のある方はどなたでもご参加できますので、どうぞご来場ください。入試の学生募集要項は当日、会場でお渡しします。後日、入試課に照会してくだされば郵送でも入手できます。 引き続き高校訪問をしました。ある県立高校を訪れたときのこと。 夕方でしたので、授業は終わっていて、運動部系の生徒たちが正門の近くのスペースで柔軟体操をしていました。わたしたちの車を見て「こんにちは」と元気の良い挨拶。受付を済ませて進路指導室に向けて廊下を歩いているときも出会う生徒がみな、「こんにちは」と明るい声を掛けてくれます。 先生たちも、なのです。行きかう方々がみなさん、笑顔で「こんにちは」「いらっしゃい」など、さりげない言葉掛けをされるのです。
進路指導の先生によると、国公立をめざす生徒は非常に少なく、私学ねらいが多いとのこと。それだけ学力の面では課題が多いので、と笑いながら話されました。 そこからの帰りに廊下からふと見えたのは、職員室に数名の生徒があちらこちらの教員の机の側にすわってなにやら先生と話している姿。まるで小学校の様な開放的な雰囲気でした。 大学受験の学力だけで見るとこの高校は国公立はきびしいのかもしれませんが、この校風、生徒たちの開放的な雰囲気は得難いものだとおもいます。ここまでもってくるのに、おそらく教職員の方々にはいろんな苦労があったのでしょう。 そういえば、かつて名古屋西部に集中豪雨の被害があり、この高校のあるエリアでも低地部分が雨で水没したときに、お年寄りを助けたりするなどボランティアに乗り出したのはこの高校の生徒たちでした。 当時のある教師によると、「頭はアジサイのような格好の生徒が、お年寄りが近くの体育館に非難するのを進んで手伝った」のだそうです。その感性は、数年後の今も、後輩たちによって受け継がれているのかなと感じました。 副学長職に就くにあたり、わたしの関係の講義等は非常勤講師をお願いしましたが、専門科目の「生活指導論演習」(後期)だけはわたしが担当することで会議でも公認を得ております。教育実習から三年生が戻ってきて、その授業もいよいよ始まりました。 4年生・3年生、そして大学院研究生を含めて12名。テキストは『人間的自立の教育実践学』を使います。その関係で大学の生協書籍売り場に在庫確認に行きますと、「別の先生がテキストにしているので、そこにかなり入っています」とのこと。見ると、同書と拙著『市民社会の教育』が積み上げてあります。同じく後期から始まる3年生用の教育科目のテキストのようです。 授業担当者は、非常勤講師のKさんとあります。 『人間的自立の・・・・』は、『週刊現代』で原武史さんが同氏の書評コーナーで取り上げておりましたので、小著も思わぬところで知られることとなりました。いま授業準備も兼ねて改めて読み返しておりますが、概論に流れず、かといって特殊な部分問題に入り込まず、ほどよい取り扱いの硬さと内容展開とで、学生にとっても多少は読みやすくなっている思います。 会議のセットされていない曜日でも急に用務が入ったりするのですが、この授業だけはどうにかこなして、生活指導、ひいては教育学研究への学生の関心を高める一助となればと思っています。 入試の時期がやってきました。勤務校では、毎年、評議員、理事と事務職員が分担して愛知県と近隣の高校を訪問し、本学の入学者選抜の方式や変更点などについて説明をして回っています。志願者を維持し、できるだけ増やすためです。 わたしは入試担当の理事でもありますので、他の方よりも担当校が多く、愛知県・名古屋市の数校、静岡の二校、三重の二校、岐阜の二校などを回ります。五日間に分けて訪問しますが、大部分、すでに訪問してきました。いずれも公立高校です。 進路指導の教員もよく各大学の入試を研究しておられて、なかなか鋭い質問や、こちらとしては答えづらい、突っ込んだ問いを出されます。ただ、そのあたりは先方も心得たもので「これは大学としては答えられないかも知れませんが、それはそれでいいですが・・・」と前置きして、高校側の要望や注文をこちらに伝えて来ます。 先日、静岡のある名門校を訪問したときのこと。掛川城のすぐ下にある県立高校。ちょうど授業中の時間帯でしたが、進路指導室に向かう廊下沿いの教室で授業風景が見えました。どの教室も静かで、生徒のざわざわする声はまったく聞こえてきません。教員の声もそんなに大きくないし、クラス全体が集中している雰囲気が廊下のほうにも伝わってきました。 12月になれば、推薦入学が始まり、来年のセンター入試、前期・後期日程と、3月まで入試の担当としては気をゆるめてはおれない時期が続きます。 名古屋市内の河合塾を会場にして、東海北陸地区の11の国立大学が共同して「大学説明会」を実施しました。 基調講演「教員養成系大学の魅力と学びがい」と題して、わたしが45分間のプレゼンを、パワーポイントを使って行いました。会場の河合塾三階の大講義室に、約110名(もちろん圧倒的に受験生)が訪れ熱心に聴いてくれました。 最初のプレゼンなので、いきなり自分の大学のPRではなく、「大学とは」「一般教育と専門教育の関係は」「学ぶとは」などの話を一定時間しました。「知の世界に出会うことで、あらためて自己自身と出会い直す。そのための人的・物的・空間的諸条件を権利として活用する公共の高等教育の場が大学だ。高校までの様なTeaching-Learningモデルではなく、Education−Studyモデルが大事」という言い方をしておきました。 この後、各大学も30分の持ち時間でそれぞれ説明を行い、名工大が後半の基調講演を担当しました。 同5階では、各大学のブースがセットされ、それぞれ受験生が列をつくって並び、説明を待っています。私の勤務校も2列で、かなりの人数です。 「副学長だより」(16) 全国副学長会議 「全国国立大学学生指導担当副学長協議会」が、札幌市内で開催され出席しました。毎年開催のようで今回は28回。 「九月入学」「定員超過・留年者対応」「大学地域コンソーシアム」「学生への危機対応」など8つの議題について、二日間にわたり、出席大学の現在の取り組み、意見などを交換し、大学の抱える共通課題をある程度深めることができました。83の国立大学(大学院大学を含む)の副学長・理事が出席しました。 たとえば、横浜国立大生の拉致事件が起こり、まさに危機対応が同時進行であることが同大学の副学長から報告されたし、東大副学長が困窮学生の授業料全額免除を打ち出したことについて全国でもこのような学生支援を進める必要があるのでは、と提起したことに対しては「一律に実施するには無理がある」と反論が出されました。この会議が事務的なやりとりではないことは確かです。 東大でも学生のメンタルな問題が深刻なようで、「いのちを捨てないでください」という一枚のパンフレットをつくって全学に配布しているし、学生相談のあらゆる窓口を安田講堂の周りに集めるべく今工事中であるとのこと。少しでも学生が訪ねて来やすい様にするためだそうです。 学生の自殺が増えている現状を指して「いのちを落とす」という言い方を同副学長はしていましたが、まるで事故の様な表現には疑問がありました。 最近、一定の割合以上の留年者の授業料分は国庫に納めさせる(大学から取り上げる)という措置が打ち出されていますが、これに対しては、そうしたメンタルな面をもつがゆえに4年を超えて留年する学生も増えつつあるいま、そういうやり方には疑問があるとの意見も出されました。(10/12 記) 下記の文部科学省への出張の後、26日は沼津から戻ってすぐに教授会に出席し、この間の経緯と対応を教授会員に報告。続いて9月27日から28日には富山市内で開催の東海北陸メンタルヘルス協議会に出席しました。 28日には、帰路京都に回って、日本教育方法学会の全国理事会に出席。来年の10月、愛知教育大学が開催校になるためです。 というわけで、いつもの私の行動パターンですが、「アフター会議」のタイムは、地元のお魚料理で英気を養っていますので、けっこう元気でやっています。 移動の時の退屈しのぎにと、家族が購入しておいていた宮部みゆきの推理小説文庫本を持ち歩きました。この作家のを読むのは初めて。 クレジット社会のカード破産と犯罪を描いた『火車(かしゃ)』、次々と起こる女性三人の怪死にひそむ犯罪をあばいていく『魔術はささやく』。ともに、女性作家らしい巧みな描写、エピソードがいい。引き込まれていく構成もよい。 とくに『火車』は、解説の佐高信がいうように、「クレジットという近代と、オームという前近代が不思議な結びつきをする」現代日本の深部を、「ふつうに」生きようとする者の目線で切り取った傑作だといえます。 久々に、質の高い推理小説を読みました。 9月25日、教職大学院の設置に関わる面接審査が、文部科学省のある三菱ビル(丸の内)で行われました。大学設置・学校法人審議会によるものです。 本学の番は、午後1時過ぎから約1時間半。主査の委員ともう一人の二人の委員が、組織運営、教育課程、実習の内容、学生募集の見通しなどについて質問し、これにわたしたち(学長、理事、準教授、事務局長、事務職員の計6名)が応答しました。 本学は、教育実践研究科教職実践専攻という、既設研究科とは別個の単独研究科を構想しており、また教育課程メニューも火・金・土の三日に授業日を当て、その他の曜日は現職教員の現任校あるいは連携協力校での実践的な研究指導という形態を取っています。 他の大学院に比べてそうした特色もあって、理念的・組織的なことからカリキュラム、特に実習の位置づけについて多岐にわたって質問がありました。これに、わたしや、準教授が中心となって応答説明をしました。 終了後、わたしは、教職大学院に関わる所用で沼津市に立ち寄り、一泊しました。翌日(26日)、用事を済ませて、すぐに大学の教授会に出るために戻りました。 沼津では、沼津港近くの「千本一」という魚料理店に出かけ、定食をとりました。味は良く、お値打ちの食事です。その後、すぐそばの海岸にまで散歩して、ちょうど夜空に仲秋の月があがっているのを見ました。海風にあたりながら、教職大学院の無事の設置を願わずにはいられませんでした。 「副学長だより」(13) 安倍首相辞任 12日のお昼、安倍氏辞任の報道が流れて、理事室周辺でもこの話題でもちきりになっているとき、ある地元新聞社が、取材の電話をしてきました。 記者に「何を聞きたいのか」と尋ねると、「安倍教育改革について、今回辞任を受けてどう思うか、次の首相候補は誰を挙げるか」という主旨だというのです。現在の役職の立場を考え、今回はお受けしないことにしました。 行政府の改編に関わることを、一国立大学の副学長があれこれコメントするのもどうかと思ったのと、その取材形式が、「識者に聞く」などとして多くのかたのコメントを一覧でザッと載せる感じと直観したからです。 副学長職であろうと、教育改革については発言したいことは数々あります。「伝統と文化」という改正教育基本法の文言をそのままカリキュラムに直結して「中学校体育での武道、ダンス必修」というのも反対です。これでは我が国の「伝統と文化」が泣きます。 本気で「伝統と文化」の具体化に取り組むならば、もっと、国語科の物語教材などの選定もふくめてトータルに全教科の中で再考をおこなうべきですし、共同体の復権やモラルの再生こそが、いま最重要な課題であると考えます。 「武道」必修等への直結はナショナリズム導入ではあっても日本の伝統と文化への接近ではありません。もちろん「武道」自体を私は否定するのではありません。このように「武道」を持ち出してそれを「伝統と文化」重視の証拠とするやり方こそ、ナショナリズムだと言いたいのです。 ともあれ、これで「教育再生」会議路線は破綻します(わたしはいずれこういう状況が起きると予告してきました)し、「美しい国」的ナショナリズムも立ち枯れになる可能性があります。次期首相が「ハト派」的な人物であろうとも、ここまで地方に格差と構造改革の責任を押しつけ、そのもとで各家庭と親に、家庭経済と子育て・教育と道徳樹立の「自己責任」を丸投げしてきたことのおおいなる矛盾としわよせは、今後もなおも続きます。 安倍氏は、心身ともに疲労困憊の中で政権を投げ出したのだと思いますが、その体験のあるいまこそ、これだけ競争であおられ、苦しみ、学校へ行くのを渋ったり、進学を悩んだりしている子どもたちの苦悩を、身近に感じるべきではないでしょうか。 彼・彼女らは、投げだそうにも投げ出せないのです。その点では、安倍氏以上に、苦しい。 国民への謝罪を述べる余裕さえ失った今の安倍氏には、「教育再生会議」路線がそういうように子どもたちを追い込んできたことを思いやる余裕はないかも知れないけれど、いまなら、少しはかれらの苦悩がわかるのではないでしょうか。 「副学長だより」(12):新手の詐欺に注意!!(改訂版) 最近、愛知教育大学の「学生課」(本学にこういう課はありません)あるいは「教務課、財務課、総務課」のいずれかの職員を騙(かた)って、学生の自宅(実家)に電話して学生本人の携帯電話番号を聞き出そうとする怪しい電話が続いて発生しています。9月7日より始まっていると、確認しました。 推理しますと、何らかの手段で「名簿」を手に入れて、そこに記載されている情報を元に学生の実家に電話して、上記の情報を得ようとしています。 まず、大学の当該のセクションではそういう直接の照会・問い合わせはいっさいしておりません。どうぞ、そういう電話には応じないで、電話を切ってください。また、相手を突き止めてやろうと、質問に応じる風で次々と対応しないでください。相手はプロと思われます。 今つかんでいる範囲では、「学生課の○○」と騙る人物も複数の男性、また「教務課の○○」は女性とわかっています。つまり、数名のチームらしい人物たちがこの件に関与していることがほぼ確実です。この背景にどういう個人なり組織の意図や動きがあるのか、をふくめて今後、検証を試みます。 繰り返しですが、学生の皆さん、保護者の皆さん、くれぐれもご注意ください。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 別件ですが、教職大学院の広報を兼ねて、本日、県下および岐阜県の私立大学に行ってまいりました。この「外回り」は、あと二日続ける予定です。 なお、近日、下記のように学部直進者を対象とする愛知教育大独自の「教職大学院説明会」(自由参加)を、下記の通り行います。 日時 9月25日 火曜日、午後1時半より4時頃までの予定。 場所 愛知教育大学 教職大学院の概要説明のほか、実際の授業を「模擬授業」風に行う予定。参加費は、無料です。一般の方も参加可能です。 詳細は、愛知教育大学のHPをご覧ください。
「副学長だより」(11):オープンキャンパス(補正版) 7月30日、31日の二日間、「大学見学説明会」を行いました。両日とも、講堂の一階席、二階席が満席になる盛況でした。一部マスコミ等での「教員バッシング」の風潮はあるものの、教師を考えている高校生たちはそれなりに関心を持ってくれているなと感じました。 一日目は、『毎日新聞』の地元支局の報道では、高三生や浪人生を合わせて1,375名。二日目は、1,395名。合計、2,770名。(昨年より、約90名増) 二日とも、私が、副学長として、パワーポイントを使いながら「愛知教育大学の魅力と学びがい」を説明しました。 31日の午後は、大学院の説明会も行われました。 これも、大盛況でした。用意した大講義室は満席で、急遽、通路にイスを置いて対応しました。当初用意した大学院案内等の資料一式が受付で無くなるほどでした。すぐに補充しました。 最終の参加者数は、208名(昨年は99名)。昨年の約二倍。 ここでも「大学院概要」を私がパワーポイントを使って説明し、その後、各専攻の代表者からのコメント、教職大学院の説明と続きました。 これらの後、フロアとの質疑応答でしたが、次々と質問が出て、予定の4時をオーバーし4時半に終了しました。 質問の多くは、入学試験の「特例措置」の具体的なケースについてでしたが、全体として過去に教職経験のある方、社会人の方の質問が目立ちました。教職大学院との併願の質問もありました。もちろん「OK」です。(8/1 補正版作成)
「副学長だより」(10) 愛知教育大学も、教職大学院設置の申請が取り上げられた大学の一つ。過日の新聞報道等でご存じかと思います。 まず「従来の大学院と何が違うのか」というと、基本の特徴としては(1)修士論文が課せられない、(2)履修単位数が45単位以上(うち、教育実習が10単位。ただし現職者には免除規定はある)、(3)現職者においては現任校・現任学級での実践がそのまま指導教員による実践演習の授業となる、など実践的研究が主体である。(4)演習授業を通して専門の知見も修得できる。 「果たしていま、こういう専門職大学院が教育界に必要なのか?」 これをめぐっては評価や意見は二分するでしょう。だが、いまの教育現場の山積する課題のとらえ方、それらを変えるべき必要性や方向性ではほぼ一致します。 すくなくとも、現場では、従来の、「教務」「校務」の中間的管理職者の役割や行動だけでは覆いきれないほどに課題は増えています。それらに実質的いどみ、なおかつ職場の同僚たちを研究的にコーディネイトできる力量を持った中間的なリーダーが必要であることは、10人の教師のうち、10人すべてが認めるはず。 それほどにいま、教育現場の、現実的課題の解決能力、あるいは問題の把握と改革のための計画能力が、残念ですが、弱まっています。 いま「弱まっている」として、あえて「低下している」とは書きませんでした。現場の実態としては、多忙化の中の思考の鈍化、仕事の混迷であり、校務の分掌をめぐることなどを含む人間関係の困難さ、自分たちの仕事の見通しの持て無さ、なのです。安易に「教師の指導力、低下」と、メディアの方は言うべきではないとおもいます。そういう実態を直視されるのであれば。 以上の現象は、「成果主義」導入後の企業内の状況とほぼ似ているといえます。 さて、そのような現実の改革を求めて(そのすべてではないが、可能な局面での打開につながる改革の意味で)、教職大学院を立ち上げる方向で本学も準備をしています。 現場の教員や教育委員会などの教職関係者を対象とする愛知教育大独自の「教職大学院説明会」(公開です)を、下記の通り行う予定です。 日時 8月24日金曜日、午後1時半より4時頃までの予定。 場所 愛知教育大学 421号教室。大きめの階段教室。 教職大学院の概要の説明に続いて、学内の専任予定の教員と、全国から公募して採用した実務家教員とがペアになって、教職大学院の実際の授業を、参加者を生徒に見立てて「模擬授業」風に行う予定(授業のデモンストレーション)。ご期待ください。参加費は、無料です。一般の方も参加可能です。(7/18掲載、7/19一部補正しました) 「副学長だより」(9) 7月13日、来年度の大学院教育学研究科(募集定員 100名)の「学生募集要項」ができました。 来年4月には教職大学院教育実践研究科(募集定員50名)を設置する計画でいま準備をしておりまして、これまでの定員150名を両研究科で分けています。その点がこれまでの募集とは大きく違っています。 また、学校教育専攻→(新)発達教育科学専攻、障害児教育専攻→(新)特別支援教育科学専攻に変更になります。各専攻ごとの定員は募集要項をご覧いただければと思います。 また、「大学院の説明会」を下記の通り、7月31日に行います。 「大学院学生募集要項」および「大学院説明会」については、下記のHPにあります「入試課」にお問い合わせください。 「副学長だより」(8) 7月3日、愛高教をふくむ8高教組が主催する「大学入試に関する高校・大学の交流会」(金山、労働会館)に担当理事として出席しました。大学側は、福井大、三重大、静岡大など東海北陸あわせて14大学。 各大学から、あらかじめ高校側から示された「入試の改革の現状」や、「高校で際限なく受験指導を強化していく現状は大学の学びにつながるか」についてのコメントを順にのべていきました。 わたしのところでは、2008年度から「従来の推薦Aに加えて、センター入試の成績を一定評価する推薦Bを実施する」「高校の推薦枠は、各入試単位ごとに1名と、拡大する」「後期日程の入試実施の選修、専攻を増やす」などを話しました。 二点目については、机上に配られた高教組側作成の「報告書」の内容にも触れて、次のように述べました。 「学力低下」について、「報告書」には、高校生たちにはいま言語能力が落ちた、常識さえ知らない、知識量が足りない・・・など否定的なことばかりが書いてあるが、「それにもかかわらず、こういう面を持っている」という視点を持たないと、「学力向上」競争の磁場の中に取り込まれるばかりではないか。そのジレンマにのめりこんだままで「学力」を問うても、出口は見えにくい。 大学で学生をみていて「フォーカシング」と「概念化」がポイントだと思う。客観的には「学力変化」なのであって、「低下」ばかりではないはず。いまの高校生なりの表現センスや、物事のつかみ方(つかもうとしていること)をどう物事にしっかりとフォーカスを当ててとらえるちからに高めるかが大事ではないか。そのための受験指導の量的な時間拡大は意味があるが、そうでなければあまり効果は期待できないのではないか。 以上のように話しました。これは、わたしの持論でして、「学力」は「覚力(覚る力)」(=物事の事実、関係、全体像をつかみ、自分の存在をさとること)として主体化されてはじめて「生きた学力」たりえるのです。 「副学長だより」(7) 早いものですね、もう一年の二分の一が過ぎて、7月です。体調を崩しやすいので、みなさん、大事にしてください。 6月30日、7月1日と、香川生研の大会に講師として参加。「拒否とトラブルをどうするか」の講座をやりました。二日目は、「子ども集団づくり入門」にたいする香生研の分析が提案され、それにたいするわたしの意見も述べました。彼らのその分析のベースは、共感的理解のうえの問題提起(批判)だと思います。 会場は、琴平町。あの「こんぴらさん」のまさにお膝元。その駅から近い、会員(退職教員)が経営者である保育園でした。夜はその園庭でバーベキューをして、ビールサーバーから各自ビールをつぎながら、三豊産のおいしい牛肉、そして豊浜のちくわ(まさに竹の棒にちくわのねたをまきつけて、炭火であぶる)もいただきました。 長く香川大にいて岡山大に異動した(大学院で後輩の)Sさんも夜、この会にかけつけました。が、すでにバーベキューのメイン料理は終わっていて、Sさん、モウシワケナイ・・・・・。 1週間会議等で疲れ気味で、わたしだけ近くの温泉旅館に。皆さんは、貸し布団をもちこんで、園の広間で寝ました。 旅館では、ちょうど最上階7階でして、屋上に露天風呂があるのでさっそくはいって、満天の星の・・・とはいきませんでしたが、いい気分転換になりました。 香生研の会員はもともと少なく、参加者も、少ない上に高齢(?)が目立ちましたが、議論も交流もたのしく、できました。 PCをやっている人自体がすくなく、下記の「滝山コミューン」は話題にならず、でした。 駅前に大きな観光旅館が数件建ち並び、一方、こんぴらさんへの参道のお店(小売店、土産物店)のいくつか、そして老舗の旅館はつぶれている感じ。ここにも市場原理は浸透しています。 「副学長だより」(6) 『朝日新聞』名古屋本社版、6月27日付朝刊、第15面に「大学院特集」があり、その中に勤務校の大学院案内も載っています。 その中にあるように、2008年4月の教職大学院(教育実践研究科)の創設に向けていま準備中です。 この6月末を期限とする設置申請に向けていまフル回転です。 ある程度確定したら、公表できる範囲内でここでもアップしてみましょう。 「副学長だより」(5)〜学会、公開シンポジウムのご案内〜 「中部教育学会」が下記の通り開催されます。 6月23日、会場:愛知教育大学第一共通棟。大会参加費 1000円。 10:00〜12:30 自由研究発表 (会員総会) 14:15〜16:45 公開シンポジウム「教員養成の動向と今日的課題」 問い合わせ先:0566−26−2286 学校教育講座・山口研究室直通 公開シンポでは専門家による教師のあり方論、学校論が深められます。会員以外の方もどうぞご参加ください。 学長の代行で、わたしが大会校挨拶をすることになりました。 「副学長だより」(4) 就任前の時点で先約のあった集会で講演をしてきました。 奈良市学童保育協議会の主催で「語るつどい いじめについて考える」という集会企画。ならまちセンターの市民ホールが会場でした。300席のところを、壇上から見ますと、半数は埋まっていたようです。 「いじめ」について、講演のたびごとに修正加筆をしながらレジュメをつくっていますが、今回は(指導員の方よりは)保護者が多いと言うことで、かなりくだいて話しました。 質問としては、「いじめには、共働き家庭が関係しているとか、なにか家庭構成の要因はあるのですか」「いじめの予防には自分とは異なる他者とのつながり体験が大事と先生は言われましたが、そうした代表的な実践がありますか」など、とても踏み込んだ質問でした。 終了後、実行委員有志の方と少し話しましたが、帰宅時に襲われ殺害された少女の事件以後、学童保育は急に入所者が増えているようです。また、延長保育の希望もおおいらしい。 また、どの方も、それぞれに子育ての悩みを抱えながら、子どもと向きあう親としての「出会い直し」をなさっているなと感じました。 会場から、奈良駅にかけて、夕刻のおちついた街の雰囲気を歩いてみて、この古都の落ち着きが大事にされていけばこの地域では、子どもどうしのいじめに関してはおおきな事件は起こらないなと直観しました。 「副学長だより」(3) タイのスラタニー・ラジャパット大学(Suratthani Rajabhat University)から、経営学部の副学部長さん(ニックネームは、エオさん)、同国際観光オフィス(国際観光学部)事務局長さん(ニックネームはヌッチさん)のお二人が、6月末までのおよそ一ヶ月、大学の管理運営を学びたいと研修のため本学に滞在しています。 6/2土曜日は、二人で地図を見ながら、名古屋市水族館、同市内の徳川園、そして名古屋城を見学。そのあと、事前に打ち合わせをして、名古屋駅前のタイ料理店でわたくしが夕食を招待しました。 その店は、ホテルキャッスルプラザの地下一階、「オリエンタル厨房バンタイ」です(バンタイはタイの家)。彼女たちにメニューから選んでもらって、トムヤンクンや野菜サラダ、炒め料理、そしてライスを取りました。タイ料理は、小皿に取りわけ、スプーンとフォークで食べますが、この店は箸も置いています。 わたしは、以前、およそ8年前に、文部省の認可事業の視察で、タイに行きまして10日間滞在しました。その時のスナップ写真や地図を持参していたので、それを見せながら、話題をつくり、ヌッチさんがエオさんに通訳をする形で懇談しました。時々は英語で。 カニの食べ方も、フォークと口を上手につかって殻を取って、食べています。わたしはそれが苦手で、手を使いましたが。 話はしだいに、お互いの業務や勤務形態に。お二人は、それぞれ相当数の授業をもっての管理職業務のようで、なかなか大変そうです。だが、二人ともスラタニーが故郷で、そこに戻っての勤務なので元気は出ますとのこと。 スラタニーは、タイの半島の南部にある都市で、バンコクから飛行機で約1時間、列車だと約5時間くらいだそうです。漁業よりも、ゴムの木の栽培など、農業系が主体の産業です。 今日の名古屋観光の印象として、観光地で「若い夫婦と子連れが目立った」「高齢の方たちが元気だなと感じた」と語ってくれました。 お二人ともお酒はだめなので、その点は致し方ないのですが、また機会があればミッドランドスクエアの寿司屋にでも、と思っています。 「副学長だより」(2) 学生支援担当理事ということで、学生活動、キャリア支援、国際交流など守備範囲が広い。先日も1週間、韓国の晋州教育大学校から教員2名、学生12名の訪問団が来学され、歓迎会、歓送会ではあいさつを述べました。 歓迎会では、ちょうど「チャングムの誓い」完全版をBS放送で観たこともあって、ある女官のチャングムへのアドバイスの言葉を引用しながら、暗に、日韓の交流も目先のことを処理することになれていると本質の解決が見えなくなると歴史認識の共有化とほんらいの共生の大切さを含ませました。 もちろん日本語で。韓国から留学できている学生が通訳してくれました。 ちょうどこの16〜20日は大学祭でした。後援会の総会があって土曜日の19日に大学に行き、久しぶりに大学祭の様子を観ました。とくにトラブルはなく、出店もにぎわっていました。 職員や自治会の当事者などの話から、飲食の販売にはアルコールを禁じる、開催中の講義室での飲食を禁じる、駐車場の出入りも事故防止のため一定の制限をもうけるなど、ルールを作り、自主管理も実行委の学生たちを配置してやっていました。 若者として自前の文化をつくり守ろうとするなら、自主的なルールによる楽しみ方がちゃんとできるわけです。自治の芽や意識はあります。 大学の広報も兼ねて、出前講義(模擬授業)も行います。最近では、名古屋市立N高校、愛知県立A高校に。いずれも「いじめ問題」をテーマに、日頃の教育実践学の講義をほぼそのまま話します。僕は授業は上手い方ではないけど、若い人に話す時は、言葉の力、言葉の感性には気をつけて話します。 「副学長だより」(1) 4月から5月現在にかけて、あっという間の約1か月半でした。 学生支援担当理事というのは守備範囲が広く、学生生活支援・キャリア支援・国際交流・入試関係が所掌事項の中に入ります。それぞれのセクションの委員会があり、その委員長を務めます。これが毎月ありますし、その前には必ず事前打ち合わせが事務方と一緒にあります。また、学生生活関係では、トラブル等の発生のその都度、事務からの要請で対応を協議します。 これに加えて、いま、わたしの勤務先は「教職大学院」の設置に向けて準備中でして、昨年度までその設置準備委員会に委員としていたこと、3月末の文部科学省の打ち合わせ会合に、理事職就任の見込みで同行してきたことなどから、4月以降、この案件でも「担当理事」として委員会や教授会に対応しているわけです。 ある程度は、想定内でしたが、このような事情で、いざそれぞれの協議の現場に立ちますとなかなか大変だなと実感することが多い日々です。 ただ、会員数3000名という規模の全国的研究団体、全生研の役員をずっとこれまでしておりますので、こちらの研究方針をめぐる協議や理論的な論争などで、激しいやりとりは(さいわいに?)慣れておりますので、たとえば教授会の場での突き上げ的な発言にも意外と冷静に対応できております。 ストレスがたまって、たとえばお酒に走るとか、胃が痛んでたまらないとか、顔相が眉間にしわのきつい顔に変わるなどは、いまはありません。今後も、そうなりたくないと決めています。 実はこの職に就くにあたり、情報系の企業ではたらいていて、上司や経営陣を間近で見てきている娘に助言をもらったようような面もあります。彼女は「迅速、決断、信念」を強調していました。「この経営職の仕事を楽しむこと」とも。 また、最近は教職大学院問題でいろいろとハードルを越えていくことが必要になっており、先日もついその辺のことをメールにしましたら、「大学の利益になることを一貫させれば必ず構成員には通じると思うよ」とも返信で言ってくれました。 さすが、若い労働者の目線で物事をよくみているな、わたしより鍛えられているな(笑い)と、感心した次第。 そんなわけで、むしろこの経営的な仕事で生き生きとやっています。(07/5/18) 秋の宵語り(10月編)〜三題話 まずは、東京オリンピックの招致の「落選」のこと、関係者におかれてはショックだったとは思いますが、総合的には、妥当な結果だったのではないでしょうか。IOC委員の関心事であった地元市民の支持の実態は、IOC委員会調査でも、日本の開催支持率はようやく過半数を越える程度であったことが報じられましたが、次の、なぎら健壱のコメントが、都民の本音を表しているのでしょう。「上の方(東京都)だけが盛り上がって、庶民がしらけてしまったという感じ」「今は生活の不安もあるし、開催されたら東京はどう変わるんだろうという懸念」(『朝日新聞』09.10.3.夕刊) 次に、本日(10/4)午前に、先の総選挙で落選した、前自民党衆議院議員の中川氏が東京の自宅で死亡していたという訃報。自民党の惨敗が、こういう形でなおも傷跡を残していくのか、と率直に民衆のちからの大きさを実感しました。10/4報道の「バンキシャ」によれば、彼は落選の後に精神安定剤を飲み始めていたようですし、支援者には「断酒した」と言いながらも飲酒をはじめていたとのこと。医学的鑑定の結果からは「病死」との様相ですが、素人目にも、眠れないために飲酒と共に安定剤を多めに飲用していた、そのことが今回の「病死」の誘因だったのでは、と思います。 ただ、立場は異なるとはいえ、「落選」を契機にあっさりと政界から身を引き、次なる、まさに(二世の力に頼らない)自前の人生を歩き出す選択肢もあり得たのに。 張本勲『イチロー論 一流とはなにか プロフェッショナルとはなにか』(青志社、09.10.4.公刊)を通勤の行き帰りに読みました。イチローが著者の持つ安打記録3085本を抜いて、3086本(日米通算)を達成し、そのイチローの弁でも、何度も張本氏のことが出てきていたので、わたしも興味を持っていました。 ここで本格の書評をするつもりはないのですが、前半は、イチローの志・技・身体管理についてのわかりやすい解説ですが、後半は、著者自身の自叙伝的な「ハングリー・パワー」論です。つまり、自分とイチローを比較し、どちらがどういう点で優れているか、本来なら4000本は打てたと自負する著者のパワーの源はどこにあるか、なぜ素質ありとされた若手がイチローの様には陽の目を見ないのか、といった人材育成論、教育指導論が大半を占めています。 戦前に韓国から移住した系譜、火傷で不自由となった右手と野球へのあこがれ、それをバネにしたプロ入り後の自己統制などの、著者の苦労話には読んでいて、心を打たれる場面もあるし、著者の直言に、なるほどと思う箇所も多くあります。 しかし、読後の後味は、良くない。少なくとも、スッと胸に落ちたという感じではない。著者は、イチローを論じながら結局、自分がいかに才能を秘めていたか、それがイチローと同じ条件(たとえば試合数)ならばもっと発揮できたのに、という自己の能力可能性と優秀性を語りたかったのか。それなら、そのようなタイトルで一貫させればよいのに。 著者は、イチローを引き合いに出しながら、松井や清原を例に挙げながら若手現役の有望株とされる選手たちを叱咤激励しています。それはそれで示唆に富むとしても、「ともに野球を高め、野球文化をもっと旺盛にしていこう」というトーンが乏しい。野球殿堂入りした著者にしてすらそうなのですから、そのあたりに、わが国のスポーツ文化の乏しさが図らずも出てしまったのが、上記の招致運動なのかもしれません。 話は戻りますが、五輪の勝者がいくら勝負のすばらしさ、応援する国民の偉大さを語っても、それは「勝者」の自己PR。どのようにスポーツ文化のマイノリティをも引き込んで、国際的な文化運動に寄与していくか、そのための資産やエネルギーはどうなっているか。日本側プロジェクトチームとしてそこを明快にアピールできたでしょうか。今後の課題は、行政サイドだけではなく市民にとっても大事なのだという点をお互いに忘れない様に。(09.10.04.) 連休の小さな物語 このコーナーも硬い話題が続いているので、すこしソフトな話で。 連休中は、娘が子連れで帰省してくれて(パートナーのほうは務めの関係で連休中ずっと仕事で休みなし、なので)、孫のSクンと毎日、遊びました。広場があり、鳥や馬もいる近場の公園に行ったり、トイザラスに行って展示の車に乗ってみるなどして過ごしたり、家の中で積み木あそびをしたりなど。 一歳十一ヶ月なので、言葉の発達にも勢いがあります。娘が働いているので、出勤の日には世話をしてもらう私立の幼児教育施設での活動が大きいと思いますが、よくしゃべります。良く聴いていると、彼はママやわたしたちの話を受け止めて、それをなぞっているのです。たとえば、彼がしゃがみ込んで蟻がいそがしく動き回るのを見ているとき、「蟻さんもおうちのほうへかえっていったよ」というと、「アリサンモ、オウチ、カエッテタヨ」という感じ。 そうやって言葉を「意味ある文」として獲得していく練習をしているのだな、と思います。と同時に、それは、上記「副学長だより(109)職場づくりセミナー」で書きました「ぺーシング」(相手の話を受け止めて、それに共感・同調する様に語ること=カウンセリングの基本の基)にとても似ています。 言葉を覚え始めた幼児といておしゃべりをすると、なんだか癒されるのは、その「ぺーシング」の作用もあるのではないでしょうか。(ウム、これは新説かな・・・・。幼児癒しの関係性とでも呼んでおきましょう。) 『新釈 現代文』 初出が1959年、新塔社刊である標記の有名な受験参考書が、ちくま学芸文庫で復刊され、いま書店に出ています。6月10に一刷で7月10日にはもう二刷が出ています。著者の高田瑞穂は、当時、成城大学の教授で、近代文学の研究者でした。 私も受験時代にこの本を使ったのかどうか、記憶にないのでたぶん使わなかったと思います。「現代文」ということに惹かれ、また最近の受験生の「学力」問題とも絡めて参考にしたいと思って、購入し、通勤の行き帰りで読み終えました。文庫本で259頁で、定価、税込み1,155円は割高です。ですから、これはよみきらなくちゃ、という気になります。 著者はこの本で、(受験で、限られた時間で設問に答えるという条件で提示される)現代文を読み取るには「たった1つのこと」が大事だと言います。それは、「追跡」と「停止」です。現代文の筆者が「どこからどこへ」行こうとし、そして(提示された文章の終わりには)「いまどこにいるのか」。これを常に明確に意識して読み取る様にすれば、受験「現代文」はほぼ解決できる、というのです。 そして例題として、全部で41問が載っています。すべて実際に当時(ということは50年代後半に)、大学で出題されたものから抜粋してあります。しかも、どの問題文もそれ自体がとても味のある、深みのある、今読んでも飽きない文章ばかりです。殆どは、学問と教養、近代文学史にかかわる常識的な事柄、そして叙情と叙事という文学の基本知識に関することなど、どれも高校生段階で十分に読みこなせるとされているものです。 各出題文にたいする高田氏の解説がていねいで、語りかけるような情熱的な文章そのものがまさに「文章を読むこと」の紙面講座です。そして、高田氏が提起する「追跡」「停止」の読みの方法論は、今日にも十分に通用します。 こんにち、高校生や中学生の学力問題が論じられていますが、この参考書が示す様に、まずは確かな教科固有の方法論の提示、その上での問題解決のスキルの助言と訓練、そしてこれらをとおしての学習主体の形成への支援メッセージ。これらが備わった教科指導論がいま、どこまで成り立っているのか、ではないでしょうか。 そうした点検を脇に置いて、高校生の学力の低さや意欲の無さをあれこれ批評するのは、果たして教科内容を追求する醍醐味、おもしろさを教師自身がどこまでわかっているのか、これこれのことを教えたいという熱情にかられるような「教え」のパッションが教師の側にどう育っているのか、という逆の「問い」を呼び込むことになるでしょう。(09.9.10.) 参加民主主義社会の成熟へ、大きな一歩(その2) 『朝日新聞』9月1日付朝刊(名古屋本社版)に掲載された浜矩子同志社大学大学院教授(専攻:国際経済)の発言は、下記のわたしの見解からすると、かなり近い論点で論じていると思いました。 彼女はこう分析しています。「自民、民主が伯仲するという読みをしていた人は時代状況を見誤っていた。自民党自身、読みが誤っていた。民主党は内部にごたごたを抱えながらも、日本の人々が国民とか社員ではなく『市民』になっていたことに気づいていた。その『市民的』なるものがどこまで社会に根を下ろしているかで、今後の政治の展開が変わる」と(同紙)。 一度このあたりで民主党に、という軽い気持ちの層もあるでしょうが、根底には、自分の意志を国政に反映させる行為こそ市民の権利であり責任だ、という政治参加の主体形成がこの数年の間に進んできているのです。参加民主主義社会の成熟という私の表現はそれを指しています。このような市民の形成を促したのは何でしょうか。 それが新自由主義的な政策、その浸透による格差・疎外の拡大なのです。「構造改革」路線が、この路線の矛盾や反人間性を感じ取り、これに「ノー」を突きつける市民層を育てたのです。このダイナミックな社会構造の弁証法。なんという、力強さでしょう。 参加民主主義社会の成熟へ、大きな一歩 昨夜(8/30)から今朝にかけての報道でご存じの様に、第45回衆議院総選挙の結果、民主党が圧勝し、政権交代が実現することとなりました。この意味は、「この四年間で格差が広がり、生活がとてもきつい。もう自公政権にはまかせられない。一度民主党にやらせたみたい、という民意の現れ」(8/31朝、NHKラジオでの解説委員の言葉)であると見てよいでしょう。 その上で、わたしは、わが国もようやく参加民主主義の市民社会へ大きく切り換わっていく、その重要な一歩が今回の結果だと見ます。すなわち、「利権」「口利き」「金の誘導」などに象徴された、地元選出の保守系議員による権力的な、国会や官公庁との媒介に対して、一人ひとりの市民の生の声を国政に届ける、それを政策の根本にすえる、だから官僚の立案のいいなりにはしない、という参加統治的な媒介へ、転換していくということです。 それは言い換えれば、「議員を選ぶ」「民意を代表する」「立法府を民意に基づく最高決議機関として守る」という、わが国の政治の根幹に今一度立ち返り、変革をめざすことになるでしょう。 もちろんこれが成功するかどうかは、首班指名を受ける鳩山氏をはじめとする新たなリーダー層にかかっていきますが、その成り行きをも監視するだけの、政治的な目線がすでに市民の側にはしっかりと根付いてきているのです。 他方、民主党政権になっても、たとえば鳩山氏は九条問題では著名な改憲派の一人であるし、先の「教育基本法」改正では、自民党主導でなされたいまの改正教育基本法よりも民主党草案のほうが愛国心教育、新自由主義原理の導入など、より踏み込んだものであったのは記憶にあるところでして、そのあたりが今後の政策、政局でどう出てくるのか、果たして違う方向に転換しうるのか、です。 全国一斉学力テストの見直し、教員養成6年制論、教員免許更新講習制度の見直、国立大学の法人化問題など、わたしたちにとっても大いに関心のある政策を今後もしっかりと見守り、監視していきたいと思います。(09.8.31.)
生命体としての関係性(つながり) 帯津良一医師によると(『日経ビジネス』09.8.24号所載の談話)、人間の体の中は隙間だらけで「臓器と臓器の間に、真空ではないが何もない空間がある」そうで、この「位置関係」には意味がある。つまり、「臓器は単独で機能しているだけではなく、周囲の空間や臓器を含めた『場』を形成しているのではないか」というのです。 西洋医学の手法でやってきた頃は、臓器そのものの手術に関心があったが、それに限界を感じたそうです。そこで中国医学を取り入れたと。それが「つながり」を扱うものだそうです。つまり、臓器自体の「つながり」、その生命体である患者を取り巻く「つながり」。こういう「生命の場」をもってわたしたちは生きていることに思い至ったというのです。 わたしは、この話、その視点に惹かれました。「関係性」とは、実は、わたしたちの生命の在り方、その生命体であるわたしたちの個という存在様式と深くかかわっている思想なのかもしれない、と。 もう一度帯津氏の話に戻ると、上記の考え方で行くと、病気が治る・治らないで線引きするのはもともと発想からすると狭いわけで、それを脱却するときではないか。そして「生命の場に焦点を当てて、人生最後の瞬間まで生命エネルギーを日々高めていく『攻めの養生』がこれからは必要ではないか」というのです。 どういうことをするのかというと、「自分なりの生命観を持つこと」「小さくても『ときめき』」を抱くことです。特に「ときめき」については、注目したい。「ファーブル昆虫記」を題材に昆虫や草花などを精密に描いた画家の熊田千佳慕(くまだ・ちかぼ)さんが8月13日、98歳で逝去されましたが、熊田さんも「健康の秘訣は、どんなことでもいいから『ときめき』をもつこと」と語られました。なるほど、あの立体的な、まるで生きているかの様な昆虫の画はそこから生まれてきたのです。 「ときめき」は、胸がどきどきすること、心が躍ること(『新潮現代国語辞典』)。それは、他者とつながろうとするときの刺激であり、その刺激は、帯津氏によると一個の「つながり」体ともいえる「わたし」そのものの刺激なのです。 その「ときめき」が個としての「生命の場」を揺さぶり、活性化させ、同時に、個と個の関係が織りなす「生きる場」にあってもこれをフレッシュにさせ、息吹をそそぐ作用を持っているのかも知れません。「ときめき」はわたしたちの個としての関係性が働くときの精神機能(他者欲求)なのかもしれません。その「ときめき」の延長に「夢」があり、「明日への願い」があるのでしょう。 このHPの下欄の記事で「優しさ」を取り上げましたが、根底では、この「ときめき」という関係性の鍵になる心性が「優しさ」をうむ必須要件の1つなのでしょう。 「優しく生きる5ヶ条」 (1)とにかく、何事につけてもひと(他者)と比べない。比べると競争論理にはまって「オレ(わたし)はあなたたちに負けてはいないよ」「負けたくないぞ」というのが、顔、とくに目線に出て、きつくなります。相手を射貫く様なまなざしをしている30代、40代の人。いくら良いスーツを着てかっこうよくても、それでは「ともだち」はできません。ひとは近寄ってきません。共に歩む彼や彼女も。 (2)謙虚であること。ある民放の番組で、登場した人は経営していた工場の行き詰まりで「しいたけ」栽培に切り換えた。そのときアドバイスを受けた師匠(その人にとって)の言葉。「基本 謙虚」。つまり、栽培の基本を守り、しいたけに謙虚であること。これって、仕事の本質を突いていませんか。 (3)失敗に学ぶこと。今をときめく話題のK女性コンサルタントでさえも、若い頃の失敗経験を分析して、活かして、今日がある。失敗も含めて困難な環境はすべて自分にとっての「試練」。だったら、おおいに学びましょう。学び直しましょう。 (4)背筋を伸ばすこと。そのひとの支えであった考え方・生き方が崩れたり、それを変えることを「背骨を折る」という。「いじめ」や排除にあったときの心的外傷の特質でもある。先回りして、日々、背筋を伸ばして歩き、立ち、人々と接すること。すると、気持ちがしゃんとしてきます。 (5)時として「いまの言い方は優しくないな(相手にきついな)」と、自己内ナレーションをつけること。できれば、その場で言い換えること。また尾を引かないために、あとで、親しい友人に「この間、あんな風にちょっときつく言ってしまって・・・・」と、照れ笑いで流して、吐きだしておくこと。 (総括)一に「学び直し」、二に「学び直し」。自分の狭い知識と技能の範囲内であぐらをかいているから、つい「上から目線」になってしまう。「まだまだ修行が足りないな」と、相対化する目があれば、たとえ無意識でも相手を見下したり、目線でひとを射貫いたりする必要はないから、優しくなれる。 《注記》ここでの「優しさ」は、他者への配慮、他者に自己を開いていく心性、を指しています。 前立腺の話 50代以降の男性なら、一度はこの件で気にかけて人の話を聞いたり、物の本を読んだりされたでしょう。もちろん医師の診断・検査を受けた方も多いと思います。そうした中で、最近、あの将棋界の著名人、米長邦雄さんが自身の「前立腺ガン」の治療体験記録を本にまとめられました。『癌ノート 米長流前立腺癌への最善手』ワニブックス新書、09年10月25日発行。 通勤の行き帰りで、一気に読みました。メインは米長さんの選んだ「高線量率組織内照射」という、聞き慣れない最新の治療法に至る経過や術後のさまざまなことが、まさに赤裸々に書かれています。しかも、あの方がここまでユーモアの持ち主であったのかと思うほどに、随所に、男性の性器のこと、性のことなどをあからさまに、そして笑いを含んで書いています。米長さん自身が、治療の最善手はなかなかむずかしいが、ベストは「笑い」で、これは絶対に必要です、と言い切っています(「はじめに」より)。 また、この新書の価値を高めているのは、実際に治療に当たった東京女子医科大の准教授がところどころで専門的な解説をしている点です。 さて、かくいうわたしも、2007年に前立腺肥大と診断され、内服薬で治療して、回復に至った経緯があります。 前立腺は男性特有の臓器で、膀胱の下で尿道を取り囲むようにして存在し、そこから分泌される前立腺液は精液の構成成分で、精子を保護しエネルギーを補充する働きがあるとされています。 そして、年齢とともに生殖能力が必要でなくなるために、前立腺は萎縮するか肥大するかとなるが、昨今は、食生活の向上・欧米化により、現在では80歳までに日本人男性の80%が前立腺肥大症になるといわれています。以上は、「前立腺肥大症」に関する
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の情報を元にしています。 排尿に異常を感じて総合病院の泌尿器科にはじめて行って診察を受け、年齢相応の症状なのだと知りました。そして、PSA検査、つまり前立腺特異抗原(ぜんりつせんとくいこうげん prostate specific antigen)という、前立腺から分泌される生体物質をしらべる血液検査を受けて、経過を診ていきました。 はじめは、11近くあった値が、3そして2へと下がってきました。4.0以内が正常値とされていますので、薬の効果が出ているのがわかります。その後は、人間ドックの際にPSA検査をうける様にしています。米長さんも50代以降になったら、まずその検査は受けるべきだと主張されています。 なかなか人に聞きにくいし話題にしにくい、それでいて怖い「前立腺」の病気について、よくぞここまで書かれたなと思います。私の知人でも、高垣忠一郎さんがこのことで手術され、また故近藤郁夫さんがこの癌で亡くなられていますので、まったく他人事とは言えません。 生活指導学会の一コマ 9月5〜6日、千葉大学教育学部を会場に日本生活指導学会全国研究大会が開かれました。二日間で、参加者は100名を超えたようです。わたしも、限られた形でしたが、参加してきました。 第一日目の総会で、諸議案とは別に、このHPにも書いた、会員の「逮捕」事件に関する処遇が検討事項としてあがりました。理事会からは、(1)起訴後の公判の結果を見て、会則にうたう条件を審議して「除籍」も対象にした決断をおこなうことになるであろう、(2)この間の同氏の活動をわかる範囲で検証し、理事会としての見解表明をする予定である、の二点が述べられました。 重たい雰囲気ではありましたが、ある会員から、「権利停止のことは理事会で検討しましたか」との質問があり、そういう議論はあったが、提案にまでは至らなかったとの回答でした。ところが、司会者が「いまの発言を動議としてとりあげるかどうか」と聞きましたので、別の会員が「支持する」とセコンド発言をしました。そうなると、動議から可否を問うていくこととなります。賛成は、多数でした。反対は、私を含めて3名でした。よって、「権利停止」措置は決定されました。 会則には「会員の権利義務」は明記されているが、「権利停止」も、その条件も、何一つ記述はありません。会則に規定されていない、会員の重要な処遇問題を、総会の多数決で決めたのです。会員の処遇に関わる重要事項であれば、出席者の2/3の可決を要するとか、重要事項指定に当たる様な特別の議案設定が要ると思います。いや、思いました。ただ、とっさの議事進行の中で「待った」をかけられなかったのは事実で、わたしも反省すべき点があります。 起訴後の公判過程でどのような審理になるか、また真実はどうであったのか、などの解明後に、判断してもおそくないし、その時点で、会則に沿った措置をしてよい。また拘留中の現在、会員の権利は実質的に停止されているに等しい。公判になったとして、そこでの同氏の主張がある意味では同氏の弁明にあたるわけですから、それを聴いた(知り得る範囲で知った)上で、措置を判断する。これが現行会則の枠内での最大限の運用ではないか、と考えます。 わたしは、生活指導学会ほどの、集団や組織の開放性、民主性、公開性に関心の高い学会で、このような事態が起きるのだなあ、と何とも言えない心境でした。集団の多くが同様の感情をもっている場面で、ある意見が出されるとこれに準拠して集団心理が働き、一定の方向に動き出すという説があります。痛感したのは、その準拠集団的特性の問題であると共に、そのような状況で行われる「決定のこわさ」でもあります。 参加民主主義社会の成熟へ、大きな一歩(その2) 『朝日新聞』9月1日付朝刊(名古屋本社版)に掲載された浜矩子同志社大学大学院教授(専攻:国際経済)の発言は、下記のわたしの見解からすると、かなり近い論点で論じていると思いました。 彼女はこう分析しています。「自民、民主が伯仲するという読みをしていた人は時代状況を見誤っていた。自民党自身、読みが誤っていた。民主党は内部にごたごたを抱えながらも、日本の人々が国民とか社員ではなく『市民』になっていたことに気づいていた。その『市民的』なるものがどこまで社会に根を下ろしているかで、今後の政治の展開が変わる」と(同紙)。 一度このあたりで民主党に、という軽い気持ちの層もあるでしょうが、根底には、自分の意志を国政に反映させる行為こそ市民の権利であり責任だ、という政治参加の主体形成がこの数年の間に進んできているのです。参加民主主義社会の成熟という私の表現はそれを指しています。このような市民の形成を促したのは何でしょうか。 それが新自由主義的な政策、その浸透による格差・疎外の拡大なのです。「構造改革」路線が、この路線の矛盾や反人間性を感じ取り、これに「ノー」を突きつける市民層を育てたのです。このダイナミックな社会構造の弁証法。なんという、力強さでしょう。 参加民主主義社会の成熟へ、大きな一歩 昨夜(8/30)から今朝にかけての報道でご存じの様に、第45回衆議院総選挙の結果、民主党が圧勝し、政権交代が実現することとなりました。この意味は、「この四年間で格差が広がり、生活がとてもきつい。もう自公政権にはまかせられない。一度民主党にやらせたみたい、という民意の現れ」(8/31朝、NHKラジオでの解説委員の言葉)であると見てよいでしょう。 その上で、わたしは、わが国もようやく参加民主主義の市民社会へ大きく切り換わっていく、その重要な一歩が今回の結果だと見ます。すなわち、「利権」「口利き」「金の誘導」などに象徴された、地元選出の保守系議員による権力的な、国会や官公庁との媒介に対して、一人ひとりの市民の生の声を国政に届ける、それを政策の根本にすえる、だから官僚の立案のいいなりにはしない、という参加統治的な媒介へ、転換していくということです。 それは言い換えれば、「議員を選ぶ」「民意を代表する」「立法府を民意に基づく最高決議機関として守る」という、わが国の政治の根幹に今一度立ち返り、変革をめざすことになるでしょう。 もちろんこれが成功するかどうかは、首班指名を受ける鳩山氏をはじめとする新たなリーダー層にかかっていきますが、その成り行きをも監視するだけの、政治的な目線がすでに市民の側にはしっかりと根付いてきているのです。 他方、民主党政権になっても、たとえば鳩山氏は九条問題では著名な改憲派の一人であるし、先の「教育基本法」改正では、自民党主導でなされたいまの改正教育基本法よりも民主党草案のほうが愛国心教育、新自由主義原理の導入など、より踏み込んだものであったのは記憶にあるところでして、そのあたりが今後の政策、政局でどう出てくるのか、果たして違う方向に転換しうるのか、です。 全国一斉学力テストの見直し、教員養成6年制論、教員免許更新講習制度の見直、国立大学の法人化問題など、わたしたちにとっても大いに関心のある政策を今後もしっかりと見守り、監視していきたいと思います。(09.8.31.)
生命体としての関係性(つながり) 帯津良一医師によると(『日経ビジネス』09.8.24号所載の談話)、人間の体の中は隙間だらけで「臓器と臓器の間に、真空ではないが何もない空間がある」そうで、この「位置関係」には意味がある。つまり、「臓器は単独で機能しているだけではなく、周囲の空間や臓器を含めた『場』を形成しているのではないか」というのです。 西洋医学の手法でやってきた頃は、臓器そのものの手術に関心があったが、それに限界を感じたそうです。そこで中国医学を取り入れたと。それが「つながり」を扱うものだそうです。つまり、臓器自体の「つながり」、その生命体である患者を取り巻く「つながり」。こういう「生命の場」をもってわたしたちは生きていることに思い至ったというのです。 わたしは、この話、その視点に惹かれました。「関係性」とは、実は、わたしたちの生命の在り方、その生命体であるわたしたちの個という存在様式と深くかかわっている思想なのかもしれない、と。 もう一度帯津氏の話に戻ると、上記の考え方で行くと、病気が治る・治らないで線引きするのはもともと発想からすると狭いわけで、それを脱却するときではないか。そして「生命の場に焦点を当てて、人生最後の瞬間まで生命エネルギーを日々高めていく『攻めの養生』がこれからは必要ではないか」というのです。 どういうことをするのかというと、「自分なりの生命観を持つこと」「小さくても『ときめき』」を抱くことです。特に「ときめき」については、注目したい。「ファーブル昆虫記」を題材に昆虫や草花などを精密に描いた画家の熊田千佳慕(くまだ・ちかぼ)さんが8月13日、98歳で逝去されましたが、熊田さんも「健康の秘訣は、どんなことでもいいから『ときめき』をもつこと」と語られました。なるほど、あの立体的な、まるで生きているかの様な昆虫の画はそこから生まれてきたのです。 「ときめき」は、胸がどきどきすること、心が躍ること(『新潮現代国語辞典』)。それは、他者とつながろうとするときの刺激であり、その刺激は、帯津氏によると一個の「つながり」体ともいえる「わたし」そのものの刺激なのです。 その「ときめき」が個としての「生命の場」を揺さぶり、活性化させ、同時に、個と個の関係が織りなす「生きる場」にあってもこれをフレッシュにさせ、息吹をそそぐ作用を持っているのかも知れません。「ときめき」はわたしたちの個としての関係性が働くときの精神機能(他者欲求)なのかもしれません。その「ときめき」の延長に「夢」があり、「明日への願い」があるのでしょう。 このHPの下欄の記事で「優しさ」を取り上げましたが、根底では、この「ときめき」という関係性の鍵になる心性が「優しさ」をうむ必須要件の1つなのでしょう。 様式がうむ自由さ 草刈民代『バレエ漬け』文庫版を、通勤の行き帰りで読み終えました。きっかけは、彼女がさる5月か6月の公演を最後にバレリーナとしては引退するのを新聞で読んでいて、バレエ一筋に生きてきた人のエッセイに興味があったからです。もちろん、わたしはバレエとは無縁で、彼女のことは『Shall we ダンス?』での主演の演技として知っているくらいです。 ヨーロッパではダンサーは劇場に雇われ、給料をもらって生活している。日本では、公演の出演ができれば、そのときそのときギャラをもらって、それでやっと成り立つ。「踊り」という表現、「踊る人」という職業にたいするこうした文化の違いがある中で、ロシアやヨーロッパでの著名な公演にも出演してきた彼女は、「なぜ踊るのか」「よいダンサーとは?」などの問いをずっと持ち続けてきたようです。 彼女は、早くから「踊ること」へのあこがれを抱き、中高一貫校の高校の一学期で中退しています。学歴上は「中卒」ということになります。しかし、バレエを通じて、多くの「教えの他者」に出会い、独特のバレエ論を蓄積したのだということがわかります。 レニングラード国立バレエとの共演で(出演依頼を受けて)『白鳥の湖』を踊ることになって、リハーサルを行うなかで、様式をきちんと完成させることで却って踊り手の自由な表現が生きる、ということを体得していきます。「白鳥」(オデット)は、「女性」のように見える「鳥」として表現するのか、「鳥」の動きを通して「女性」であることを現すのか。ここにロシアとヨーロッパの「白鳥」の解釈の違いがあり、それは腕の動き、上半身の動きなどの違いに明瞭に出ているというくだりには、なるほどと共鳴しました。 そして彼女は「鳥」としてオデットを演じたときに、自分を解放する様なバレエができ、その舞台を指揮した著名な芸術監督から高く評価されたのでした。このときの彼女の言葉が、表記のことばです。 ここに象徴される様に、バレエを通して必然的に(?)彼女は、表現様式と表現者の自由の追求との弁証法に対するセンスを磨いていったようです。「踊ることは、自分と対峙すること」「認めてくれる人、批判する人、いろいろの人の目にさらされながら、結局は、『自分にとって大切なもの』を探そうとする意志が大事」など、数々の言葉の中に、彼女なりの思考を読み取ることができます。 それらすべてが、教師にも、実務家にも通じる、プロフェッショナルとしての弁証法的思考ではないかなと、わたしは読みました。 それにしても、少女時代、寝坊で、朝あわてて登校の身支度をし、パジャマのズボンをそのままたくしあげてその上にスカートをはいて学校に行ったというエピソードは、いろいろ迷ったときにも「えいやっ」と、行動で切り抜けていくらしい彼女の性格を現していて、おもしろかった。連れ合いの、映画監督である周防さんが「気の済むまで踊れ」と励ましてきたことが、彼女にとっては何よりの共生的・共感的な他者の支えであったのだとわかりました。 このエッセイ自体が、ひとつの「教育論」です。 少年院のリーダー的職員の逮捕容疑 『アサヒ・コム』Webサイト09年8月11日付によると、「広島地検は11日、広島少年院(広島県東広島市)の元首席専門官で、奈良少年院次長の向井義(ただし)容疑者を特別公務員暴行陵 虐の疑いで逮捕し、発表した」と報じました(一部省略)。
同氏は、日本生活指導学会の会員でもあり、同じ会員としてはとても残念です。2006年9月開催の第24回大会(会場:大阪市立大学)で行われた「課題研究 ひとりひとりの課題に向き合う生活指導――矯正教育における生活指導」で同氏はコメンテーターを務めました。向井氏の影響もあってでしょう、同じ少年院職員の方がかなり同学会に入会されました。 また、発達障碍のある子どもで少年院に措置された者に対する同氏の指導が注目され、当時の安倍政権下の教育再生会議でも評価されたようです。そうした背景もあって同氏は各地で講演もしてきました。例えば大学関係では、2007年に、広島特別支援教育ネットワーク研究会第2回大会で「広島少年院の秘密 教育現場への提言」と題する講演で講師として話しています(主催:広島大学大学院教育学研究科附属障害児教育実践センター)。 同じく2007年に、愛知県立大学・学術交流センター多目的ホールで「発達の視点をとりいれた少年院の実践」と題して講演しています(この時は、瀬戸少年院勤務)。さらに、氏は、ある国立総合大学の発達臨床関係機関の研究員でその機関の主任教授とも関わりが深い、とされています。もしそうなら同氏の指導方法を学術的にサポートしてきた学者の方々の見解を、しかるべきときに、しかるべき場で表明していくべきではないでしょうか。それが学者の原点だと思います。 逮捕容疑は「特別公務員暴行陵虐の疑い」(同前)ということですが、真相については今後の捜査を待つほかありません。広義の援助専門職者であるべき方が「暴行」容疑に問われること自体、私たちも含めて厳しく受けとめるべきです。
少年院の少年自身に「首にシーツを巻き付けて自分で絞めさせたうえ、遺書を書くように言い、さらにポリ袋内で洗剤を混ぜて発生させた有毒なガスを少年に吸わせようとするなどした疑い」(同前)というのが事実であるとすれば、これは「指導」以前に、少年一人ひとりの人権をどう見ていたのかが問われる問題です。指導実績の効果や矯正教育にもっと注目を集めるための、功の焦りのようなものが底流にあったとすれば、氏自身が率直に事態を(そして自身の依拠した理論なるものを)直視して、今後の改革のために真実を明らかにして欲しいものです。(09.8.13.記 8.16.一部表記を補正) 「オバマジョリティ」の課題 『中国新聞』2009年8月3日付ネット速報によると、「広島市の秋葉忠利市長は3日の記者会見で、原爆の日の平和記念式典で読み上げる『平和宣言』の骨子を発表し」、その宣言では、「国の敗訴が続く原爆症認定集団訴訟の司法判断に触れ、被爆者の実態に即した援護策の拡充を政府に求め」、「オバマ大統領が核兵器の廃絶努力を明言した4月のプラハ宣言にも言及。核兵器廃絶を願う世界の大多数(マジョリティー)を『オバマジョリティー』と呼び、力の結集を訴え」たとあります。 「オバマジョリティ―」という言葉は、アメリカ大統領Obama氏と、多数勢力を現すmajorityとを合わせた秋葉市長による造語で、これに先立つ2009年6月10日記者会見で秋葉市長が使ったものです。 市長は、核拡散防止条約(NPT)再検討会議が来年5月に開かれるにあたり、「具体的に、結果を得ることが大事なのだ」(秋葉市長)という見地に立って、それを実現するために、プラハでのオバマ大統領スピーチを受けて「『私たち自身が大統領を、いわば担いで努力をするというようなことをしなくちゃいけない。そういった努力をしましょう。』という気持ちを含めて『私たちは世界の大多数の声ですよ、その大多数の声を実現するために努力をするんですよ。』という意味でこの『オバマジョリティー』という言葉は意味があるんだというふうに思います」と、その意図を述べています。 しかし、アメリカ国内の実情は、なお厳しい一面もあります。『毎日新聞』09年8月3日朝刊によりますと、広島に原爆を投下したエノラ・ゲイ乗組員のモリス・ジェプソン(87)氏は、同紙のインタビューに対して、「原爆は戦争を早期に終結し犠牲を回避する唯一の選択だった」と述べ、さる4月のプラハでのオバマ演説で「原爆使用国の道義的責任」に言及したのは「世間知らずで間違っている」と述べたと言います。 彼の任務遂行を支えたのはトルーマン大統領の言う「戦争早期終結」論であったでしょうから、こういうコメントになると思います。秋葉市長の言う「オバマジョリティ」の真価は、日本国内での浸透はもちろんのこと、まさにアメリカ国内のこうした潜在的な世論にどう切り込み、どう切り崩す力を持ち得るかに掛かっているでしょう。 そのためには日本政府が、憲法前文の精神に立って、国際的にきちんと被爆国政府としての平和希求と核廃絶を早期に求める見解を述べることです。このことを逡巡する政治家は日本国の首相には値しません。 全生研の「指標」改正 ※下記の「改正」は総会では、「この形で大体良くなったが、なおも各支部での検討を要する」という意見も出されて承認に至らずに継続となったということです(わたしは都合で参加できませんでしたが、出席していた常任から聴きました)。 全生研第51回大会が富山市内で開催され(2009.7.31〜8.2.)、50年に渡って生活指導運動の柱であった同会の「指標」が改正されることになりました。大会期間中の総会(8.1.)で承認される見込みです。 この「指標」問題は、07年4月に当時代表であった折出が常任委員会に「指標改定の方向」を提起し、同年5月の全国委員会、12月の拡大常任委員会を議論を重ね、翌年4月に「新指標案」、同5月の全国委員会で同案の論議と継続してきました。 しかし、総会には発議するまでには至りませんでした。昨年8月の大会をもって折出から大和久氏に代表が替わり、新代表の下で「指標」問題の合意形成に向けてご努力をして頂き、このたびようやく総会での審議事項にまで整ったものです。 この2年四ヶ月で何が論点だったのでしょうか。 一番大きいのは、「新指標案」が、現行の「国民教育」概念の相対化、その基本概念からの脱構築を提起している点です。これに対して、現行のその概念を支持する研究者・実践家(現職、OBも含めて)から、全国委員会の場でも、機関誌上でも、また各支部の発行物でも、「改正案」批判が寄せられました。 これに対して「改正案」は、これからの社会権・自由権の行使主体を「市民」とおさえ、その「市民の教育」とそのための自治能力等、市民社会の主人にふさわしい基礎的能力及び社会性の発達を生活指導・集団づくりの基本課題として提起するものになっています。 結局、大和久代表の下での整理では「国民・市民」というまとめ方で合意形成が図られました。今後も、この論点をめぐる議論は続くでしょう。それは、単に生活指導にとどまらず教育の在り方、市民社会の捉え方にも及ぶ総合的なテーマでもあります。 皆既日食 7月22日、46年ぶりという皆既日食現象が見られる日でしたが、皆さんはいかがでしたか。
わたしは、仕事から戻って夜8時台のNHK特集番組で、「ダイヤモンドリング」や、インド、ブータン王国などでの皆既日食現象とこれに対する人々の反応などを観ることができました。 番組で放映された、ある大型船クルージングの企画には約550名の方が参加され、太平洋上で「天体ショー」を満喫されたようです。 そうした方々の感動や驚きを分けてもらいながら、その半面で、少しメディアは過剰に取り上げすぎではないの、と思いました。 太陽と月と地球との並び方が、何十年かの時間を経て今回の様なめったにない確率の直線コースに並ぶことは、天体の偶然でありながら必然でもあります。その数十年に一回の「最高のショー」に観衆として居合わせたことを素直に喜んで良いと思います。 しかし、それほどに宇宙の神秘や偉大さを取り上げる私たちが、戦力や武力による制圧などの現実に対してなぜもっと真摯に向き合い、ほんとうの「平和」実現に向けて世論を懸命に盛り立てようとしないのでしょうか。太陽の光の偉大さをたたえる知恵を持つ人間なら、地上の「すばらしさ」のためにもっと行動して良いのではないでしょうか。 中国のウイグル地区の「弾圧」、北朝鮮の拉致問題への硬姿勢とミサイルによる威嚇、ロシア南部の武力紛争など、世界の民衆の世論で大きく動かせる事案が目の前にたくさんあります。 平和実現の地上の願いがまさに「月」の役目を果たし、武力優先の戦闘人の野望をまさに闇の世界に封じ込めるほどの世論あるいは世界的市民の輪、そうした広大な力を地上で創り出せてこそ、天空のまれに見る合体の現象を、人間の営みとしても受け止め、こころから讃えることができるのではないでしょうか。 愛知生活指導研究会(全生研愛知支部)の40周年記念集会 7月5日(日)、名古屋市内の瑞穂生涯学習センターで、午前・午後と標記の集会が開かれました。わたしは、記念講演として午後1時半〜3時半、「いまこそ生活指導・集団づくり 子どもと教師が立ちがあるとき」と題して、話しました。参加者は20名強でしたが、質問もたくさん頂きまして、活気のある会となりました。 レジュメも、A3サイズの3枚を用意して、結局、90分近くたっぷりと話しました。今大学院でおこなっている授業の内容も一部取り入れていますし、また、少し遊び気分で、「ダヴィンチ・コードならぬ、ヘーゲルコード」といった話も挿入しました。 それは、こういうことです。 「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」(『法哲学』序文、1821)この命題は、現実の肯定と聖化だと表面的に理解されたために、当時のプロイセン政府からは感謝され、逆に自由主義者からは激しい怒りを買った。しかし、ヘーゲルの真意は、そんなところにはない。 概念によって確かめられた合理的なものは必ず実現し、そうでない現象物は必ず瓦解する、という隠れた革命コードがそこには刻まれている。現代風に読み替えると次の様になります。 「この時代の真っ只中を理性的に徹底して生きることが、人間としての本来の理念(平和、共生)および主体的な自由意志を実現することになる。そうでない形で築かれる現象・構成物(制度や組織など)は、必ずや崩れ去る。『新自由主義』の政治・経済・文化現象とその崩壊過程を見よ。」 わたしは、こういう話をしていると、楽しくなります。古典の世界を自分である程度、歩き回れる楽しさと言って良いでしょうか。学生時代から、苦労して、古典を読んでは自分流の「哲学ノート」を取って、地道に蓄積してきたことが、いまこんな年齢になって、自分の咀嚼できる知の財として、ある程度、確かさを持って扱えるからでしょう。 「手紙」の説得力;他者とエンパワメント いま流行っている「手紙」という歌(歌手:樋口了一)は、家族における他者とエンパワメントをうたったものです。 「年老いた私」から子どもたちへのメッセージが歌われています。年老いて、しかも認知症の傾向も見られる親である「私」は、子どもたちに「私を理解して支えてくれる心」をもってほしい。 それは、かつて、子どもたちが幼い頃に、親として、子どもの世話にあたった時の、その関係性と似ている中身なのです。 「あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように、私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい」(同歌詞より) この思想こそ、家族という身近な親密圏における他者とエンパワメントの思想なのです。 憲法記念日「社説」 地方紙の健筆ぶり
ワルキューレ計画 日本ではこの3月から映画上映されているハリウッド作品でしられていますが、その原作の一つがS.ダレヤー、邦訳『ワルキューレ ヒトラー暗殺の二日間』原書房です。「ワルキューレ」とは、Walkure のドイツ語からきているようで、英語ではValkyrieとなります。その意味は、北欧神話に由来するらしく、戦死者の眠る場の番をする少女たちのことで、上記小説の世界では、ヒトラー暗殺後の騒乱を鎮圧する計画を指していました。 若い将校クラウス・シュタウフェンベルクらの暗殺計画があったことは歴史的事実で、それにまつわる史資料をもとにフィクションとして描いたのが、上記小説で、作者はデンマークの作家です。 ちょっと興味があって、連日の会議の気分転換に通勤で読もうと買い求めて、読みました。翻訳が今一つ冴えない感じはありますが、ドキュメント性のある原作の力は生きていると思います。特に暗殺実行の二日間に舞台を絞り、クラウス側、ヒトラー側のそれぞれの生い立ちを絡めながら深層心理までを描き出す手法は、映画に匹敵するほどに迫真性があります(映画はいずれDVDで観ようかなと)。 計画通りヒトラー出席の会議場は爆破されたものの、彼は負傷しながらも助かり、暗殺は失敗に終わりました。クラウスたち幹部リーダー四名は、その日のうちに捕らえられ、謀反罪で臨時裁判の結果(とはいえ彼等が法廷の証言台にたつ機会は与えられず)、夜半に中庭で銃殺処刑されます。 運命のいたずらなのか、練り上げたはずの計画に予期せぬ出来事が続きました。当初予定していた、クラウスがヒトラーと最も近づける作戦会議の建物が木造の別の建物に変更されたこと、その上同じ日にイタリアからムッソリーニがヒトラーに面会に来ることになり、会議時間が予定より繰り上げられたこと、そして当初は手榴弾二個の予定がクラウスの判断で当初のコンクリート製の室内なら一個で爆破力は十分と判断しその用意しかしなかったこと、などが失敗の背景にはあります。 この邦訳小説の扉には、「この世では愚行ばかりが褒めそやされ、善行は笑いものになるしかないのは、いったいどういうことか」という、シェークスピア「マクベス」の言葉が引用されています。これは、作者のこの歴史ドラマに対するメッセージなのでしょう。 翻って、現代の社会にも、特に政治の舞台ではそうした「愚行と善行」の理はあてはまるでしょう。政権の転覆、奪還、あるいは大変革を計画しながらも、それを果たせないことになるとしたら、余計に混乱を引き起こします。では、その要因を防ぐにはどうするか。当事者はしっかりと分析をしてのぞむべきでしょう。それが市民社会に責任を負うということですから。 現代の貧困とは〜「派遣村」を通して 昨年末から今年二月までの「年越し派遣村」名誉村長であり「反貧困ネットワーク」代表の宇都宮健児弁護士の講演会があり、聴きに行きました。『派遣村〜何が問われているのか』岩波書店の著者として以前から、彼に注目はしていました。 宇都宮さん自身が、愛媛生まれ・大分育ちの、半農半漁の家庭を経験し、大分で中・高校を過ごし、東大法学部に進学してからも、民衆のための弁護士を志してきたとのことです。しかし、社交性があまりなく、法律事務所所属の弁護士になれたものの、顧客がつかなくて扱う案件がないために顧客は付かず、法律事務所からも縁切りを提示されました。そこへ、あの1980年代半ば頃の「サラ金・多重債務問題」で、彼にも相談事例が来るようになり、相当の取り組みをしてきました。以後、多重債務問題という今日的問題に対してその先頭に立ってとりくむようになってきたわけです。 そのベースがあったので、彼は、このたびの派遣切り労働者のサポートについても、まずは「低賃金→そのため貯金がない→行くところがない→最後は野宿者となる」という悪循環を断ち切る行動を起こさざるを得ないと判断しました。そこですでにNPO法人「もやい」を立ち上げて、支援にあたっていた湯浅さんたちと、「反貧困ネットワーク」を立ち上げました。 「派遣村」の取り組み等はすでに知られているし、上記の共著もあるので、それに譲ることにします。
彼が講演で話した事例から。 これには宇都宮さんたちも驚いて、彼の支援をよく話し合った。その男性には身よりはなく、仲間もいなかった。ところが、そのうちボランティアの事務所に出入りして、仕事を手伝い、おしゃべりに加わり、周りからお礼などを言われる様になると、彼は変わってきた。 宇都宮さん曰く、「彼は生活の立て直しを図れたかに見えたが、お友だちはいない・家族はいない、で孤立していた。ところが、ボランティアに参加して新しい“家族”ができた。人に頼られる体験があって初めて、この男性は『貧困』から抜け出す見通しが持てた」と。 この事例は現代の貧困が、単に経済的な「貧乏」ではないこと、社会的孤立化と重なった経済的な困窮に陥っていることを現しています。 ここでも、鍵は、他者なのです。現代的貧困とアザーリングこそ、実は、問題を解く重要な鍵なのだと言うことを宇都宮講演はリアルに知らせてくれました。 イチローの強さと弁証法的な思考 大リーガーのイチロー選手が、4月16日、日本のプロ野球時代を通じて3086本の安打を記録したことはご存じの通り。まずは、おめでとうございます。 彼は、この春開催されたWBCで不振でした。最後は、みずから「神様が降りてきた」というほどに、最高の場面でヒットを打ち、日本の優勝に大きく貢献しました。しかし、あいつぐ不振のショックは彼自身にとっておおきかったのでしょう。大リーグに戻ったとき、出血性胃潰瘍で故障者リスト入りとなり、8試合も欠場してしまいました。 その彼が、ようやく復帰後に、いきなり二試合で大記録をなしとげたわけです。わたしは彼にも、アメリカ野球にもあまり関心はありませんが、むしろ、上記の記録を達成したときの彼の次のコメントに興味を持ちました。 これは、俗には「気持ちの持ち様」としていわれる事と同じように聞こえますが、そうではありません。果たして復帰できるのか、いつまで欠場が続くのか、という否定的な状態。不安の続いたであろう日々でも、上に引用した見方で自分を励まし(自立して)、いつかくる復帰の日のためにバットを振り続けたというのです。 これは、「否定の中に肯定を捉える」という、弁証法的な思考の一つの典型例です。ここに、イチロー選手の、メンタルな本当の強さがあるのではないかとわたしは思います。 フランク永井を偲ぶ曲 『毎日新聞』4月7日付夕刊に、「フランク永井の功績しのび、CDボックス発売」という記事が載りました。 帰りの電車でこれを読んで、さっそく、Amazonで注文し、9日には届きました。新聞の記事やCDボックスの資料によると、彼は、宮城県出身で、戦後の時期、当時の進駐軍でジャズをうたう歌手になりました。その後、作曲家吉田正との出会いが大きな転機となり、「有楽町で会いましょう」「君恋し」などのヒット曲で一躍スターになったことは周知の通りです。 1985年に自殺を図り、その後遺症で長く療養の身でしたが、昨年10月に76歳の生涯を閉じました。 わたしも還暦をむかえ、彼のその境涯になにかひびくものがあったのでしょう。理屈抜きで惹かれて、購入しました。CDやDVDでの彼の歌声を聴きますと、なつかしさもさることながら、歌手としての彼の楽曲レベルの高さ、これがプロの仕事なんだなということを痛感します。この企画は最近にない、まさにベスト企画です。 「還暦祝いの会」 これまで二ヶ月一回のテンポで開いてきた「折出ゼミ」のメンバーが、標記の会を開いてくれました。参加は私を入れて9名。場所は、名古屋市内の「黒牙」という和風フランス料理の店で、教員仲間ではよく知られた隠れ家的な雰囲気の店。 メンバーの内、このたび現職教員で修士課程修了者も二名居ます。この方たちへのお祝いも兼ねて。 みんなで、還暦の記念品をプレゼントしてくれました。一つは、赤のバラを含んだ明るい色合いの花束。二つ目が、わたしがループタイの愛好家なので、琥珀のいい模様をつかったループタイ。ループは渋い、銀色系。そして三つ目は、この日の様々なショットをいずれアルバムにまとめての贈呈だそうです。 会のはじめに、還暦をむかえての思いを語れ、との司会者のMさんの指示だったので、次のような三つの話をしました。つまり、ここにたるまでに三つの大きな岐路或いは転機があったと。一つは、かつて大学院修士課程を修了する時期に、当時の講座教授のY先生から、地元の県教育委員会の指導主事をやってみる気はないかと勧められたのを一晩寝ずに悩んだあげくに、お断りして、講座の助手を務め、そして博士課程に進学したこと。自分は、教育行政の中に入って人事や教育現場の管理統率をやることには向いていないと思ったからです。 二つ目は、今から約18年くらい前に、当時の出身大学大学院の講座に事情でポストの空きがうまれ、戻る気はないか、と講座主任教授からこれまた勧められたとき、これも悩みに悩んで、この愛知の地にとどまったこと。もしこれを受けて現地に赴任していたら、わたしの人生は大きく変わったでしょう。 そして三つ目は、一昨年、2007年の初冬におこなった次期学長選挙で友人の松田正久氏が立候補して、第1位となり学長選考会議を経て正式に学長就任となり、氏の指名で引き続き理事(総務担当)に就くことになったこと。研究職のまま定年を、と思いこんでおりましたから、これもまた大きな転機でした。 振り返ると、どの岐路においても、どうしようか迷いながらも自分にとって茨の道が予想されるのにそちらを選んできました。その選択のたびに揺れましたが、ただ、自分としてはこういうことがやりたいから、こっちを選びたい、困難ではあってもそれもまたおのれの試練だろう、と言う思いはありました。そこで、会食の場にいたゼミの方たちにも、「これからもいろいろと迷うことや岐路に立つでしょうが、難しい道ではあっても自分がそれをやってみたいと思って選ぶのなら、何ら悔いはないし、必ずや何らかの成果が出るから、がんばってほしい」と語りました。 それがわたしからの贈り物です。もう一つ。この日のために、パーカーのボールペンに「還暦記念 折出健二」と朱の文字で刻んだ品を業者に発注しておきました。どうにか間に合いまして、それを皆さんへのお礼として贈りました。 村上春樹氏の記念講演 作家・村上春樹氏がイスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞し、2月15日、エルサレム国際会議場で受賞記念講演を行いました。時はまさにイスラエルのガザ地区空爆が行われた直後であり、氏の講演はその点で注目されました。 以下は、そのスピーチの中でも最も聴衆にインパクトを与えた部分です。 "Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg." Yes, no matter how right the wall may be, how wrong the egg, I will stand with the egg. <高くて頑丈な壁と、壁にぶつかれば壊れてしまう卵があるなら、私はいつでも卵の側に立とう>
ええ、どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立ちます。 氏は、体制を「壁」、市民個人を「卵」にたとえ、個人をまもる、つまり人間の尊厳をまもりぬくことを強く訴えたわけです。「壁」とは爆撃機、戦車、ロケット弾の(イスラエルの:注記)軍事力であり、「卵」は「押しつぶされ,熱に焼かれ、銃で撃たれた」市民です。「どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても」という言い方に、氏の並々ならぬ決意が込められています。 講演後、聴衆は満場の拍手を贈り、地元メディアは、氏の上記の言葉などを引用して報道し論評はひかえたようです。 右脳・左脳、受動脳・能動脳、動物脳・人間脳 最近読んだ中から一冊。『人に向かわず天に向かえ』(小学館新書)。著者は、東京都立駒込病院の脳外科医長・篠浦伸禎氏。多くの臨床例を基に、「私心にとらわれることなく「公」を考えることが脳に新しい回路を開き、「志」を持つことがストレスを乗り越える脳を作る。脳の「いい使い方」が幸せに生きるための鉄則だ」(同書ブックデータより引用)というのが要旨。 同書によると、『安岡正篤 人間学』を神経疾患(うつ、自律神経失調)の患者に手渡したところ、一定の効果が見られたそうです。「公共的」なことや「志」など人間的なものを志向する脳の作用(これを人間脳と著者は呼ぶ)に鍵がある、という臨床的な仮説として提起しているところがとても興味深い点です。 本の標題は、西郷隆盛の言葉を取っています。 ところで安岡の本は、帝王学とも言われ歴代の政治家たちが読んできたものらしく、中身は論語や儒学の解説なので、それ自体には私はあまり賛同しません。しかし、標記のように、脳は相反する対の要素を持った集合組織であり、動物に比べて8割近くを占める大脳新皮質(前頭葉、側頭葉を含む)の働きを自覚して、人間の自己形成作用を軸にして、それら対立する要素をうまくバランスよく働かせる(弁証法的な活動のさせ方)ことが、ストレスにとらわれない生き方、あるいはうつや神経症に陥らない生き方に繋がるとの提言には学ぶ面があります。 30年臨床現場で活躍してきたベテラン医師らしく、気負いのない平易な文章で、先端の脳科学を解説しながらの人生論・処方論なので、通勤の行き帰りにさっと読みやすい。 この本の終わりに、標記の脳の要素(6つ)にそって簡単テストが付いており、わたしは「左脳・能動脳・公的タイプ」と出て「冷徹な実務家タイプ」というのにあてはまりました。つまり、じっくりと分析して合理的に判断し、社会に役立とうとアクティブに動く。むしろ、「右脳・能動脳・公的型」の「人情家タイプ」を、と予想したのですが、やや意外。 もう少し周りの人に情の厚いふるまいをしながら、自分の中でバランスを取らないといけないのかなと少し反省も(笑い)。この本を読むことでストレス解消にもなります。 Congratulations! 第81回米アカデミー賞が2月22日(日本時間23日)、ロサンゼルスのコダック・シアターで開かれ、「おくりびと」(滝田洋二郎監督作品)が外国語映画賞、「つみきのいえ」(加藤監督作品)が短編アニメーション賞をそれぞれ受賞したと報じられました(新聞各紙)。 「おくりびと」はまだ観ていないので、はやくDVDで観たいのですが、いろいろの情報では、主演の本木雅弘さんが納棺師の役作りでも、またその前職であった山形交響楽団のチェロ奏者の演技でも、すごい熱意と努力で取り組んだそうで、それらを読んで感心しました。 山形交響楽団の実際のプロデューサーが映画では指揮者として出演されたそうですが、彼がある新聞夕刊に書いた随筆によると、本木さんは数ヶ月間チェロ演奏の指導を受けて、ロケーションの時にも現地の方々を前にして実際に自分で「第九」を演奏したそうです。 なんとかお客さんに喜んで頂きたい、という本木さんのプロ意識の現れ、と筆者は絶賛しておられましたが、すこし彼を見直しました。彼が11年前にインド旅行で「死者」のテーマにぶつかって以来暖めてきたテーマで、それを今回映像化するに至った、自分が納棺師役でそのテーマを演じきったというのも、すごいことです。滝田監督も、表彰のステージで自信をもってスピーチをしていました。 中沢新一さんが23日夜のNHKラジオで、この受賞についてコメントしていました。9.11以後も、ハリウッド映画はCGを多用して作り物の映像を多く出してきた。それでは「死」は軽く扱われ、ほんものを描けない。これに対して、たいして場面も変わらずお金も使っていない日本の「おくりびと」が、アメリカのひとびとに深い感銘を与えたということ、9.11の悲しみと本当に向き合う映画がここにあったと言うことではないか、と。 あらためて、おめでとう! 25周年 メッセージ 2009.3.20に愛知の臨時教員制度の改善を求める会が25周年の記念行事を行います。その集会に、以下のメッセージを送りました。 運動の中にひそむ「たからもの」を大切に このたび貴会が25周年を迎えられたことに対して、こころよりお祝い申し上げます。 この間の運動が実って、教員採用試験の年齢制限の見直し、教員採用に際しての臨時講師としての実績の一定の評価、そして大分の事件も契機となった教員採用基準の公開など、早くから貴会が要望してきた諸課題のいくつかが実現される状況になってきています。こうした動きには、貴会を支持してこられた多くの教職員・保護者・市民の共同の力が働いていることは言うまでもありません。 とはいえ、まだまだ教員採用の公平性・透明性を確保し、これを市民の共同資産に加えていくためには、乗り越えなければならない課題も多いと思います。 何よりも、こんにちの子どもたちの多様なニーズに応えられる教師とはどのような資質を備えた教師なのか、という教師像の探究は依然として大切な課題だと思います。臨時的任用という不安定な雇用条件の中でも、子どもたちと出会う夢をいだき、彼や彼女の葛藤に寄り添いながら一緒に人間的自立に挑んでいこうとされる臨時教員のかたがたこそ、その教師像を問い続ける独特の視点をもっているのではないでしょうか。 というのは、あなたがたは常に、子どもたちの生活の困難さを自分の劣悪な雇用環境と重ねて捉え、子どもたちの不安や葛藤を、自分の生き方に伴う苦悩や揺れと通じ合うものとしてその「声」を聴き取ることができるからです。 つまり、共苦の連帯と言ってよいつながり感がそこにはおのずと生まれるからです。臨時的任用という雇用環境にめげないで、その改善に取り組み、教師として生きる道をさぐるその努力の過程に、どんな教職テキストにもない、子どもが求める教師とは何かという問いかけとその応答がひそんでいます。その「たからもの」を見失わないで、今後も、堂々とこの運動を継続し、その一方で全国的ネットワークを更に強化される様、陰ながら応援しております。 以上、簡単ですが、25周年に当たりましてのお祝いといたします。
映画「青い鳥」 重松清さんの原作を映画化した表題作をDVDで観ました。映画館では昨年の11月29日より封切りされ上映されてきたようです。吃音の臨時講師を演じた阿部寛は、この演技で評価され、第63回毎日映画コンクール男優主演賞を受賞したと、先日、「毎日新聞」で報じられていました。 わたしがこの映画を観たのはある事情からです。実は、3月7日に、CAPNA(子ども虐待防止ネットワーク・あいち)の主催でいじめ問題を考える集会が、ウィルあいち(名古屋市内)で開催されます。前半でこの映画の上映・鑑賞がおこなわれ、後半ではその映画を観たあとに弁護士のかたと折出が対談をする構成になっています。 ストーリーは、東京のある公立中学校2年1組で、いじめ問題が起こり、全員から恐喝を受けていたとされる野口君が自宅で自殺未遂をして助かったものの、すぐに転校していったという「事件」後に、担任が休職となり、そこへ講師・村内がやってくるという場面設定です。 そのクラスの園部という男子生徒の視点を物語展開の語り手的位置に置いて、野口君をいじめていた中心の井上・梅田両生徒の対立、女子の中にも潜在しているいじめの兆候などクラスの人間関係、そして当該クラスに「反省文」を何度も書き直して完成させたことでこの「事件」にたいする教育的指導を果たしたと考えている学校の管理職層の姿などを、やや重たい映像を通して描いていきます。 わたしはまだ原作は読んでいないのですが、映画としては、こういう重いテーマに挑んで、良い作品になっていると思います。カメラの位置が、たとえば着任の初日、教室に向かう村内の足元をずっと追っていくアングルとか、教卓の位置から生徒全員をゆっくりみわたすカメラの移動のさせかた。そして、場面ごとに挿入される園部君の視線、表情が、無言のカットシーンで重ねられていきます。 そのため、観ているこちらが、いま村内先生はどんな気持ちか、なぜそうするのか、園部君はどういう思いで村内先生の言葉を聞いただろうか、などと自己内対話をもとめられるような画面構成になっています。まさに映像そのものによって語らせるつくりかたです。村内先生が吃音ということもあり、多弁ではないことがその画面構成とうまくあっています。 村内先生は、ときどき校舎の屋上に上がって、手帳に挟んでいる写真を見ています。それはクラス写真らしく、中央に笑顔の村内がいます。そしてカメラはゆっくり動いて、写真の右手にいる表情の曇った男子を映します。推測ですが、かつて村内が担任していたクラスでも同様のいじめ事件が起こり、その結果、その男子が転校していったか、あるいは自殺したか。担任の村内にとって衝撃的な出来事が起きたのだろうと思います。その激しい動揺や混乱などによるストレスの結果、村内は吃音という症状にいたったのではないかと。 彼は国語の教師で、授業で自分が教科書の音読をします。ということはもともと、国語の授業を普通にやっていたということでしょう。生徒に読ませず、吃音のある自分がゆっくりと教科書の音読をする。ここにこの作品のもう一つのテーマが「言葉」であることが象徴されています。流ちょうかどうかは関係ない。本気で読めば、本気で語れば、生徒には伝わると。 とはいえ、「問いかけ」型映画である宿命でしょう、全体的に重いです。せりふの一言一言も。 くわしいコメントは、当日までとっておくことにして、弁護士さんとの対談を楽しみに。 藤井敏彦氏を偲ぶ会 広島大学名誉教授でマカレンコ研究、幼児教育、平和教育など多彩な分野で活躍された藤井敏彦氏が今年の1月に逝去されましたが、その「偲ぶ会」が先日、9月27日、広島市内の広島ガーデンパレスで開かれました。 広島大学関係者を初め、広島保問研メンバーなど40名が集いました。広大退官の最終講義のビデを見た後、出席者が藤井先生の想い出やエピソードなどを語りました。 わたしはスピーチの中で、同じ藤井ゼミの指導生であった連れ合いが当日欠席でしたが、無事今年の春、小学校教員を満期退職できたことを報告し、多難な現場の仕事をささえてきたのも、彼女が藤井先生のもとでまとめた卒論「ヴィゴツキーの子ども観と発達論」をとおして得た子ども観があったからであると感想を付け加えました。 またわたし自身のことでは、先生によってヘーゲルの「精神現象学」に出会えたことがその後の生涯の思想的支えになっていることを語りました。全生研常任委員会からのメッセージも紹介し、あとで奥様に渡しました。 他の方々の語るエピソードを比較的淡々とした思いで聴いていたわたしも、最後に、当日来れなかったご長男のあいさつを弟(現在、愛教大准教授)が代読したときには、ジーンと来て涙がにじみました。それは、長男が大学受験で志望大学を落ちて次の試験にトライするために、藤井先生が父親としてずっと入試につきあい、「人生にはいろんなことがある、1年や2年のギャップはどういうことはないから落ち込むことはない」と、励まし続けたという想い出の場面でした。 1つ、この会でのわたしに関するちょっとした場面を。 むしろその本は、一部には難しいとか、硬いとか言われていたので、いまこうして評価されるとやはりうれしい思いでした。ヘーゲルと弁証法を探究し続けてきたことがちょっと報われたかなと。 こういう出会いをつくってくださったのも藤井先生です。あらためて、藤井先生のご冥福をお祈りします。 若者の事件を考える集会 あいち民研企画【公開学習会】として、「若者の事件から、子育て・教育・社会を考える」と題する集会が、9月23日(祝日)午後2:30〜5:00の日程で、愛知民主会館・2F会議室において開かれました。参加者は、46名。 報告者は、東海・非行と向き合う親の会の活動や付添人活動をされている井上陽子さん、30年に及ぶ保護観察官の経験を基に非行臨床の専門研究をしている木村隆夫さん(愛教大教職大学院・特任教授)、そして折出でした。 報告の詳細は省きます。一点だけ取り上げておきます。それは質疑に入ったとき、フロアから元教師のMさんが「食育」こそ非行防止の鍵だ、と資料を基に発言されたことです。Mさんは、母乳を与えない子育てがそもそも生物体としての関係を壊している、母乳は人類の愛そのものだ、どのほ乳動物も母乳で育てているではないか、と力説しました。 その場でいただいた資料をあとで読みますと、長野県上田市教育委員長・大塚貢氏による天然素材中心の給食改善の取り組みは、わたしもとても重要だなと思います。 しかし、その大塚さんの改革を紹介する櫻井よしこさんは「日本人の心」論にその改革の意味づけをもっていくのです。先のMさんにも、そのような傾向があると思います。カルシウム、ミネラル、マグネシウムなどの摂取の出来る素材を給食に取り入れること、さらに発芽玄米の米飯食にすることなど、具体的な目線は科学的です。 その食育で非行ゼロになった、とこうおっしゃっているのですが、給食の栄養素の解析、そしてその実行をとおして、教育的関係の何かが変革したことが大きいのではないかと私は見ます。つまり、「食育」→「非行ゼロ」という二項ではなく、もっと媒介的な社会的な関係変革がそこには必ずあるということです。大塚さんも(講演記録などを読むと)そこをあまり見ていません。Mさんも櫻井氏もそこを見ようとしないで、人類愛、あるいは日本人美徳論につなげるので話がおかしくなるのです。 言葉を取り戻すことの重要さ;映画「フリーダム・ライターズ」 休日に、レンタルで標記の映画を観ました。この作品は、1994年、ロスアンジェルス暴動のあと人種間の緊張が続く中で、その地域にある公立ウィルソン高校に若い国語教師が着任し、1年生の203教室を担当してから、共に成長していった実在のドラマを映画にしたものです。 街で「戦争状態」を見てきた生徒たちは、白人の女性教師、エリン・グルーウェル(ヒラリー・スワンクが好演)を敵視し、しばらくは授業は不成立。 理想とのギャップに苦しみながらも、彼女は、生徒たちが何か内側に込めているものを感じ取り、生徒一人ひとりに日記用ノートを渡し、過去のこと、いまのこと、未来のこと、何でもいいから書いてくるように働きかけた。生徒たちは、しだいに本音をつづるようになった。映画では、このシーンを、生徒のナレーションを入れながら、家庭内暴力の場面、家を追い出された場面と重ねていった。 ミス・G(生徒はこう呼ぶ)は、週末にホロコーストの博物館に生徒たちを連れて行った。そこには「アンネフランク」を含めてユダヤ人に対する虐殺の実相が、写真、遺品などで展示されていた。「死」や「銃」は、自分たちにとって隣あわせで当たり前のように思っていた彼等は、ドイツナチスによるアンネの死を知り、自分たちの加害性を感じたのか、密かに隠し持っていた銃をみずから棄てた。このときから、クラスの雰囲気は大きく変わった。 ある男子生徒は夏休み中に、貧困と差別のため家族まるごと追放されるきびしい現実にあい、高校へ来るのも苦しかったが、やっと出てきた。その時、仲間が迎えてくれた。彼は「ここは僕の家だ」と日記を読んで紹介した。 ミス・Gがここまで情熱を込めて取り組めたのは、公民権運動に打ち込んできた父親の影響と、彼女自身も大学で同じようなテーマで活動してきた経緯があったから。何か、そういう思想的なベースは、教師になろうとする人には、わりとあるのではないでしょうか。 フリーダム・ライターズとは、闘う若者の綴り方というニュアンスになります。差別と人種間の殺しあいが日常的になっていて、まさに心的外傷を抱えてきている多くの生徒たちにとって、日記につづることが、自己を語る言葉を取り戻す重要なきっかけとなったのです。J.ハーマンの『心的外傷と回復』の、人種差別うずまく街で成長していく高校生を描いた映画版、という風にもいえます。
なるほど、関係性の話であったのか 14日、民放ラジオの朝の番組で「キリストへの時間」があり、新聞を読みながらたまたま聴いていましたら、語り手(牧師)が「ウサギとカメ」のイソップ寓話を持ち出して、こう解説しました。−−− この話は有名で、明らかにカメより速いウサギが先に行って、余裕があるため一寝入りしたところ、そのためにカメに負けてしまった、ということから、「油断大敵」の寓話として知られる。これに独自の解釈を施してみた。 ウサギが負けたのは、カメを見ていたからだ。では、なぜカメは勝ったのか。それは、第一に、自分が遅いことをよく知っていた。第二に、それでもカメはベストを尽くした。第三に、カメは、ウサギを見るよりもゴールを見つめ続けた。だからカメは勝てた。 では、人生においてカメの生き方とは何か。生きる意味を問う大事なことがそこにはある。では、人生におけるゴールとは何か。それは、人が決めるのではなく神が決めるのであり、生きていく一瞬一瞬がゴールであり、人生の勝利はその結果においてわかるのではなく、その過程にある。カメは、最後に勝ったのではなく、その歩みの一瞬一瞬において勝利者であったのだ。 −−−と、こういう話でありました。わたしが「なるほど」と思ったのは、ウサギとカメの関係性、それぞれの他者との関係を軸にして、元の話をうまく構成している点です。ウサギにとって他者は、自分の速さと競う相手でしかなく、敵対的他者としてしか周りは存在しない。カメにとっては、他者は、むしろ内なる他者として、対話的他者であること、いくらウサギに引き離されていてもそれは関係なく、いつも(ゴールを目指す)自分を認めてくれる内なる他者との対話関係をもつことができた。だから、何ら落ち込むことも、自己卑下することもなかった。こういうことです。 「神のみがゴールを決める」というくだりは、この番組の主題のためにそこに落ち着くのですが、わたしはこの件は保留しておきます。が、関係性という点では、あのよく知られた「ウサギとカメ」をこのように解釈してみせたことに感心しました。 北京五輪の意味すること(その2) 「北京五輪の意味すること」を下欄で書きました。『朝日新聞』9月4日付夕刊に、愛知大学現代中国学部教授・加々美光行氏による「国力見せつけた北京の祭典」が載っておりますが、ほぼ同じような角度からの問題提起となっています。 もちろん、専門の現代中国論からの論考ですので、同氏の分析には深いものがあります。わたしが一番共感するのは、次のくだりです。 中国は北京五輪で、集団的な「人間美」の造形化によって中国国家を誇示したが、そこには庶民(たみくさ)の日々の豊穣な暮らしはなかった、と。 そして、「北京オリンピックは私たち日本人の写し絵でもあった」と。 二代続けての政権投げだし 9月1日、福田首相が突然の辞任会見を開きました。全国に衝撃が走りました。11ヶ月の短期間の政権。しかも、安倍政権と同じく、内閣改造をやっておいて突如、辞任の表明に至ったこと。ただ安倍氏の場合には相当の身体的不調(うつ的傾向)があった点が違うだけです。 「朝日」「中日」のウェブ速報やNHK解説委員、元首相補佐官経験者のコメントなどを総合すると、辞任の背景やその意味は以下のようになります。 第一に、支持率低迷(NHK最新世論調査では支持は33%)で福田の下では選挙はたたかえない、という声が自民党内からも広がっていた。選挙協力をしてもらわないと勝てない状況が強まるほどに、与党公明党の影響は大きくなった。かれらは臨時国会の会期延長反対説と「定額減税」早期実施説を打ち出し、福田政権にとっては抵抗がいっそう強力に働いた。他方、公明党としては、自衛隊のインド洋での燃料補給活動自体に支持者からの反対がある中で会期を延長してまで衆議院の3分の2による再可決を取りたくなかったうえに、次の東京都議会選挙への準備と支持拡大の状況を早めにつくりたかった。 第二に、このまま臨時国会に突入しても審議の打開策に行き詰まり、国会開会中に辞任という、プライドの高い福田氏にとっては最悪の場面を迎えることが十分に予想された。福田氏としてはそれだけは避けたかった。太田大臣の事務所費問題の浮上は、必ず追及の材料となり、これは前の安倍政権の行き詰まりと同じ構図であった。内閣改造時に自民党総裁として自民幹事長に麻生氏を決めたことは、こういう場合への対応と転換をより確かにするためでもあった。 第三に、民主党との大連立を図ったが失敗したこと、参議院での野党多数による抵抗・批判は政権与党としては非常に大きな抵抗力であり、臨時国会以降も早期解散を目指してかれらの徹底抗戦が見込まれる。首相として自分なりにやりたい政策自体が野党の抵抗で陽の目をみないことは、結局は首相として存在している意味がないに等しい。政治の最高位のリーダーとしては、事実上の敗北といえる。 以上ですが、教育改革関連で言えば、安倍政権の行き詰まりで「教育再生会議」が実質上崩壊し、いままた学力強化策などの復古主義的な教育改革の方向も内側から瓦解しました。この局面を見れば、おとなの政治活動がいかに子どもと教育を軽視し党利で扱ってきているかが如実に現れています。 教育研究全国集会(京都集会)全体会 8月21日から24日まで標記集会が開催されますが、わたしは、長年務めてきた共同研究者(生活指導分科会)を理事の業務との兼ねないが難しく、降りました。 しかし、集会の様子や今回の井上ひさし記念講演を聴いておこうと、半日、参加してきました。会場は、「みやこめっせ」です。おそらく2000名を超える人々が開会全体会に参加していたと思います。 井上講演は、わたしからすると、のらりくらりの話で焦点が定まらないようだが、途中で小話風の笑いがあったり、最後はきちんと日本国憲法の国際的な意義をおさえて締めくくるなど、講演慣れはしています。 開会全体会では、重たいテーマをこういう風にすこし軽く、明るい面から取り上げておく方がいいのかもしれません。 「平和」とは戦争が無いことを言うだけではなく、将来に希望があることを言う。井上さんのこの話が今日の講演の集約点でしょう。 北京五輪の意味すること 8月8日、現地時間8時、日本で9時前から北京オリンピック開会式典が始まりました。わたしは、TVで前半だけ観ました。 演出の総監督を務めたのは「英雄(HERO)」などの作品を手がけたチャン・イーモウ=張芸謀(Zhang Yimou)監督(57歳)だそうです。開会の随所にあったあの宙づり演技などの特撮的手法、そして演者たちの衣装や多数の花火を含めきらびやかで、なおかつデジタル的な配色にこだわった演出は、それをよく現していました。 経済発展の著しい今の中国の「力」を遺憾なく発揮する場としては、政府にとってはこの五輪の開会式典は絶好のチャンスであったことでしょう。来賓席の先進国首脳陣を初め世界各国(80余の国から代表が列席)に大いにアピールできたし、経済的・文化的にもこれからの世界は中国を抜きには語れないだろうと予想させる面は確かにありました。 内容も、中国の歴史と文化の奥深さをうかがわせる絵巻物風の演出で、統制の取れた2008人の演者の演技も率直にいって、良かったと思います。集団演技の美というものを見せてくれました。日本では、かりに東京オリンピックが実現できたとして、こういう集団演技のまねは出来ないし、レベルがかなり落ちるであろうと予想されます。底流で、日本の社会ではこの国の民としてのアイデンティティをかなり失っているからです。 かといって、このような統制の背後にある集中型のナショナリズム、(おそらく数千名というオーディションの選抜を経ていく)能力選別主義、エリート主義のやりかたを支持するものではありません。 課題はなおも多くあるし、矛盾が足元にありすぎる。 「改革・開放」政策と経済的資本主義路線でやってきた共産主義国家としての矛盾が、果たしてオリンピック開催で良い方向に変わっていくのか、それともさらなる内部矛盾の拡大で新たな混乱と対立を生むのか。そう軽々には論じるべきではありませんが、すくなくとも、その矛盾が吹き出しても軍事力で民衆の抵抗を押さえつけることだけはしてほしくない。してはならない。天安門事件の非人間的な事実を世界はしっかりと記憶している。そう思います。(8/9記) 全生研50回大会(大分・湯布院大会)で、代表として最後の挨拶 北海道大学での「公開講演会」に 7月25日、北大の間宮正幸さん(北大大学院教育学研究院准教授:教育臨床心理学専攻)が主宰する科学研究費補助金研究グループが実施した公開講演会(同研究グループの第一回研究会)に呼ばれ、話をしてきました。講演の時間帯は、わたしのフライトの関係で夕刻以降になりました。北大の人文・社会科学共同研究棟410室には、研究グループのメンバーのほかに、北海道子どもセンター、ひきこもり家族の会など、地域で活動されている方々も参加され、ほぼいっぱいの状態。60名近くはいたように思います。 「若者の自立支援と人格的自立」と題する報告を、補足も含めて、約1時間半、パワーポイントで話しました。そのあと、間宮さんの進行でフロアからの質問に応えていきました。 発言者は、ひきこもり家族会代表のTさん、この四月から任期制採用で同大学の上記センターの助手となった日置さん、そして自立と関係性についてはわたしと論争の間柄にある、同大学院の鈴木敏正さん。ここで詳細を再現するのは控えますが、とくに日置さんは、ご自身が子ども相談の活動をしてきた実践家であり、その発言はわたしのアザーリング論をさらに刺激するものでした。つまり、「支援とはアザーリングのことなのだと今日の話しでわかった」「わたしの仕事はアザーリングをコーディネイトすることなのだ」と、非常にゆたかな感性と視点で受け止めて語っていただいたのです。 また鈴木氏からの四点にわたる質問は、ヘーゲルの自己意識論の読み取り方、彼の理性論をもっと取り扱うべきではないか、「共同」の中身を知りたいなど、同氏もヘーゲルについて関心を持ってやっておられるだけに踏み込んだ中身でした。 氏自ら強調していたように、キーワード的には鈴木氏は「自己実現と相互承認」であり、私の場合には、「アザーリングと人格的自立」なのです。とくに氏の場合には、「他者」を人として重視はするものの、他者によって規定されていることの論理をそれほどには重視していないように思いました。 終了後、間宮ゼミに在籍中(あるいは在籍していた)現職教員の方々を交えて、そして少し遅れて、北大に来る前は私の同僚であった坪井由実さんも加わって、大学近くの店で打ち上げをしました。「お開き」にしたのは深夜でしたが、なかなか充実した時間でした。 羅臼産のホッケやツブ貝など、旬の料理もおいしかった。 Sクンの続きです。「原初的認知」と書きましたが、意識が働いているわけではありません。まだその前段階なのです。 では、間違いかというとそうでもないのです。たとえば、母乳を飲んだ後の「ウンチ息み」です。産まれて二週間目あたりから見られました。Sクンは顔を赤くしてまでお腹に力を入れて、ウンチを出します。最近は、「ウーー」と声まであげて。 これは「学習」したものでもありません。まだ意識の機能を働かせるほどには脳は発達していないのに、しかしSクンは自分のからだを制御しようとする、ある主体となって、生きています。 ここでは、意識前の主体の意味で、前意識・主体と呼んでおきます。まだ網膜機能もまったく未分化な中でも声(音)のする方を向き、自分の首で右を見たり左を見たりする。その動作の主体です。 それは、まるで脳と他のからだの部位とが、あらかじめ定められたプログラムをたどりながら、いよいよこれから始まる複雑な人間的機能の準備をしているようです。いや、その機能を取り込む、全く新しいドラマに向かって、生き抜いていく感じの主体を目の当たりに見ています。 Sクン、いろいろと教えてくれてありがとう。 さる10月9日に誕生したSクンは、早いものでもう1ヶ月。 最近は、泣き方も多様化し、ほんとうにお乳がほしいときの激しい泣き方(怒りの表現)、すこし口が寂しくて甘えているときの泣き声、そしてお乳を飲んで満足しているときにこちらが語りかけたときの笑顔(らしい)和やかな表情と、いろいろの表現をしてくれます。 人間の感情表現の原型にあたるものを目の当たりにして、少々感動しています。いや表情だけではありません。母親(わたしの娘)が言うには、最近は、お乳をうまく口にできないときは、腕で胸のあたりを押してくるし、なにか気に入らないときにも、ぐっと腕をのばして突っ張ってくると言います。 3週間目あたりから、目の瞳の部分がこちらに焦点をあわせるように黒っぽい部分(瞳孔)がはっきりしてきたし、母親の動きに応じて目はうごいています。 そして、この二、三日のことですが、お乳で満足して機嫌がいいとき、「アー」「アウー」といった、まだ乳児の喃語とはいえないがそれに近い原初的な「音声」を発するのです。 そういうときは手足を活発に動かして、こちらを見つめて、口を軽く開けて、唇を動かしてなにか発信しようとしています。そして、くちをやや大きめに空けたときに、口腔を抜ける空気で「アー」という「音声」になるようです。 まだ動物的な次元なのですが、コミュニケーションを取ろうとするその身体的運動に、とても感動しています。あきらかに、このSクンは、「他者」という存在を早くも、原初的に認知しはじめているのです。 娘が出産のため帰省しておりましたが、先日、無事に男児を産みました。3092グラム。52センチ。 連絡を受けて、夜、産婦人科の部屋に寄りましたが、まだ産まれて3時間後の彼は、ちいちゃな手をからだに寄せて眠っていました。 こっそり新生児用のタオルをめくって足もみせてもらうと、両足ともしっかりとした長めの指で、「これならよく走る子になるぞ」と、早くも「親ばか」ならぬ「ジイジばか」のモードに(笑)。 抱いてみると、足のあたりを湯たんぽで温めてもらっていたせいもあるが、タオル地の奥から伝わるこの子の暖かみと、まだ首のあたりをしっかり支えないといけないほどの柔らかさと、一緒になって、伝わってきました。 あまり泣かない子で、そのときもずっと寝ていました。産道を出てくるときに時間がかかったようで、その疲れなのでしょう。目の縁にうっすらと涙があったので、さっきまで泣いていたのだなと。 子どもたちをガンガン叱っている先生、または親御さん。こんなに苦労してこの世に出てきたのだから、もっと人生初期の「楽しさ」を経験させてやりませんか。 自分がつらいから、きついからと言って、児童期の子どもにぶつけていたのでは、やはりまずいですよ。 向かうべきは子どもではなく、政治や政策をあつかう、同じおとなたちでしょう。政治参加の原点も其処にあるはず。 理事・副学長職として会議や事務処理等で、なかなか本がゆっくりと読めませんが、最近は、朝型に切り換え、4時か5時に目が覚めて、一定時間読む様にしています。いくつか読みました物、読んでいます物を。 鷲田小弥太『ヘーゲルを「活用」する!』彩流社。 同じヘーゲルでは、広島の労働者学習協議会講師である高村是あつ氏の講義をまとめた『弁証法とは何か』一粒の麦社があります。A5版で480ページの大著ですが、ヘーゲルの『小論理学』の解説書と思って読めば、おおいに参考になると思います。 がらりとテーマが変わって、石川元編『アスペルガー症候群〜歴史と現場から究める』至文堂。もとは『現代のエスプリ』でアスペルガー症候群のことを取り上げて以後、同雑誌への照会が相次ぎ、これを契機に歴史と現状を総括する単著としてまとめたもの。 とくにアスペルガー症候群がいまほど話題に取り上げられるに至る歴史(1990年代を中心に)をワンパ−ト設けて、専門的に解き明かしています。その意図の一つは、少年事件=「アスペの少年」という、きわめて誤った通俗的知識に対してはっきりと批判をして正しい理解を広めたいと言うことにある点も、わたしは共感できます。 最後に、木下順二没後一周忌を機会に『木下順二対話集〜ドラマの根源』未来社が出ました。『木下順二作品集』の各巻に収められている各界の専門家との対話を集めた物です。 研究職(大学教員)をめざしている方は、下記の本にある様に、日々不安を抱えながらも頑張っていると思います。やはり中心は自分の業績を確かなものにすることです。このリアルな現実を直視してどう向き合うか。 論文執筆の機会と対象は、全国学会、地方学会、所属大学の学部紀要、センター紀要とあります。教育月刊誌も入りますが、業績のウエイトとしては本数には入るけど、あまりポイントは高くないので。 学会発表とその学会紀要への投稿を研究作業の目標にして、それにあわせた生活スケジュールを立てることが大事です。何となく文献をあつめて読んでいくのでは、生産的な面では弱いです。論文は論証のための、学問分野独特のルールのある文章ですから、よほど目的を持った作業を積み上げていかないと、いざ学会誌に投稿しようにもまとまりません。 レフリー付き学会誌投稿で、判定が「修正加筆のうえ掲載可」と出ても、クサラナイで準備して再投稿をしてください。掲載可能率は高いので。 現職教員の方で、大学非常勤の経歴もあり、一定の論文数もあって、大学教員の公募にアプライして進路転換を考えておられる方は、学会誌掲載論文があることがかなりポイントになりますので、その点での意識的な活動が必要です。 月刊誌にたくさん書いていても、教員の論文審査ではそれほど評価を受けない場合が多いでしょう。そう見ておく方が間違いがありません。学術的な論理構成の力、これは学部の教育でも、やがて担当するであろう大学院教育でもとても大事な要素なので、それがまず代表的に表現されていている学会誌掲載論文が評価されるのです。 最後に、いくつも公募してなおいいところまでは行くが決まらない場合、博士・修士の学位の取得、論文等業績の数、全国学会レベルのレフリー付き論文本数、そして研究テーマに対する自己の論理構成や研究方法の在り方などが複合的に絡んでの結果です。 なにか自己の人格的なことを否定されたかの様に受け取る必要は全くありませんので、念のため。 あとは、1本1本の論文を業績稼ぎのためではなく、まさに、論理探求者として今を生きる自己の生き方として取り組んで書き上げていくことですね。精神論の様に聞こえるかも知れませんが「至誠天に通ず」という面はあるのです。思わぬ時期に、あるところから話しが来たりとか。 下記の本は、学界の体制批判やフリーター的現実は鋭く書いているが、研究職を目指すその人の内面的世界、研究とは何かの問いかけ、そのうえでの公募への準備の点では弱い様に思いましたので、ちょっと補足をしました。 10月20日付発売の、やや刺激的な新書があります。 水月 昭道 氏による『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院』 (光文社新書) です。 著者自身が九州大学大学院博士課程を修了し、人間環境学博士を取得しながら、定職の研究職に就けず苦労してきている体験者。博士号を取得しながら、目指す研究職に就職できないでいる人に取材をして書いている点など、真摯に向き合った叙述は好感が持てると思います。 出版社側の宣伝コピーは、アマゾンの紹介記事によると次の通りです。 大学院重点化というのは、文科省と東大法学部が知恵を出し合って練りに練った、成長後退期においてなおパイを失わんと執念を燃やす"既得権維持"のための秘策だったのである。 本書に対する読者のコメントでは、「力作」「良書」など好評である。 いま大学院在学中の人、これから進学を考える人、事情があって修士または博士課程を修了したが就職できないまま、非常勤講師などで頑張っている人、ともかく一読に値する本だと思います。 10月20〜21日、標記の全国大会が立命館大学で開催され、日程の都合上、20日のシンポジウムだけ参加してきました。会場は、大講義室で、約100名の参加者。 シンポジウムは「平和の構想〜ナショナリズムとグローバリズムと暴力を問う」。シンポジストは、武藤一羊(ピープルズプラン研究所)、清眞人(近畿大学)、渡辺憲正(関東学院大学)の三名。司会は、小屋敷(琉球大学)。 内容は、とても中身が濃くてここにさらっと書けることはできませんが、とても刺激になりました。キーワードは、「暴力」はもちろんですが、「他者性」「関係性」「つながる」「民衆連合」「(暴力に対抗する)直接性」「国民国家相対化」など、これまでのわたしの立論ともいくつか重なる面があります。 なにしろ、大ベテランのシンポジスト二名が、B5サイズのレジュメ数枚の両面に、びっしりと報告内容を文章化し、注記や参考文献もきちんと付けて問題提起をされるのですから、その論議の緻密度は察しがつかれると思います。 特に三者共に「他者」または「他者性」あるいは「関係性」を多用していたのがとても印象的でした。「関係性」概念は、この唯研の研究分野ではむしろ以前からほぼ当たり前の様に使われてきているように思いますが、今改めてそれがキーワードになっています。 ただ、シンポジストの一名の方や、フロアの発言者には、平和と暴力をめぐる国内の状況を語るに際して、「革新勢力は見落としている」「革新勢力は避けてきた」という言い方で、自己批判的なのか、まさに政治運動批判なのか、運動への揶揄なのか、そういう指摘がありました。 哲学の論議としてはやや飛躍があるのでは、と違和感もありました。たとえば、「沖縄の米国による一元的支配」と「平和憲法九条」とをセットで、当時の連合国側が敗戦後の日本に付与してきたということを(革新勢力は)不問にしてきている、という論点は、むしろその関係性をシンポジスト自身はどう読み取り、いまなおその曖昧さが「九条を守る」運動にあると言いたいのなら、何を、どう論議すべきかをみずから提出すべきではないでしょうか。 2時半から6時までのロングのシンポジウムでしたがとても収穫はありました。それにしても、夜間の京都は風も吹いて相当に冷え込みました。次もいろいろ控えているので身体を考慮して、終了後、まじめに寄り道せずに名古屋に帰りました。 ワーキングプアのTV放送 明日月曜日の夜10時から11時半の間、NHKスペシャルで「ワーキングプア1&2」を再編集して放送。 また、16日(日)9時15分から「ワーキングプア3」を放送。 新自由主義のもとでの貧困とは何かが、まさに映像で示されます。お時間があればぜひご覧ください。 OECDがおこなった2006年度実施の国際的学習到達度調査(Programme for International Student Assessment, PISA)の結果が公表され、メディアでも話題になりました。 すでにご存じの様に、この調査は、「義務教育の修了段階にある15歳の生徒を対象に、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシー、問題解決を調査するもの。国際比較により教育方法を改善し標準化する観点から、生徒の成績を研究することを目的としている。調査プログラムの開発が1997年に始まり、第1回調査は2000年、以後3年毎に調査することになっている」ものです(以上、ウイキペディア・フリー百科事典より)。 過去二回、2000年調査および2003年調査ともに、日本の高校生の学力は総体として応用力、読解力に問題があることが浮き彫りになりました。今回、第三回目ではそれがいっそう差がひらき、順位だけが問題ではないのですが、数学で6→10位、科学で2→6位となりました。たとえば『朝日新聞』は「応用力 日本は続落」という見出しで第一面で報じました。 文科大臣は、これまでの理数系の教育の改革がまだ成果を出し得なかった、とコメントしていました。 問題の根源は、日本の教育界には、「リテラシー」という知的能力のカテゴリー(把握の仕方)がとても弱いことです。基礎的な知識や技能を自分で駆使しながら新たな事態や現象を読み解く力、それがリテラシーです。この観点での学習は、教授されることの習得よりも、いかに問題を立ててそれに自分で向き合うか、という主体的学習になります。 言い換えれば、今まで日本では、自分中心に、自分に「わかる」「できる」ことを覚えて、それをテストで効率よく再生する力に重点をおいてきました。これを「同心円型学力」としておきましょう。これはひとたび型にはまるとなかなか抜け出せない。いつも自分中心の思考形式だからです。 これに対して、常に、自分とは異なる他者(違う視点)をそちらに持っていて、これを意識しながら物事を思考し探っていく力。これは「(二点の中心からなる)楕円型学力」、二点の関係でどんどん広がるので、その意味から動的な構成力、と呼んでおきましょう。この学力がリテラシーの要なのです。反復再生はその結果の現れであって、二点の広がりいかんではしだいに応用範囲も広く、豊かになっていくのです。この構成力こそ、この学力の特性です。 背景には、教科を教える教員自身が「同心円型学力」の典型的な持ち主が多いことも関係しているのではないでしょうか。学習指導要領という単一の標準にとらわれた思考形式、そして誰か権威ある者の理論を持ち出すことで実践を理論化できたとする思考形式。こうした「同心円型」を教師自身がこわし組み替えていかない限り、いくら理数教育に力をいれても、教え学ぶ風土自体が変わらなければ、効果が出てこないと思います。 こういう視点で言う方があまりいないので、敢えてひとこと発信しました。 『朝日新聞』夕刊の11月29日号から、「ニッポン人・脈・記」のシリーズとして「先生に出会う」が始まりました。夕刊の一面です。筆者は、教育論では健筆をふるってきたし、わたしも以前から注目しているジャーナリストの一人、氏岡真弓さん。 昨日、11/3号では「夜回り先生」で知られる元高校教師・水谷修さん、「ブリキの勲章」の非行克服の実践で知られる、元中学校教師・能重真作さんを取り上げていました。 文面から察すると、氏岡さん自身がお二人に聞き取りをしたうえでの執筆でしょう。無駄のない、情感を押さえた文体で書いています。何よりも、非行に走る子ども、ドラッグにのめり込む子どもの苦しみをえぐり出しています。それだけに、読む者を惹きつけます。 単なる教育論、あるいは軽い「教師頑張れ」論ではありません。いま、どのような教師が求められているか。いや、子どもが信頼するに値する、どのようなおとなが必要なのか。そのメッセージを筆者は確かな目線で伝えています。 知人の朝日新聞の記者によりますと、最近の傾向として、教育・学校・教師に関する記事は社内でも以前に比べてウエイトの置き方が変わってきているようです。それは「教育基本法改正問題」の時の、同社の記事の扱い方に端的に現れていました。 ある意味では、そのような傾向も立て直して、「明日」をみつめる教育を、ジャーナリズムの視点で描き出そうという企画なのかも知れません。 朝日新聞への特別な思い入れがあるわけではないですが、この夕刊シリーズ記事はお薦めです。いっときの教師論の記事に終わらせないで、いまこそ、学校・教育・教師が社会によって評価されるべき時であることを刻み込んでほしいとおもいます NHK朝のテレビ小説「ちりとてちん」で、主人公・若狭の落語師匠である徒然亭草若(渡瀬恒彦)が、弟子の若狭本人に、「おもしろいもんやなあ、未熟な者によって成長する者もいる」とつぶやきます。 高座で兄弟子が熱演して立派な噺ぶりをつとめているのを、舞台の袖で見ながらのシーンです。そのすぐ前のシーンでは、若狭が落語が上手くなれずに悩んだあげく、これ以上ここにいても仕方ないと思い、「わたしを破門にしてください」と頼み込み、その場で師匠から叱られたばかりです。 このひとことが、今日(14日朝、放送)のドラマの核心だなと直感しました。 もう、読者の皆さんにはおわかりの様に、「他者」、すなわち自己にとっての他者と共に、自己の他者性(自分が他者に対して持っている固有の役割と意味)ということです。それを、これほどズバリと、しかもさりげなく、登場人物に言わせているのはさすが。 国会空転の責任を このところ自民党総裁選挙でメディアは盛んに情報発信をしましたが、最終的に、福田新総裁が決まりました。しかし、臨時国会開催中であることの内閣の責任を問う議論は下火です。ここをしっかりと踏まえて福田政権は、足元からの立て直しを図るべきです。 本日の朝のNHKラジオのコメンテーター(ある政治学者)の発言に共鳴して、内閣法(1947年制定)を見てみました。今回の事態に関係する箇所は次のようになっています。 第1条 内閣は、国民主権の理念にのつとり、日本国憲法第73条その他日本国憲法に定める職権を行う。 第2条 内閣は、国会の指名に基づいて任命された首長たる内閣総理大臣及び内閣総理大臣により任命された国務大臣をもつて、これを組織する。 第9条 内閣総理大臣に事故のあるとき、又は内閣総理大臣が欠けたときは、その予め指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う。 つまり、国会、すなわち全国民に対する責任からして、第9条に則り、安倍氏が辞任した時点ですぐに臨時総理を立てて臨時内閣(選挙管理内閣)として、解散総選挙を行うことで民意を問うことがもっとも筋のとおった国政なのです。 いかに衆議院で多数政党とはいえ、一政党の党首選びで国会が空転し、その間に何億という税金が無駄に費やされました。それは自民党の政権保持のための国会無視の工作としか言いようがありません。 こうした総裁選挙の陰で、ネットカフェ難民や、ホームレスの人たちの援助を求める生活はきりすてられていること、その何億円のカネを政党補助金として返納してでも、そうした人々への公的支援に少しでも役立てることが、自民党の本当の出直し(本気でそうしたいのなら、ですが)ではないかということ。こうした当たり前の政治が行われていないことに国民は大きな不信感を抱いているのです。 もっと、人間の顔をした政治を行うべきです。(9月24日 記) 書評 小著『人間的自立の教育実践学』が、10/1の週、月曜発売の『週刊現代』所収の「リレー読書日記」で取り上げられることになりました。 評者は、『滝山コミューン1974』の著者、原武史氏。 故大西忠治氏と私の往復書簡に関わっての氏のコメントになるようです。 講演「いじめ・自殺について」(その2) 最近の話題としては、今年7月に起きた、神戸市須磨区での私立高校生自殺事件を取り上げ、講演でも分析する予定です。
この事件において、(1)被害者が携帯メールで脅しを受けていたこと、(2)加害者たちが勝手に被害者のHPを作り、その自死した生徒の裸の写真を載せていたこと、(3)被害額が約50万円にとなり、どんな手段でもその金を工面しろと恐喝されていたこと、などから、最近北米でも大きな問題となっているサイバーいじめ(cyber bullying)の典型的な事件だと言えます。 講演「いじめ・自殺について」 12月15日(土)午後、北海道札幌市にあります北星学園大学の授業の一環で、「いじめ・自殺が問いかけていること〜何を深めるべきか」と題して、講演を行うことになりました。 同大学には、以前同じ職場にいた知人が勤務しています。 いままでの講演の構成を修正して、最新の視点でお話しできるように準備を始めています。 喫茶店「パール」 昨日16日、教研集会の全体会場に向かうために、駅前の電停で電車を待とうと、その幅の狭い乗り場に立ったとき、ちょうど目の前に、あの喫茶店があるではありませんか。 その名は「パール」。表の入り口はブロックの角を活かして斜めに構えられていて、あの頃の雰囲気そのまま。いかにも年代の経った、やや古びた造りの二階建て全館は風格さえ感じさせます。看板のところどころに錆さえ見えます。まるで私と対面を用意してくれたかのよう。 この喫茶店で、毎週、「広島市生研北部サークル」の研究会が行われました。片隅の一角を十名近くが占めて、報告者が用意した「青焼き」という手書きの印刷体の実践記録をもとに、生活指導・集団づくりをめぐって熱い議論をしていました。わたしは、まだ広大の4年生だったと思います。 三十余年の時を超えて、いきなりその光景がよみがえりました。まるで都会の中にある一角が切り取られ、そこに、自分の過去体験世界がふっと現れたようです。 そうか、安房直子の「きつねの窓」とは、日常の中にあるこういう体験をいうのかもしれないな、とも。 教育研究全国集会、広島市で 8月16日から19日まで、標記集会が開催されます。 私の担当は「生活指導・自治的活動」の共同研究者としての役割です。 今年はいつもより同分科会の報告リポートの数はやや少ないのですが、どのような実践の中身と出会えるか、またリポーターである教師たちのそれぞれの語りがどのようなものか。これが楽しみです。 参加される方、会場でお会いしましょう。 《臨床発達心理士》指定科目講習会 お盆休みの最中でしたが、8月14日に、標記の講習会講師として、大阪で講義をしてきました。会場は、JR京都線「岸辺」駅近くにある大阪学院大学。煉瓦造り風の、芝生や緑の造園をたっぷり取ってある良いキャンパスです。 私の担当は「社会的情動発達とその支援に関する科目」の一環で、「いじめへの支援」です。13,14日の二日間で、7科目があり、私以外は心理学系の方のようです(面識のある方は一人もいない)。応対されたのは同志社女子大学の現代こども学科の教授(心理学)。 なぜ私なのか、はよくわからないのですが、依頼の時、いじめ問題で講師が必要だったとの主催者説明でした。 パワーポイントと、当日配布のレジュメ、そして大河内君の遺書の印刷資料などを使いながら、90分ぴったり、講義を行いました。受講生は70名近くでした。 自分でも、まとまってはなせたと思います。 終了後にすぐ、年配の受講者から姪っ子の子どもさんがいじめにあっているようで、と相談がありました。 応対された会場校の院生の方もまじめそうで、良い対応でした。 《閑話休題 その2》フォークの心 8月12日の夜、NHK・BS2で「フォークソング大全集」を放映。当時の歌い手たちが、生出演。 南こうせつと、加藤登紀子の歌とトークも良い味を出していました。 それにしても、あの頃の歌の歌詞はいいですね。70年代の歌が今聴いても、とてもしみこんでくる。ということは、歌詞に、時代を超えてもなお聴く者に問いかける力があるということでしょうね。 そして、団塊の世代の一人として言わせていただけば、出演された殆どの方が現役で、あるいは再結成で頑張っておられることです。 70年代から早くも30年。しかし、ただ振り返るのではなく、良さは受け継ぎながら、新たな状況に向き合い顔を上げて、探究しつづけたいですね。 《閑話休題》蝉の宿 連日の猛暑ですが、皆様にはお変わりないですか。くれぐれもご自愛ください。 わたしの家の小さな庭にはケヤキの木があり、毎年、ここに蝉が張り付いて鳴くのですが、今年はとくに数も多いし、鳴き声も大きく聞こえます。まわりのお宅ではそれほどではなく、我が家に集中しています。 朝、日が差し始めた一瞬、静寂なのですが、気温が上がり出すと、それを感じて一斉に鳴き始めます。青年期までを過ごした、故郷・広島では山あいの街での暮らしでしたから、蝉は慣れたもの。ですから、家族は「うるさい」と言いますが、わたしは「いいじゃないか、夏らしくて。これだけ蝉たちがここに集まってくれているんだし、いいことだよ」と。 「これじゃ、『蝉の宿』だわ」と、つれあい。 蝉の声を聴きながら、ようやく夏休みらしい時を迎え、しばらくはゆっくりとビールを飲みながら英気をやしなおうと思いました。 全国生活指導研究協議会の大会、盛会のうちに閉会 下記の通り、全生研第49回大会が開かれ、全国から869人が参加。大会関係者を含めると、約940名になりました。 都市型大会の特徴で、一日参加も多かった。また、教職関係の20代が111人、学生が36人、合わせると若手20代が147人。これは今大会の大きな特徴です。 しかも、初参加者が158人。いま実践のいろいろの困難さにぶつかり、何かをつかみたいとの思いで参加された方も多かったのではないでしょうか。 「全生研」も、かつてのような「班・核・討議」方式といった、基礎的なことを知っていないと近寄りがたい、硬い団体ではもはやありません。学び・文化・交流を活かした、自由な討論の公共性を大事にする団体になっています。 まさに生活指導と集団づくりとを研究の柱にして、多様な方が学び合える研究団体に変わってきています。その協議の方向性として、大会基調提案があり、集団論や指導論があります。 なお、最終日の6日には、午後の「別れの集い」の中で、「研究のまとめ」を行うに先だってわたしの方から主旨を述べて、会場の参加者の同意を得て「8月6日ヒロシマ」の黙祷を行いました。 来年はいよいよ50回大会。場所は、大分・湯布院です。このHPをお読みの皆様も、どうぞ来年、ご参加ください。 全国生活指導研究協議会の大会が開催されます 8月4日から6日まで、神奈川県横浜市の國學院大學たまプラーザキャンパスで、全生研第49回大会が開かれます。 初日の4日には、全体会の前後、特別講座や自主企画がセットされています。くわしくは、このページ最下段にあります全生研のHPにアクセスしてみてください。 都市型の大会なので、一日参加もOKです。申し込みをしていなくても、会場で受付はされますのでご安心ください。 皆さん、どうぞご参加ください。 全生研の大会の「宝」は、学年別の一般分科会、テーマごとの問題別分科会のそれぞれの実践報告と分科会基調を収録した『大会紀要』です。これは非売品で、会場でしか入手できません。 こんにちの子どもの問題、学級問題のほとんどはこの『紀要』に凝縮されています。 小著へのコメント(2):かつての指導生が読んでくれました 少し前に卒論で指導生であったI君が、いま新任教師として頑張っていますが、その彼からのメール便りの中で。 勤務先の行きや帰りに、先生の「人間的自立の教育実践学」を読みました。とても勉強になります。 (中略)先生の理論読んでみて、それをどうやって実践に結び付けるか、どうやって子どもの実態を把握したり、対話を生んでいくか、なかなか大変です。 この本は、これまでの2冊(「変革期の教育と弁証法」「市民社会の教育」のこと:引用者)を読んでみて、よりつながりを生み、元気をもらいました。ありがとうございます! わたしも彼のコメントで「元気をもらい」ました。 【閑話休題】田園風景に癒されて 勤務先の造形分野のN教授の作品展(ご夫婦そろって)がちょうど行われているのを知っていて、行けるのは今日しかないと、午後、出かけてきました。 三重県四日市市の「富田」駅から三岐鉄道で二つめの「平津」で降りて、しばらく歩き、川を渡ってたどり着きました。M陶芸館と看板があります。民家の庭先につくられた小さな画廊風の建物。 それはN氏の夫人の作品ばかりでしたが、例えば楕円の大皿に、縁から中央に向かって長方形の「異者」がぐっと伸びてその楕円の空間に抱かれている構図。同じ構図の物が全部で10点近く。 「なんだか作品が少ないな。それにN教授のものが一点もないとは・・・・」と思いながら、一時間に二本しか走らない帰りの電車のこともあるので、そのまま元の駅舎へ。(あとでこの画廊の少し先の、大きな屋敷の中でN教授の作品は展示されていたとのこと。ご本人からの電話で知りました。わたしが個展案内の葉書を置いてきたので、現場に来たときに頭に無かったためでした。) 小さな駅で、駅員ではなく明らかに地元の婦人という方から切符を買って、単線で離合方式になっているプラットホームに出ました。まだ、電車が来るまでには十分くらいあります。僕の他には地元の人らしいのが二人。 あたり一面、かなり伸びている稲田の青々とした葉を揺らして吹いてくる風がとても心地よい。 向こうにはそれほど高くない山々が四方を囲み、その裾野に沿ってモダンな戸建てや農家らしい家が見えます。すぐ手前には、中学校でしょうか、鉄筋のやや新しい校舎が見えます。その校庭横の道ばたで、兄弟姉妹なのか、犬を囲んでじゃれあっている数名の人たち。でも、声は聞こえてこないし犬の鳴き声もここまでは届いてこない。ただ風がスーッと吹き抜けていきます。夕方の冷気をふくんで。 何年ぶりだろう。こんな田園風景の中にいることは。 今日は「焼きもの」を見てみたくてここまで来たが、ひょっとしたら、この風景に出会えたことが今日の重要な収穫かも知れない。N教授には悪いけど、ほんとうにそう思えました。それくらい、田んぼの稲、山の木々の、まばゆい緑があたり一面を覆っています。 会議や出張、原稿や論文準備など、あっという間のこの三ヶ月半。いま、ふっと、なにか原風景の「とき・場」に引き戻された感じでした。 小著へのコメントをいただいています 下欄のように、新著を出しました。 同僚や研究団体の知人などに日頃のご交誼へのお返しもあって謹呈しました。 「学校教育構造論をとてもおもしろく読みました」(同僚の、教育経営専門のSさん)。「わたしも、大西さんのように集団を『もの』と見ることには反対ですが、関係性の視点も含めて今後の集団論の追求の参考になった(要旨)」(民間研究団体のTさん)。 「発達支援」の「支援」の問い直しに特に惹かれた。なぜなら、ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」も、その支援の概念の視点なしには正確に読み取れないのではないかと最近思っているから(要旨)。これは、北海道の知人であるSさん。 それから、表紙画についても、「とても『動的』ですね」「素敵ですね」「シャガールの画みたい」とか、数名の方からの感想は好評。 自分にとっての人生は自分が演じる一つのステージ。他者に見守られ励まされながら、自分を精一杯、表現してみる。そのダンシングのプロセスそのものに生きていく意味がある。 −−このような思いもあって、画家・角岡さんの数ある作品からこれを選びました。 ともあれ、上記のコメントの方々、ありがとうございます。
競争的資金の一覧
更新講習試行採択大学
そのとき私は始めて知ったのですが、小さい頃交通事故に遭い、顔面を相当縫い、眼球の治療もして、そのリハビリで水泳を始めたのだそうです。
それが、本学の学部体育専攻に入学してからも学外の所属クラブでシンクロナイズドスイミングをつづけ、ついにオリンピック出場権を得るに至ったわけです。
愛知教育大学 入試課
TEL 0566-26-2202・2203
「副学長だより」(21)入試説明会をおこないます
(現職教員が対象)
(学部直進者、社会人が対象)
「副学長だより」(20)活気のある高校とは
「副学長だより」(19)学部の授業はじまる
「副学長だより」(18)入試前の高校訪問
「副学長だより」(17) 大学説明会
「副学長だより」(15) 出張続きの中で
「副学長だより」(14) 面接審査
大学院説明会
(広島市HPより。 http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1244613195105/index.html)
ある男性が「派遣切り」で行き場を失い絶望して、富士山麓の青木ヶ原樹海に入って自殺を図り、警察官に保護され入院しました。そして「年越し派遣村」に来ました。そこで、どうにか生活保護等による自立のめどは立ったかに見えたのですが、その彼が、そのような支援の延長にある集会で話したのは違ったことでした。「自分にとって今後の選択肢は4つだ。生活保護で生きていく。路上生活を送る。犯罪を犯して刑務所に入る。もう一度自殺をする」と。
「162試合を8試合も欠場したとは思わずに、(日本のプロ野球年間試合数の)130試合プラス24試合もあるのだと考えられる自分がいる」と(『毎日新聞』4/17夕刊より)。
(以上の英文及び訳文は『毎日新聞』サイトから引用です。URL=http://mainichi.jp/enta/art/news/
アクセス日 09.3.2.)
折出 健二
ある高齢の男性がわたしに挨拶に来られ、「良い本を出されました」とおっしゃるので、何のことかわからず怪訝な顔をしていると、「あのヘーゲルの本です」と。つまり、小著『変革期の教育と弁証法』(創風社)を読んでくださったのです。愛媛県・新居浜で保育園園長をされている合田さんという方です。かつては、勤労者通信大学(労学協が運営)の講師も務められたそうで、弁証法は現代の科学なのだということをこの時も力説されました。いまも保育運動で活躍されているようです。
まずは、オリンピック会場の設営のために、地元の窮民たちを追い払い、土地家屋を奪ってきたやり方。チベット問題での争乱と武力制圧、世界からの抗議、そしてウイグル地区の独立運動派からあのようなテロ行為を受けることは、彼等との対話を真摯には追求してきていないためであること。そして、中国製冷凍ギョーザ事件の調査にもかかわっていたとされる、食品生産監督管理部門の責任者(42)が開会の直前に、飛び降り自殺していたということ(この項、朝日コムの8/9付速報から。現地では報道されていないらしい)。背景にこの事件の真因の隠蔽をうかがわせる出来事であること。
前意識の主体:いのちの主体
成長、その後〜「他者」の原初的認知〜
このぬくもりを
最近の著作から
著者は、札幌大学教授で哲学が専攻。「大学教授になるための本」などでも知られる著者ですが、この本も確かにヘーゲル哲学の応用解説としては、読みやすいし、部分的におもしろい観点も見られます。
しかし、全体としては、ヘーゲル哲学を以て日本の天皇制を肯定したり、頭から、ヘーゲルの弟子を自認するマルクスやマルクス主義を否定してかかっているなど、学問的にはあやうい叙述が目立ちます。若い方はそこを必ず読み分けながら、参考にしたらいいと思います。
著者たちは、心理臨床家、精神科医など専門家ばかりで、どの論文も一般向けに書かれているとはいえ、きちんと論理立てた展開で、研究面・実践面共にとても参考になります。
教職関係者、児童福祉施設職員の方、また関心のある親御さんも、購入するか借り出すかして読むに値する一般向け専門書だと思います。ちなみに価格は3,000円+税です。ボリュームはありますが、妥当な価格でしょう。
わたしは、最近古書で見つけた木下順二『NHK人間大学テキスト 劇的ということ』(1994年)を一気に読みました。「劇的であること」は、矛盾の発露・表出であり、弁証法的にはとても興味ぶかいテーマなのです。
ドラマとは「発見」と「逆転」の凝縮された世界だと木下は言います。生きるのはつらい、しかし生きてみたい。生きてなお今は未知の楽しみ・感動を得たい。こういった欲望と矛盾のただ中を生きる、有限なる存在の私たち一人ひとり。その個人にとって人生の中に「発見」と「逆転」は起こりえるのです。
ある意味では、一人ひとり皆、劇的な人生の主人公なのです。
ちょっとヒントを:研究職公募に備えて
まんべんなく網羅したタイプの論文よりも、テーマ追求の切り口がはっきりしていて、ある程度論者独自の論理構成にトライしている面があることも大事。
査読者によりますが、無難なまとめで注記もそれなりに整っていればOKになる可能性は確かにありますが、研究者としての問題追求能力は、わたしの過去の経験からも、あるテーマへの集中と一貫性、その追求角度(論理構成の視点)にあると思います。
「フリーター生産工場」としての大学院
折しも、九〇年代半ばからの若年労働市場の縮小と重なるという運もあった。就職難で行き場を失った若者を、大学院につりあげることなどたやすいことであった。若者への逆風も、ここでは追い風として吹くこととなった。
成長後退期に入った社会が、我が身を守るために斬り捨てた若者たちを、これ幸いとすくい上げ、今度はその背中に「よっこらしょ」とおぶさったのが、大学市場を支配する者たちだった。(本文より)
第30回全国唯研研究大会 at立命館大学
リテラシーという、動的構成力の弱点
これはお薦めです。「先生に出会う」
【閑話休題】
2 内閣は、行政権の行使について、全国民を代表する議員からなる国会に対し連帯して責任を負う。
2 前項の国務大臣の数は、14人以内とする。ただし、特別に必要がある場合においては、3人を限度にその数を増加し、17人以内とすることができる。
※注記 「サーバーいじめ」と表記したままでしたが、全くの誤記でした。読者の指摘により訂正しました。(07.10.14.)
原理的には、いじめを社会的で政治学的な視野で捉えること。そのうえでいじめ・いじめられ関係の当事者の理解には、いまの子どもたちが受けている市場主義的な教育・学力評価の影響、関係性の危うさから来る孤立感、自己承認欲求のゆがみなどを見ておくべきであること。支援とは「聴くこと」のエンパワメント、コミュニティの民主化への寄与であること、など。
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生のかけがえの無さ。それは、そのステージであり、そこで出会う他者であり、「踊り」(自己の生命の表明)なのである。